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■オープニング本文 年が明けて、正月の雰囲気も終わり、いつもの空気となっているある日の寒い日。 祝言を間近に控えた蜜莉が沈痛な表情を見せていた事を蜜莉の婚約者の妹にあたる橘香遠が気付いた。 自分では解決できるか分からず、香遠は別の日に友人である市原緒水を呼び、蜜莉と引き合わせた。 「苦しいのであれば、私でよければ言ってみてください」 優しくしっかりとした緒水の言葉に蜜莉はぽつりと話し出した。 華道を習う蜜莉の同期の門下生の一人が今年入ってから顔を出さないのだ。 師範も心配しており、仲のよい蜜莉だって心配しているのだ。 「家に行ってみました?」 緒水の言葉に蜜莉は静かに首を振る。 「何か事情があるのですか?」 心配そうに言う緒水に蜜莉は苦しそうに胸を押さえる。 「秘密事なら無理に聞きません」 優しい緒水に蜜莉はぎゅっと、緒水の手を握る。 「あ、あの。一緒に綸ちゃんに会って下さい」 必死そうに言う蜜莉に緒水が微笑んで頷く。 蜜莉の友人‥‥綸の家は此隅の外れの方であり、師範の家に向かうのは一苦労だったとかを蜜莉は家に向かう時に教えてくれた。 好きな花や、琴が得意だとか。 ぽつりぽつりと、綸の話をしてくれていた。 「綸ちゃん、年末から少し、暗い顔をしてました‥‥」 大きな通りを越え、人通りが少ない所に出ると、蜜莉が言った。 「綸ちゃんには年の近い叔父様がいらっしゃるそうです」 「叔父様は綸さんのお父様とはお年が離れていらっしゃるのですね」 緒水が相槌を打つと蜜莉は頷く。 「その事でとても悩んでいたみたいです」 内容は教えて貰っていないと蜜莉は俯く。きっと、家に向かう際に言えなかった事だ。 一人で歩くよりも二人ならどうして苦にならないのだろうか。 「ここですね」 大きな屋敷で、近くには山が見えたが、蜜莉の話では鉱山らしい。武天は鉱山の国であるからあってもおかしくはない。 門が開いていて、妙な臭いがした。二人は顔を見合わせたがとりあえず蜜莉が門を叩いた。 「こんにちは、綸ちゃんのお友達の薬師寺蜜莉です」 だが、声は聞こえない。 ひょっこりと緒水が門の中を覗けば、立派な玄関が見えたが、その壮麗さを汚す何かに気付き、覗き込んでいた顔を緒水は引っ込めた。 青ざめた緒水に気付いた蜜莉が気遣い、声を出そうとすると、緒水は蜜莉の肩を抱き、すぐさまその場から逃げ出した。 ある程度、人も多く行きかう道に入った頃、ワケが分かっていない蜜莉は混乱した頭で茶店を見つけ、緒水を座らせた。 緒水はまだ顔が青かった。 「いかがなさいましたか、緒水様」 「‥‥大量の血が‥‥血が‥‥唸り声が‥‥」 そう、緒水が感じたのは玄関に飛び散った大量の血液と野犬のような唸り声‥‥ 「‥‥っ! ‥‥永和様や鷹来様にお伝えしましょう‥‥」 悲鳴を飲み込み、蜜莉が言えば、緒水は何度も頷いた。 鷹来沙桐が配属されている部署に現れた二人は沙桐に会わせてくれと頼んだ。女性のお呼び出しに若い役人達が色めき立っていたが、沙桐が名前を聞いて片方は幼馴染の許婚と祖母の友人だと言い、若い役人達を散らせた。 青ざめた緒水に沙桐が温かいお茶を手渡す。 「温かいよ」 微笑む沙桐は祖母のように慕う折梅の微笑とよく似ていた。緒水の瞳からころりころりと真珠の涙が零れ出す。 「‥‥綸ちゃん‥‥大丈夫かしら‥‥」 ぽつりと蜜莉が言えば、緒水がはっとなり、蜜莉を気遣う。自分よりも蜜莉の方が大変なのに。 まもなく、蜜莉の許婚である橘永和が現れた。 抱き合う二人を見て、沙桐は緒水を伴って部屋を出る。 「沙桐様?」 緒水が先を歩く沙桐に声をかける。 「ギルドだよ。ちょっとあまり状況がよろしくない。緒水ちゃん、状況をきちんと教えてね」 混乱状態だった緒水に言うのは少し酷ではあるかもしれない。だが、状況は予断を許されないという事を沙桐は直感していた。 「開拓者様をお呼びするのですね」 「うん」 振り向かず答える沙桐に緒水は表情を硬くした。 |
■参加者一覧
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
月野 奈緒(ia9898)
18歳・女・弓
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 順調に蜜莉と永和の祝言の準備が行われている事を知った和紗彼方(ia9767)はとてもめでたい事だと思ったが、悠長に構えている暇は無い事も理解し、表情を硬くしていた。 誰もが家の襲撃はアヤカシの仕業である事を考えている。 彼方はその原因を叔父にあるのではと思うが、蜜莉達がいるこの場では軽々しく口に出来ない。そんな彼方の様子をからす(ia6525)が察したのかちらりと、視線をよこす。 重い空気の中、輝血は緒水の傍に座り、話を聞いている。 「異臭がしたんだね」 「なにか、痛んだ匂いにも似てました‥‥」 途切れ途切れ呟く緒水の言葉一つ一つに輝血が頷いている。 いつも誰に対しても輝血(ia5431)は冷静な態度をとるのに、気弱な緒水の様子にどこか懐かしさすら覚えている様子。そんな輝血を見て、楊夏蝶(ia5341)はきょとんと、目を瞬いてもいた。 「イイコトだよ」 夏蝶の隣で輝血を微笑ましく見つめる沙桐が呟く。 「しかし、物騒ですね‥‥」 呟く珠々(ia5322)に緒水の並べた言葉を組み合わせれば緋神那蝣竪(ib0462)の脳裏にあまりよくない物が並べられてしまう。そっと目を伏せる那蝣竪に叢雲怜(ib5488)がどこと無く那蝣竪を心配した表情を向ける。 「悪い方より良い事の方を信じたいわよね」 にこっと、那蝣竪がいつもの微笑みで怜に笑いかけると怜は笑顔で頷く。 「お話が終わったら、早く行こう」 にこっと、月野奈緒(ia9898)が言った。 ●餌場 緒水から話を聞き終えた開拓者は綸の家へと向かった。 「‥‥特に民家はなさそうね」 ほっとするように夏蝶が言えば、目的の家が見えてきた。 「沙桐兄様、近隣の非難は‥‥?」 望郷の兄のようと彼方に慕われている沙桐がそう呼ばれ、嬉しそうに顔を緩ませつつ、片手で照れを隠す。 「民家は離れているし、逃がさないようにすればいいんじゃないかな‥‥」 アヤカシは未知のものであり、人間にとっては恐怖の存在だ。うかつに言葉に出せば恐慌状態になりかねない。 綸の家はどうやら、畑や林に囲まれており、近隣の家から随分離れていた。 ふ、と、シノビ達が先に気付いた。 その匂いに敏感なのはシノビならではなのかもしれない。 慣れるしかないその匂いではあるが、いい物ではないのは本能で感じる事ができる。 「‥‥数日か」 呟いたのは輝血だ。 「おじゃましまーす‥‥」 アヤカシに襲われた現場とはいえ、民家は民家。夏蝶が小さな声で挨拶をかけて重厚な門へ入る。ふと見た玄関に誰もが絶句した。 広い玄関に大量の血が汚されていた。衝立の半分以上に血の飛沫がかけられ、板敷きにも乾いてしまった血がこびり付いている。緒水の情報通りの状態であったが、怜がある一点を見てぎくりと肩を震わせた。 「どうした‥‥あ‥‥」 彼方が怜の様子に気付き、怜の視線を追うと、彼方も表情を強張らせた。 「‥‥食べかけか」 可愛らしい少女の姿をしているからすが言うには衝撃的な言葉かもしれないが、彼女が言った言葉はその通りだと思われた。 そう、人の手だ。 本来繋がっているはずの腕も体もない。ただ、玉砂利の上に手が転がっていた。腕が続いているだろう手首には噛み千切ったような痕があった。 「随分と躾がなってないようだね」 ふんと、輝血が言えば、珠々が他にも無いか探している。 「アヤカシとはそんなものです」 淡々と言う珠々に夏蝶は同感だというように肩を竦めた。 蜜莉の話によれば広い家だとの事。那蝣竪が分かれようと声をかけた。 珠々、夏蝶、輝血、からすは玄関よりそのまま進む事にした。 屋敷に上がる前にからすが手にしたのは小さい身体には不釣合いな長弓。だが、その形は上が長く、その分下は短い仕様となっていた。小柄なからすは志体の力で軽々と持ち上げていた。 華奢なその指がしっかり張られた弦にかけられる。 「流逆に問う。君の敵は何処にいる」 びぃ‥‥ ぃ‥‥ ぃ‥‥ ん‥‥ 長い響きの波紋がいくつかの細かい方角に分かれていた。 からすは瞳を閉じ、五感全てを研ぎ澄ませ、方角や数を感じ取る。 「‥‥数は五‥‥いや、六だが、二つに分かれているようだな」 紅い瞳を瞬かせてからすが方角を示す。 「怪狼はいるようです」 超越聴覚を使っている珠々も音を確認する。夏蝶も輝血も使っているが、人の呼吸が聞こえないのだ。どこかに隠れているなら聞こえない可能性はあるのだが‥‥ 「急ぎましょう」 四人は血が乾いてしまった玄関に足を踏み入れた。 彼方、奈緒、那蝣竪、怜、沙桐は裏門の方から入る事にした。 彼方と那蝣竪が超越聴覚を使っているが、やはり、人の呼吸は聞こえない。 「‥‥多分、犬型のアヤカシ‥‥ケモノかな‥‥何匹かいるね‥‥」 シノビ達の言葉を受け、奈緒が弓に矢を番えた。周囲を見た奈緒が左を向くと、快活な笑顔がよく似合う顔が険しくなった。 「‥‥あ‥‥」 誰の声かは分からない。きっと、使用人であろう老夫婦だった残骸が散らかっていた。 老人の方は仰向けに倒され、目も口も見開き、目玉や口の中にあるはずのものが無残にも噛み散らされていた。老婆は必死に逃げようとしたのだろう。後ろから飛び掛られ、貪られた痕が言われるまでもなくあった。 力なきものの凄惨なる最期。この世界ではよくある事であるが、それだけで終われない気持ちを沙桐はいつも感じている。 「沙桐さん、行きましょう」 腐臭すらはじめている老夫婦の目を閉じている沙桐に那蝣竪が声をかける。 死した者は戻りようが無い。生きる事が何よりも問われ、生きるものを優先しなくてはならない。 いちいち気に留めてしまえば自身が喰われる。 「分かってるよ」 ならば、全てを受け止め、歯向かうものを斬り殺せばいい。 生きていればいいのだ。 我が片翼の為に。 「‥‥沙桐?」 怜が心配そうに見上げると、沙桐はふっと、微笑む。 「怖いか?」 「そんなんじゃないよっ」 強がる怜に沙桐は昔の自分の姿を重ね、どこか懐かしそうに怜を見つめる。 ぴたりと、那蝣竪が足を止めてしまうと、沙桐と彼方はより意識を集中している那蝣竪を守るように立ち、怜がマスケットを構えた。 意識を集中している那蝣竪の耳へひたひたと足音が聞こえ、その速度がどんどん速くなっている。 「近い‥‥今、角を曲がって出てくるわ!」 鋭く叫ぶ那蝣竪の言葉と同時に狼型のアヤカシ二匹がその姿を現した! いち早く鷲の目を発動させていた奈緒が矢を放つと、その矢は一匹の足を掠めた。二匹は開拓者達を見つけると飛び上がった。 「この‥‥っ!」 怜がアヤカシの腹の下に飛び込んで弾丸を腹に撃ち込む。一匹が衝撃に耐え切れなく、背中から落ちた。起き上がらせる余裕をやるわけはない。 そのアヤカシの口端には拭いきれていない血がこびり付いていた。その口端に気付いた彼方がかっと目を見開くと、小太刀でその首を刎ねた。 「いい子だから」 くしゃっと、彼方を慰めるように沙桐が素早く彼方の頭を撫でた。はっと、昂ぶった感情を冷やした彼方は沙桐の方を見たが、彼はもう一匹のアヤカシを見据えていた。 超越聴覚を使っていた那蝣竪が一歩遅れて苦無をアヤカシに投げた。投げた三本中二本が身体に命中したが、アヤカシは衝撃に一度身を悶えさせるが更に那蝣竪へ直進する。 泉水を構えた那蝣竪であったが、奈緒や怜の援護射撃で更にアヤカシの身体に矢や弾丸が埋め込まれ、那蝣竪の前に出た沙桐がより早く利き足を大きく踏み込み、刀をアヤカシの額に突き刺した。 「とりあえず二匹だね」 ぽつりと、奈緒が呟いた。 ●暗索 もう一方の班は折り重なっていただろう二つの遺体を見つけていた。 「母親と子供だね‥‥」 きっと、母は子供を守る為に覆いかぶさっていたのだろう。アヤカシ達はそんな母子を弄ぶように噛み殺した後は母子を引き剥がし、貪っていた事が容易に想像できる。 輝血はその姿を見て早くアヤカシを片付けようと瞳を伏せる。 「‥‥玄関のあの手はこの子のものだったんでしょうね‥‥」 ぽつりと、珠々が呟いた。骨すら噛み砕かれた子供の遺体には片手が無かった。 「‥‥アヤカシ二匹仕留めたみたい。あと、使用人の老夫婦を確認したって」 超越聴覚を使っていた夏蝶がもう一方の班の様子を聞いた。 「進もうか」 諦観にも似た声音でからすが言うと、珠々が隣の部屋に入ったが、特に無かったのだが、更に奥の部屋に異変を感じた。 夏蝶、輝血もまたその様子に気付き、無言で頷けば、夏蝶の目配せにからすが感づき、弓に矢を番えた。 静かにシノビ達が先に歩み寄ると、一匹が新しい肉の気配に待ちきれなく飛び出した。三角跳びで珠々が壁を伝って奥の方へと入ると、もう二匹が珠々が入ってくる所を見つめていた。 飛び出した一匹はからすの一撃を額に喰らい、床に転がっている。 珠々が部屋の中を確認する暇も無く、二匹が珠々に襲い掛かる。 新しい肉に夢中になったアヤカシ達は気付かなかったのだろう。空中を滑るが如くに自身達に近づく殺気を。 宝珠が埋め込まれている脚絆を装備している輝血が使えば、風を感じる事無く敵に近づく事が可能となる。一瞬、宝珠の力を使い、流れるようにアヤカシに近づけば、そのままの重力と輝血の脚力を使ってアヤカシの首に輝血の足が振り下ろされ、首ごと潰してしまう。 ふっと、輝血がもう一匹の方を向けば、珠々と夏蝶が仕留め終わった。 「狼型アヤカシ三体確認、討伐済みだ」 部屋に入ってきたからすが言うのは、もう一方の班の為だ。中を確認すると、床の間の前に中年の男と老人が他の人間同様に食い殺されていたが、前の部屋の母子よりは喰い散らかしが多いようでもあった。 「綸さんのお父さんとおじいさんかしらね‥‥確認お願い」 夏蝶が言えば、からすが頷いて弦を掻き鳴らす。 からすの眉がどこか訝しげに歪まれるともう一度掻き鳴らした。 「‥‥あの鉱山の方に瘴気を感じる‥‥」 もしかしたら、逃げ込んでいる可能性をからすが示唆する。 「アヤカシ三匹、討伐完了ですって」 那蝣竪が言えば、確かにこの屋敷内にある野犬のような唸り声は消えていた。那蝣竪の言葉に他の面子がほっとするが、夏蝶の言葉を聞いた那蝣竪は柳眉を歪める。 「‥‥綸ちゃんのお父さんとおじいさんの遺体を確認したみたい」 残るはおばあさんと叔父、綸となる。 少ない生存率に怜が表情を硬くしてしまう。 「進もう」 「うんっ」 奈緒が怜に声をかけると、怜は自身を鼓舞させるように返事をした。 台所の勝手口近辺に使用人老夫婦の遺体を見つけ、そのままアヤカシが来た方向を進んでいた。次第に見えたのは庭だった。 山茶花が咲いていただろう庭はアヤカシ達が踏み荒らした跡があり、彼方が一箇所草木に血がついている所を見つけた。 回り込めば、そこにあったのは花を摘んでいただろう祖母の姿があった。だが、上質な着物はアヤカシ達に食いちぎられ、腸を喰われ、花の中でうつ伏せで死んでいた。 「おばあちゃんの遺体ね‥‥」 那蝣竪が呆然と呟いた。 「酷いよ‥‥」 アヤカシの本能による凄惨さは知っていても、怜は口に出さずにはいられなかった。 開拓者が間に合わなかったわけではなかった。 緒水、蜜莉がこの家に来た時にはそうなっていたのだ。 ●闇落 「綸さんの祖母様らしき人を確認したそうです」 珠々が超越聴覚で使用し、言えば三人は何も言わなかった。 残りの部屋をくまなく探したが、綸と叔父の姿は見えなかった。 「今回はここで終了しよう」 もう一方の班と合流した時、沙桐が中断の言葉を言った。 誰もが頷くしかなかった。 綸と叔父の捜索は近日必ずかけると沙桐は断言した。 ここで解散となり、緒水と蜜莉に報告しに行く者はその場を辞したが、珠々は周囲を調べたいと言ったので、同じく調査予定をしていた沙桐と一緒に残る事にした。 「簡単でもいいから、弔いたい‥‥」 輝血がぽつりと言った言葉に二人が驚いた。 普段、死体を見ても輝血はなんとも思わなかっただろう。 だがきっと、緒水達が少しでも安心すると思ったから。 「初めて会った時の緒水の顔はみたくないし」 「そうだね」 沙桐が輝血に微笑む。市原家の汚名を着せた役人を追い、開拓者達がその役人を捕まえ引渡しに現れた時、輝血は「何も持たない」冷血なシノビの貌をしていた。 それから一年以上経ち、彼女は空白のまま外堀から少しずつ埋められている。 遺体を集め、家の裏に埋葬する事にした。 顔があるものはせめて綺麗にしてあげ、目を閉じさせる。 「沙桐さん! これ、刀傷じゃないですか?」 遺体を拭いていた珠々が声をかけた。 「斬ったというより、刺しただね」 「匕首とか小刀って感じかな」 沙桐と輝血が父親と祖父の身体を調べる。何故か、父親には腹、祖父には心臓に小刀程度の物を突き立てた形跡があった。 「致命傷はこれか‥‥でも、なんでこの二人だけ」 「誰かが明確な殺意を持っていたって事だね」 眉を潜める輝血に沙桐が言い切った。 「おやすみなさい」 「お疲れ様」 「綸ちゃんと息子さんは見つけるから」 三人が遺体を埋めた。 土を被せ終え、珠々が顔を上げて山を見つめた。 あの時、鏡弦を使ったからすが鉱山を示唆していた。 「生きてて下さい」 不確かなものである願いを口にする事は里から厳しく禁じられていた珠々だが、今は里を離れた。一度はうろたえたが、今ははっきり言える。 近い内に必ずこの山を登る事を珠々は確信した。 |