【錯操】森幕の下に
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/15 18:38



■オープニング本文

 武天此隅の花街の中にある一軒の店に沙桐は入っていた。
 通されたのは店でも五指に入るほどの美しい遊女の部屋だ。
 艶笑でもって、遊女は沙桐を迎え入れた。
「旦那、来てくれてうれしいです」
「そっちの仕事はいいよ。架蓮」
 呆れるように沙桐が言うと、架蓮はくすくすと笑う。
「例の物です」
 差し出したのは地図だ。
「首実検はどおだった?」
 地図を開いて沙桐が架蓮に問う。
「間違いございません。そこが場所でしょう」
「領主が行方不明とはね‥‥かなり怪しいんだけど」
 殺されたか乗っ取られたか、そこまでは分からないが、不穏な話ではある。
「杜叶刻御の確認は」
「確認いたしました」
 沙桐が地図より目を離して問うと、架蓮は頷く。
「すぐに救出は不可能でした」
「他にもいるんだね」
 悔しさをにじませて架蓮が頭を下げると沙桐は労るように微笑む。
「いや、短い時間でよく行ってくれたよ。場所の選定が分かれば後はどうともなる」
 開拓者を呼ぶからねと、笑み混じりに沙桐が言うと、架蓮は驚いたように目を見張った。
「何?」
 不審そうに沙桐が架蓮を見る。彼女には笑みが浮かんでいる。
「いえ、信頼なされているようなのですね‥‥と」
「うん‥‥? うん、そうだね。彼等なら大丈夫って、思うよ。変かな」
 少し間をおいて答える沙桐は随分と照れていた。
「とんでもございません。良い事と架蓮は思います」
「‥‥さて、俺は行くよ」
「沙桐様?」
 立ち上がった沙桐は外に出ようとしている。
「もう少しゆっくりなされればいいのに」
「あいつを泣かせるような奴と一緒にいたくない」
 敵意を含ませて沙桐が言い切ると、その場を辞した。
「だ、そうですよ」
 襖の向こうの気配がそっと困ったように笑った。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
輝血(ia5431
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437
17歳・女・志
蓮見 一片(ib0162
13歳・女・魔
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎


■リプレイ本文

 依頼に応じた開拓者達はギルドの方から集合場所が変わった事を知らされた。
 待ち合わせ先は花街に近い所にある店。
「そう、じゅ‥‥どう?」
 看板の屋号を読み上げたのは蓮見一片(ib0162)だ。看板には『双樹堂』とあった。中から椿油の香りがする。
「おう、開拓者か?」
 ひょっこり現れたのは強面の男。応対し、頷いたのは御樹青嵐(ia1669)だ。
「さっさと入るといい。厄介になる」
 全員が妙な顔をしつつ中に入る。通された部屋には旅支度姿の沙桐の姿があった。
「やぁ、沙芽‥‥いや、沙桐元気?」
「あまり元気じゃない」
 爽やかさを装った輝血(ia5431)が声をかけると、沙桐は何かしきりに気にしているようだ。
「どうかされたのですか?」
 心配そうに尋ねる白野威雪(ia0736)に沙桐は困ったように苦笑いをする。
「ちょっと、面倒があってね」
「面倒? 悪い事でもしたのかな」
 くすり‥‥と笑う冥霆(ib0504)に沙桐は図星というように口を閉ざす。
「した。じゃなくて、してる‥‥かな」
「現在進行形かよ」
 くくっと、喉で笑うグリムバルド(ib0608)。
「じゃぁ、助けてあげようか」
 どこからどう見ても悪どい笑みを浮かべた輝血がゆらりと、沙桐の前に立つ。
「それにしても、あの巨勢王の配下とは思えないのですが」
 じっと見つめるのはフレイア(ib0257)だ。武天の王を見た事があるのか、意味深げに感想を述べる。
「誰もが細っこい身体ではまず無理だろうと思うだろうね。でも、見た目だけじゃないから護衛武官を拝命してる。それを見抜けるのもあの方の素晴らしき所だ」
 化粧を施している輝血の方を見ながら沙桐はきっぱりと言った。しっかりと意思を持った沙桐の目を見た沢村楓(ia5437)はあの怜悧な緑眼の役人を思い出す。
 そっと目を伏せた楓は店先の方から聞き覚えのある声を聞いた。壁に背を預けて楓が見たのは理穴監察方の檜崎だ。双樹堂店主となにやら話しているようだ。
 声をかけようとしたが、彼は店主に一礼して出て行ってしまった。
「後は笠を被って何とかなるよ」
「ありがとう。輝血ちゃん」
 前回は嫌がっていたのに今回は随分と沙桐は聞き訳がいい。青嵐は諦めの境地ではあるが。
「早く出よう」
 いそいそと出ようとする沙桐に一片は首を傾げるばかりであった。


 目的の場所までは結構あるが、開拓者達の健脚なら、一般人より早く着ける。
 それでも効率よく休憩はとっておく。
 集落についた行商人組が見たのは家族総出で畑仕事をしている風景だった。
 家が密集というよりも少し離れた所に点在しているといった感じだ。
「これはこれは‥‥」
「まぁ‥‥」
 どうしたものかと呟くグリムバルドに雪が溜息をつく。
 広がる田園風景は正に長閑なもの。
「おーい!」
 グリムバルドが声をかけると、何人かはびくっとしたように肩を竦めた。
「旅の人かーい?」
 一人が畑から声をかけてきた。
「そうです。私達、行商をやってまして」
 雪が返すと、それぞれの畑で仕事に勤しむ人達が近寄ってきてくれたが、その様子はなんだか警戒じみたものだった。
「あんたら、商人か」
「ええ、街道沿いで知り合いましてね。良かったら見ていきませんか?」
 人が現れてくると、それぞれが持ってきたものを見せている。
「これはなんだ?」
「麝香です。海を渡った秦国のお香です。こちらがそれの香りを燻す土を焼いた器です。こちらの器は花を生けるものでして」
 行商事というのが楽しいのか、楓はドキドキしながら相手をしている。土器だけに。
「こっちは簪だね。随分綺麗だよ」
「つけてみましょうか」
 藤の枝垂れ簪を手にして見蕩れている女性に青嵐が声をかける。
「あら、いいのかい。試してみて」
 遠慮がちに言う女性に青嵐は笑顔で大丈夫と告げて女性の髪に簪を挿すと、周りから別嬪になったと誉められて女性は嬉しそうに笑う。
「娘さんもいるんだねぇ、大丈夫だったかい?」
 雪に老女が声をかけると、雪は笑顔で頷く。
「はい、無事です」
「ここに来る途中、なんかいかつい男どもを見たけど何なんだ?」
 いつもは眼帯をつけているグリムバルドだが、聞き込みという事で才気溢れる涼やかな両の瞳をみせている。
「あれは、向こうの村に居座る山賊だよ」
「まぁ‥‥それは怖いですね‥‥」
 顔を顰める雪が振り向くと、一片と沙桐の姿があった。
「あら、旅の人でしょうか‥‥」
 雪が言えば、老女が少々強張った顔をしていた。
「今日はお客が来るねぇ」
「あの、武天の都に行く予定だったんだけど、道に迷って‥‥」
 困り顔の一片が言うと、老女はほっとしたようにそうかと頷く。
「それは大変だねぇ。一晩ここに泊まっていくといいよ」
「ほんと! よかったね、お姉ちゃん」
「ええ、そうね。お言葉に甘えさせていただきます」
 沙桐が微笑むと、老女も嬉しそうに頷く。
「旅の人と一緒になるけど、ちょっと大きい空き家がある。布団もそれなりにあるから好きにつかうといいよ」
 話を聞いていた男が声をかけると、行商人組もその提案は嬉しいものだった。


 村に向かっている冥霆、輝血、フレイアの三人はその場で立ち尽くしてしまった。道がなくなっているのだ。少しずつ道が細くなっていき、最後は木が真前にあった。その奥は森となっているようだ。
「これはどういったことだろうか‥‥」
 軽く握った拳で冥霆が木を軽く小突く。
「偽装されているんだね‥‥」
 とりあえず行って来ると輝血と冥霆が森の中へと走る。
「地面が何か緩い気がしないか」
「多分、偽装じゃない」
 木を避けながら二人が話している。
「わざわざ土砂で固めるというのは、随分長く使うって意思表示じゃないとしないよね」
「そうだとは思うよ。輝血君」
 奥へと走った所で冥霆が輝血に声をかける。輝血が冥霆の視線を追うと、随分と痛んだ家が見えてきた。普通の家よりもしっかりした造り家があった。
 周囲には特に誰もいなく、二人は分かれて家の中へと侵入する。
 異常聴覚を使用して中の様子を探るが、かすかに二人の嗅覚を刺すのは鉄の匂い。鉱物のものではなく、自身にも流れているものの匂いだ。
 下から男達のこえが聞こえるが、酒で酔っ払っていて何を言っているか分からない。情報は取れないものと判断し、二人は屋敷を出た。
「こりゃ、楓でも連れてくればよかったかな」
「彼女がいたら状況は少し違ってくるだろうけど、この周辺にはいない模様だね。西側の方もなんだか森に囲まれているみたいだし」
 村人がいると踏んでいた二人だが、村人はいなく、がらんとしている。村人が住んでいるだろう家すら見えなかった。
「‥‥どういうことだろうか‥‥」
「微かに聞こえない?」
「え?」
 考え込む冥霆に輝血が声をかけた。
「鉄を打つ音がする」
 輝血の言葉に倣って冥霆も耳を澄ます。
「‥‥いるのは確かなようだね」
「戻ろう。居場所と人数が分かればそれでいい」
 頷いた冥霆に輝血が踵を返し、彼もそれに同意した。


 集落にて一晩世話になる事になった情報収集班はささやかな夕食会という宴に招かれていた。
「そういえば、このあたりを管理されている志族の方にご挨拶したいのですが‥‥」
 雪が思い出したように言えば、人々は困ったような表情をした。そして、どこか警戒の視線を感じる。
「さぁてね‥‥最近はあまり見ないのよ」
 答えたのは小さい子供の口周りを拭いていた女性。
「なんでだ? あの山賊と関係あるのか?」
 グリムバルドが炊き込みご飯のおわかりをその村人にお願いする。
「‥‥あたし達は何もわからないんだよ」
「そうでしたか、私たちは明朝出立するので、挨拶は無理ですね」
 楓がやんわり微笑むと、村人達が少しだけ穏やかになるが、その警戒は解けてはいなかった。

 泊まる空き家に通された開拓者達は集落の人々が持ち寄った余った布団で眠る事になる。
「やはり、こちらの方で匿われているようですね」
 溜息をついた青嵐が呟いた。
「何か変じゃない、この集落」
 一片が蝋燭の灯火を見つめながら皆に問いかける。
「何か、よそよそしい感じがしましたが、それは志族の方を匿っているからとは思ったのですが‥‥」
「それだけにしてはなんか足りねぇな」
 壁に背をつけて寛ぐグリムバルドがのんびりと言う。
「志族の話をしたら、いつも誉めていたな。行方を振ると途端に態度が違う」
 心眼を使用していた楓が伏せていた目を上げて言うと、三人の気配がすると言った。
 入ってきたのは輝血達で、家の前に吊るしていた沙桐の笠を目印に入ってきたようだ。
「変に埋め立てられてて、木も移植してるようだったよ」
 冥霆が見てきた情報を言えば、全員が顔を顰めた。
「皆が強襲できるように道筋は確認できたからいつでもいけるよ」
「わざわざ埋め立てをしているというのがどうしても納得できませんね」
 輝血が言った後にフレイアが言う。
「見合う利益が見出せない‥‥長期になれば採算が合うならそれでいいとは思いますが、その土をどこから持ってきたのでしょうか‥‥」
 考えながら青嵐が言うと、グリムバルドが立ち上がる。
「まぁ、捕まえてから話を聞こうや」
 その提案には誰もが頷いた。


 夜静まった頃、明るかった月は雲に隠され、束の間の闇が現れる。
 梟が静かに鳴く夜半すぎに彼等は杉林を走る。
 埋め立てられた土はまだ埋め立てて間もない事を物語っている。
 潜入班が確認した人数は十人。楓が心眼で確認し、人数が揃っている事を確認した。
 見張り番の山賊二人をフレイアのアムルリープで眠らせて沙桐と一片が縄で縛る。
「おはようございますってな!」
 にやりと笑ってグリムバルドが先陣を切って中へずかずかと入る。山賊達はいきなりの訪問者に近くにあった得物を取り、鞘から刀身を抜いた。
「あまり手入れをしているとは思えんが、その刀身は随分気合が入っているようだな」
 楓が一目見る限り、随分綺麗な刀身だ。
「うるせぇえええ!」
 闇雲に振り下ろす山賊の刀を楓は綺麗に流した。
 他の山賊たちも開拓者達に眠らされたり、呪縛されてしまった。だが、一人、幸運にも逃げた男がいた。
 何とか裏口から逃げる事に成功した男は更に奥へと走ろうとした。何か声が聞こえたようだが、知った事ではない。逃げれば援軍をもらえる。
 男の足元近くで光が走り、熱が男の足を撫ぜる。
「うわあああ!」
 熱さに耐え切れなく、男はその場に転がった。
「逃がさないよ」
 男に襲ったのは一片のファイヤーボール。
「山火事にとかなったらやだな」
 一緒にいた沙桐が男を縛り上げている際に一片が地面に散らばっている火の種を踏んで消していた。

 捕まえた山賊の数を数えたら情報どおりだった。
「ここの管理をしている志族はどこに行ったかな」
 冥霆が尋ねると、男はいきなりがなり立てた。
「俺達だって探してるんだよ! そいつを殺さなかったら後金が‥‥あ」
「金を出してくれる連中がいると」
 青嵐が口を挟んだ。
「お前らは元からここで賊をしていたのか?」
「ああ」
 黒幕には興味ないのか、沙桐が話を変えると、山賊は頷いた。
「じゃぁ、近隣の集落について知っているか」
「ああ、ありゃぁ、曰くつきだよ」
「曰くつき?」
 冥霆が顔を向けると、山賊は不機嫌の表情そのままで答えた。
「身元を言いたくない連中も何人かいるって聞いた」
 山賊が言った言葉に戸惑いを見せる。
「‥‥つまりは、あの集落を作って志族が匿っていたと‥‥」
「俺達は何もしてねえよ! 志族の顔を知ってるから探し出せって言われてんだ! あと、村に入る奴等を追い返せって! そうしたら金が貰えるんだ!」
 急ききって言う山賊の姿を見て、冥霆と青嵐が沙桐の顔を窺がう。
「どうにしろ、ちょっと牢屋の中に入っててもらおうか」
 わぁわぁ叫ぶ山賊に沙桐が山賊を一睨みする。
「死にたくなけりゃ、従え」
 低い声に山賊は固まったように言葉を失った。
「あの調子だと、倍額で雇った方が使い勝手いいかもしれないね」
「お金はどこから出すんですか」
 尋問が終わった後、冥霆が意見を出すと、青嵐が現実的な意見を言う。
「旅人や現地の者に手を上げるような連中でなけりゃ、いいかもしれないけど、今の時点じゃ危ないね」
「しかし、痛めつけなかったんだね」
「君こそ」
 冥霆が沙桐に言うと、当人はにやりと笑う。
「沙桐君に怒られたくないからね」
 肩を竦める冥霆に沙桐が笑う。
「そりゃ、人が住む所でやる話じゃないでしょ。あの時だって、家具の壁があったとて、恐怖は目に見えなくても過敏に感じ取ってしまうんだよ。音の感覚、振動だけでも恐怖を覚えさせるには十分。出来る限り、そんな事を経験なんてさせるべきじゃないからね」
 笑う沙桐に二人がそれもそうかと納得する。一般人と開拓者はあまりにも差がありすぎる。人の命を奪う事もあった者もいない話ではない。だからこそ、その禁忌を簡単に飛び越える事が出来る者がいる。
 青嵐は虚ろなあの可憐な花を思い出し、瞳を閉じた。


 尋問の三人が戻ってくると、先に集落に戻った面子がなにやら揉めていた。
 その相手は集落の人々。
 どうやら、開拓者達を自分達を追って、自分達を匿ってくれた志族に危害を加えようとしていたと思い込んでいたらしい。
 山賊の言った通り、この集落は曰くつきの者達の集まりのようだった。
 必死の説得もあったおかげでとりあえず自分達が敵ではない事はわかってもらえたようだが、警戒は解かれていないようだ。
 長居しても無理と判断し、全員が直ぐこの場を離れる事にした。
 空はもう朝である事を教えていた。
「あれ‥‥」
 横を向いた一片が呟いた先には一人の男が地面に両手両膝をついて泣きながら頭を下げた。日差しで焼けた浅黒い肌。質素な着物‥‥きっと、以前はそんな姿ではなかったのだろう。
「もしかして‥‥」
 誰かが呟いたが、その答えを誰も言わなかった。
 沙桐が笠を取って深々とその男に頭を垂れた。彼もまた、土地を管理している者。男の気持ちが痛いほど分かるだろう。
「‥‥翠光さんの為とかじゃないけど、何とかしてあげたいな」
 沙桐の姿を見て、一片が一言呟いた。
 集落を後にし、歩いていたところ、沙桐が徐に北の空を振り向いた。
「あの、沙桐様‥‥」
 恐る恐る雪が沙桐に声をかける。
「何?」
「今の沙桐様は、橘家で見せた時のお顔と同じでした‥‥何かお悩みがあるのでは‥‥」
 雪の言葉に沙桐は微笑んだ。だが、それは記憶にはないどこか怜悧さを窺える微笑だった。
「こんな可愛いお嬢さんに心配されるとは、冥利に尽きるというか‥‥だな」
「え‥‥」
 驚く雪に沙桐は困ったように笑った。
「やっぱ、俺がやるとダメダメだなー」
 いつもの笑顔の沙桐になって、雪の瞳は瞬くばかりだ。
「一旦、戻ろう。そしてまた、対策を練ろう!」
「は、はいっ」
 少し離れてしまった皆を追いかけて沙桐が小走りで追い、雪も沙桐の後ろを追った。