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■オープニング本文 羽柴麻貴は一人武天への道を歩いていた。 ここの所、仕事の後始末に追われて多忙だった。 理穴と武天の国境にてある事件が起こっていた。背景には理穴各所から手先の器用な娘を色々な手口で攫って来て強制労働をさせていた。 手引きをしていた女や男達を捕縛するのに東奔西走していた。 どうしてもこの時期に武天に向かいたい理由があるから。 いつもは男装を解いて本来の性別に相応しい服装で向かっているのだが、今回はそんな暇がなかった。 そういう時にこそ起こるのが絹を引き裂く女の悲鳴。 「お‥‥お助けくださいまし!」 恐怖で立つ事も出来ない娘に山賊らしき男達が囲っている。娘は旅装姿であり、旅の途中で襲われたと思われる。 「へへへ、ねぇちゃん、運がねぇなぁ」 「可愛がってやるぜぇ‥‥」 男達が娘の着物に手をかけようとした時‥‥! 「うるせぇよ」 冷たい一言に山賊の一人が中腰になっていたところに腰を思い切り蹴られ、娘にぶつからない所の地面に顔面を打った。 娘からは逆光で見えないが、線の細い男の姿をした人物。 三人の山賊を事も無げに蹴り殴り倒す。 「お、覚えてろよ!」 「兄貴がやっつけるんだからな!」 捨て台詞を吐いて男達は走り去って行った。 「ったく、しょうもないな。お嬢さん、大丈夫かな」 片膝をついてその人物が娘に手を差し出す。 「は、はい‥‥」 自分のピンチを助けてくれた人物であり、その姿は中世的で美しく、武家の跡取りのようにも思える。 「一人旅かい?」 「はい‥‥これから此隅へ戻る為に‥‥」 「そうか、この道を真っ直ぐ行くと大きな通りに出る。そこなら襲われる事はまずないよ」 にこっと、娘に笑いかけるその笑顔の眩しさに娘は見蕩れてしまう。 大きな通りまで娘を送る間、娘がその人物にこの山に山賊がいるという話をした。最近住み着いたらしく、無作法な事をしているとか。 「そうか、私は開拓者でね。やっつけてあげよう」 その人物が言うと、娘が去り際に名を教えてほしいと言う。 「ああ‥‥俺はね‥‥鷹来沙桐だよ」 この大嘘つきが。 ●被害者 此隅の開拓者ギルドへ走る一人の人物。 「すんません!」 全力疾走だったので、その人物は入り口の前で息切れして力尽きた。 「‥‥!沙桐さん、どうしたんですか?」 いつもの受付嬢が駆け寄る。 「あいつが‥‥またやった‥‥」 鷹来沙桐が肩で息をしながら呟いている。 「あいつ‥‥?」 涼しい所に連れて来られた沙桐は受付嬢の淹れた冷茶で一息ついた。 「依頼を出してほしいんだ」 「はい」 「内容は理穴監察方第四組主幹・羽柴麻貴の捕獲!」 「はいーーー??」 理穴監察方というのは、理穴内の不正反乱がないか調査し、捕縛する部署。沙桐が今まで出していた依頼は麻貴の前の主幹と連携して出してきたものだ。それなのに何をしたのだろうか。 「あいつ、また男装でこっちにきやがって、娘さんの危機を助けたんだけど‥‥」 「沙桐さんと同じ顔なんですよね。見てみたいです」 「目の保養だけならいいさ、あいつ、俺のモノマネして俺の名前言いやがったから、娘さんから恋文貰ったんだよ!」 「‥‥もしかして、前にもありました?」 こっくり頷く沙桐に受付嬢は頭を抱える。 恋文を贈られるならまだいいが、押しかけ女房された時はどうしようかと思ったらしい。 「ばあ様は笑っているだけで、全部の片付けは俺ばっかり!」 叫ぶ沙桐に受付嬢が溜息をついた。 「ばあ様の元に行ったら俺、怒れないからその前に俺の前に出して!」 「あらあら、娘と息子がそれぞれ二人いるようでいいじゃありませんか」 笑いながら現れたのは折梅。後ろからの威圧オーラに沙桐は肩を竦めている。 「物は言いようですよ。おばさま」 「そうですねぇ、葛さん」 その後ろには倉橋葛がいた。 「最近、その辺で山賊が出てるから、麻貴はそこに行ってるの。志体持ちはいるかはわかんないけど、人数は十人くらいかな。麻貴もそれなり強いけど、まぁ、一応は女の子だし、加勢してあげてほしいなって」 「その後は、羽衣館という宿屋へ来て下さい。一緒に宴を楽しみましょう。天南さんが沙桐さんと麻貴さんの為に着物を用意しておりますの」 「え‥‥でも、それは‥‥」 「‥‥もう、気づかれてしまってるのです‥‥本当は、黙っていて驚かせたかったんですけどね、もう‥‥年かしら‥‥」 気遣う受付嬢に折梅は酷く寂しそうな顔をした。それは彼女の口から真実を言ってはいけないから‥‥ 以前の七夕にて指摘され、何も言えなかった事への悔恨があるからだ。 「わかりました」 折梅と葛二人を敵に回すくらいなら沙桐に泣いてもらった方がいいと思う受付嬢であった。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
玖堂 羽郁(ia0862)
22歳・男・サ
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
紫雲雅人(ia5150)
32歳・男・シ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰 |
■リプレイ本文 沙桐を見た玖堂羽郁(ia0862)はやっぱり麻貴そっくりで話通りだなと思ったが、それよりも俳沢折々(ia0401)が思いを馳せるのは麻貴の事。 「沙桐君の話を聞いて嘘だと思いたかったけど‥‥まさか麻貴ちゃんが山賊団の一味だったなんて!」 いきなり言い出した話に何人かが唖然としているが、折々は止まらない。 「友情、そして裏切り。でも、こうして敵同士で会うことになったのもまた宿命‥‥ 悪しき道に魅せられてしまった麻貴ちゃんに対して、わたしができることはひとつ!! 他の開拓者にやられる前に捕まえて、なんとか改心させなきゃね。がんばるよ!」 「この間は悪の陰陽師じゃなかったんですか?」 拳を握り締めて意気込む折々に雅人が冷静にツッコミを入れたが、折々の熱い思いに心を打たれた沙桐は折々の手を握り締める。そんな姿を見て紫雲雅人(ia5150)は何か親近感が沸いた。 「ありがとう、もう二度と俺に迷惑がかからないように頑張って!!」 「要はそこなんだね」 ぼそりをツッコミを入れる輝血(ia5431)の声も聞こえない。 「仲良く喧嘩しなといいますが、中々に無理な話ですけどね」 「麻貴さんがネズミで沙桐さんが猫ですよね」 肩を竦める御樹青嵐(ia1669)に珠々(ia5322)が冷静に振り分ける。 「なんだか楽しそうですよね」 くすくす笑う白野威雪(ia0736)が言うと、隣の緋神那蝣竪(ib0462)はとても興味津々だ。 「折梅様のお孫さんってどんなのかと楽しみにしてたけど、お茶目さんなのね」 「折梅様自身もとても茶目っ気がある方ですので、よく似ておりますね」 「血は争えないって奴かしら」 二人が話していると、楊夏蝶(ia5341)が沙桐に話しかける。 「どっちが上なの?」 開拓者の間では沙桐と麻貴が双子というのが確定している。年齢も産まれた日も同じなら出てくる疑問。 「麻貴が上だよ。見た目があまり姉っぽくないのは、育ちの環境だよ。あいつは伯父さん一家で妹として育てられたし」 沙桐が答えると、その視線の先にいたのは和紗彼方(ia9767)だ。 前に折梅を問い質したのを気にしているのが、困ったような顔をしている。 「ばあ様なら気にしなくてもいいよ」 「え、でも‥‥」 沙桐が優しく言えば、彼方は困った顔で沙桐を見る。 「ばあ様が気にしているのは大好きな開拓者達にちゃんと真実を言えない事。俺、一応は家の当主だけど、麻貴の戸籍に関しては事情が特殊だったんだ」 「特殊とはなんだい?」 冥霆(ib0504)が首を突っ込むと、彼方がぎょっとしたが、沙桐はあまり気にしてないようだった。 「俺と麻貴が生まれる前に父上と母上は駆け落ちしてるんだ」 「駆け落ちだなんて、情熱的ね‥‥」 ほうと、溜息をつく那蝣竪に沙桐は照れたように笑う。 「俺達が生まれて一年くらいかな。二人は殺されたんだ。俺達を残して。当主不在のまま、俺達の引き取りについて管財人のばあ様と反対派の親戚が随分モメてね。俺は跡取りだけど、本当は殺される所だったけど、羽柴の叔父上が引き取る際に麻貴を生かすかわりにウチの親戚達が麻貴を鷹来の生まれを口にする事を禁止させたんだ。俺の出自も母親の方がいないとなっている。母上も鷹来の嫁として認められていないんだ」 「古い家だとそういう事があるんですね」 劉星晶(ib3478)が言うと、沙桐が親戚達の事を思い出しているのか、溜息をついている。 「とにかく、彼方ちゃんは気にしないでばあ様と接してよ。彼方ちゃんも開拓者の皆も気に入ってるんだから」 「‥‥うん」 尚もしゅんとする彼方に沙桐は頭を撫でる。普段は子ども扱いをされる事を嫌う彼方だが、元気付けてくれる沙桐に望郷の兄や父を思い出す。 「それじゃ、こっちはさっさとつれてくるから」 輝血が言うと、宴準備班が頷いた。 ●あさき夢に 猛然と歩く沙桐を折々が共に肩を並べて歩いている。 「先に山賊退治ですかね」 青嵐が確認すると、前を歩く輝血が手を振る。 「そっちは任せた。あの沙桐を見て、暢気でいる麻貴じゃないよ。何度かやってるなら尚更」 「確かに、麻貴さんの性格を考えたら‥‥」 むむむと考える珠々を追い越して夏蝶がシノビ特有の素早さで沙桐の後ろにつく。 「ねぇ、香遠ちゃんの時、どうして不機嫌だったの?」 「香遠ちゃん?」 折々が話に加わると、夏蝶が事情を話す。雅人がいつの時期かと聞けば、ふと思い出したのは雪原一家の一件が落ち着いた頃だった。 「どういう事?」 冷たい眼差しの輝血の視線に沙桐が冷や汗を垂らす。 「‥‥麻貴と手紙のやり取りをしてるんだ‥‥出会った開拓者の事とか。アイツ、結局会いに行って、麻貴を泣かせたんだ」 カタナシこと、上原柊真の話に入ると、段々と沙桐の表情が不機嫌になっていく。 「‥‥麻貴さん、お嫁入りの時は大変そうね」 ぽつりと、那蝣竪が呟いた。 「嫁にはやんない」 那蝣竪の呟きも沙桐は逃さずしっかり拾う。 「いいわね。思いあう家族って」 くすっと、笑う那蝣竪に沙桐はすぐに照れてしまう。 羽衣館では緊張した面持ちで彼方が向かっていた。 「大丈夫ですわ。折梅様ならきっと分かってくださいます」 「う、うん」 雪が言うと、彼方はやっぱり緊張していた。 「立派な宿ですね」 見上げる星晶に羽郁も頷く。 「この辺では高級な宿らしいね」 冥霆が飄々と従業員に話をすると、すぐに中へと案内してくれた。 奥の部屋にいたのは折梅と葛。 「あらあら、皆さん、よくいらっしゃいました‥‥あら」 折梅が笑顔で迎えると、見知った顔を見つけ、首を傾げる。その相手である羽郁が頭を垂れる。 「サムライの玖堂羽郁です。本日はお招きいただきましてありがとうございます」 丁寧な礼に折梅は目を細める。 「お姉様よりお話は窺ってます。似ておりますね」 「はい、俺も姉より話を聞いてるんで、初めてって気がしません」 お互い彼女を通じて知っているのか、なんだか初対面の気持ちがないのだろう。 「羽郁さんは素敵な恋人がいらっしゃるという事ですから、お話を聞きたいものですわね」 大事な恋人の話が出てきて、秀麗な羽郁の白い頬にさっと朱が走る。 「折梅さんは恋話が主食のような人だ。深い話まで誘われないようにする事だよ」 冥霆が嘯くと、折梅と葛が笑う。星晶と雪もこっそり笑っている。 一頻り笑った折梅は彼方の様子に気付く。 「いかがされましたか、彼方さん」 ずっと緊張した表情でいる彼方は悪い事を見つかった子供のような心もとないような表情をしていた。 「あ、あの、折梅様、この間はごめんなさい!」 それ以上言える言葉はなく、頭を下げるしかなかった。しんとなる間が怖くて仕方ない。さっと、衣擦れの音がし、足袋が畳を滑り、彼方の方へ音が近くなる。耳元に気配を感じた時、目をぎゅっと瞑った。 「ありがとう。私の孫達を想ってくれて」 折梅の細い手でそっと髪を撫でられ、それが沙桐が撫でた時と同じ感じで安心感で彼方は瞳を潤ませる。 「彼方さんのご兄妹の事、お話してくださる? 私もここでならあの二人の事をお話できますから、聞いて頂けますか?」 「はいっ」 翠の瞳に浮かぶ雫を折梅の指がそっと拭う。 「言った通りでしょう」 「良かったですね」 雪と星晶が言えば、彼方が持ち前の明るい笑顔で頷いた。 「それじゃ、主役二人が帰ってくるまで宴の準備をしようか」 袖を捲くる羽郁はやる気満々。勿論、他の面々もそのつもりだ。 山賊達の隠れ家では麻貴がもう乱入していた。 売り言葉に買い言葉。どっちが山賊か分からない有様。 「若い娘さんに悪さするような連中にどうこう言われる筋合いはない。とっととお縄につけ」 刀を抜いて麻貴が言うが、男装をしているのだが、一見すれば優男に言われて山賊達が黙るわけがない。 「やっちま‥‥うわ!」 物凄い速度で襲ってきたのは一匹の鴉。それが山賊の目を狙って飛んできた。麻貴が振り向くと、目突鴉の術者がすぐに分かった。 「折々ちゃんか!」 「麻貴ちゃん、早まっちゃ駄目だよ!」 「へ?」 真剣な顔で説得する折々に麻貴が目を瞬かせる。 「羽柴さん、お久しぶりです。また無茶してますねぇ」 「読売屋。君までどうした」 意外な再会に麻貴が驚いていると、雅人の隣にいるのは自分と同じ顔。怒ってる。ものすんごく怒ってる。 気付いた麻貴が逃げようと勝手口へ駆け出す。 「逃がさないよ」 輝血が屋根から降りて来て麻貴に立ちはだかる。一緒に仕事をしている輝血の力量は良く分かっている。やると思えば本気でやる。驚く山賊の胸倉を掴み、輝血に投げつけ、回れ右。 勝手口から青嵐と那蝣竪、夏蝶が入ってきた。 「わ、なんだこいつら!」 狭い隠れ家に何人も入られては身動きがあまり取れない。 雅人と折々を掻い潜って、沙桐を蹴倒して麻貴が山道を駆け下りようと走り、折々が追う。 麻貴の前に立ちはだかったのは珠々だ。両手を広げ、麻貴に突進。 「麻貴さんっ」 普段、抱きしめなんかをしない珠々が自分を抱きしめようとする事に麻貴は感動し、麻貴もまた、手を広げ、珠々を抱きしめる。重りにしかなれなくても足止めが出来れば皆が何とかしてくれる。だが、相手は仕事中ではない羽柴麻貴。 「ふはははは、可愛い珠々ちゃんは預かった! ばあ様の前で会おう!」 「!! にゃーーーーーーーー!」 細身とはいえ、麻貴も鍛えている志体持ち。高笑いをして抱き上げてそのままお持ち帰る。 「流石、羽柴さん。やる時は本当にえげつないですね」 カタナシの昔の苦労を垣間見た雅人が蹴倒された沙桐を見る。蹴られた当人はすぐに起き上がって追っている。 「麻貴ちゃん、田舎のおばあちゃんが泣いてるよ!」 「多分、笑い転げているかと」 折々の必死の説得に呟くのは青嵐だ。折梅の性格なら酒の肴にして笑っているだろう。 「一瞬しか見れなかったけど、麻貴さん、本当に沙桐さんと顔が似てるわね」 「麻貴の方が少し小柄なんだよね」 胸の前で両手を組んだ那蝣竪が麻貴の暴挙‥‥いや、豪快さと沙桐と似た美しい容姿に思いを馳せ、輝血が山賊を蹴散らしてそのまま追った。 「後はお任せあれってね」 「逃がさないわよ」 夏蝶と那蝣竪がそろりそろりと逃げ出そうとする山賊達に声をかけた。 「‥‥ですよねー」 「里の師匠の一人が言ってました。仲のいい相手に悪戯心を起こすのは、相手にそれをしても大丈夫だという安心感があるからと」 走る麻貴に観念した珠々が呟いた。 「良き師匠だな」 「‥‥わかりません」 珠々が呟いてから後ろを向くと、下り道を利用して速度をつける折々の姿。 話をしていると、輝血に追いつかれ、前に回られた。 「そこまでだよ」 「たぁーーっくる!」 速度を落とす麻貴の腰に折々のタックルが決まる。 「おわ!」 珠々と折々を庇うように麻貴が倒れこむと、体が動かなくなった。 「折々ちゃん?!」 「いえ、私です」 言ったのはもう一人の陰陽師の青嵐だ。 「許してくださいね、鷹来さんには借りありますし貸しも作りたいところですので」 「酷いよ、青嵐さん!」 さらりと本音を言った青嵐に沙桐の非難が飛んだ。 「ま、大人しくしてなよ。折梅と葛先生の所に何もしないでつれてくから」 ひょいと青嵐に麻貴を渡して輝血が言うと、麻貴は目を見張って輝血を見た。 宿では羽郁が台所を借りてさくらんぼの焼き菓子を作っていた。 「羽郁様はお料理がお上手と御姉様からお伺いいたしましたの」 「あ、うん。楽しいし、美味しいって言ってくれるからつい、作っちゃうんだよ」 雪がその様子を見て羽郁に声をかけると、にこやかに笑う。 「いーなぁ。ボク、そういうの得意じゃないから羨ましい」 彼方が星晶と一緒に野菜の皮むきをしている。 「機会がないと作らない物だからね。彼方ちゃんもどう。さくらんぼを砂糖で煮詰めるの手伝ってくれない?」 「い、いいの?」 「俺も見てるから大丈夫」 皮むきを星晶が引き受けてくれるので、彼方が羽郁の指導を受けてさくらんぼの砂糖煮を作ろうとしている。 「そういえば、まだ帯が決まっていないとの事。皆さんで考えませんか?」 「いいね、あの二人のめかした姿もいいけど、女性陣の麗しい姿も楽しみだね」 思い出したように雪が言えば、冥霆も頷く。 「麻貴さんって、どんな方なんでしょうね」 星晶が考えると、この中で唯一見た事がある羽郁が答える。 「表情は沙桐さんより凛々しい感じかな。宴の時は普通に女の人だなって思ったけど」 「女性は色んな面があるからね。本当に楽しみだね」 うんうんと頷く星晶に冥霆が思い出したように提案した。 「天南君がそろそろこちらに来るだろうから、着物や浴衣を借りれないか聞いておこうと思う。山賊狩りに出た人達からも言われていてね。他に借りる人はいるかな」 「では、折梅様に見立てをお願いしたいと思ってます」 雪が答えると、冥霆は幾つか持ってこようと言って、三京屋へと急ぎ足で向かった。 ●酔ってきりなし 沙桐が麻貴を泣かすと言っていたが、輝血の以前の宣言によって泣かされたのは沙桐となった。大人しく捕まっていた麻貴は本当に何もされずに折梅と葛の前に転がされた。 「無事だった? 怪我はない?」 葛が言うと、輝血は少しぎこちなく頷いた。良かったと微笑む葛を見て輝血は怪我が出来ないような気がした。回復の術者がいれば容易に怪我が治るから気にしなくてもいいはずなのに。 「ただいま戻りましたー☆」 明るく帰りの宣言をする那蝣竪に折梅が笑顔で迎える。 「お帰りなさい。緒水さんいらっしゃい」 那蝣竪と夏蝶と一緒にいたのは緒水だった。輝血が呼んでおいてほしいという事で山賊を役所に放り込んだ後、緒水の家に行って呼んできたのだ。 「うわぁ、生麻貴さん‥‥」 失礼と思いながらもやっぱり呟いてしまう彼方。 「獲れたて新鮮ですね」 冗談めかしていう星晶であるが、麻貴の着物の所々が汚れているところから、捕り物が大変だった事が窺える。 「まぁ、本当に沙桐様と似ておりますのね」 雪が挨拶もそこそこに言えば、麻貴は嬉しそうに笑う。 「沙桐め。綺麗なお嬢さんと一緒に仕事してやがってたのは本当か。羨ましい」 麻貴が雪と彼方を見て沙桐と言っていた事と同じ事を言うと、その場に居合わせた何人かが笑う。 「本当に中身もそっくりよね」 笑う夏蝶に麻貴が近くにいた沙桐の首に腕を回す。 「そりゃぁ、そうだろう。そっくりだろう」 「ほらほら、湯に浸かって汚れを落としてきなさいな」 笑う折梅に転んだ麻貴と珠々、折々が風呂場へと向かう。 「これ、焼き菓子? ジルベリア風だよね」 「そうなんすよ。さくらんぼの砂糖煮を混ぜ込んだんですよ」 目ざとく見つけたお菓子の姿に沙桐が興味津々に眺めている。 「さくらんぼって、双子って感じがしますからね。砂糖煮は彼方ちゃんが作ったんすよ」 「あ、そっか。嬉しいよ」 羽郁が言うと、沙桐は嬉しそうに笑う。 「味見は駄目?」 「駄目です」 女のようにおねだりの姿をする沙桐に羽郁はきっぱりと断った。 「後で食べられるんですから、もう少し待ってくださいよ」 静かに笑う星晶に沙桐は大人しく待ってると笑う。 「呼べなかったのですか」 理穴の芸妓である芙蓉を呼べないかと言っていた雅人であったが、彼女も中々に理穴では人気がある芸妓であるので、他国へはそう簡単に呼べなかった。それは沙穂も同じであり、彼女は休んでいた分、他の部署へ借り出されているようだった。 「その代わり、ウチの御庭番の架蓮がおります。有時は鷹来の家の為に走ってもらいますが、普段は芸妓の姿でいるので、本職と遜色はないかと」 「ああ、前に会いましたよ」 折梅の言葉に雅人が思い出す。前に武天の仕事で出会った遊女の事を思い出す。 「読売屋さんは麻貴さんとよくお仕事をなさっていらっしゃるんでしょう」 「ええ‥‥というか、その呼び名まで教えているんですか」 麻貴だけが呼ぶ雅人の呼び名を折梅が知っていた事に呆れる。 「ふふふ、麻貴さんはとても楽しそうなお手紙を書きますので、覚えるんですよ」 何を書かれているのか酷く興味があるが、聞いたらいけないような気がしてならない雅人がいたとか。 一方、風呂場にいる女性陣は仲良く風呂に浸かっていた。 「どうした、珠々ちゃん」 首を傾げる麻貴は珠々の視線に気付いて声をかける。 「‥‥何でもありません」 細身で男装姿をしているだけに予想より大きいのが珠々から見て衝撃的だった模様。 「やー、ごめんねー。ボクはてっきり麻貴ちゃんが山賊になったかと思ったよ」 あっけらかんと笑う折々に麻貴はじとっとした視線を送る。 「でも、やってる事はねぇ」 様子を窺っていた夏蝶と那蝣竪が苦笑している。どうやら、いいとこの娘さんとは思えない言動が目に余った模様だ。 「淑やかなのは義姉上に任せたからなぁ」 「任せすぎよ」 笑いながら風呂場を後にした。 「沙桐、麻貴、誕生日おめでとう!」 「麻貴様、御無沙汰しております」 冥霆に荷物を持たせて天南と架蓮が羽衣館へ来た。麻貴を見た冥霆はすぐに分かり、ほうと、感嘆の呟きをもらした。 「さぁ、麻貴さん、おめかしは任せて!」 やる気満々なのは那蝣竪だ。 「それじゃー、やろうか」 輝血と緒水も参加するようだ。 天南が出してきた着物は見事な対の着物。 色鮮やかな刺繍に息を呑んだのは珠々だった。 「なんか、凄いです‥‥」 三京屋の着物絵師、美海の着物は前にも朱藩で見た事があったが、どことなく気合が違うような気がした。 「五年前から毎年、天南の注文で作ってくれるんだ。本当にありがたいよ」 嬉しそうな麻貴を見ていた輝血は彼女が以前、自分で産湯を入れたあの赤ん坊と似ているような気がした。 全てに愛され、守られた赤子。 なんて自分とは違う無垢な姿なのだろうかと本能で感じる。 「何で、葛先生がここにいるんだろう」 ふと思い出した輝血が心許ないように葛の姿を探した。 「どうした、輝血ちゃん」 輝血の姿を見た麻貴が声をかける。 「なんで、葛先生がいるんだろうって思った」 「そういやそうだよね」 思い出したように折々も同意している。 「葛先生は私達を取り上げてくださった方だ。ついでに言えば、父上の友人なんだ。あの人には頭が上がらない。私も沙桐も」 困ったように笑う麻貴は自分でもう着物を着付けていた。 「大切な人なのね」 鏡の前に座ってという那蝣竪に促されるまま、麻貴は座って髪を結ってもらう。 「ああ、そうだな。母のようで姉のような方だ」 「叔母さんみたいな?」 ひょっこり折々が話に加わると、麻貴はその言葉に顔面蒼白となる。 「‥‥それは、絶対に言うな」 どうやら、言った事があったようだ。 男性陣は女性の乱入で戸惑っていた。主に青嵐が。 「犬耳ってなんですか!」 何かにつけて女装させられている青嵐だが、この追加仕様には驚くばかり。 「いえ、需要がきっとあると思いまして」 「あるんですか?!」 叫ぶ青嵐に珠々はお構いなし。 「‥‥別の意味で大変ですね‥‥」 自分は無関係とばかりに引いて眺める星晶。 「‥‥うん。淡々とした表情からは分からないくらい情熱的だよ」 そそくさと着替えているのは沙桐だ。 「前はそんなんでもなかったけど、最近は結構生き生きしてるみたいでね」 「アレでですか」 じっと見る星晶の視界には青嵐を蹂躙する珠々の姿があった。 「なんにせよ。生き生きするってのはいい事だよ」 にこっと笑う沙桐に星晶も頷く。 「それもそうですね」 行動と心が伴わない者を知る沙桐にとって、珠々の成長は嬉しいものだ。 ●冷し酒 沙桐も姿を現し、麻貴と揃っての対の姿を見せた。 「すっごく似合うー。これ、ボクから」 始め見せていた曇った表情は吹き飛んで、笑顔の彼方が差し出したのは揃いの鳥の根付け。 嬉しそうに笑い合う二人に彼方がほっとしたように微笑んだ。 「丁度よかった。御揃いがほしかったんだよね」 満足そうに沙桐が根付けをつけている。 「今はあの人と御揃いだからな」 のほほんと沙桐に言う麻貴は夏蝶に根付けを見せていると、沙桐は酷く嫌そうな顔をした。 「さあさ、皆さん、席について」 折梅が声をかけると、全員が席について祝杯をあげた。 「麻貴さん、お久しぶりです」 宴が始まり、麻貴に声をかけてきたのは羽郁だった。 「久しぶり。この間の宴は冷めさせてしまい、申し訳なかった」 「そんな事ないすよ」 笑う羽郁に麻貴はほっとしたように笑う。 「お二人は入れ替わりが出来ていいですね。ウチも双子の姉がいるんすけど、髪の色が違うから、できないんすよね」 「さぞかし美人だろうな。見てみたい」 二卵性で男女という共通点から興味が出た麻貴は羽郁を眺めつつ、頷く。 「羽郁さんは恋人が出来たそうなんですよ」 「わ、折梅さんっ」 折梅が言葉を挟むと、羽郁が驚く。 「ほほう、では‥‥」 麻貴が羽郁の耳元で囁いた名に羽郁は頬を染めて頷く。 「それはめでたい。大事にしてやれよ」 「当然っすよ」 まぁ飲めと、麻貴が羽郁の杯に酒を注ぐ。 「それでだな、あの時の小間物屋で髪飾りを買ったとき‥‥」 「み、見てたんすか!」 ぎょっとする羽郁だが、周囲の女性陣の様子に気付き、祝いにひとさし踊ると言って立ち上がる。 架蓮が羽郁に気付き、笛を鳴らす。 ゆっくりと開かれる扇子から始まる羽郁の舞。 女性的な指先の動きまで流麗さと、どこか男性らしい力強さを感じさせられる神秘的な動作。 ここには来られなかった姉の姿を模すような雰囲気だ。 「やはり、似てらっしゃいますね」 ぽつりと、雪が呟いた。 舞が終わると、麻貴に声をかけてきたのは星晶だ。 「折梅さんだけじゃなく、麻貴さんまで恋話が主食なのでしょうか」 首を傾げる星晶に麻貴は笑う。 「ばあ様は恋話が主食でおやつが酒だ」 「どんな言われようですか」 「君ともはじめましてだな、どうか楽しんでくれ」 麻貴が笑いかけると星晶は頷く。 「いえ、宴は騒がしいくらいがいいのですよ。引き際は惜しむ気持ちを堪えるのが粋かと」 飄々とした星晶の言葉に麻貴は気に入ったとばかりに笑った。 麻貴と沙桐は一度、着物から浴衣に着替えた。 蛍の光と呼び水と止まる草を意匠したそれは二人の関係を具現化したようなもの。 「‥‥青嵐さんは‥‥ううん、なんでもない」 青嵐の背に何があるのかはあえて沙桐は触れなかった。 「ともかく、生誕おめでとうございますよ」 沙桐は青嵐からの酌を受けて杯を飲む。 「ありがとう」 「時に、女装して男性に羽柴さんの名前で粉掛け捲るとかどうでしょう」 さらっと言う青嵐に沙桐は酒を噴きかけてしまう。 「‥‥俺に出来るわけないってわかってるでしょ」 拗ねた表情で言う沙桐に青嵐は静かに楽しそうに笑った。 「でも、沙桐さんにとって、麻貴さんってどんな存在ですか?」 話に加わってきた羽郁に沙桐は目を見開く。 「俺にとって姉は唯一の対です。誰にも代わる事の出来ないほどの」 誇らしげに言う羽郁の様子に沙桐は微笑む。 「同じだよ。唯一の対で‥‥赤ん坊の時から十五の頃まで会わなかった。けど、一目で俺はわかったよ。魂が震えたんだ。どうしようもなくて、泣いたんだ。全てを敵に回しても俺は守るって決めたんだ‥‥」 無意識に己の手の平を見つめる沙桐に輝血は確信した。 「あいつ、人を殺した事ある」 「輝血様?」 首を傾げる緒水に輝血は首を振る。 「なんで人って宴会をするんだろうね」 「え?」 「だって、疲れるじゃない」 「輝血様は宴は苦手ですか?」 「よくわかんない。あんなにはしゃいで、何がいいのか‥‥」 俯く輝血の杯に注がれたのは酒。ゆっくり上を向くと、そこにいたのは葛だった。 「疲れて、二日酔いで具合が悪くなっても、また皆と酒を飲むのが楽しいのよ。輝血ちゃんは緒水ちゃんを呼んだじゃない。一緒にいて、悪くないって事でしょ」 「そう‥‥なのかな」 分からない事ばかりの輝血にとってそれを理解するのは先の話。 「麻貴ちゃん、すんごく大変なんだよー」 「まあ、そのお話は聞いてませんでしたわよ」 折梅の酌をしながら折々が話しているのは麻貴が倒れた話。どうやら、この件は折梅の耳には入っていないようで、興味がある模様。 「だってね、お医者さんから動くなって言われているのに現場に出ちゃうんだって」 「いけませんわ、無理な身体で‥‥」 心配そうに言う雪に折々は頷く。 「その話を聞きつけて依頼を出したくらいで」 雅人も話に加わっている。 「カタナシは副主幹の友達なんだよね」 「ああ、柊真さんですか」 さらっと言う折梅に二人は驚いたようだった。 「知ってるんですか」 「ええ。以前、酒蔵あたりに出ていたアヤカシの退治依頼も彼から聞きましてよ」 「もしかして、嘉月さんの事でしょうか」 雪が話に加わると、折梅が頷く。 「架蓮と柊真さんは今回の繋ぎ役でよく会っているのですよ。たまに私の方にも顔を出してくださってね。何とも気配りの利く方で、ウチの孫息子や孫娘といえば‥‥」 溜息混じりに言う折梅に麻貴と沙桐は恐る恐る距離を置いているようだ。二人ががりでも立ち向かう事が出来ないが折梅らしい。 「‥‥食物連鎖の頂点を見た気がします」 雅人がしっかり脳に刻み付けた。 「まぁまぁ、皆々様お立会い願おうか」 主に麻貴の助け舟として冥霆がシノビの速さを使った芸を見せようとしている。 「さ、一枚どうぞ」 冥霆に言われ、麻貴が束になった札を取る。柄を覚えたら冥霆に見せないように戻し、冥霆はそれを混ぜている。 「さて、麻貴君。君が引いたのはこれかな」 冥霆が出してきたのが麻貴が引いた札だった。 「おー、見事だ」 シノビの面々はその動きをしっかり見ていのだが、一人だけ熱視線を送っている。 「覚えるのです」 珠々が冥霆の動きを見ている。真剣に見る珠々の姿に雪がくすりと笑う。 シノビの視線にほんのり冷や汗を感じつつ、芸を追えた冥霆は麻貴の近くに座る。 「シノビがいるのは少し気が引けるね」 麻貴が冥霆の杯に酒を注ぐ。 「しかし、よく似てるね」 「嬉しいよ」 静かに微笑む麻貴は女性に肥えた冥霆をはっとさせるには十分な物。会った時からもあまり女性らしさを見せない麻貴だったから意外なもの。 「そういや、皆から君の話を聞いていたが、納得したよ」 くすくす笑う冥霆から言われたのが自分が殺そうとした賊に対し、沙桐が強欲な家系だと言った話。 「ああ、それは納得だ。だが、強欲でなければ成しえない事もある。傲慢と強欲は別物だよ」 確かにそうだと冥霆が笑う。 人参を避けて食べている珠々に気付いた彼方は呆れている。 「何とか食べられる方法ってないのかなぁ」 神様に願懸けするほどだから中々難しいだろう。 「食べてるか?」 冥霆と話していた麻貴が二人を振り返る。 「人参以外を」 真剣に話す珠々に麻貴は笑う。 「冥霆君。次は珠々ちゃんに人参を食わせる芸をだな」 「にゃ!?」 「麻貴、無茶を振るな」 びくっとする珠々に沙桐が声をかける。 「いや、食べ物の好き嫌いは人生の半分を無駄にする事だぞ」 双子が話している様子を珠々がじっと見つめている。 きょうだいとはこんな感じだろうかと。 「そういや、沙桐さんは髪をおろしているんだね」 彼方がふと思い出す。前に会った時は髪を束ねたいた事を思い出す。沙桐が頷く。 「出来る限り同じ姿でありたいとおもってるからね」 笑い合う双子を見て、珠々はこういうものなのかと思い、彼方は故郷の家族を思い出した。 夏蝶が沙桐に声をかけようと思い出し、声をかける。 折梅に見立ててもらった浴衣は風に吹かれる撫子の花に蝶が羽ばたいている浴衣だ。 「ね、この間のこの件は関われないって言ってたけど、また出してくれるわよね?」 神妙な顔をする夏蝶に沙桐は噴出して笑う。 「やだなぁ、そんな風に口説かれたら本気になっちゃうよ?」 「真剣なのよっ」 咎めるように言う夏蝶に沙桐は素直に謝る。 「また、別な依頼で出すよ。縁はどこにでもあるからね」 怒らせたから仲直りと、沙桐が夏蝶に酒を注ぐ。 「折梅様のお孫さん、とっても気さくなんですね」 那蝣竪がひょっこり折梅の前に現れる。 「ふふ、そうでしょう」 「皆の顔を見てたらこっちまで楽しくなって‥‥折梅様が前に仰っていたあの渇きはお二人の渇きの事ですか」 楽しそうに笑う折梅に那蝣竪の言葉が差し込む。酒の宴の戯言のようにも聞こえたが、あの折梅の目は真剣な眼差しだった。 「この日だけは潤うのですよ。今回は皆さんも一緒ですから殊更二人にとって良き日でしょう」 折梅の姿に那蝣竪は人は一人ではないという事を想い、彼女が二人を真摯に見守っていた事を気付く。 「さあ宴も酣、夏蝶ちゃんと一緒に舞を御披露致しますわ、折梅様♪ご覧じ下さいませ!」 近くにいた夏蝶の手をとり、那蝣竪が立ち上がる。 「架蓮さんも!」 夏蝶が声をかけると、架蓮は笑顔で立ち上がる。 麻貴が笛を取り、沙桐が三味線を手にする。 双子が奏でる音に三人の華が踊る。忍びやかな踊りであるが、それぞれに個性が溢れる。 夜の月のように秘めやかな那蝣竪の舞に燦々と降り注ぐ日の光のような夏蝶の舞、流麗な架蓮の舞が合わさるのはまさに百花繚乱のようである。 舞が終わった後、雪が沙桐に労りの声をかける。 「凄く素敵でしたね」 「ん、似合ってるね。ばあ様に見立ててもらった?」 「ええ」 赤白のぼかしの浴衣に菊の花が咲き誇る柄は涼やかでありながら雪の肌を際立たせている。 「あの時、沙桐様はご両親と麻貴様を思っていらっしゃったのですね」 「‥‥うん」 雪の言葉に沙桐は苦笑する。 「この間の悲しそうな顔ではなく、沙桐様の嬉しい顔を拝見できて良かったです」 「そお?」 首を傾げる沙桐に雪が笑顔で頷いた。 宴は月が呆れるまで賑やかな声が続いた。 |