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■オープニング本文 武天首都近くで診療所を営んでいる倉橋夫婦はとてもいい医者夫婦。 腕もさる事ながら人柄もいいと、自然と良客がつく。 倉橋葛が相手しているのは近くの大きな通りで米問屋の店主。だが、彼は別段悪い所はないのだ。悪い所があるとしたら、それは彼の息子かもしれない。 「息子さんがねぇ‥‥」 米問屋八谷の息子、映考はとても真面目で勤勉な青年だ。店を助け、継ぐ為に色々と勉強をしていてとても評判がいい。 そんな息子が最近、夜遊びを覚え、毎晩のように遊んでいる。仕事もしっかりやっているのだから別にいいとは思うが、その使う額が尋常ではなかった。花街の上位に値する者であればよくある額であるが、使う先はそこではなかった。裏通りにある粗末な酒場で使っているという話だ。 「花街じゃなくて酒場‥‥」 段々嫌な予感がしてきた葛は恐る恐る口を開ける。 「もしかして、そこの娘さんに惚れちゃったとか‥‥?」 頷く店主に葛は心の中で叫び、頭を抱えた。 「‥‥もし、騙されているなら目を覚ましてほしいし、娘が脅されているなら、ウチで引き取ってあげたいんですけどねぇ‥‥」 慈悲の顔を見せる店主に葛は絆されて溜息をついた。 「了解しました。開拓者ギルドという所を紹介します。そこで一度相談してみてはいかがでしょうか」 葛が言えば、店主は礼を言って頭を下げた。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
和奏(ia8807)
17歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●親というもの 顔合わせがしたいという米問屋八谷店主の提案により、開拓者達は葛の診療所に来ていた。開拓者という者をはじめて見た店主は驚いたように見つめていた。 「いやぁ、開拓者といえばアヤカシと戦うと聞きますので、屈強な者達だと思っていましたが、こうも美しい方々が多いとは思いもよりませんでした」 素直な店主の言葉を一番喜んだのは万木朱璃(ia0029)だった。 「御主人ったら、お言葉がお上手ですねーっ」 ばしんと、店主の背を叩く朱璃はかなり有頂天だ。 「いやいや、本当の事ですよ」 返す主人であるが、朱璃の一撃が思ったより効いていたのかじりじりと間をとっている。 「別にお店のお金に手をつけているわけでもないようならそれは若旦那の甲斐性ではないのでしょうか?」 きちんと働いているのならば親がしゃしゃり出てくる必要がないと言うのは和奏(ia8807)だ。映考は自分の金で遊んでいる。それならば当人達の問題ではないだろうか。 「まぁ、子供の事ぉを心配するってぇのは何処ん家も同じだぁなぁ」 煙管を弄びつつ、犬神彼方(ia0218)が笑う。 「その割には鼻の下が伸びているようだが?」 棘を含んだ北條黯羽(ia0072)の言葉に彼方は冷や汗をたらしてしまう。 「そ、そんなこたぁねぇぞ?!」 「可愛い娘さんと遊べるという事が大事なのでしょうかね」 否定する彼方に娘と可愛がる朱璃の言葉が畳み掛けてくるが、彼方は必死になって否定している。 「普通の店の何倍の値段で吹っかけてくる店ってあるんだな」 悪意を持って接客するというのがあまりピンとこないのか、ルオウ(ia2445)が難しそうに顔を歪ませる。 「大抵はお客さんに対して善意を持って商売するもの。商売を悪用する輩も存在するという事ですね」 ルオウの言葉に和奏がやんわりと言う。 「映考様の思い人が良い方であればいいのですが」 「そこを調べて頂戴よ」 悩む様子の白野威雪(ia0736)に葛が片目を瞑って言う。 「ともかくは実行あるのみって奴だな」 左の拳を右の手の平に打ち付けた樹邑鴻(ia0483)が纏める。 「宜しくお願いします」 店主は深々と頭を下げた。 ●準備は必要 実態調査の前に朱璃が向かったのは開拓者ギルド。そこで話を聞いているのは違法な飲食店の報告についてだ。 「そういうのなら、役人に言うのもありだと思いますよ」 黄粉がまぶされた餅とほうじ茶を朱璃に差し出す受付嬢。 協会に言ってもいいが、力ずくと言うなら下手に言っても聞いてもらえない可能性がある。先手を打って先に役人を引き込んだ方がいいと受付嬢は言った。 「聞いてくれますかねぇ」 ぱくりと朱璃が黄粉餅を頬張ると、柔らかい餅の中に黄粉の甘さとは違う餡子の甘みが中から出てくる。 「忙しくなかったら一人紹介できる人がいますよ」 ギルドとは役人すら仲介するのか?と朱璃は不思議に思ったが、依頼を出してくれる役人がいるので、甘味情報を取り合う事があるらしい。 「そうですか、では役人の方に引き渡す方向でいます」 ご馳走様を最後に付け加えて朱璃は立ち上がる。 「いってらっしゃーい」 暢気に受付嬢は手を振った。 米問屋の近くにて映考の様子を見ているのはルオウだった。映考は店の半纏を着て、せっせと働いている。米を働く者達に声をかけたりして笑顔で会話を交わしているようだ。 近くの食堂に入って、ルオウは食事を頼む。そこの食堂でも八谷の米を使っているようだった。 「うめぇな」 少し濃い味の肉を生姜醤油につけて焼いたものは甘辛くてご飯がよく進む。 「たんと食べなさいよ」 女将さんが言えばルオウはもりもりご飯を食べている。 「あ、あそこの米屋の若旦那ってどんなんだ?」 「映考さんかい。そりゃぁ、この辺じゃ誰もが知る孝行息子だよ。貧乏人が古びた売れもしない着物を持ってきた時は古い米だったけど、分けた事があったとか商売には厳しいけど、とても優しいお人なんだよ」 「ふうん」 「いつ嫁さんが来てくれるか私達は心待ちにしているんだよ」 笑顔で言う女将を見てルオウは顎についた米粒を指で摘んで口へ運んだ。 黯羽は雪と和奏と一緒に街に出ていた。 酒場周辺の食堂などに聞き込みをしていて、三人が葛の診療所で合流して情報を交換していると、全員が同じ情報を持っていた。 どうやら、酒場の女の子達は店で寝泊りをしているようで、出てくるのは夕方からの店の営業のみらしい。この辺での食堂や酒場に出入りしているものはその店がとんでもないぼったくりの店というのを知っているが、腕っ節や経営者の背後なんかで色々と尾ひれがついた噂が飛び交っているようで報復を恐れて中々に手が出せないというのが実情のようだ。 「酷い話ですね」 寂しそうに雪が言えば、和奏が溜息をつく。 「大方、借金で脅されているんでしょうかね」 「花街ならば一定の金を納められたらそのまま開放されるが、あの調子ではそうではないだろうな」 溜息をついて黯羽が呟く。 「自分はとりあえず、若旦那と接触してきます」 立ち上がった和奏はそう言って診療所を後にした。彼の後姿を見つつ、黯羽はそっと溜息をつく。 「あらあら、美人が溜息なんてだめよ」 お茶を持ってきた葛が黯羽を嗜める。 「別にそんな事はないさ」 「心配ならついて行ったらぁ?」 にんまり笑う葛に黯羽は自分の分の湯飲みを取って軽く睨みつける。 「朱璃に鎖を頼んだから大丈夫だ」 素っ気無く黯羽が言えば、雪がぱんと、手を胸の前で叩く。 「ああ、だから朱璃様は鎖を持っていったのですね」 咽喉の奥のつっかえが取れたように晴れ晴れとした表情で雪が言うと、葛が信じがたい物を見たような表情をした。 和奏は八谷の店主の客として店の中に上がっていた。 「映考。こちらは葛先生の知り合いで和奏さんという」 「はじめまして」 父親に和奏を紹介してもらった映考はにっこり微笑んで和奏に礼儀正しく頭を下げる。 「彼は最近こちらにきてね。年齢も近い事だし、世話をしてあげなさい」 意外にも話がわかる主人で和奏は話の流れを聞いている。 「わかりました。この街は大きい方で心細い事もあるでしょう。私でよければ」 「ありがとうございます。夜の街が華やかだと聞いています。とても楽しそうなんでしょうね」 和奏が言えば、映考は少し表情を曇らせたが、すぐに笑顔になる。 「では、今晩行きましょうか」 「楽しみです」 約束を取り付けて和奏は一度店を後にした。 ●夜の闇 「さぁって、どんな華がいぃんのかぁ、楽しみだぁな」 「旦那、っぱーーっとやりましょう!」 「自重してくださいね。父様」 夜の明かりがぼんやりと客を誘う中、彼方はにやりと笑い、鴻が囃し立てるのだが、後ろにいる朱璃がにこりと笑う。 「朱璃、その鎖はぁなんだぁ!」 「手綱を頼まれたんで」 「おしまいなさぁい!」 彼方を父と慕う朱璃ではあるが、羽目を外しすぎるというのは娘としては遺憾としがたいものがある。 「いやいや、大人の社交場に行くんなら、当たり前‥‥っ」 ほんの一瞬だけぎろりと、鴻を睨みつける朱璃は鬼気迫るものというか、修羅か羅刹が背後にスタンバッていたようにも見えたのは鴻だけではないようだ。 「これはぁ調査だぁってぇ、なぁ、樹邑!」 「旦那の言う通り!」 意気投合した二人に朱璃は呆れつつ、鎖は手放す気はないようだ。 中に入ればかなり粗末な店内。朱璃がさっと目を配らせれば、一応は掃除の手は入っている事が見え、最低限の清潔度はあると認識する。 「あーら、男前さん達が。いらっしゃーい」 女二人が奥から出てきて三人を出迎える。他の客席を見れば映考と和奏がいた。 「酒、飲ませてくれんだろ?」 ルオウが言うと、店主は店の前で困った顔をしていた。幼い顔立ちのルオウは酒が飲める年齢に達してはいるが、あまり店では飲ませてくれなかった。 「金があるぜ」 押しの一言は中々に効力を持っている。そんなに金が恋しいのか、店主はルオウを中に引き入れた。 「おーーっし、酒だ、もってこーーい」 気前よく声を上げる彼方に女達は酒を持ってくる。 「じゃんじゃん、持って来てくれよーー」 鴻に杯が渡され、店の綺麗な女が鴻の杯に酒を注ぐ。ぐっと鴻が飲み干せば、女は嬉しそうに微笑む。 その横では彼方が上機嫌で鴻より大きな杯で注がれた酒を一気に飲み干している。朱璃の視線が気になる所ではなく痛いが、折角の綺麗どころとの呑みは楽しくやりたいものだ。 ちらりと、彼方が隣に座る女の着物の襟の重ね目に視線を落とすと、襟に隠れてはいるが、青い痣のようなものが微かに見える。目を細め、その痣を睨みつける。 「どうなさいました? 旦那」 「いんや、綺麗な肌だなぁっと」 もう一杯貰えるかと彼方は空になった杯を女の前に差し出す。 少し遅れて店の近くに待機しているのは黯羽と雪だ。 「皆様、店に入っているようですね」 「そうだな。随分楽しい事で」 彼方の楽しそうな声は外の黯羽の耳まで届いており、彼女は表情を崩す事はなかったが、随分と機嫌が傾いている。 「お酒を召し上がられると気分が高揚してしまいますから仕方ない事かと」 真面目に応える雪に黯羽はどう答えていいものか悩んでしまったが、雪の善意の意見に従う事にした。 「酒に溺れる事はないと信じたいが、楽しすぎて仕事を忘れていなければいいのだがな」 溜息をつく黯羽は店の方に視線を向けた。 店の中では和奏が映考の隣に座る女性を観察していた。どうやら、映考の想い人のようで、二人は話しながら酒を飲んでいた。その雰囲気はとてもいいものであり。映考はどうしてくれようかと思案している。 一緒に呑んでいてわかった事は映考はこの店の料金が高い事を知っており、想い人はあまり積極的に酒を勧めようとしないが、周囲の目を気にしているようだ。 和奏が少し視線をずらすと、鴻と目が合い、彼もまた、想い人の様子に気づいている。いや、他の女も想い人と同じようで随分と視線を気にしているようだった。 「随分と料金が高いんですね」 静かに朱璃が店主に言えば、店主はニコニコと笑っている。 「いやぁ、いいものを使ってますから」 それから更に料金を上乗せして搾り取るのはこの手の店の常套手段。店を出している朱璃にとってはその言葉を聞いてこめかみを引きつらせていた。どこからどう見てもいい物を使っているようには思えなく、味付けだっていいものではない。一口食べた瞬間、作った奴を殴りに行こうかとか思ったくらいだ。 一人で飲んでいるルオウは店で堂々と酒を飲むという事が出来て少し嬉しい模様。だが、周囲の視線が何か気になる。監視というような視線が店の奥からするようだった。 ●喧嘩は華也 映考を交えての酒宴は終わりとなり、会計となった。店主が注文表をずらずらと書き連ねたものを彼方達の前に突きつけた。 その値段はお品書きの倍であり、相場だと約三倍だ。 「おいおい、高ぇんじゃねぇかぁ?」 「んな金ねえよ!」 即座に反抗したのは彼方と鴻だ。 「こんな高い金払わされるのかよ!」 ルオウもまた驚いていて声を上げる。散々気前よく注文していた彼方達に媚びた笑顔を見せていた店主が不機嫌そうに顔を歪める。 「んな事だろうと思ったんだよ、おい! 全部持っていけやぁ!」 店主が言えば、背が高く、厳つい顔をして強そうな男達が現れた。鋭い視線を座っている彼方達に浴びせる。 「するってぇとぉ、そうやってぇ今まで金を払えなかったぁ連中の身包みをはがしてったんだぁなぁ」 立ち上がる彼方はとても背が高く、女性にしてはしっかりとした体躯は中々の美丈夫であり、用心棒の男達を見下ろしていた。 「そうみたいだな。彼方の旦那」 鴻も立ち上がって男達を睨みつける。 「待ってください、その御代は‥‥」 声をかけようとする映考を止めたのは和奏だ。 「よぉっしゃぁ、来やがれ! 今まで身包み剥がされた奴等の分も返させてもらおぅかぁ!」 好戦的に彼方が叫び声を上げる。 とはいえ、志体持ちの開拓者と喧嘩で鍛えた用心棒達が素手でやりあったとて勝負は目に見えている。恐れをなした店主は裏口から逃げようとする。 「敵前逃亡か。逃がしはしない」 裏口に待ち構えていたのは黯羽と雪だった。 「反省してくださいね」 きりっとした表情の雪が店主に言う。黯羽、雪、共に女。だが、体格に差があった。黯羽は上背があり、雪は小柄な姿。倒して道を切り開け易いのはどちらだ。 「どけぇええ!」 店主が雪に突進すると、即座に動けなくなる。黯羽の呪縛符が絡み付いて動けなくなったのだ。 「おおぅ、黯羽達も無事だぁったかぁ?」 店主を追ってきた彼方が二人に声をかける。 「この通りな」 「大丈夫ですよ」 いつもの三割増しに黯羽の言葉が冷たく、彼方は背に冷や汗を流す。 ●宴はこれから 見事にのびていた男達を叩き起こし、店主も一緒に正座させて朱璃が飲食店とは何かを滔々と説教している。 「聞いているのですか!」 睨み付けるように朱璃が男達を振り向けば朱璃の近くの机がばっきりと割れる。勿論、朱璃の力の歪によるものであるが、男達にとっては恐怖そのものだ。 「えーとさ、そろそろ連れて行きたいんだけど」 店の入り口で引き戸に手を掛けて身を乗り出している役人に声をかける。 「おおぉ、お前ぇか」 彼方と黯羽、鴻が役人に気づく。 「こないだぶり。ここからあまり離れてないから来ちゃったさ。で、まだ?」 「まだのようだ」 呆れるように鴻が言った。 「万木様はお店を大事にしているのですね」 「いや、違うと思う」 穏やかに微笑む雪にルオウがツッコミを入れた。 結局、店の女達は四人とも借金で無理矢理やらされていたようで、規定の値段の売り上げを出さなかったら暴力を振るわれていたらしい。 殆ど監禁にも近い扱いを受けていて、ようやっと手に入れた自由を喜んでいた。映考の思い人もまた、開拓者に映考に何度も頭を下げ、礼を言った。 「良縁でよかったですね」 ほっとする和奏に雪が頷く。 「まぁ、旦那はそれは楽しそうに飲んでいただろうなぁ。俺達は寒い夜空の中で張っていたのにな」 「でも、お仕事ですし」 不機嫌な黯羽を宥める彼方。でも娘の朱璃だって気になるが、説教したので少し機嫌はよくなっている。 「寒いのかぁ! よし、どっか呑みにいこうかねぇ。皆、付き合えよぉ!」 「え、彼方の旦那、あんだけ呑んでまだ飲む気か!」 彼方の言葉に鴻が驚く。 「俺も呑みに行く」 ルオウも乗れば、朱璃はにっこりと笑う。 「飛び切りな酒と料理を用意しましょうかね!」 次に向かった店は朱璃の店。 この日、瑠璃屋の売り上げはここの所見かけない売り上げを上げた。 その後、娘は八谷にて働く事になり、映考もそれきり夜遊びをやめた。娘の働きは誰もが認めるもので、主人の覚えも目出度いもの。 米問屋八谷によき知らせが届くのも時間の問題だろう。 |