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■オープニング本文 「梅雨時は嫌ね」 ため息混じりに言うのは武天にて呉服問屋三京屋を営む天南。見上げる空は蜘蛛の隙間から青空は見えるが、いつ降り出すか分からないといったもの。 ふと、外の通りを見れば、笹を担いだ子供達が歩いている。 「笹‥‥そろそろ七夕よ‥‥」 言い切る前に天南はぴたりと動きを止める。 「飛脚ですー。天南って方に手紙ですー」 ひょっこり飛脚が現れて天南が手紙を受け取り、そのまま中身を見ると、硬直した。むしろ石化かも。 「やばい、やばい‥‥」 仕事に忙殺されていて自分で決めた事をすっかり忘れてしまい、理穴の三京屋から染物どーするんの?と心配の手紙が来た模様。 「このまま行ったら、朱藩の美海さんから刺繍原稿の取立ての手紙が来るわ!」 命が惜しいが全く考えが出てこない。 「あら、それなら、開拓者の皆さんにお願いしてみては?」 そっと声を出したのは折梅だった。今日は七夕を意識してか、笹柄の帯に夜空の天の川のような藍色の着物姿。 「あ、鷹来のおばあ様、それと‥‥」 折梅の一歩後ろにいる娘達は記憶にない二人だった。 「市橋緒水と申します」 「た‥‥橘、香遠です‥‥」 笑顔の緒水と頬を染めて恥ずかしそうに名を告げる香遠。 「彼女達に浴衣の縫い方を教えようと思いましてね」 「はい。皆さん、浴衣生地を!」 緒水の一声で店員達が新作の浴衣生地を一斉に広げる。色とりどりの花が咲くようで目の保養だ。 「開拓者は他国の方々も多くおりますし、知識も豊富。きっと、天南さんのお悩みも解決する事でしょう。ついでに、ウチで七夕でもしません? 孫息子が遠くまで出張ってますから、家は静かですし」 「そうですね。そうします」 楽しい誘いに天南が笑顔で頷いた。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
水波(ia1360)
18歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●ありがたや頼むべきは開拓者 開拓者達の案は見目美しき刺繍に目を肥やした天南や折梅にとっていい案ばかり。 「ううーん、対っていうのがミソよね!」 ぐっと、握り拳を握り締める天南はやる気に燃えている。 「ええもんできればそれでええよ」 笑う斉藤晃(ia3071)に天南は笑顔で頷く。 「あげたい相手は恋人同士なら、つがいの鳥みたいな感じはどうかな」 「恋人同士じゃないけど、それいい!」 弖志峰直羽(ia1884)が一言添えると、ノリに乗っている天南は色々と頭の中で考えているようだ。そんな天南の様子を輝血(ia5431)が見ていた。呆れるようにそっと溜息をつく輝血。そんな様子に緒水が声をかける。 「あたし、丁度合う二人を知ってる。似てるのは分かってたけどね‥‥」 「あの二人が半分空っぽだからでしょう?」 くすりと微笑む折梅に輝血は眼を見開く。 「その話だけど、沙桐さん、今日は来れないの?」 楊夏蝶(ia5341)が引っ張ると、白野威雪(ia0736)がはっとなるが、折梅はくすくすと笑う。 「贈り物とは、驚かせた方がとても楽しいでしょうし、次の機会にまた会ってくださいまし」 もう一人の名前も出そうと思ったが、その名前は出せず、夏蝶は少し肩を落とす。 「やっぱり、そうなの?」 首を傾げる和紗彼方(ia9767)に折梅は微笑む。 「彼方ちゃん、浴衣生地、見ようよ。淡い水色の生地に芙蓉が咲いているのが似合うと思うの」 「え、そんな大人っぽいの似合うかなっ」 さっと図案を描ききって飛脚に飛ばせた天南が彼方に声をかける。 「帯は少し紫がかったものはいかがでしょう」 アルーシュ・リトナ(ib0119)が彼方の浴衣に合う帯を提案すると天南が頷く。 「皆さん、いらして下さいな。浴衣の生地がとても綺麗なのですよ♪」 先に浴衣生地を見ていた水波(ia1360)が眼福といわんばかりにうっとりと眺めていた。 「おや、珠々さん、いかがされましたか」 御樹青嵐(ia1669)が声をかけたのはいいが、声をかけられた珠々はいつもの表情のまま、もぞもぞと落ち着きがなかった。寒村にて養成された珠々(ia5322)にとって、天南から真っ向から誉められてどうしたらいいのかわからない模様。 ●花を模る アルーシュは天儀の浴衣の生地を見て惚れ惚れとしている。 「色鮮やかな藍ですね‥‥朝顔の色味とあいまってとても鮮やかです」 「こっちの白地に紺の刺繍のみというのもいいです」 その隣で吟味をしているのは珠々。彼女が着るのにしては大人すぎるだろうが、お構いなしに眺めている。水波はお気に入りの一枚が見つかったようだ。 「雪さんはお色が白いから、濃い色にしてみてはいかがかしら。白さが引き立ちましてよ」 折梅が雪に差し出したのは紺地に淡い水色の菖蒲柄の生地。 「ありがとうございます。あの、折梅様、沙桐様はお仕事が忙しいのでしょうか‥‥折梅様は寂しくはありませんか?」 ふと、雪の表情が翳り、瞳を伏せる。折梅はそっと微笑む。 「寂しいですよ。あの子が決めた事ですからね。私は見守るだけです。それに、雪さん達がいらっしゃるから大丈夫」 「ありがとうございます」 沈んでいた雪の表情も折梅の言葉でほっとしたような表情となる。 浴衣は作らなく、三京屋の仕立てた浴衣を着る事にした輝血は気のなさそうに選んでいた。 天南が声をかけると、輝血は溜息をついた。 「いや、着物を贈るとか、あたしにはよくわかんなかった。それに、着物なんて自分を綺麗に見せる道具でしかないし。あいつは、喜んで着るのかな。いつも男装してるのに」 「着物は自分を綺麗に見せる道具じゃない。それ以外は身体を冷やさない為とか」 自分の心が足りない事を理解し、貶める事で自我を保つ輝血にとって、肯定する天南の言葉は意外だった。 「そういう考えでいいの?」 「着飾った後の用途は人それぞれ、その用途の為に着物は在るの。だから、もっと綺麗に着飾って」 おずおずと尋ねる輝血に天南は笑う。 満足といわんばかりに夏蝶が浴衣を縫っている。出奔しても元は良家の産まれ、よりよき物を店中漁りつくしたようだ。 呆れるように隣で彼方が浴衣から目を離さずに縫っている。 「よき一枚が見つかってなにより、です」 香遠が微笑むと、夏蝶が香遠の縫い物に気付く。 「あら、その浴衣って、お兄さんに?」 目ざとく気付く夏蝶に香遠はこっくりと頷く。 「蜜莉お姉さまにもです‥‥」 まだ人前は恥ずかしいのか、顔を赤らめながら香遠は呟く。 「自由に会えるようになってよかったね」 にこっと笑みを浮かべる彼方に香遠がはにかむ。 「いーなー、こういうお揃い着れる仲の人がいるって」 香遠が縫う縦縞の男物の浴衣を見た夏蝶が羨ましそうに言う。 「ボクにはまだわかんないなぁ。そだ、この間教えてくれたお香、大人っぽくって驚いたよ」 思い出したように香遠に感想を言う彼方。 「お香は一朝一夕で自分の香りとなる事はないと思います‥‥えと、香りを持ち続けることで、彼方様の香りとなると思います‥‥」 「一日にして成らず、ね。常に成長していかなきゃ」 「香りに似合うように修行かぁ。それならわかるかも」 香遠の言葉に夏蝶が付け足した。理解した彼方だが、気を緩んだ為に針を指に突付く寸前だったりした。 一方、男性陣は華やか空間に眠気がさしてきたのか、宴に使う笹を買い付け、短冊を用意したり、飾り付けを用意していたりした。 「笹飾りですか」 水波が晃が背負っている見事な笹に目を奪われる。 「ああ、七夕の宴にゃ、コレやろ」 にやりと笑う晃に水波は全くだと頷く。 「おーい、珠々」 晃が声をかけると、珠々が首を傾げて晃の方へ向かう。 「どうかしましたか」 「手ぇ出しや」 晃から見て小さな紅葉のような珠々の手の平に置いたのは笹で包まれた餅。包みの笹の先端がピンと立っていて兎のようだ。 「‥‥ありがとうございます」 開拓者の仕事をし始めてからお菓子を貰うという事が増えた。小さい子だから特別に‥‥という事がなかった珠々には礼を言うしかない。表情を死なせる事しか出来なかった珠々にとって喜ぶという事がイマイチ分からない。 「ちびっこはよく食べ、よく遊ぶもんや」 自分も笹餅を食らう晃が言えば、珠々は手の平の兎をじっと見つめる。 「せや、珠々も願い事書いとけ」 ぴらっと、珠々に渡された短冊。 「珠々さんの願い事は一つでしょうね」 「一つだよね」 事情を知るだろう同じ拠点の青嵐と直羽がくすくす笑う。 「なんや、知ってるんか?」 「夜になったら分かるよ」 にこっと笑う直羽は器用に作り上げた笹飾りを置く。その隣には芸術品か何かのような飾りがある。きっと、青嵐のものだろう。 「ほー、それは楽しみやな」 にやりと笑う晃が見る先は何か決意を秘めた珠々の姿があった。 緒水と一緒に浴衣を縫っていたアルーシュは家庭的であり、針仕事も苦にならなかったので随分と進んでいた。 「わ、もう終わりそうですね」 同じ時間に始めたのにアルーシュはもう一枚を縫い終わろうとしていた。 「ええ、難しいと思いましたが、きちんと基本を押さえると後は根気と速さですから」 にっこり微笑むアルーシュは緒水に慌てず急がずと添えると、緒水は真面目に頷いた。 「天南さん、出来ましたわ。確認お願いできますか?」 アルーシュが出来上がった浴衣を天南に見せると、彼女は満足そうに頷いた。 「上手だね。ねぇねぇ、ジルベリアの布ってどういうの? ウチは他国のはあまり見た事がないの」 「織り込みや刺繍の種類が多彩なんです。それをいうなれば、こちらの着物も多種多様の織物がございますね」 「季節に合わせた布があるのはお互いなんだろうね」 もっと教えてと目を輝かせる天南と緒水にアルーシュは微笑んで頷いた。 ●再会を願う宴 夕暮れになり、皆浴衣に着替える事にした。縫い終れていないので持ってきた物や三京屋で買ったり天南の私物を借りたりしていた、 やはりここでも犠牲者は出た。 「‥‥もういいです」 達観した青嵐が身に纏っているのは色鮮やかな牡丹柄の浴衣、髪も涼やかな切子硝子の簪を付けられている。 「こんなもんだね」 一仕事終わりといわんばかりに輝血が手を叩く。 「いい仕事です」 ぐっと拳を握る珠々はまだ平素の姿。 「天南さん、甚平ありますか?」 動きやすい服を好む珠々なのだが、それは後ろからの凄まじい気迫をもった夏蝶にその肩を捕まれた。 「この私がいる限りそんな格好は許さないわよ」 「‥‥え」 壮絶な笑みを浮かべ、迫る気迫は恐ろしい夏蝶に珠々はびくっと肩を竦める。 「それもそうだね」 「折角のお洒落は楽しまなくてはいけませんね」 「珠々さんは若いですし、新緑色の浴衣はいかがでしょう」 輝血がいるのは分かるが、アルーシュや水波まで参加しだした。 「え、ちょ‥‥」 がっしり捕まれて珠々がずるずると引きずられていく。 「‥‥大丈夫でしょうか」 冷や冷やしている雪だが、凄まじい気迫に近寄れなかった。あの面子ならば無体な事はないだろうから信頼はしているが。 「にゃーーーーっ!」 夕暮れ時 三京屋に 猫の叫び声が響く 夜に鷹来家に集まり、宴が始まる。 素麺やつまみになる一品料理、お菓子なんかが揃えられた。 庭に立てられた笹には皆がそれぞれ願い事を書いていた。 「願い事ね‥‥」 溜息をつく輝血に緒水が微笑む。 「輝血様、七夕の願い事は手習いについてのものです。輝血様はお仕事をされていらっしゃる方ですから、苦手分野があればそちらを克服したいという願いを書かれてはいかがでしょうか。目標を書くのもいいかもしれません」 「あ、そうなんだ」 さらさらさらと書いて輝血はさっと笹に飾ろうとした時に視界に入ったのは短冊に呪いをかけるような気迫で漢字四文字を書こうとしている珠々の姿。 珠々が短冊を書き終えると輝血がそれを見て書き直して書き足した。 「人参不滅也 珠々」 輝血のおかげで食物形態の均衡が破られる事はなくなった模様。 「なるほどな」 直された短冊を見た晃が呆れるように頷いた。 「‥‥直羽さん、その浴衣は一体‥‥」 引きつったように笑う夏蝶が見た直羽の浴衣は黒地に銀糸で風雲と昇龍の蒔絵風。 「どうよ、イカしてんだろ☆」 親指を立ててドヤ顔を見せる直羽だが、夏蝶はドン引き、他の女性陣もコメント無し。 「ボク、あまりお洒落わかんないし」 彼方が視線をそらしているのはそれだけではない事を物語る。 「これが粋ですか!」 反応したのは珠々だ。 「わかる、珠々ちゃん!」 「斉藤さんも凄いのです」 晃の浴衣は荒波に桜が狂い散る朱の浴衣。強面の様子もあいまって凄みがある。 「揃えば親分と子分だね」 冷静な輝血の言葉に直羽がよよよと、泣き真似をする。 「皆さん、始めましょう」 撫子柄の浴衣を着た雪が声をかけると、皆が揃い、宴が始まる。 「素麺おいしー」 酒も悪くないが、まずは食事とばかりに夏蝶が素麺を啜る。 「ん、美味いな。鷹来が作ったんかいな」 ずるっと、小気味いい音を立てて晃が素麺を啜ると、同じく音を立てて食べる折梅が首を傾げる。 「残念ながら、毎年この時期に贈って下さる方がいらっしゃってね。皆さんにもお裾分けをしたかったのですよ」 「女性も音を立てて食べるのですか‥‥」 絶句しているのはアルーシュだ。ジルベリアのマナーとしては啜って食べるのは好ましくないが、天儀ではそちらが好ましい事があるのは確かだ。 「ああ、ごめんなさいね。ジルベリアの方は啜るというのがよろしくないのですよね」 気遣いが出来なくてもうしわけなく思う折梅にアルーシュは首を振る。 「いえ、知ってたのですが、意外でして」 「気味よく音を立てて食べるのが粋ってもんや。粋に男も女もない。せやろ、鷹来」 「ええ、その通りです」 折梅の斜向かいに座っていた珠々が黙っていんぷっとしている。 ある程度宴が進むと、水波がかき氷を作ったり、直羽が作った餡蜜に珠々の寒天板を添える。二人とも天の川を意識したものだった。 甘味を楽しむ者もいれば、酒を楽しむ者もいる。 「人の心から外れた相手への恋愛は如何様にするべきですかね」 冗談めいて折梅に酒を注いで言ったのは青嵐の声。折梅は青嵐の見つめると、ふと、笑う。その笑みが理穴にいる彼の女性が見せる不敵な笑みで青嵐の目を疑わせる。 「外れているなら正せばいいと容易に言うのも手でしょう。折角の箍が外れているなら共に外れるのも手」 饒舌な折梅の言葉は冗談交じりではあるが、その端々に見えるのはそれだけではない。 「相手の心が人とは外れていると思う事は、冷静に見ている事。恋に溺れきってない恋は冷めるのも早くてよ。愛を語るのはもっと恋に溺れてから語る事にしましょう」 微笑んで杯を掲げる折梅に晃が笑う。 「鷹来にそれを言われちゃぁ、俺達なんか立つ瀬があらへんわ」 酒がなくなった折梅の杯に晃が注ぐと、ぐっと一気に酒を流し込む。 「折梅様、素敵です」 お茶を飲んでいる雪が笑っている。 「アルーシュ様の男物の浴衣を贈るお相手はもしかして‥‥」 目を輝かせる緒水にアルーシュははぐらかすように微笑む。 「それにしても素敵な星空でよかったです‥‥あの人と一緒に見てみたかったかもですね」 こくりとアルーシュの喉を潤した。 先程から妙に緊張しているのは彼方だ。 自分は片方しか会った事がないから何とも言えないが、周りの様子や話を聞けば一目瞭然。 「沙桐さんと麻貴さんは双子なんですかっ」 何人かが彼方の言葉に気付き、その方向を見た。 「その名を知っているのですね」 彼方は頷いたが折梅は頷かない。 「開拓者として登録されている誕生日が同じなんです、それに姿も似ているんでしょ。双子ならどうして一緒に居れないんですか、家族が一緒に居れないって寂しい事じゃ‥‥だから、せめて誕生日くらいは一緒に居させられませんか?」 彼方が必死に言うと、折梅は困ったように笑う。 「愛らしき風姫は真実を暴いてしまいましたのね。ずるいですよ。お誘いしようとずぅっと、考えておりましたのに」 「え」 「よかったですね」 きょとんとする彼方であったが、アルーシュが微笑む。 「誕生日だけは会っているの。五年前からずっとやってるのよ」 「また宴って事ですか」 天南の言葉に珠々がちょっと呆れているが、晃がそれもいいと笑っている。 「俺達が考えた着物を着る二人はきっと華やかだよね。折梅さんの分も考えたらよかったかもね」 直羽が折梅の笑いかけると、彼女はほっとするように頷いた。 あと少ししたら夫婦ではない織姫と彦星が会える。 後日、朱藩三京屋に一通の刺繍原案が届いた。 「つがい鳥に蛍の光輪、止まる草‥‥柄はほぼ同じで別色‥‥布が来たら大急ぎでやらなきゃね」 着物絵師美海がそっと微笑んだ。 |