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■オープニング本文 暑い暑い夏が過ぎ、そろそろ美しい月が拝める事の出来る時期に入ってきた。 薄暗い森の中にごそごそと動く影。 影は一つではなく、複数あった。 よく茂った草の中を超える事のない大きさだと窺えるが、ちらりと見えるのは汚れている白。 草の切れ目にちらりと見えるのは兎だ。 数にして、六羽ほどだろうか。 すぐ近くには歩いている老人がいた。 森には薬草が生えており、老人は薬師だった。 普通の兎にはありえざる速さで老人に突進している。先頭を走っている兎が飛び上がって、老人の腰に体当たりをした。 「ぬお!」 老人はよろけて倒れこんでしまった。上体だけ起こしてみれば、そこにいるのは六羽の兎達。老人に体当たりをしたと思われる兎は白い毛並みがどす黒くなっている。 人の血だと思い込んだ老人は腰を落としたまま、後ずさりをする。胃の腑がひやりと重くなる。身体が強張っているのに、無意識にここを離れようとしている。 知っている兎の瞳の色は何色だっただろうか。 本能からこの兎達は自分がよく知る兎ではないという事に気付いた。 恐怖を浴びた兎は褒美でも与えるように鋭い牙を見せ、いつのまにかに回り込まれた六羽が一斉に老人を襲いかかる。 自分が知る兎の目の色が自分の首に牙を立てている兎の様に金色の眼をしてはいないと気付けただろうか‥‥ 老人を探していた村の青年が兎に襲われる老人を見て、腰を抜かしていた。捕食中のアヤカシ達は青年には気付いてはいなかった。 恐怖支配され、思うように身体が動かなかったが、這いずって何とか青年は逃げ出した。 「う、うさぎぃ?」 素っ頓狂な声を上げたのは受付嬢だった。 「森にある薬草は結構珍しいものだから、だめにしないように気をつけてほしいって書き添えてね」 「はい。珍しい話よね」 先輩から注意を受け、受付嬢は書き始めた。 |
■参加者一覧
神流・梨乃亜(ia0127)
15歳・女・巫
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
朧楼月 天忌(ia0291)
23歳・男・サ
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
香狩 レキ(ia4738)
19歳・女・志
安宅 聖(ia5020)
17歳・女・志
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●似つかわしくない木漏れ日 目的の村は木漏れ日が眩しい林道を通った先にある小さな村だった。 日が真上につく頃であったが、外を出歩いている者は少なかった。それを見た安宅聖(ia5020)はそっと溜息をついてしまう。 「アヤカシがすぐ傍にいると知れれば、活気も無くすでしょうね」 「村だから、もとから活気があるとは思えねぇんだがな」 湿っぽいのは苦手だとという気持ちを隠してそっと溜息をついたのは朧楼月天忌(ia0291)。 「とりあえずは話を聞きに行かないとな」 音有兵真(ia0221)が天忌の横を通り、前に進む。自分もまた、それに付き合おうと沢村楓(ia5437)が後に続く。 一番近くで草を天日干しにしていた女性に話しかけた。 「あ‥‥アヤカシ退治の方ですか‥‥」 村人には開拓者が来るという事を伝えていたようだ。女性は案内しますと言って、二人の前を歩いて案内する。 連れて行かれた場所はとある家。家の中から僅かだが、話し声が聞こえる。 「開拓者の方々がいらしてます」 女性が遠慮がちに言うと、少しの間の後に青年が戸を引いた。 「開拓者ギルドから紹介された人ですか‥‥」 あまり眠れていないのだろうか、青年の顔はひどく青白かった。 「僕が依頼人の青維です。よく来てくれました‥‥」 家の中にいたのは家族とその知人達だろうか、誰もが辛そうな表情を浮かべていた。 「森について訊きたいのだが」 早速、兵真が訊ねる。気を使っても老人はもう戻ってこない。それならば早く依頼人をはじめ、ここで暮らす人物達に不安を取り除くのが先だ。 「森は‥‥」 のろのろとした動作であったが、青維は丁寧に紙に森の地形を書く。兵真が時折口を挟むが、それも丁寧だった。 書きあがった地図を見て、兵真が読み、楓も覗き込む。ざっと確認した後に楓が顔を上げる。 「アヤカシが目撃確認されたのはいつぐらいですか?」 「きちんと目撃したのは祖父が殺されるた時でした‥‥前にも二人殺されました‥‥元は禁足地‥‥奥の森にいるとは言われてましたが、その場所まで降りてくる事はありませんでした‥‥」 俯いてしまった青維の言葉に楓の柳眉がきゅっと寄せ、目を伏せた。 青維の憔悴振りも理解できる。アヤカシが人を捕食している所を見て普通通りでいれるのは珍しい事だろう。それが家族であるならば。 「彼らの葬儀は‥‥?」 「‥‥その頃はまだ、遺体を戻す事は可能でした‥‥」 老人があまりにも人里に近い所で殺された為、遺体を埋葬するのは危険だと判断されていたらしい。 「何か、いつも肌身離さず持っている物とかは」 兵真が訊ねると、青維は顔を上げてすぐに俯いて考えている。 「手の平くらいの麻の巾着を持っていました。菊の刺繍があって、藍で染めたものです。‥‥お願いです。どうか、敵をとってください。そして連れて帰ってきてくださいっ」 悲痛な声を青維が上げる。 「‥‥わかりました」 静かに言った楓の声はしっかりと目的を果たすという強い意志を含ませたものがあった。 「これが森なのね」 兵真が持ってきた地図を見てしげしげ見つめるのは神流・梨乃亜(ia0127)。 「意外と広い範囲みたいですね。でも、草や木で感覚が狂われそうな気もしますが」 「大事なのはアヤカシを倒す事、薬草をダメにしない事、爺さんの遺体遺品の回収だ。あまり考えすぎるといいもんもダメになるんじゃねえの?」 梨乃亜と同じく地図を見つめる露羽(ia5413)に声をかけるのは銀雨(ia2691)。 「確かにそうかもしれんな」 そっと溜息をついたのは香狩レキ(ia4738)だ。青維の話を聞けば、随分と木や草が茂っているとの事。 「個人で動くなら危険ではあるが、集団行動ならまず大丈夫だろう」 兵真がそう言い、八人は森へ向かった。 ●研ぎ澄ませ 森の中、奴等は猛烈な勢いで走っていく。 俊敏さが奴等の取り柄ともいえよう。 姿が見えなく、素早く動く音は人間は不安に取り、長時間続けばそれが恐怖となる。 それが美味と感じるようになったのはいつ頃だろうか。 恐怖を感じたものを食らうと更に最高に美味なのだ。 奴等にそのような知能があるとは思えない。 本能であると思うべきだろう。 森の中は本当に草がよく茂っていて、少し歩き辛い。 大人が戦闘時大丈夫かと思うのだから、一番背の小さい梨乃亜は更に鬱陶しいのがか、草を掻き分けて歩いている。 「光もあまり射してはいないみたいですね。地面が少し湿っていますね」 草の上から踏みしめる土の微かな感触を感じながら聖が呟く。 「これくらいならまだいいんじゃないか? 滑る草をせき止めてくれるかもしれない」 天忌が地面を確認するように踏みしめて歩いている。 「そろそろ、目的の場所に着くと思います」 楓が呟けば、全員が沈黙した。 人が草叢を歩けば、時折、露出した肌の部分が草に触れ、肌を切ってしまう事がある。 だが、奴等には肌を覆う毛並みがある。綺麗に洗えばそれなりに柔らかいであろう体毛は人の血に濡れて汚れていた。 特に頭が汚れて濃くなっているのはきっと、最後に食った老人のものなのだろう。 一匹がぴたりと止まる。 気がついたのだろう。 奴等の食料になりうるものの気配を。 奴等はその方向へ散開して走っていった。 森の中を進んでいっていた開拓者達はその足を留めていた。 「‥‥ひでぇな」 呟いたのは天忌だ。兵真と聖が梨乃亜を守るように立つ。 彼らが見たのは青維の祖父であろう変わり果てた姿だった。その証拠に懐から菊刺繍の藍染の巾着があった。 「‥‥埋葬してやりてぇが、先に倒しちまおうぜ」 ふいと、銀雨が先に進む。 このすぐ向こうに奴らがいる。薬草は老人の遺体近くに生えている。 「離れましょう。ここで奴等に見つかってはいけません」 楓が言うと、全員がその場を離れた。 早く埋葬するべきだと思いを抱きながら。 更に進むと、薬草の姿はなくなり、暗さが濃くなっているようだ。魔の森の余波の様にも思えはするが、調べてもいないので、はっきりとは言えないのが現状。 「禁足地か‥‥」 誰かが呟いても誰も言葉を発しない。 開拓者なら誰もが気付いている。 ここには何かがいる事を。 水気を含んだ生温い風が楓の艶やかな髪を使い、瞼を撫でている。 風に吹かれ起きる草の葉擦れは無数の葉が擦れ合い、ひどく感覚を鈍らせる。 志士の三人が心眼を使おうとすると、ヒュッと、露羽の足元に何かが掠った。 「いるのか‥‥!」 陣形を組もうとした時、移動していたレキの足が絡み、転びそうになる。 集中していた天忌が目を見開き、咆哮をあげた。 その声に引きつけられたアヤカシがその姿を現せた。 「三羽ね!」 叫んだのは聖だ。 上半身の体毛を赤黒く染め、金の目が微かな光量で煌かせ、鋭い歯で天忌に襲い掛かる。槍を携えた楓がアヤカシを振り払った。 一羽に疾風脚を繰り出したのは兵真だ。疾風脚に絡められた一羽は地面に叩きつけられる。痛みを訴える甲高い声が聞こえたが、露羽は一切情を与えるような事はなかった。 兎と聞いて、ふかふかの体毛でつぶらの瞳が可愛らしいものを誰もが思い浮かべるが、目の前にいる血に染まって欲望のまま人の肉を欲するアヤカシなど興味もわかないようだった。 「後ろにもう三羽!」 心眼を使っていたレキが鋭く叫んだ。 「いっくよー!」 レキの声を拾い、梨乃亜が力の歪みの能力にてアヤカシの行動を御するが、一羽は逃げ出してしまう。 「逃がさない!」 飛びのく一羽を待っていたかのように聖が一歩踏み出し、素早く刀を振り上げた。巻打ち込みはアヤカシの頭を割り、頭から地面に落ちた。 銀雨は天忌に飛びかかっていた一羽と対峙している。泰練気法・壱で覚醒した後、目が合った瞬間、拳打を繰り出そうとしたが一瞬だけアヤカシの方が早かった。 「くっ!」 鋭い歯が銀雨の腕をかする。人間というものは痛みを感じると瞬間、身体を硬くしてしまうが、即座に空気砲を繰り出した。アヤカシはよろけてしまい、そのまま倒れ込むところであったが、アヤカシは持ちこたえた。 「ガァァァ!」 雄叫びを上げて銀雨が一撃を加え、アヤカシは倒れた。 「右から来きます」 楓が心眼にて言えば、素早く動いたのはレキだ。刀を振えば、風を斬る音を立ててそのままアヤカシも斬り倒す。 順調に仲間が倒れようとも残ったアヤカシは逃げようとしない。 アヤカシにある本能は人の恐怖を感じ、その肉を食らう。それによって全てが満たされるだけだ。 知能の低いアヤカシには撤退という感覚はないのかもしれない。 逃がして追跡をするという考えがあったが、この調子では逃げるという事はないだろう。それならばいつまでも戦闘をしているのは無駄だと思ったのか、天忌が回りこんで二羽の片割れを狙う。天忌が再び咆哮を使い、アヤカシを引きつける。 「同じ動作だぜ」 にやりと笑う天忌の横をすり抜けるように楓の槍がアヤカシの口の中に入り、刃が口腔を裂き、頭を貫いた。 兵真は残った二羽の片割れに標準を決めて回り込んだ。俊敏さに自信があったのだろうか、アヤカシがそれに驚いたようにも見えたかもしれないのは人の驕りだろうか。兵真は骨法起承拳を一番弱い所であろう腹に喰らわせる。 楓が槍を振り払い、アヤカシの屍骸が地に落ちた所に兵真が倒したアヤカシの屍骸が重なるように落ちた。 誰もがすぐに言葉を発しなかった。 少しの沈黙の後、誰かが呟いた。 「終わったな‥‥」 ●更なる悲劇を止める為に 目的であるアヤカシ退治が終わり、天忌とレキは皆と離れて森の奥を調べると言い出した。 「無理はするなよ」 兵真の気遣いに二人は頷き、奥へと進んで行った。 歩いていく内に見つけたのは巣穴らしき土の穴の中。 レキが心眼を使って気配を探っていたが、特には感じなかった。 二人は顔を見合わせ、中を窺うが、中に動いているものはなかった。 「死体かよ‥‥」 顔を顰めて天忌が唸る。 巣の中にあったのはいくつかの死体‥‥しかも、随分経っていたのか、白骨化していた。巣の中でもどたばた動いていたのか、半分以上が土に埋もれている。 「どうやら、旅人のもののようだな」 旅に必要なものがあちこちにあって、レキが確認している。 「最初は巣穴に持ち帰っていたのか。ご苦労なことだな」 呆れたような溜息をついてレキが骨に土を被せると、天忌も手伝う。 「アヤカシを倒すにゃ、力をつけるっきゃねぇ訳だ」 土を被せ終わり、天忌が言えば彼もまた穴から身体を離した。 もう、ここにはアヤカシは棲んではいないが開拓者達にはまだ倒すべきアヤカシがまだいるのだ。 ●悼み 「やっぱ、葬式の時は知ってる奴がいた方がいいだろ」 「遺体を包む大きな布も持って来てくれ」 レキ達が調査に出た後、銀雨が言った。へとへとだから調査はいいと言ってはいたが、これはこれだというように青維を連れてくると言って銀雨は戻った。 戻る銀雨に兵真がそう言い渡す。連れて帰るにしてもそうでなくても肌を晒したままでは可哀相だと思ったからだ。 銀雨の姿を見送った兵真は老人の亡骸に視線を向ける。アヤカシに四肢を食いちぎられ、いいように食べ残されてしまっていたが、目は開けたままだという事に気付き、手の平でそっと瞼を閉ざせる。 露草がきょろきょろと何かを見回している姿を梨乃亜が首を傾げる。 「何かあった?」 「うん‥‥お花をあげたいなって」 「それいいね、梨乃亜もあげたいかも」 二人の会話に聖が振り返る。 「お花なら無理の入り口にあったけど」 三人が老人に花を手向けるという話をしていた所、楓は近くの薬草の前に佇んでいた。 静かに薬草を見つめていたが、徐に跪いてそっと薬草を摘む。開拓者となる前は花を嗜む両家の子女である事を薬草を大切に触れている繊手が教えてくれている。 「連れてきたぞ」 銀雨が姿を現した。後ろの村人には青維と案内をしてくれた女性の姿もあった。老人の変わり果てた姿にそれぞれが息を呑み、老人の死を悼む。 持ってきた布の一枚を銀雨が広げると、皆が老人に優しく布を巻く。 布の純白が目に眩しかった。 残りの布は老人の遺体を運ぶ担架代わりに使う事にした。運ぶのは村人達。これ以上遺体に傷がつかないよう、ゆっくり歩く。 その間、誰もが最低限の言葉しか発さなかった。 埋葬が終わった際にレキ達が戻ってきた。 「無事に終わって何よりだ」 溜息をついて天忌が呟いた。 露羽達が森の入り口で花を摘んできた。白と薄紅の小さな花。 「成仏してね‥‥」 墓の前に花を添えて手を合わせる。 「よかったね、村に帰ってこれて」 ふわりと、梨乃亜が微笑んだ。 先に手を合わせた楓が青維の前に立つ。 「この村に他に薬師は‥‥」 「半数が薬師なんです。若い者は皆、一度街に出て処方などの修行をするんです。僕も薬師です。祖父が師匠で、本来はもう修行に出る予定でした」 困ったように寂しそうに笑う青維に楓は憂いの表情を見せ、そっと薬草を出した。 「‥‥代りに」 「ありがとうございます」 祖父の代りに摘んできた事を察する青維は目を潤ませた。 そんなやり取りを見た兵真は空を見上げる。 綺麗な秋空が広がっていた。 |