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■オープニング本文 鷹来折梅は一人、横桟の街に来ていた。 毎年ここの宿にて大女将をしている旧友の下に訪れ、昔話をしながら酒を飲む事にしている。 去年は行き道にアヤカシが出るという事で、開拓者達と共に宿へ向かった。 開拓者というものをその時に初めて会ったのだが、美しくも逞しいその戦う姿、例え仕事とはいえ、初見の老婆にも心を砕く優しき姿や気遣いに折梅はとても気に入ったようであり、それからというもの、事あればギルドへ赴き、開拓者を呼んでいた。 今年も誘おうと思っていたが、出向く時期に気付いたのが出発する二日前。 去年は仕事でいなかった架蓮をお供につけて出発した。 今年も旧友と仲良く酒を飲み、少し滞在する事になった折梅だが、旧友はやはり大女将の仕事があり、折梅は何か楽しみはないかとぶらりと宿の中を歩いていた。 「あら、行き過ぎてしまったかしら」 気がつけば、仲居達の居住区に踏み入ってしまった折梅だが、仲居達は折梅に咎めはしない。笑顔で挨拶をするだけ。 戻ろうかと思ったとき、縁側に座る少女の姿に気付いた。 とても可愛らしいその少女は最近この宿にて働き出したらしい。 「休憩中ですか?」 「あ、鷹来様、申し訳ありませんっ」 頭を下げて戻ろうとする少女の手を取り、折梅も縁側に座って話を聞く事にした。 少女の名は梨子という。 両親の勧めでこの宿で働くようになったが、まだ勝手がよく分かっていないし、家族と離れての勤めはとても心細く感じる。 夜中にこっそり泣いていた事もあった。 ある夜、宿を抜け出して泣いていた梨子に一人の青年が姿を現した。 泣いていて話も聞き取れなかった梨子の話を真摯に聞いてくれていた。 あまり話さなかったが、梨子を励ましてくれていた。 青年は猟師をしているらしく、最後に梨子が名前を聞いたら菘藍とだけ言った。 それ以来、梨子はその青年が忘れられないらしい。 「すみません、このような話を聞かせてしまって‥‥」 俯く梨子は今度こそと逃げ出そうとするが、やっぱり折梅につかまる。 「何を仰っているんですか。そのようなお話は一大事ですのよ」 「え‥‥」 「もう一度お会いしたいのでしょう?」 優しく尋ねる折梅に梨子は頷く。 「でも、名前しか分からなくて、それから全然会えないのです‥‥」 しゅんとなる折梅は顔をぱぁっと、明るくさせる。 「開拓者をご存知?」 「えと、アヤカシを倒したりする人達ですよね」 「彼らならばきっと、菘藍さんを会わせて貰えます」 「でも、私、大金なんて‥‥」 開拓者には金が必要だ。化け物と命を懸けて戦うような人達だからきっと、大金が必要と思い込んでしまう。 「気持ち程度でいいのですよ。でも、今回は私も彼らと会いたいので、私が出します」 「そんな!」 それこそ申し訳ないと叫ぶ梨子だが、折梅はそんな話は聞いちゃいなかった。 可愛い少女の恋話と開拓者との宴。きっと、楽しいだろうと折梅は笑みを浮かべた。少し離れて様子を見ていた架蓮はまた折梅の悪い癖が出たと肩を竦めた。 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟 |
■リプレイ本文 折梅が滞在する宿に着いた開拓者達は仲居を待っていた。 「結構、立派な宿ね」 見上げているアグネス・ユーリ(ib0058)が素直な感想を述べる。 出てきた仲居達は白野威雪(ia0736)と玖堂真影(ia0490)の姿に気付き、更に明るい笑顔で開拓者達を迎えてくれた。 奥の部屋へ通され、部屋の入り口前には小袖姿の架蓮が座っていた。 「架蓮さん」 楊夏蝶(ia5341)が声をかけると、架蓮が綻ぶように微笑む。 「来てくださってありがとうございます。折梅様がお待ちです」 そう言って、架蓮は障子を開けた。 部屋に通された開拓者達を待っていたのは、上座に座った折梅の姿だ。 「依頼に応じてくださり、ありがとうございます。私は依頼人の鷹来折梅です。どうぞ、宜しくお願いいたします」 微笑を浮かべ、凛と名乗る折梅に初めて会った開拓者は背筋を自然と伸ばさせられるような気がした。 音有兵真(ia0221)をはじめ、初めて会った者は折梅に挨拶をする。 「折梅、本当の依頼人は?」 輝血(ia5431)がさっと見回してもこの部屋には折梅しかいない。今、架蓮が最後に部屋に入り、そっと障子を閉めた。 「お仕事中なんです。今回の事は宿の者達には教えていないのですよ。もう少し待ってくださいね」 「確かに、恋話が噂話になったら可哀想よね」 折梅の配慮に同意した夏蝶が頷く。 「恋心は繊細なものですからね」 野乃宮涼霞(ia0176)が言えば、足音が聞こえた。 「お茶を用意に参りました」 少女の声がし、入り口前にいた架蓮が襖をあけると、少女がいた。 「梨子さん、お待ちしてました」 折梅が声をかけると、梨子と呼ばれた仲居は中にいる客人に少し面食らいつつ、お茶の用意を始める。お茶を淹れる梨子に涼霞が手伝う。客に手伝わせるなんてと思っていたが、涼霞の美しさに少し見蕩れてしまい、涼霞の手伝いに甘んじてしまう。 「梨子さん、開拓者の方々ですよ」 折梅が言えば、梨子は開拓者と言われた人物達を見て驚く。 開拓者と一番合うのは体躯がしっかりした兵真くらいだろう。たおやかな美人や明るい華やかな美少女ばかりで梨子は想像していた者達と違っていたおかげでテンパってしまっている。 「梨子様、菘藍様の事でお伺いしても宜しいでしょうか?」 雪が優しく梨子に尋ねると、彼女はこくりと頷く。 「菘藍さんの背丈や髪の色なんか覚えてますか?」 尋ねたのは涼霞だ。梨子は少し黙ったが、ゆっくり話し始めた。 「えと‥‥頼りが月明かりだけでしたのですが、黒髪だと思います。髪は短髪のようでしたが、一房だけ長く、組紐をしてました」 「組紐の色は分かるか?」 兵真が言えば、梨子は首を振る。 「私、話してる事で精一杯であまり覚えてないのです‥‥」 折角探してくれると言っている開拓者達にあまり情報を伝える事ができない事に悔しくて梨子は落ち込んでしまう。 覚えているのは頼りない月明かりの下で笑いかけてくれたおぼろげな笑顔と真剣に話してくれたあの声。それが忘れられないのだ。 「恋する女の子っていいわね」 アグネスが言えば、梨子は驚いて目を見開く。 「こ、恋なんて‥‥!」 まだ芽が出ているかわからない梨子にとっては反射的に否定するが、アグネスがぎゅっと梨子を抱きしめる。 「すぐに分かる恋なんてないの。甘くて嬉しいけど、苦くなったり、痛くなったり、段々と忙しくなるの。だから、今の時間も大事にしてほしいの」 「会いたいと思う気持ちを大事にしてくださいませ」 優しく諭すアグネスと涼霞の言葉に梨子は困ったような表情をしていたが、アグネスの腕の中でこくんと、頷いた。 「さて、手段は問わなくても大丈夫か?」 兵真が言えば、殆どの面子が驚いた顔をしたが、折梅は袖を口元に寄せて鈴の音のように笑う。 「あらあら、猟師を狩ってはなりませんよ」 「その辺は最終手段にしておこう」 「よろしくお願いいたしますわね」 微笑む折梅に開拓者達は菘藍を探しに向かった。 ●狩り狩られ 街に下りた開拓者達はまず、猟師の組合のようなものがないか探した。 ここは猟が盛んな街であり、三つの組合があるようだった。 それぞれの組合に分かれて向かう事にした。 菘藍の名前を出せば、どこの組合もすぐに出てくる。 若い猟師で最近めきめき腕を上げている猟師だ。礼節を弁え、困った人がいれば助ける気立てのいい人物。 「菘藍なら今、山に狩りに行ってる。ちょっと厄介な狩りをするらしくってな。他の組合の仕事だが、手伝いに行ったよ」 組合長が言えば、開拓者は踵を返そうとしたが、丁度組合にいた猟師に声をかけられる。 「しかし、菘藍の奴、こんな別嬪さん達と知り合っていたのか」 「残念。私達はお使いなの。奥の方に宿があるでしょ。そこに逗留している鷹来さんが会いたがっているの」 噂にしてはいけないと、夏蝶が話をそらす。 「腕のいい猟師だって聞いたから、話が聞いてみたいそうですよ」 にこっと、真影も夏蝶の話に会わせる。 「ああ、あの大女将殿の友達か。あの人とはまた酒が飲みたいもんだな」 「知っていらっしゃるんですか」 雪が尋ねると、中年の猟師達は日で焼けた浅黒い肌と相反した白い歯を見せて笑う。 「知ってるさ。いいとこの御婦人だと思ったらまぁ、粋な人でなぁ。俺が若い頃なんか、酒で負かされたもんだ」 「ふらっと酒場に来たから、からかってやろうと思ったらこっちが大変な目に遭った」 がっはははと、笑う猟師達に三人は目を丸くしたが、折梅らしいとくすくすと笑った。 組合を出た真影はまず、事情を書いた紙を式神に持たせてる。緋色に先が蒼い羽に金の瞳の小鳥が羽ばたいていった。 「あの蒼は‥‥」 呟く雪に真影が照れたように肩を竦めて笑う。 ひらりと降りた真影の小鳥は残りの組合に訪れた仲間達の元に降りた。 菘藍の容姿は梨子が言っていた者通りで、似た姿の者はいないと言った。 三組が山の方へ合流すると、菘藍の話をする。 「悪い奴じゃなさそうだね」 さらっと簡潔に輝血が述べる。 「評判の良い方でよかったです」 ほっとする涼霞に雪も頷く。 「梨子ってほっとけないからね」 「助けてあげたくなっちゃうわよね」 アグネスが梨子の様子を思い出しながら言うと、夏蝶が同意する。 「後は、猟が終わるのを待つだけね」 「式神を飛ばしてみてはどうだ」 兵真が真影に言うより早く、真影はさっと式神を構築し、飛ばせる。撃たれない為に蝶の姿を模している。 式神が山の中を飛ぶ。奥へと飛んでいくと、黒い短髪に一房だけ長い髪型の青年がいた。少し年上の猟師と一緒に何か話しているようだ。 笑いあっているところから、猟が成功したのかもしれない。 もうそろそろ戻ってくる事を確信した『真影』は身体へと感覚を戻した。 真影の予想通りの時間で菘藍ともう一人の猟師が姿を現した。待ち構える若い男女の姿にきょとんとしている菘藍であるが、開拓者達が鷹来折梅が会いたいと言っている旨を言えば、彼も折梅の事を知っているのか、失礼がないように一回汗を流してから会いに向かうと言った。 いち早く戻った開拓者達は折梅と梨子に菘藍に会えた事を告げる。 「私が会いたいと言ったなら、ここで会わせましょう。余計に人払いをしたりすると勘繰られますからね。余暇を持て余す老人の話し相手なら悪い話は出てこないでしょうし」 「分かりました」 じっと、涼霞が折梅を見つめる。 「いかがしました?」 「いえ、お話を聞くとおり、恋のお話がお好きと思いまして」 くすりと微笑む涼霞に折梅はにっこりと笑う。 「ふふ、恋というのは生気を与えるものと思います。時には逆の時もありますけど、いかなる結果があったとしても、それを乗り越える人の姿がたまらなく愛しく感じるのですよ」 そっと、折梅が見つめる先は梨子をどう着飾るか他の女性陣と話す真影の生き生きとした横顔。 「やっぱり、女郎花? 芙蓉とか」 「芙蓉じゃ派手すぎるんじゃない?」 「これは?」 「竜胆いいわね」 涼霞が梨子と菘藍が会う為の段取りをしている間。残りの女性陣は夏蝶の呼びかけで梨子を着飾る事にした。 アグネスはまだ天儀の花の種類を覚えきってはいないが、派手ではないが可愛らしい竜胆の小袖を指差すと、全員が頷いた。 「小物も合わせましょう」 雪が小物を探し出し、輝血が髪型を決める。 「それなら、ちょっと大人っぽくした方がいいかしらね」 おろおろしながら梨子がされるがままにされている。本来なら、こんな待遇をされる身分ではないが、折梅が用意した着物の数々に心が浮き立つのは女の子ならではだ。 「女の子にお洒落は必要よね」 にこっと梨子に笑いかける真影に夏蝶が頷く。 「お洒落は女の子の武器でしょ♪」 かぁっと、梨子が俯いてしまう。 「俯いたら駄目だよ。相手を落とす場合はしっかり見ないとね」 輝血の鋭い言葉に夏蝶が呆れる。 「相手を暗殺するとかじゃないんだから‥‥」 「間違いじゃないと思うけど」 しれっとする輝血に雪がこっそり微笑む。 「やれやれ、大変だな」 所在なさげな兵真が折梅の近くに座る。 「こういう事が得意な殿方もいますが、そうじゃない方もいらっしゃいますしね。私のような老婆であるなら相手になりますよ」 「そこまで口が回るなら老婆じゃないだろう」 のんびりと二人が話しつつも、梨子は可愛らしく変身していたが、やはり少し、心許ないようだった。 「大丈夫よ。きっと、気持ちは通じるから」 「人前で自分の弱さを出すのだって勇気が要る。またその勇気を呼び起こして来い」 緊張する梨子に真影と兵真が激励する。 「行ってらっしゃいませ」 雪が優しく言えば、梨子は頷いた。 程なく、涼霞の手筈で梨子と菘藍は再会できた。 まだ明るい内に会った菘藍の姿は男前であり、梨子の心を弾ませるに十分だった。 菘藍も梨子を覚えているらしく、梨子の元気な顔を見れてほっとしている。 梨子が礼を言うと、菘藍が照れている。それはお洒落をした梨子の姿にときめいているのかもしれない。 ●宴の肴 再会は無事に終わった。 顔見知りから一歩進んだ梨子はお礼が言えたという達成感と、開拓者達の優しさに嬉し泣きでお礼を言った。 また菘藍と会う約束をしたらしい。 一歩進んだという小さな進歩に開拓者達は喜んだ。 夜になると、虫の音が聞こえてきた頃に宴が始まった。 旬の料理をはじめ、見事な月も顔を見せ、涼霞が作った月見団子が縁側に映える。 「んー。おいしーっ」 ほっこり甘い栗ご飯を一口食べた夏蝶が嬉しそうに秋の味を噛み締めている。 「この舞茸も美味しい」 アグネスも秋の味覚を堪能している。輝血はのんびり酒を飲んでいる。 「おばぁちゃまと出会って、一年経つんですね」 「この宿でまた会えて嬉しいです」 雪と真影の両手に花でお酌をしてもらい、折梅は嬉しそうに笑う。 「貴女達がいたからこそ、今年があるのです。縁が続いて嬉しいですよ」 微笑む折梅はこくり、と杯の酒を飲み干す。のんびりと以前の誕生の宴の話をしていた時に真影が近況報告をする。 「あたし、氏族の次期当主に正式に決まったんです!」 「まぁ、おめでとうございます」 折梅が真影の報告に顔を明るくして喜んでいる。 「女の当主って初だから色々とありますけど‥‥」 苦笑する真影に折梅は真影なら大丈夫と励ましている。 「鷹来家も頑張らないとなりませんね」 くすっと、笑う折梅に雪が微笑む。 「沙桐様なら大丈夫です」 「そうと信じたいですね」 手厳しい折梅の言葉に少し離れた此隅で仕事をしているどこかの護衛方がくしゃみをしたかもしれない。 「あまり役に立たなかったかな」 真影と雪が舞を踊るというので、衣装替えの為に席を立ち、兵真が折梅の隣に座る。 「兵真さんの言葉で梨子さんは勇気を貰いましたよ」 折梅が兵真の杯に酒を注ぐ。 「そう言ってくれると助かる」 ぐっと、兵真が杯の酒を飲み干した。 真影と雪が戻ると、二人が豊穣舞を踊った。淡く儚げな雪と光り輝く真影の舞はこれから迎える冬とその先にある春のようであった。 厳しい冬があるからこそ、暖かな春が秋の豊穣を齎す。 美しい舞が終わると、立ち上がったのはアグネスだ。 アグネスは両手首につけているブレスレッドベル。外の虫の音に耳を澄ませ、音に合わせ手首をゆっくり振るわせる。 精霊語による歌は頑張った梨子へのもの。月を愛しい人に擬える踊り。どうか、これから胸の中に入った欠片が芽が出るようにと月を仰ぎ見て祈り、愛しき者と思い、踊る。 艶やかな舞の終わりは折梅の前に跪いた。ベルの震えが止まると、折梅がいち早く拍手をした。 「今日は素敵な依頼をありがとう」 にっこり笑顔のアグネスが言うと、折梅はこちらこそと微笑む。 「折梅って、綺麗な名前ね。由来とかってあるの?」 何気なく尋ねるアグネスに雪も真影も気になるようだ。 「梅は枝を木から離して生けても皮の養分を使い、自力で花を咲かせる事ができるのですよ。それを例えて強く生きろという意味で付けられたのですよ」 「カッコイイね」 アグネスが言うと、折梅が誇らしげに微笑んだ。 「ね、ね。輝血っちの好きなタイプってどんなの?」 夏蝶が質問してくると、輝血は顔を顰める。 「何で?」 「どんな人が好きなのかなって。気になってる子もいるし」 興味津々の夏蝶に輝血は困った顔をする。 「別に特にはいないけど」 煙に巻くように言うと、輝血はこくっと、杯の酒を飲み干した。 「次は私よ。架蓮さん、また踊りましょ」 ぱっと、夏蝶が架蓮に手を差し伸べると架蓮が頷いた。 光を表す夏蝶と闇を表す架蓮の舞が混じると、華やかな光と終焉を告げる闇となり、宴の余韻を残す舞となった。 酒を嗜んでいた涼霞は少し酒に当てられ、酔い冷ましの為に縁側に座っていた。 月も傾きかけて雲が少しだけ月を隠していた。晴れやかな月ではないのは相手のようであり、素直になれない自分の姿でも見えた。 「舞姫は踊らないのですか?」 涼霞の隣に座る折梅に涼霞は素直に酔いを醒ましていると言うと、月を仰ぎ見た。 「‥‥素直になれるのは羨ましい事と思えます」 切なげな涼霞の横顔を見た折梅が優しく笑む。 「素直になるのも勇気がいるのですよ。大人になればなるほど」 「折梅様も勇気がいるのですか?」 涼霞が切り返すと、折梅は悪戯っ子のように笑う。 「私はこれから大人になりますから、素直なんですよ」 さらっと言う折梅に涼霞が目を見張り、二人は顔を合わせて笑う。 月にかかっていた雲は流れ、美しい満月が二人を照らしていた。 |