【SL】楽しいのは誰?
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/21 22:55



■オープニング本文

 隣にいる女は月や星を眺めるのが好きだ。
 義兄に月や星はこの世界中に繋がっていると教えてもらってから、時間が空いた時はよく見上げている。
 遠い場所に住む双子の片割れも自分を想って見上げている事を念じている。
 自分といる時くらい、自分の方を見てほしい。
 初めは自分から行動に出すなんてみっともないと思って待っていたが、一向にこっちを見てくれない。痺れを切らしてこっちを見させた。
 女の‥‥麻貴の戸惑ったような表情が随分と無防備で可愛く思えた。
「柊真‥‥?」
 今も同じくきょとんと、瞳を見張らせた麻貴は自分が置かれている状況を理解しているとは思えないほどあどけない。
「久々の二人きりなのにお前という奴は‥‥」
「二人きりだからゆっくり眺められるんじゃないか」
 はっきり言う麻貴に柊真がくつくつ笑う。
「俺を見てくれよ」
 そっと、柊真の手が麻貴の頬に当てられ、親指がふっくらとした麻貴の唇に添えられて形をそっとなぞる。
 優しく、慈しむように。
「柊真‥‥」
 何気なく麻貴が手を上げ、柊真の頬に手を当てようとした瞬間、柊真の瞳が大きく見開かれた。
「‥‥柊真」
「‥‥! す、すまん」
 はっと、気付いた柊真が麻貴に謝る。
「柊真、最近寝てないだろ」
「そんな事はない」
「とぼけるな。私が気付かないとでも思ったのか!」
 見事な麻貴の拳が柊真の左頬に入った。
「帰る!」
 癇癪を起した麻貴はそのまま立ち上がって帰ってしまった。

 数日後、主幹へ報告をしに欅は主幹室に現れていた。数日振りに会う主幹の左頬がうっすら腫れていた。
「調査ありがとう。引き続き警戒してくれ」
 報告を聞いて、四組主幹上原柊真が欅を労うが、欅は何だか、もじもじしている。
「どうかしたか?」
 柊真に問われ、欅は緊張した面持ちになり、顔を赤くする。
「あ、あの! 麻貴お兄様と主幹は両想いなんですよね!」
 勢い込む欅に柊真が苦笑する。
「ああ、そうだが」
「やっぱりそうなのですね!」
 ぱぁっと、顔を明るくする欅に柊真がくすくすと笑う。
「気になっていたのか?」
「勿論です! だって、主幹が怪我をされた時、麻貴お兄様ったら、とても思いつめた顔をして、心配だったんですの!」
 ころころと話が飛んでいるが、柊真はにこにこと笑顔で聞いていた。生来より慣れている事ではあるが、監察方でこんな話をするのは初めてだからだ。
 潜入や調査を重きに置く監察方。女性だっているのだ。だが、ここの所、女性人員が少なく、三年前の四組では麻貴と沙穂しかいなかった。
 その二年前に現在は理穴のギルドで受付役をしている白雪が四組にいた。
 白雪は元から色気のある婀娜っぽい女性であったが、麻貴や沙穂は仕事漬けであまり恋愛ごとには興味はあまり見れなかった。
 だが、開拓者との関わりで二人は恋愛ごとの話も好きだという事が最近分かった。
 それを引き出したのは開拓者である事が少し悔しいとも柊真は思っていた様だ。
 麻貴や沙穂の事を抜きにしても、欅は何だか娘のようで妹のようで柊真にとっては可愛い存在らしい。
「ごめんなさい。こんな話をしてもつまんないですよね」
 しゅんと俯く欅に柊真はにこにこしている。
「気にする事は無い。暫くむさ苦しい所にいたからな。お前のような話をする奴もいなかったから楽しいよ」
 そう、柊真は潜入調査で二年以上ここにはいなかった。
 暗くて血やどす黒い気配にずっと神経を尖らせていたのだ。神経を尖らす癖が取れなく、不眠になっていたがなんでもない振りをしていたら気付かれて怒った麻貴に殴られたし(久々に二人きりになった時だったから柊真が悪い)、妹の沙穂に毒舌を喰らった。麻貴を心配させるなと。
「また、麻貴の話を聞かせてくれ」
「はい!」
 笑顔で頷く欅に柊真も笑う。


 更に数日後、理穴にとある人物が数日滞在するという話で麻貴の義父にして伯父の杉明自ら国境近くまで迎えに現れた。
 その人物とは武天よりはるばる来た鷹来折梅。
 孫娘である麻貴の姿が見たいのと、怪我をしたと聞いた柊真に会いたいとの事だった。柊真の怪我はもう完治しているが、怪我をしたと聞けば、会いたくなったようだ。
 理穴監察方の役所に入り、折梅は柊真と主幹室にて歓談していた。
 そんな時にまた欅が報告に現れた。折梅の姿に欅は緊張をしてしまったが、折梅の人柄に欅はすぐに懐いてしまった。人見知りの欅にしては珍しい事だ。
「まぁまぁ、四組には可愛らしいお嬢さんが入りましたのね」
 満足そうに折梅が笑うと、欅は照れている。
 そこで出てきた会話が柊真と麻貴の仲。
 折梅も興味津々のようだ。
「麻貴お兄様‥‥でも、本当は女性なんですよ! 凄く格好良くて、お兄様と呼んでもいいよって、本当に優しいのです。上原主幹が戻ってきてから、お兄様は嬉しそうで、私も嬉しくなるのです」
 はにかむ欅に折梅は微笑んで聞いている。麻貴の関係を明らかにしないのは麻貴の出自に関わる事なので伏せている。
「なら、逢瀬の時間を作ってみてはいかがでしょう。バレンタインも近い事ですから」
 折梅に逆らえない柊真は欅と折梅から逃げるように予定の調整を始めた。

「でも、あの子にも気晴らしで理穴に来てほしいと思うんですよね」
 くすっと微笑む折梅は飛脚に手紙を託した。

 後ろ暗いアヤカシ退治から戻った沙桐は折梅の手紙を読んでその場で硬直した。
「柊真‥‥殺す‥‥」
 どたばたと用意をし、玄関へと向かう。
「あ! 皆はお休みしてていいよ。戸締りだけはしっかりね!」
「はーい!」
 お手伝いさん達が暢気に手を振った。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437
17歳・女・志
アル・アレティーノ(ib5404
25歳・女・砲
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲


■リプレイ本文

「それって‥‥」
 どうなの? 最後まで言い切る事ができないほど呆れたのは楊夏蝶(ia5341)だった。
「恋愛感情になった頃には仕事をしておりましたから、もう、仕方ないかと」
 苦笑する折梅に滋藤御門(ia0167)が困った顔を向ける。
「折梅様‥‥修羅場を供しかねない状況ですよ」
 より沙桐の気持ちを理解できる御門だから言える事だ。
「そうなんですけど、別の事で頭を空っぽにして気持ちを切り替えてほしくて」
 半数はそれが何なのか知っていた。
「ま、動いていると、何も考えずに済むもんね」
 明るい調子で一瞬暗くなりかけた場を和ませたのはアル・アレティーノ(ib5404)だ。れーちん‥‥叢雲怜(ib5488)の姉貴分という事で一緒に来たとの事。
「とりあえず、邪魔は消します」
 真剣な眼差しの珠々(ia5322)が言うが、手にしているのは奮発して買った檜の桶に手拭い、石鹸等が入っている。真剣さが台無しだ。
「温泉、楽しみなのだ! アル姉とデートするんだ!」
 怜も嬉しそうにしているが、何人かはぎょっとしており、様々な反応が飛び出す。
「デートって、ジルベリアでは二人で遊ぶ事って言うんだろ?」
 よく分かってないといわんばかりに怜が首を傾げる。間違いではないが、惜しい。
「兎も角だ。沙桐の横恋慕があまりにも酷い場合は諌めてほしい」
 巴渓(ia1334)が言えば雪がきょとんとするが、折梅が白野威雪(ia0736)に目配せをする。
「分かりました。我が孫に不始末があれば、責を負わせて頂きます」
 麻貴と沙桐の関係を知るのは少ない。開拓者なら今までの報告書を見れば一目でわかるが、本来は渓の発言が正しいのだ。
「さて、とりあえずは沙桐殿の捕獲だな」
「そだね」
 すっと、沢村楓(ia5437)が立ち上がると、輝血(ia5431)と珠々もまた一緒に向かった。
「‥‥珠々さん、その桶は置いていきなさい」
 御樹青嵐(ia1669)が言うと、珠々がそっと置いた。
 一番楽しいのは折梅である事を雪は口に出せなかった。


●もう何も怖くない
「さっぶ‥‥」
 ぞくぞくとした悪寒を感じた麻貴は自分の腕で自分を抱きしめた。
「麻貴様、お迎えに上がりました」
 笑顔の御門がひょっこり役所に現れる。
「御門君?」
 仲良い友人が現れて麻貴が御門の言葉に眉を顰めた。

 奏生に入った沙桐はずかずかと早歩きで道を急ぐ。まず、行くべき場所は監察方。そこには協力者となってくれるだろう檜崎がいる。
 柊真との引継ぎが終わりかけていようとも、四組は遊軍ともあり、何かと他の部署からの手伝いが多い。
 約二十人の予定を全て捌き、滞りないようにするのが主幹の主な仕事。その辺の補佐を副主幹である檜崎がやっていたりするので、現在中々忙しい。
 こんな馬鹿げた事を止めてくれるに違いないと沙桐は思った。
 そんな沙桐の思惑に気付いているのかはまったく分からないが、さっさと沙桐と捕まえて温泉と行きたい珠々は意欲に燃えている。
 どんな奴でも温泉を邪魔する奴は許さん。
 珠々が見えた向こうには麻貴と御門と欅の姿。
 必ず奴は麻貴の前に現れる。
 麻貴の背後、自分の前に現れ、麻貴に声をかけそうな気配に気付き、珠々がその気配に追いついた!
 相手にスライディングアタックをかまし、身体を反転させて横道に飛ばすように蹴り飛ばした。木材に突っ込んだ得物を確認すると、沙桐ではない。
「椎那さん?」
 きょとんとする珠々は呆然とした。椎那はバツが悪そうに顔を逸らす。
「‥‥檜崎さんから主幹と羽柴さんがどっか行くって言ったから」
「何をしてるんですかーーー!」
 珠々にしたら、妨害者は沙桐しかいないと思ったようだが、依頼書には確り他にもあるとは書いていたのだ。

 珠々の妨害は失敗に終わり、何も知らない沙桐は監察方へと向かう。
 上から降りてくる気配に沙桐は気付いていない。
「‥‥とう!」
 気合と共に降りてきた白い何かは逆光で見えなかったが、確かに沙桐を下敷きにして降りてきた。
 悲鳴を言う暇すら与える事はなく、沙桐が潰れた蛙みたいに倒れている。
「痛った! 飛び降り自殺かよ!」
 起き上がった沙桐が怒りをぶつけると、そこにはもふらがいた。
「‥‥もふらではない、紅葉だ」
「楓君、何してるの」
 まさかの楓の無茶振りに沙桐がじとっと、見つめる。
「やるな‥‥!」
「いや、分かるよ」
 見破られた事が衝撃だったようだ。
「まぁまぁ、麻貴殿が心配なのは分かるがな。でだ。あまり他国で騒動が起きては一大事だ」
 沙桐が諭そうとする楓をじっと見つめている。そして、沙桐に突きつけたのは‥‥

「‥‥あれ、楓だよね」
 呆れているのは輝血だ。
「その隣はもしかして‥‥」
 恐る恐る雪が言うと、夏蝶が断言した。
「沙桐さんね」
「なんてもふもふな‥‥」
「いや、そこじゃない」
 シノビ二人組にツッコミを貰って雪があうあうと口元を指先で押さえる。
 距離を置いた向こうには二匹の怪しいもふら。その向こうには麻貴と御門と欅がいる。道を歩く通行人がじろじろ見ている。
「通報されても監察方には関係ないが」
 ひょっこり背後現れたのは檜崎だった。
「あれ、タマ?」
 ぶすっと、黙ったままの珠々に輝血が声をかける。
「椎那が邪魔をしようとしてるのは想定済みだが、三日は立ち直れないような事をしたぞ」
「おしご‥‥ごめんなさい」
 檜崎に睨まれて珠々は素直に謝る。以前の生の橙が記憶にあるらしい。
「まぁ、そろそろ鷹来君を何とかしてくれ。監察方の方は大丈夫だから」
「上原さん、何か抱えてるんですか?」
 不眠の話もあったので夏蝶が声をかけると、檜崎は苦笑する。
「長い潜入期間だったから気持ちが休まっていないだけだ」
 気にしないで楽しめと言い残して檜崎は行ってしまった。
「あ、楓がそろそろ捕獲したいみたいだよ」
 輝血が楓の様子に気付き、三人が捕獲に入る。

 一緒に麻貴をストーキングしていた楓が沙桐に向き直る。
「もう、いいだろう」
 妨害をする気満々の沙桐がきゅっと、眉を寄せ、何か言う前に背中に重りがのしかかる。
「‥‥にゃー」
 棒読みで懐く珠々に沙桐が首だけを後ろに向かせると、そこには女性陣の姿!
「君らもか!」
 叫ぶ沙桐に夏蝶はにこにこ笑顔。
「それなら、麻貴に手作りチョコレート作ってみたら?」
「麻貴に?」
 ジルベリアのお祭りの一つにバレンタインという物がある。好きな人にお菓子や贈り物をするというものだ。
「絶対、絶対喜ぶわ! だって、沙桐さんの事、大好きだもの。それとも、私達と遊ぶの嫌?」
 うるうると涙目おねだりの夏蝶に更に雪が畳み込む。
「お友達と作るお菓子もとても美味しいのですよ」
「わかったよ」
 溜息をついてもやっぱりもふらはもふら。
「どこで作るの。羽柴家?」
「うん、場所を提供してくれるって」
 そのままの状態で沙桐が歩き出し、輝血と話している。
 もふら二匹と美女三人と中々異様な光景だ。
「にゃーー!」
 片割れのもふらにおぶられたまま黒猫が一匹鳴いた。


●とりあえず準備
 理穴の街中で馬鹿騒ぎをしている間、怜とアルは折梅や青嵐と一緒に菓子教室の準備をしていた。
 調理に関して壊滅的技量のアルだが、準備くらいはと手伝っているが、もっぱら怜と一緒に折梅に銃について語っている。
 折梅にとってもあまり馴染みがない物。分かりやすく例えるアルはよく銃を知っている事が窺われ、同じ砲術士である怜でさえ勉強になる。
「では、それで動物を撃ったら食べられるのですか?」
「ちゃんと弾を取ったり処理したら食べられるわ」
 中々に興味がある折梅。
「今は雪とかであまり得物が見当たらないかもだけど、春になってからかなー」
 うーんと、唸るアルに折梅はキラキラと目を輝かせている。
 そんな人が豪族の管財人なのだから、世の中不思議だとばかりに入り口に陣取っている渓は苦笑する。最初あった時は、ただ友人の所に行きたがる物見遊山の老婦人だったのに、中々に若い。
「お、来たのか」
 渓が振り向くと、青嵐はではと、席を外した。
「ばー様‥‥」
 恨めしく言う沙桐に折梅は主に背負っている黒猫とのセットが可愛いと喜んでいる。

 先に戻っていた麻貴が御門や青嵐にお洒落やら、料理の作り方を教えてもらっている。
「こちらの着物なんかいかがでしょう」
「でしたら、この簪で!」
 御門と欅がてきぱきと見立てていく中、麻貴は青嵐の見事な作り方に興味深々に頷いている。
「流石は青嵐さん、美味そうだなぁ」
 聞いてるだけで腹が減ってきたらしく、小腹が空きだしたようだ。
「入るぞ」
 着ぐるみを脱いだ楓が入ってきて、麻貴が驚く。
「楓君、君もか。というか、依頼人は誰なんだ?」
 さっきから聞いているのだが、はぐらかされる。
「騒がしいな。客人か」
「葉桜さんのお友達でしょう」
「そうか‥‥」
 表情を沈ませる麻貴に御門が声をかけた。
「沙桐に似た声がしてな」
「気のせいだろ」
 楓が言えば、麻貴はそうかとだけ言った。
 次に夏蝶が部屋に入ってきて、麻貴が柊真と温泉に行く事を告げた。
「何でだ。そろそろ義父上を襲った連中の事を調べられるのに」
「柊真さんが心配じゃないの?」
 ずばっと言う夏蝶に麻貴が黙り込む。
「温泉は不眠とかにもいいのよ。ゆっくり浸かってのんびりしたら、疲れも取れるわよ」
「確かに‥‥」
「後、麻貴に宿題よ」
 びしっと、夏蝶が指を麻貴に突きつける。
「柊真さんに膝枕をする事よ!」
「私は耳かきしてもらいたい」
 真顔で言い返す麻貴に全員が脱力をした。

●時間稼ぎ
 柊真に麻貴を預け、羽柴家は無事に菓子教室が行われていた。講師はやっぱり青嵐で、折梅も一緒に講座を受けている。
「私もチョコレートは初めてなんですよ」
 あれっと、沙桐がアルを見れば見ているばかり。
「やらないの?」
「こういうのは出来る人がやればいいの」
 人には異次元だのどこの黒き湖に住むトカゲだの言われた事があったらしい。 
「沙桐はやった事ないのか?」
「料理だって、餅つきぐらい?」
 怜が尋ねると、沙桐はそれだけしか思い出せなかった模様。
「きっと、麻貴様は喜びになられますよ」
 にこっと笑う雪に沙桐は嬉しそうに笑う。
 料理上手の夏蝶はてきぱきと菓子を作っていき、時折、御門と欅の様子を見ている。どうやら、二人とも麻貴にあげるという事で意気投合したらしい。
 輝血も簡単な菓子を作っている模様。
 珠々は焼き菓子に挑戦しているらしく、葉桜まで呼び出して竈の温度について説明を受けている。楓に竈の火加減を見てもらっている。
 夏蝶が卵白を泡立てたチョコ味の菓子を沙桐に贈った。
「夏蝶ちゃん、ありがと」
「どういたしまして」
 貰えるとは思っていなかったのか、沙桐が笑顔で礼を言う。

 渓は先に出かけており、麻貴と柊真の護衛をそれとなく行いつつ、バイオリンを物陰より弾いたりしていた。
 ふと、二人を窺うと、麻貴が困ったような笑顔で柊真は肩を竦めていた。
 渓にそれがどういう意味かは分からなかった。

●とりあえず潰せ
 沙桐達も二人が泊まる部屋の遠い所に部屋を取った。
「混浴‥‥ダメ絶対」
 どこのキャッチコピーだと言わんばかりの楓にアルが抗議している。
「一緒に入りたいなー」
 怜も言うが、折梅に諭されて諦めた。
「楓君はあっちでいいんだよね」
 そっと沙桐が女湯を指差すと楓が思い出す。
「性別の話はしてなかったか」
「うん、とりあえず君付けしてた」
 片目を瞑る沙桐に楓が面白いように微笑む。

 女湯では女性陣が広い湯に浸かっていた。
「あー、極楽ー」
「若いのに」
 溜息をつく夏蝶に足を抱えて入る輝血に呆れられる。
「美味しい」
 湯の中で一杯やっているのはアルと折梅だ。輝血も貰おうとお猪口を手にすると、雪が注いでくれた。
「私も貰おうか」
 楓が言えば、渓も便乗する。酒好きが多いらしく、すぐに頼んだ銚子がなくなった。
 全員が全員出てる所が出てるので、珠々は隅っこにいた。

 男湯では何ともいえない雰囲気だった。
 全員が中性的な容姿であり、髪が長いので全員艶やかに纏め髪。他の客がいたらどれだけ残念がられる事か。
「青嵐さん、輝血ちゃんとは?」
「とはと申されましても‥‥」
 沙桐の問いかけに青嵐が困り顔で呟く。
「輝血に唇が青嵐の頬に当ってた」
「怜さん!」
「怜君、その話を詳しく!」

 そんな話が壁を越えて聞こえてくる。
「‥‥男同士のそういう話が来るとは思わなかった」
 呆然とする夏蝶の言葉に女性陣が頷いた。

●宴の始末
 宴が始まると、まず全員が沙桐に酒を勧めだす。
 多勢に無勢、沙桐の酔いは中々回るが中々強い。
「‥‥もう邪魔する気はないんだけど」
「そうなの? あ、れーちんご飯ついてる」
 怜の頬についていたご飯粒を取っていたアルが言うと、沙桐が笑う。
「ここまできて邪魔するわけには行かないでしょ」
 そう言うと、全員がそれぞれの食事を始めた。お酌役がいなくて沙桐がしょぼんとなる。
 ある程度、宴が進むと、足音が聞こえた。
「やっぱりばあ様。何で言ってくれないんですか」
 障子を開けて入ってきたのは麻貴当人。
「何してるの!」
 ぎょっとする夏蝶に麻貴は沙桐の隣に座る。
「妙だと思ったんだ。こんな忙しい時期に休みになるわ、宿に着いたら何故かジルベリアの楽器の音色が聞こえるし」
「なんだ。バレていたのか」
 残念といわんばかりに渓が悔やむ。
「柊真も隠し切れなくて寝る前に教えてくれたんだ。ばあ様と沙桐が来てるって」
 御門から菓子を貰って麻貴が嬉しそうに礼を言う。
「寝る前って‥‥寝てるの?」
 夏蝶が言えば、麻貴が美味しそうに御門の菓子を食べながら頷く。
「でも、企画してくれてありがとう。本当に助かった」
 にこっと笑う麻貴に全員が笑顔となる。

「で、沙桐殿がもふらを着て‥‥」
 楓が沙桐の話をすると、麻貴は心底見たかったようで悔しがっている。沙桐がおんぶなら自分は抱っこだと珠々を膝に乗せて、御門にお酌をしてもらって上機嫌。

「はい」
 輝血から渡されたのは簡単なチョコレートのお菓子。
 青嵐は微笑んで受け取ったが、心中はこの喜びを街中に伝えたい模様。

 夜遅くまで起きていたせいか、怜が眠り、アルが別室で寝かせていた。
「おやすみ、れーちん」
 怜の頭を撫で、アルもまた、温かい怜を抱いて眠りへ向かった。

 酔い覚ましに縁側に出た沙桐に雪が追う。
「沙桐様‥‥心配しておりました」
 それは先日の件。楓にも心配してもらっていた事を思い出し、苦笑し、礼を言った。
「麻貴様は月や星がお好きと聞きました。手を伸ばせば触れそうなんですけどね‥‥」
 また手を握っていいかと雪が言えば、沙桐が俺からするよ笑い、一呼吸置いて雪の手を握る。雪は繋がれた手に沙桐への心配や祈りを込める。
「‥‥俺、もっと強くなるよ」
「お手伝いできるなら言ってくださいね」
 祈りが届いたか、沙桐が呟くと雪が笑った。

「でも、一番楽しい思いをされたのは‥‥」
「最後まで言っちゃダメ」