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■オープニング本文 武天は此隅に多くある道場の一つに通っている一人の少年がいた。 その少年は、成人したばかりの十四歳で、そろそろ出仕の話なんかも出たりしています。名前は敦祁。 文武に忙しい彼には密かに想いを寄せる少女がいる。 他の道場に通う少女で名前は御幸。 凛とした姿勢と意志の強い瞳を持って剣を振るう女剣士の卵。いざ、剣を離れると、明るく愛らしい。その差に心を奪われてしまった。 だが、いざ会えば意地悪な事ばかり言ってしまう。 その理由は周囲の兄弟子達だ。 見目いい優男や体躯ががっしりした美丈夫なんかが多く、皆、その子を可愛がっている。 可愛がり方が分からない自分には怒った顔ばかり見せてくる。 笑った顔が見たいのに‥‥ ある日、その少女は手に生傷をたくさんこさえていた。 女なんて弱いくせに何で剣を取るんだ。 そんな気持ちばかり募って、また意地悪を言った。 「決闘よ! 弱いなんか言わせないんだから!」 少年の言葉に少女は怒りを燃やし、言い切った。 とはいえ、決闘とはやすやすに出来るものではない。 子供同士でも決闘をしたらきっと、それなりの罰は与えられるだろう。 最低限、十日は剣を持つ事を許されないだろう。 剣を持てないと言う嫌な気持ちはあるが、少女が望んでいるなら付き合うのも良いだろう。 そう思っていたら、少女が通う道場より使いの人が少年の前に現れた。 自分より背が高いがその容貌はまるで天女のよう。 「真の強き漢たらんとすれば、全てを受け止めるべきです。そこから強くなりましょう」 その言葉は呆然とするくらい厳しかった。 決闘当日、少女は行く道で知らない男に声をかけられていた。 とても綺麗な格好をしていた。 無我夢中で少女と逃げたら、少女は笑顔で礼を言った。まるで、蕾んでいた花が咲くようだと思った。 淑やかに振舞う少女に戸惑い、結局は決闘はなかった。 その後、十日ほど道場の掃除やら、師範の雑務で剣を取る事を許されなかった。 雑務と掃除だけで素振りをする余力がなかったのもあるが。 少女の方もまた同じ状況だった。 その事は去年の暮れの前の事。 それから、何度か会ってはいるが、淑やかさをより習得した少女は更に女らしくなっている。 もう、眩しくて照れて真直ぐ見る事が出来てない。 春一番が吹いた後、少女は少年にチョコレートを渡した。 少年もそれが何なのかは知っていた。ジルベリアから伝わる愛を伝える風習。 真っ赤になって受け取った事は覚えている。 前までなら軽口と意地悪で切り返せたのに。 だめな自分に少年は自己嫌悪になってしまう。 受け止める事はできるが、そこから動けないんですが‥‥ 少年は一人、頭を抱えてしまう。 ここ数日、男性陣がやたらとばたばたしているのが目に付いた。 なんだろうと思ったら、ジルベリアのチョコレートの風習はなんと、男からお返しをしなくてはならないらしい。 更なる精神的追い討ちに少年は項垂れてしまう。 確かに、物を貰ったのだから、お返しはするべきだ。 母上に話を聞けば、やっぱり、楽しみにしてしまうと微笑んだ。そういや、聞いた日の夜に父上から簪を貰って喜んでいた。 てゆーか、時期終わった?! よろよろと歩く少年に声をかけてきたのは見覚えがある女顔。 「あ、正道館の‥‥」 御幸をよく可愛がっている兄弟子の一人だ。女のような顔ではあるが、少年の師範代とかに話を聞けば剛剣の持ち主だとか。ちょっと信じられない。 「御幸の友達だよね」 にこっと笑う男に少年はぶっきらぼうに「どうも」とだけ言った。 というか、今、二人がいるのは呉服問屋三京屋の前。しかも、少年に声をかけてきた男は店から出てきた。 「着物を買いに着てたんですか?」 「うん、ばあ様のお供だよ。後、理穴の方にお返しの贈り物を送りね」 にこにこご機嫌なのは、贈り物を贈ったからだろうか。やっぱり、相手がいるのかと少年は思い、いっそ聞いてもらおうとした。 「じゃ、店の隅で茶でも貰おうよ」 正道館では同期だった幼馴染が経営している店らしく、男は店員達と仲がよさそうだった。 「でも、お祖母様は大丈夫ですか?」 「うん、天南と話しているから、大丈夫だよ」 男の名前は鷹来沙桐というらしい。何で、祖母に自分を見せないように座るのが気になるが。 「あの、鷹来さんは、ジルベリアの風習のお返しはしましたか」 単刀直入に言うと、沙桐はこっくりと頷く。 「何か、女々しくないですか? 大の男が女の為に贈り物をするなんて」 手に持つ湯飲みに目を落としながら少年‥‥敦祁が言えば、沙桐はくすりと笑う。 「贈り物をするのもまた勇気なんじゃない? 自分が選んだものが喜んでくれるかって確約が出来ないし」 「あ‥‥」 それもそうだと敦祁は顔を上げる。 「御幸にでもチョコレート貰ったの?」 沙桐が尋ねると、敦祁は黙って頷いた。 「‥‥何を贈って良いのか分かりません‥‥」 「俺も贈りそびれた人もいるしなぁ」 ぼんやり呟く沙桐にこちらの方に歩く足音が‥‥ 「ならば、開拓者を呼んではいかがでしょうか」 「は?」 噂に聞く開拓者。 何でそんなつわものを呼ぶのか全く分からない。 提案したのは美しいと言っても過言ではない老婦人。以前、決闘の時に、御幸に連れられて会った事があるが、絶対に逆らってはいけない人種だと思った。 「開拓者とは、戦うだけではなく、悩みも聞き、解決へ導いてくださいます」 にっこり微笑むその笑顔はまるで菩薩のようだと敦祁は思った。 「‥‥あまりお金は出せませんが‥‥」 「大丈夫ですよ。それくらい、私がまかないます」 でも‥‥と渋る敦祁は老婦人に丸め込まれてしまった。 まぁ、百戦錬磨の五十年以上を生きた老婦人と恋に悩む少年とでは菩薩の手の平で踊る猿同然だ。 「ね、おばあちゃま、超ノリノリね」 「‥‥仕事中に超とか言うな」 ひそひそと話し合う幼馴染二人は老婦人‥‥折梅の背中を見て、「いいオモチャ見っけ(はぁとまぁく)」という文字が見えたとか見えないとか。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
玖守 真音(ia7117)
17歳・男・志
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ |
■リプレイ本文 開拓者達は三京屋に集まっていた。 「石鏡の巫覡氏族『句倶理の民』守護一族、玖守家が嫡男、真音。どうぞお見知りおきを」 まだ少年の姿ではあるが、堂々とした玖守真音(ia7117)の口上が折梅に捧げられる。 「折梅様の事は、我が主たる緋髪に黄金瞳の姫より伺っていたから‥お会い出来て嬉しいぜ」 にこっと笑う所はまだ少年の表情を残す真音に折梅は暫し会っていない愛らしき友人を思い出し、微笑む。 「緋髪の姫はお元気ですか? 当主ともなれば、気苦労もあるでしょう。御自愛なさるようお伝えください」 折梅の言葉に真音は姫にその言葉を伝えようと決めた。 「おれい‥‥はぃじれ‥‥」 大きな赤い飴玉をころころ口の中で転がしているのは珠々(ia5322)だったのだが、折梅の視線が恐ろしく、びくっと黙り込んだ。 (「び、びかーんって、眼が光りました‥‥」) 「食べながら喋るのは行儀が悪いですよ」 まるで母親のように叱る折梅に珠々は恥ずかしそうに俯く。 「食べ終わったらお話しましょうね」 諭す折梅の言葉に珠々はこくんと頷いた。考える兵器とはいえ、まだ子供。 一方、緋神那蝣竪(ib0462)の前には沙桐がいる。 「ごめんね、なゆちゃん」 しゅんとして那蝣竪に沙桐が謝っていた。 綸の時に気持ちを落とし、自信を持てないと言う那蝣竪に沙桐は厳しく言った事を謝っているようだ。 「いいのよ。そう言ってくれて嬉しいわ」 ふふと笑う那蝣竪に沙桐の表情が少し晴れたようだ。後から那蝣竪が架蓮から聞いた所によれば、折梅に怒られたらしい。 「仲直りできてよかったです」 那蝣竪と沙桐の様子を少し離れた所で白野威雪(ia0736)は天南と見ていた。 「うん、沙桐かなり余裕なかったらしいからね。まぁ、あの頃の自分を思い出すと余裕がなくなるのよね」 くすっと笑う天南に雪は首を傾げる。 「‥‥麻貴様の事ですか?」 自然と口から言葉が零れ、雪は唇を押さえる。 「沙桐は果報者ね」 微笑む天南は店員に呼ばれ、その場を一度辞した。 「むむむ。御幸め‥‥」 苦虫を噛みしめているのは敦祁だ。 前回会った天女‥‥滋藤御門(ia0167)がいて、御幸の淑やかさの秘密を知った。 ここにいる半数以上が御幸が淑やかにする手伝いをしたらしい。 確かに、周囲はとても女性らしい人達が多く、御幸がそうなったのも理解できる。 「しかし、華やかな雰囲気でも平気とならば、他の女性と同じようにしてみてはいかがですか?」 「他の女性と‥‥ですか? しかし‥‥その‥‥」 「みっかどん、それはムリよ♪」 楽しそうに話に加わったのは楊夏蝶(ia5341)だ。 「だって、敦祁君にとって、御幸ちゃんは特別な子なんでしょ」 「ああ、そういう事ですか」 ぽんと、納得した御門が言えば、敦祁は顔を真っ赤にしてしまう。 照れる敦祁は微笑ましいが、自分が助言するという事に夏蝶は後ろめたい気持ちもあるが、楽しいので内緒にしているようだ。 「色恋は男として決して軟弱な事じゃないわ。自分以外の誰かを愛せるのは、とても尊い事なのよ」 「相手の笑顔を見る事を喜んだっていいんですよ。それが何よりも自分にとって嬉しいものですから」 しっかり敦祁に言い聞かせる那蝣竪に折梅が更に言葉を補うと、そうかと敦祁は納得した。 「敦祁君は何をお返ししたい?」 「それを悩んでいるんです」 夏蝶の質問に敦祁が間髪入れずに答えた。 「そこが肝心なのよ! 御幸ちゃんにしてあげたい事とか、何が似合うとか考える事が大事なのよ!」 「夏蝶の姉様の言う通り。贈り物は目に見えるもんじゃなくても大丈夫なんだぜ」 更にひょっこりと真音が話しに加わる。同年代の少年の登場に敦祁は少しほっとしているようだ。 「でも、言葉に態度に出さず相手に判って貰おうとか、甘えた考えナシな」 さらっと付け加えた言葉に敦祁はがっくりと肩を落とす。 「やっぱり、贈り物って悩むよなぁ。俺、祝言挙げた後の方が悩んでいるかも」 「はぁ!!?」 全員が真音の方を見ると真音はにこっと笑って、家のしきたりと言い切った。 「氏族関係の家柄ともなれば仕方ないよね」 のほほんと沙桐が言い切ると、御樹青嵐(ia1669)も確かにと頷く。 「今年の末には子供が産まれるし、俺、感動して奥さんにお守りあげちゃった」 笑顔の真音は本当に嬉しそうではあるが、他の面々は衝撃的らしい。 「まぁまぁ、おめでたい事ですね」 「ありがとうございます♪」 折梅が嬉しそうに祝うと、真音も喜んでいる。 「沙桐様はどうなんですか?」 御門が言えば、沙桐はにこっと余裕ありげに笑みを返す。 「俺は自分で探すよ」 さらりと言い切った沙桐におおっと、声が出た。 「何だ、しすこんじゃないの?」 「それはそれ。これはこれ」 輝血(ia5431)の言葉に沙桐がきっぱり言い切った。 ● それぞれの分担となり、夏蝶と那蝣竪は早速食材調達に出た。 調達メモは青嵐より預かった。 「やっぱりこの時期は桜よね」 食材を見に行く前に小間物屋に立ち止まって二人は春物の雑貨を見ていた。 「ね、この巾着可愛い。桜の花弁の七宝焼きが紐の飾りになっているわ」 那蝣竪が一人ごちる夏蝶に声をかける。 「こっちのは桜の花をかたどった蝋燭よ。使うのが勿体無いわ」 「わかるわー。あ、この簪、夏蝶ちゃんに似合うわ。おじさん、つけてもいい?」 那蝣竪がよさそうな簪を見つけ、主人に声をかける。別嬪さん二人に喜んでもらえてどんどん店の周りに人が膨らんでいるようでもある。 当然、この二人は気付いていない。 たまたま折梅の使いで席を外していた沙桐に声をかけて貰うまで二人はガールズトークを展開し、大急ぎで店に走ったらしい。 輝血と珠々は御幸の方へ向かう事になった。一緒に緒水も連れて。 「お二人もお元気そうで何よりです。綸ちゃんも今はお師匠様の所で元気を取り戻しています」 緒水と話す輝血に珠々はふと、輝血の横顔を見るがわかんないというように首を傾げる。 そうこうしている内に正道館に着いた。 輝血の登場に正道館の生徒達が稽古をつけてくれとせがんで来た。 「御幸と話にきたんだけど」 「私も輝血様の勇士が見たいです」 緒水が言えば、輝血はちょっとだけと言った。 だが、妙に輝血が張り切っていた事に珠々はやっぱり首を傾げていた。緒水がどうしたのかと聞けば、珠々は困った顔のまま。 「何だか、晴れの日の雪原にいる感じがします?」 疑問形で言った珠々に緒水も首を傾げた。 稽古が終わり、着替えた御幸が三人の前に現れた。 「珠々ちゃんっ、久しぶり元気だった?」 嬉しい再会に御幸は嬉しそうだった。 「はい、御幸さんは笑えてますか?」 「うんっ、でも、最近、敦祁はあまり愛想がよくないみたい」 「元から愛想よかったっけ」 しゅんとしそうになる御幸に輝血が言えば、御幸がぷっと、噴いて笑う。 「それもそうですね」 笑う御幸に珠々はほっとした。 「御幸、また強くなったし、お洒落もいいよ」 輝血に誉められて御幸はとても喜んでいる。 「簪はどうしたの? 前は組紐を結わえていたよね」 目ざとく輝血が言えば、御幸は自分で買ったのだという。とんぼ球の簪でも子供にはいい値段だ。 「御幸様はそういう簪が好きなのですか?」 「私は山茶花の簪がほしいんです。父が山茶花の花を見て私の名前を決めたと聞いたので、好きなんです」 「赤い花?」 「ええ、桃紅色の山茶花だそうです」 輝血が言えば御幸は頷いた。 「御幸ちゃん、お茶会をするのですが、美味しい桜餅を売ってるお店を知りませんか?」 「知ってるよ。一緒に行きましょ」 嬉しそうに御幸が珠々の手を引っ張った。 二人を見送って輝血と緒水はふたりでぶらぶら歩く事にした。 「やっぱ、男達浮かれてるね」 「好きな人に喜んでもらうのはいい事ですから」 呆れる輝血に緒水がくすくす笑う。 「緒水はいないの?」 「何だか、悪いお手本と結婚されそうになると、相手を身構えてしまいます」 苦笑する緒水に輝血は確かにと納得する。 「輝血様と青嵐様はどうなのですか?」 意外な所を突かれ、輝血が驚く。 「うーん、まぁ、あたしの背中を預けてやってもいいかなと思うようになったよ」 小さな声で呟く輝血に緒水は嬉しそうに微笑んだ。 ● 「これからの男は料理の一つもやれないといけませんよ?」 下手をすれば女なのかと疑問に思う敦祁ではあったが、そんな事に気に留めず、青嵐は淡々と料理教室を開催しようとしている。 「しかし、男が料理だなんて‥‥」 「俺、裁縫できるよ」 以前、香袋を縫って贈った話を真音がすると、敦祁は畏敬の念をこめて真音を見ている。 「文武を制する事も大事ですが、家庭も大事にするのは男の務めですよ」 やんわりと御門が言えば、敦祁は自分の両親を思い出し、納得してしまう。 「僕もお手伝いしますよ」 「‥‥男子でしたか」 はっと気付く敦祁に全員がようやっとか‥‥と心中で呟いた。 「ですが、御幸様は敦祁様に報いる為に淑やかになられました。敦祁様も努力をすればきっとできますよ」 更に雪が言えば、敦祁は御幸の事を思い出したのか、さっと頬に朱が走った。 「ただいまー」 夏蝶と那蝣竪が戻ってくると、敦祁は前掛けをしてやる気が出たようだ。 青嵐の考えた献立は実に正道な料理。 山菜おこわに竹の子の煮つけ、菜の花のおひたしに玉子焼き。それに青嵐が色々と追加をしていくが、敦祁に手伝いをして貰うのは主にその四種。 どうやら敦祁はとても飲み込みがよく、いびつだったものがすぐによくなっている。 「見事ですね」 「師匠がよいと習うべき所が沢山あります」 青嵐が誉めると、敦祁は更にやる気を出しているようだ。 「しかし御樹殿はよく作られているのですか?」 「ええ、自分の為でありましたが、事のほか喜んでくださいましてね。喜んでくれるという事は何より励みになります。それが大切な人ならば尚更です」 「なるほど‥‥」 予定してなかった味付けまで青嵐は敦祁に教えている。 「お話を聞きましたが、敦祁さんと御幸さんは決闘を約束なさり、その罰を受けたとか」 「ええ‥‥」 「御幸さんの心が晴れる為にすると言う事はとても勇気がある事と思います。御幸さんの笑顔の為にやろうとすえる敦祁さんの覚悟は立派ですよ。その気持ちを忘れずに」 青嵐が微笑むと敦祁はこくりと頷いた。 「ふふ、ちょっと羨ましくもありますね」 一緒に手伝っていた雪が青嵐と敦祁の話を聞きながら微笑んでいる。 「そうよねぇ、そういう男の人って素敵よね」 「後は格好よければ」 那蝣竪が頷くと、夏蝶が更にハードルを上げた。 「夏蝶ちゃん、外見も入れるのー?」 「格好いいは大事よ!」 ジト目で抗議する那蝣竪に夏蝶が力説すると、雪が楽しそうに笑っている。 粗方料理が終わると、ふと思い出したように雪が敦祁に確認をする。 「今回はお料理とお菓子でいいのですか?」 御門とお菓子作りをしている敦祁に尋ねると敦祁はこくんと頷いた。 「はい。今回は料理にします。いずれ御幸を連れて何か買ってやろうと思います」 皆との語らいで胸に決めたものでもあったのか、敦祁が言い切る。 「そうですか、仲良くよきものを見つけられるといいですね」 嬉しそうに雪が言うと、敦祁が元気よく返事をした。 「御幸は山茶花の簪がほしいって」 さらりと情報提供したのは戻ってきた輝血と緒水だった。 「よかったですね。一緒に探してあげてくださいね」 笑顔で御門が言うと、敦祁は頷いた。 ● 折梅さんなんて怖くないんです! 情報が錯綜し間違った何かを自分に言い聞かせながら珠々は御幸と一緒に桜餅を買ってきた。 お茶会の準備は着々と進んでおり、後は珠々と御幸待ちだった。 御幸が久々に会った開拓者達に挨拶をしてお茶会が始まる。 「こちらは敦祁さんが作ったんですよ」 見事に敦祁が御幸の分を取分けるのを見て、青嵐は心の中で微笑み、輝血の為に料理を取分ける。 「この料理は敦祁さんが手伝って下さったのですよ」 「え、そうなの!?」 驚く御幸に敦祁は早く食べろと慌ててせっつかす。 ぱくりと、卵焼きを御幸が食べると、「美味しい」と笑顔を綻ばす。御幸の笑顔に敦祁はほっとしたように微笑みます。 それから皆で色々と摘みつつ、お話をしていく。 久々にお互いの笑顔が見られたから更に笑顔が強まり、会話も増えている。 頃合だと思った開拓者はそのまま二人に気付かれず、その場を辞した。 「上手くいっているようね」 超越聴覚を使って話を聞いている那蝣竪がほっとしている。 「今度、一緒に簪を買いに行く約束を取り付けたわ」 「がんばってるじゃん」 夏蝶と輝血も使って、一般人の緒水は輝血に通訳してもらっている。 「真音さん、私と沙桐さんから」 「何ですか?」 「これから身重になる奥様の気持ちを少しでも軽くして頂けたらと思いまして」 折梅に差し出された物は沙桐の友人の妹に調香して貰った練香。 「わ、ありがとうございます!」 真音が嬉しそうに礼を言うと、シノビ達に静かにと窘められたが、やっぱり嬉しい。 「君達も俺からのお菓子受け取ってよー」 沙桐が皆に渡したのは飾りが美しい練り切りだ。 「わ、蝶だわ。きれいー」 夏蝶が嬉しそうに言うと、思い出して口を開く。 「元気が出てよかった」 「心配してくれてたんだ」 「当たり前じゃない」 悪戯っぽく言う沙桐に夏蝶が拗ねると沙桐はくすくす笑う。 「輝血さん、此方をどうぞ」 青嵐が差し出したのは豪奢な簪と見目麗しいお菓子。 「ありがと、今度デートでもしてあげようか? これつけて似合う所連れてってもいいよ」 輝血が事も無げに言うと、青嵐は穏やかに微笑みつつも色々なコースをシュミレーションを始めた。 使わない皿や盆を下げに席を外した沙桐を雪が追う。 「あの、沙桐様お返しが出来てなくてすみません」 何の事と首を傾げる沙桐だが、すぐに思い出した。 「気が利かなくてすみません。せめて‥‥」 次の言葉は沙桐が懐より差し出した簪の紗の桐花がかき消した。沙桐が雪を見つめる瞳は真直ぐで優しい。 簪を雪に握らすと、沙桐は呆然と立ち尽くす雪を置いて行った。 「こういうのって、春が来たっていうんですよね」 「恋をする様子は花の蕾みに例えていると聞きましたね」 もりもりと沙桐から貰った練り切りを食べている珠々が言うと、御門が頷く。 「ところで、とびっきりの春物ドレスと振袖についてアドバイスをいただきたいのですが」 「とびきりのですか?」 首を傾げる折梅に珠々が頷く。 「ええ、「お礼」をしたいので」 ちらりと見るのは輝血と歓談している青嵐。 「御自分が身を持って体感するのも私は楽しいのですが」 くすりと笑う折梅に今そこにある危機を珠々は気付く。 「‥‥ま、負けません」 そう、御礼をするまでは。 折梅が天南に声をかけ、那蝣竪や夏蝶も一緒に珠々を三京屋春物特集のいめぇじがぁるに仕上げたとか。 |