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■オープニング本文 武天首都此隅に程近い所を流れるとある川がある。緩やかな流れでよく晴れた日は水面が煌いてとても綺麗だ。 川の周辺はのどかで周辺の景色も美しい。 そこでは川渡しをやっていて、旅人がよく使っている。そんなある日。 「お頭!」 「ん? どうした?」 船頭達の休憩小屋に転びそうになりながら現れたのは若い船頭。 「川に化けもんが出てきた!」 「何だと!」 慌てて川へと走る頭領達。川は穏やかなままだ。 「馬鹿野郎。なんともねぇじゃねぇか」 お頭が笑いながら驚かしやがってと若い船頭を小突く。 「見てくれってば!」 若い船頭が足元にあった石を川に投げると、勢いよく石が落ちた周辺に水しぶきが上がり、見えるのは魚だ。それも、普段自分達が食べる魚でもなく、食べられない外道よりも恐ろしい姿の魚だ。 魚の暴れを諌めるように現れたのは鰐だ。 ぽかーんとしているお頭達。 まさかここにアヤカシが現れるとは思っても見なかったのだろう。 川渡しの他に屋形船で舟遊びもやっているので痛手になる。 「うわああああ! 魚屋か?!」 「いや、番屋でしょう!」 「それも違うだろ!」 「あのう」 慌てふためくお頭達の前に現れたのは一人の女性。 年の頃は十七か八くらいのまだ娘といってもいい姿。艶やかな翠髪を女郎花の簪で横髪をまとめており、色味は抑えてはいるが、質の良い着物を着た美しい娘。 「アヤカシならば、開拓者ギルドに申し出てはいかがでしょうか?」 「か、開拓者‥‥ですか?」 「はい、開拓者ギルドはアヤカシを倒すだけではなく、色んな問題を解決へと導いてもらえますの」 笑顔の娘に船頭は一人ギルドへと走らせた。 「娘さん、あんたは開拓者なのかい?」 一人が尋ねると娘は首を横に振る。 「私の名は市原緒水と申します。以前、開拓者の方々にお世話になった者です」 笑顔で娘が名乗った。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎 |
■リプレイ本文 開拓者という者は一般人にとって不可思議な存在である事は確かである。 屋形船の面々も、開拓者という者にあった事はなかった。 開拓者ギルドに飛び込めば、受付役が懇切丁寧にどのような事が起こったのか、何で困っているのかを聞き出してくれる。 少ない報酬であったが、受付役は真摯に預かりますと大事そうに言ってくれた。 そして、現れた開拓者は誰もが若々しかった。 船頭達の中にも家族を持つものがいる。自分の子供と変わらない者もいて驚くばかり。 「ごきげんよう、私は皆様の御依頼に応じさせて頂いたジークリンデと申します」 ジークリンデ(ib0258)がドレスの裾を引き、屈んで一礼をする。彼女の他にもジルベリア人の開拓者が参加していた。 此隅近くともあり、ジルベリア人の姿は見かけない事はないが、天儀人とは違う容姿に見蕩れ、戸惑う。 「私、リエットってゆーのっ!」 ジークリンデに続けとばかりに全力で右手を振ってアピールするのはリエット・ネーヴ(ia8814)。間違いなく、子供の姿。 「私が来たんだからだいじょーぶだよっ☆」 人差し指と中指を立てて見栄を可愛らしく取るリエットに船頭達が唖然としてしまう。元気一杯のリエットの姿にアルーシュ・リトナ(ib0119)とグリムバルド(ib0608)が微笑ましいようにくすりと、笑う。 「あれ、緒水じゃない?」 船頭達と出迎えたのは緒水とその両親。輝血(ia5431)の姿を見た市原一家は笑顔と共に一礼をした。 「輝血様、御無沙汰してます」 ほっとしたような笑顔の緒水を見て、輝血はそっと溜息をついた。 「さっさと片付けて来る。一緒に船でも乗らない?」 知った顔を見て、輝血が踵を返して川の方へ歩き出すと、徐に緒水を誘った。 「喜んで」 嬉しそうな緒水の言葉に輝血は背で受けた。 ●川底の中より 「川に一般人が入らないように警備してくれるかな!」 リエットが言えば、船頭達がもう何人か警備に回っていたという事を知り、自分達も警備につく事を告げた。 「やった! ありがと! 行って来る!」 お日様のような笑顔でお礼を言ったリエットはぴょんこぴょんことはしゃぎ、飛び跳ねながら川に向った。そんな姿に戸惑いを抱きつつ、やっぱり、男手だよなと、グリムバルドと劉天藍(ia0293)に期待の眼差しを向けていた。もう一人男がいたのだが、美しい顔立ちの為、カウントされなかった模様。 「どのあたりにいるのでしょうね」 男手としてカウントされなかった滋藤御門(ia0167)が呟いた。 「綺麗な川なのに、どうして空気を読めないのだろうか」 御門の隣でオドゥノール(ib0479)が溜息をついている。 「美しくとも、その底には瘴気が存在するという事なのですね」 アヤカシとは瘴気から生まれる物。美しくともそこに闇があった事を証明させられたのだ。 ジークリンデが静かに呟くと、どたばたと駆け寄ってきたリエット。 「う?」 首を傾げるリエットに天藍が何でもないと言っただけ。 血の匂いを利用しておびき出そうと考えていたリエットだが、とりあえずは様子をという事で、アルーシュが怪の遠吠えで川底にいるだろうアヤカシの動向を乱す。更に天藍が石を投げ、時間差でリエットが血を流した魚を投げる。 血の脂で川が汚れるのではと思われたが、そんな必要はなかった。貪魚が水面の上に飛び跳ねて魚を空中で見事に銜えた。もう一匹が現れて喧嘩になってしまっていた。 「その身体能力が仇になったようだな」 静かにオドゥノールが弓を構えて魚を銜えた貪魚を矢で射る。致命傷は得られてなかったが、動きを封じるには十分な物だった。矢を受けた貪魚は水面で一度跳ねると、跳ね上がった瞬間を狙って御門が斬撃符を投げると、見事、貪魚の身体を貫いた。 もう一匹はジークリンデのブラストアースでの遠隔射撃を使い、貪魚の動きを狭めてその隙に天藍が斬撃符にて攻撃し、撃沈させる。 素早い手並みで貪魚を倒すと、大きく水面が揺れ、鰐が姿を現した。 「お出ましになったか!」 不敵に笑ったグリムバルドが星天弓で鰐の目を狙った。目に異物が貫いたのが気に食わないのか、鰐が尻尾を振って水面に叩き付けた。と、思ったが、輝血の水遁にて動きが鈍らされた。 「じゃぁ、いっくよー!」 リエットの号令で鰐は開拓者全員の一撃を喰らって見事昇天した。 その後、天藍が他にアヤカシがいないか確認をしていたが、特になく、船頭達はまた川渡りの仕事が出来ると喜んだ。 「やっぱり、笑顔はいいね!」 「ええ、そうですね」 にこっとリエットが言えば、御門も頷く。 「夜の月見酒まで何してよっかな」 楽しむ気満々の輝血に天藍と御門が意外そうな顔をする。 「屋形船って、一般人からすれば結構いい値段だしね」 付け加えたのも本音だろうが、やはり意外だ。 「変わられましたね」 ぽつりと呟く御門に輝血は鼻白む。 「ん? 輝血はいつも楽しんでいると思うが。この間も女装をして楽しんでいたぞ」 話が分からないというようにオドゥノールが首を傾げた。 ●月を出迎えるため 天藍は川べりに座って釣りをしていた。夜、船釣りもする気だが、その場で川魚を釣って刺身にするのもいいと思った。調理に思案していると、かかったのは鱒だ。 「お、美味そうだなー」 満足そうに天藍が鱒を生簀の中へ入れた。 船頭達の休憩所の近くでアルーシュが緒水と七輪で焼き物をしていた。 「故郷のとは少々勝手は違うので、味は心配ですね」 困ったように呟くアルーシュだが、緒水はふふふと、笑う。 「大丈夫ですよ、きちんと焼けてます。凄く美味しそうですね、どなたか呼ばれるのですか?」 「あ‥‥日ごろお世話になっている方を‥‥グリムバルドさんですが‥‥」 ちらりとアルーシュが向けるのは天藍と少し離れた所で昼寝をしているグリムバルド。彼女の頬が少し紅に染まっているのを緒水は見逃さなかった。 「素敵ですね、そういう方がいらっしゃるのって」 笑顔の緒水に言われ、アルーシュが照れを含ませて緒水に笑いかける。 「緒水様、月見舟に備え、ジルベリアのドレスなんかいかがでしょう?」 ジークリンデに声をかけられ、緒水は首を傾げる。 「どれ、す。ですか?」 耳馴染みのないものに緒水が戸惑って首を傾げる。 「ええ、折角ですから、いかがですか?」 「はぁ」 ジルベリアという遠い国のものはあまり分からないらしく、戸惑ったままジークリンデに手を引かれる。 夕暮れ、川渡りを終えた船頭達が一度戻り、月見舟へと船の様子を変える。 「ねーねー、蒲鉾と冷奴ちょーだい!」 リエットが言うと、船頭が喜んで渡す。ついでに袋一杯の飴玉もくれた。 「お酒は?」 「未成年には飲ませられません」 依頼文には酒もくれるとあったはず。それをリエットが言えば、即座に背後にいた緒水が断った。 「市原ねーちゃん、ドレスにしたんだ」 「ええ、ジークリンデさんに着せていただきました」 初めてのドレスなので、緒水も多少は緊張しているようだ。 「よく似合っております。私も嬉しいです」 笑顔のジークリンデはとても満足そうだ。 「着替えか」 ふむと、考え込むのはアルーシュの方。彼女もまた、着替えていた。 船頭が声をかけると、それぞれが船へ乗り込んだ。 ●月を迎える その夜、満天ともいえる星が瞬き見事な満月が輝いていた。 「狂い咲き‥‥ですわね」 ぽつりとジークリンデが呟く。 「お日さんはどんな奴が見上げてもその姿を拝ませてはくれないからな」 杯を傾けるジークリンデの言葉を拾ったのは彼女の船担当の船頭だ。 「お月さんはどんな奴にも優しい。その姿を見せてくれる。悪い奴等はその光が怖いんだよ」 「悪なのにですか?」 首を傾げるジークリンデに船頭はにやっと笑う。 「好きな奴にゃ、格好のいい所を見せたいだろう? 悪い事をしてたら、あの光に照らされて恥ずかしい目にあっちまうだろう」 「後ろめたいって事ですね」 くすっと、ジークリンデが笑って、また酒が注がれた杯を船頭にかかげると、船頭はどうもと、頭を下げる。 華夜楼の面子で‥‥と希望を出したのは天藍と御門とオドゥノール。こちらの三人の船は色とりどりの料理に埋め尽くされていた。 浅蜊の酒蒸し、さやえんどうの卵とじ、炒め空豆、海鮮散らし寿司、吸い物、よく冷やした寒天に果物たっぷりの椀菓子。おまけに天藍がその場で釣った鱒の刺身。 食べきれるのかと思うが、他の船にもお裾分けをしているようだ。天藍が楽しそうに月見船釣りをしている。 「川の上で見る月は違うものなのだな」 月が真上にあるような不思議な視覚効果にオドゥノールが素直に呟いた。 「そうですね。本当によく晴れた夜でよかった」 ほっとしたように御門が杯に注がれた酒に映る月を見つめている。 「でも、菓子に酒なのか?」 うきうきといったように椀菓子を食べているオドゥノールのお供は葡萄酒。 「普通の事だろ」 天藍の何とも言えない言葉にオドゥノールは何でもないように言い切る。 「人それぞれが楽しめればいいんですよ」 まぁまぁと、御門が間に入る。 月も菓子も酒も。欲張りは女の子の特権かもしれない。 緒水と輝血、リエットは妙な熾烈な争いが行われていた。 「わっ」 「何してんの」 情け容赦なく輝血がリエットの首根っこを掴む。 「飲んでみたいんだよーっ」 「それはだめ」 リエットが飲もうと画策しているのだが、全て輝血に阻止されている。抜足を使っても同じ開拓者。一般人である緒水を出しぬけられても輝血は出し抜ける事は出来ない。 「負けないんだもんねっ」 「あと、四年の我慢だよ」 呆れる輝血にリエットはめげてないようだ。 「美味そうだな」 並べられた料理を見て、グリムバルドが嬉しそうに見た目の感想を述べる。まず手にしたのは香草を効かせた羊肉と野菜の串焼き。先端に刺されている肉に齧り付くと、肉の柔らかさと肉汁、ふんわりと香草の香りが食欲をそそる。 「ん、美味い。お前が仕込んだやつか」 「ええ、自宅で漬けてあったものです。気に入ってくれて嬉しいです」 本当に嬉しそうに笑うアルーシュはグリムバルドに酒を注ぐ。 見事に料理を完食したグリムバルドは美味かったとだけ言ってごろりと、船の上で寝転がる。 彼を更に喜ばせようとアルーシュは船の縁に腰掛ける。 夜風が緩やかにアルーシュの服の裾を揺らし、結い上げた髪が風に毛先を受けて首筋を遊ぶように揺れている。 視界には狂い咲く月と日差しを弾いて煌く水面とは違い、月光を優しく受け止める水面にアルーシュの表情は蕩けるように微笑まれる。 彼女が持つ竪琴もまた、月の光を浴び、神秘的に輝いている。そんな弦を彼女の白い指が弾く。その音は波紋のように緩やか。 開かれる唇から紡ぎだされるのは秘めやかな歌声‥‥ 水面に銀糸の光 月の形を織り込んで 届かぬ月を手に浸し 夜風に任せる心地良さ 捕らえ得ぬ想いの形を 川にほどかせ たゆたう白銀の月 見上げる君の琥珀色に染まれと 曲が終わると、月の方を見ていたグリムバルドがちらりと、アルーシュを見る。 「この意味、わかります?」 少し駆け引きの入ったアルーシュの言葉。グリムバルドは少し目を細めたが、視線を彼女の瞳からずらす。 「髪型‥‥いつもと違うやつだな。そっちも似合ってる」 飾りのないグリムバルドの言葉にアルーシュは優しく目を細める。 「気がついてくれて嬉しいです」 着替えてから一度も触れてなかった事だから、尚更嬉しく感じる。また月を眺めたグリムバルドは脳裏に掠めるアルーシュの嬉しそうな微笑に彼もそっと笑みを浮かべた。 船頭に輝血達が乗っている船に寄せてくれと言ったのは天藍だった。 「よっと」 天藍が輝血達の船に飛び移ると、船が揺れた。 「危ないなー」 「悪い。出来るかなーって」 少し睨みつける輝血に天藍が笑いながら謝る。 「必要以上に揺らさずに出来たら皆シノビだよね」 酒を飲むのを諦めたらしいリエットが天藍達の船から差し入れてくれた散らし寿司を食べている。 「そういえば、緒水さんは前に依頼出したとか」 隣の船にいた御門が緒水に声をかける。 「いえ、元は鷹来さ‥‥いえ、我が家と交流のある方からで」 「鷹来って、沙桐の?」 「そ、沙桐の祖母さんにあたる折梅が緒水を渡したくないから依頼したの」 オドゥノールが思い出す鷹来は沙桐の事だ。輝血が話を修正する。 「そうでしたか。やはり、結婚とは想い合った方との方がいいですよね。そういった方が現れるのを祈っていますよ」 御門が言えば、緒水はにこっと笑って頷く。 「何か、見違えたね」 笑顔をよく見せる緒水を見て、輝血が言った。 「この間あった時の状況が異常なのは分かるけど、違う人みたい」 「あの時は泣いてばかりでしたからね」 今思い返しても恥ずかしいと緒水は笑う。 「そんな過去を笑って言えるなら吹っ切れた証拠だな」 天藍が言えば、緒水が嬉しそうに頷く。 「男嫌いとかになってなくてよかったよ。助けた人間がおかしくなったとか聞きたくないし」 「輝血様が教えてくださったんですよ」 杯の酒を舐める輝血に緒水は真っ直ぐに見つめる。 「信じていいかと問いたら、信じるのは私自身だと。だから、信じる事にしました」 強い緒水の言葉に輝血は絶句する。どうしてそんな風に信じてくれるのか理解できないからだ。 「‥‥そっか」 逃げるように輝血が月を見上げる。少し離れた所でアルーシュが奏でる竪琴の音がし、同じ船に乗っているリエットが眠そうに目を擦っている。 「夜は好きじゃないけど、こんな夜は嫌いじゃないよ‥‥」 ごろんと、輝血が横になって目を閉じる。 その場にいた緒水意外が意外そうに輝血を見た。隙を見せる輝血を見るのは初めてだからだ。 「‥‥まどろみくださいませ、輝血様」 玄人として育てられたシノビである輝血が本当に眠る事はないだろう。だが、彼女のまどろみを力なき緒水が守ろうとしている。 滑稽だ。と哂ったのは『輝血』の名だろうか。 静けさを取り戻した水面は誰にとっても優しいものとなっている。 船が動く事によって生まれる波紋が月の光を映し出している。アルーシュの曲が更に魅力的に魅せている。 ジークリンデが揺れては遠のく波紋を見つめていた。 月は傾こうとしているが、その輝きはそのままに川を救った開拓者達を照らしている。 |