暢気に言う台詞ではない
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/11 01:01



■オープニング本文

 武天のとある集落にてアヤカシが出た。
 集落とはいっても、個人の宅がぽつんぽつんとあるような農村地帯。
 町に買い物に行っても、往復で一日がかり。陸の孤島といってもおかしくはないだろう。
 それでも怖いので開拓者に頼んだ。
 軽々とアヤカシを倒す開拓者は依頼人の子供たちにとってとても格好よく見えていた。
「すっげー!」
「かっこいい!」
「みせてー!」
 口々に子供達が窓に近寄る。
 子供たちをはじめとする依頼人一家は危ないからという事で、家の中にいた。家の近くではないが、子供達はとても目がよく、遠くではあったがはっきり見えていたらしい。
 アヤカシを倒した開拓者達は、報告をするために依頼人の家に行った。
「ありがとうございま‥‥」
 依頼人である一家のお父さんが礼を言い終わる前に響いたのは雷の音。
 窓に瞬時かつ、暴力的に差し込まれた紫電の光だ。
 そして、屋根や壁に叩きつけるような雨が降り出した。
「うわ、雨だ‥‥」
 呆然とする開拓者の一人が呟いた。
「ああ、これは酷いですね。宜しければ、一晩泊まって行きませんか?」
「よろしいのですか?」
 お父さんが言えば、開拓者の一人が遠慮がちに言う。
「かまいません、問題はウチの子達がやかましいくらいですから」
 子供は男三人、女二人の合計五人で、奥さんは臨月間近の身重。奥さんの兄嫁が医者なので、いつ生まれてもいいように、数日前から詰めてくれている。
「では、お言葉に甘えます」

 子供達は開拓者が一晩泊まるということで大はしゃぎだった。
 外はまだ嵐だったが、家の中もまた賑やかだった。
 食事も楽しく過ごしていて、片付けと寛ぎの時間に奥さんがぽつりと一言。
「産まれそう?」
「えええええ!」
 誰よりも先に叫んだのはお父さん。
「いやもう、慣れてよ」
 長女が冷静に突っ込みを入れる。
 どうやら、毎回こんな感じの模様。
「悪いんだけど、手伝ってくれるかーい?」
 あはっと笑う兄嫁に開拓者が呆然とした。


■参加者一覧
美空(ia0225
13歳・女・砂
橘 一輝(ia0238
23歳・男・砂
煉(ia1931
14歳・男・志
奏音(ia5213
13歳・女・陰
紅蓮丸(ia5392
16歳・男・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ


■リプレイ本文

●普通は驚くよね
「し、出産の手伝いでござるとーーーーーっ!」
「え、困りますって!?」
 同時に口を開いたのは紅蓮丸(ia5392)と橘 一輝(ia0238)だ。
 勿論、お父さんはまだあわあわしている。一輝は突っ立ったままで所謂テンパッた状態で硬直していたが、すぐさま動き出す。
「う、う産まれるってぇええ‥‥あ、はっ!
 みみみ皆さん、落ち着きましょう! いや、落ち着くのは俺か?!」
 自分を抑える為、両手で勢いよく頬を挟める。
「うん、君だと思う」
 自然にツッコミを入れたのは輝血(ia5431)。一輝の様子を楽しんでいた医者であり兄嫁に必要なものはないか訊ねる。
「あー、うん、大抵の物は寝室にあるから大丈夫」
 失礼だと思いながらも声を殺して笑っていた模様の医者が笑いかける。
「あ、おばちゃん、産着用意した?」
 長女が声をかけると、医者がはっとする。
「用意してない!」
「布がまだあるなら作らせてはもらえないか? 作り方がわかれば出来るとは思うが」
 進言してきたのは煉(ia1931)だった。この暴風雨では祝いの品も買いに行けもしない。よければ祝いの品として作りたいというのだ。
「それはよいでござるな。拙者も手伝うでござるよ」
 紅蓮丸もそれに頷く。彼はもふらのぬいぐるみを持っていたが、産着というのもいいかもしれない。医者もその気持ちに笑顔で頷く。
「陣痛が始まってもすぐってわけじゃないし、教えてあげなさい」
 長女が男性陣を客室の方へ連れて行く。話が一区切りがついた所で美空(ia0225)が医者の前に立った。
「出産の現場に立ち会うのは初めてでありまする、誰しも初めというものがあると思いまする。美空が赤ん坊を取り上げてもよいでありますか?」
 急な申し出に医者が目を見張った。少し考えた後に医者は屈んで美空に目を合わせる。
「それは確かにそうだねぇ。で、どーするー?」
 医者が振り向くとお母さんは少し悩んでいる。美空は手伝う気満々でじっとお母さんの方を見つめる。
「そおねぇ。手伝ってくれるのはありがたいわね。ウチの人じゃ頼りないしね。‥‥っ」
 陣痛がきているのか、少しだけ顔を歪ませる。
「だいじょうぶでありますか?」
 美空がお母さんの方に寄り添う。
「あ! 母さん大丈夫?!」
 お父さんはまだまだパニック中でお母さんの方に向かおうとするが、長男と次男に止められる。
「はいはい、とーちゃんどうどう」
「とーちゃんこっちだよー」
 ずるずると子供に引きずられる父親というのも情けないが、この家ではもう日常茶飯事のようなものなのかもしれない。
 大人達がどたばたしているのを部屋の隅で見ている年少組はぽかんとしていた。そんな年少組の視界を掠めたのは金色の小鳥だ。少したどたどしいが年少組の周りをゆっくり飛んでいる。
「とりさん?」
 呟いたのは次女だ。三男は夜に見られぬ鳥を見て目を輝かせている。小鳥は次女が上げた手の上に止まる。
「いっしょにあそぼ〜?」
 首を傾げて訊ねる奏音(ia5213)に次女と三男ははにかんで頷いた。
 いつも早く寝るように言う親達はお産で大変だ。特別な日というのをなんとなく理解した年少組はわくわくした気持ちになりつつある。

●そろそろ本番
 出産というものは「何か痛いかも?」の次に「はい、産まれましたー!」というものではない。
 陣痛が何度か間隔を狭めながら繰り返されて漸く産む方向となる。
「ううう‥‥」
 陣痛が来ているのか、お母さんは顔を思いっきり顰めて呻き声を上げている。ハラハラしながら美空がお母さんの傍にいる。
「凄く痛そうでありまする〜。大丈夫でありますか〜」
「う‥‥っ。つぅーっ」
「お医者さん、大変であります」
 先ほどまでは美空の言葉に返していたが、返ってこなくなった事に美空が不安になる。
「痛みが強くなってきてるから本当に痛い時は何も話したくないのよ。だから励ましてあげて」
「はい」
 医者が言えば美空が頷いてお母さんを励ます。
「輝血ちゃん、そろそろ明り増やして」
「はい」
 輝血も母親の方を見つめていたが、医者の指示に従い、いくつか明りを増やす。微かにどたばたを聞こえたような気がするが気にしないことにした。

 長女の指導の下、男性陣による産着作成はうまいこと進んでいた。三人の中で一番器用だったのは煉だったので、彼が布を裁断し、三人で縫っていた。
「うん、こんな感じだね。上手いのね」
 笑顔の長女が太鼓判を押せば、三人の表情も綻ぶ。
「拙者達が縫った者をこれから生まれる子供に着せる事が出来るのは嬉しい事でござるなぁ」
 紅蓮丸が産着を眺めて言えば、一輝も頷いている。
「成長した際にこういう事があったというのを覚えてくだされば本当に嬉しいですね」
「あ、そろそろだろうから私もう行くね。お湯の準備とお父さんよろしく」
 片手を挙げて出来上がったばかりの産着を手にした長女が部屋を出る。
「ああ、お姉ちゃん、お父さんも行くよ!」
「だめだって!」
 お母さんが痛みを堪えている声でも聞こえるのだろうか、お父さんは部屋を飛び出そうとしては子供たちに止められていた。
「‥‥あんたが慌てたところでどうなる。信じて待ってやったらどうだ?」
 お母さんの元に行くと言って聞かないお父さんを見て、溜息混じりに煉が言うと涙目まじりの眼差しのお父さんが煉を向く。
「仰る事はわかるんです! でも、痛そうな声が聞こえるんですよ?!」
 残念ながら煉達が耳をすませても特には聞こえない。今いる部屋は出産が行われている部屋から離れている。
 これは愛ゆえだろうか。
「きっと、僕の事を呼んでるに違いないと思います!」
 きりっと、言うお父さんは格好はよかったのだが、それを切り崩す非情の一言。
「とーちゃん、俺の出産の時に立ち会って倒れたじゃん」
「うぐっ!」
 次男があっさりと言えば、お父さんは立場が不利だといわんばかりに呻いた。どうやら、毎回お父さんはこのパターンの気がしてきたと三人がそれぞれ心で呟いた。
「ともかく、男は大人しくしてるに限るでござるよ」
「だけど‥‥」
 紅蓮丸も言えば、お父さんが口ごもる。そんなやり取りを見ていた一輝がふと思い出す。
「ああ、そういえば、お名前は決めているんでしょうか?」
 名前は大事なものだ。お父さんだからこその子供に贈る大事な一生物の贈り物だ。
「はい、決めてます」
 にこっと微笑むのは産まれるだろう子供を待つ幸せそうな父親の姿。
「どのような名前でござるか?」
 ちょっと好奇心が沸いた紅蓮丸だが、その後に差支えがなかったらとそっと付け加える。
「千歳と名づけようと思います」
「長く生きるという意味かいい名だ」
 悪くない名だと煉が硬質な口調が少し柔らかくなる。思い出したのは奏音や年少組の事。隣の部屋に入っていくのは見たが、どうしているだろうか少し心配になった。
 隣の部屋を覗けば、三人がお手玉をして遊んでいた。
 次女がお手玉で歌を歌いながら回していた。自分の手と変わらない大きさのお手玉を三つたどたどしくではあったが回していた。
「す〜ごくじょ〜ずなのね〜」
 奏音の膝の上には三男が一つのお手玉を手の上で投げていた。
「おかあさんがじょうずなの」
 誉められて嬉しかったのか、次女が頬を染めて笑う。
「にゃんこさんと〜もふらさまと〜いっしょにあそびましょ〜」
 奏音が猫の人形ともふらのぬいぐるみを持ち出すと三男が興味津々にもふらのぬいぐるみを手にした。
「だめだよ、たべちゃ」
 次女が三男が人形を口に入れてしまわないように声をかける。
「うー」
「だいじょ〜ぶよ〜」
 まだ言葉を話す事が出来ない三男に懐かれて、奏音は普段は年齢が下の方に見られているのでお姉ちゃんになったような気がしてなんだか嬉しそうだ。
「大丈夫そうですね」
 いつの間にか煉の隣に立っていた一輝が言う。
「そのようだな」
 安心したというよう煉は元の場所に戻る。
「そろそろ湯を沸かすでござるよ。ご主人、案内を頼み申す」
「こちらです」
 紅蓮丸がお父さんに言うと、お父さんが案内をする。

●産まれるというもの
 長女がお父さんを置いて母親の所に駆けつけてもまだ陣痛の間隔はそこそこにあった。
 いつ何が起きるか分らない出産はひどく不安がある。
 それから陣痛の間隔がかなり狭まっていた。
「輝血ちゃん、お姉ちゃん、お母さんに枕や毛布を背中に当ててあげて」
 医者の言葉どおりに背に枕と毛布を当ててお母さんの上体を起こす形にする。楽になっていて安心したように息を吐いていたが、痛みが更に強まり、それまで声を殺していたお母さんは痛みを叫びだす。
「だだだ、大丈夫でありますか?!」
 室温を上げる為のお湯を持ってきた一輝が肩を跳ねて驚いている。
「陣痛の間隔が狭くなっているのよ」
 輝血が言えば、一緒に来た紅蓮丸が納得したように頷く。煉と一緒に産湯に使うお湯を桶に張って持ってきたようだ。ほんのり湯気があるのは出産には適温になるようにするための配慮だ。
 戸を開けているのでお母さんの叫び声は廊下に筒抜けだ。遠くからお母さんを呼ぶ声がする。
「そろそろね」
 破水を確認した医者が頷くと、男性陣は退散した。ここで男が出来る事は殆どない。
 廊下に出て一輝が部屋の方を見つめる。
「だ、大丈夫でしょうか‥‥こういう痛みは女性にしか耐えられないといいますが‥‥」
「こればかりは神頼みだな」
 困ったように煉が呟いた。
 部屋の中では出産の準備が進められていく。
「灯りを消さないように気をつけてね。あ、まだいきんじゃダメよ」
「もうダメ! 出したい!」
「もう少しガマンして!」
「我慢するでありまする」
 お母さんはもう出したい気持ちがいっぱいだが、皆がそれを留めさせる。
「いいわよ、いきんで!」
 鋭く医者が叫ぶ。
「ん〜ん〜」
「いや、君がいきんでもしょうがないから」
 お母さんと一緒にいきもうとする美空に医者がさらっとツッコミを入れる。
「でも、一緒にいきんであげて」
 笑いながら医者が言えば、美空は頷いて母親の傍で世話を焼く。
「いきんでー!」
「んんーー!」
 医者が言い、お母さんがいきむ。
 産む側も大変だが、産ませる側も大変だ。どっちも気力体力勝負だ。
 お産が始り、輝血は少し離れて見ていた。
 命が産み落とされるという状況を目の当たりにすれば圧倒される物があるのは確かだと思うが、輝血は自分の中にあるぽっかりとした空虚感を感じていた。
「お母さん、あと少し!」
「後もうひと踏ん張りでありまする〜」
 騒然とした状況で叫び声が部屋を占めていく。
「よし、産まれたーー! 女の子! お父さん連れてきて!」
 医者が一際大きく叫ぶと、長女が走り出し、戸を開けると同時に赤ん坊は泣いた。
「何がそんなに悲しいでありますか〜。美空も悲しくなりまする〜」
 おろおろする美空に医者は和むように見つめている。
「赤ん坊はね、呼吸するために泣くんだよ。ここに自分はいるぞと叫んでいるんだよ」
「‥‥あの‥‥産湯入れるの手伝っていいですか?」
「頼むよ」
 医者が美空の言葉に返すのを聞いて輝血が申し出ると、疲れからだろうか、肩を落として医者が笑う。
 抱いた赤ん坊はずっしりと輝血の腕に全体重を乗せる。小さくて普段この程度の物を持つのは重いと感じないが、ひどく重く感じる。
 命の事をあまり考えた事がなかったと輝血は思う。考えても意味のないものだと思ってきたから。

●あるべきもの
 長女がお父さん達がいる部屋に駆け出し、赤ちゃんが産まれた事を叫ぶ。
「産まれた?!」
 お父さんが一目散に走り出す。この時は息子達は止めない。次男は眠いのか、目を擦っている。
「ちびたちは?」
「もう眠っている」
 煉が伝えると長女は奥の部屋を覗けば、次女と三男そして奏音が仲良く並んで眠っていた。
「起こすのも忍びないでござるから、赤ちゃんとのご対面は明日になるでござろう」
 可愛らしい寝顔を見つめ、紅蓮丸が言う。もしかしたら夢の中で対面を果たしているのかもしれない。
 皆でお母さん達がいる部屋に入る。先に祝いの声をかけようとしたのは一輝だった。
「おめでとうございまー‥‥っちょーー!」
 お父さんが赤ちゃんを抱っこしてくるくる回ろうとしている。
「危ないです!」
「危険でござる!」
 皆に止められながらもお父さんは新しい家族が出来て嬉しいのだ。
「ほら、お姉ちゃんにお兄ちゃんだ」
 お父さんが抱きかかえた赤ちゃんを子供達に見せる。赤ちゃんが着ているのは一輝、紅蓮丸、煉が作った産着だ。子供達は嬉しそうに挨拶をする。一輝も紅蓮丸も一緒に。
「元気に生まれて何よりです」
「健やかに育つよう祈っておるでござるよ」
 二人が家族に声をかけてくれてお父さんは嬉しそうだ。お産で疲れて動けないお母さんは子供達にお疲れ様と労いの言葉をかけられて嬉しそうに微笑む。
 全ては産まれて来た赤ちゃんへの祝福。
 輝血はへたりと座り込んだまま祝福される赤ちゃんを眺めていた。
 自分は今まで人の命を奪う事しか覚えがなかった。両親のいい思い出など覚えてはおらず、あるのは次期頭首として厳しくされていた記憶のみ。
 祝福されていたとは思えなかった。それに見合うことを自分がしてきたとは思えなかった。こわごわと輝血は赤ちゃんを抱いていた手を見つめた。
 小さくも重く力強い命を思い出せばぞくりと寒気が走る。足元に自信が流させた血が見える気が‥‥した。薄ら寒くずっしりとした何かが輝血の腹の中を蠢き、背中から這いずっているような気味の悪い感覚は蛇に這い寄られるようなものだろうか。
「おそれているのかい」
 隣には同じく床に腰を下ろしている医者がいた。
「恐れ‥‥?」
「多分、違う。畏まっているって事だよ」
 輝血は答えられなかった。
「赤ん坊を目の前にすると命が何なのか考えてしまう。色々考えてもやっぱり命は畏まるべきものだと思ってしまう」
 あんたも悩みなと言って医者は話を切った。輝血は赤ちゃんを見つめている。
「やっぱり‥‥怖い」
 赤ちゃんを祝う皆の様子を見ていた煉は自身の記憶を脳裏に甦らせようとしても甦る事の出来ない記憶があった。それは両親の事。
 何一つ覚えてはいないが夫婦を見ていると何か心がむずがゆい気がする。
「煉さんも赤ちゃんに声をかけてはどうですか?」
 一輝が煉に声をかける。初めて見る生まれたての赤ちゃんで気付かない内になんだかテンションが上がっている。ぼんやりと見ていただけというのを思い出した煉は赤ちゃんの所に歩み寄り、そっと手を上げる。
 煉の指先に気付いた赤ちゃんはきゅっと煉の指を握り締める。強い温もりに驚きつつも祝いの言葉を口にした。
「ようこそ、この世界へ」
 まだ表情が出てきてはいない赤ちゃんだが嬉しそうに笑ったような気がした。