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■オープニング本文 その日、武天のとある町の診療所ではバタバタと旅支度が行われていた。 その騒がしさは診療所の方まで聞こえており、見て貰いに来た患者達がどうしたんだと尋ねる。 「ああ、母さんが父さんの妹の家に行くんですよ」 苦笑する医者に顔なじみのおじさん患者は納得した。 「沢山子供がいる家か。賑やかなのはいいが、大変だよなぁ」 「前に子供産まれたでしょ、いくつになるっけ?」 おばさん患者も入ってきて会話が賑やかになる。 「一歳半かなぁ。もう大きくなってあんよをはじめるんじゃないかな」 「早く若先生もいい人見つけなきゃね!」 おばちゃんにせっつかれて、若先生と呼ばれた青年は困ったように笑う。 そんな話が診療所で繰り広げられているとは露知らず、両親は住居の方でばたばた用意をしていた。 「忘れ物はないか?」 「あったとしても、村で一泊するし、誰かから借りるわ」 けろっと言うのは倉橋葛。 旅支度をしている妻に旦那が心配している。 「大丈夫だよ。母さんならなんとかなるよ」 「そうですよ」 あまりの騒がしさに患者さん達から見に行って来いと言われ、顔を出したのは若先生と住み込みの医者見習いだ。 「そんなに心配なら、開拓者呼んでみたらいかがですか?今回は畑仕事だし、一言言えば手伝ってくれそうだし」 住み込みの医者見習いが言う。 子供達の様子を診察しに行くのが目的ではあるが、今回は畑仕事の手伝いもあるので、体力面はそっちが大事だ。 「そうね、近くには山菜があるし、川へ行けば川魚も捕れるし」 久しぶりに開拓者に会ってみたい。一番大事なのは子守だが。 そう思った葛は喜び勇んでギルドへ向かった。 |
■参加者一覧
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
リトゥイーン=V=S(ib6606)
27歳・女・陰 |
■リプレイ本文 目的の家は大きかった。家族八人と客人九人が休めるんだから中々に広い。 「畑仕事とは聞いてたけど〜こんな山奥だなんてぇ、きいてないわよ〜」 疲れたように溜息をつくのはリトゥイーン=V=S(ib6606)だ。まさかこんな所とは思わなかったようだ。 「いやぁありがとうございます。疲れたでしょう。今日はゆっくりしてください」 お父さんが現れると、次々にお母さんや子供達が出てくる。 「いらっしゃーい!」 子供達が声を揃えると、劉天藍(ia0293)と弖志峰直羽(ia1884)、レティシア(ib4475)が子供達の目線に合わせるように屈む。 「こんにちは」 「お世話になります」 「仲良くしてね」 それぞれが声をかけると元気よく返事をする。こんな辺鄙な所だから、お客さんが来るのは嬉しい模様。 「あら、あなたはあの時の」 お母さんに声をかけられたのは輝血(ia5431)。 「あの時は本当に助かりました。ほら、千歳。最初にお風呂に入れてくれたお姉さんよ」 お母さんの足元でうごうごしている何かに輝血が視線を落とすと、目を丸くした。 「えっ」 以前、輝血はこの家近辺に出てきたアヤカシ退治に来て更に出産の手伝いに巻き込まれた。その出産した子供が今、母親の着物の裾をひっぱりつつも、自分で立っている。 「あれがああなるの?」 誰に言ってるのか分からないが、輝血が問う。 「一歳半でしたなら、これくらいは普通かもしれませんが、ちょっと大きいかもしれませんね」 レティシアが輝血に声をかけつつ、千歳の前に屈む。 「はじめまして。レティシアといいます」 「えー」 まだ『れ』が発音できないのか、母音の『え』で発音してしまう千歳にレティシアと白野威雪(ia0736)が可愛いとくすくす笑う。 「どうしたの」 「‥‥子供が育つの早いって聞くけど‥‥」 葛の斜め後ろへ後ずさる輝血に尋ねると、当人はどう言っていいのか困り果てているようでもあるが、いつもの様子だけは必死に装っている。 「お客さん! お部屋に案内するわ。どうぞ!」 声をかけたのは藍花だ。他の兄弟に声をかけつつ、先導して案内をした。 翌朝、とても晴れた日で、畑仕事にはうってつけの日だ。 「こン時季ァ百姓仕事しねェとどうにも落ち着かねェだスてなァ。けっぱって働くだスよ!」 汗が目に入らないように竹林の柄の手拭いを捻って額に巻くのは赤鈴大左衛門(ia9854)だ。道具を用意する為に子供達に案内をお願いする。 「そういや、何を植えるんだい?」 大左衛門と一緒に農耕具を取りに行った直羽が尋ねる。 「今日はとりあえず米と芋と人参とインゲンだね。時期をずらして植えたり収穫したりするから」 答えたのは山吹だった。 「ンだども、今人参植えるンだスか? 梅雨で地面ァよく湿っとる頃でねくて」 首を傾げる大左衛門に藍花が頷く。 「人参、売れるのよねぇ」 雨季前と雨季後と土地を変えて人参を植えている模様だ。 「じゃぁ、よく肥えたいい土地なんだな。イイコトだ」 「嫌いなものを克服するにはより素晴らしいものを体験するという事からですね。料理をする者としてはこういう現場に立ち会えるのは嬉しい事です」 うんうんと頷くのは天藍と御樹青嵐(ia1669)だ。思うのはただ一人。 「遅れました」 ぱたぱたと走ってきたのは雪だ。駆けて来る雪に声をかけたのは輝血だ。 「洗濯物、終わったんだ」 「いえ、倉橋様達が行って来てほしいと言われまして」 朝食の後、洗濯に巻き込まれてしまった雪は洗濯物と格闘していた模様。 「どこからやりますか? 先に小石なんかを避けていこうと思いますが」 「あァ、力仕事は男の仕事だス。細けェ仕事してくれるンは助かるだス」 道具を入れている納屋より麻袋を三枚ほど持ってきたのは大左衛門だ。 「私もやるわねぇ〜」 まだ寝ているのか素なのか少々分からないがリトゥーンが麻袋を一枚受け取り、雪は琥珀と牡丹と一緒に小石拾いをはじめる。 「しかし、やる事がはっきりしているのはいいんだけど、これはまた地道だね」 溜息をつく輝血はまだ手入れをしていない畑を見る。 「でも、結構綺麗なもんだね。雑草の根は鍬で掘り返せばいいかな」 天藍が周囲を見やると鍬を振り降ろす。隣の畑から陽気な歌声が聞こえる。 軽々と鍬を力強く振り下ろし、腹の底から明るい唄を歌っているのは大左衛門。 「はぁ〜ァあ〜ァあ〜夏にゃ白鷺、田螺をつつきぃ〜秋にゃ黄金ン穂が垂れる〜ワシが田ンぼァ天儀いちぃ〜、やれドッコイショぉドッコイショ♪」 「楽しそうな唄だね!」 直羽が声をかけると、大左衛門は嬉しそうに笑う。 「ワシが村さはぁ、精霊様に豊作願って、唄ァ歌いながら働くンが決まりだスよ」 「人参の畑にも唄ってもらいたいな。美味しいものが出来そうだ」 隣から天藍が声をかけると、大左衛門は笑顔になる。 「何度でも歌うだスよ! 皆で歌うとより豊作になるンだスよ!」 また歌いだす大左衛門に調子を拾った皆が合いの手を入れてくる。 「はぁ〜、ドッコイショドッコイショ♪」 畑の傍でレティシアは千歳の相手をしながら畑の中からの歌声に合いの手を千歳にかけたりしている。応援ポンポンを揺らすと、心地よい日差しの光を浴びてキラキラしている。 「お兄ちゃん達、がんばれーって」 千歳に声をかけると、当人はポンポンの片割れを上に掲げて何だかご満悦。だけどぽてりと落としてしまう。 「あらあら」 レティシアが拾い、千歳に持たせると、また上に掲げてぽてりと落とす。 どうやら千歳はそれが気に入ったらしい。 「雪おねーさん、意外と力あるんだね」 「あまり体力が持続しないのですけどね」 山吹が雪に言うと、当人ははにかんで石が詰まった麻袋を山吹と一緒に持って歩いている。 「おねーたん、ここいいよ」 にこっと笑うのは琥珀だ。輝血がこれから鍬を振ろうとする場所を琥珀が石や木片なんかを避けたり拾っていたりしていた。 「あー、うん」 頷く輝血に琥珀はにこーっと笑う。 どう返していいかまごついた輝血だが、黙々と鍬を振るう。 「青嵐ちゃん、ここいいのよ」 絶対お前、青嵐を女と思っているだろうと言わんばかりの牡丹が青嵐に石を避けた事を伝えている。 「ありがとうございます。下がっていってくださいね」 青嵐が丁寧に礼を言い、牡丹に気を使う。そんな様子を輝血はじっと見ていたが、ふと、視界の端を掠める何か。 駆け出した輝血にとって短い距離を走るのは容易い事だ。軽やかに輝血が捕獲したのは空だ。 「え、えへへへ」 「シノビ、なめんな」 じとりと、輝血が空を見下ろす。 「まぁ、集中力が欠けるとどうもダメだからな」 「そンならァ、休むンが一番さァ」 ジト目で呆れる天藍が提案すると、大左衛門が同意した。二人とも田舎出身という事もあり、畑仕事を得意としているので、何かと気があっているようだ。 「お茶、入りましたよー」 薬缶を雪が持ち、藍花とリトゥイーンが湯飲みをお母さんと葛がお握りと摘めるおかずを持って来た。 「あ、お昼だー!」 真っ白いお握りを見て、皆は空腹である事を思い出した。 暫し、千歳を囲んでの休憩。 「後どれくらいだっけ」 ぱりぽり大根の糠漬けを食べているのは輝血だ。 「お父さんが田植えの準備を終えたみたいだから、休憩の後には田植えが出来ると思う。手分けした方がいいだろうな」 答えたのは天藍だ。畑の様子を見ながら予想を立てつつ、お父さんと大左衛門とで人数を割り振りする。 「レティシアさん、千歳ちゃんの子守は大丈夫かい?」 「ええ、大丈夫です」 天藍が子守をしていたレティシアに声をかけると、彼女は笑顔で頷く。 「替わった方がいいかもしれないが、あまり人を変えても不安になるかもしれないから農作業が終わるまで頼む」 「分かりました」 千歳は母親の所でご飯を食べており、時折じっと輝血を見る。見られている輝血はなんとも言えないようであり、隣の葛に隠れるように座る。 「何も取って食べてりしないわよ」 「容量が入らないでしょ」 笑う葛に輝血は真面目にツッコミを入れると、皆が聞いていたのか、わっと笑う。 午後からも農作業は続く。 「おねーちゃん達。がんばれー」 「あー」 レティシア達は日陰に移動し、応援再開。 葛より水分を飲ませるように促してと言われたので、レティシアは千歳の様子を見ながら水を飲ませるように誘っている。 そうだと思い出してレティシアは小鳥の囀りを奏でる。千歳は見た事が無いピアノに興味津々だ。 ピチチチと、小鳥達が囀りつつ、レティシアの周囲に集まりだす。 「小鳥さんが来ましたよー」 レティシアが千歳に言うと、千歳は小鳥を見て喜んでいる。 「可愛いのです♪」 嬉しそうにレティシアはピアノに触ろうとする千歳が触りやすいように抱き上げる。温もりに千歳ははしゃいでピアノを触ったり叩いたりしている。 畑組は田植えを始めていた。 基本人力なので、全員が並んで苗を受ける。 泥の中に足を入れるので、全員、袴なんかを捲り上げて畑の中に入っている。 初めての人は子供達やお父さんお母さんに教えて貰いながら植えていく。少しくらい曲がったってご愛嬌だ。 ある程度、田植えが終わったら、大左衛門と藍花、天藍が他の畑の種植えに向かう。 人参の土地の準備の為、籾殻を土の下に蒔き、水を吸わせる。芋やインゲンもそれぞれの種に合わせて土を調整している。 畑仕事に慣れている三人は一緒に畑仕事をやるのは初めてなのにも関わらず、見事な連携で種を植えていっている。 「天ちゃん、見事な連携に何だか嫉妬しちゃうぞ☆」 片目を瞑って直羽が茶化すと、天藍はずかずか直羽の前に早歩きで向かう。 「泥の中では動きがとり辛いよな。渓流行く前に泥と戯れるか」 「や、怖い事言わないでよ! 稲が倒れるでしょ! ごめんなさーい!」 背後が暗雲立ち込めている事に気付いた直羽が謝る。 農作業が滞りなく終わり、渓流に来ていた直羽は足に水をつけて遊んでいる。遊んでいるだけではなく、魚の動きもちゃんと見ている。 雪とレティシアは年少組と一緒に川べりでおしゃべりをしている。 「きゃー! 足がいっぱいな虫はだめなんですー!」 あわあわとレティシアが雪の後ろに隠れてしまう。 「いや、私の後ろに隠れられてもっ」 雪の方もあわあわしており、そんな様子を見かねた藍花が虫を捕まえ、遠くに放り投げる。 「もう大丈夫ですよ」 にこっと笑う藍花に二人は拍手を送る。岩陰の魚を捕っていた大左衛門がその様子を見ている。ある程度魚を捕り終えた直羽が自然を感じながら釣りをしている天藍に気付く。 一緒にいた空と琥珀と手で水を掬い、ぱしゃんと、天藍の方に向ける。 パシャパシャ跳ねる水面を見て天藍が目を吊り上げる。 「直羽! 魚が逃げるだろ! わ、冷た!」 天藍も川の中に足を入れて水を掬って直羽達にかける。 「気持ちよさそうだスなァ、それェ!」 水の掛け合いに気付いた大左衛門も加わり何故かお父さんまで加わって男性陣が水の掛け合いを始める。 「はー、水の飛沫が気持ちいいわぁ〜」 川べりで寝そべるリトゥイーンが水の飛沫を効率よく恩恵にあずかっていた。 一方、輝血と青嵐は二人で山菜取りに出ていた。 子供達は山より川をとったので、今は二人だけだ。そんな状況に青嵐は一人どぎまぎさせられてしまうが、山菜が色々と生えており、中々楽しい。 そんな様子の青嵐を輝血はじっと見る。 「‥‥青嵐も、子供がほしいと思うの?」 いきなりの言葉に青嵐が何事と言わんばかりに輝血の方を向くが、彼女の微かな不安定だ。 「確かに、子供欲しいとも思いますが、それ以前にきっと越えなければいけない壁があると思います」 「壁?」 茶目っ気を入れて青嵐が言えば、輝血は首を傾げる。 「ええ、それを越えなかったらきっと、意味を為すとは思えません」 「青嵐でも?」 そう呟く輝血に青嵐が目を見張る。輝血から見た青嵐の印象が垣間見る。 「誰しも、意味を持たせたいから行動すると思いますよ」 穏やかに笑う青嵐とどう表情を作ったらいいのか分からない輝血が見つめ合う。 二人が戻ると、渓流組も戻ってきていた。 「じゃぁ、ご飯、作るから、男達はお風呂入ってきて」 天藍が背負ってきた牡丹をおろしつつ、葛先生が声をかける。 「食事は手伝いますよ」 青嵐が声をかけると、葛が喜ぶ。 「青嵐君のご飯、美味しいのよ!」 「あらあら、それなら一緒にお願いしたいわ」 お母さんも喜んで青嵐に頼む。雪も一緒に手伝って料理を始める。 ほぼ、自給自足に近い状態だから調味料も自作だ。 「醤油も作ったんですか」 「ええ、そうよ」 お母さんに醤油の作り方を教えてもらいつつ、料理をする。 男性陣が風呂から上がると、居間の方で眠っている千歳を見ている輝血とレティシアがいた。 「いいにおーい。こっそり煮物いただ‥‥」 「何をしてるんですか」 ぎろりと青嵐が包丁を持って振り向く。 「わわわわ! 青ちゃん、ごめんよー!」 本日二度目。 「御樹様のお料理は本当に美味しいですからね」 くすくす笑う雪に青嵐がちろりと見下ろす。 「白野威さんのも美味しいですよ。どなたかに食べさせたい方がいるのでは?」 「え! わ、わ、私はそのっ」 醤油と焼き魚の匂いが家の中に満たされていく。 夕食は豪華かつ、更に賑やかなものだ。 「お魚、美味しいです」 嬉しそうに焼き魚を食べているのはレティシア。大左衛門は見事に骨と頭だけを残して食べている。 皆で食べるご飯は何よりもご馳走。 食事が終わると、大人達はお酒。 お父さんと大左衛門がノリで御座敷芸を披露している。 「葛先生、どうぞ」 直羽が葛にお酌をすると、葛はぐいっといい飲みっぷりを披露する。 「俺、医者になりたいんです」 ぽつりと直羽が呟く。いつもの悪戯っ子な顔ではない。 「現役の先生に一つ、心構の一つでも指導していただきたく」 真摯な直羽の表情に誰も気づかない。 「志体に慢心するな。無力を感じる事から勉学の熱意を掴め」 ふふりと笑う葛を輝血がいつも楽しそうだなと、眠って雑魚寝している子供達の毛布を直している。 いつも楽しそうなのが年齢を感じさせないのかと思案する。 別れの朝、慌しくもどこか寂しげな一同。それでもお姉ちゃんの藍花は明るく元気だ。 「藍花さぁ、あまりけっぱってなくてもええからな。ちったァ頼って気ぃ抜いてのんびりするだス。でこにシワがでねくなるからな」 大左衛門が藍花の頭をぽんぽんと撫でると、藍花はにんまり笑う。 「こう見えても、ちゃーんとサボっているんだよ」 悪戯っぽく笑う藍花に大左衛門は一本取られたと笑う。 「千歳ちゃん、また会いましょうね」 「れー」 どうやら、『れ』の発音が出来るようになったのか、千歳がレティシアに笑顔で挨拶をする。 「お姉さんをお願いします」 お母さんが言うと、開拓者達は頷く。 さぁ、あの賑やかな街に帰ろう。 |