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■オープニング本文 夜も深け、人々が眠りについた頃、鷹来家にとある人物が戸を叩いた。 寝ぼけた老人の使用人が出ると、家の主達の友人とすぐに分かった。 「これは、市原様のお嬢様」 「夜分遅くに申し訳ありません。折梅様と沙桐様はいらっしゃいますか?」 必死そうに言う市原緒水に老人は気圧されてこくこくと頷く。 「俺がどうしたの?」 寝間着に着物を一枚引っ掛けて沙桐が草履を引っ掛けて現れた。それに続いて折梅も出てきた。 「沙桐様、折梅様、夜分の無礼は後ほどいくらでも謝ります! 大変です、綸ちゃんがいなくなりました!」 悲痛な悲鳴を上げる緒水に二人は凍りついた。 綸は以前、アヤカシに取り付かれた叔父に父と祖父を殺された。その後、叔父の瘴気に惹かれ、アヤカシ達が綸の家族を食い殺して行った。 叔父は開拓者達の手によって討伐された。 その後、綸は支持していた華道の師匠に引き取られ、心の傷をゆっくりと癒しながら師匠の助手として住み込みをしていた。 緒水を宥め、中に入れて夜気で冷えた部屋を火鉢で温めた。 「して、綸さんは何故、いなくなったのでしょうか」 折梅が言えば、緒水は静かに話し出した。 それは昼の事。 緒水と蜜莉が綸の様子見に来ていた時の事。 三人で話していた所、不意に蜜莉の結婚話になった。 近くに蜜莉は式を挙げる。 見合いとはいえ、二人ともお互いを想い合う同士。 それは本当に本当に幸せな事なのだ。 父と祖父が叔父の手によって殺されたのは綸に見合い話を持ってきたから。 綸に恋情を持つ叔父は狂気と瘴気に見入られ、殺してしまった。 そして綸を連れ去って、近くの鉱山で隠れていた。 隠れていた時の記憶は朦朧としていた。 体力が段々削られ、何を食べていたのかもあまり覚えてなかった。 見合いがなかったら何か変わっていたのだろうか。 見合いが叔父に知られなかったら何が変わったのだろうか。 確かめる術はもうない。 見合いはなくなり、蜜莉は身を寄せる場所が師匠の所しかなかった。 見合いの所為で綸を取り巻くものががらりと変わった。 見合いで幸せを手に入れた蜜莉が妬ましかった。 子供のように癇癪を蜜理にぶつけた。 蜜莉はとても傷ついていた。 綸がその場を去った後、蜜莉は泣いてしまった。 「綸ちゃんにそんな思いをさせてしまうなら祝言をあげたくありません‥‥」 緒水は何とか蜜莉を宥めて家に帰したが、その夜、綸の師匠の使用人が緒水の家に来て、綸が家にいなくなり、市原家に来ていないか聞きに来た。 蜜莉の家にもいなく、緒水は鷹来家に駆け出して今に至るらしい。 「‥‥お手伝いさんのお話だと、私達が帰った後、綸ちゃんはとても落ち込んでいたらしいです。蜜莉ちゃんに酷い事を言ったと‥‥」 「あのような事があれば、思う所が沢山ありすぎて余裕がなくなるのは道理。ですが、綸さんは友達思いなのですね」 緒水に折梅が微笑むと、沙桐が女中より温かいお茶を貰う。沙桐が緒水に湯飲みを渡した。緒水が口をつけると温かいお茶が緒水の冷たい体内を暖めてくれる。 「もしかしたら、家に戻ったかもしれません。誰もいなくなってから一月は経ってます。もしや、賊がいるやも知れません。どうか、綸ちゃんを見つけてください、お願いします」 頭を下げる緒水に折梅がその肩を優しく撫でる。 「大丈夫ですよ。きっと」 「依頼出してくる。折角だし、祝言にも出てほしいしね。緒水ちゃんは今日はウチに泊まりなよ。行って来ます」 にこっと、沙桐が笑い、ギルドへと向かった。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 物心付いた頃から『もし』と『絶対』という言葉を使う事を許されなかった。 明確ではない事をシノビは使うなと叩き込まれてきた。 きっかけ一つですべてが違ってくる事がある。 何が起きるか分からない。 いかなる事態にも柔軟に対応し、任務を完遂する事。 それが唯一許された絶対であり、誇りだ。 きっかけがなんだったのか、何が原因だったのかもう、あまり思い出したくはない。 ずっと幸せであると思っていたのが一転した。 足元から何かが自分を引き摺り下ろそうとしているあの感覚。 少しだけ似た境遇の珠々(ia5322)と輝血(ia5431)は昔の事を思い出していた。 良家の令嬢だった楊夏蝶(ia5341)は昔の記憶を思い出していた。 「あれ、夏蝶ちゃん。何で髪の色を隠すの?」 きょとんとした沙桐が夏蝶の暗くなっていく意識を呼び戻す。 「綺麗な赤なのにもったいないよ」 「ん、まぁちょっとね」 沙桐の言葉に頷いた叢雲怜(ib5488)が言うと、当人は理由も告げず、曖昧に言葉を交わす。 「早く行ってあげなきゃ‥‥」 心細そうに言うのは和紗彼方(ia9767)だ。 「そうね。何より、静かで暗い所にいるのは心が病みにいきかねないわ‥‥」 緋神那蝣竪(ib0462)が彼方の肩を摩って応える。精神を鍛える為の修行を那蝣竪は思い出す。 「綸さんがもしの向こう側に囚われてないといいのですが‥‥」 「大丈夫と言いたいですが‥‥」 珠々の呟きに御樹青嵐(ia1669)も言葉を落とす。 「そうだったら、私は道具としても価値がないです」 「そんな事言わないで下さい」 悲しそうに言う雪に珠々は俯いていた顔を上げる。 「珠々様は開拓者です。私達は知らない仲ではないのですよ」 悲痛な白野威雪(ia0736)の言葉に珠々は困り果ててしまう。 「開拓者ならどうするか模索しなさい。珠々さんはまだお小さい。迷っても宜しいのです」 諭す折梅の言葉に珠々はぼうっと、折梅を見ている。 「俺はお前を道具を雇った事は一度もないよ。寧ろ、俺達の目や耳だ。俺達は目や耳がなくなったら困るからなくならないように守る」 腹の底から響くような沙桐の厳しい声音はもう一人の似た姿を思い出す。 去年の冬、自分が護衛人を守る為に身を挺した時、同行していた巫女に治療をするように叫んだ声音と似ていた。 「沙桐さん、それはシノビにとって最高の言葉よ」 くすくすと夏蝶がやっと笑った。依頼人の目となり耳となり、認められるのは諜報活動をするシノビにとって名誉だ。 ● 家に戻った綸は人のいなくなった生家を見て愕然とした。 あれから一度も家に戻っていなかった。 賊にでも襲われたかのようなその惨状は悲鳴を上げる事すらできなく、口を手で覆った。 状況を上手く飲み込めなく、縺れる足を叱咤するように綸は探していく。 父を、母を、弟を‥‥ だが、あるのは血溜まりや赤黒い飛沫が走っている。 最後に自分が見た家はそんなものではなかった。 綺麗に掃除がされた家だった。 庭には山茶花が咲いていて、祖母がいつも綺麗に手入れをしていた。 自分が華道に興味を持ったのは祖母の影響だった。 その庭は草が荒れており、美しさはなくなっていた。 がくりと膝を突いた綸はそのまま両手を顔にあて、すすり泣いた。 「沙桐さん、綸さんの家に賊やアヤカシがうろついている目撃談はありましたか?」 青嵐が尋ねると、沙桐は首を振る。 「正直、あんな事があったのは静かに周囲には聞かれているとは思う。周囲の住人もあまり近づきたくないからとは思う。俺も何度か見てきたけど、特にそんな事はなかったな」 「無事でいるといいんだけど‥‥」 物憂げに夏蝶が祈るように呟いた。 「‥‥綸さん‥‥」 泣く綸の後ろから控えめに彼方が声をかける。 のろのろと振り向いた綸の顔は涙で濡れていた。 「こんなんになっちゃったんだ‥‥」 大丈夫という言葉は言えなかった。 「どうして、ここに?」 言葉を投げかけたのは夏蝶だった。 返事は急かさなかった。自分のペースを持っていてほしかったから。 「私の‥‥」 「御自分に大層な責任があるとお思いか」 冷たく言い放ったのは青嵐だ。 かっと目を見開いた綸はぐっと、右手を握り締めて胸で押さえ込む。 「そう思うしかありませんっ! 叔父は私を愛していると言って、父とおじい様を刺したんですよ! どうして家族なのに殺すんですか!」 振り上げたい手を押さえ込み、綸が叫ぶ。 「何で、あの人は人ではなくなったんですか!」 一般人には分からないだろう。 人が何故、アヤカシと化すのかを。 綸の目の前にいるのは叔父を手にかけた者達だ。 頭は分かっている。 だが、心が理性についていけない。 止まっていた涙が再び溢れ出す。 「私だって見合いなんかしたくなかった‥‥」 がくりと、肩を落とし、また顔を両手で覆って泣き出す綸に怜が恐る恐る近づく。 かける言葉は浮かばない。 「蜜莉ちゃんに‥‥私はひどい事を‥‥」 悲痛なまでに泣きじゃくる綸を見ていた輝血もまた何もいえなかった。 どうしてこんなにまで泣く事ができるのだろうか。 はじめて見るものではない。何度も見てきた。 その度にこう思うのだ。 「泣けるなんていいな」 呟いた輝血の言葉に全員が反応した。 「泣けないのですか‥‥」 しゃくりあげながら綸が輝血に問う。 「‥‥もう帰ってこないのに」 「だから悔いるんだと思います。これからも共にありたかった事を願って」 ぎゅっと祈るように両手を組んで雪が言う。 「一緒にいたくても一緒にいれないからですか」 珠々が言えば、那蝣竪が頷く。 「一緒にいた人がいなくなると寂しいものだわ」 一歩、前に進んだ那蝣竪が寂しくも優しく微笑む。 「綸ちゃん、優しいのね。こんなになっても誰かを想うのって滅多にないわ」 那蝣竪の言葉に綸は首を振る。 「私は優しくなんかありません‥‥」 首を振るのは蜜莉の事を思ったからだろう。 「泣いていいんだよ」 ぺたんと、綸の前に座り込んだのは彼方だ。 「蜜莉さんの前でも、緒水さん、お師匠さんでも泣いていいんだよ。我慢なんてしなくてもいいよ。ボクだっているから」 「想いに蓋をせず、言葉にして下さい。そうであれば違える事はありません」 雪も言えば、綸は何度も頷いた。 「疲れていると、悪いものに囚われます」 珠々が飴玉を入れた箱を持って綸の前にしゃがみこむ。 「食べてください。甘いものはいいのです」 箱を開けて珠々が飴玉を勧める。 じっと珠々を見つめる綸に怜がそっと珠々の箱の中の飴玉を一つ摘み、涙で濡れた綸の手の平に乗せる。 「食べなよ。美味しいから」 ぽつりと言う怜に亡き弟の面影を見て、綸はまた涙を流して飴玉を頬張った。 暫くすると、綸は家族に別れを言いたいと言い、埋葬されている場所へと向かった。 簡素ではあるが、綺麗に埋められて綸はほっとしたようにまた泣いた。 「綸さん」 夏蝶が持っていたのは荒れた庭に咲いていた春紫苑の花だ。 こくんと頷いた綸が花を受け取って墓に添えた。 「‥‥舞を舞わせてもらっていいかしら‥‥」 夏蝶が申し出ると、綸は頷いた。 架蓮にもあわせて貰い、二人は大事な人を亡くし嘆き悲しむ白鳥の舞を舞う。 物悲しいその舞に綸は俯き、怜の肩に額を置いた。 「泣いて、いいから」 切なげに怜が言うと、綸は涙を零す。珠々も怜の反対側の綸の傍に立ち、寄り添う。 「綸はさっきあんな感じだったんだ。綸、前に進まないとならないよ。あんたにはまだ道がある」 輝血が見ていられない綸に代わり、舞を見る。 その言葉を聴いた青嵐がはっとなり、輝血を見て、顔を強張らせる。 今も輝血が歩いているのは自分とは違う道なのだろう。 近い距離にいるはずなのにその遠さに青嵐の表情は苦しそうな表情となる。 ぐっと、忍装束を握り締め、堪えているのは彼方だ。 ふわりと、彼方に暖かいぬくもりが包む。 「‥‥兄様‥‥」 泣きそうな彼方の声に沙桐はぐしゃりと彼方の頭を撫で自分の方に引き寄せる。 「綸ちゃんは大丈夫だよ」 小さな声で沙桐が彼方に言い聞かせると、何度も彼方は頷いた。 「彼方様は優しいのですね」 「そうだよ」 雪が言うと、沙桐がにこりと雪に笑いかける。 舞が終わると、那蝣竪が綸に手を差し出した。 「帰りましょう」 那蝣竪の言葉に綸はおずおずと差し伸べられた手をとった。 ● 綸が戻り、まずは蜜莉に会いに行った。 蜜莉は眠ってはいなかったようで、綸を抱きしめ、無事を確認すると、泣き出した。 「ごめんなさい、蜜莉ちゃん」 綸も泣きながら蜜莉に謝った。蜜莉も泣きながら首を横に振る。 後から緒水も現れ、三人で長く話し合った。 「皆様、ありがとうございました」 涙で腫れた目をした綸が開拓者達に礼を言う。 「ね、綸さん、蜜莉さんの祝言、出てくれる‥‥?」 恐る恐る彼方が言えば、綸は頷いた。 「はい、蜜莉ちゃんの祝言です。仲直りをしたならば、是が非でも出席致します」 優しくも晴れやかな綸の言葉に一点の曇りはなく、彼方はここに来てようやっと改心の笑顔を見せてくれた。 「納得したようで何よりです」 優しく言う青嵐に綸はほっとしたようにそのまま畳の上に崩れ落ちた。 「綸さん!!」 悲鳴のように彼方が綸を呼ぶ。 夏蝶が綸を抱きかかえると、少し呼吸を浅いが眠っていた。 「泣きつかれたのね‥‥」 くすりと微笑む夏蝶は沙桐に綸の寝床を頼んだ。 疲れるのは仕方ないだろう。泣くというのはとても疲れる事だ。 「なんだか、赤ん坊みたいです」 じっと綸を見つめるのは珠々だ。 「姉ちゃんが言ってた。赤ん坊は泣くのが仕事だって。泣くのは凄く疲れる事だから眠くなるんだって」 怜が姉の事を思い出して珠々に話した。 「疲れて眠るというのは大丈夫な証拠。綸ちゃん、今はゆっくり眠って」 沙桐が起こさないようにそっと抱き上げられる綸に那蝣竪が優しく言葉をおくった。 綸を見送った輝血は緒水の方を振り向いた。 「よかったじゃない」 輝血が言えば、緒水は嬉しそうに頷く。 「はい。色々とお話が出来てよかったと思います」 「そっか」 緒水の様子を見て輝血はふと、自分はこんな風に話し合えるのかと疑問に思う。自分には人に見せて受け止めてくれるのか。 「‥‥あたしにはなにもないな」 綸達がとても羨ましく思う。 「何もないなら作ればいいと思います。でも、私にはありますよ。輝血様とは危機を助けられ、一緒にいる事も何度もありました。私、輝血様とお酒を飲みたいから最近ほんのちょっぴりだけど嗜んでいるのですよ」 緒水の言葉に輝血はきょとんと目を見張る。 どんどん変わっていく緒水に輝血は目を見張らせるばかりだ。 「あたしは強いから、酔いつぶれても緒水なら介抱してもいいよ」 自分が何も変わっていないと思っている輝血だが、その言葉の端々の変化を皆が知っている。 その変化の一翼を担う者であるかもしれない青嵐が同じ一翼の緒水に妬いてしまうのは恋する男の可愛らしき狭量さからくるかもしれない。 「ね、ね、蜜莉さんの白無垢ってどんなの?」 祝言とはあまり憧れとは思えないが、あの美しい白無垢は女性ならば誰もが興味を惹かれるものだ。その興味を惹かれている夏蝶が蜜莉に話しかける。 「お父様と天南さんに素敵なものを用意していただきました。でも、折梅様より当日の楽しみにしないと減ってしまうと教えて頂いたのでちょっと秘密です」 こちらも泣いて目が赤くなっている蜜莉が口元を隠して微笑む。 「でも、綸と仲直りが出来てよかったんだぜ」 にこっと笑う怜に蜜莉も綻んで笑う。 「気持ちも大事ですが、言葉があってより互いを分かりあえる事がよくわかりました。心配してくれてありがとうございます」 蜜莉に微笑まれて怜はぽっと、頬を染めて少し俯くが、へへへと、照れ笑いをした。 「ようやっと風姫が笑顔になってほっとしております」 折梅が彼方に言えば、どう言っていいものか困ってしまう。 「いつも貴女には悲しい思いをさせているようで少し心苦しくも思います」 「うーん‥‥そうかな」 首を傾げる彼方に折梅は微笑む。 「私達は彼方さん達にいつも大変な事を手伝わせてしまって、少し心苦しくも思います」 困ったように寂しそうに笑む折梅に声を上げたのは夏蝶と那蝣竪だ。 「そんな事ないわよ。だって、何度も頼ってくれるって私達を信じてくれる事でしょ。それって、開拓者は皆嬉しい事よ」 「夏蝶ちゃんの言う通りです。依頼人の信頼なくては私達の力は存分に発揮できませんもの」 「皆さんは本当にお優しいのですね」 微笑む折梅に彼方と雪が折梅の傍に座り直す。 「恐れ多い事と今も思いますが、折梅様とは友人と思っております。蜜莉様が綸様を思うと同じように私達も思っております」 「そうだよ。ボク達、折梅様も沙桐兄様も好きだよ。だからボク達は力になりたいと思うんだ。だから、頼って」 天真爛漫、そんな言葉がよく似合う彼方が折梅に言うと、折梅は嬉しそうに頷いた。 永和と蜜莉の祝言は良く晴れた日に行われた。 全て白であるが、着物の一つ一つの柄が違っていた。 四季を意匠したそれは新しい年月を刻むに相応しい衣装。 誰もが美しい花嫁と凛々しい新郎に目を奪われる。 厳かな式が終わった後は披露宴となる。 その合間に雪が沙桐に声をかけた。 「あ、あの、先日は簪ありがとうございました」 「少しでも気に入ってくれたら嬉しいよ」 顔を赤くしつつも、しっかり目を見て言う雪に沙桐は優しく微笑むと、雪は更に赤くなりそうになる顔を隠す為に顔を伏せる。 「麻貴から聞いたよ。今、監察方の仕事を手伝っているんだって?」 沙桐が話題を変えると、雪は頷く。 「シノビが道具なんて悲しいと言ったって?」 「え、ええ‥‥」 そのやり取りを思い出し、雪は物悲しく目を伏せる。 「嬉しいよ。ありがとう」 心底嬉しそうに笑う沙桐はまるで子供のようだ。 「沙桐様?」 「美味しいものいっぱい食べよう。雪ちゃんの分も食べちゃうよ」 「さ、沙桐様、待ってください」 暖かくなった春の日。 すこしだけ誰かの氷の心が溶けた。 |