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■オープニング本文 夏が過ぎ去ってはいるけれど、まだまだ日差しが強い日もあり、今日も日差しの強い昼下がり。 開拓者ギルドの受付にて、受付嬢が藍色に銀の河を流した刺繍を施した扇子を扇いで自分に風を送っている。 仕事が一息ついた受付嬢は早く日が暮れてくれないものかとぼんやり頬杖をつく。 ふと、新しい影に気付き、受付嬢は俯いていた顔を上げる。 「こちらが開拓者ギルドでございましょうか。依頼を一ついたしたいのですが」 残暑の熱気を忘れさせるほど凛とした老婦人が丁稚を連れて入り口に立っていた。 「は、はい!」 老婦人の姿は歳を感じるのだが、そう思わせないのは、伸ばされた背筋だろうか、涼やかな微笑だろうか。受付嬢は老婦人を案内した。 暑さにうだっていたにも関わらず、受付嬢は老婦人に圧倒されていた。 「まだ夏ですね。さて、本題に入りましょうか」 にっこり微笑む老婦人に受付嬢は背筋を伸ばした。 依頼とは、武天の山あいにあるとある街にある宿にいく老婦人の護衛。 毎年必ず行く特別な宿らしく、老婦人にとっては毎年欠かさない行事だという。 近年、アヤカシの姿も見られて、家人に止められているのだという。老婦人はわがままなのは分っていると苦く笑うが、それでも行く意思は揺るぎない。 だからこそ、アヤカシに対抗できる開拓者の力がほしい模様。 「どうしても参りたいんです。護衛の手配、お願いできませんか?」 「はい、かしこまりました」 緊張した面持ちで受付嬢はその依頼を紙に書きつけた。 待つようにと、老婦人が片手を挙げた。 「それと、宿に滞在中は旅費、食費は私が出します。お酒もお料理も美味しいのですよ」 そろそろ秋の旬が顔を出す頃、酒だけではなく、食事も嬉しい事になるだろう。 |
■参加者一覧
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
佐上 久野都(ia0826)
24歳・男・陰
鳳・月夜(ia0919)
16歳・女・志
林堂 一(ia1029)
28歳・男・陰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
空(ia1704)
33歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●その者只者にあらず? 出発の日、少し早めに現れた老婦人は、それらしき一行を見かけ、少し驚いたように唇に指先を当てたが、誠実さを窺い知れて、嬉しそうに微笑んだ。 それに気付いたのは玖堂 真影(ia0490)だ。老婦人と目が合い、この人かとニコッと笑うと、老婦人も微笑み返した。 「開拓者ギルドから紹介された開拓者の皆様ですね」 老婦人の所作を見て、名だたる家の婦人かと見受けた佐上 久野都(ia0826)が頷き、挨拶の言葉を発したのは白野威 雪(ia0736)とぺこりと頭を下げる鳳・月夜(ia0919)。 「今回の道中、ご一緒させていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」 「よろしく‥‥」 「私の我侭に付き合ってくださって嬉しいです。私は鷹来折梅と申します。道中、宜しくお願いいたします」 深々と頭を下げる折梅に空(ia1704)が笑う。 「なぁに、誰だって我侭な所はあるさ。折角の面白そうな依頼だ。楽しませてもらうぜ」 「その通りだな、折角の旅だ。脅えさせては駄目だ」 空の言葉に同意し、一つ頷く巴 渓(ia1334)。 「ま、なんにせよ、楽しむのが一番だ」 くるりと、煙管を回し、林堂 一(ia1029)が笑う。 「ですわね。それではみなさん、行きましょうか」 歩き出そうとする折梅の姿を見てあれ、と首を傾げる一。 「婆さん、荷物あまりないのな」 折梅の姿は旅姿ではあるが、帯の上にちょこんと風呂敷の包みがあるくらいで、右手には杖、左手には市女笠、結構軽装に思えた。 「ああ、毎年行っているものだから、着替えや必需品は宿に預かってもらっているのです。非常用の保存食と薬くらいで十分なんですの」 「長年行ってると、そういう事もしてくれるんですね」 へぇと、真影が頷く。 「では、参りましょうか」 雪が微笑むと、全員が頷いた。 ●恐怖というもの 問題の山の麓に着いた際、休憩と称して、久野都は事情を聞きに行こうとしていた。少しでも情報がほしいので、見た者に話を聞きに行こうとしていた。 「あ、月夜ちゃんも行ってきなよっ」 「え‥‥うん」 そっと月夜の背を押す真影。月夜はされるまま、久野都の前に立つ。 「行きましょうか」 「‥‥うん」 普段は澄ましていても、久野都にとっては可愛い義妹。家族と一緒というのは嬉しく思い、お互い心が温かくなるものだ。 待っている間は折梅が休憩に入っている茶屋で待ち合わせ。 三色団子もオススメではあるが、大福は一口サイズで、餡も甘さ控えめだ。 「美味しいですね」 団子を頬張った雪が顔を綻ばせる。 「この茶、緑茶っぽくないよな」 喉を潤す為のお茶を一口啜った一が呟く。緑茶ではあるがいつも飲むものとは少し香りが違う気がし、口に含めば香ばしさを感じる。 「青ほうじ茶というものですよ」 そっと口を添えたのは折梅だ。 空を見上げれば美しい秋晴れである。いい天気だなと渓は暫しの休息をしている。後程、依頼の本題である山越えの護衛に備えて。 一行と離れて、情報収集に入った久野都と月夜は山で見た獣を見たという者から話を聞いていた。 その男は困ったように目をきょろきょろさせてとても言いづらそうであったが、ようやくぼそのそと言い出した。 「え、よく見てない?」 驚く久野都に男は申し訳なさそうにしている。 「怖かったんだ‥‥もう、無我夢中で‥‥」 「確かに、怖いかもね」 力を持つ開拓者とは違い、一般人が獣に対峙すれば大抵は恐怖するものだ。人間や共にいる動物とは違い、獣は違うのだ。 自身の食欲を満たす為に人も襲う。 それが人々の常識として定着しているのだ。 男が見たのは薄汚れた茶色い毛並みである事だけしかわからなかったとの事。後は木の陰などで見えなくなってしまったらしい。 「戻りましょうか」 見たい地を教えてもらったものの、かんばしい物がなかったが、何かがいるという事だけが分った。 「十分だと思う‥‥私達が守るし」 半歩後ろでポツリと呟いた月夜に久野都は微笑みを零した。 茶屋にいた皆と合流すると、二人も茶を啜る。 「何か分った?」 首を傾げる真影だったが、久野都は首を振るだけだ。 「恐怖で覚えていなかったみたいです」 「一般人にとって、獣はアヤカシ同様恐怖の象徴だからな。そんなもんじゃねぇのか」 肩を竦める空を見て、一も同意見だというように息をつく。 「俺達は婆さんを守るだけだ。敵が明確しただけで十分だ」 渓が言えば、雪も頷く。 受けた依頼は必ず遂行する。それが開拓者の仕事だろうと、筋を通そうと願うものをほっとくわけには行かない。 ●忍び寄る‥‥ 山は少々薄暗くも感じたが、光が溢れるよりもずっと目に優しく、傾斜も緩やかだ。 「普段は旅の遊歩道として使われているのですよ」 けれど、現在は獣がいるからということで、あまり使用するものはいない。それ故、人が通らなくなった通り道には草が生えている。 「折梅様、お疲れになられました? 少し休みましょうか」 三合目に入った所で、雪が声をかける。緩やかな山とはいえ、山は山だ。折梅も雪の好意に甘え、そうすると言った。 「お飲み物はいかがでしょう?」 「あ、俺もあるぞ」 「私も」 「俺もちょーだい」 飲み物を持ってきたものは複数いて、その中のどさくさに紛れ、一が冗談交じりにおねだりするが、皆の視線が向く。 「んじゃ、やるかー」 視線から逃げるように、にょびっと、両手を広げて背筋を伸ばした一が声をかけると、真影が頷く。 二人は符を取り出し、式をこの世に具現させる。 「まぁ」 折梅は開拓者の力を目の当たりにするのは初めてなのか、美しい術に目を輝かせている。 真影が形成したのは愛らしい小鳥で、一の式は翼の形が涼やかな鳥だ。どこか、二人の雰囲気が出てると折梅は目を細めた。 風を切り、機に茂る葉を揺らし、二匹の鳥は山の奥の方‥‥久野都が話で聞いた所を探す。 真影の式が視界を掠めた時、一の式もその姿を捕らえた。 薄汚い茶色の毛並みが三つ揃っていた! 二人は目印になるような物を探し当てる。それは久野都が聞いたのと同じ物。 「小さい社の近くにいた!」 二人が叫んだのは同時だ。 「ここからはすぐ近いですよ」 すっと、立ち上がった折梅が言うなり、式紙のものとは思えない草を踏みしめる音がした。 「そこだ!」 たんっと地を蹴り、渓が一瞬にして草が動いた場所まで移動した。目にも留まらぬ速さの蹴りで敵に一撃を与えるのは疾風脚だ。 「手ごたえがあったな」 すぐさま空が意識を集中させて、心眼を発動させる。確かに、真影達の言うとおり、気配が三つある。 「皆さん、頑張って‥‥!」 白き繊手を返し、雪が神楽舞を舞えば、全員に力が漲るようだった。 「ケモノじゃない‥‥?」 月夜が眉を顰めると、真影が折梅を庇うように前に出る。 「おばあちゃまは守るわ!」 「危ないですから」 久野都もまた、真影の隣に立ち、折梅の壁となる。 「我が鎖に括りつける!」 泣き叫ぶ赤子の表情が浮かんでいる小石が連なった鎖は真影のものだ。それに続き、久野都の呪縛符も飛ばされる。 一が砕魂符を飛ばし、それを追うように月夜も攻撃する。 「ぐわ!」 「うお!」 その声はどう聞いても人間のもの。 「こりゃぁ、盗賊だな」 もう一枚、砕魂符となるであろう符を持った一が呟いた。 確かに、薄汚い茶色い毛並みの上着を着て、腰に短刀を差した男三人。どんな風に見ても、盗賊だ。今は一人は渓の疾風脚でのびていて、残りは呪縛符で動きを封じられてのびている。 「お見事です」 にっこり微笑む折梅に全員が誇らしく笑顔で返す。 「そろそろ術が解けそうですが‥‥」 久野都の言葉に全員がどうしようかと首を捻った。 ●思い出をたどる 結局は、山賊が着ていた着物で手首を縛り、分りやすいところに放置しておいた。 ケモノといわれていた山賊が捕まり、まだ警戒は怠れないが、後は宿を目指すだけであり、皆の足取りはとても軽い。 「‥‥お婆さんは何でその宿に行きたいの?」 誰もが思っている事を口にしたのは月夜だ。 「毎年、行かれる宿とお聞きしましたが、何か思い入れでも?」 雪も一緒に尋ねると、折梅は楽しそうに笑っている。 「大切な友人との約束なのですよ」 「へェ、それはどんな約束だい?」 悪い約束か?と、からかうように空も話に加わる。 「あら、悪い約束でしたら、蜜の様に美味しいでしょうね」 楽しそうに笑みを浮かべる折梅に一が笑う。 「いいね、こう来るの」 それを聞いた久野都が肩を竦め、苦笑する。 その間も、皆で話をして盛り上がっていた。時折、真影が久野都と月夜を二人で歩かせて兄妹の時間を作ってあげたり。 「真影さんは優しいのですね」 「え、そんな事ないと思う‥‥」 折梅にこっそり言われて、真影は照れたように顔を俯かせる。 「お優しいと思いますよ。兄妹の時間を作っていらっしゃるんですから」 雪もまた、折梅同様に思ったことを口に出している。 「なんか、照れちゃうなっ」 照れ隠しに真影が笑う。少し離れて歩く久野都と月夜は話が分らなく、首を傾げ、なんだろうと目を合わせる。 山から降りると、向こうの住民達にはとても驚かれた。 自警団らしき人達に事情を伝え、山賊を捕まえに行ってもらう。 それから折梅の案内で一本道を歩いた先には大きな宿があった。仲居が折梅の姿を見て、酷く驚いた。いつも使っている山道がケモノの住処となり、入るのが危険となっているのだから。 慌てた仲居の声に早足で現れたのは折梅と似た年頃で、仲居よりは華やかな着物を着た女性だ。察するに、大女将といったところだろうか。 「まぁまぁ、よく来たわね」 驚き半分嬉しさ半分で大女将が出迎えてくれた。大女将が折梅の連れと分った開拓者の皆は先に部屋へ通された。 通された部屋は広く、上質な部屋であった。 出された茶を飲んで寛いでいると、折梅が入ってきた。旅姿とはうって違い、紫が混じった青地に女郎花が咲く小袖を着ている。 「開拓者の皆様方、私をここまで連れてきてくださって本当にありがとうございます」 そっと指をついて頭を下げる折梅。 「私達は、当然のことをしたまです」 「大切な思いがあるなら、手伝いたいと思うのは人の常です」 「旅を悪いものにしちゃいけないさ」 折梅に寄り添い、声をかけたのは雪だ。それに久野都と渓が続く。 「あたしもそう思います。おばあちゃまが気にする事じゃないです」 真影も言えば、折梅は擽ったそうな笑顔を見せてくれる。 「ありがとう。宿では楽しんでいってくださいね。板前さんたちが腕を振ってくれるとの事ですから」 「精々たかるとしますかねぇ。まァ、手加減はするさ」 含み笑う空の言葉に、老婦人はちょっと考えて微笑んだ。 「最後の台詞は大女将には内緒にしてくださいよ? 彼女の事ですから、手加減されるようなものを出すわけないじゃないとか言って、宿を取り仕切りそうですから。もう、歳ですから無理はさせたくないんですよ」 「そこかよ」 細く紫煙を吐き出して一が笑う。 どうやら、類は友を呼ぶというものだろうか。 要は、宿にあるものなら何でも頼んでいいよという事だ。時期が合い、入手可能なら言ってくれというもの。 「太っ腹だね」 人事のように月夜が微笑んだ。 ●輝夜 宴の時間まで、それぞれの時間を過ごしている。 真影、久野都、月夜は庭の散策だ。丁寧に手入れしてある庭は広く、時折、季節の花が視界をかすめ、庭を華やかにさせている。 空は窓辺に座っていて、景色を眺めているし、縁側には煙草を吸って寝転んでいる一の姿。 「渓さんは旅から旅へなのですか」 「まぁな、色んなものを見てきたからな」 「そうなのですか」 雪と渓と折梅は茶を飲みながらのんびり話をしていた。 時はゆっくりと長く日は傾いていった。 日が入るところになると、仲居がやってきて、準備が出来たと言う。雪が三人を迎えに行こうとした時、丁度よく帰ってきた。 並べられるのは早摘みの秋の山菜の天麩羅、温野菜、焼き物、マツタケの吸い物、栗御飯とマツタケ御飯の二種等々、所狭しと並べられる。勿論、飲める人にはお酒も。 それぞれが食事についている時に、料理と酒を堪能していた一が銚子を持ち上げる。 「うん、美味いな。婆さんもいける口だろ。飲みなよ」 「頂きます」 小さな杯に両手を添えて折梅が一の酒をもらう。 「お飲みになられるのですね」 「ええ、お酒は適量いただくと身体も温められますし、よく眠れますから」 「元気の秘訣ってやつか」 手酌で結構と断る空が言う。 「うむ、うまいな」 鶏肉を味噌ダレにつけて炭火で焼いたものを渓が頬張る。パリッと焼けた皮と味噌の香ばしく、肉を噛めば、とても柔らかで肉汁が口の端から零れそうなくらいで食欲と酒を進ませる。 「お野菜も甘いです」 野菜を好む雪は温野菜が気に入った模様。温野菜には出汁の味が効いてはいるが、醤油とゴマのタレがついており、味の変化が楽しめる。 「真影、顔真っ赤だね」 折梅たちと話をしていた久野の隣に座る月夜が呟けば、久野都が勢いよく月夜の隣を振り返る。月夜の隣に座る真影の顔が真っ赤なのだ。 「真影?」 水を渡そうとする久野都であるが、真影の酒はよく巡っているらしい。 「くのにーのかおいっぱいだね〜」 そう言うと、そのまま眠ってしまった。それを見た折梅が微笑む。 「あらあら、香苑の間にはお布団が敷いてありますから、そちらへ‥‥雪さんも眠ってしまわれましたわね。殿方は藤苑の間に敷いてありますから」 真影と一緒ではしゃいでいた月夜であったが、眠ってしまわれた為、久野都の隣にちょこんと座っている。 「あのお花、あった?」 床の間に飾られているのは白い葛の花だ。 「食事の時に飾っていただいたのですよ」 「婆さんの要望か」 小休憩がてら、一が口を挟む。 「私がここに来ると、必ず飾っていただいているのですよ。大女将のはからいでね。彼女とは恋敵でしたの」 想い人だった男が折梅と初めてあったのが葛の花が咲く場所だったそうだ。 「どっちが勝ったんだ?」 「両方負けました」 どうやら、他の娘に取られたらしい。 「随分出し惜しみすると思えば」 「出し惜しみした方が後の楽しみが出来るでしょう?」 つらっと言う折梅に空がその通りだと笑う。 「さて、私はこれにて。足りなければ仲居さんたちに言って下さいね」 主催が席を立つのはどうかと思われたが、元は開拓者の皆が気兼ねなく飲んでくれるように設けた場であるが、皆は折梅が席を立った意味をなんとなく理解した。 きっと、この後は大女将と飲むのだろう。昔を思い出しながら。飽きもせずに何十年も。 「真影とはずっと仲良くいたいな」 「そうですね」 折梅が出た戸を見つめ、月夜が言えば、久野都が微笑んだ。 夜が更けるまで、宴会は続けられた。 部屋を照らす月は呆れもせずに微笑んでいるようだった。 |