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■オープニング本文 自分なんて必要のないものだと思っていた 物心がついた頃には親というものの弟にあたる男とその家族に嫌な目で見られていた。 どうやら自分は親というものに捨てられたらしく、兄弟である男に預けられたのだという。 裕福な家ではなく、家族で暮らすのがやっとの家。 自分など穀潰しと言われ続けていたのだから、歓迎はされていなかった。 満足に食事を与えられる事はなく、いつも野菜くずを摘んで生き延びてきた。 ある夜、男が自分をどこかに売ろうとする話を盗み聞いた。 このまま流されるように居てもきっと、ロクな目に遭わないだろう。 その夜、自分は家を出た。 家の食料を持てるだけ持って行き、暗い夜の中歩いて行った。 野犬の遠吠えなんかも聞こえてきた。 小さい自分には命の危険を覚えさせられるに十分なもの。 草叢より出てきた野犬もまた、飢えていたのだろうか、しまりなく口から涎を垂らして自分を見つめていた。 殺される。 飛び掛られた時に近くにあった棒を掴んだ。 ドクドクと体の中で音がする。 やっと自由になれたのに! 初めて大声を上げた。 思いっきり棒を振り上げ、野犬に叩き付けた。 「ギャイン‥‥!」 野犬はそのまま死んでしまった。棒は折れて破片がどこかへ飛んでしまった。 ぜいぜいと肩で息をしてふらふらの状態でまた歩いて行った。 随分歩きに歩いて着いた先は誰も使っていなさそうなぼろぼろの家屋。 家の周辺も草が自分の背丈ほど生えており、隠れ家にするには十分過ぎるくらい。 家の中には打ち捨てられていた火打石があり、近くの小枝を拾って燃料とし、草を摘み取ってそれを布団にした。 近くに林があり、そこで狩をして肉を食べ、食べられる野草を自ら食べて判別してきた。 時折、身体に悪いものもあったが、苦しんでいたら次第に直っている事も多々あった。 それから二年、住んでいる。 誰にも邪魔をされない自由な日々。 狩ったものを買ってくれる大人がいる。 大人の家で要らない服や毛布なんかと交換するようにした。 あと、初めて握り締めた金。 だが、その大人はある日、動かなくなっていた。林の奥の方へ行ったら、動かないまま運ばれて帰ってきた。 周囲の大人たちはその状態を見てアヤカシだと言っていた。 近くに化け物が出るようになっていたらしい。 少しだけ不便になった気が‥‥する。 ある日の事だ。 初めて人が家に来た。 茶髪に紫色の目をした男だ。 「ああ、住んでいたのか」 すまないと男は言って、一晩泊めてくれないかと言った。 何もないと言えば、構わんと、男が持っていた非常食を分けてくれた。 男はこれから山に向かうのだという。 死んでしまった男の話をすると、男はそうかそうかと言う。 「一宿の礼に全部ぶった斬ってやりたいが、時間が無くてな」 うーんと悩む男は思い出したように懐から金を出した。 「開拓者ギルドという所に行くといい。そこには開拓者という奴がいるから、そいつらを雇ってアヤカシを倒すように言うといい」 そう言った男は金は依頼料だという。 開拓者というものは金で使うらしい。 次の日、男は明け方に早々山に行った。 「助かった。ありがとうよ」 そんな言葉を貰ったのは初めてだ。 自分は開拓者ギルドへ向かい、開拓者にアヤカシを倒すようにと言った。 |
■参加者一覧
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
ルーンワース(ib0092)
20歳・男・魔
神鳥 隼人(ib3024)
34歳・男・砲
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
山奈 康平(ib6047)
25歳・男・巫 |
■リプレイ本文 開拓者ギルドにて下調べを行い、その結果を受付嬢が集まった開拓者に告げると、誰もが言葉を失った。 まだ子供なのに凄惨な過去を持つ少年に衝撃を受けていた。 「名すらないのか‥‥」 ぽつりと呟いたのは御凪祥(ia5285)だった。 子供とは本来、母の胎内から出て、初めて貰う贈り物が名前だ。 「でも、今は自由なんだよね‥‥」 ぎゅっと、服の裾を握り締めたのは和紗彼方(ia9767)。思うだけでも辛くなってしまい、目に涙を浮かべている。 「ああ、話を聞けばそうだな」 安心させるように劉天藍(ia0293)が彼方に言えば、彼方は強く目を瞑ってしまう。目に溜めていた涙が瞼に押し出され、頬を伝って零れ落ちる。 「アヤカシって、突然湧くから厄介なんだよなぁ…」 溜息をついたのは藤丸(ib3128)だ。相当げんなりしているのか、耳が垂れてしまっている。 「確かにな。だが、その為に俺達はいる」 笑う神鳥隼人(ib3024)はとても頼もしい。 「どんな形でも、生きる術を見つけたという事は良い事だから」 ルーンワース(ib0092)が言うと、若獅も頷く。 「居場所を護ってやんなきゃな!」 全員が若獅の言葉に頷き、アヤカシが出る場所へと向かう。 ふと思い出したように山奈康平(ib6047)が振り向いた。 「すまないが、少年の家を教えてもらいたい」 そう言うと、受付嬢は康平に地図を渡した。 ● 目的の林の入口近くに少年の家はあった。 声をかけてやりたいが、今はアヤカシの討伐が優先だ。 林を入った当初はあまり気には留めていなかったが、どんどん進んで行くほど林の中が暗くなっていく気がしている。今日は晴天であり、日の光も入っているのに。 「酷くなっているな‥‥」 藤丸が顔を顰めると、彼方も頷く。 「そろそろ近いな」 瘴索結界を行っていた康平が告げると、全員が表情を固くした。 なおも進むと、康平が足を止めた。 「どうかしたか」 隼人が尋ねると、康平が林の先を見据える。切れ長の翠の瞳が見据えるのはまだ見ぬ敵か。 「走り出した。気をつけろ」 はっと気付いて若獅と祥が前に出る。 ルーンワースが即座にアクセラレートを若獅にかける。 「皆、脇に逃げろ!」 若獅が言うと、全員が左右に分かれた瞬間、轟音が聞こえてきた。地を蹴る音は不安を呼び寄せる。 茶黒の毛並みの猪が猛然と走ってくる。若獅(ia5248)はギリギリまで引きつけ、跳躍して猪に蹴りつけた。 「くっ」 化猪の勢いは激しく、上手く攻撃が伝わらない。 アクセラレートを付与した祥もまた駆け出した。 愛用の槍‥‥「人間無骨」を構え、轢き殺そうと猛然と進む化猪めがけ槍を振るう。だが、槍の切っ先は化猪の皮膚を抉るにとどまった。 「先を急げ!」 祥が叫ぶと、若獅とルーンワース以外が奥へと走り出した。 多分、まだここは入口とは言えないのだろう。 人間の肉欲しさに猪が飛び出してきたと祥が判断した。 「引きつけるぜ」 ぽつりと、若獅が更に猪を追い、祥は頼むと目を合わせた。 化猪は小回りよく向きを変え、甘美なる人間の肉を求めている。一つ覚えの如く、猪は走り出し、また若獅が前に出る。 若獅の後ろにはルーンワースが控えており、彼はフローズを発動させた。林の中のか細い光源の中、冷気は微かな光を反射し煌いた。 みるみると化猪の毛並みが凍っていき、足元もどんどん鈍くなっていくが、その速さは止まる事はない。 若獅が再び、祥が攻撃するのに丁度いい間合いを計り、立ち止まる。化猪は遅くなった足でも本能のままに駆け出して若獅を狙う。 「俺は囮だ」 静かに吐き出された若獅の言葉が猪に伝わったかは分からないが、ギリギリまで引きつけてひらりと回避した。 「はぁあああああ!」 気合と共に槍に精霊力を込めて祥が動きが鈍くなった槍を突き出した! 攻撃力が上がったその一打は容赦なく化猪の顔面に刺さり、攻撃の勢いと猪自体の速度があいまって頭蓋と肉を容赦なく傷つける。 「は!」 一歩踏み出して槍の柄を背に回し、腕で挟んで握りなおして気合と共に槍を振るうと、化猪は振り子のように重力に従い、槍から外れて近くの木にぶつかった。 元々槍が致命傷であったが、木にぶつかった衝撃で内臓や血が周囲を汚した。 「急ごう」 祥が言えば、二人は頷いた。 ● 時間を少し巻き戻し、猪と戦っている若獅達と少し離れた場所‥‥下調べによる奥の入口付近で残りの開拓者達は鎌鼬と遭遇していた。 先手とばかりに藤丸が練力を練り、飴色の弓を引いた。 バーストアローとなった矢は周囲を衝撃波と変えていき、鎌鼬へと向ける。鎌鼬もまた同じ行動をとっており、衝撃波を放っていた。 二つの衝撃がぶつかり合い、摩擦していく。その様子に機転をまわしたのは天藍だ。結界呪符「白」と発動させ、壁を作る。 衝撃波の摩擦により突風と共に両方消滅してしまった。 朝顔発動し、そっと心を落ち着かせ、敵に再び攻撃をさせまいと飛び出したのは隼人だ。まだ突風が治まる前に飛び出し、衝撃波で吹き上げられた葉や枝の破片が康平がかけた加護結界が護った。 「神鳥隼人、推して参る!」 言葉と同時に鳥銃「遠雷」の引き金を引き、弾丸を撃つ。一見、的外れのような角度ではあったが、即座にクイックカーブを発動させ、当てようとするが尻尾を打ち抜いた。 だが、アヤカシは身体の一部分がなくなろうと関係ない。そこに人間の肉があるから最後まで動く。 もう一度衝撃波を打ち出した時、彼方が出ており、咄嗟に腕を交差させたが、少女の柔肌を衝撃波が容赦なく襲う。 「突き進め!」 叫んだのは神風恩寵を彼方に発動させた康平だ。 優しい新緑のような力強い風を感じた彼方は術者の人柄に似ていると頭の片隅で思った。 手裏剣「風華」に颯を乗せて鎌鼬の足を狙った。彼方の手から放たれた「風華」は風を纏い、舞散る花弁の優麗さを見せつつも鎌鼬の足を地に縫わせた。 単動作を終えた隼人が引き金を引き、同時に天藍が雷閃を呼び寄せ、放つ! 二人の弾丸と雷は鎌鼬を貫き、一度ばちっと、火花が散り、鎌鼬はその場に倒れた。 「終わったか」 猪組の若獅が声をかけると、康平が頷いた。 「残るのは蛇だね」 バーストアローで少々疲弊した藤丸が生唾を飲む。 八人でゆっくり奥へと向かう。 下調べでは後はもう白蛇しかいないのだから。 情報によれば基本的には白蛇は水場を好むという。川ならば移動の可能性があるが、今回は沼だ。 目的の沼に出たが、意外と広い沼ではあるが、広大ではない。 白蛇の姿はなかった。 「撃って様子を見るか」 近距離は危険というのが全員の考え。隼人が言えば、祥が「いや」とだけ言った。 「雷鳴剣を撃とうと思う」 「俺も雷閃を撃とうか」 天藍が手伝いを言えば、祥が頼むと頷く。 パチっと、祥の槍には赤を混ぜた雷が纏い、天藍の眼前に青を混じった雷鳥のような式が現れる。 二人が技と式を放つと、沼の表面でばちんと!はじける音がした。 大きな水しぶきが立ち上がり、何かが激しく水面にぶつかった! はっと、ルーンワースが水しぶきの奥より伝わる気配に気付いた。 水をかぶり、更にぬめついた白い鱗肌。爬虫類独特の金色の禍々しい眼に口より長い舌がうねる。 藤丸と隼人が素早く矢と弾丸を撃ったが、尻尾で防がれた。 射程距離ギリギリまで間合いを詰める為に若獅が走り出した! それに気づいたルーンワースがホーリーコートの加護を若獅に与える。 「喰らえ!」 鋭い声と共にホリーコートの加護がついた紅砲を若獅が繰り出す。 直接ダメージがいったのか、白蛇はのたうつように上半分を水面に打ち付ける。だが、奴の攻撃は下半分にある。技を放った直後の隙を狙い、下半分が若獅を狙う! 「させるか!」 声は厳しいが、川に落ち、流れに身を任せ揺らめく葉の如くの流麗な切っ先が若獅を護った! 下半分はそのまま祥の一撃で斬られ、白蛇の目玉二つも隼人と彼方の弾丸と手裏剣が貫いていた。 静まったその場に若獅が息をついた。 「助かった」 礼を言う若獅に祥は無事ならいいと静かに笑う。 ● 退治を終え、近隣の村人達にルーンワースが報告を告げに行っていた。 その間、他の面々は少年の家にいた。 小さな家ではあったが、なんとか詰め込む事に成功した。 開拓者である事は理解していたが、なんでここに来るのか少年は理解できないままだった。 どうやら少年は今日の食事をまだしていなかったとの事で、祥が殿様お握りを渡した。 肉厚の焼鮭を使った大きなお握りに少年は驚いたが祥が勧めると無我夢中で頬張る。 素直に差し出されたお握りを食べる少年を見て、人間不信ではなさそうだと天藍は少しだけほっとしたが、康平は人を信じるという事を知らない可能性を考慮していた。 食べ終わると、天藍が荷物の中から色々と取り出した。 「これが芋幹縄。これを湯に入れて煮るだけでいい」 天藍が率先として少年に非常食の説明をしている。使い古しの図鑑を教えたが、種類は分かっても、文字が分からないらしいので、載っているものだけ天藍が説明した。 「この辺の場所、誰も使ってないんだよね」 彼方が少年に言うと、少年は頷く。 「だれも‥‥こない」 片言でたどたどしく少年は言う。 「じゃさ、野菜育てようよ折角あるんだし」 こくんと少年が頷くと、彼方が雑草を取り除きに外へ出た。 「自由な暮らしを手に入れたとはいえ、名前がないのは不自由するな」 考え込むのは祥だ。 何かと人を助ける依頼に縁がある祥はもう少し少年に親身になってやりたいと考えている。 「そうだな‥‥何と呼ばれたい? 俺は山奈という」 そっと微笑を乗せる山奈に見つめられ、少年はどうしたら良いのかわからず、呆然としている。 「一緒に考えよう」 祥が言えば少年は呆然としたまま頷く。 草刈中の彼方も呼び寄せ、全員で悩む。ここでルーンワースの手助けがないのが悲しいが仕方ない。 しかし、どんな名前が良いのか悩んでしまう。 全員が悩んでいると、若獅がおずおずと手を上げる。 「俺はさ、俺達と少年がであった事で繋がりが出来たと思うんだ。これからもきっと、色んな人と縁を繋いでいってほしいって思う。 だから、「キズナ」って名前をあげたいと思うんだ」 「絆か‥‥よき名前だ」 呟いたのは康平だが、全員頷く。 「ルーンワースの意見も待ってみようと思う」 若獅が言うと、囲炉裏の鍋の湯が煮えてきた。 一方、ルーンワースが近隣の村で少年の事を気遣ってほしいと声をかけているが、村人達は微妙な顔をしている。 何故かと聞けば、少年の家は元山賊の塒であり、そこで分け前が原因で殺し合いがあったとかであまり近寄らなかったらしい。 少年を心配はしているのだが、いつ、山賊が戻るのか分からず、かと言って、少年を預かるほどの余裕もなく、どうしようかと考えあぐねて二年経ったらしい。 虚しい話だなと思ったルーンワースは諦めずに次の家にも声をかける。 「何してんだ?」 同じような話を聞かされていたルーンワースに一人の男が声をかけた。男が声をかけた隙に、その家の者は即座に戸を閉めて逃げた。 戸を閉めた家人にむっとしたが、今は男に事情を話した。 「ああ、あの子供が雇った開拓者か」 茶色の髪に紫の瞳で誰もが男前と認め容姿の男は明るい調子でルーンワースの会話に乗っていた。 「やはり、子供だし、気にかけてくれる大人はいないか声をかけてて」 「そういう事情じゃなぁ‥‥」 苦笑する男をルーンワースが見上げると、横髪より見えたのはこめかみの傷。 「ギルドに言って保護してもらえばいいんじゃないか? 志体だって持っているみたいだし、どこかの師範の所にでも預けたらどうだ」 男の提案にルーンワースは仲間が少年の人間不信を懸念しているらしい旨を伝えた。 「ああ、なるほど」 納得した男とルーンワースは少年の家に戻った。 温かい魚と味噌の匂いがした。 若獅特製の鍋だ。 「ああ、美味いな」 笑顔で鍋を食べる隼人に若獅はほっとする。 「うん、美味い」 同じ拠点で料理を得意とする天藍に誉められて嬉しい。 「キズナ、美味いか?」 少年の名前はキズナとなり、少年はそのまま受け入れた。名前というものが理解できないけど、貰えるのは嫌じゃなかったようだ。 美味いかどうかが分からないキズナは困惑している。 「食べられるなら美味いでいいぞ」 康平が言えば、キズナはこくんと頷く。 「よかった!」 「でも、村の人、ちょっとひどい」 むっとしているのは彼方だ。それは誰もが思う事。 「そうだな‥‥俺が引き取ってもいいが‥‥」 男が言えば、全員が男を見た。 「アンタ、キズナを護れるのか」 金の瞳を細め、男を睨み付けるのは天藍だ。似たような境遇を持つキズナにこれ以上傷ついてほしくないから。自由であったほしいから男を睨み付ける。こんな事で怯むような男なら預けられない。 「護ろう、俺の力で」 明るくもどこか軽薄な様子だった男が一転、真面目な顔になる。天藍の睨みにも怯まず、受け止める。 「キズナ、お前はどうしたい。この男と一緒に行くか」 美味かったと椀を置いた康平がキズナに尋ねると、キズナは男を見る。 「お前が決めろ」 男がキズナに手を差し伸べるとキズナはじっとその手を見つめた。 そして、手をとった。 ほっとした空気が流れ、その夜は終わった。 村人から空き家を借り、何とか体力練力を戻した開拓者達は戻る事にした。 「何か困ったことがあればギルドに相談に行け」 キズナの視線に合わせ、康平が言う。キズナは眼を見開く。自分には金がない事を考えているのだろう。 「確かに開拓者は金で使える。金がなくてもつき合う者もいない事はない。知合いの力も借りれば、自分の力以上の事が可能となる。覚えておけ」 確り言い聞かすと、キズナは頷いた。 何か言わなくてはならないが、キズナは言葉を知らない。 「ありがとう だ」 男が言えば、キズナはすぐに声に出す。 「ありがとう‥‥」 次に会う時があれば少年はどれだけ言葉を知るのだろうか。 とても、楽しみだ。 「あ、あんたの名前は?」 祥が思い出したように言えば男はにやりと笑い、空を見上げる。 「俺が名乗る時間は過ぎちまったなァ。いずれ、会うだろうよ」 笑う男はのらりくらりと回避した。 「次、会うのが楽しみだね」 帰り道、嬉しそうに彼方が言うと、年少組は楽しそうに笑い合う。 「どうかしたか」 康平が尋ねたのは隼人だ。 笑顔の奥に仕舞った筈の過去が脳裏をよぎる。 ひたすらに戦い、悲しい結果が待っていたあの記憶が。 あの男を見て胸がちりりと疼く。 「いや、なんでもない」 からりと隼人は笑顔で記憶の鍵を閉めた。 |