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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●二年前 雪原一家当代、緋束はその日執拗な外敵と戦っていた。身元が知れぬ盗賊崩れと見ていたが、奴等は志体を持っていて苦戦を強いられていた。相手の男は自分と同じ背丈で体つきもよく似ていた。自身もまた、志体を持ってはいるが、それでも力量というものはある。しかも戦いづらい山の中。前日に雨が降ったおかげで足元がぬかるむ。 それは相手も同じ事だっただろうが、奴は手負いだった。左肩から右肩まで横に一閃傷を負っている。 崖が近づくのは地元の緋束にはわかる事だった。 月も隠れた新月の夜。夜目はそれなりに効くが、足元まで気が回らなかった。 滑る足。その隙を男は見逃さなかった。袈裟懸けに首元から脇腹まで刀を振り下ろす。 皮膚を切り裂き焼き付く痛みが走り、足が地を離れた一瞬の浮遊感。 一瞬にして緋束が重力に従い、崖下へと降りていった。男は止めを刺すまでもなく、死んでいるだろうと悟ったのか、肩を押さえ、街へと戻って行った。 だが、緋束は生きていた。 足を滑らせ、地を離れた時と斬られた時がずれていて、致命傷をかわしていた。それでも怪我は怪我。放置していていいものではない。このまま夜風に晒されていれば体温が奪われて命を失う。 傷口を晒さないように、出血を少しでも手で抑えようとするのは人本来の防衛本能かもしれない。崖下は昼間でも明るくはなく、夜は殆ど闇。 「大丈夫か」 低い声が緋束にかけられる。敵なのかと思い、緋束はなけなしの戦意を振り絞る。 「安心しろ、敵じゃない」 低い声の男は緋束の腕を自身の肩に回し、緋束を支える。男は一度、近くの社の中に緋束を放り込み、応急処置を施す。手際のよさに緋束は旅の医者かと思った。板の床ではあったが、落ち着ける場所だと察知し、そのまま目を閉じた。 目を覚ましたのは十日後だった。社の中ではなく、家の中であり、そこには先代の蛍石がいた。謝ろうとする緋束に蛍石は首を振る。 「お前ぇは運がよかった。通りかがったお人が俺にお前ぇが怪我をしている事を教えてくれたんだ。ここの隠れ家は俺の持ち物だ。誰も知らねぇ場所だから気にするこたぁねぇ」 そう言う蛍石に緋束は顔を歪める。 「‥‥屋敷の中に偽モンが現れた。奴ぁ次々と幹部達を手に掛けてやがる。この十日でな」 「親父‥‥流通を狙っている奴等が‥‥いる。先に潰しておかねえと‥‥うっ」 痛みが走ったのが、緋束は苦しそうな表情を見せる。 「‥‥わかった。今は休んでろ。取り返すのは奴等を潰してからだ」 それから二年の月日が経過した。 ●願い 先代から入れ替わりの話を聞いていた麻貴は真剣な表情で蛍石と向かい合っていた。 「‥‥して、緋束さんを助けたのは一体‥‥」 「一切名乗らなかった。年齢は二十半ばで背が高い男前でな。ウチの医者と一緒に治療に当たってくれていたが、ある日いなくなっていた」 「‥‥そうですか‥‥」 そんな人物なんかごまんといるだろう。麻貴は肩を落とす。 「あのお人は時折医者宛に文をよこして情報をくれるんだ。故に俺達は今いる偽者達に連中を引き合わせる事無く潰して行ったんだ。取り返しのつかない事になるのだけは避けたくての」 「‥‥睦助の処遇は‥‥」 「奴の心意気しだいだぁな。けどいいのか? 戦いを引き起こすってぇのは」 蛍石が言えば、麻貴は困ったように微笑む。 「危険は承知です。ですが、今の時期を逃しては雪原の名はずっと穢れたままです」 「‥‥仕事じゃねぇだろ」 「本来、追っている者達を捕縛し、巻き込まれただけの弱者を保護し、本来の雪原に戻し、街人達を安心させる。いいことずくめじゃないですか」 にっこり笑う麻貴に蛍石がにやりと笑う。 「強欲だなぁ。血の繋がりがあるだけにあの小僧にそっくりだ」 「義父にそんな事言える人は初めてだ」 二人は楽しそうに笑っていた。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
紫雲雅人(ia5150)
32歳・男・シ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志 |
■リプレイ本文 奏生から三茶へ続く道を歩く男がいた。 「‥‥無茶ばかりしやがって」 苦々しく呟かれるその言葉は誰にも届く事はない。 ●意思は通したい 三度、理穴監察方第四組主幹羽柴麻貴に呼び出された者達の半数が麻貴の前に姿を現した。 「やはり入れ替わっていたのですね‥‥」 滋藤御門(ia0167)が呟けば、麻貴は頷く。 「人知れず他の外敵と戦っていたというのは気づかなかった」 当代緋束が怪我をしてから二年が経つが、怪我が直るまでには一年かからなかったが、三茶の流通を狙うものは多く、雪原一家を取り戻すよりも優先するべく、他の外敵と戦っていたかららしい。一家を追われ、生きている何人かの幹部や組員も隠れて生活し、外敵を撃退していた。 「でも、かちこみするんでしょ! 組を奪われた先代当代達が正々堂々乗り込むってカッコイーね!」 興奮している俳沢折々(ia0401)は芝居くらいしかない勧善懲悪なかちこみに参加できる事がとても楽しみなようだ。 「興奮しすぎてコケるなよっ」 呵呵と笑う蛍石に折々が元気に頷く。 「しかし、荒事は苦手なんですけどねぇ‥‥」 気弱に言うのは紫雲雅人(ia5150)だ。アヤカシ相手の戦闘以外は時間と文字の戦闘の方が縁がある彼にとっては苦手分野のようだ。 「僕もです」 肩を竦める御門も同意見。 「それはすまなんだ」 「強欲な貴女と自分の為にするだけです」 「羽柴様が望まれるならお供いたしますよ」 二人が言えば謝った麻貴は微笑む。部屋の中に檜崎が入ると、緋束達が三茶の街に入った報告をした。睦助を保護すれば蛍石、緋束が雪原一家にかち込む事が出来る。 「後は時が来るのを待つだけだな」 沢村楓(ia5437)が言えば、全員が頷いた。 ●死へ遣う 睦助が当代に呼ばれた。潜入している黎乃壬弥(ia3249)と輝血(ia5431)が一瞬だけ目を合わせ微かに頷く。以前に珠々(ia5322)が聞いた話では、睦助を殺すような事を当代と彼に会いに来ていた男が話していたとの事。 屋根裏部屋にて待機している珠々は屋敷の間取りはもう理解している。素早く当代の部屋に入り込み様子を窺う。 当代と睦助の会話は特に変わった点はなく、すぐに睦助は動く事になり、珠々はその場を後にする。情報交換場所に行けば、紙が結わえられた苦無が天井の奥に刺さっている。輝血からのものと理解するなり珠々は屋敷を抜け出し、仲間の所へ走る。 仲間に報せ、すぐに動いたのは劉天藍(ia0293)と御門と楓。案内役には雅人と折々が買って出る。先に移動した珠々は後を追う壬弥の姿を見つけ、睦助が向かう先はあの男がいた家だと確信した。 睦助が戸を叩けば、戸を開き睦助を中に入れる。壬弥と珠々が走ろうとすると、見張り役なのか、裏の方から刀を持った男二人現れる。中に何人いるか確認できなかったが、中でも暴れ始めている。 「珠々さん! 戸を開けてください!」 遠くから御門の声がする。珠々が打剣を使って男の一人を退け、戸を開けると、二人の男が睦助に刀を振りかざしている。 射程距離内に入った御門は札を素早く飛ばし、呪縛符を走らせる。一直線に家の中の男の一人に絡みつき、その隙を逃さずに睦助は家の外に出た。天藍が斬撃符を投げ、もう一人の男に当てた。 「だ、旦那方!!」 知った顔を見た睦助が足をよろけさせながら逃げる。見張りは一般人らしく珠々と壬弥の一撃であっさり倒れた。中を見れば、天藍の斬撃符を受けたのにも関わらず、男は起き上がる。 「賭場を襲撃した奴か‥‥」 壬弥が呟けば、男はにやりと笑うのを切っ掛けに男の刀に炎を纏わせる。 「仙骨持ちか‥‥」 楓が言えば、男は手近な珠々に刀を振りかざした。逃げるタイミングを逃した珠々だが、男は身を捩り、苦悶の表情を浮かべている。 「荒事は苦手なんですよ」 力の歪みを発動させている雅人が言い、後は呪縛符をもって拘束すればいいと思ったが、男は抜け出した。斬撃符と力の歪みを受け、まともでいれる事はない。随分と痛みを受けているようで、肩で息をし、男は開拓者達を睨みつけ、刀を振り上げる。 「やめとけ」 男の炎刃を受けたのは壬弥の炎刃だ。全員志体持ちで多勢の敵。勝ち目などはない。 「抵抗はしない方が身の為です」 御門が言えば、男はにやりと笑い、まだ戦う姿勢を見せた。その炎刃は開拓者には触れず、自身の首を焼き切り落とした。 「‥‥死にましたか」 礫を投げられた時から追っている雅人と壬弥にしては逃げられたようなものだが、男を手を組み、街の守護者の名を乗っ取った男がまだいる。 ●けじめ 保護された睦助を待っていたのは雪原一家の先代の蛍石と本物の当代である緋束だ。 睦助は緋束を事故に追いやった偽の当代と通じていた。情報では先代からいたのは当代のみとあったが、入れ替え時期は一家から姿を消し、偽当代の使い等の裏工作をしていた模様。 「まぁ、睦助も懲りたようだし、後は彼次第だろ」 少し安堵したように天藍が言う。 「そろそろ向かおうか」 楓が言えば、蛍石達も準備を終えて姿を現した。 先に珠々が雪原一家に戻り、輝血との情報交換場所に行けば、紙を結わえた苦無があった。紙を見れば、鍵を掌握した事と、今晩は出かけるのを禁止されている旨の情報があった。珠々は急いで外に出て、壬弥に伝える。 「もう、しょうがねぇなぁ‥‥」 どうやら、睦助に助けが入らないようにしていたらしいが、すぐに壬弥が動いたおかげで彼は気づかれなかったようだ。壬弥が麻貴達の拠点に戻れば、珠々が輝血に伝える為に中へ潜入する。 いつもの交換場所にいた輝血は話を聞くと、正門以外の表に出る戸を閉めてしまう。 「‥‥手下達がいるのは痛いな‥‥」 「事情を知らない人だっているんでしょ? 本当の当主が誰なのか見せ付けるためにも生き証人はいるんじゃない?」 考え込む天藍だが、折々は違う考えのようだ。 緋束が見上げるのは目の前には二年ぶりに戻る雪原一家の屋敷。 「やれやれ‥‥」 雅人が溜息をついて深呼吸をし、気合を入れて屋敷を見つめる。 「それじゃー、いきますかーーー!」 特等席をゲットするには特攻隊長となればいいといわんばかりに折々が声を上げる。 まずは睦助が正門から中に入る。見張り役達が仲間の姿にほっとしたが、緋束達の姿を見て警戒し、威嚇の声を上げようとする男達を壬弥と緋束が難なく倒す。 玄関先を通りかかった輝血が声を上げる。 「かちこみだ!!」 鋭い声に誰もが玄関先の方へ現れる。輝血は人の隙間をぬって偽当代の方へと走る。 「てめーら、何モンだ!」 口々に吐かれる威嚇の言葉。かちこんだ者は誰一人怯む事はない。 「誰にモノ言ってるんだよ」 緋束がにやりと笑えば、彼の背後から三匹の龍が飛び出し、その長い巨体を玄関先にいる下っ端達を薙倒していく。 「な、何だこいつ! 志体持ちか!」 慌てふためく下っ端達。 緋束の背に隠れている折々が悪戯っ子のように笑う。三匹の龍は三人の陰陽師が呼び出したもの。 「露払いはお任せを」 御門が言えば、緋束が頷く。龍に当たらなかった残りが開拓者達を取り囲む。緋束の傍にいる折々や御門よりも、老体である蛍石を男達が狙う。男達と蛍石の間に入ったのは楓だ。男の一人投げ飛ばし、周囲に睨みを利かせる。 「控えろ。こちらにおわすは雪原先代、氷焉の蛍石。頭が高い」 楓の言葉に男達がたじろぐ。 開拓者達の姿を見た輝血が偽当代の方へ向かうと、幹部達とそこにいた。 「何者かがかちこみに入りました!」 幹部達は何も言わず、玄関の方へと向かってしまったが、当代は輝血に足止めするように言われたが、輝血は先導する為に当代についていこうとする。 「命令だ」 「頭を守りた‥‥」 「命の価値も理解できてねぇのにか」 静かに当代を言われて輝血は瞳に宿す感情を消した。 「やはり、シノビか」 にやりと笑う当代に輝血は静かに無宿を抜いた。 「アンタは緋束が倒さないとならないらしいんだけど、逃げられるという事態は避けたいんでね」 静かに輝血が言えば、当代もまた、刀を抜いた。 玄関先では先代の登場に驚いていた。 「何だ何だ」 幹部達が現れると、蛍石と緋束の姿を見て顔を顰める。 「ち‥‥生きていたか‥‥」 一人が呟くと、手に持っていた刀を抜いて、緋束に切りかかろうとした。鋭い一閃を止めたのは兜に面をした男。自分が相手だとばかりに押し返して男に構える。緋束が対峙するべきは怪我を上辺にして一家を奪った男。その男を破らない限り緋束が雪原一家の当主としては認められないだろう。 偽当代の姿がない事に逃亡を図れたかと心配であったが、輝血の姿がないという事は、追っているのだろうと確信していた。 老体であろう先代も楓の護衛は必要とないとばかりに戦っていたので、短く非礼を詫びて幹部達と切り結びに走った。 手下達はもう、自分達の手が及ぶ連中ではない事を理解しており、全てを幹部達に賭けていた。 腐っていても雪原一家にて幹部をやっていただけあって、強いと感じざるをえなかったのは壬弥だった。兜と面をする事によって視界と呼吸にハンデを与えている事に顔を顰めてしまう。 男が壬弥の心の隙を突き、壬弥が反応する一瞬前に仕掛けようとする。「遅かった」と感じる一瞬前に男と壬弥の間に紫電が走り、それが雅人が発動させた加護結界とわかったのは、御門が続けて放った呪縛符に男がかかった後だった。 「大丈夫ですか?」 雅人が壬弥に声をかけると、一つだけ頷いた。 かちこみ組である開拓者達と現れた睦助は引き込み役と思われ、志体を持たない睦助は手下達の格好の的だった。そんな睦助を守っていたのは折々の毒蟲と緋束の他に生き残っていた雪原一家を追われた者達。 斬撃符にて志体持ちと応戦していたのは天藍だった。何処からともなく、空気を切り裂く音がしたと思った次の瞬間、天藍と戦っていた男の肩に矢が刺さっていた。その隙を逃さずに天藍が斬撃符を叩き込むと、男は倒れた。何処から矢が来たのかと思えば、麻貴が隠れて矢を射てくれたようだった。あくまで裏舞台で動く理穴監察方という役職についている麻貴は表立ってかちこみに参加するべき者ではないからだ。 珠々は隠れて輝血と偽当代が戦う所を見て、急いで緋束の方へと走った。緋束は志体持ちと手下と戦っており、多勢に無勢と思った珠々が打剣を使用し、緋束と対峙している志体持ちの一人の腰を狙い、飛び降りた。攻撃はかすっただけだが、緋束の傍で報告するには十分なものだった。 「当代、中庭に面する縁側の方で輝血さ‥‥女性と切り結んでいる男がいます。その者が偽の当代です」 「‥‥わかった。無理はするなよ」 緋束が頷き、中に入る。珠々は案内をしようと思ったが、勝手知ったる屋敷なのだから余計な世話だろう。ざっと見たが、屋敷の中にいるのは当代のみ。医者は麻貴が拘束したのを珠々は確認している。 改めて珠々が緋束と対峙していた志体持ちと手下を静かに睨みつける。 御門が珠々の横について札を手にした。珠々は力強い援軍を得て、心強く頷いた。自身の通り名の如く赤い炎を刀に纏わせた楓は志体持ちの一人と対峙していた。手裏剣と体術を交えた使い手で、随分と戦いづらそうであったが、それを顔には出していなかった。 向こうも接近戦は危険と感じていたのか、間合いを空けていた。 暫しの硬直を保っていたが、それが崩れると、二人は一斉に動いた。男は手裏剣を投げ、楓は横凪に刀を横に振った。 手裏剣は楓の髪の毛先をかすり、男は腹から血を流し倒れた。 「‥‥手当てをすれば助かるだろう‥‥」 気を張り詰めていた楓が大きく肩を下ろした。 輝血は偽当代と刀を交えていた。何度が切り結んでいたのか、男の着物が切れていて、肩の横一文字の古傷が見えている。勝てない相手ではないが、輝血が斬っても意味がない。 「嬢ちゃん、繋いでてくれてありがとうな」 背後から緋束の声を聞くと、輝血はすぐさまその場を緋束に明け渡す。 二人が戦ったとはいえ、二年も前の話。その時は偽当代が勝ったが足場の悪い暗闇の中。今は夜へと変わってはいるが、家の中の照明がある場所。 雌雄はすぐに決した。 先に斬りかかったのは偽当代。緋束が横に姿勢を低く交わし、素早く刀を振った。ぐらりと偽当代が倒れると、緋束が息があるかすぐに確かめると、まだ生きていた。 「お見事、雪原当代緋束殿!」 中庭から姿を現したのは麻貴。そんな麻貴を見て輝血は目を細めて冷ややかな表情を向けた。 「素直じゃないね。最初から言えばいいじゃない」 楽しそうに麻貴が笑う。玄関の方から折々達が現れた。倒れている偽当代を見て全員がほっとした表情を見せた。これで終わったと誰もが思った時だ。 「終わったんだな」 中庭の向こうの屋敷を囲む塀の上に立っている男が呟いた。黒い外套を羽織った旅姿の美丈夫。全員が警戒の表情を見せた時、壬弥がその声と姿形が記憶を呼び覚ます。 「‥‥カタナシ‥‥?」 以前、舞台小屋で団長と話していた男の名。その何聞き覚えのある楓と雅人が反応する。 「アンタは!」 緋束もまた男を知っているようだ。 「俺の目に狂いはなかったな。気づいてくれてよかった。じゃ、メシちゃんと食えよ」 男はひらりと塀を降りてしまった。珠々と輝血が追ったが、姿はもうなかった。 「行っちゃったのはしょうがないよね。旦那、ちゃきちゃきっと、口上あげてきなよ!」 折々が場を締めると、玄関先の方へと向かった。雪原一家が再び本来の姿へと戻る為に。その場に残ったのは麻貴と壬弥。壬弥が麻貴に声をかける。 「‥‥知り合いか」 麻貴は答えなかった。 「‥‥逸るなよ。賭場の件は終わったが、お前さんは抱えすぎている」 「待ってろと言われても、待つだけじゃ嫌だったんだ‥‥」 切れ長の緑の瞳から涙が零れ、白い肌を滑った。その姿は無力を嘆く女の姿‥‥ ●元ある姿 一晩明けて、瓦版が発行された。 二年間雪原一家の頭が偽者だった事と、本物がその間他の外敵と戦ってきた事を書いていた。 そして、当代が残った者達を連れて非礼を町の皆に詫びていた。半数以上は逃げてしまったが、まだ更正の見込みがある者もいたので置く事にしたらしい。 街の者達との溝はまだあるが、いずれはなくなるだろう。 「賭場の件が終わって何よりです」 終わった後の茶が美味しいとばかりに雅人が茶を啜る。 「あの人が礫を監察方に投げるように言ったんでしょうかね」 頷く天藍の隣で御門が呟く。 「気に留めてなかったなー」 天ぷらを頬張る折々が言う。 「後は麻貴殿がやってくれるだろう」 楓が言えば皆が頷く。 「依頼が出ればやるのみ。壬弥お尻触ったでしょ、五千文」 「仕事だろうが!」 騒ぐ壬弥だが、輝血は貰う気満々だ。その賑やかさは本来の姿を取り戻しつつある三茶に相応しいものだった。 |