|
■オープニング本文 理穴首都の閑静な住宅街に居を構える羽柴家にも正月が無事に迎えられていた。 だが、一人足りない。 末姫に当たる麻貴が帰宅していないのだ。 四組主幹である上原柊真の代理を務めていたのだが、柊真が復帰して少しは楽になったと思ったが、鉄砲玉宜しく仕事に出ているのが実情。 今回も他の改方の仕事を手伝って大晦日も帰って来なかった。 「ただいま帰りましたぁ〜」 へろへろ声の末姫の声が玄関から聞こえた。 「麻貴! もう、無茶ばっかりして」 葉桜が怒っても麻貴は平気とばかり言うだけ。 「しかも埃まみれで‥‥湯殿の用意をするわ」 すれ違う葉桜に杉明が苦笑して迎え入れる。 「義父上、謹んで新年のお慶びを申し上げます」 「随分心配したぞ」 「すみません。性分と見てください」 笑顔でいう麻貴に杉明が困ったように笑って麻貴の頭を撫でる。 「湯に入って垢を落として来なさい」 「はい」 にこやかに『親子』が笑いあって、麻貴は風呂へと向かった。 湯に入り、艶やかな振袖姿の麻貴が見たのは宴会状態の食卓。今年は葉桜の嫁ぎ先の真神家の方々も来ており、随分と賑やかになっている。 色々と挨拶をして麻貴がようやっと食べられると箸を持ったが、お節料理がもうない。 「え! ないのか」 愕然とする麻貴に葉桜も慌てている。 「麻貴、取って置いたぞ」 義兄にあたる梢一が一皿渡す。とりあえず、麻貴が好きなものが分けられていた。 「ありがとうございます。義兄上」 良かったと溜息をついて麻貴が御節をほおばる。 「今に雑煮が出てくる。待っていろ」 「はい」 のんびりと仕事の話をしつつ兄妹が団欒していると、葉桜の雑煮が出て来た。 「そういや、年越しそばのは海老と揚げが具の蕎麦でした」 「麻貴は揚げが本当に好きよね。今日のお雑煮も餅巾着にしようか悩んだわ」 くすくすと葉桜が冗談を言うと、夫である梢一が何かを思いつく。 「一気にお節料理もなくなったし、明日は鍋にしないか」 お節料理とは本来、三が日の台所を騒がしくさせない為のもの。こんなに早くなくなるのは予想外だった。 「それもいいですわね」 「中身は食べる者が具を巾着の中に入れて誰にも伝えないようにし、鍋にするというのはどうだ?」 案を上げる梢一に麻貴がふと、眉を寄せる。 「それ、闇鍋ってやつじゃ‥‥」 「初笑いには丁度いいだろう。こういうのはたくさんの人がいた方が面白い」 「開拓者ですか。まぁ、いつも世話になってるし、いいでしょう」 呆れる麻貴であったが、葉桜はまた開拓者に会える事が嬉しいらしい。 「じゃ、お参りついでにギルドへ行くか」 梢一が言えば、二人は笑顔で頷いた。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 新年が明けて、それぞれが正装というに相応しい姿で現れた。 「いよぉ! 開けましておめでとさん!」 豪快に挨拶をするのは犬神一家の頭である犬神彼方(ia0218)だ。その後ろに叢雲怜(ib5488)がこっそり顔を出している。 「あけましておめでとう。本年も宜しく頼む」 笑顔で迎えたのは麻貴だ。いつもの男装姿ではなく、淡い緑に桐花を散らせた振袖姿。麻貴の顔を見て記憶にあった顔だが麻貴とは初めて会う顔だ。同じく挨拶をした滋藤御門(ia0167)が麻貴の艶姿に微笑む。 「とてもお似合いですね。見惚れてしまいます」 「ありがとう。君の方がより可憐に着こなすとは思うが」 微笑み合う二人は仲のよい姉妹のようだ。 「初めてだよな」 きょとんとしているのは音有兵真(ia0221)だ。同じ顔を以前見た事があるのだ。身請けされた遊女の祝言で。 「ああ、武天にいる沙桐だろう。私と会うのは初めてだな、羽柴麻貴と申す。よしなにな」 兵真の様子を見て麻貴は嬉しそうに笑った。 「ふふ、やっぱり麻貴さんって、沙桐さんの事を話すと嬉しそうよね」 「勿論だとも。私の片翼だからな」 白に近い薄桃色の地に艶やかな真紅の椿を描いた振袖を纏い、結い上げた髪には虹色の蝶をあしらった簪で留めた艶姿の緋神那蝣竪(ib0462)が微笑むと、麻貴がにこっと笑う。 「でも、やっぱり沙桐さんや折梅さんとか武天の人達も居たらもっと楽しいんだけど… 分かってはいるけど少し寂しいな」 しゅんと顔をしょ気させているのは楊夏蝶(ia5341)だ。麻貴の事情を知るからこそだが、その様子では那蝣竪の振袖と対にも見える白地から薄桃色へ色変わる着物地に白椿の柄の振袖も寂しくなるものだ。 「もう、慣れた事だしな。まぁ、色々と事情があってな‥‥」 そっと麻貴が目を逸らせるのは監察方の人事に関する事だ。 彼方の後ろに隠れている怜がもじもじしていると、呆れた彼方が怜の首根っこを捕まえてひょいと、麻貴の前に放る。 「ちゃぁんと挨拶しろ」 ぽんと、麻貴の前に置かれ、怜が目を見開いて麻貴を見上げる。 「あけましておめでとうございます」 怜はおずおずと挨拶をする。 「今年はまだ始まったばかり、縁があれば宜しくな」 くしゃっと、怜の頭を麻貴が撫でると、怜ははにかんで頷く。 通された客間に葉桜と梢一、柊真が入ってきた。三人より年始の言葉を言われ、冷淡に返したのは輝血(ia5431)だ。 「かがっちー。淡白すぎよぅ」 「挨拶があるだけいいじゃない」 苦笑する夏蝶に輝血はさらっと返すと、麻貴は楽しそうに笑う。 「私も気兼ねなく出来るのは好きだぞ」 「でも、折角の年頭ですし、お洒落をしてみたらいかがかしら。勿論、御門さんも御樹さんもいかがかしら」 どうやら、葉桜にとって御樹青嵐(ia1669)は女装要員と見られている模様。着飾るという話を聞いて、夏蝶が手を上げる。 「私もお手伝いします」 「着ていない麻貴の引き振袖があるからそれを着てみて。二人とも似合うと思うわ。楓さんもいかが?」 葉桜が楓に声をかけると、お構いなくとの事、どこか気分がふわふわしているようで、着飾れるかと思ったが、沢村楓(ia5437)は手強かった。 「はじめまして。今回はお招き頂いて有難い事です」 梢一に礼を言ったのは朝比奈空(ia0086)だ。 「とは言っても、私は面識がないのですが‥‥」 謙虚に言う空に梢一は優しく微笑む。 「初めて会い、宴を楽しむのも開拓者の楽しみと聞く、気兼ねせず、楽しんでくれ」 「はい。そうさせて頂きます」 梢一の言葉に空がふんわりと微笑んだ。中には一緒に仕事をした事がある開拓者も数人いるし、中々楽しめそうだと空は思った。 「明けましておめでとうございます。今年もお仕事頑張ります」 珠々(ia5322)はいつもの忍び姿ではなく、手まりと蝶を遊ばせた藤色の振袖を着ている。髪紐にも飾りをつけて遊ばせているのは勤勉な珠々ならではであり、おしゃれを勉強しているのが良く分かる。 「とりあえず人参を食えるようにしろ」 今年の目標を柊真に即刻ダメだしをくらう珠々はびくっと、黎乃壬弥(ia3249)の後ろに隠れる。拠点の主である壬弥は隠れる珠々に呆れている。 「ともあれ、何でかいるんだな」 柊真を見て壬弥が言うと、柊真は笑う。 「ともあれ、最近はこれと随分と上手くいってるとかど‥‥いで!」 小指を立てた壬弥に葉桜に連れ立ってすれ違った輝血に叩かれた。 ● 麻貴が監察方に声をかけている間、羽柴家ではかるた取り大会を行っていた。 読み手の梢一の声を聞き、指定された札を探す参加者。 「はいっ!」 紅のたすきをかけた珠々が素早く札を叩く。 「珠々すげぇ‥‥」 「かるた獲りは負けません」 呆然と呟く怜に珠々がきりりと真顔で言うと、梢一が読み札に目を落としつつ、訂正する。 「とりあえずその発音の漢字はお手つきだ」 「なんですと!」 くわっと、珠々が目を見開いて抗議するが梢一は次の札を読むと言い切る。 「鬼に金棒」 「はい!!」 少し遠い所に札があり、珠々と怜が飛ぶ。 「怜君の方が少し早かったですね」 「やった!」 空が審判を下すと怜が喜ぶ。 「次は負けません」 「俺だってまけないよっ」 子供同士、バチバチと火花を散らしている。そんな子供達の様子を見て、彼方が楽しそうに笑いながら杯を傾けていた。彼方とは対照的に壬弥が呆れかえっている。 「こういう過ごし方もいいだろう」 黙々と酒を煽っているのは楓だ。壬弥が訝しげに楓の方を向く。 「‥‥随分と飲んでるな」 「まぁな」 壬弥の言葉に楓は更に酒を煽る。随分と機嫌がいいらしい。 「しかし、華やかなのが揃っているなぁ」 一緒に飲んでいる兵真が眺めている。元から綺麗どころが揃っており、更に御門が晴れ着を着て女装をしているので華やかさが倍増中。 男の子の怜であるが、幼くも中性的な容姿が華やかさと将来の有望さを覗わせる。 柊真が珠々の着崩れに気付き、呼びつける。柊真の前に立った珠々は着崩れを帯をしたまま直してもらう。 「‥‥随分手馴れてるな」 怪訝そうな楓の言葉に柊真は何かを思い出しつつ、遠い目をしている。 「こういうちびっ子がいてなぁ‥‥二人もだ」 「‥‥沙穂さんもなんですね」 珠々待ちをしているかるた組にいる御門が言うと、柊真と梢一が何度も頷いた。 「ほう‥‥して、麻貴殿はどのようなちびっこか聞いてみたいもんだねぇ」 着付けを直して貰った珠々は再びかるたの方へと戻る。正月といえば、成長した子供の昔話はお約束。壬弥が柊真に尋ねた。 「令嬢とは程遠い子供だったよ。夏になれば必ず山に行って鍛錬とかもやっていたな」 「その話は聞いたよ。他には」 黙って酒を飲んでいた輝血が柊真に話を急かせる。 「淑やかなのは姉上に任せたからな。ただいま帰りました」 麻貴が戻ると、沙穂も顔を出した。 「明けましておめでとうございます」 淡々として言う沙穂も輝血も大差ない。 「沙穂、もう少し愛想よくしろよ」 「愛想のよさは兄上に任せましたから」 柊真の小言に沙穂はさらっと流す。仕事を離れた所だからの気安さだ。 「明けましておめでとうございます‥‥」 沙穂の後ろにくっついて成人したばかりであろう少女が年頭の挨拶をする。 「はい、おめでとさん。さっき話に出ていた新人さん達か?」 壬弥が言えば、寡黙そうな少年の樫伊が頷く。 「ん、来たか」 かるたを終えた梢一が丁度よく声をかけた。 「お招きありがとうございます」 可愛らしい顔立ちであるが、生意気とも取れる意志の強い目をした椎那が頭を下げると、二人もそれに倣って頭を下げる。 珠々がきょろきょろと視線をめぐらすと、麻貴が苦笑する。 「檜崎さんは監察方でお留守番だ。ちょっと事件を抱えていてな」 「そうですか」 ほっとしたような寂しいような気持ちに珠々は視線を落としてしまう。 「その代わりに‥‥手、出して。そっちの君も」 沙穂が手にしていた風呂敷を開けつつ、怜にも手を出すように声をかける。 珠々と怜の手の平が寄せ合うと、その上に沙穂が袋を逆さにした。 ころり、ころりと大粒の飴が二人の小さな手の平に落ちる。 「まぁ、綺麗ですね」 色とりどりの飴の彩りが綺麗で空が目を細める。 「檜崎さんからのお年玉よ」 沙穂の言葉に珠々は目を丸くする。 里の正月の楽しみの飴玉は一個だったのに、手には沢山の飴玉。 「あら、よかったわねー」 ぱっと、夏蝶が顔を輝かせると、珠々は沢山の飴と沙穂を見比べている。目の前の人物にその話をしたわけではなかったはずなのに。 「架蓮から手紙を貰ったんだよ」 にこりと笑う麻貴の種明かしに珠々が目を見開いた。架蓮は麻貴の双子の弟である沙桐の専属シノビだ。麻貴と繋がりがあってもおかしくはない。 「ありがとうっ」 照れながら怜がお礼を言うと、沙穂は笑う。 「こんなに貰ったよ!」 怜が彼方に報告すると、彼方が笑顔でよかったなと笑った。 少しずつ、味噌の香りが広間の方へと足を伸ばしている。 ● い:欅・沙穂・空・彼方 ろ:葉桜・椎那・兵真・夏蝶 は:柊真・御門・青嵐・珠々 に:麻貴・壬弥・輝血・那蝣竪 ほ:梢一・樫伊・楓・怜 総勢二十名という大人数で卓は五卓となった。 料理上手の青嵐と葉桜が羽柴家の台所で鍋の準備を行っている。 メインとなる具はもう用意してもらっている事で、ちょっとした白菜や茸を口直し代わりに入れている。 手際のいい二人は素早く準備を終えている。 くつくつと鍋が煮えてくると、味噌の香りが広がっていく。 「そろそろ頃合ですね」 「持って行きましょう」 二人が頷くと、柊真達も呼んで土鍋を運ばせた。 抽選で卓を決め、それぞれが席に着く。 「おお、綺麗どころと鍋を囲まれるのはいいことだぁなぁ」 満足げにいうのは彼方であり、空と監察方の沙穂と欅が一緒だ。 「お手柔らかにとは思いますが、巾着の具はどれが誰のか全くわからないらしいですね」 「皆の具が気になるのは確かにだけどね」 鍋を見る空が言えば、ちらりと沙穂が見るのは珠々だ。 人為的人参の気配に珠々はおろおろとしている。 「少しでも口にしてもらえればいいのですけどね」 御門も言うが、珠々はうろたえるばかり。 「さぁ、鍋は熱いうちに食べてくださいな」 葉桜が言うと、それぞれが卓についた。 先に食べたのは柊真だ。かぷりと巾着にかぶりつくと、ホクホクとした食感でほんのり甘い。 「芋か。意外と美味いな」 はずれではないらしく、美味そうに食べきっている。その隣で珠々がほっとして付け合せ?の白菜を食べている。 「まだ具はありますからね」 青嵐が巾着の一つを取り、食べるとごろっと食べ応えがある鮭が出てきた。 一方、葉桜、夏蝶、兵真と監察方の椎那の卓では、夏蝶が満面の笑みを浮かべていた。 「やった、煮玉子。嬉いっ」 じゅわっと、味が染みた巾着と玉子の相性はとてもよい。とろりと口に広がる濃厚な黄身が更に嬉しい。 「美味しいでしょ♪」 入れた犯人と思われる隣の卓の那蝣竪が笑いかける。 「うん、私、玉子大好きなの♪」 嬉しそうに言う夏蝶に那蝣竪が微笑む。那蝣竪の卓では麻貴と壬弥と輝血がいて、今、輝血が鶏肉と椎茸の餅巾着を食べている。 「麻貴殿はそろそろ祝言と聞いたが」 「まだ先の事だ。壬弥さんには娘さんがいるらしいじゃないか。どんな子だ」 壬弥と隣り合う麻貴が壬弥の杯に酒を注いでいる。平素着流しでいそうな壬弥が流石の年頭は正装だったのは何でも娘の勧めだとか。 「どこかに良縁はないかねぇ」 嘯く壬弥に反応したのは別卓の柊真が振り返る。 「あそこに若いのがいるだろう。うちの新人だ。仕事も真面目で何より一途だ」 「‥‥。上原様、子供みたいな事しないでください」 話の意図に気付いた御門が柊真を窘める。彼が口に入れた巾着は餅の中に肉味噌が包まれていた。 よく分かっていない麻貴は首を傾げている。 「カタナシ殿は煮た餅より焼いた餅の方がいいようだな」 呆れる壬弥に柊真が笑って壬弥の酌を受ける。 「そんな些少な事をするなど、上原殿は度量が狭いぞ」 柊真の隣の御門と背を合わせ座っている別卓の楓が柊真を睨み付ける。というか目が据わっている。 「この鍋が始まって半升は固いな」 梢一はもはや何も言うまいとしている。そんな大人達の会話をよそに怜が巾着を手にし、口に入れる。 中の具が出汁で溶けているのか、口の中に入れて巾着を噛んだ瞬間、熱くて溶けた具が流れてきた。 「んーっ!」 あまりの熱さに怜が絶叫しているが、口を開くわけにもいかず、悶絶中。 きゅぴーんと、目が光ったように見えた楓が怜の首根っこを捕まえ、膝の上に乗せる。 「こら、好き嫌いはダメだぞ」 楓が怜を上から覗き込んで注意をする。好き嫌いをしているわけではないが、頑張って熱い具を飲み込んでいたら、コリッとした具が怜の口の中で出てきた。更に噛むと、それが蛸である事に気付いた。 楓の膝の上で悶絶しながら何とか熱い具を飲み込むと、梢一が水を入れた湯飲みを怜に飲ませる。 「すっごく熱かったーー」 水を飲み干した怜が、思いっきり息をついた。 「よく食べたな」 でかしたとばかりに楓が怜をそのまま膝の上に乗せて撫でている。 「やーん、楓さんったら羨ましいっ」 隣の卓で見ていた那蝣竪が本音を思いっきり吐露する。 「ふふふ、そうであろう」 にやりと笑う楓は出来上がっていると思われる。 「楓君、次は怜君を私の膝に!」 「だが、断る」 自分の膝を叩く麻貴に楓はきっぱりと断った。 「おんやぁ、ウチの息子が可愛がられているよぉだなぁ」 一卓越えた卓に座っている彼方が愛する息子の可愛がられように目を細める。 「愛されるという事はよきことです」 空が隣に座る彼方の杯にお酌をする。 「別嬪さんに囲まれる鍋も酌される酒もぉ、賑やかだから飲むもんだなぁ!」 彼方は注がれた酒を一気に飲み干す。というか、いつも犬神一家が賑やかでいつも彼方はそのどたばたを肴に酒を飲んでいるのは周知の事実だとか。 「くーっ! 美味い!」 「いい飲みっぷりです」 にこっと笑う空に彼方は上機嫌。 「んっ」 ぱくりと餅巾着を食べた空は餅の香ばしさとぴりっとした一味の刺激に紫水晶のような瞳を見張らせる。出汁を吸い込んだ巾着の味噌味ととても合って、心地よい刺激と香ばしさを堪能する。 「まぁ、見事な変り種。揚げ餅ですね。一味の刺激と味噌がまたよく合いますね」 「そういう洒落た組み合わせは青嵐さんかしら。相変わらず見事ね」 口の中を空にして空が言えば、入れ主を沙穂が当てた。 「恐れ入ります」 にこやかに青嵐が言えば、欅が美しく着飾った青嵐に見惚れていた。 「しかし、闇鍋で初笑いとは初耳だ」 葉桜の卓では兵真が葉桜に話しかけていた。 「闇鍋が主ではないのですよ」 「ほう?」 悪戯っぽく微笑む葉桜に兵真は興味を引かれる。 「皆さんと仲良く賑わう事が初笑いへ繋がるのですよ」 にっこり笑う葉桜の言葉に兵真が「ああ」と納得する。 「やっぱり、皆と仲良く楽しくは自然と笑みが零れるのよねー。椎那君、食べてる?」 夏蝶が付け合せのしめじを頬張り、椎那に声をかける。 「食べてますよ。これは豚肉の燻製ですね。意外にも合うんですね」 もぐもぐと椎那が食べている。細身の身体であるが、成長期らしく中々にいい食べっぷりである。 「しかし、まだあたってないようですね」 ちらりと、椎那が気になる先は珠々の動向を見ている。 唯一、食べられない物がはっきり分かっている人物であるが故に面白い酒の肴でもある。 鍋に飾られている兎型の人参を避けているのは目に見えているのに『誰も咎めない』のだ。 すなわち、巾着のどこかに人参が入っている。 忍眼を使用したが、どれも同じ巾着。箸で持ち上げる事は出来ない。箸でつまんだ時点でそれを食べなくてはならない。それが闇鍋の掟―― 「うっ」 向こうの卓で梢一が呻いた。 「これは牛蒡じゃない‥‥泰の薬効人参か」 苦い顔をした梢一に珠々がびくっと肩を竦めた。隣の国にはそんな恐ろしいものもあるのかと。 ふと、珠々が思いついたのはシノビの技の一つだ。 理という術があるのだ。敵から攻撃を受ける瞬間、自身の影分身を身替りとしてこれを避けるという術だが‥‥ 「覚えていなかった‥‥」 がくりと項垂れる珠々。 「いきます!」 珍しく感情を顕しに、珠々が箸を伸ばした! 捕まえた巾着から嫌な予感がし、珠々はそのまま固まる。 誰もが固唾を飲み込もうとした瞬間、珠々が箸から手放しかけた。 「珠々。食べなきゃダメだよ」 まず、見ない輝血の素晴らしい笑顔と気合に珠々が気合だけで巾着を箸で掴み、巾着にかぶりついた! 「おお!」 「がんばれ!」 周囲から感嘆の声や声援が湧き上がる。小さな珠々の口には半分までしかはいらないが、なんとか押し込んで咀嚼した。 (「薄皮が‥‥んんん!」) 心の中で叫んだ頃にはもう遅く、甘辛く煮て摩り下ろしただろうあれの甘味が口の中に広がった! 中味に気付き、とりあえず飲み込んでから轟沈した。 今年もお約束をありがとう。 悶絶している珠々は葉桜の膝の上に頭をおいている。 「今年もダメか」 ふーっと、溜息をつくのは輝血だ。 「あら、飲み込んだだけマシじゃない?」 夏蝶が蕩けた白菜を食べている。 「しかし、皆美味い鍋になったな」 粗方食べつくした鍋を見た兵真が言う。 「一人大惨事がいますが」 ちらりと空が葉桜の方向を見やる。 「あれは想定内」 兵真が青嵐の方を向く。 「米と玉子を」 「承知しました」 輝血の酌をしていた青嵐がこくりと頷いて台所へと向かう。葉桜は珠々の介抱で動けない。 ご飯と玉子を持ってきた青嵐が各鍋に投入する。 「しかし、人参率が多かったな」 雑炊が出来上がる間に壬弥が呟いた。実を言うと、二十人中、十三人が人参を入れた巾着を用意していた。 珠々の卓は幸運な事に、珠々が当てた一つしかなかった。 泰国の薬効人参を引き当てた卓では四つもの人参入り巾着が入っていた。 「人参とこんにゃくの金平美味しかったなー」 怜が待ちきれないかのように卓に両肘を突いて土鍋を眺めている。 「楓君、そろそろいいだろう」 「ダメだ」 麻貴の言葉に楓はききやしない。実は怜はまだ楓の膝の上。ある種開き直った怜はくつろいでいる。 炊き上がった雑炊をみんなでしめて見事完食となった。 「葉桜、茶を入れてくれ」 壬弥と酒を飲んでいた梢一が葉桜に声をかける。少し回復した珠々を抱き上げ、梢一の膝の上に置いた。普段は「にゃー!」と叫ぶ珠々だが、人参ショックでまだ茫然自失だった。 「上原さんって、本当にいい男よね。もう、麻貴ちゃんってば隅に置けないんだからっ」 輝血の手によって着替えさせられた麻貴は女性陣と話をしていた。 「私は隅っこでいいんだよ。那蝣竪ちゃんはどうなんだよ」 「わたしー? ヒ・ミ・ツ♪」 茶目っ気たっぷりに片目を瞑る那蝣竪に麻貴は不満気だ。 「なゆ姉は口堅いんだからっ、難易度高いわよー」 更に夏蝶が言えば麻貴はなんとしても聞き出したいと口を尖らす。子供っぽい麻貴の様子に空がくすくすと微笑んでいる。 「空さん、やられっぱなしは悔しいんですよ」 麻貴が言い訳がましく言うのも可愛らしい。 「夏蝶の好みってカッコいい人だよね」 ぽつりと呟く沙穂に夏蝶は恥らっている。 「いいじゃない。カッコいい人。上原さんもそうだけど、梢一さんもカッコいいわよね」 「義兄上か。あの二人は昔っから女性にモテてな。義姉上はよく、やっかまれていた」 夏蝶の言葉に麻貴はげんなりと溜息をつく。 「麻貴さんはどうなのでしょうか? 年は少し離れてはいると見受けますが、綺麗ですし、やっかみもあったのでは?」 首を傾げる空に麻貴は手を振る。 「私は物心ついた頃には男の格好をしてたから男と思われていたようだ」 肩を竦める麻貴にそれぞれがリアクションを見せる。 「葉桜さん。少しはゆっくりしてはいかがか」 兵真が片付けだそうとする葉桜に声をかける。 「ですが‥‥」 「青嵐にさせればいい。輝血、手伝ってやれ」 やんわり断ろうとする葉桜に兵真が更に提案すると、葉桜はにっこりと兵真の言葉に甘える事にした。 青嵐は頷き、輝血は不承不承に青嵐の後ろについていった。 「へぇ、そんな事になってんのかぁ」 二人が出て行った後、彼方がにやりと笑う。 輝血と二人きりの台所で青嵐は居心地の悪さを感じざるを得なかった。 当人は何も気にしてないように黙々と土鍋を洗っている。羽柴家のお手伝いや執事は全員休みを貰って、今は鍋をしていた面子しかこの家にいない。 「そういや青嵐」 「なんでしょう」 勤めて普段どおりの声を出す青嵐に輝血はきょとんと首を傾げている。背丈の差があり、見上げる輝血はとても可愛らしい。 「この後、夏蝶が羽根突きをするって。全勝したら、ご褒美あげようか?」 その場はぴきーんと固まる青嵐だったが、その後の活躍ぶりは見てのお楽しみ。 「めでたい席なの一つ、いい物をお見せしよう」 腹ごなしにと兵真が傘を取り出した。 「茶碗でも升でも徳利でも回します。失敗したらご愛嬌」 さっと、華麗に小さな杯を回す兵真に拍手が送られる。 次は茶碗、枡と段々大きくなっていくが失敗はしない。見事なものである。 「おおー、珠々か怜でも回せそうだな」 柊真が言えば、二人はびくっと肩を竦める。 「それは流石にあぶないよ!」 ばたばたと楓の膝から逃れ、彼方の背中に隠れる。珠々も覚醒したらしく、目を丸くし、梢一の膝から逃げようとしたが、逃げられなかった。 「流石に天井につくからダメだ」 ダメ出しをし、苦笑する兵真は口上で締めた。 それから程なく片付けの二人が帰ってくると、輝血の予想通り夏蝶が羽根突きを提案してきた。 手を上げたのは珠々と怜。監察方の若手組もやる気満々だ。 てきぱきと夏蝶が組み分けをする。 とりあえずスキル使用禁止だけは言っておく。 まずは珠々・椎那対青嵐・柊真戦。 「因縁の対決だな」 燃える対決というよりも、呆れる対決だ。 まずは珠々達から羽根を飛ばす。 「羽根突き歌を歌う暇も無ぇなぁ」 呆れる彼方に空が困った笑顔を見せている。 「お庭が広くてよかったですね」 目の前の羽根突きはほぼ競技と化していて、激しさを増している。 若さと勢いで攻撃している珠々、椎那は弱いわけではなかったが、青嵐、柊真組がやたらと強すぎるのだ。 椎那が素早く拾って打ち上げ、珠々が叩きつけているが、相手の二人が更に輪にかけて絶妙なタイミングで打ち込んでくるのだ。 「はーい、珠々ちゃん。墨よ〜」 ぽとりと落とした珠々の方へ楽しげに那蝣竪が筆と墨を手にして向かう。 「ううう‥‥く、くすぐったいです!」 歌舞伎の隈取宜しく那蝣竪が珠々と椎那に墨を塗る。 結局は青嵐、柊真組の勝ちだった。 「燃えてるな‥‥」 壬弥が酒を飲みつつ、青嵐の様子を呟く。それもそうだ。全勝すれば輝血のご褒美が待っているのだ。 第二戦目は那蝣竪・欅対御門・怜だ。 「がんばるぞー!」 やる気満々の怜に対抗するのは那蝣竪だ。 「こっちだって負けないわよ〜ぅ!」 ちょっと足元がよろけてはいるが、当人曰く酔拳みたいなものだという。 「あれは酔っ払いだろ」 冷静にツッコミを入れる兵真であるが、一升は入れているのに平然としていた。 「いっくよー!」 元気よく怜が羽根を飛ばす。 「そぉれ!」 那蝣竪が華麗なターンで羽根を打ち上げる。 「欅、いきます!」 可愛らしく大きな声で欅が羽子板を持っている右手の袂を左手で押さえ、振り下ろされるのは珠々にも負けない打ち込み。 「え!」 御門が受けたが、意外な衝撃に目を見開き、つい、羽根を落としてしまった。 これには開拓者全員が絶句。何人かは欅と会った事があるが、いつも鴨の雛のように椎那と樫伊の後ろにくっついているような子だったのに。 「欅、徒手空拳は新人組の中じゃ一番強いぞ」 麻貴より衝撃の事実に怜がわたわたする。 「ま、まけないぞ! 御門、いくぞ!」 「はいっ」 頬に墨をつけられた怜が言うと、御門もつられて頷く。 酔拳ならぬ、酔羽根突き使いと化した那蝣竪は中々強く、両者とも顔に墨をつけつつ結局は怜と御門の勝ち。 「つ、強かった‥‥」 思ったより体力を消費した怜が彼方に呼ばれる。 「楽しかったかぁ?」 「うんっ!」 疲れたとはいえ、やっぱり楽しいのだ。満面の笑顔で怜が頷くと彼方もつられて笑い、手にしていた温かいお絞りで愛息子の顔の墨を拭ってやる。 「これもまた、親のつとめだぁなぁ」 顔を拭われ、顔を顰める怜の顔もまた可愛らしく、彼方は笑みを大きくする。 「珠々、お前墨つけたままかよ」 ぼんやりと怜と彼方のやり取りを見ていた珠々にかけられた声は今日は来れなかった人物の声。 「ひ、檜崎さん!」 仕事じゃなかったからとか人が沢山いるから気配に気付かなかったからとか色々と頭の中で言い訳を考えている珠々に檜崎は葉桜からお絞りを受け取り、珠々の顔を拭う。 「折角可愛い格好してるんだから。っても、羽根突きじゃ仕方ないか」 じゃぁな、と檜崎は玄関の方へと向かった。夏蝶が引き止めていたが、「仕事だ」と笑っている。 無理をして来てもらったのが申し訳ない。 「珠々、来てもらえてよかったな」 怜がにこっと笑うと、珠々は目を見張る。喜んでいいのだと。 「‥‥お年玉のお礼を忘れてました」 「あ」 大事な事を思い出した二人は顔を見合わせていた。 いくつかの試合を終え、見ているだけに留めていた輝血がそわそわしていた。 手加減を知らない自分がやるのは興ざめと思ったからだ。どうやら、こうも熱い戦いをされては気になってしょうがない模様。 「私の代わりに行ってくださいませ」 輝血のそわそわぶりに空がくすくす笑いながら出番を譲った。 「あ、うん‥‥そうする」 最後の試合は麻貴・夏蝶VS青嵐・輝血。 「えーっと、これで青嵐さんが勝ったら青嵐さん全勝ね」 那蝣竪が進行表をみつつ呟く。 「勝ちは‥‥頂きます」 きりっと真顔で言う青嵐。輝血は早く動きたくて仕方ない模様。 「行くわよ!」 夏蝶が羽根を飛ばすと、様子見で輝血が打ち上げ青嵐が羽根を飛ばすが、輝血の打ち上げのタイミングが悪く、麻貴が拾ってしまう。 「む、青嵐拾って!」 輝血が素早く指示をすると、青嵐が拾い上げて打ち上げる。見事なタイミングの打ち上げに輝血が思いっきり腕を振り上げる。 びしっと、羽根が麻貴の足元に落ちた。 「きゃー! 絶妙な合いの手よね!」 那蝣竪と欅が青嵐と輝血の合わせにはしゃいでいる。同じ属性同士、意気投合した模様。 だが、麻貴と夏蝶も負けてはいない。 即席とは思えない連携で青嵐と輝血を追い詰めていく。 青嵐の気迫に負け。青嵐、輝血組が勝った。 「結構、鍛錬になるね」 さらっと言ったのは輝血。それもそうかもしれない。晴れ着は慣れていないと動きづらいものだ。もしかしたらいい特訓になるやも知れない。 「輝血ちゃん、青嵐が全勝したぞ、その身体ごとくれてやれよ」 壬弥がとんでもない事を言い出したが、輝血は別にそれでもいいとは思うが、以前の事もあるのでちょっと思案。 すいっと、輝血が爪先立ちになると、青嵐の頬に唇を寄せた。 驚きふためく青嵐に周囲はわいのわいのと囃し立てる。 「いい物を見せてもらったな。麻貴殿、手合わせ願おう」 楓がゆらりと庭に降りる。それまで書初めをしていた模様。書かれたそれは『打倒』とあった。誰を倒す気だ。 「ほう、いいだろう。一対一だ」 にやりと笑う麻貴に楓が頷く。 意外な展開に全員が視線を集める。 「いいのか、私の羽根突きは百八突きあるぞ」 ざっと、砂を踏みしめ、立ち位置についた楓が羽根を持つ。 「百八突だけなの? まだまだだね」 襷をかけなおした麻貴がにやりと笑う。 「いくぞ!」 楓が羽根を思いっきり飛ばしたが、麻貴は真っ向から返した。 「やるな。はぁ!」 気合を入れてもう一度思いっきり突き返す。 その応酬を三回ほど繋げ、ふと、楓が麻貴の顔を見る。 初めて会った時は生真面目というか、厳しい表情をよくしていたと思う。薔薇の花の茨にも似ていた。次第にその棘が抜けてきたと思う。その理由は‥‥ちらりと楓が見たのは柊真の顔。 「麻貴殿」 「なんだ?」 首を傾げ、麻貴が羽根を返す。 「上原殿がな、先ほど女性の事でな!」 「何!」 ぴくりと、麻貴の動きが鈍り、その時間差ギリギリを狙って楓が素早く返すと、麻貴は返しきれなかった。 「柊真! どういう事だー!」 噛み付く先が柊真なのは麻貴らしい。 「華やかなのはいい事だと言っていた」 しれっと言う楓に麻貴は何かに火を灯したようだ。 麻貴の顔に墨が塗られ、再び応酬が始まる。 「楓君、先日、可愛い剣術少女の恋路の手伝いをしたそうだな」 ぴくりと、楓の柳眉が動いた。 「随分と追い詰められていたようだな。焙烙玉をぶつけたいとか言っていたそうだな!」 「な、何故それを‥‥!」 動揺した楓がスカッと空ぶった。 「言っただろう。架蓮から手紙が来たと」 タチの悪い笑みを浮かべる麻貴。 「‥‥子供じゃないんですから‥‥」 御門が呆れて呟く。心理戦でもう形振り構わない二人が打ち合っている。色々と爆弾発言が入り混じる。 「とりあえずいい加減にしろー!」 今日はセクハラ発言を控えると誓った壬弥であったが、未婚の娘二人のあられもない発言に雷という名のツッコミを落とすしかなかった。 「まぁまぁ、いいじゃねぇかぁ。これくらい可愛いもんだぁ」 カラカラ笑う彼方に壬弥が肩を落とす。 「元気なのはよき事です」 疲れて昼寝をしている怜に膝枕をしている空がくすくすと笑った。 一年の計は元旦にあり。今年もこの家は騒動が絶えないだろう。 |