【讐刀】逸る刀
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/13 23:35



■オープニング本文

 美しい光を照らす月は厚い雲に覆われてその姿を隠していた。
 闇夜と化したその瞬間、血が迸った。

 蝋燭の明かり一つない闇の中、刀が閃く。
 斬られた衝撃で襖に当り、襖が外れてそのまま奥の間に倒れこむ。
 息はもう止まっている。即死だ。
 斬った者は今死んだ者が手にした刀を奪い、柄を解く。厚い雲が切れ、月の光が差し込む。
 そこに彫られた文字は男を満足する事が出来ないものだった。
 目的のものではない事に気付いた男は刀をそのまま放る。

「次だ‥‥」

 足音を消して男達が中に入ると、男はその場を後にした。


●押し入り? 殺人?
 鷹来沙桐は上司に連れられて甘味処にいた。
 可愛い女の子となら楽しいのにと思いつつも、目の前にいるのは疲れた顔をした背の小さい小太りなおっさん。
 はっきり言ってしまえば、沙桐の上司に当たる者であるのだが‥‥
「最近、妙な強盗がいてな、それの調査命令が下った」
「は? ちょっと待ってくださいよ。部署が違うでしょう?」
 盗賊は別に担当組織があり、沙桐の担当とは担当が違う。そういった線引きを好まない沙桐ではあるが、こういった事は自然と軋轢が出来るのは人の業。
 同じ王に仕える者同士の軋轢は避けたいと思う。
「私は調査と言ったが、内容がお前に関わる事やもしれん」
 溜息をつく上司に沙桐は姿勢を正した。
「どういう事ですか?」
「奴等は刀の銘を確認しているらしい。柄が刀身より外されていた。それも昨日で四件目だ」
「四件も?」
「そいつらが入るのは必ず、名刀の蒐集家ないし、名刀を所有している裕福な家だ。だが、持って行くのは金と足がつきにくい着物なんかばかりだ」
 少しずつ沙桐の瞳が鋭くなる。
 名刀の蒐集家の家ならば、名刀が何振りもあるのに、刀を確認しているのに持っていかない理由はただ一つ。
「狙っている刀があると?」
「後は、兄弟子の警護もだ」
「え?」
 きょとんとする沙桐が思い出しているのは厳しくも温かい言葉を持つ師範の姿。
「此隅北から南下していてな、次狙われてもいい裕福な名刀持ちの家は剛生館現師範の家くらいだ」
「‥‥相当自信があるということですか?」
「岩井道場の師範代を殺したくらいだ」
 はっとなる沙桐は相手がどのような者か思い知らされる。沙桐も相手をしてもらった剛剣の持ち主だ。
「‥‥分りました。開拓者を呼びます」
 沙桐の意外な言葉に上司は目を見張る。
「なんだ。門下生を引き連れるんじゃないのか」
「この件はまことしやかに流れているでしょう。武官の俺が動けば、実戦を求める者もいる事でしょう。無闇に実践に出せば余計な自信へと繋がる事がありますよ。 中途半端な実力は己を甘くしてしまう傾向にある。今必要なのは、このような事があっても軽はずみに動く事無く研鑚する己を律する心でしょう」
 きっぱりと沙桐が言えば、上司は意地悪く笑う。
「そうだよな。経験者は語るか」
「うぐっ!」
 とにかく行ってきます! と沙桐は甘味の御代を置き、逃げ去った。


■参加者一覧
南風原 薫(ia0258
17歳・男・泰
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
蓮見 一片(ib0162
13歳・女・魔
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
溟霆(ib0504
24歳・男・シ


■リプレイ本文

 目を瞬いて疲れている沙桐の姿を見ているのは御樹青嵐(ia1669)だった。
「俺はヤケになってないからね」
 今はそんな暇ないしと沙桐が笑う。
「刀なんてなんでもいいじゃん。斬るもんだし」
 肩を竦めるのは輝血(ia5431)だ。本来は振り、斬る為のものであるはずが、名刀という言葉に振り回されているのは人間の方。
「名刀じゃなくても高いんだよ。金持ちでもない限り一振りで一生使えるものが必要なんだよ。手入れとか何かと金がかかるからね。長く切れ味のいいものはやっぱり自然を値上がりしちゃうからね」
「まるで、名刀に憑かれているようだな」
 ぞっと肩を竦めるように呟くのはオドゥノール(ib0479)だ。
「収集家ってそんなもんじゃないかな」
 楊夏蝶(ia5341)が首を傾げて納得している。憑物がついているが如くに刀を探し、金を詰む。その姿はアヤカシが人の肉を捜しているものと似ていると言っても仕方がないかもしれない。
「畜生働きをしてまで欲しい名刀かぁ」
「お目にかかりたいのは山々だがな」
 にやりと南風原薫(ia0258)薫が言うと、溟霆(ib0504)がふむと、頷く。
「盗賊って、凄く強いんだよね」
 蓮見一片(ib0162)が沙桐に確認を取ると、当人は茶を啜ってから頷く。
「夜目が利くみたいだし、寝てる間の襲撃とはいえ、強い剣士を倒したから油断は出来ないよ」
「その方を倒せる程の方に心当たりは」
 龍牙流陰(ia0556)が尋ねると、沙桐は考え込み、数名の名前を挙げた。
「後は‥‥ウチの師範代達ならいけるだろうな」
「門下生達は大丈夫なの?」
 夏蝶が尋ねると、沙桐は心底困った表情を見せた。
「話が持ちきりで師範代達が諌め中。俺がしゃしゃり出たら更に止まらなくなりそうだし、師範には老人扱いすんなって言われるだろうし」
「意外と苦労してるんだね」
 がっくり肩を落とす沙桐を見て輝血が呟く。
「輝血ちゃん、酷いよっ」
 涙目の沙桐が抗議にも輝血は知らん振り。

●剣の差分
「次」
 普段は忍び装束を着て戦う輝血であったが、剣道着の姿で門下生達と当たっていた。自分の剣に自信を持ち、自身を律する事ばかり口に出す師範代達を軽視していた門下生達であったが、たった一人の開拓者によって叩きのめされる。自分達より少し年は上だろうが、容姿は華奢な少女。今までの自尊心が崩れる音を聞いたのかもしれない。
「とうとう、年寄り扱いされるとはのう」
 師範が上座で呟くのを近くの沙桐は黙ったまま、嫌そうな顔をしている。
「水上さんが心配してですね‥‥」
 沙桐が言ってもちくちくと沙桐を責めている。こうなる事を分って影から護衛しようとしていたのだが、堂々と開拓者が入ったのでこの結果となった。
 そんな様子を青嵐と夏蝶は気にしなく、輝血の勇士を見ている。オドゥノールがちょっとだけ沙桐に同情心を見せたが、とばっちりが怖いので心の中で応援中。
 中心では最後の一人が床に崩れ落ち、輝血の圧勝となった。
「輝血さん、どうぞ」
 青嵐が輝血に手拭いを渡すが、輝血は汗など流れていなかった。
「沙桐君、手合わせしない」
「は?」
 夏蝶からの急な誘いで沙桐がきょとんと、目を見張る。にっこり笑って夏蝶が沙桐を引っ張り出す。意外な試合に門下生達がざわめく。
「鷹来さんが本気出すのかな」
「あの人、あまり対人試合しないよな」
「強いの?」
 口々に門下生達が言葉を交わしている。中心では夏蝶と沙桐が木刀を持ち、面と向かって構えを取っている。
「はじめ!」
 審判役の師範代翠光が声を上げると、先に動いたのは夏蝶だ。シノビ特有の俊敏な動きで残像を作りつつ、沙桐に攻撃を与えている。沙桐は木刀にて攻撃をいなしている。浅い攻撃を受けた後、夏蝶は次に打つのを寸止めにし、一度間合いを取り、沙桐の動きが揺れるのを狙う。
 寸止めにかかった沙桐は上体を揺らし、夏蝶は速度を上げ、上体を屈ませて沙桐の腹を狙う。夏蝶の木刀が沙桐の腹を当てるのと同時に夏蝶の首の側面に木刀の衝撃が来た。
 二人ともお互いが放った一撃の衝撃で床に膝をつき、夏蝶は逆手で木刀を構え、沙桐は下段突きの姿勢をとり、即座に夏蝶に突きを繰り出そうとした。
「そこまでだ!」
 翠光が叫ぶと、沙桐は速度を急に落としてしまい、その場に膝を突いた。
「ティエちゃん、大丈夫!?」
「あ、うん」
 すぐさま沙桐が慌てて夏蝶に駆け寄る。確かに首に衝撃がきたが、そのまま流したので痛みはあまりなかったので、夏蝶は頷く。
「よかった」
 笑顔で沙桐が安心している姿を見て、輝血が目を細める。
「あいつ、迷いがなかった」
「え?」
 青嵐とオドゥノールが輝血の言葉に反応するが、輝血は言葉を続けようとしなかった。上座の師範ともう一人の師範代がそっと目を伏せた。

●神隠しの刀
 有名な砥師の下へ赴き、話を聞こうとしているのは薫と溟霆。
「青嵐は羨ましいな。女性陣に囲まれて」
 謳うように溟霆が言えば、薫が喉を鳴らして笑う。
「鷹来の奴も確かに女顔だなぁ」
「それも入るなら勝手が違うか」
 依頼人も頭数に入れていなかったのか、溟霆が素直に訂正する。
「しかし、門下生の連中も災難だな」
 愉しそうに言う薫に溟霆は自分もやりたかったというようにくすくす笑う。
「とりあえずは仕事だよ」
 溟霆が指で示すのは一軒の家。玄関の障子紙の左隅には丸の中に砥の文字があった。薫が戸を叩くと、億劫そうな返事が聞こえる。遠慮なく障子を開けると、三和土の前で刀を研いでいる一人の老人がいた。
「ちょいっと、話いいかい?」
 薫の後ろから溟霆が声をかける。
「手短にな」
 仕事を続けていても、話を聞いてくれると判断した。
「ちぃっと、刀を探していましてねぇ。何か変わった刀を研いだ記憶はありませんかねぇ?」
 薫が切り出せば、砥師は首を振る。
「剛生館の刀剣で銘と雰囲気が一致しない刀剣はあったか?」
「いや、ないな」
「では、最近、新たに名刀の話は?」
「最近の刀は汎用ばかりでつまらねぇ。だが、同じ形、同じ切れ味を作り続けるってのはある意味名刀と言えねぇか?」
 砥師が言えば、睨みつけるように研いだ刀の刃先を見ている。
「寸分違わぬ物であれば確かに名刀‥‥いや、名刀匠だな」
 人差し指と親指で顎を挟み、腕を組む薫がにやりと笑う。
「そいつがもし、切れ味だけを突き詰めた刀を作り、世に出せば名刀となるか‥‥いや、妖刀となるかもしれんな」
「‥‥そんな人がいるのか?」
「いる。いつの間にかいなくなったらしい。死んだ噂もあったが、わからん」
「そうか、ありがとよ」
 薫が話を切り上げ、二人は砥師の家を出た。

 酒場にて、地図を広げて考えているのは流陰と一片。
「裕福な家はあるけど、刀の蒐集家ではないんだよね」
「ええ、そういった家の襲撃はないと沙桐さんが言ってましたね」
 黒墨と赤墨で印を付けながら二人は話し合う。
 沙桐が上げた剣客に話を聞いても、引っかかる不自然な点はなかった。
「そういや、オドゥノールさんが襲撃された家の人達に刀の蒐集以外で共通する所がないか気にしてたよね」
 今は道場にいるオドゥノールの事を思い出す。
「アンタ達、最近の強盗でも追ってるのかい?」
 酒場の女将がひょいと話に加わる。
「最近、刀を追っている人なんか知りませんか?」
「追っている方は分かんないけど、強盗が最後に入った家の若旦那がウチによく飲みに来てくれてたんだよ」
 女将の話は、その若旦那が言うには、共通の知り合いにあたる刀匠がいるという。
「その人の名前は?」
 一片が顔を上げて女将に言えば、困った表情をされた。
「忘れたねぇ‥‥ああ、若旦那が贔屓にしている武器屋に行けばわかると思うよ」
 話を聞いた二人は地図を畳み、武器屋の方へと向かう。
 武器屋には気のよさそうな中年の女性がいた。流陰が話をすれば、武器屋の女性も共通点に気づいていたらしい。
「その刀匠はあまり個人で取引はしてないみたいなのよ。大抵は店を通して売ってたんだよ」
 常から、一人の所有者が手入れさえきちんとすれば一生振れる分の刀をずっと打っているという。限りなく同じ刀を。
「待ってください、そんな事ってあるんですか!」
 声を上げて流陰が言う。刀を使う事がない一片にしてはいまいちピンと来ないようだ。そんな一片の様子を見て、流陰が平静を少しだけ取り戻す。
「どんなものでも、同じものは作れないでしょ、微かにズレは存在する。限りなく同じ物を作るなんて‥‥」
「天才って事?」
 一片が結論付けると、店の中が静まった。
「その人にはたった一振りの別の出来の刀を作ったって話があるそうだよ」
「その人は今何処に?」
 話を切り替えるように一片が尋ねるが、女将は首を振る。
「ここ数ヶ月、姿が消えちまってねぇ‥‥」
「家族は?」
 更に流陰が尋ねても首を振るだけ。最後に刀匠の名前を聞けば、これは答えてくれた。
「杜叶刻御」
 情報を得た二人は店を出て行った。

●稽古の後といえば
 外回り組が道場に向かえば、道場の人間でも、開拓者の仲間でもなく、食欲をそそる温かい匂いが出迎えてくれた。
「美味しそうな匂い」
「腹へってきたな」
 それぞれが中に入ると、開拓者達が作ってくれたちゃんこ鍋を皆で食べていた。
「うわー、おいしそー!」
 一片が反応すると、青嵐が椀に鍋の具を入れ、箸を添えて渡してくれる。ふわふわの鳥団子はいい出汁が出ていて、一口齧れば、中まで通りきっている熱が口の中一杯に広がり、あまりの熱さに少し涙目になる。
「ほら、たんと食べるんだぞ」
 オドゥノールが門下生におかわりを渡す。
「怪しい奴はいないのか」
 最初の試合では天狗鼻を折られたが、輝血達は何度も稽古に付き合ってくれたので、門下生達は輝血達にすっかり懐いてしまった。
「俺達で捕まえてやろうと思ったけど、そんな奴等いなくって」
「本当に来るのかなって思った」
「開拓者が来たっていう事はやっぱりなのかな」
 一人が夏蝶にお椀を渡すと、夏蝶はうーんと、悩む素振りを見せる。
「まだわからないのよ。とりあえず、自分の腕を磨いておかなきゃね!」
 おかわりが入った椀を夏蝶が渡すと、門下生達が元気よく返事をする。
「説得が上手くいって何よりです」
「ええ、根はいい子達で安心しました」
 青嵐が流陰にお椀を渡す。
「とりあえず、情報は得てきた。後で話すぞ」
 こっそり薫が言えば、二人は頷いた。

 鍋は残りの出汁までおじやでシメて綺麗に空になった。開拓者達は台所で片付け兼、情報交換をやっている。
 外回り組が持ってきた話は二つの班を繋ぐ十分な話だった。
「じゃぁ、その杜叶って人の刀を探しているでアタリね」
 夏蝶が言えば、皆も同じようだ。
「相手ってやっぱり複数だよね。お金とか小間物を狙うって言っても嵩張るし」
 確認を取るように一片が呟く。
「しかし、他の刀を狙わないのは何故だろうか」
 オドゥノールの言葉は依頼を受けた者達にとって疑問の一つだ。
「活動資金の為とかじゃないかなって思うんだけど」
「塵も積もれば大金になるか‥‥」
 一片の言葉に、薫が溜息をつく。
「そろそろ夜だね。配置につこうか」
 溟霆が言えば、それぞれが動き出した。

●刀見
「え、帰すの?」
 抗議の声を上げたのは夏蝶だった。沙桐が門下生を帰そうとしていたので皆纏めて守るべきと夏蝶は思ったが、輝血が首を振る。
「通いなら無闇に居させる必要はないね」
 余計な荷物は不要と思っている輝血は沙桐の考えに賛成のようだ。
「実戦を見せて心を折らせるのもまた‥‥とは思うが、面倒は少ない方がいいね」
 溟霆がくすりと、笑う。

 道場は師範の家であるが、連れ合いはもう亡くなっており、娘夫婦は此隅内にいるが、家には居ないので、実質一人暮らしになる。
「杜叶刻御をご存知ですか?」
 オドゥノールと一片が師範の部屋にて話を聞いている。師範はその名前を聞いて驚いたように二人を見た。
「犯人はその人の刀を狙っているみたいです」
「師範は持っている?」
 一片がじっと師範を見つめる。
 その答えは‥‥

 青嵐が裏口にて見張っていると、師範代である翠光が道場に戻ってきた。だが、青嵐は安心したという雰囲気は出さずに、じっと彼を見ている。
「見張りご苦労」
 翠光は居合い切りで青嵐の腹を割こうとしたが、開拓者ならではの身体能力で何とかかわした。
「う‥‥っ」
 相手も志体持ち。かわしきれていなかったのか、青嵐の袖に血が滲む。青嵐の様子に気づいた流陰が青嵐を追い越して翠光に斬りかかる。
「何故、このような事を!」
 流陰の一撃を刀で受け流し、体勢を崩す事無く翠光が一撃を加える。何とか刀で受ける事が出来たが、重い攻撃を受けていては刀が持たないかもしれない。
 玄関の方にいた夏蝶も様子気に気づき、急いで裏口の方へ走り、翠光に手裏剣を投げ、動きを牽制させる。
「まさかアンタが犯人かよ!」
 薫が嘲笑うように砲落玉を翠光に打ち込む。爆発音は周囲に非常事態を伝えるには十分な音だが、翠光は素早く交わしていた。
「くっ!」
 痛みをこらえつつ、青嵐が呪縛符を翠光に撃つ。青嵐がまだ動けると思っていなかったのか、翠光は符に捕らわれてしまう。
 抵抗を試みようとするが、駆けつけた輝血の手によって身動きを完全に失った。
「翠光さん‥‥話してくれますね‥‥」
 沙桐が呟くと、彼は項垂れた。

 道場にて翠光は自分が罪を犯した事を話した。
 彼の生まれは武天のとある村の刀匠の子供であった事。育てられる環境ではなくなった為、知人の武家の家にて育てられた。
 数ヶ月前、彼は父親の刀を欲しがっているある男に実の父親が殺されたという話を聞いた。殺した者は刀匠である父親が最期に打った刀を所有しているという。その切れ味は稀にみる程のものであり、名刀と謳われるに相応しいもの。
 父親の記憶はおぼろげではあったが、刀を打つ姿は記憶にあり、とても誇らしかったし、此隅内でも武器に精通している者は知っているものもいる。
 父親を殺した者が憎く、虱潰しに探し、殺していった。
 刀匠の名は杜叶刻御。
「殺すまでしなくても‥‥」
 悲しそうにオドゥノールが言っても、彼は首を振る。
「怒りに捕らわれていた。私にもわかるのだ。心の中で燻る人を斬りたい衝動に」
「それでも、してはいけない事です」
 静かに流陰が呟くと翠光は悲しそうに微笑み、頷いた。
「そうだ。師範はその刀、持っているの?」
 一片が先ほどの会話を引っ張り出すと、師範は首を振る。
「確かに杜叶と儂は友人だ‥‥だが、その刀の行方はわからん‥‥」
 静まった道場内であったが、溟霆、輝血、夏蝶が戻ってきた。
「掴めなかった」
 端的に溟霆が結果を口にした。
 どうやら、開拓者との交戦に気づかれたらしい。
「ありがとう。翠光さんの凶行を止めてくれて」
 沙桐が開拓者達に言ってこの場が終わった。
 肌寒く感じるのは春に近づいているはずの外気が、冬の如くに冷えている為。
 春はいずこ‥‥