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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 奏生の花街の中の一角。とある店の一室で一人の遊女が客を迎えていた。 線香一本分の遊女の時間を買う。当たり前の時間であるが、この遊女と客にとっては貴重な時間だ。 睦み合う甘い言葉などはない。 交わされるのは殺伐とした情報の開示と提供。 「カタナシはまだ捕まらないようだね」 「上原家の別邸にたどり着いたようだな」 「さっさと殺っちまえばいいんだよぅ。何ぐずぐずしてるんだい」 片目を歪ませるように細めて女が言い捨てる。 「火宵様の仰せだ。時期が来るまで放置しておけと」 男が火宵の名前を出すと、女は舌打だけをした。 「‥‥あの方の名前をここで易々と出すんじゃないよ」 「出さなければお前は興奮してくるだろう。お前は元々あの男を好んでなかったからな」 静かに諭すように男が言えば女はあからさまに嫌そうな顔をする。 「折角このあたしが遊んであげようとしたのに見向きもしない。それにあの方のお気に入りってのが気に食わないのよ。あたしを差し置いて一番の側近になって」 「理穴監察方が動いたとあの方が喜んでおられたからな」 「そんな事より、次はどうすんのよ。あいつら、捕まったじゃない」 苛つきを押さえられない女は性急に話を急かせる。 「あの方の命だって名乗った連中はどうしたのよ」 「探している。まぁ見当がついているが、奴等を通り越して上の方に言って突っぱねられたら言いようがないが」 暢気に男は煙管に葉を仕込んで火をつけている。 「奴等の狙いは分かってきた。あの方が面白そうだからと、手をよこしてくださるそうだ」 女は深く溜息をついた。 その部屋の天井の裏にて耳をたてている気配があった。 遊女達の会話をそのまま記憶している。 動く事もなく、ただそこにいる。気配を殺している。 線香の火が消え、男が出た。遊女が残され、時間が経ち、他の客をとった時、ようやっと気配は動いた。 遊女は気付いていないのだ。その気配を。 ふわりと、理穴監察方四組組員 沙穂が花街の壁を軽々と飛び越えて行った。 気配があるべき場所へ戻っている間、護衛方のとある役人に一通の手紙が届いた。 『その首を上弦の月に捧げる』 役人は次は自分だと肝を冷やした。 その手紙の話を聞きつけ、駆け込んできたのは監察方四組主幹、羽柴麻貴だ。 麻貴はその役人を知っていた。以前、襲撃された春九の同僚でもあり、麻貴にとって身近な人物を護衛してくれている者の主任だ。 今までは予告めいた手紙は確認されなかった。 「確かに肝を冷やされたが、某は下がる気はない」 「駒木殿」 麻貴より年上のその男はきっぱりと言った。 「だが、某が護る方が危険な目に遭わせるのは回避したい」 「ならば、私が」 「それはいけない! あの方はあなたを案じている。あの方の立場は味方も多いが、敵もまた多い」 鋭く声を上げる駒木に麻貴は動じない。 「私の命はあの方に助けられた。監察方に入ったのもあの方を影からお守りしたい為だ」 麻貴の事情を知る駒木は口を閉ざした。そして、麻貴の性格もよく知っている。 「故に言っているのだ」 諭すように言っても麻貴は動じないだろう。駒木は溜息をついて譲歩した。 「‥‥監察方は、開拓者を雇っておられるな」 「ああ、頼りになります」 誇らしげに言う麻貴に駒木は目を瞬かせた。 「ならば、彼等にも助力を願いたい」 「無論、そうします」 いつもの仕事上の麻貴には見られない様子を目の当たりにした駒木はふと、笑う。 「変わられましたな」 「そうですか?」 よく理解してない麻貴は首を傾げた。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
紫雲雅人(ia5150)
32歳・男・シ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 集まった開拓者達は麻貴が詰めている主幹室にて、打ち合わせをしていた。 楊夏蝶(ia5341)が林檎を兎の形に剥いていた。 「脅迫状だなんて急な話ですね」 お茶を給仕していた御樹青嵐(ia1669)が話を切り出す。 「私もそう思うわ」 イマイチ納得できていない夏蝶は一番先に麻貴へ兎林檎をあげた。 「前に襲撃された春九殿や他の護衛役にも話を聞いたが、そのような物は受け取っていないという話だ」 兎林檎を喜んで受け取り、麻貴が言えば、ぱくりと、甘酸っぱい林檎を頬張る。 「前回の連中を捕まえた後は一切襲撃がなかったからなぁ」 「え、そうなのですか?」 意外そうに紫雲雅人(ia5150)が言えば、麻貴は頷く。 「捕まえた弓術師は火宵の命だと言ってきた知らない奴にほいほいとついて行って襲撃してたらしい」 咀嚼し終わってから言う麻貴は次の兎を待っている。夏蝶は子供のような麻貴にくすっと笑って林檎を剥く。 「‥‥単純なのか、奴が慕われているのか‥‥」 呆れた青嵐の呟きに輝血(ia5431)も同意した。 「麻貴様、今回の脅迫状は上原様を襲撃する為の囮ではないかと思うのですが‥‥」 滋藤御門(ia0167)が尋ねると、麻貴は少し目を伏せる。 「その考慮はしている。上原家の別邸は見張られているし、油断はできないが、襲う気配がまるでないらしい」 「今まで追ってきたのにかい?」 意外そうな冥霆(ib0504)の言葉に麻貴は頷く。 「だが、相手は何をしてくるか分からんからどうしようもないが、今は明確な敵意を何とかしなければならない。沙穂の話によると、火宵の手の者とは違う者がいるようだな」 「関知していないという事ですか?」 麻貴の最後の言葉に反応したのは雅人だ。 「沙穂の話によると、火宵の命と言って人を使ってる奴等がいるそうだ」 「彼女はまだ遊女の方についているのかい?」 周囲を気にしているのか、冥霆が確認する。 「ああ、まだ情報を隠し持っているだろうし、火宵とやらは現場の方によく来るからな。もしかしたら来るやもしれん」 二個目の兎も頬張ると思いきや、膝に居心地悪そうに硬直している猫‥‥もとい、珠々(ia5322)に林檎を食わせる。 「‥‥何故、珠々を膝に座らせている?」 冷静に沢村楓(ia5437)が質問すると、落ち着きなく麻貴が珠々を抱き上げて位置を変えたりしている。ぽいと、楓が月見団子を珠々と麻貴の方に投げると、ぱくり、と麻貴が口の中でキャッチした。 「んー、漬物石みたいな?」 ぽかんとする一同に麻貴は落ち着きがなくもぞもぞしている。 「実を言うと、護衛方の仕事というのが始めてでな。表立って人を守る事が初めてで、落ち着かなくて少々寝付けなかったりした。珠々ちゃんを膝に置けば落ち着くかなと」 「まぁ、あたしは別に構わないけど」 輝血が容赦なく麻貴が主幹室に隠していた南瓜餡を包んだ牛皮を珠々に食べさせようとしている。 「ほら、御門君を膝に乗せるわけには行かないだろう。確実にせくはらとかいうものになってしまうからな」 じたばた暴れる珠々に麻貴は気にも留めない。 「監察方は表に立たない部署なんですよね‥‥」 「一応、変装はする。護衛する人との繋がりがバレたら、厄介だからな」 御門の遠慮がちな言葉に麻貴は少しだけ鬱陶しそうな顔をする。御門の言葉ではなく、別の何かを思い出しているようだ。 「え? 麻貴さんの上司って言ったら、真神副主席じゃないの?」 きょとんとする夏蝶に麻貴は顔を顰めた。 「そんな事依頼に書いた覚えはないが‥‥」 更に夏蝶が言おうとすると、廊下が騒がしかった。御門が立ち上がって話を窺おうとすると、壮年の男が主幹室に入ってきた。 纏う着物は上質の物。壮年らしく少し皺があるが、その容貌は整っている。 「‥‥羽柴様‥‥執務がおありでしょうに」 言葉を選ぶように麻貴が言えば、羽柴を呼ばれた男はよいとだけ言った。 「我が護衛官を守ってくださる開拓者の方々に挨拶もせずに月見なぞ出来んからな。私は羽柴杉明と申す。時間がない故、挨拶しか出来ぬが、我が護衛方を宜しく頼み申す」 「羽柴様! 頭を‥‥!」 頭を下げる羽柴に麻貴は悲鳴のような声を上げる。 「開拓者にはこのような娘も居るのだな。麻貴を宜しく頼む」 羽柴が微笑み、珠々の頭を撫でる。その男の微笑みは自分が座っている膝の持ち主と酷く似ていて‥‥珠々が勢いよく振り返ると、麻貴は子供のようなくすぐったいような微笑を珠々に見せていた。 「では、宴にて」 羽柴がそそくさと部屋を出ると、それぞれが感想を呟いていた。 ●影に隠れる華達 護衛に行かなかった夏蝶は沙穂一人では大変だろうと思い、花街の方へ。 「沙穂さん」 夏蝶がそっと声をかけると沙穂は目礼だけして、視線を落とす。どうやら、遊女は客をとっているようであったが、違う者だった。 「多分、仲間」 沙穂の一言に夏蝶も下に意識を集中する。 下では男女が情報交換をしていた。 「あの方がそろそろお前に帰ってほしいと言っていた」 「けど、いいのかい、繋ぎ役がいなくなって」 男の言葉に女は緩まる口元を袖口に隠しつつもっともらしい言葉を言う。 「ああ、奴等が監察方に捕まってから、あの方の使いを名乗るものが来なくなっただろう」 「そうだね」 会話に怪訝そうな顔をしつつも、夏蝶が顔を上げると、沙穂が呟いた。 「私が繋ぎ役に張り出してた頃にはもう来なくなってた。襲撃の方は多分、火宵ではない人間が動いていたんだと思う」 「そうなの‥‥?」 開拓者の誰もが全て火宵の仕業だと思っていた。捕まえた弓術師も火宵の名前を出したら反応したのだ。だから、火宵が首謀者だと思っていた。 「ちょっかいは出すみたいだけど」 夏蝶は内部分裂を思考の片隅に置きつつ、再び下に集中する。 暫くしたらまた来ると男は言って部屋を出ようとしたが、男はふっと、笑い声を上げた。 気付かれた。 二人は一瞬、肝を冷やしたが、男は何事もなかったように部屋を去った。遊女も男の様子には気付かなかったようだ。 抜け出した夏蝶は嫌な予感を感じて、宴の会場へ向かった。 会場に先に忍び込んだのは珠々と輝血。事前に麻貴から弓術師の視点からどこから狙うか話を聞き、その場所を考慮して駒木を警護できる場所に隠れる。 麻貴と楓、御門は先に会場に入り、宴の確認をしていた。 会場は他の客の目があまり入らない離れでやる事になっており、部屋も庭も広い。 料理の毒見も済ませており、配膳役も先に二人と顔を合わせていた。 日が沈んでからちらほらと宴の客が現れた。その中には羽柴の姿もあった。 楽師の姿をした御門も確認したが、別段襲われたようではなかった。 楓達が駒木と一緒にいた冥霆達と情報交換があったが、特に何もなかったようだ。 「あ、羽柴さん」 配置につこうとした麻貴に雅人が声をかける。麻貴が振り向くと、雅人が麻貴に加護結界の祈りを施す。 「気休め程度ですが、ないよりマシかと」 淡い光を一瞬だけ発した結界はそのまま麻貴の体に馴染む。 「助かる」 「貴女が傷つけば悲しむ人がいるんですよ。俺もね」 礼を言う麻貴に雅人が言えば、分かったとだけ言った。 人が集まってきたのか、宴が始まる。 豪勢な料理が並べられていき、酒も用意される。 せっかくの月見という事で、それぞれ参加しているお偉い方の護衛方もと酒と料理を勧められたが、酒には手をつけなかった。 「何か、来たようだね」 小声で冥霆が呟いた。駒木は静かに頷き、視線だけ辺りを見回す。 「‥‥奥の木の陰に居りますな」 「羽柴さんが言っていた場所ですね」 駒木が鷲の目で場所を特定すると、青嵐が気付かれないように人魂を飛ばす。 一見、楽しげなおっさん達の宴ではあるが、理穴でもお偉方達に入るような人達なので、記者である雅人は自分の中にある記憶と照らし合わせている。 芸妓達も現れ、宴会が更に華やかになる。 楽師達が奏でる音楽を聴きながら月を愛でているが、その会話の隙間には相手の腹を探り合う言の葉がちらほらと見受けられていた。 楽師の格好をしている御門は笛を吹きながら、その会話を微かに耳にしていた。 自分の考えは駒木を囮にし、柊真を襲うのではないかという事。柊真を見張っているのは確かに火宵の部下だろう。 前に捕まえた弓術師は確かに火宵の部下であり、火宵の命と言って来た知らない者から指示を受けていた。火宵の知らない所で。 その命を持ってきたものは未だ捕まってない。 すっと、視線をお偉方の方へ持っていけば、そこにある違和感に御門の心を揺さぶらせる。 心配していた駒木は思ったより冷静で、青嵐の心を安心させていたが、油断はまだできない。 青嵐もまた、脅迫状が何かしらの陽動と考えていた。確か、駒木が護衛する羽柴は今回殆ど仕事気分で宴会に出ると情報があった。 つまり、駒木にしても、羽柴にしても気を緩ませる事ができないという事ではないだろうか。 宴の端々の会話を思い出しても、羽柴にとっての政敵がこの中にいる可能性がある‥‥? もし、羽柴の政敵が繋がりを介し火宵と繋がっていたら‥‥ このご時勢、お偉方を武力から守るのは護衛方の役目。駒木は羽柴に信頼されている護衛方だとし、彼の首を赤く咲かせ、月に照らせるという事は、羽柴が一つ、無防備になってしまう事。思い出すのは麻貴が自ら護衛をやると言い出した事‥‥ 一つの推理の繋がりに青嵐が辿りつきかけた時、月光に鏃が反射したのを見た! 駒木を狙った矢が楓がとっさに構えたガードに突き刺さった! 宴には似合わない物の出現に宴の中がどよめき、女の悲鳴が響く。 「御免!」 素早く動いたのは駒木だ。弓を取り、動き出した輝血を援護するように自分を狙った弓手に矢を放つ。 「雨射か!」 遠距離の敵を射抜く技だ。当たれば即死しなくても流される血で後が追える。 会場ではそれぞれの護衛役が警護すべき相手を退避させている。 珠々が会場内に素早く入り込み、駒木の盾になろうと、周囲の動きを見ていた。珠々とは別の方向から刀を持った男達がいた。 火宵の仲間かと思った珠々が即座に一人の男を蹴飛ばす。 「小娘か! 斬れ!」 男が言うと、珠々の前に出てきたのは冥霆だ。 「小さい子とはいえ、女性だからね。乱暴はいけないよ」 好戦的な笑みを浮かべた冥霆が言えば、一人が斬りかかり、他の連中は逃げ惑うお偉方の方へ走り出した。 「羽柴様、こちらへ」 「うむ」 即座に御門は逃げ道を見抜き、羽柴を先導する。この状況を見越していたのか、羽柴は随分と落ち着いていた。恐慌状態になるよりはありがたいと御門は思った。 切り結ぶ冥霆を前にした珠々であるが、ふと、羽柴の方へ走る芸妓の姿。その手には‥‥ 駆け出すが間に合わない。芸妓が持っていた匕首に気付いた御門が錆壊符を間一髪で発動させる。一瞬にして錆びた刃であるが、突く分には殺傷能力がある。 「義父上!!」 叫んだ麻貴が羽柴と芸妓の間に立ち、芸妓の匕首を受けた! 「麻貴!」 「羽柴さん!?」 慣れぬ戦闘で苦戦していた雅人と麻貴に守られた羽柴が叫ぶ。麻貴の肢体に食い込むはずの匕首が淡い光に包み込まれる。雅人が施した加護結界の効力だ。 珠々が素早くその芸者を投げ技で畳の上に倒した隙を見た男が珠々の首を狙う。 「我が妻と妹の気に入りを傷物にするな」 そう言って男に当身を喰らわしたのは梢一だった。 駒木を守りながら戦っている青嵐は輝血の姿がない事に気付いた。 輝血は夜の道に飛び出した弓術師を追っていた。滴る血が道標。逃す気はない。 相手は角を曲がってしまった。舌を噛まれる前に捕まえなくてはならない。 「き、貴様は‥‥」 曲がろうとした時、うろたえる男の声がした。 「‥‥! お前は!」 暫く見ていない茶髪紫目の青年。人を喰ったような不敵な笑みはそのままだ。 「いよう。いい月だってのに残念だなぁ」 敵である輝血に対して青年‥‥火宵は人懐っこく声をかける。彼が足蹴にしているのは輝血が追っていた弓術師。 「かがっち!」 月を背に塀から飛び降りてきたのは夏蝶だ。 「月のお姫さんにしちゃぁ、別嬪だが、毛色は違うなァ」 にやにや笑いながら火宵は夏蝶に笑いかける。 「火宵」 輝血の言葉に夏蝶が警戒心を高める。 「今回、貴方の仕事じゃないんですって?」 「ああ、調べたのか。流石は監察方の密偵だな」 屈託なく笑う火宵に戦意は見当たらない。だが、それで柊真は傷ついたのだ。着流しで酒瓶を片手で持ち、帯に刀一本差しただけであるが、油断はできない。 「その人、殺すの?」 「いや、くれてやる」 事も無げに地面に転がっている男を蹴る。 「アンタもついでに欲しいんだけど?」 輝血がそれとなく苦無を投げた。一瞬、黒い羽の幻影が見えたが、火宵は跳躍して塀の上に上がった。 「ふん、風切羽とでも言いたいのか。焦るなよ。それでもカタナシの首はけじめに必要だからなぁ。新月の時にまたな」 更に追撃する輝血の苦無をかわし、火宵はそれだけを言って去って行った。 「二人なら、いけそうだったんじゃない?」 夏蝶が言えば、輝血は苦無を回収している。 「‥‥火宵の捕縛は優先事項じゃない。確かな敵意を捕まえる事が優先だよ」 冷静に言う輝血に夏蝶がそれもそうだと肩を竦め、地面に転がる男の手を後ろ手に手拭いで縛った。 ●葬る礼 開拓者の活躍により、駒木も羽柴も無事だった。身を挺して護った麻貴は匕首の傷はないが、受けた衝撃が意外と重く、暫く身動きができなかった。楽な体勢を取らせるべく、麻貴は羽柴に抱っこされている。 「‥‥あの、恥ずかしいのですが、羽柴様」 痛みを堪える麻貴の言葉に全員が無視している。 「酷いです。麻貴様。僕達が駒木様を護るからと言って、自分は無茶をして‥‥紫雲さんの結界がなかったら、大変な事になっていたんですよ」 ほんのり涙ぐんで説教をする御門に全員が無言で頷いている。 「表立つ事のない貴女がいきなりそう言うから怪しいと思ったんですよ」 雅人の言葉と御門の涙に麻貴はぐぅの音も出ない。 「お前が無事でよかった」 「貴方を守れて私は嬉しいです」 安堵の声で呟く羽柴に麻貴は素直に言った。互いを想い合う親子を珠々と輝血が遠目に見ていた。 「あれが、おやこなんですね‥‥」 「珠々ちゃん?」 夏蝶が声をかけると、珠々は首を振って夏蝶と作業に出かける。 「新月の夜か‥‥」 輝血から話を受けた楓が呟く。 「カタナシ君の周辺の警備は?」 「今、真神副主幹が手配してました」 冥霆が言えば、青嵐が補足した。 輝血達が連れてきた弓術師は現在護衛方と監察方で尋問中だ。 夜も遅いという事で、開拓者達は羽柴家に泊まる事になった。 雅人は客室の隅にある文机で今回の事件を纏めていた。だが、記事には出来ない。 自問自答もせず、雅人は紙を破った。 欠けた月は傾いている。 |