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■オープニング本文 今より少し昔、開拓者と出会う前に沙桐は開拓者達が住まう神楽の都に来ていた事があった。 方向音痴というわけではなかったが、何故か迷ってしまった。 呆然と立ち止まっていて、誰かに聞こうか悩んだ時、軽やかに肩を叩かれた。 目に飛び込んできたのは長い茶の髪の青年。 男前で人好きする顔。腰には刀を差していた。 「道に迷ってさ、途方に暮れてた」 「その格好じゃ神楽の都は初めてか」 肩を竦める沙桐に青年はくつりと笑う。 「そ、方向音痴って訳じゃないけど、迷っちゃってさ」 「どこへ行くんだ」 青年が道案内を買って出ると、沙桐は滞在予定の宿の名前を告げた。 「今日は何か用事でもあるのか?」 「特にないよ。観光がてらこの辺うろつく程度だよ」 目的の宿は随分と入り組んだ所にあり、別れになると思った時に青年が声をかける。 「じゃぁさ、一杯飲まねぇか?」 イイ店があると青年が悪戯っ子のように笑い、沙桐も頷いた。 「あ、俺、鷹来沙桐っていうんだ。名前教えてよ」 「俺? ゼロってんだ。宜しくな」 夏の太陽のように眩しい笑顔でゼロは名乗った。 年齢も近い事から、直に打ち解けたた二人が『イイ店』に向かってる時、ゼロが声を掛けられた。 「ゼロちゃ〜ん、奇っ遇ねぇ〜☆」 「マオ‥‥」 沙桐も振り向けば、そこには背の高い美丈夫がいた。おネェ口調とおネェ仕草の‥‥ 「あら、見かけない顔ねぇ。アタシは華真王よ。マオちゃんって、呼んで☆」 すちゃっと、ポーズをつける真王に沙桐呆然。 「悪い奴じゃないんだ」 ひそひそとゼロが言葉を付け足す。 「どこに行く予定だったの?」 首を傾げるマオに沙桐がゼロがイイ店に連れて行くと言うと、ゼロが慌て出す。 「どんなイイ店にいくのかしら? アタシも行きたいわ」 乗り気になった真王にゼロが何故か宥め出す。 「マオのオススメの店につれてってやるよ! 格好いいやつとか、可愛い女の子がいる美味い店!」 「さっすが、ゼロ君、分かってるわね♪」 完全乗り気になった真王を連れて行った先には、別件で仕事に訪れていた麻貴と柊真と鉢合わせる事になって柊真に突っかかる沙桐にゼロが宥めすかし頭を抱えさせらせ、麻貴と真王がオンナノコ同士すぐに仲良くなったとか。 現在 再び神楽の都に現れた沙桐は開拓者ギルドへ現れる。 「マオちゃん、元気だった?」 夏本番となり、少し元気なく仕事をしていた真王に声をかける。 「沙桐ちゃん! いつきたの?!」 ぱっと顔を明るくさせて真王が笑顔になる。 「ついさっき」 「ゆっくりして行けれるの?」 「そこそこかな」 のんびり話をしながら沙桐は真王の仕事が終わるのを待っていた。 疲労困憊というように真王の後ろで何かが動いている。 「‥‥ギルドの人も大変だな‥‥」 「ああ、西渦ちゃんね。知る人ぞ知るギルドの不寝番様。本当に凄いのよ」 お休みとかないのかなーと、沙桐が西渦の後姿を見つめた。 仕事を終えた真王が沙桐を連れて向かった先は南那亭と書かれた看板の店。 ふんわりと馥郁とした香りに沙桐が気付く。 「これ、珈琲?」 「そうよ。真世ちゃーん、いるー?」 「はぁーい☆」 ぱたぱたと駆けて現れたのはメイド服を着た美少女。 「あ、初めてのお客さんですか?」 首を傾げる美少女に沙桐はにっこり微笑む。 「こんにちは、鷹来沙桐だよ」 「いらっしゃいませ、南那亭めいど☆の深夜真世です」 ぺこりと頭を下げた真世は二人を席に案内する。 真世が頑張って珈琲を入れている間、真王が神楽の都での近況を話している。 「えー! ゼロ君、祝言したんだ!」 沙桐が言えば、真王が賑やかな祝言だったと言う。 「やっぱ、好き同士の結婚っていいもんだよね」 「沙桐ちゃんはいないの?」 きょとんと真王が沙桐を見つめると、当人は真王を見たまま、目を見張らして顔を真っ赤になって硬直。その様子に乙女アンテナが反応した真王が勢い込む。 「いるの?! いるの?!」 「一目惚れと聞いた気がするが。そろそろ一年半にはなるんじゃないのか?」 横から口を出され、沙桐がぎょっとしてその方向を向く。 不機嫌そうな顔をした麻貴とその陰に隠れてちょっとおろおろしている真魚がいた。 「きゃー! 麻貴ちゃーん!」 「え、なんで! 檜崎さんが来るって聞いたよ!」 がたっと、立ち上がる沙桐に麻貴は懐から匙を取り出し、沙桐に渡す。 「檜崎さんと柊真が話している所を聞いてしな。檜崎さんが沙桐にこれを渡すように言われた」 堂々と言う麻貴に沙桐が頭を抱える。 「何? どうしたの?」 双子を見比べる真王に麻貴がじとりと沙桐を見る。 「お前、まだ依頼出してなかったのか」 「これからマオちゃんに頼むつもりだったんだよ」 沙桐が説明したのは約七前に武天で起きた事件の事。 詐欺の手口を使って盗みを行っていた流れの盗賊がいた。 その盗賊はとある武天の役人を仲介に行っていた。 自身の立場を利用して役人は金を貰っていて、潮時になると、他の国に流したりと手を貸していた。 当時、捜査の手はなく、武天のある役人二人がシノビと民間人を巻き込み、単独で捜査を行っていたらしい。盗賊は他の国でも仕事をしており、理穴でもそういった輩と手を繋いでおり、理穴から役人が来ていた。 結果、盗賊は頭をはじめ、幹部多数が捕縛され、犯罪に手を染めた役人は役人達と切り結び、斬られて死亡した。 「今回、神楽の都に来た理由はそれと関係あるわけね」 真王がオネエのナリを顰め、真剣な眼差しで沙桐を見ると、麻貴がどこが心配そうに沙桐を見つめる。 「当時盗り逃した幹部候補が神楽の都にいる情報があって、盗賊を率いる男と込み入った様な話をしていたとの事だ。今は架蓮が先に偵察している。俺達では土地勘がないから開拓者にも協力を願いたい」 「‥‥この依頼、承ったわ。真魚ちゃん、帰ったら依頼書出しましょ」 「はい!」 真王が真魚に声をかけると、こっくりと真魚が頷いた。 「あれ〜? 沙桐さんが二人になってます〜。一人分しか淹れてなかったのですが‥‥分けますか?」 「‥‥もう一杯いれてほしーなー‥‥」 真世が二人分の珈琲を持ってきて、同じ顔が増えた事に驚いていた。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
紫雲雅人(ia5150)
32歳・男・シ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 ギルドにて出された依頼書を見た開拓者達は見知った名を見て参加を申し出た。 その中の一人、紫雲雅人(ia5150)は懐かしそうに連ねられた依頼人の名を見て口元に笑みを浮かべる。 「紫雲さん?」 声をかけてきたのは滋藤御門(ia0167)だ。 「久しぶりですね」 声に出すほど納得が出来る程の時間の流れに雅人は気付かされる。対する御門は雅人の雰囲気にふと、気付したが、どう口に出すか言葉に迷った。 「あれ、雅人じゃない」 更に声をかけてきたのは輝血(ia5431)だ。 「どうも」 雅人の相槌に輝血はちろりと紫の瞳を雅人に向ける。どこか飄々とした風の様子だった雅人だったが、どこか違っていた。脳裏に思い出したのは緒水だ。 弱い自分と決別し、前に進みだした彼女。あの晴れやかな笑顔を輝血は思い出していた。 「奥に麻貴と沙桐がいるよ」 早く顔を見せて来いと言って輝血は二人から離れた。 「きっと喜ばれますよ」 微妙な顔をした雅人を御門が引っ張って行く。前まではそんな事はしなかっただろう御門だが、この半年で随分と精神的な逞しさが出来た気がした。 「麻貴様、沙桐様」 御門が声をかけると、珠々(ia5322)や御樹青嵐(ia1669)と話していた双子が振り返る。 「や、御門君、雅人さん」 「御門君こんにちは、読売屋も来たか」 ぱっと顔を明るくする双子。 「あーもう、あぢい、あぢい!」 喚き呻くのは村雨紫狼(ia9073)だ。 「夏だからな」 サラッと言う麻貴は着流しに近い格好だが、汗一つかいていない。 「並んで見ると良く判るな、案外似てないな」 並ぶ双子を見て感想を言うのは音有兵真(ia0221)だ。 「腰の位置や肩とか」 「そうだね」 「まぁ、仕方ないだろう。私は女だし、沙桐は男だからな」 骨格について話し合う三人の声を聞きつつ、見比べているのは白野威雪(ia0736)だ。視線に気付いてくるっと、沙桐が振り向くと雪はわたわたと珠々の後ろに丸まってしまう。 「どうしました?」 雪に声をかけてくるのは九法慧介(ia2194)だ。 「な、何でもありません‥‥」 ぽそぽそ答える雪と雪に隠れられて残念そうな顔をする沙桐を見て、冥霆(ib0504)がくすくす楽しそうに笑う。 ●逃げ足を追え 「いざとなればその足すら、砕いて差し上げましょう。二度と逃げられないように」 青蔦捕縛にはシノビ達が回る事になった。 敵が早駆を使う事が確定したのだから手加減など必要ない。静かに珠々が言う。 「そうですね、一匹見つけたら三十匹みたいなものですからね」 にこやかに言う慧介に珠々がうんうんと頷く。 「じゃ、麻貴たんと沙桐んは雑魚の方一緒によろしくなー。ニンジャマンズは主犯格よろしくなー」 軽いノリで紫狼が双子に応援を声かけると、沙桐は「え!」と声をかける。 「そうだね、そっちに行って貰った方が何かと大人しいし」 さらっと見透かすように冥霆が言えば、沙桐は渋々従う。 「麻貴様に沙桐様。何かあれば私、折梅様に怒られちゃいます」 雪が双子を見上げて言うと、数名から即座に「雪に何かあったら折梅に双子が殺される」と異口同音で言われた。 「つまりは、三人とも無理しないで下さいね」 あっさり慧介に纏められた三人は黙って頷いた。 「いいのか、沙桐がこっちで」 兵真が冥霆に言うと、彼は頷く。 「いいよ。寧ろ、そうじゃないと麻貴が泣くかもしれない、てか、泣いてそう」 輝血が言葉を受け継ぐと、御門がどこか心配そうに麻貴を見る。 「では、賊の方は頼みましたよ」 雅人が言えば、シノビ達は青蔦捕縛へと向かう。 「私達も行きましょうか」 シノビ達と反対方向に青嵐達も動き出した。 青蔦捕縛に向かったシノビ四人は架蓮と合流し、周辺の地理の確認した。 逃げた事を清算した雅人が自分がまたこうして再びシノビとして生きる事が可能となった事に言葉に出来ようもない感情が胸に秘める。 「紫雲さん、どうかしたのですか?」 珠々が声をかけると紫雲は首を振る。 「どうもしませんよ。中ではどうなってますか」 「輝血さんと冥霆さんが表から入りました」 中では二人が中に入り、青蔦の様子を見ているようだ。 珠々が配置に付きますと目で雅人に合図すると、雅人は屈んで片手の手の平を上にして折った膝の上に乗せる。珠々は遠慮なく雅人の手の平に左足をかけると、梯子を上がるように雅人の肩に右足をかけて屋根の上めがけて跳んだ。 「アンタ、一緒に飲まないかい?」 奥の卓で背を丸め、一人でちびちび飲んでいた青蔦に輝血が話しかけるが、青蔦は聞かない振りをした。 「なんだい、つれないね」 気にせず輝血が座り、空になった青蔦の杯に自分の酒を注ぐ。注がれた酒を青蔦が凝視していたが、輝血に毒なんて入ってないと言うと、青蔦は杯を煽った。 「いい飲みっぷりだね」 冥霆もそ知らぬふりをして席に着く。裏口から近い席であり超越聴覚を使用していない雅人も聞こえる。 「ま、ま、お近づきに一杯」 人懐っこく冥霆が酒を注いだ。 青蔦は酒を飲むペースを崩さない。だが、夜春を使っている輝血が話している間に少しでも青蔦の様子も崩れてきているが、その分相手に飲ませるように勧めて来る。 酔い潰し方をよく知っていると二人は内心感心した。だが、青蔦の様子は上手く読めない。 「‥‥最近、他所の役人が入ってきているらしいな」 青蔦から話しかけられる。 「へぇ、なんでだい?」 冥霆が話に入ると、青蔦はくつくつ何かを思い出して笑う。 「随分前に此隅であった事件の一つでな。盗賊と役人が共謀して詐欺と盗みをしていたんだ」 沙桐が言っていた事件と気付いた。 「役人がかい、色んなのがいるんだねぇ」 溜息混じりに手酌をする輝血に青蔦が軽く鼻で笑う。 「此隅は巨勢王の膝元。有能な役人もいるもんだ。その役人の悪事に気付いた役人がいてな。当時、元服したばかりの新人だとよ」 「お手柄だねぇ」 口笛を一吹きする輝血。 「その役人は新人の上、豪族の若き当主。お偉様の後見付といった鳴り物入りでな。皮肉にも悪さをしていた役人が親切に面倒を見てた奴でな。反対派閥の役人にゃ邪険に話も聞いてくれなかったそうだ」 当時の役人の悔しさを知っているかのように青蔦は喉を鳴らして笑う。 「見物だったそうだぜ。先輩役人に馬鹿にされ、笑い者にされてたそうだ」 はははは!と声を上げて青蔦が笑い声を上げると、裏口で控えていた雅人が目を細める。 「で、笑い者にされたその新人はどうしたんだい?」 冥霆がそのまま青蔦の杯に酒を注ぐと、青蔦は喉の渇きを潤す為に酒を飲む。 「単独で民間人まで巻き込み、証拠を集め、理穴の役人と手を組んで、その役人を追い詰めたんだ」 「執念だねぇ」 更に酒を注ぐと、青蔦は杯を手にしたまま話を進める。 「悪さをしていた役人は相当の剣の使い手でな。新人も中々やるようだが、まだ甘かった」 「やられたのかい?」 「役人を殺したのさ。理穴の役人とも共闘していたが、本気で殺さないと自分達が殺される程だったからな」 「随分、詳しいね。まるで見ていたかのようだね」 輝血が言えば、青蔦はにやりと笑う。 少しの沈黙の後、青蔦は手首を捻り、手にしていた杯の中身を輝血にかける。 「!」 一瞬の隙をぬって青蔦が席を抜け、裏口へ早駆で走る。 「逃がしませんよ」 雅人が立ちはだかり、青蔦の前に立ちはだかる。 「ちぃ!」 舌打ちした青蔦が懐から苦無を取り出し、そのまま雅人に斬り付けようとするが、雅人が囮となり青蔦を引きつけた瞬間、珠々が青蔦の懐に降りて手にしていた苦無「獄導」の刃の輝きが欲するままに青蔦の膝に刃を与えた。 声にならない痛みを堪え、青蔦が刺された足を振り上げて珠々ごと壁に突きつけようとした瞬間、影からの拘束と六本の苦無が青蔦の動きを制し、その首に当てられたのは忍刀「蝮」。 「達者な足だけじゃなく、口も聞けなくさせようか」 至極抑揚のない声音で輝血が言うが、その熱はあの双子と関わっただけ厚みがある。 「その時のアンタが逃げられたのはあたし達がいないからだよ」 「僕達がいれば必ず捕まえるからね」 冥霆が薄く笑うと、青蔦は気力をなくしたように崩れた。 一方、賊の方は御門が人魂を使って様子見をしていた。 「今日は両翼ですか?」 おやっと人魂の違いに気付いた青嵐に御門が微笑む。 「片翼である必要がありませんから」 ちらりと見るのは双子。 御門が飛ばした式神が見た賊の数は情報通り十人。 賑やかにしているわけではなさそうで、計画が近いのかもしれない。 「行けますか?」 「例え、超越聴覚を持っていたとしても問題はない。こちらも気を配るが、くれぐれも巻き込まれないようにしてくれ」 慧介が声をかけると、兵真は大丈夫だと頷き、注意を呼びかける。 「ま、大丈夫だってばよ!」 親指を立てて紫狼が言うと、雪が兵真の前に出る。 「少しでもお役立ちに‥‥」 そう言って兵真の為に舞うのは疾風の如くの速さかつ、軽やかな舞。それは巫女が与える加護‥‥神楽舞「瞬」。 「助かる」 加護を受けた兵真が瞬脚を利用し、あばら家へ走り出す。家の周囲を囲う壁の壊れた塀を越え、縁側に足を着地させて障子を蹴り飛ばして中に入る。 「な、なんだ!」 「何者だ!」 神経を尖らせていた男達が急に入ってきた兵真に驚きと罵声を上げ、近くにあった獲物を向けたが、それは全て意味のないものへとなる。 型を取り、力を溜めて大きく足を踏み出すと低く衝撃波が響き、その場にいた者達が膝を崩され、衝撃によるダメージで倒れこむ者もいた。 志体をもつ四人はさほどのダメージは受けてなく、退散の様子を見せる。 「んなこたぁ、させねぇぜ!」 タイミングよく立ちはだかるのは紫狼と慧介と沙桐の前衛組。 「うぉおお! 麻貴たんの水着姿がスゲーみた‥‥」 言い終わる前にガツンと紫狼の頭に苦無の柄が当たる。 「な!」 紫狼が振り向くと仁王の如く怒りのオーラを振りまく麻貴がいた。 「あんな面積の少ない物なんか着れるか! 黒焦げになってしまうわーー!」 「水着は男の浪漫だ!」 ぎゃいのぎゃいの騒ぐ紫狼と麻貴。 賊は仲間割れなのかとか思い、そろそろ逃げ出そうとすると、頬にひんやりとした背筋が凍りそうな何かを感じる。 「神妙にお縄につくといいよ」 穏やかな笑みを浮かべる慧介が言う。 「‥‥怪我をしたくなければ、だが‥‥」 刀を突きつけられた賊は慧介の刀から逃れるように間合いを詰め、自身の刀で慧介を斬ろうとしたが、慧介は冷静に素早く刀を滑らせ、切っ先が月の如くに円を描いた。 「ぐわ‥‥」 どさっと、一人が慧介の刀に倒れた。 「騒ぎに乗じての逃走は見苦しいですよ」 静かに忠告を告げたのは青嵐だ。 「その通りです」 幻影符を発動させた御門が志体持ちではない者の動きを封じたが、志体持ちだろう男が逃げ出そうとしたが、更に青嵐が動きを封じた。 最後の志体持ちは逃げ道を見出せないか思案し、見つけたのは雪だ。 細い身体の雪ならばどうにでもできると感じて男は雪めがけて走り出した。気付いた雪が浄炎を発動させ、男は浄化の炎に焼かれるそれでも男は雪を炎に巻き込もうと手を伸ばした瞬間、男の手が天を掴む様に振り上げられた。 沙桐が男の肩に刀を刺していた。 「沙桐様!」 雪が声をかけ、沙桐が雪の無事を確認すると、微笑んで賊の確認に戻った。 「心配は無用でしたね」 後ろから珠々に声をかけられ、肩を竦める雪だが、無事そうな珠々の様子に雪がほっとなる。 「あ、珠々ちゃん、戻ったか。首尾は?」 「大丈夫そうだね」 麻貴と沙桐が声をかけると、珠々は俯いてぎゅっと二人の手を握るとすぐに離してくるっと、踵を返す。 「へ?」 「どうした?」 きょとんとする双子に珠々は振り返る。 「もう大丈夫なのです。困ったら私達を頼っているんですから」 それだけ言うと、珠々はずんずん進んでいく。その様子に似た顔を見合わせて疑問顔。 「賊の捕縛全員完了しましたよー」 慧介が声をかけると、双子が指示を出す為にそっちの方へと向かう。 ●せんとうでせんとう 「暑いし、汗だくだし、銭湯入ろう」 盗賊捕縛も終わり、ふーっと、溜息をついたのは輝血だった。 「西渦さんも連れてこようか」 うきうきと麻貴がギルドへ向かう。 「疲れた時は風呂で気分を変えるのがいいですね」 青嵐もまた、異論はないが、ふと、面子に不安を覚えるものはあるが‥‥ 場所はギルドに近い銭湯を選んだ。西渦にも負担がない距離だからでもある。 ここの所仕事が忙しかった西渦にはありがたいお誘いでもある。 「西渦様、大丈夫ですか?」 心配そうに支えるのは雪だ。 「少し眠ったのですが、どうしても疲れは中々取れませんね‥‥」 「これから行く銭湯は風呂上りに按摩もやってくれる所ですからやってもらったらどうですか?」 慧介の言葉に西渦がキラキラ目を輝かせた。 按摩の予約をし、男湯女湯へと分かれる。 「はー、風呂っていいねぇ」 汗臭さから開放された輝血が壁を背に湯船に寛いでいる。 無闇に他人に見せるものでもないし、見せたくないので、見られないように動きに工夫をしている。 「全くですね‥‥」 「西渦さんが按摩をしている間、少し休憩してよう」 「麻貴もやってきたら?」 雪も寛いでいると、麻貴が提案する。輝血も視線をよこすと、麻貴は肩を竦める。 「按摩師が埋まっててな。まぁ、この件が終わったら、羽衣館にいくからな。その時に頼むよ」 「理穴に戻らないのですか?」 あれっと、珠々が話に入る。ナイスバディーな女性陣より少し離れて肩身狭そうにいたが、気になったようだ。 「この時期になったら長期休暇を貰うようにしている。連中の動きも大人しくなったからな、柊真から了承を貰ったんだ」 「あ、麻貴。カタナシに土産の一つでも買っていきなよ。カタナシなら喜ぶよ」 輝血が助言をすると、麻貴が何かを思い出したようだ。 「そうだった。柊真が刀を欲しがってた。神楽の都なら色々とあるだろうから、案内してくれ」 「刀は実用的でいいね。忍刀? 長刀?」 「忍刀だな。アイツはいつもそれを使ってる」 その人が欲しがっているものをあげたいというのはいい事と思われる。輝血や珠々は万商店にいい刀がないか記憶を辿っている。 贈り物が刀であるというチョイスは別として。 「輝血には贈りたい相手はいないのか?」 「は? いないよ」 湯に浸かって寛いでいる西渦が溺れないように気を使いつつ、輝血があっさり答える。 頑張れ、青嵐と雪と麻貴が心の中で叫んだ。 一方。男性陣はボーイズトークに華を咲かせていた。 「そういえば、沙桐さん、麻貴さん離れはどんな感じですか?」 「どんなってどんななのさ」 雪と麻貴に応援を送られた青嵐が沙桐を見やる。 「以前、橘家と薬師寺家の祝言の時、紗の布で出来た桐の花の簪をつけてたのがとても似合ってましたね」 誰の事かは明言せずに青嵐が沙桐を見やると、顔を赤くしている。時折弄られたりするが、赤面したり慌てたりする事があまりない沙桐だから余計興味深い。 「へぇ、好きな子? どんな子?」 面白そうな話に慧介も入ってくる。沙桐はもごもごどう答えるべきか思案していると、ふと、慧介が先ほどの捕り物の事を思い出した。 「助けた子?」 さらっと、慧介が言うと、頷きはしなかったが、恥ずかしそうにゆっくりと沙桐は視線を逸らす。 「意外と分かりやすいね」 冥霆が言うと、沙桐は降参と手を上げる。 「青嵐さんはどうなんだよっ」 焦って誤魔化したいのか、普段よりきつい物言いで沙桐が青嵐に問うと、彼はとても余裕がある笑みを浮かべている。 「私は順調ですよ。麻貴さんと柊真さんの仲睦まじさに負けないように」 「何それ」 柊真の名前が出てきたとたんに沙桐の声のトーンが落ちる。 「つまりは、雪君がいても麻貴君離れが出来てないという事だね」 楽しそうにくつくつ笑う冥霆の言葉に沙桐が口を尖らせて黙り込む。 「意中の人がいるんですから少しは姉離れしたらどうですか」 冥霆と対照的に雅人が呆れれ言えば、沙桐はそれとこれとは話が違うという。 「‥‥雪さん、苦労しそうですね」 ぽつりと、御門が呟いた。 「何だ、女湯に好きな女がいるというのに気にもならないのか?」 兵真が言えば、沙桐は「気にはなる」と小声で言えば、青嵐は耳まで赤くして鼻から下を手で覆って隠している。 「では、見るのが良かろう」 ざばりと兵真が立ち上がる。 「いけませんよ。他にも利用客がいるんですから」 青嵐が窘めるが、兵真の言葉にノッてきたのは紫狼だ。 「紳士として日頃お疲れな西渦たんが溺れてないか確認しなきゃな!」 さわやかな笑顔を浮かべている紫狼だがそれはあまりにも信用できない。 「今、見守っ‥‥」 ガッ! カコーン! 桶が飛んできて紫狼と兵真に連続して、ぷかーっと、湯に浮かぶ。 「普段、刀使いですが奇跡の矢と月涙まで連携で使えるとは‥‥」 雅人が呻くように呟く。 「麻貴様は弓術士ですから、投射武器も使えるとの事です」 御門が説明のように言えば、慧介が溜息をついた。 「‥‥開拓者の不祥事が成立しなくてほっとしていますよ」 だが、誰も湯に浮かぶ二人に同情したりしない。 触らぬ麻貴と輝血に祟りなし。 風呂から上がり、西渦が按摩をしてもらっている間に万商店に向かう。 「これは?」 「綺麗な刀身だな」 御門が見つけた刀に麻貴はふんふんと頷く。 新しい柊真の刀探しに万商店中をひっくり返すかのように探している。 「こちらの刀の刀匠は見た事ありますよ。中々実用的でいいと思いますが」 慧介が差し出した刀を麻貴が真剣に見つめる。 「これはどうですか」 「禍々しいのがチャームポイントか?」 ちろりと麻貴が青嵐を見上げると、青嵐は楽しそうに冗談ですと笑う。 そんな買い物風景を沙桐が覚めた目で見ている。 「沙桐様」 「どうしたの?」 どこか心配そうに自分の傍にいる雪に気づき、微笑んで声をかける。 「あの‥‥あの捕り物に関する事で何かあったのですか」 ぽつりと口にする雪に沙桐は微笑を固めた。 「無理に聞こうとは思いません。ですが、私が聞く事が出来るならば、待ちますから」 健気な雪の言葉に沙桐は複雑そうな顔をし、困ったように笑う。 「あまり人に話す話じゃないよ。でも、過去の事件があったから、麻貴に会える事が出来たんだよ。その時、俺も未熟でさ、そういう残念な話するのがまだ恥ずかしいんだ」 苦笑する沙桐に雪が微笑む。 「そうでしたか、麻貴様も沙桐様も離れているだけでお互いを大事にしているというわけではないように思えまして」 「鷹来家の問題もあるからね」 苦笑する沙桐に雪の表情が少し曇る。 「そういうのはまた今度。あ、マオちゃん達が来たよ」 ひょっこり万商店に現れたのは真王だ。沙桐に気付き、その隣の雪を見る。 「あら、お邪魔だった?」 茶目っ気たっぷりに真王が言うと「そんなな事ない」と二人は赤面して首を振る。 「真魚様、真王様、はじめまして! いつもギルドのお仕事お疲れ様ですっ」 話を変えるように雪が挨拶をすると、真王が人懐っこい笑顔になる。 「こちらこそ、いつも開拓者ギルド入用ありがとうね。アタシの事はマオって呼んでね」 愛称呼びを推奨された雪は少し戸惑いつつ、「マオ様‥‥」と控えめに上目遣いで呼んでみる。 「沙桐ちゃん、ちょうだい!」 「あげないよ!!」 あまりの可愛らしさに真王が叫ぶと、負けじと沙桐も叫ぶ。 「マオさん、お疲れ様です。買い物が終わったので、南那亭へ行きましょう」 珠々が後ろの騒ぎに気付き、声をかける。 「噂の珈琲だね。どんなものか楽しみだよ」 冥霆は珈琲未経験らしく、興味がある模様。 「メイドの真世たんがすっげぇ可愛いだぜ。俺はアイスで飲もうっと」 よく行っているのか、紫狼が先に店を出る。 観光しつつ、南那亭に向かう一行の後ろで雅人がメモをしつつ歩いている。 ちらりと、麻貴を見やるとタイミングよく麻貴も振り返る。 「ああ、記事を纏めているのか」 麻貴が雅人と肩を並べて歩いていると、雅人は少し曖昧な答えを返す。 ここ半年、雅人は神楽の都を離れていた。その間にどうやら監察方の方も随分と捜査が進んでいるようだった。麻貴は雅人が依頼に応じなかった事、それまでの間、何をしていたかは聞いてこない。少しは気にしているのだろうかと思うが、イマイチ読み取れなく、少しだけ溜息をついてしまいそうになる。 「火宵がどうやら別行動で武天にいるようだ」 「え」 メモから目を離し、雅人が麻貴の横顔を見る。 「火宵の側近だろう未明はキズナと呼ばれる少年と共に以前義父上を襲撃させた男を捕まえ、監察方に渡して来た」 「敵方ではないのですか?」 雅人が顔を顰めると、麻貴は溜息をつく。 「柊真の話によると、火宵の敵と思われるものが別に存在するようだ」 「カタナシさんは裏切り者ではないのですか?」 柊真は潜入捜査という事で火宵一味の中に入っていて、口封じの為に重傷を負わされ、上原家別邸で全員が疲弊させられた戦いを繰り広げた。 「あの戦い以降‥‥正月あたりから監視の目が消えたそうだ」 「心当たりは?」 冥霆も話に気付き問うと、麻貴は首を振る。火宵の性格ならば絶対に逃しはしないだろう。 「柊真は一つだけ心当たりがあるようだが、確信が出来ない事は口にしない奴だから教えてくれなかった」 「別に命狙われなくて良かったんじゃない?」 「それもそうだな」 輝血の言葉に麻貴が頷く。 「目的が見えないのは少し不安ですよね」 「いずれははっきりさせるさ」 どこか不安げな御門に麻貴は意志の強い口調ではっきり言った。 「羽柴さんは、何も聞かないんですね」 はっと、雅人が失言とばかりに口を押さえる。麻貴が雅人の肩を掴み、緑の瞳が雅人を射抜く。 「お前は私の前にいる。こうして触れられる。これ以上の真実などない」 それだけ言うと、麻貴はスタスタ歩いていった。 「麻貴様は口には出さないだけで心配していたと思います」 御門が言えば、雅人は苦笑する。 「そう、なのかな」 雅人と麻貴のやり取りを見てた輝血が呟く。 「輝血さん?」 青嵐が声をかけると、輝血はなんでもないと答える。 ちろりと、紫の瞳が麻貴を見ると、緑の瞳とぶつかる。輝血の無言の問いかけにも答える気の強い瞳。 「やっぱり、腹立つ」 輝血の言葉に青嵐は首を傾げた。 ● 按摩の後、休んでいた西渦は気持ちよく寝ていており、随分と顔色が良くなっていた。 「はー、人心地がついたというか、お腹が空いてきました」 「それは何よりです。南那亭で軽いものを頼んではどうでしょうか」 「そうさせてもらいます」 綺麗さっぱり可愛らしさも復活した西渦に御門が提案する。 「俺も珈琲は初めてなんですよ。結構楽しみですね」 「僕もです」 慧介が言えば、御門も同じく珈琲未経験なので、どんなものか楽しみなようだ。 「いらっしゃいませ〜☆」 可愛らしく出迎えたのは、珈琲茶屋・南那亭めいど☆の真世だ。 「これは可愛らしいね」 「服のデザインも中々だね」 「ありがとうございます!」 可愛らしくメイド服を着こなす真世は誉められて上機嫌。 「真世たん、俺、冷たい珈琲なー」 慣れている紫狼はあっさりメニューを伝える。 「わ、私も珍しいと名高い珈琲を‥‥あったかく!」 勢いよく言う珠々は未知の飲みものに中々緊張しているようだ。 「俺は冷たく」 「あたしも冷たいの。あ、真世だっけ‥‥」 それぞれが注文を終え、真世が頑張って大口注文に応える為、厨房で奮闘している。 「店に入った時から思うけど、珈琲の匂いって香りが強いんだね」 厨房からの香りで更に香りが強まり、席に着いた冥霆が厨房の方を向く。 「珈琲というものは、豆を煎ったものを細かく砕いて湯や水を使用して成分を抽出すると聞いてます」 雅人の説明に慧介と麻貴が興味深く聞いている。 「最初、お香かと思ったんですが、中々面白いですね」 慧介の言葉に麻貴が自分もそう思ったと頷く。 「出来ました〜」 真世と加来が二人で珈琲を持ってきた。 「お疲れの西渦さんにはスコーンもつけます。真世特製の林檎の蜜煮もつけちゃいます〜」 「わぁ、うさぎさん林檎つき! ありがとうございます♪」 スコーンにつける蜜煮が入っている器にちょこんと、ウサギ林檎がついている。 「真世ちゃん、私にも!」 ウサギ林檎好きの麻貴が言えば、真世がくすくす笑う。 「もう、仕方ないですね。待っててくださいね〜」 くるっと、スカートの裾を翻して真世が厨房の中に入る。 「なんという計算されたスカートの裾の広さ‥‥あれは男が喜ぶわ」 真顔で輝血が呟く。 さて、珈琲が初めてという者が多い今回のリアクションは‥‥ 「‥‥にがいのです」 がっくり肩を落とすのは珠々だ。 「まぁ、慣れてないと美味しいとは思えないわね」 苦笑する真王は真世のギルドへの売り込みなんかで飲んだ事があるらしい。 「何をもって美味しいんでしょうか‥‥」 じーっと、隣の麻貴の背中に乗って珠々が観察中。 「大人になればわかるってもんだよ」 余裕で冷やし珈琲で涼をとるのは紫狼だ。 「‥‥大人でもなれないとそのまま飲むのは苦いなぁ」 「珈琲は胃の腑を刺激するので、ミルクを入れると胃に優しいそうですよ」 西渦がアドバイスすると、冥霆がそれを実践する。少し飲みやすくなったようだ。 「はい、麻貴さん」 「うんありがとー」 「え、いいのですか?」 ウサギ林檎を持ってきた真世が渡したのは他の卓にいる沙桐だった。当人は何も気にせず受け取り、ぎょっとした雪が言うが、沙桐は気にしていないようだ。 「沙桐! 私の林檎!!」 気付いた麻貴がわめいているが沙桐はシャクシャクウサギ林檎を食べている。大人気ない双子である。 「お茶でもこういうのあるよな」 物珍しげに珈琲を飲む兵真が言えば、御門は似たようなお茶を思い出す。 「煎った豆という事なら、黒豆茶が近いでしょうね。でも苦いですね」 似たようなお茶を思い出しつつ、御門は少しずつ飲んで豆の旨みを味わっている。 「黒豆茶か。確かに香ばしさが似てるかもね」 御門の例えに慧介が納得しつつ、珈琲の香りを楽しんでいる。 「やっぱり、色んなものを経験すると何でも対応できるんでしょうか」 兵真と御門を見つつ、珠々が呟く。 「まぁ、経験する事によって応用力がつくのは確かだな」 ふむと麻貴が納得している。 「応用といえば! マオさん、お勧めの服とか髪飾りとかありますか?」 はっと、思い出した珠々は向かいの席に座る真王に話しかける。 「ギルドの通りの一本前にある小間物屋の髪飾りは可愛らしいものがあると思いますよ」 「ああ、あの店ね! 初夏の新作が可愛かったわ♪」 あっさり青嵐が会話に入り、真王が記憶を辿る。 「紫陽花の簪ですね。色違いの帯止めも良かったです」 青嵐も確認していたらしく、真王がそうそうとはしゃぐ。 「今度の新作がそろそろ入るって言ってたわ」 「定評がある職人さんとの事、楽しみです」 「‥‥凄く自然に入ってきてるね」 もっぱら聞き役をしている慧介が苦笑いをしながら珈琲を口に含む。 「珠々さんも年頃だから、興味あるんだね」 「いえ、私よりも着飾らせたい人がいるんです」 慧介の言葉にきぱっと言い切る珠々。そんな珠々の真王は表情を綻ばせる。 「そうなの。やっぱり、女の子は着飾らせてこそよね」 真王と珠々の会話の流れを数人が行き着く先が想像出来、該当者は溜息をつく。 「ぜひ、ぜひ、実地で!」 「よし分かった! 俺が一肌、いいや、一服脱ぐぜ! 絶世の美女になってタマたんに捧げるぜ!」 紫狼がいきなり立ち上がって宣言する。 「青嵐さんだって、マオさんの手の下、傾城の美女となります!」 負けじと珠々が叫ぶ。 「青嵐、あたしの全てを化粧につぎ込むよ」 勝負事と聞いて輝血の紫の瞳が鋭く光る。 「真世たん! 大きいサイズのメイド服二丁!」 「はーい! あ、珠々さん、これどうぞ」 紫狼の勢いある注文に迷いなく返事をするメイド。真世は珠々に何かを挟んでいるスコーンを珠々に渡す。 「はい、頂きます!」 腹が減っては戦が出来ぬとばかりに珠々がかぶりつく。 「‥‥‥!!!」 衝撃の後、ぽてっと、珠々が倒れこんだ! 「珠々様?!」 「珠々ちゃん?!」 「えええ! どうしましたかーー?」 麻貴は珠々が持っているかじったスコーンを見ると、橙の色が見えた。そのまま自分も食べるとほのかな甘みでとても美味しい。 「真世ちゃん、美味しいんだけどこの甘煮は?」 「はい、人参の蜜煮です。林檎も入っててとても甘いんです。輝血さんが入れると泣いて喜ぶと言ってました!」 事情を知るもの全員が溜息をついた。 「好き嫌いはめっ! なのです」 事情を理解した真世が注意しても悶絶している珠々には聞こえてない。 賑やかな時間が過ぎ、皆が家路に着こうとした時、御門が麻貴と沙桐に一通の手紙を渡す。 「折梅様にお会いできるなら渡して頂けたらと思います」 「わかった。必ず渡そう」 受け取った麻貴が頷いた。 「去年、お二人のお祝いに呼ばれたんですよね」 御門が言えば、双子が頷く。 「また、呼んでいただけますか?」 「私も行きたいです」 雪も言うと、双子はくすっと笑う。 「そうだね。話しておくよ」 沙桐が言えば、二人はよかったと笑い合う。 解散し、雅人は記事を文章にしていた。 いつも通りの賑やかさと少しの非日常が入り混じった今日の事を思い出す。 書き終えると、雅人は満足そうに息を吐き、天井を見上げる。 「よかった。帰ってこれて」 心からの安堵の言葉は夜に吸い込まれていった。 |