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■オープニング本文 雲ひとつ無い夜空に満月が照らしている。 ひたすら林の中を駆ける。 ようやっと見た外の世界を彼女はどう見えたのだろう。 捕まる訳には行かない。 二度と彼女に辛い思いをさせたくない。 早く、はやく彼女と限りの無い時間を過ごしたい! 自分の手を引き、先を走るのは苦界で会った男。 優しい男だ。 武家の次男らしい。 跡継ぎが決まっており、どうでもよい扱いを受けてきたと言っていた。 私は知っている。どれだけ優しい人かを。 ようやっと見つけたこの手を離してほしくない。 追っ手が来る。 捕まれば二度と戻れない。 逃げて逃げて逃げなくては! 「おい、こっちだ!」 怒声を上げて男達が追ってきている。 遊郭で用心棒をしている男達だ。 店で問題を起こす客を宥める他に逃げ出した遊女とその男を捕まえる仕事もしている。 店の商品である遊女が逃げる事は許されない。 そもそも、遊女にする為に金をかけているからだ。その金は遊女に働いて返してもらうか、身請けする男に払って貰うかの二択。 捕まえるのは見せしめだ。 他の遊女が逃げ出すという事を考えない為に。心を折らせる為に捕まえなくてはならない。 「いたぞ!」 男の一人が叫んだ。 林の奥を走る音に気付いた。 「捕まえるんだ!」 更に走る速度を上げて男達は前の男女を追う。 「あ、あんた!」 「くそ! もうか!」 女が恐怖で引きつった声を上げる。 捕まってたまるか。 ようやっとの自由を手放してたまるか! 「きゃ!」 女が短い悲鳴をあげて崩れ落ちる。 身体が地面に崩れる音は用心棒達にも聞こえた。 「ったく、手間ぁかけさせやがって!」 叫ぶ男が松明をつけて、女と男を確認すると、愕然とした顔を松の灯りに映した。 「な、お前‥‥殺ったのか!」 「え‥‥ひ、いいいいいいいいいい!」 用心棒の視線は女の手を引いていた男の方へ向いている。視線を辿るように見た女は引きつった悲鳴を上げた。 男の頭がなくなっていたのだ。 右から犬のような狼のような唸り声が聞こえ、水を弾く音がした。 一人が松明をその方向に向けると狼に酷似した何かが何かを口で突きつつ、他の何匹かがこちらを狙っている! 「う、あ、あああああああああ!」 一人の男が恐怖で走り出した! 狼のようなものは動いた男を狙って駆け出す。 「ぐぁああああ!」 容易く男の背後まで差を縮め、軽く跳んで首を噛む。強い顎と牙に男はその場で絶命した。 新しい肉に気付いた他の狼のようなもの達が地を蹴り、男達に噛み付く。 人間対狼‥‥この中に志体を持つものはいなかった。 一匹の狼が女にかかったが、女はすんででかわしたが、膝は震え、ろくに立つ事もできない。 もう、だめだと思った瞬間‥‥ 「犬っころが、随分とやんちゃだな」 一人の男が女の前に立つ。 たった一瞬で女の前に立ったのだ。女のすぐ横で狼のようなものがぴくぴくと痙攣させて倒れこんだ。よく見てみれば、身体から剣が生えている。 それを見た他の狼達は走って逃げてしまった。 「ま、そんなもんだよな。おう、姉ちゃん、ちょっと、ギルドに行って依頼を出しちゃくれねぇか?」 男が女の目線に合わせて屈みこむと、金を女に握らす。 「あ、あなたは‥‥」 「俺ァ、ちょっと調べねぇとなんなくってな。宜しく頼まぁ」 にかっと笑う人懐っこい笑みが紫の瞳を隠してしまう。くるりと、踵を返した時、薄茶の髪が満月の光に透けて美しかった。 女がよろよろとギルドにたどり着き、依頼を出すと、女はそのまま倒れてしまった。 剣狼の刃が腹に当たっていたようで、そのまま出血多量で帰らぬ人‥‥否、愛しい人の元へ逝ってしまった。 「ったぁく、満月なんてろっくなもんじゃねぇな」 舌打ち一つして、男は林の中を歩いていった。 満月が男の呟きを聞き、あざ笑うように流れた雲にそっと隠れた。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
紅 舞華(ia9612)
24歳・女・シ
サイラス・グリフィン(ib6024)
28歳・男・騎 |
■リプレイ本文 開拓者達はとある遊女屋にいた。それぞれ何だか複雑そうな違う表情をして。 その店とは依頼人となった女がいた店だ。 依頼人の女の疑問に触れた真亡雫(ia0432)が尋ねると、受付役はその店を教えてくれたのだ。 女は殆ど切れ切れに場所と本当の依頼人とどんなアヤカシがいるのか伝えただけだった。ギルドに来た時点で止血しても医者や巫女がそこにいても間に合わなかった。ギルドにたどり着けたのは女に残されたただの運かもしれない。 奇妙に詳しい内容を補完してくれたのは女がいた店の主だった。 中々戻らない用心棒を心配して、偵察に追っ手をかけたところ、骨鎧の存在まで気付いたらしい。慌てて依頼を出したところで女が死んでいた話を聞いたのだ。 今回の依頼料は遊女屋の店主の依頼料も入っているのだとか。 店主は淡々と他の用心棒が見た事を口にしただけだった。自分の遊女を連れて逃げた客や店を裏切って逃げた遊女を口にする事はなかった。 「どうか、宜しくお願いします」 静かに頭を下げた店主に頷いたのは数人だった。 誰もが悲運としかないあの男と女の最期にどこかやるせなさを覚えている。 「どうして、逃げたんですか」 口にしたのは珠々(ia5322)だ。 「遊女の仕事とは好き好んでやる仕事ではありませんからね」 答えたのは御樹青嵐(ia1669)だ。誰もが口にするならそう言うだろう。 「その人にはそれしかなかったなら、そのままじゃだめなのですか? ずっといると『普通』になりませんか?」 寒村で生まれ、親と離れて修行してきた珠々にとって『普通』の事だったのだ。 今までが『普通』ではないと知るまで時間が随分とかかった。 けれど、珠々にとっては『普通』の事だ。 「楽しい時がその場所以外にあったら、行きたいと人間は思うだろう」 珠々にはなかったのかと優しく尋ねるのはサイラス・グリフィン(ib6024)だ。珠々は少し、思案を巡らすと、素直に頷いた。 「そのひとは少しだけ我慢が出来なかったんだよ」 「我慢は良くないです」 弖志峰直羽(ia1884)が更に言うと、珠々はきっぱりと言う。仕事と我慢の繋がりがまだうまく分かっていないのか、どこかこんがらがった珠々の言動に皆の緊張が少しだけ解けた気がする。 「じゃ、さっさといこっか」 立ち上がったのは鴇ノ宮風葉(ia0799)だった。 皆が習って部屋を出ようとした時、ふと、輝血(ia5431)が思い出したように店主を見た。 「あんたん所の遊女に金を渡した男は見たのかい?」 全員が引っかかった男の存在に誰もが足を止めた。だが、店主は首を振るだけだった。 問題の林の中に入ると、自らランタン役を風葉がかって出てくれた。 小さな式が光源となってくれるその式神は開拓者達の目に優しく照らしてくれている。 枝が伸びて、通行の邪魔をしている為、サイラスが枝を切りつつ、進んでいるが、違和感が拭えない。 「元は道だったのではないでしょうか」 珠々が呟けば、そうだなとサイラスも納得する。 土が随分と落ち着いているのだ。 先に遊女や男達が走ったとしても、この固さは少し違う気がする。 「随分、気にしているようだな」 ぽつんと呟いたのは紅舞華(ia9612)だ。 「舞華もじゃないの?」 「随分違和感がある依頼だとは思ってる」 舞華に目を合わさずに前を向いている輝血が言う。 何かの意図があるような依頼だと誰もが思っている。 口に出しては疑問がぽろぽろ零れてきそうだが、どれもどこか現実味を帯びない。 「正直、歯痒さを感じます」 何に対してかは雫は伏せた。 「用心に越した事はないさ」 「用心よりも、ぶっ飛ばしちゃった方が楽だし、スカッとするよ」 サイラスの言葉に風葉が明快に言うと、サイラスはそれもそうだと楽しそうに笑う。 ぴたりと、直羽の動きが止まった。同時に珠々も身体を強張らせ、雫がその方向を向いた。 「来るよ」 「草を踏みしめる音がしました」 「右です」 輝血と舞華が即座に超越聴覚を発動させて確認する。その間に雫とサイラスが前に出る。 どんどん音が近づいてくる。 サイラスがオーラを纏い、敵に備える。 「前二人、伏せてないとヤッバイよー!」 風葉が爛々と目を光らせ、前衛二人に声をかける。 「犠牲者の魂の叫びっ、その魂で聞きなさいなっ!」 反射的に二人が伏せると、『何か』が草叢の奥へと疾走する。 一匹が足を止め、悶えて血反吐を吐きながら倒れたが、他のアヤカシは人間の肉を嗅ぎつけ、その肉にありつく事を一番に考え、仲間が倒れた事すら気づいていない。 先頭を走っていた剣狼が更に速度を上げ、跳び上げる。 跳躍が高い! 狙うはサイラスの頭だ。 サイラスは素早くマインゴーシュで頭を庇い、剣狼の攻撃をかわそうとするが、剣狼はサイラスの肩に噛み付こうとしたが、一瞬、サイラスの身体が光り、剣狼は口を離した。 直羽がかけた加護結界が発動したのだ。その隙を逃すことなく、サイラスはクラレントでスタンアタックを発動させ、剣の切っ先は剣狼が大きく開けた口に差込み、そのまま喉から振り降ろし、頭と身体を分離させる。 同じく前を走っていた剣狼の口を切り落とした雫はもう一歩、足を出し、重心をかけてもう一振り剣を薙いだ。剣狼の前足二本が身体より離され、立つ事ができなくなったアヤカシは横たわり、じたばたと動きつつ、死を待つ。 前衛二人が前を走っていた剣狼を相手しており、後続の剣狼の一匹に早駆で距離を縮め、苦無で牽制する。流石に苦無の危険度に気付いたのだろうか、剣狼が一歩後ろに後退り、舞を見据えるも影を発動させた舞の前に頭を潰された。 「きゃー! 舞姐ちゃん素敵ー♪ 皆もガンバだよ☆」 直羽が剣狼をひょいとかわしつつ、黄色い声援を送っている。自分がかわしたはずの剣狼がターンをして直羽めがけて再び襲い掛かる。 再びかわそうとしていた直羽だが、目の前で水に濡れている様な刀が剣狼のこめかみを貫通させていた。 「輝血ちゃん、ありがとー☆」 「物見高いね」 ふんと、呆れつつ、溜息をつく輝血に直羽が「てへ☆」と片目を瞑る。そんなほのぼのとした光景に空気を読まないアヤカシはじたばたもがき、直羽を喰らおうとしている。 どすっ 「おや、外れたような当たったような」 玲瓏の黒曜の瞳がすぅと、細められる。 「せ、青ちゃん?」 青嵐が放った斬撃符は見事に剣狼の止めとなった。 本当は何に当てるかは藪の中へ放り込んでほしいと直羽は切に願った。 最後の一匹は珠々が難なく倒した。 誰もはぐれていなく、全員が互いを確認した。 「心眼で伝えします」 「助かります。超越聴覚を使用してますので」 雫が囮役の珠々に一言告げると、珠々は頷いた。拠点となる方にも超越聴覚が使える輝血と舞がいるので最小限の声量で十分だ。 珠々が歩き出した。 剣狼と戦っている間、骨鎧がどこにいるかは大体見当がついていた。剣狼とは逆側に気配があった。 こちらの動向を窺がっているのだろうか、ある程度の距離を縮めると、その場に留まった。 誘い出すのが得策だ。 「練力温存したいから消していい?」 「構いませんよ。ですが、僕も練力を節約したいです。骨鎧は生命力が粘り強いので」 風葉が言うと、雫が許したが、彼もまた、練力消費が気になるところだ。 「あたしの暗視ならそんなに疲れないから、交代してもいいよ」 更に輝血が案を出すと、二人は納得した。 「剣狼とは逆側にいるようだからな。囮の珠々なら上手くやるだろう」 超越聴覚なら舞華も持っているので、更に負担は減るだろう。 「後は向こうがどう出るかだな」 サイラスがその方向を向くと、こつんと、足元に何かが落ちた。青嵐が気付いて拾うと、石だった。 「石?」 首を傾げると、輝血が何かに気付く。 「頭をかばって伏せなっ」 その言葉と同時に全員がしゃがみ込むと同時に小石がばらばら飛んできた。 「珠々! 戻りな!」 少しずつ数が減ると、雫が気付き、頭と顔を庇いつつ、前に出た。 風葉が夜光虫を発動させると、光源を頼りに気が付いた。骨鎧が動いている事を。 ふと、珠々が振り向けば、風葉の夜光虫が消えてしまっている。 随分と歩いたようだ。もう少し歩けば、林が抜ける。 草木の青臭い匂いに混じり、異臭がした。 珠々が目を凝らすと、そこには食い散らかされた人間の死体だった。 偵察に向かった者達は用心棒達の死とアヤカシの確認しかできなかった。きっと、死体を回収するまで手が回らなかったのだろう。 「珠々! 戻りな!」 超越聴覚を使用している珠々の耳を叩くのは輝血の声。 珠々が振り向けば、戦いが始まっていた。 「くっ!」 油断したわけではなかったが、向こうだってこちらの動きを見ていたのだろう。 珠々は苦無を手に構え、走った! 珠々以外の開拓者は骨鎧と戦っていた。 「骨の癖にいったいなー!」 ムカムカと怒りを黄泉より這い出る者に込めて骨鎧にぶつけているが動きを鈍らせているだけに過ぎなかった。 「こういうのは地道にやるべきだね」 輝血が前に出て刀を薙ぐと、骨鎧の右腕が折れた。繋いでオーラを発動していたサイラスが更に剣を振るうと、真っ二つに胴と足が分かれた。 だが、相手は不死のアヤカシ。まだ動こうとする。舞華が影を発動させて頭を砕くとようやっと胴が静かになった。 「これは骨が折れるな」 顔を顰めるサイラスに直羽がくすくす笑う。 「俺達は骨を折る側だよ」 「言葉遊びをしている場合じゃありませんよ」 溜息混じりに雫が窘めると、彼の武器から淡く梅の香りが薫る。 少し精神を落ち着かせ、軽やかに駆けた雫がある一体の骨鎧に一撃を振り下ろすと、頭から肩にかけて瘴気が浄化され、もう一振り振り上げると、骨盤の辺りから斬られ、動けなくなった。 雫が周囲を見ると、骨鎧達は何も感じることはなく、ひたすら開拓者達と戦っている。 「‥‥指揮官はいなくなりましたから統制はとれないとは思いますが」 そう呟いて雫は他の骨鎧と戦っている仲間の加勢に向かった。 戻ってきた珠々は動きの鈍い骨鎧の特性を利用し、動き回っては舞華と連携をとってじわじわと動きを止めている。 両腕、左足、右足と動きを遮断した時、目を合わせた二人がそれぞれ貯めていた影の一撃を舞華は頭に、珠々は骨盤に叩き込んだ。 指揮官が倒れた事も理解できていない骨鎧達は尚も開拓者達を殺そうとぼろぼろの剣を振り回す。 マインゴーシュで刀を受け止めるサイラスが何であんなぼろぼろの剣が折れないのかと頭のどこかで思案する。 「サイラスさん、避けてください」 青嵐の声にサイラスは反動をつけて骨鎧より身体を離す。タイミングよく、青嵐の斬撃符が骨鎧の胸板から中の肋骨まで破壊し、サイラスが思いっきり頭に剣を突き刺した。 最後の一体も皆で連携し、丁寧に倒していった。 「‥‥とりあえず‥‥全部倒した?」 風葉が言えば、多分‥‥と誰かが呟いた。 「結局、本当の依頼人は何者だったんだ」 サイラスが呟くと、輝血と青嵐が一瞬だけ目を合わした。二人の考えは一緒だったようだ。 「おかしすぎるよ。この依頼。なんで怪我をした遊女がアヤカシがいるこの林を抜けて依頼を出せたのかな。そりゃ、フツーに歩けばちょっと疲れるくらいの距離だけどさ」 不満を口にしたのは風葉だ。誰もが口にしたい事を思い切って口にした。 「もしくは、犠牲になった二人を出汁にアヤカシ殲滅を狙ったか」 「ひでぇ、言い様だな」 ぽつりと青嵐が言えば、珠々が向かって戻ってきた方向から声が聞こえた。風葉が夜光虫をその方向に向けると、少し暗くてよく分からないが、茶色であろう髪と紫の瞳の男前がいた。 「あなたが本来の依頼人ですか」 雫が言うと、男は頷く。 「答えなさい? あんたは、あたしの依頼成功とその報酬を手に入れる為の障害になりえる存在なわけ? ‥‥だったら全力でぶっ飛ばす!」 高圧的に尋ねるのは風葉だ。 「いや、全く関係ない」 あっさり否定する男に風葉は興味を失ったようだ。 「それにしたとしても、随分ですね」 怒りを露にしない青嵐が男に対して怒りを素直にぶつけている。そんな青嵐が珍しく、直羽が「ね、誰?」と子供のよう青嵐の着物の袖を引っ張っているが青嵐は全く無視だ。 「俺はただの通りすがり。気になってきたら犬っころが女をいたぶってただけさ」 「それならば、手当てくらいしてやったらどうだ」 舞が周囲を気にしながら言えば、男は苦笑する。 「生きる意味がもう死んでいたのにか? 俺はギルドに依頼を出して貰った後の女の生き死には天に任せただけだ」 「随分と物見高いな。お前は俺達の味方か?」 サイラスが尋ねると男はにやりと笑う。 「俺はお前達を敵と見ているわけじゃないさ。今は利害が一致しているだけだ。だから、ギルドに依頼をしたわけだ」 「自分でやんなよ」 呆れる輝血に男は「忙しいんだ」と笑う。 「今はアンタをどうこうしろとは言われてないからね。次はないよ」 ぎろりと、輝血が鋭く睨み付けると、男は笑いながら「怖い風切羽だ」と言って、無言で睨み付ける珠々を見て微笑む。 自分ではなく、珠々を通して誰かを見ているかのように。骨鎧が出てきた方向へと歩く。 「そうだ。忘れもん」 男は懐から何かを放り投げると、それは直羽の手の平に収まった。 「女と一緒に居ただろう男が身に着けていた根付けだ。女の墓と一緒に埋めてやんな。じゃぁな」 今度こそ男は草叢の奥へと姿を消した。 「‥‥隙がありませんでした‥‥何者なんでしょうか‥‥」 隙を窺がっていた雫が呟いた。 「ろくでないだけは確かだろうな」 険しい表情でサイラスがその方向を見つめた。 静まるこの場を打ち破ったのは舞華だ。 「動いた後は腹が減る。美味い飯に酒で今は犠牲となった恋人同士の弔いをしよう」 「それもそうだな」 気が抜けたようにサイラスが笑うと、風葉も依頼成功の前祝と喜んでいる。 「青ちゃんのごはん、美味しいんだよ!」 「人参入れちゃダメです」 直羽と珠々も食べる気満々だ。 「結局、私が作るんですね。まぁ、好きですけど、人参は入れます」 キリッと青嵐が言うと、珠々が嫌がる。 「好き嫌いをすると大きくなれませんよ」 雫が言うと、珠々はびくっと、肩を竦ませる。 「そんな事ありません!」 「遺伝というものもあるがな」 真っ向で珠々が否定すると、サイラスが切ない事を言い出す。 わいのわいのと皆がその場を後にし、最後に輝血が男が来た林の奥を睨み付け、来た道を仲間と共に歩いた。 少し欠けた十六夜の月が林の木々の隙間から見える。 その形が嘲笑の口の形のようであったのは誰も気付かなかった。 |