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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 理穴観察方第四組主幹である上原柊真は疲れた顔をして机上に置いてある紙を見ている。 「入るぞ」 そう言って入ってきたのは梢一だ。 「進展はあったのか?」 柊真の様子を見て勘付いて梢一が言うと、柊真は机に視線を向ける。 「紙片か。何だ紋か?」 梢一が無意識で呟き、記憶を辿る。 「‥‥金子家の家紋か」 「丸の中に鉄線の花の家紋は俺が知る限りでは金子家だ。あそこの家は代々シノビを抱えている家だ」 ため息交じりに柊真が言うと、梢一も同意のようだ。 「あれからばたばたと別の仕事が立て込んで開拓者達を呼ぶヒマすらなかったが、あの置屋は十中八九、金子家のシノビ小屋だろう」 断定をする柊真の言葉に梢一は頷くしかできない。 「金子家は羽柴家とも縁ある家だ‥‥この事が義父上の耳に入れば‥‥」 「私の耳に入ればどうなのかね」 低く、静かな声が聞こえると、二人が揃って声の方向を向く。 「羽柴様!」 二人が名を言ったのは羽柴家当主の杉明だ。 柊真と梢一揃って顔を顰めるのは杉明の肩の辺りでもぞもぞ動いている何か。 杉明がおんぶをしているらしく、体勢を直すために、背負っているものを少し揺さぶると、おぶさっている何かが声を上げる。 声に気づいた二人がずかずか杉明に近づき、怯えているだろう何かを杉明から引き離す。 「‥‥」 顔を見られたくないのか、もふらのぬいぐるみで顔を隠している。 「‥‥羽柴、お前は羽柴様の護衛についていたんじゃないのか?」 じとりと、柊真が麻貴を睨み付ける。 「‥‥もうしわけありません」 素直に謝る麻貴は自分の失態をよく理解しているらしい。 「羽柴様、ウチの部下が何をしましたか」 梢一が言うと、杉明は薬草の町で疲れて山賊を追いはぎしていたという話をし出した。 「わ、は、羽柴様! 言っちゃだめですよ!!」 慌てる麻貴は柊真にがっちり組まれて動けない。よく見れば麻貴は着ぐるみ姿に布団を羽織ってます。 「つか、まるごとひつじにもふら布団?」 首を傾げる柊真に杉明が真実を話すと二人は頭を抱えた。 「お前もう二度と羽柴様の護衛には付かせない」 「私の方から護衛方に話をつけておこう」 上司二人から言われ、麻貴はしゅんとしてしまう。 「まぁ、馴染みの開拓者殿よりも説教を喰らったのだ。許してやってくれ」 「美味い雑炊を食わしてもらいながらか」 柊真が腕の中にいる麻貴に言えば、当人は黙ってしまう。 「とりあえずは進展があった。病み上がりで悪いが、檜崎を呼んで来い」 「はい」 ぱっと、柊真が手を離すと麻貴は部屋を出た。 麻貴の足音が聞こえなくなると、杉明から口を開いた。 「東家の若殿を狙っていた者が誰かは分かったのか?」 「はい、美鈴殿付の侍女でした。粧子と名乗っておりましたが、本名かは分かりません」 梢一が言えば、杉明がシノビかと呟く。 「紹介してくれた身元は金子家の当主。若君は東家の陽光殿とは友人の関係です」 「ならば、何故、私や東家を狙ったのか問いただせねばなるまい。だが、今回はあくまでも監察方の仕事としてやってくれ。私が必要ならばいくらでも手を貸そう」 淡々と杉明が言えば、ふと、思い出したように言った。 「金子家の奥方は身体が弱くてな。二年前に病に伏して以来あまり容態が芳しくないらしい。随分と色んな薬師や医者を渡り歩いていたが、どうにもな‥‥志体があっても病気だけはどうする事もできぬ」 そっと溜息をついた杉明は一人その場を辞した。 「どうやら、監察方の狗が動いているようだ」 淡い淡い蝋燭の明かりの中、一人の男が苛苛したように呟いた。 「これで東家と金子家の繋がりに曇りが付いた。羽柴殿の耳に入れば羽柴家の繋がりにも曇りは付く」 もう一人の男がくつくつ笑う。 「しかし、忌々しい‥‥」 苛つきを隠せない男は夜空を見上げる。 猫の目の如くにか細く輝く繊月がそこにあった。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
エルネストワ(ib0509)
29歳・女・弓 |
■リプレイ本文 「あら、まるごとひつじ、着てないの?」 羽柴家に通され、開口一番に言ったエルネストワ(ib0509)の言葉に麻貴はがっくりと肩を落とした。 今日はいつも通り、男装姿だった。 「元気になられて何よりです」 にこやかに御樹青嵐(ia1669)が言うと、麻貴が礼を言う。 「これ、夏蝶さんからの差し入れです」 差し出された滋藤御門(ia0167)の手にはここには居ない楊夏蝶(ia5341)の柏餅が包んである風呂敷。 「これはありがたい。四組の皆で頂こう」 にこにこ笑顔で麻貴が言うと、丁度よく杉明が陽光と美鈴を連れて現れた。 二人とも、体調が戻り、初めてあった頃を思い出せば、毒というものが若い夫婦を苦しめていたのかよく分かる。 「元気になられて何よりです」 安堵したように白野威雪(ia0736)が言えば、若夫婦は「その節は‥‥」と頭を下げる。 「さて、話を聞こう」 杉明が上座に着くと、珠々(ia5322)が膝を進み出、超越聴覚使って聴覚を研ぎ澄ませた。 「だいじょうぶだ」 「だいじょうぶよ」 この部屋にいる者で微かな声は超越能力を使った珠々にしか聞こえない。 ピクリと微かに珠々が眼を見開く。 「家には葉桜しかおらん。使用人達は夜まで帰ってこない。二人だが、私が信用できるシノビがいる。安心めされよ」 杉明が言えば、珠々は少し、躊躇した。声に出してもいいものか。 「声を聞かせてくれ」 子に聞かせるように優しく言う杉明に珠々は声にだした。 「私は二度、東家を訪問しました。結果は粧子がシノビで、陽光さんを狙っていた事が分かりました。でも、それは、私達が『見つけた』というよりも、粧子が『動いた』という事で止める事が出来ました。 私はシノビです。シノビとは、自分に任務を渡した者が誰なのか気取られないようにします。いざとなれば、命を投げる事もします」 珠々はぐっと、拳を握り締める。 「どうしても、任務を与えているのがシノビを使っている主とは思えません。何か、何か嫌な気がします」 不安が声に移ってきているのか、珠々の声は段々震えてきている。 「能がない人間もおるがな。まぁ、シノビの仕事の手荒さは珠々殿の言う通りだ」 珠々の言葉を受け止めつつも、サラッと酷い事を杉明が言う。 「金子家への疑惑は粧子が私に牙を向いた時に確定されてます。私達を気遣ってくれて本当にありがたい」 「どのような真実があるか、どうか、調べて下さい」 若夫婦の言葉に珠々はそっと息をつく。その直後、葉桜がお茶を持って来た。 皆にお茶を渡していくと、葉桜がくすくす微笑む。 「父上、意地悪してはいけませんよ」 それだけ言って、葉桜は下座に付いた。 「にゃ!」 びくっと、珠々が我に返った。つい、噴出したのは麻貴と青嵐と陽光。沢村楓(ia5437)が呆れている。 例え何と言われようとも紙で伝えるべきだった事を理解した。 声に出して不安だという事を相手に伝えてしまったのだ。杉明が信用しているシノビが自分も腕は信用できる柊真と沙穂という事と、羽柴家にはこの部屋の中にいる人達以外誰もいなかったし、家の周囲にも誰もいなかった。 杉明の言葉に絆されてしまった。向こうも言葉で聞く事によって感情を窺がおうとしていたらしく、珠々は不安をかき消す事は出来なかった。 「く、悔しいのです」 素直に珠々が言うと、杉明が楽しそうに笑う。 「信用して貰って嬉しいぞ」 珠々を膝の上に乗せて杉明が言うと、珠々は黙り込む。 「信用って、私にもあるんでしょうか」 「信用はされておる。私も若夫婦も、私の娘達も開拓者を信じておる。お主達からも信用を得られたらよい事と思っておる」 杉明が言うと、珠々は『お父さん』ってこういうのかなと思った。 「粧子さんが、監察方の管理下の事は存じていらっしゃるのですか?」 雪が言えば、陽光が首を振る。 「事を荒立てるつもりはありません。東家にも粧子は突然倒れたという事で茜殿の機転で但馬家縁の医者の所に預けてあると伝えてます。この事を東家で知るのは私達のみ」 雪は但馬家縁の医師という事で東家には知られているので、雪が引き取った事になっている。 「東家、金子家、羽柴家の三つの繋がりを分断し、得をするものはいるのでしょうか」 ずばり聞いてきたのは御門だ。 「いますよ」 きっぱり言い切ったのは陽光だ。 「私達の政敵に当たる連中だ」 「つまり、三つの家は同じ派閥って事?」 エルネストワが言えば、杉明が頷く。 ● 先に金子家周辺へ向かったのは夏蝶だった。 周辺に張り込みをし、出入りする人間のサイクルを確認した。 「金子家? よく野菜を入れて貰っているよ」 「最近、何だか静かだなって」 目立つ赤い髪は隠し、夏蝶が屋敷の近くを通ったという話をしたら、張り込んでいた夏蝶が見た八百屋の主人は頷いた。 「奥様は元から病弱な方で、今は病気をしちまっている。元気な時は俺なんかにも「美味しい野菜をありがとう」って声かけられたからな。優しいお方だよ、早く直ってほしいもんだ」 それから何軒か話を聞くと、夏蝶は足止めを喰らった。 「いやー、それでね、そこの新しい女中さんが可愛いのよー」 現当主が結婚してから出入りしているという女将さんがべらべらと喋りだした。取り止めがない話だが、色んな話が入り混じり、寧ろ、話が止まらない。 「ええと、奥さんも病気で大変よね。神頼みとかもしたい所よね」 話を整理して、何とか聞き出そうとする夏蝶だが、女将さんは更に喋りだす。 「そうなのよね! 旦那様も奥さんが大事でね、そういう所にも行ったみたいね。でも、今はそういうのをやめているみたいよ」 「いいお医者さんが見つかったのかしら」 「みたいよー。旦那様の知り合いらしいんだけど、さっき言ってた新しい女中さんがね、以前の勤め先で見たってっ」 「え?」 「本多とかいうお偉い様みたいだとか。まぁ、その子もよく分からないとは言ってたけどね」 そうですかと、夏蝶は話を何とか打ち切り、逃げ出した。 「暖かくなったなぁ‥‥」 ぼんやり呟くのは冥霆(ib0504)だ。 「おにいちゃん、おてだまじょうずだね」 にこにこ女の子が笑いかけると、冥霆もつられて笑う。 「そうかい?」 「うん!」 何の花が咲いただの話ながら待っていると、黒の羽に紫の瞳の小鳥が冥霆の視界に入った。 「さて、お兄ちゃんは行かないと。またね」 「またね!」 お手玉を女の子に返し、冥霆が歩き出す。 目的の場所に移ると、一枚、板の向こうで気配がした。 「もうすぐです」 「わかったよ。骨が折れるね」 くつくつ冥霆が笑うと、程なく飛脚が現れた。 手紙を置屋の者に渡す飛脚を冥霆が足で追って、青嵐が人魂を使って追うが、終着点がすぐに分かった。 近くの飛脚屋だ。 「待つしかないね」 冥霆が見上げると、頭上を飛ぶ黒の小鳥がゆっくり旋回した。 羽柴家を出た楓は一人、杉明が紹介した医師と薬師に合っていた。 とある医師の診療所に顔を出した。 「ああ、羽柴様のご紹介ですか。金子家の奥方ですか」 「どのような方向で医術をされたか知りたく参りました」 重々しく言う楓に医師は困った顔をする。 「奥方様は元々、肺や喉が弱い方でしてね。今回も喉の病でしたが‥‥どうやら、病が重複しているようで」 「重複?」 医師が困ったように言うと、楓が柳眉を顰める。 「ここ半年、臓器の病を発症したようで‥‥一度見せて頂き、それからは奥方様は別の医師に見てもらっていると聞いてます。私が処方し続けたのは薬草です」 「その医師を存じていますか?」 「本多家の御用達医師と聞いてます」 「ほう‥‥」 口を割る医師はどこか目を伏せてしまう。 「‥‥正直、心配です。腕は立ちますが」 それだけ言うと、医師は口を閉じてしまい、楓はその場を辞した。 少し、時間を巻き戻し、御門、雪は杉明と女の格好をした麻貴を伴い、金子家へと向かった。 先にエルネストワと沙穂が周囲の監視をし、珠々が金子家へ侵入をしている。 門を潜ると、玄関に鉄線の家紋が掲げられていた。じっと、雪がそれを見つめていると、人が奥より現れた。 「杉明か。よく来た」 金子家当主が笑顔で迎えてくれた。 「たまには奥方の顔を見たいと思ってな。奥方は快方に向かわれているのか?」 杉明が言うと、当主は顔を伏せる。 「快方に向かっているとは思いたいがな。中々に‥‥だが、顔は見せてやってくれ。後ろにいるのは末娘の麻貴殿だな」 当主が話を変えて、麻貴に声をかけると、麻貴は頭を下げて挨拶をする。 「して、後ろの方々は?」 「ああ、医師の心得のある方でな。よければ見せてもらおうと思ってな」 眼を丸くする当主だが、にこっと、雪と御門に笑いかける。 「よかったら見てくれ」 場所を移し、奥方の部屋へと向かう。 奥方はとても美しい人だった。だが、それは病の影が濃く移していた。 こっそりと雪が解毒を発動したが、奥方には影響がなかった。 (「毒ではないのですね」) ほっとする雪を見て御門が毒を与えられていない事に気づき、二人は目を合わせて少しだけ微笑む。 「黄疸が見られますね」 「‥‥肺と喉の異常も‥‥これは、同時に別の病が発病しているのですね」 御門が言えば、当主が頷く。 「とある医師も同じ事を言ってました」 「お話が聞きたいです。僕にも会えますか?」 御門が言葉を挟むと、当主は「知人の御用達医師なので‥‥」と言葉を濁した。 「そうですか」 貴族の間でも、お抱え医師であれば簡単に会えない医師もいる。 家の中に侵入している珠々は何だかわけのわからない気遣いに戸惑いと苛つきを覚えるしかなかった。 どうみても、手薄だ。 幼くも実戦を重ねている珠々が見破れないという可能性はある。だが、おかしい。 それでも、珠々は冷静に周囲を見回っている。 息子は現在、仕事に出ているようなので、確認のしようもない。 影で実権を握っている者がいないか御門は表より、珠々は裏から確認している。 誰もいない書斎に降りると、引き出しなんかを素早く開けていく。 何か、書状でもないか探していく。 見えたのは、立葵の模様が書かれてある紙だが、当主の名前が書いてあるだけ。 手がかりなしかと思った瞬間、珠々が降りた場所から衣擦れの音がした。珠々が素早く苦無を構えてその方向に構えると、珠々は眼を見張った。 自分と同じシノビの少女が眼を真っ赤にして立っていた。金の髪を鉄線の花の簪で留めている。 可愛らしい顔立ちの少女は悔しそうに辛そうに唇をかみ締め、珠々を見ている。 「え‥‥」 珠々が自分が泣かしたのかと錯覚した途端、少女はその場から姿を消した。 はっと、気付いた珠々が追う。 外で潜伏していたエルネストワは鷲の目を使って周囲を観察していた。 どうにも、潜んでいる人物がいる。だが、金子家に何かをしているという訳ではなさそうだ。 話を聞けるものなら聞きたいが、沙穂に止められてしまっているし、歯痒くも感じる。 そっと溜息をつくエルネストワだが、鷲の目を使っていた彼女には十分視界を捉えることができた。 年の頃は珠々と変わらない少女。金の髪に鉄線の簪をつけたシノビ姿だ。 その眼には涙が溜まっていたのか、風を切って塀を乗り越えてしまうと、涙が零れてしまっている。 何で泣いているのかも分からないが、エルネストワは呆然とその背を見つめていると、慌てて飛び出す珠々がいた。 「何があったのかしら」 ふと、屋敷周囲にいた者に意識をやると、いなくなっていた。 「居ただけもうけものよ」 いつの間にかにいた沙穂が声をかけると、エルネストワはそうねと頷いた。 少女は中々に早かった。 金猫と黒猫の追っかけ合いは中々に決着が付かない。 「っ‥‥!! タマ?!」 ぎょっとしているのは夏蝶だ。 タマが金髪のシノビ娘と追いかけっこをしている。 「もう、何してるのよ!」 夏蝶も走り出す。 ふと、超越聴覚を使っている珠々の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。冥霆と青嵐の声だ。 「冥霆さん! 青嵐さん! 捕まえてください!」 きっと、冥霆なら超越聴覚を使っているだろうと思って遠くから叫んだ。 飛脚の仕事終わりを待とうとした冥霆はすぐに理解し、金猫を見つけた。青嵐も同じく、呪縛符を発動しそうになった瞬間、追っかけ合いは終了した。 「おや、役得かい?」 こんな時にも飄々と言う冥霆に青嵐が溜息をつく。冥霆に少女が飛びついたのだ。 「あんた‥‥置屋のシノビ小屋で見張ってたシノビでしょ‥‥監察方のシノビでしょ‥‥」 嗚咽で震える少女の声に冥霆はどう言っていいか悩んだ。監察方の名前は出してはいけない。それは一番守らなくてはいけない事だ。 「たすけて‥‥奥方様を‥‥」 「どうしたの?」 追いついた夏蝶が言えば、珠々が金子家で見たシノビと言った。 場所を移して開拓者で話を聞いた所、少女は蔓というらしい。 雪が鉄線の簪を見て金子家のシノビかと尋ねると、更に悔しそうな顔をした。 受け答えを見ていると、まだ実戦もまだまだな新人らしい。 楓が本多の名前を出すと、蔓ははっとした。 「楓っちも?」 夏蝶も聞いた名前で、楓は本命と思った。 「本多家の医師とは凄腕と聞いた。奥方の病もじきに直るだろう」 呆れたように楓が言えば、蔓はかっと、目を見開く。 「何馬鹿な事を言ってるんだ! あの医者が来ても奥様は治ってないじゃないか! 殿様が奥方様が大事だから‥‥大事だから‥‥」 「杉明殿を狙ったのか」 楓の静かな言葉にころりと、蔓の瞳から涙が零れ落ちた。 「粧子を送り出したのもですか?」 珠々が言えば、蔓は首を振る。 「そんなの知らない」 「本多家が影から粧子を推した可能性があるって事?」 エルネストワが言えば、青嵐が頷く。 「本多家って、何者だい?」 冥霆が言えば、蔓はきっぱり言った。 「金子家、羽柴家、東家の対抗派閥の一つだよ」 誰もが想像の中にある事。誰も声を荒げたりはしなかった。 蔓を帰した後、開拓者達は羽柴家に向かい、報告をした。 杉明は驚いたふうでもなく。礼を言った。 「‥‥シノビとは、道具なのですか」 低い声で雪が呟いた。 「道具ですよ?」 当たり前のように珠々が言い、夏蝶がそうねと肯定し、御門と楓は眼を伏せた。 「何故ですか、同じ人なのに」 道具なのに蔓は動いた。気付いてほしくて、助けてほしくて。それは道具としては間違っている。 「シノビとはそうあるべきです」 存在価値を説く珠々に雪は納得していない。やり取りを見て、青嵐は想い人を思い出す。きっと、この場に居たら珠々と同じ事を言うだろうと。 「私は「そんなもの」で終わらせたくありません」 「優しいね」 エルネストワが言えば、冥霆が自嘲するように微笑みを浮かべる。 「ありがとう」 冥霆が礼を言うと、珠々は雪の頭を撫でた。そうしたかった。 |