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■オープニング本文 神楽の都からそう離れていないとある村に涙をこらえている女の子がいる。 年の頃は十歳くらいだろうか、両手を握って、泣くもんかと目じりに涙を溜めている。 「うそじゃないもん!」 「そんなわけあるか、バケモノなんかいねーよ!」 「そうだそうだ!」 一人の女の子が複数の男の子達に責められている。 「見たもん! お父さんにお弁当を届ける帰りに見たもん!」 言い張る女の子の威勢に男の子達が少したじろぐ。普段は従順な子な為、逆らうような事が初めてだから。男の子達の頭的存在の男の子が腕を組んで偉そうに言う。 「ようし、わかった! じゃぁ、そのバケモノ捕まえて来い!」 「‥‥わかった」 女の子は踵を返して走り去った。化物を見たという林の方へ。 「なんだよあいつ、ばっかじゃねえの」 「バケモノなんかいるわけないだろ」 男の子達はそう言って、再び遊びに戻る。 遊びの興じれども、頭的存在の男の子は厭な思いにかられてしまう。もし、女の子が本当の事を言っていたら‥‥と。 日が暮れて、頭の男の子は女の子の家に顔を出した。 きっと、女の子は化物が捕まえられなくて泣いていると祈りながら‥‥ 「ああ! ウチの菊見なかった?!」 女の子は本当に行ってしまったのだ。 真実を届ける為に。 翌日早くに開拓者ギルドに飛び込んだ男の子は頬を腫らしていた。 女の子に対して、無責任な言葉を言ったのが親に知られ、怒られたのだ。 「おねがいします、菊を助けて!」 まだ眠気が飛ばなかった受付嬢は男の子の様子に気付き、目を覚ました。その後続く、菊の母親と男の子の母親も入ってきた。 「菊とはいつもいっしょだったんだ、こんな事で別れるのはいやだ!」 「わかったわ」 菊は堪えた涙を男の子が流している。 受付嬢は素早く依頼書を書き上げた。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
遠藤(ia0536)
23歳・男・泰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
縁(ia3208)
19歳・女・陰
百鬼 辰馬(ia5353)
37歳・男・弓
不知火 凛(ia5395)
17歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●真実を 村長の家に集った開拓者達はそれぞれ、難しい顔をしていた。 「過去に放ってしまった言葉は後悔してから取り消すことはできん」 沈黙を破ったのは百鬼 辰馬(ia5353)だった。それに同意するように続けたのは不知火 凛(ia5395)。 「いいかい、自分の言葉には責任を持つことだ。化物くらいどこに出てもおかしくないのだよ」 依頼を頼んできた男の子‥‥緑葉は目を瞑り、ぎゅっと両手を握り締める。胸を締めつめられる痛みは菊がいなくなってからだ。 「もうこれ以上、自分を傷つけないで‥‥」 膝をつき、緑葉の右手を自身の両手で包み込んだのは白野威雪(ia0736)。解くように優しく右手を開けば、手の平は赤く滲んでおり、爪の中に血が入り込んでいた。雪の穏やかな赤の双眸が緑葉の琥珀の目を見つめるが、自身の責任からか、すぐ俯いてしまう。 「自身が理解しているならば、これ以上言う必要はありません。すぐに菊殿を見つけましょう」 一度怒られて、反省しているならば二度叱る理由はないという言葉を含んで遠藤(ia0536)が言うと‥‥ 「その前に、情報が必要や。教えてくれや」 斉藤晃(ia3071)が村人達の方を向く。強面で独特の言葉を持つ晃だが、静かな声音は真面目に菊を探す気持ちがある。 「娘はいつも、林の入り口から少し歩いた分かれ道しか来ていません。アヤカシは右の分かれ道の方にある小高い丘の方に姿を現せていました。きっと、菊は丘の方へ行ったのかも思います」 父親の言葉の後、俳沢折々(ia0401)が立ち上がり、歩いた先は閉まっている出入り口。からりと、開けるとそこにいたのは子供達だった。 「菊‥‥いないの?」 「林に行ったの?」 不安げな子供達に折々はにこりと笑う。 「大丈夫、私達が助け出すから! だから、絶対に林に入っちゃダメだよ。それと、菊ちゃんの格好を教えて」 子供達は堰切ったように菊の身長の事、髪は長く、いつも母親が作った菊の髪飾りでお団子にして止めている事、着物は薄紅で黄と朱の縦線が入った柄を教えてくれた。 「十分よ、ありがとう。緑葉くん、君の思いは菊ちゃんに届くわ。そして、菊ちゃんの真実を届けましょう」 艶やかな紅の唇を笑みの形に引いて、縁(ia3208)が頷く。 ●貫く強さ そっと睫毛を震わせ目を開けると、薄暗い視界が広がる。 手を持ち上げ、視界の端に寄せれば、土で汚くなった自分の手が映る。 頭にも母が作ってくれた髪飾りがない事が悲しかった。とても気に入ってくれていたものなのに。 お腹が空いても、口を開けるのも億劫だが、顔の近くに茂る草の露をそっと口に近寄せてると、自然と口の中に雫が落ちる。 早く帰りたいと思えども、化物が近くにいるのが本能で分る。 今は木の幹に隠れて奴らの死角にいるが、いつまで持つかも分らない。 水分を補給したのに、また目から水分が落ちていく。 ――はやく‥‥かえりたい‥‥ 林の規模は丘を登らずに真っ直ぐ突き抜けると、少々かかるが朝に入れば、昼前にはどんなにゆっくり歩いても出られるほどの広さだという。丘に登れば、それなりに時間はかかるらしい。 最近は雨が降ってはいないので、戦闘に入っても、地面がぬかるんで力が入らないということはないのが救いだろう。 「夜になる前には終わらせたいわね」 松明を用意していた縁がそっと溜息をつく。 「呼んでみるか。おーい、菊ーー! 菊ーー、返事しろーーー!」 晃が二度菊の名前を呼んで叫んで耳を澄ましても声は聞こえない。それから歩いていけば、右側に傾斜のような壁が現れる。ここからショートカットは出来るが、菊の通っただろう道をたどるのが効率はよさそうだ。 程なく歩くと、分かれ道が出てきた。真っ直ぐの道とターンするような右への曲がり道の二択。アヤカシが現れるのは右の方だというので、菊はきっと、そっちの方に行ったのだろう。 「菊ちゃーん! 返事してー!」 「菊ーーー!」 「菊殿ーーー!!」 数人ずつ交代で叫んでいるが、自分達の声が時折反響するくらいだった。 坂を上って丘に上がっても、木は多く、手分けして探す事にした。 折々と凛、縁と辰馬、雪と晃と遠藤の三班に別れる。 それ程広くはないので、耳を澄ませば、他の班のメンバーの声がなんとなく聞こえる。それでも菊の声は反応できなかった。 (「声が聞こえる‥‥もしかして、化物に見つけたのかな‥‥) まどろみの中、虚ろに目を啓いた。空腹で動けなく、何もしたくない気持ちが先走ってしまう。 (「くやしいなぁ‥‥みんなに見せたかったのに‥‥緑葉に信じてほしかったのに‥‥」) 脳裏に移る幼馴染、両親の姿にまた眦に涙が滲む。 「菊ちゃーん! ぜぇ‥‥」 叫びすぎたのか、折々は少し辛そうに息を吐く。 「あまり喉に力を入れない方がいい。大きな声を出す時は喉からじゃなく、腹に力を入れるといいぞ。少し喉を休めて細かい所を見るようにした方がいい」 横目で折々の様子を見て、凛が労わりと助言を与える。折々もその助言を受け入れる事にし、木の影や、道なき道に足跡がないか調べる。 「‥‥そうする‥‥こほ」 道を進むと、広そうな場所に出た。 皆と別れた雪、晃、遠藤もまた、声を上げて菊を呼んでいる。 「成果が上がりませんね‥‥」 眉を寄せて苦虫を噛むように遠藤が呟く。雪もまた、穏やかな表情ではなく、厳しい表情をしていた。 「菊ちゃんの姿も、アヤカシの姿もまだですね」 「丘の方は特に人の入りが減っているから必ず何かが残ってるはずや」 晃が辛抱強く下を見ていると、何かに気付く。 「雪、ちょお動くな!」 晃の鋭い声に雪がびくりと身体を硬直させる。すぐさま晃が雪の足元に屈みこみ、前方斜め右の方を見つめる。 「斉藤様‥‥?」 遠藤も晃同様に雪の足元に屈みこみ、晃の方向を見つめる。 「‥‥あしあとですか‥‥」 「よくは見えんが、生えとる草の向きが何かおかしい。それが一直線なんや」 雪もまた、一歩下がって屈むと、同じように踏みしめられたような線が見えるようだ。 「菊ちゃんの‥‥?」 「とりあえず、行ってみよか」 そうして三人は一直線に追って行った。 「時間が経つに連れて焦るな‥‥」 呟いたのは辰馬だ。 「焦ったらこっちの負けよ」 声をかけながら歩いているが、確実に時間が過ぎているのが心を焦燥へと追い詰められる。 「それもそう‥‥おい」 「ええっ」 左手から聞こえる音に縁と辰馬に緊張が走る。複数の足音だ。 意識を集中し、辰馬は矢筒より一本、矢を抜き取り、弓にかける。 姿はまだ暗闇の中だ。ゆっくりと力を入れて弓を引く。すぐに弓を引くわけには行かない。もしかしたら、アヤカシに追いかけられている菊かもしれないのだ。 縁もまた、斬撃符をいつでも発動できるように構えている。 向こうのシルエットが見える。 緊張の瞬間‥‥! 「斉藤に遠藤か!?」 「雪さん!」 縁と辰馬が目にしたのは仲間だった。 「あ、お前らやんか! ちょお、動かんといてーな!」 晃が言うと、二人もその方向を見る。 「あら、草の生える方向が‥‥」 縁達も草の異変に気付いた。 「もしかしたら、菊ちゃんの足跡かもしれません‥‥」 「なんと!」 体力のある晃についていくのが精一杯な雪と遠藤は疲れているようだった。 「斉藤、走るのはいいんだけど、後ろの二人の事も考えていた方がいいみたいよ」 「ん? おお、すまん」 人も増えた事だから、歩きで行く事にした。 「アヤカシに見つからないように横切っていったのかしら?」 「確か、出て行ったのが夕暮れ前という事ですし、ここを通った時には夜だったかもしれませんね」 菊の足跡を見て、縁が人差し指を顎に当てて考えていると、雪が言葉を返す。 「暗闇で方向が分らなくなったか‥‥」 眉を顰めて辰馬が唸る。 「もしかしたら、道なき道に転落した可能性もありますね」 「なんか、広そうな所に出そうだな」 遠藤が言うと、その可能性が濃くなったと思うが、晃の言葉に緊張が走る。 草を掻き分けるように出た斉藤達が目に入ったのは同じタイミングで左手から出てきた折々と凛だった。 「あ、無事だったの」 「おふた方もご無事で何よりです」 ほっとするような折々の声に雪が頷く。 広い所に出たのだが、それはやや円形の場所で、ぐるりと木に囲まれている。 「菊はここからどこへ行ったんだろうか‥‥」 辰馬が呟くと、雪が叫ぶ。 「あれ、髪飾りです!」 駆け寄れば、そこにあったのは布で作られた菊の髪飾り。土埃で汚れていたが、洗えばまたいいだろう。 「この辺にいるはず!」 目を凝らす七人だったが、あたりを見渡すには十分な光量はあれど、その奥を見ようとしてもよく見えない。 ぱきっと、枝を折る乾いた音が聞こえた。 「あの向こう!」 折々が叫ぶと、風を切って折々に襲い掛かる。 「アヤカシ!」 全員が間合いを取ると、雪が折々が叫んだ方向に走った。更に暗いそこは光が一切差し込んではいなかった。急斜を滑るように降りると、大きな木の幹が見えており、根の先に見えるのは人の足だった。 「菊ちゃん!」 普段は出さない切羽詰った声を出す雪が見たのは、幹に凭れかかる菊の姿だ。雪がそっと頬に手を当てる。体温が奪われて冷たいが、浅く細い呼吸が生きている証だ。 「よかった‥‥」 すぐさま、菊の口に岩清水を含ませる。少し零れてしまったが、口の中に水分を含ませるのが優先だ。気がつく菊にほっとし、岩清水を持たせる。 「飲んでいいからね」 菊の頭を撫でて、雪はすっと立ち上がり、舞を踊る。光も差さない場所だから、土に水を含んで少しぬかるんでいるが、それでも雪の舞は滑る事はなかった。 ただの舞ではない。一緒に菊を探し出し、真実を届ける為にアヤカシと戦う仲間のための舞だ。 折々が式神を呼び出し、カマイタチを呼び、片足を落とそうするが、かすり、甲高い泣き声を上げる。凛も射撃で鷹のアヤカシを打ち落とそうとする。 後ろを振り向いた晃が残りのアヤカシに気付いた。雷の光で侵入者に気付いたのだろう。臨戦態勢で侵入者を見据えている。 「残りがおいでになったで!」 風を起こすように晃が大斧を振り回す。 「こっちは任せて!」 凛が叫ぶと、遠藤、縁、辰馬が獣アヤカシへ意識を集中させる。 晃が盾となり、前衛に立つ。遠藤が意識を集中させると、体が赤く染まっていく。飛びついて晃にかかろうとする獣アヤカシが晃の腕をかするが、大斧で薙ぎ払う。 獣アヤカシが着地するのを見計らって、遠藤が走り、空気撃を当てる。骨が砕けるような音がし、獣アヤカシはそのまま転倒してしまう。 獣アヤカシが気付くが早いか、晃の気合が早かった! 「うおおおおおおおお!!」 気合を張り上げ、晃が渾身の力を込めて大斧を振り降ろす‥‥! 大地を震わせ、地が裂かれるほどの衝撃は大斧という武器と晃の力によるものだ。見事、アヤカシの身体は真っ二つにされてしまった。 晃の気合を聞き、菊がぴくりと身体を動かす。 「ばけもの‥‥いるの‥‥?」 「菊ちゃん?」 よろけながら菊が幹を頼りに立ち上がる。 「だめよ、菊ちゃん、危ないから」 咄嗟に雪が菊を止める。 「ばけもの‥‥いるの‥‥おねえちゃん‥‥」 「‥‥だから、戦っているわ」 純粋な菊の目に負けぬよう、真摯に雪が答えた。 鷹アヤカシは雪が弱き獲物の所に入った事には気付いてはおらず、目の前にいる獲物を狙うばかりだった。やつこそ獣アヤカシとは違い、容易に菊へ近づけられる特性を持つ。 自分達に意識を向いているのは折々にとって助かるものだった。 凛が意識を集中し、目を見開く。精霊力を集めた凛の目は正確に鷹アヤカシの姿を捕らえる。 折々もまた、すぐさま次の攻撃へ入ろうとしている。 「菊ちゃんには近寄らせないわ」 放った式神は雷を纏うものだった。見事に凛の放った矢と共に命中した。感電した鷹アヤカシはそのまま地へと堕ちた。 もう一方は辰馬が強射でもう一匹を倒すが、腰にかする程度で、すぐさま縁が斬撃符で足を狙う。一本を切り落としてはいるが、アヤカシはたかが一本落としたところで機能が落ちるわけではない。 辰馬も続けざまに射撃を行うが、獣アヤカシとの間合いか近づき、撃ち辛い。 「こっちや! アヤカシぃぃいいいいい!!」 咆哮の声を上げる晃が加勢に入った。獣アヤカシがその波動に気付き、晃の方に走る! 大斧を構えた晃はその刃で獣アヤカシの牙を受ける。 恐ろしく冷静に縁は砕魂符を、辰馬は強射「朔月」を打ち込んだ。 ●良しか悪しか 戦闘の後、干飯を食べていた菊は半分くらいしか食べられなかった。疲労が溜まっていた所為だろう。 「怪我も特になかったわね。よかった。よく頑張ったね」 菊の様子を見た縁も満足そうに頷いた。 「助けてくれてありがとう‥‥ごめんなさい‥‥」 菊は分っているのだ。自分がいけない事をした事を。現に、晃の腕が傷つけられていた事を知っていた。今は治療されて傷があるかは分らないが。 「なら、仲直りしとき」 そう、言った少年も悪いが、危険へと飛び込んだ菊も原因なのだ。 「さぁ、帰りましょう」 雪と手を繋いで菊が立ち上がる。 途中、疲れてはいたが、おんぶをするかという話もあったが、菊は自分で歩く事を貫いた。 「意志が強いですな」 遠藤が参るように笑った。 林を抜ければ、菊の両親が駆け出した。 「お父さん、お母さん、ごめんなさい」 抱きしめられるのは丸一日中ほしがっていた両親の温もり。それが叶い、菊はほろりと涙を零す。 「菊っ」 「緑葉‥‥」 緑葉が所在なさげに立ちすくんでいた。 「ごめんね、化物って、死んだら消えるんだって‥‥」 「菊が無事でよかった‥‥ごめん。俺が悪かったよ‥‥」 菊は嘘をついてなかった。そして、最後まで真実を届けようとしていた。 「まだ見たいいうんなら案内したるで?」 脅かしめかすように晃が言えば、菊がくるりと振り向く。 「おじさんが怪我したら、あたしが治すよ。あたし、雪お姉ちゃんみたいに巫女になる!」 「俺も、サムライになるっ! 菊を守る!」 懲りてないというべきだろうか、菊と緑葉が決意を秘めた目で言い切った。 「楽しみだね。一緒に依頼を受ける日が来るのを」 呆れる者もいたが、折々は未来の開拓者達との同行を心に思い描き、ニコッと笑った。 |