標的は羽柴麻貴!
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/10 17:14



■オープニング本文

 理穴監察方第四組主幹、羽柴麻貴は多忙を極めていた。
 桃の節句の遊びより仕事にしっかり戻り、バリバリ働いていた。自ら前線に立って指示をしたり、他の部署で武力を必要とされたなら快く引き受けて悪党を薙ぎ倒していた。
 時間を割いては自分の部下を気遣い、他の組の様子を耳に入れつつ、配置を変える。
 そんな風にフル活動していたら、執務室で撃沈している麻貴の姿が発見された。
 医者の見立ては当然過労。
 上司に叱られ、五日位は休養を言い渡されたが、三日で現場に立ってしまう。
 志体持ちだからというのもあるだろうが、やはり身体は疲れているのだ。

 そして、次は資料室にて沢山の資料の下敷きになっている麻貴の姿が発見された。

「羽柴、私は五日間の謹慎を言い渡したはずだが?」
 上司が秀麗な表情で麻貴に言えば、当人は黙々と布団の上で食事を取っている。
「ひょーがらいれすか。ひきひはいほ(しょうがないですか。指揮しないと)」
 行儀悪く食べながら言う麻貴は全く悪びれてもいない。
「お前がいなくても檜崎がやると言っていただろう」
 あきれ返る上司に麻貴は不機嫌そうな目を上司に向ける。
「だって、前に貴族のお嬢さんを襲った連中と繋がっている奴がようやっと浮かんだんですよ。これからが大事なのに私が引いたら、護衛を手伝ってくれた開拓者の皆になんて顔向けすればいいのですか!」
 以前、芝居小屋に遊びに来ていた貴族のお嬢様が狙われていた件で麻貴はずっと追っていたのだ。犯人が中々口を割らないので、他の線から洗っていた。やっと見つかったとある宿。そこの主が奴らと通じているという。その裏を取らねばならないのだ。
 昼も夜もなく走り続けた所為での過労。
「とりあえず、静養する事だ。分かったな」
 これ以上言っても無駄だと感じた上司は話を切り上げてその場を辞した。
 上司が部屋を後にすると、麻貴はどうやって抜け出すか算段をつけていた。

 一方その頃、酒場にて誰かと会っていただろう男がひたすら困っていた。
 彼は殺し屋を派遣する口入屋を探しており、ようやっと見つけたら、理穴監察方が目をつけていた事を知った。
 他の組だったならまだいいが、その追っていたのは四組、そして、捕縛の際には四組主幹羽柴麻貴が現場臨場するという話。
 だが、麻貴は過労の為、役所内診療室にて強制静養中との事であるが、入れ込んだ事件であれば何が何でも麻貴は現れるだろう。
 仕事をさせてあげたい。だが、今は彼女に会うわけにはいかない。
 いたずらに悲しませるのは分かっているからだ。
 男の視界には片翼を模した銀の首飾りが目に入る。翼の根元の緑の宝石が微かな光で輝いた。
 ぎゅっと首飾りを手にして、男は意を決する。

 翌日、男が向った先は開拓者ギルド。
「あら」
 受付に対応したのは男と顔見知りの人物だった。
「珍しいわね。どうしたの?」
「依頼をしに来たんだよ」
 受付役が言えば、男は苦笑する。
「内容は?」
「理穴監察方第四組主幹羽柴麻貴の捕獲、隔離だ」
 至極真顔の男に受付嬢は目を瞬かせる。
「本気で言ってるの?」
「ああ、それと、とある宿屋の主を捕まえたい」
「‥‥あの子、また無茶したのね‥‥了解よ」
 受付役が溜息をつくと、男も溜息をついた。
「バレて殴られるで済むかしらね」
 ぽつりと受付嬢が言えば、男は視線を逸らす。
「そっちの方が気が楽だ。泣かれたら別の方から苦情も来るからな」
「そうかい。ご馳走様。アンタの名前どうするの?」
「カタナシでいい」
 今は本名を言うわけにはいかない。
 本名ではなく別の名前を使っている。本名を明かせば元の役職も敵に通じるだろう。今までの土台が台無しになるからだ。
 隠れなくてはならない。目的が終えるその日まで‥‥


■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176
23歳・女・巫
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
桐(ia1102
14歳・男・巫
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437
17歳・女・志
此花 咲(ia9853
16歳・女・志


■リプレイ本文

「殴りこみのお手伝いなのです」
 きりっと言う此花咲(ia9853)だが、周囲は反応なし。ちょっと違うのかと思ったら、周りの反応はそうではなかった。
「うん、ちょっと違う」
 カタナシがきちんと咲にツッコミを言うと、咲はあらっと、笑う。
「何人かは二度目、三度目かな」
 参加者の全員を見回してカタナシが言う。
「俺の事はカタナシと呼んでくれ。宜しく頼む」
「御名はムモンではなく、カタナシ殿ですか」
 依頼人の姿を上から下まで見ていた沢村楓(ia5437)が意味深に頷いている。
「紋は捨てるわけにはいかないからな」
 苦笑するカタナシに楓が一度瞬きをして彼を見た。
「つか、ノコノコ顔出すとは思わなかったがな。げに難しきは男女の色‥‥ってな。双方素直じゃないのは大変だよなぁ」
 黎乃壬弥(ia3249)が言えば、カタナシが目を見張る。
「俺はともかく、アレは素直だろう。自分の思うままに動いてるし」
 素で言うカタナシに壬弥がどこがと呆れている。
「今回の趣旨は監察方が俺に気づく事無く円滑に目標を捕縛するように仕向ける事と監察方四組主幹、羽柴麻貴の静養だ」
 じっと、カタナシを見据えていた紫雲雅人(ia5150)がそっと溜息をついた。
「まぁ、俺としては願ったり叶ったりな依頼ですからね。
 ‥‥詮索は止しておきますよ」
 傷ついた麻貴の顔を思い出しながら雅人が言ったのにも拘らず、きっぱり言うのは輝血。
「ま、自業自得だよね。今なら色々と仕返し出来そうだけど」
 なにやら麻貴に思う所があるのか、輝血(ia5431)が言えば、カタナシが笑う。
「あいつ自身を痛めても意味がないぞ。やるならもっと考える事だな」
 意外な助言に輝血が目を見張る。
「じゃぁ、考える」
 素直に従う輝血に全員が絶句する。
「依頼文にもあっただろうが、俺の事は監察方の面子には口外法度としている。その辺は理解してくれ」
「監察方との連携が出来ればしたいんだが‥‥」
 考え込む劉天藍(ia0293)にカタナシは首を捻る。
「しないと色々とボロが出かねないぞ。お前さんなら四組の檜崎と面識があるだろう。動きを確認しておかないと」
「そうか。動きを確認してみるよ」
 連携が出来ると分かれば、天藍がほっとした表情になった。
「ともかく、麻貴さんが動かない内に片付けましょう」
 珠々(ia5322)が言えば、俳沢折々(ia0401)が目を爛々と輝かせている。
「ふふふ、私はあくのおんみょーじだからね。報酬さえ貰えば、なんでもやるよ!」
 玄人ならば当たり前の事と、いつもは眠そうな雰囲気なのに随分とやる気満々のようだ。
「頑張りすぎるのは身体に良くないですからね」
 のほほんと言うのは桐(ia1102)だ。大人しそうな顔をしているが、どう捕獲してやろうかと思案を巡らせているようだ。
「ま、宜しく頼む。あれは大変だからな」
 片手を挙げてカタナシが苦く笑う。
「色々とありそうだな」
 ちらりと、壬弥が言えば、カタナシはがっくりと肩を落とす。
「正面から行っても踏みつけかねないからな‥‥」
 哀愁漂うカタナシの背中は以前の麻貴の好きたい放題を如実に物語っている。それに感づいた雅人と天藍はカタナシの方を手伝ってよかったと心から思い、壬弥に哀れみの念を送った。一番被害を受けるのは彼だと思ったからだ。
「俺かよ!」
「とにかく、捕獲班はお願いします。こちらも後ほど合流しますから」
 壬弥の抗議をさらりとかわして咲が顔合わせの場を纏めた。
 それぞれの分担に向かう際に、涼霞がカタナシの前に立った。
「いつか、お会いになってくださいませ」
 真剣な表情の野乃宮涼霞(ia0176)にカタナシは困ったような擽ったそうな笑顔を浮かべる。涼霞は友人から話を聞いたのか、麻貴の想いに自分の想いを重ねているのだろうか。
「‥‥心を焦らせているのは俺も同じだ」
 その一言だけ口にしたカタナシに涼霞は安堵したように微笑んだ。思い出したようにカタナシは涼霞の耳元に口を寄せた。
「あいつみたいな奴を殺すには刃物も怒声も必要ない。真摯に思う気持ちがあれば十分殺れる」
 涼霞とカタナシの目が合えば、涼霞はにっこり微笑む。
「そうやって殺しになられたのですね」
 意外な一撃にカタナシは困ったように笑った。

●朝霧のまにまに
 麻貴襲撃班の壬弥、折々、桐、涼霞はまず、寝起きを狙った。
 夜遅くに襲撃するより、朝の方が物音がしたとしても不審がられるという事はない。
 物音がすると、そこにいたのは寝間着ではなく、着物を着て、窓枠に足をかけて今から脱出しますな姿の麻貴だ。
 ばっちり目が合って固まる五人。
「麻貴ちゃん! 大変だよ!」
 いきなり慌てだしたのは折々だ。
「どうしたんだ?」
 ぴょんと、麻貴が地面に着地したが、まだ疲れが取れてないのか、少し足元を揺らした。そんな素振りを見せず、麻貴は折々を気遣う。
「あの事だよ!」
「は? と、とりあえず落ち着け、折々ちゃん」
 宥める麻貴に折々の慌てっぷりは上がっていっている。
「急がなくてはなりません。早く」
 涼霞が素早く麻貴の背に回り、ぐいぐい背中を押している。
「だから、何の事だ」
「説明は後です!」
 桐が麻貴の手を引いて歩き出そうとする。
「後といわれてもな、私は仕事が‥‥」
「その件だって」
 面倒だといわんばかりに壬弥が麻貴を俵担ぎをしだす。細身な姿ではあるが、掴んだ際の腿の肉付きは筋力はあるが、中々に柔らかいと誰にも言えない感想を持った。
 馬車の荷台に麻貴を放り込み、自分達も乗り込んで出発させる。一同はさっさと監察方の役所を後にした。
「何なんだ、一体。私はまだ君達に依頼を出してないのに!」
 麻貴は開拓者に依頼を出す予定らしく、いきなり現れた開拓者達に驚きが隠せないようだった。
「うん、監察方の話だよ! とにかく行こう!」
 折々が必死に言うと、麻貴考え込んでいる。
「檜崎さんが勝手に出したのだろうか‥‥」
 などと、馬車の幌に背を預けて困り顔をしている。
「今は朝早いですから、少し眠ってはどうですか?」
 桐が気遣うように言えば、麻貴は溜息をついて従った。
「流石に朝は眠いからな。適当なところで起こしてくれ」
「分かりましたわ」
 涼霞が言えば、麻貴は目を閉じてそのまま俯くと、暫くしない内に寝息が聞こえてきた。
「こうしてみれば、子供みたいなもんだがなぁ」
 壬弥が言えば、麻貴が上体を揺らして倒れこんでしまう。慌てて涼霞が麻貴の頭を守るように支え、上着を枕代わりにと首の下に入れた。
 何とか麻貴を宿から離せる事は出来た。後は麻貴が暴れないようにするだけだ。

●調査の目
 一方、監察方手伝い班はそれぞれの割り当てに入っていた。
 旅の娘のような姿をした輝血が先に入った。同時に珠々もまた侵入し、様子を探る。輝血が入った後に楓も客として入ってきた。
 中の様子は随分と閑散としていているが、一階の部屋の奥で話し声がした。通された部屋の中に入った楓が廊下へと繋がる襖を少しだけ開ける。
「どこにいる」
 誰にともなく呟けば、右隣の壁と天井から拳で軽く叩く音がした。
「一階に話し声がした」
 楓が言えば、天井を静かに動く音がした。上が動いたので、楓は畳の上に座り、心眼を発動させた。
 従業員の話では楓以外の客は輝血しかいない。依頼文での従業員の人数は六人。それ以外で剣客と思われる人物が不特定多数いる事が判明している。
 一階にて駄弁っているのがその剣客達だろう。その気配は四つ。他に六つ、確かにあった。

 一方、雅人は聞き込みに回っていた。
 酒場にふらっと入り、適当に注文をする。
「そういや、この辺で宿は?」
 出された蒲鉾を一口食んで雅人が酒場の主に尋ねた。
「ああ、斜向かいの宿屋があるよ。飯はでなくて、寝る場所だけだ。風呂は向こうの通りに湯屋があるよ」
「へぇ、そういえば、あそこの宿に剣客らしき連中が入っていきましたね」
 そんな姿は見ていない。カマかけだ。
「よく常駐しているよ。お侍さんかどうかは分からんが、えらいごつい得物を腰に差してるのが四人だね。たまにここで飯を食っていってるよ」
 思い出したように店主が話してくれた。
「来られるのは四人ですか?」
「大抵いるのはその四人だな。たまに裏口からちょっといいおべべ来たお侍さん風の人や、使いっ走りの子供が入るのを見た事がある」
「そうですか。分かりました」
 ふむと、情報を頭に入れつつ、雅人が相槌を打つ。後ろの客が代金を置いて店を出た。ちらりと、雅人はその後姿を見た。
 それから程なく雅人が出ると、裏路地に後ろの客が立っていた。
「近くに劉さんがいますよ」
 誰にともなく雅人が言えば、その客は裏路地を歩いて行った。その姿を少し見送って雅人は別の店に入ろうとした。

 雅人の言葉を受けた男は目的の宿近くにいる天藍の傍を通る。
「裏口より『客』が入るとの事。居れば時間をずらす」
「何故、証拠が必要ではないのか?」
 困惑したように天藍が言えば、男‥‥檜崎が首を振る。
「確かに証拠は大事だ。だが、俺達の動きはあくまで隠密にだ。出来る限り、近隣の迷惑をかけてはならない。雪原一家の件で俺達監察方が表立っていないのはその為だ」
 記憶を呼び起こした天藍ははっとする。
「勧善懲悪でわーっと悪い奴を成敗、捕獲ってのは楽なんだよな」
 苦笑して檜崎が肩を竦めると、天藍は申し訳ないような表情をした。
「この仕事は楽じゃない。評価も高いものじゃないし、腹に一物があるお偉いさんにとっては俺達のような連中は邪魔だしな」
 謀反不正を調査摘発する事を目的とした監察方はある種、警戒されている事がしばしばあると檜崎は言う。
「俺達の上は常にヒラの俺達を気にかけ、公平な判断を下す。時に叱り、時に誉め、礼を言う。羽柴が常に現場臨場しているのはその為だ。いつだって、俺達仲間を気にかけている」
「だから、あんなに仕事を頑張るのか」
「最近は随分楽になったさ。お前さん達が手伝ってくれるからな」
 監視を頼むと言い、檜崎は監察方の方へと戻った。天藍はちらりと、宿の方を見上げた。

 楓が宿に入ったのを確認した珠々は屋根裏を抜け出して、床下に潜った。
 異常聴覚を使い、上を窺う。床を通して、珠々の鼓膜を叩く。
「しかし、ここ最近どうなんだ。あの劇団で亀が失敗してからいい事がないと聞くではないか」
 劇団というのはお姫様が襲撃された時の事なのだろうか。珠々が顔を顰めながら耳を澄ます。
「あいつから単品で捕まっただけだからこっちには被害は来てはいないが」
「踏み込まれたって話か?」
 ぴくんと、珠々が顔を上げる。知らない情報が入ってきたからだ。
「中継地点だろ。倉庫まではまだ知られてないようだが」
「人まで売ったら足がつきやすいだろ」
「足があるだけにな」
 よく分からない冗談を言っても、酒が入っているのか、男達は笑っている。
「随分、でかいネズミがいるいようだな」
 一人が言うと、珠々は目を見開いて用心深くその場を去った。

●昼の霹靂
 麻貴は目的地に着くまで一度も起きなかった。壬弥がそのまま担ぐ。
「‥‥おっきーねー」
「立派ですね‥‥」
 折々と桐が宿を見上げた。
「‥‥副主席様に勧められたのですが‥‥」
 どこから見てもその温泉宿は老舗と思われし高級旅館だった。監察方の皆も打ち上げの席も兼ねるというので、どの辺がいいかと思い、涼霞が副主席に尋ねた所、ここを紹介された。
「そう言えば、一筆書いて頂きましたね」
 懐から出されるのは副主席が書いた一筆。女将に見せるようにと言われた。手紙が書かれている袋の裏には真神梢一と書き主の名前があった。
 中に入り、ようやっと目が覚めた麻貴はぼーっと、天井を眺めていた。壬弥達を探しているのか、きょろきょろと辺りを見る。
「おはよう、麻貴ちゃん」
 折々が声をかけると、麻貴はまだ眠くて喋る気も起きないのか頷くだけ。辺りを見回して外の景色を見ると、麻貴は目を見開く。
「ここは青山荘ではないか! どういう事だ!」
 掴み掛かられたのはやっぱり壬弥で、容赦なくぐいぐいと壬弥の襟首をキメる。
「おい、落ち着けってっ! 先に囃し立てたのは俺じゃない!」
「ちょ! 黎乃さん! 折角そっちに行ってるのにこっちに振らないでよ! あ、麻貴ちゃん! ボクはアヤカシにとり憑かれそうだったんだよ!」
 怒りの矛先を折々に変えたのか、麻貴が折々を擽ろうとした時、麻貴の手をそっと掴んだのは涼霞だった。
「お待ちくださいませ、羽柴様」
 不機嫌な緑玉の瞳と必死な金の瞳がぶつかる。
「羽柴様を思っての事です。羽柴様は私達の為にとお仕事をされてたと聞きました。でも、私達にとって、羽柴様が健康であってこそなのです。無理をされるまで仕事をされて、結果を出しても倒れられては私達は喜びません」
 涼霞の言葉に麻貴は溜息をついて折々に抱きついたまま、胡坐をかいて座る。折々は麻貴の膝の上に座る形になる。
「‥‥そうか。義兄上の依頼か」
「お兄さん?」
 首を傾げる桐。カタナシが依頼人であるが、麻貴との関係が知り合い程度としか聞かなかったので首を傾げている。
「真神梢一。私の義理の従姉の夫だ。監察方の副主席でもある」
「じゃぁ、葉桜さんの旦那さんなんだ」
 余計な訂正はせず、依頼人を副主席とさせた。どうにしろ、監察方の面子もそう思っているのだから丁度いいと四人は思った。
「お兄さんが心配するとおりです。監察方の皆さんも心配しますよ」
 桐が言えば、麻貴は黙り込んで話を聞いている。
「それに、現場には他の皆が行ってますから」
「誰が?」
 涼霞が名を上げると、麻貴は溜息をついた。
「とにかく、今は休養するこった。来る途中に綺麗な川があったぞ。釣りでもどうだ」
 釣りを引く仕草をした壬弥が麻貴を誘う。
「あそこは釣りをするにはいい所がある。あの川は鮎が美味くてな。宿に持って行ったら焼いてくれるぞ」
「ホント!」
 折々がぱっと顔を明るくさせると、麻貴が頷く。
「では、軽食になるようお握りでも頼んできますね。お腹もすいたでしょうし」
 涼霞が先に立ち上がって部屋を出て、折々がその後ろを追った。
 何とか麻貴を留める事に成功して四人は心の中で胸をなでおろした。

●目から逃げて
 足りない情報といえば、宿の詳細という事で、咲もまた、宿の近くで見張っていた。対角線上の向こうには天藍がいる。
 先ほど、監察方の檜崎が咲の方にも来て、天藍と同じ言付けをして行った。
 時間は夕暮れ。周囲に気づかれないようにという事。カタナシと行動を共にしようと思っていたが、監察方と動く方がいいという事で、そちらの方に入った。
 物陰に潜んで咲が様子を見ていたら、珠々が塀を飛び越えてきた。
「え?」
 潜入組の珠々が持ち場を離れたのに咲が驚く。珠々が咲の姿に気づき、素早く咲の近くに降りた。
「どうしたんですか?」
「‥‥気づかれました」
 珠々の言葉に咲が驚いて宿の方を見るが、特に騒いだ様子はない。
「志体持ちでしょうか」
「そうと思われます」
 依頼文では常駐する剣客に志体があるかどうかの確認が取れていなかったのだ。
 びくっと、珠々が反応したのは異常聴覚。誰かがこっちに走り寄るような音がしたからだ。
「珠々ちゃん?」
「‥‥あ、天藍さん」
 異常聴覚を発動させたままだったので、音に対して過敏になっていたようだ。天藍は心配そうな表情となる。
「中に心眼使いの志士がいるようです」
 咲が代弁すると、天藍は楽にした方がいいと言うが、珠々にはそれが出来ず、建物の壁に凭れる。
「とりあえずそろそろ監察方も面子も来ると思うし」
 空を見上げれば、日は沈もうと傾けていた。
「カタナシさんに伝えましょうか」
「大丈夫じゃないのか? 元監察方だし、シノビだっていうから立ち回りだって出来るだろ」
 思案する咲に天藍が言う。
「そうなのですか?」
 どこから聞いた話か分からず、珠々が訊けば、天藍はたじろいでしまう。
「カタナシ殿が何者かは詮索する必要は今はないだろう。互いが大事にし合っているという事が分かればそれでいいだろう。それにほら」
 宿を抜け出した楓が言い切ると、顔をある方向へ向けると、檜崎と他の姿があった。
 そろそろ黄昏時。誰にも勘付かれずに仕事をしなくてはならない。

●生とは流るる川の如く
 麻貴のお勧めの場所はひさしが着いており、日陰がありがたかった。
「お昼持って来たよー」
 折々と涼霞が来ると、麻貴が片手を挙げて居場所を教える。
「はい、お絞り」
 折々が皆にお絞りを渡す。一足先に手を拭いた麻貴が稲荷寿司に手をつける。一つ食べたらまた一つと黙々と食べる。
「お腹すいてたんだね」
「昨日の夜から何も食べてないからな」
 朝早く逃げ出している麻貴は今日始めて食べ物を口にしている。
「飯が美味く食えるなら大丈夫とは思うが、あまりがっつくなよ。疲れていると胃が弱ってるんだから」
「壬弥さんがしっかりしたお父さんのようだな」
 壬弥が心配するように言えば、口の中の食べ物を租借嚥下し、麻貴が意外そうに言う。
「あら嫌ですわ。雨具の用意はしてませんのに」
「ちょっと待て!」
 一応は娘がいる身の壬弥だが、周囲の評価は涼霞の言葉が標準のようだ。
「折角晴れてるのにやだなぁ」
 笹団子を摘む折々が言えば、桐が楽しそうに笑う。

 食事が終われば、それぞれの時間を過ごす。麻貴はもう観念したのか、壬弥の横で釣りに興じている。
「そういや、なんで監察方に? その様子から見ればお嬢様だろ」
 視線は釣り糸に向けたまま壬弥が尋ねる。麻貴は黙っている。無理に言う事はないがと付け加えようとした時、麻貴が口を開く。
「どこまで言えばいいのか悩む」
「一から聞いてやるが」
 時間はあるのだから。そう示唆する壬弥に麻貴は静かに話した。
「羽柴家は純血を重んじる家でな。必ず理穴で代々の血を持っている家しか婚姻を繋がないようにしているらしい。本家は特にその伝統を重んじている。男も女も同じように」
 このご時世ではよくある話だ。
「私の母上は別の国の男と恋に落ち、契りを交わし、子を授かった。向こうの家も反対にあって、駆け落ち同然らしい。だが、二人とも死んだ。死因はアヤカシだ。
 当時、母上の兄君が奥方を病気で亡くされてな、私の事を知り、養女とした」
「風当たりはひどかったんだろうな」
 壬弥が言葉を挟むと麻貴は嘲笑に似た笑顔を見せた。
「よく死にそうになった。誘拐暗殺は日常茶飯事。その度に助けてくれる人達が義父上や義兄上をはじめにいたし、随分と鍛えた」
 船で孤島なんか行こうものなら船を破壊してでも戻りかねないというのを決定付けられた。あの時、折々の機転や涼霞や桐の説得がなければぞっとする事になっていたかもしれない。心の中で壬弥は三人に感謝した。
「監察方に入ったのも、一族の道具になりたくないし、義父上の枷にもなりたくなかった。義兄上達が監察方にいたって事もあるけど」
「その格好も‥‥」
 後ろにいた涼霞が言葉を差し込む。
「それもある。後は忘れない為」
 後ろの言葉に折々と桐も反応する。
「大事な事って忘れない為に紙に書いたりしないか? それと同じようにこの格好をしていれば忘れないから」
 にこっと、笑う麻貴に壬弥はあの若き店主が心配そうに見つめたあの青年の面影が脳裏に移る。
「壬弥さん。糸」
 思案を巡らす壬弥に魚が引っかかったようだ。釣竿を引くと、水を跳ねて鮎が釣れた。
「雪原一家の時の五千文だが‥‥」
「名誉の保障だから安いんじゃないか?」
 どうやら経費では落ちないらしい。

 戻り際、涼霞が麻貴に鈴蘭の花を渡した。
「‥‥身体の疲れはとれても心の疲れは簡単に取れるものではありません‥‥私も思い煩う事があってからは、とても難しい事と思います‥‥少しでもお話する事で心を軽くする事が出来れば‥‥」
 じっと真顔で涼霞を見つめる麻貴。
「涼霞さん、その話は宿に帰ってからゆっくり話をだな。果報者が私が知っている人間かとても気になる」
「え! わ、私の話ではなく羽柴様の‥‥!」
「美女の恋話が肴とは今日の酒は旨いなぁ」
 この後、話をかわすのに精一杯の涼霞がいたとの桐と折々の証言があった。


●たそ誰か
 出向く際に雅人が加護結界を与えた。
 監察方には副主席の依頼でという事なので、副主席自ら現場に臨場していた。雅人より少し年下だろうその男は硬質な美形だ。
「的確に頼む」
 副主席が言えば、それぞれが位置に入る。輝血は一人宿に残り、カタナシを誘導する役目を担っている。
 正面から入るのは天藍、咲、雅人、楓。監察方は裏口からだ。
 先に珠々がまた侵入し、小声で輝血に人数が揃った事を伝えると、輝血が立ち上がり、部屋を出た。二階の突き当たりの引き戸を開けると、いつの間にかにカタナシが潜んでいた。
「そろそろか」
 伸びをするカタナシを輝血はじっと見つめる。カタナシは世間一般で言うところでは男前という分類の容姿に入るだろう。細面ではあるが、きりっとした眉に涼しげな切れ長の瞳に通った鼻筋。体躯も筋肉がつき過ぎない程度であるが、しっかり鍛えているしなやかな身体だ。
「麻貴の元彼なの?」
 素直に尋ねる輝血にカタナシが目を見張る。
「あいつが言っていたのか?」
「言ってない」
 答えた輝血の言葉にカタナシは背を屈めて思いっきり溜息をついた。
「‥‥心臓が止まるかと思った」
 カタナシが言えば、輝血は目を瞬かせる。
「アンタを誘惑してやろうかと思った。仕返しには丁度いいと思ったから」
「考えたな」
 カタナシがにやりと笑う。
「離れたってこっちに引き寄せるさ」
 笑うカタナシを見て、輝血がちりりと、胸を苛つかせる。

 出てきた女の従業員達を天藍が呪縛符にて拘束した。まずは一人。
 玄関の様子がおかしいと感じたもう一人の女が廊下に出ると、仲間がおかしな状態で拘束されている姿に悲鳴を上げようとするが、即座に雅人が力の歪みを発動させた。
 乾いた音を立てて戸が折れた。その様子に女が絶句している。
「動かないように。危害は加えませんよ」
 雅人が静かに告げると、女はこくこくと首を縦に動かした。裏口から入ってきた監察方が女の手首を後ろに回し、捕縛した。
「監察方は他の従業員の捕縛へ!」
「こちらは私達が」
 心眼で様子を見極めた咲と楓が前に出ると、部屋から出てきたのは刀を携えた男三人。刀は抜き身で、言葉で通用するとは思えなかった。天藍と雅人も援護体制に入る。
 男一人が後ろへ後退し、残りが玄関先へと移動した。
「久々に志体持ちとやれるとはな」
 男の一人が楽しそうににやりと笑う。
「弱い奴ばかり斬っていたから楽しめそうだ」
 心の底から喜ぶ男達に楓がつまらなそうに目を細める。後衛に雅人がいても、前衛は楓一人。持ちこたえられるかと心が鈍ったが、その心配は無用のものとなった。二人で繰り出した刀の一本を別の刀が受け止めた。
「‥‥副主席殿かっ」
 楓の側面を守ったのは副首席だった。
「君達みたいな現役とは動きが悪いがな」
 刀を受け流した主席が刀を返すと、機を照らした雅人が副主席の相手をしている剣客に力の歪みを発動させた。そのまま副主席が剣客の刀を弾き。剣客の喉前に切っ先を向けた。
「見事」
 楓が呟くと、自分もまた負けじともう一人の剣客の刀を返し、振り下ろした。
「手加減はした」
 膝を突く剣客の刀を容赦なく弾き、剣客の首元に刀を置いた。
「無用なあがきはやめてもらおうか」
 静かに宣告する楓の聴覚がもう一方で繰り広げられている鍔迫り合いの音を聞いていた。

 狭い部屋の中で苦戦を強いられているのは咲だ。刀を振り回しては大きな動きが出来ないからだ。一方、剣客の方は普段から暗殺を手がけているのか、随分手馴れていた。
「これでもくらえ!」
 天藍がもう一度呪縛符を剣客に投げつけた。命中したのは足で、剣客は苦い表情を見せたが、上半身が動くのに気づき、刀を振るう。動かないというのは随分咲にとって有利となり、剣筋をかいくぐり、側面から一筋斬った。
「私達は貴方の遊び相手ではありません。抵抗するのはやめなさい」
 凛と咲が言うと、剣客は苦々しく、傷口を手で覆った。天藍が檜崎を伴って中に入ると、檜崎が男を拘束した。

 珠々と輝血の先導によって、カタナシは監察方に顔を合わせる事無く、目的の場所へと向かう。玄関先では戦っているだろう音がした。
 輝血が経営者の部屋へ行き倒れるように入り込んだ。
「ど、どうしたんだ」
 驚く経営者に輝血は頬を染め、苦しそうに着物の襟口を開ける。
「む、胸が苦しくて‥‥」
 切なげに浅い息遣いで経営者の肩にしがみ付く。おろおろする経営者の鳩尾に入ったのは輝血の拳。一般人である経営者にとって志体持ちの一撃は何よりキツイものだ。一溜まりもなく、経営者は崩れ落ちた。
 経営者の襟首を持ってずるずる引きずりながら廊下に出る。
「じゃぁ、ちゃっちゃと持って行ってよ」
 その間に監察方を引き付ける輝血が言えば、カタナシと珠々が中に入る。少ししたら、雅人もこちらに来た。
「剣客が一人見当たりません」
「え」
 どきりとする珠々にカタナシが目を細める。
「おいでなすったようだな」
「ネズミがこんなにもいたのか」
 部屋に入ってきた剣客は薄笑いを浮かべている。その声に珠々は間違えはしなかった。自分の姿を勘付いた志体持ちだ。
「心眼使いの人です」
 無意識に玄人として育てられた珠々の自尊心を揺さぶられるが、それを制したのは珠々の頭を撫でるカタナシの手だ。
「書簡には地図が添付してある。理穴と武天の国境に印がついているだろう」
 カタナシに言われ、珠々は机の方へと向かう。雅人はカタナシの援護につく。
 小太刀を中段に構えたカタナシは男の肩を目掛けて突きを繰り出した。剣客は間一髪で交わしたが、着物が斬れてしまい、刀で交わすのが精一杯だ。
 剣客が一撃を繰り出そうとした時、体勢を立て直したカタナシが剣客の懐に飛び込み、肩から鎖骨にかけて一閃を浴びせた。剣客が刀を落とすと、珠々が書簡を見つけた。
「この書簡は何ですか?」
 剣客の腕を縛っているカタナシに雅人が尋ねた。
「その場はな、劇団にいた亀太って奴が属している違法売買の拠点の一つだ」
「そこだけではないのですか?」
「結構手広いからな。亀太の捕縛と同時に拠点が移動したらしい」
 珠々から書簡を貰い、カタナシが困ったように笑う。戻ってきた輝血がじっと、カタナシを見ていた。輝血は記憶があった。片翼を意匠した銀の首飾り。カタナシが輝血の視線に気づくと、不敵に笑う。
「俺はお暇するか」
 目的の物も手にする事が出来たので、カタナシは窓を開ける。
「待ってください。麻貴さんの好きなものって何ですか?」
 天藍とも話していたのだ。麻貴の好きなものを買ってご機嫌伺いしようと。
「あいつ? 甘い物が好きだぞ。特に月餅と金平糖」
「今回は助かった。他の連中にも礼を伝えてくれ。じゃ、アイツ等を頼むな」
 そう言ってカタナシは部屋の窓から消えた。
「いい逃げですか」
 呆れて雅人がハッキリ言った。
「監察方も粗方終わったし、麻貴の所に行こうか」
 輝血が長居は無用とばかりに踵を返した。裏口の方には皆が待っている。

●あとの祭りはこれから
 翌日、カタナシ手伝い組と監察方が宿に来た。副主席は残りの仕事の為、出席しなかった。
「お疲れさまです」
 監察方の面子も麻貴を隔離した話は聞いており、まず心配したのは開拓者が怪我をしてないかだ。
 出迎えてくれた桐に怪我がなかった事に一番安堵したとか。
 
「顔色いいね」
 麻貴を見るなり輝血が言った。
「お蔭様でな、監察方の仕事は?」
「守備は取ったよ」
 端的に言う輝血に麻貴が笑む。
「羽柴さん、大丈夫か?」
 天藍と珠々が麻貴の様子を窺う。
「あまり無理するなよ。身体壊したって嬉しくないんだから」
「そうですよ」
 珠々が麻貴に渡したのは金平糖と月餅。
「ありがとう」
 中身を確認すると、麻貴は嬉しそうに微笑んだ。

 宴の時、皆それぞれが楽しんでいる時、麻貴が珠々の所に来た。酒が飲めない珠々は麻貴からお茶を注いで貰っていた。
「仕事はどうだった?」
「それは機密です。人参を食べさせられようとも屈しま‥‥」
 きっぱり言い跳ねる珠々に麻貴が珠々の口の中に放ったのは橙色のアレ。しかも生。
「にゃーーーーっ!」
 情け容赦ない麻貴の人参を咀嚼してしまい、悶絶する珠々。
「‥‥酷い‥‥」
 呆れる壬弥が杯の酒を煽る。
「アレは人参を食べたいって事だろう」
「珠々さんは人参が好きなのですか?」
 図々しく言う麻貴に咲が首を傾げる。とんでもない誤解である。
「そうだよ」
 畳み込むのは輝血だ。珠々の危機だ。
「ま、ま、ともかく、一杯」
 冷や汗を垂らしつつ、天藍が麻貴の杯に酒を注ぐ。
 宴が進むと、監察方の一人が猿楽を始め、皆の笑いを取っている。その間、雅人が麻貴に話しかける。
「休んでもらえて何よりです」
「折々ちゃんに見事に謀られたよ」
 苦笑する麻貴を雅人がじっと見る。
「貴女を隔離するよう言ったのは、副主席ではなく、カタナシさんですよ」
 折々達から麻貴が副主席が依頼人と思いこんでいると聞いた雅人はその情報を訂正するべく告げた。
 麻貴は言葉をなくしたが、そっと目を伏せた。
「何故、アイツがお前の過労を知っていたんだろうな」
 壬弥も麻貴と話している内に見えない線が浮かんでいたらしい。
「‥‥あの人は副主席‥‥義兄上の親友だ。ウチとも家族ぐるみの付き合いをしている」
 そういう事かと、麻貴は小さく舌打をした。
「ま、何があっても俺は付き合いますよ。俺の矜持に賭けてもね」
 麻貴の姿を見て、羽柴家が大変な事にならない事を祈りつつ、雅人が言うと、麻貴は不敵に満足そうに笑みを浮かべた。