【陰刃】狂いの歯車
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/29 19:52



■オープニング本文

 カタナシの名は上原柊真が監察方に入ってからよく使っていた偽名だ。
 思い出せば、監察方に戻ってきてそろそろ一年は経つのではないだろうか。
 もう少しで追い詰められる。最低限、父親の方は。

 潜入時期の頃は正直、苦痛ではなかった。政府の鼠である事を隠すという事がなければ。
 多分、付いていたのが火宵側だったからかもしれない。
 火宵という男は厳しくも優しく、正直で大事と思った者を守る。
 その反面、自分ではなく、仲間や自分の目的に害をなす者は決して許さなく、冷酷で残忍だ。
 自分の信念を曲げない心の強い男というのが柊真‥‥カタナシの評価だ。
 火宵は時折、カタナシを自分が住むシノビや傭兵の集落に連れて行ってくれた。
 子供達が訓練や遊びをし、野を駆け回る平和だかそうじゃないのかよくわからない均衡の集落だ。
 集落の奥には大きめの屋敷があり、そこが火宵の「家」だった。
 その「家」には自身の母と同じ年齢の火宵の母親がいつも優しい笑みを浮かべ、出迎えてくれた。
 自分の息子のように‥‥

 柄にもなく、潜入時代の事を思い出していた柊真は気がつけば、自分の家についていた。
「お帰りなさい、柊真さん」
「ただいま帰りました。父上は」
 沙穂の母親が柊真に声をかけ、柊真は義理で父親の所在を尋ねた。
「新しいいい人を見つけたようですよ」

 あっちゃー‥‥

 ダメダメすぎる自分に肩を落とす柊真に沙穂の母親はくすくす笑う。
「美冬さんに似たお顔なんですから、もう少し和やかに」
「‥‥自分の父親ながら嫌です」
「美冬さんは自室に居りますよ」
 そう言って、沙穂の母親と別れ、自分の母親の自室に向かう。
「あら、柊真、お帰り。沙穂は今日は遅いそうですね」
「羽柴様の御友人の警護だそうです‥‥それは」
 ふと、柊真が母親が持っていた物が気になり、口に出す。
 いびつな半月形の小さな鏡だ。二つに割れてしまっただろう。
「‥‥故郷の忘れ形見よ」
 一度だけ聞いた事があった。アヤカシに滅ぼされた故郷の事を。
「本当は、アヤカシを討ち敵をとりたいと思っていたけど、あの人と祝言を挙げて、貴方を産んでからその資格はないと思ってずっと仕舞ってたの」
「なんで、今になって、それを‥‥?」
 母の独白に柊真が尋ねると、母はくすりと微笑む。
「死んだ人が夢に出てくる時は喋らないものだったけど、そうでもないって思っただけよ」
 どこか、無邪気な笑顔で母は柊真に割れた手鏡を渡した。
「いらないから、あげるわ」
 どうしてくれと、柊真は反応に窮した。


「主幹、もう三日目でしょ。後は俺がやります、休んでください」
 四組主幹室に報告に現れた檜崎が上司である理穴監察方四組主幹の上原柊真にそう言った。
「そうだな。そうさせて貰う」
 苦く笑い、柊真は檜崎にやってもらう為の仕事の指示をした。
「羽柴は大丈夫ですか」
「‥‥何かあれば一方が入る。沙桐にも頼んでいるし、なんたって生き汚い」
 檜崎が言えば、柊真は帰り支度をしつつ笑う。
 役所を出た柊真は一人、役所近くの夜鳴き蕎麦の屋台で蕎麦を頼んだ。
 ここの親父は物覚えがとてもよくて、二年も離れていた自分の好みをよく覚えていてくれてた。
 かけに海老天三本なのが柊真のいつものやつ。
 柊真が気配に気付き、腰の刀に手をかける。
「親父、揚げに卵を落としてくれ。キズナは何を食べる」
「ぼくはおそばでねぎ」
「よくものこのこ来れるな」
 柊真が言えば、二人の片方が溜息をついた。
「‥‥体調が復帰したお前とやる気はない。お前と遣り合えるのはあの方だけだろうな。それに、この子に出来る限り血を見せるなと厳命が下っている」
「‥‥その子がキズナか」
「こんばんは」
 ちろりと、柊真が言えば、キズナは真っ直ぐ柊真を見て挨拶をする。その姿勢に柊真が呆気にとられ、笑顔で柊真も挨拶をする。
「で、何の用だ」
 呆れるように柊真が言えば、柊真の分が出来上がる。
「私に兄がいるのは知っているな」
「白夜だったか。剣術だけでは火宵に太刀打ちできる人物だろう。それに、お前らの中では過激武闘派と言われていたはずだ」
「兄に組している五人の剣士が兄と共に姿を消した」
「‥‥俺にそんな事を話していいのか」
 柳眉を顰める柊真に曙は溜息をつく。
「兄達が何をするのかは掴められないんだ。こちらでは有明側、火宵側と自然決裂を始めている。私のように、火宵様の側近だと話してもしてくれない」
 それはこちら側でも分かっている。そうでなければ、偽火宵を未明とキズナが捕まえるような事はしないからだ。
「有明側は火宵様の本懐を邪魔立てしかねない」
 二人の前にも蕎麦が置かれた。暑い夜に暖かいそばなのにキズナは嬉しそうに食べている。
「‥‥兄でも許せないという事か」
「私は火宵様の側近である道を選んだ。悔いはない」
 これ以上は無駄だと感じた柊真は別の会話を出した。
「今年の正月前に俺の監視がなくなっていた。誰の差し金だ」
「必要がないだろう」
「あの人か」
「確信もなく物を言うとはそんなに急ぐ事か」
「‥‥おい」
 さっと、曙が柊真の海老天の一本を掠め取り、キズナに食わせる。
「美味いか」
「うん」
 無邪気な子供の笑顔には流石の柊真も怒りが失せる。
「その子に血を見せるなとはどういう事だ。里の子じゃないのか?」
「天涯孤独で、以前居た身寄りでさえも家畜以下の扱いを受けていたそうだ。一人で生活していてな、たまたま火宵様と出会ってな」
「それでも火宵らしくないな」
 火宵ならば子供だろうと自身の道を見つけ出させる為に力や知恵を与える。余計な暴力が子供を襲うなら守るが、血を見せるなという厳命は火宵らしくない。
「開拓者と約束したそうだ。守ると」
 意外な繋がりに柊真ははっとなる。多分、麻貴が今、それを調査しているのかもしれない。
「そろそろ有明はつるんでいる役人から資金を乗っ取ろうと動いているらしいぞ」
 有明は火宵の父親の名前だ。
「ごちそうさま」
 いつの間にか食べ終わった曙とキズナは柊真の分の代金を置き、闇夜に消えた。

 敵に依頼されるだなんておかしなものだと思いながら、柊真はとりあえず、調査をしていたが、そんな折に以前、火宵と手を組んでいた盗賊が奏生入りしている事が判明した。
「空き家となった商家に転がり込んでいるのか‥‥」
「ええ、目的は川挟んだ向こう岸にある両替屋だと思います」
 檜崎が柊真と一緒に地図を広げ、確認している。
「ついでだ。俺達で捕縛しよう。何か捕まればいいんだがな」
「人数が足りませんから、開拓者呼びましょう」
「頼む」
 檜崎が提案し、そのままギルドへと向かった。
 柊真はふと、四組の大部屋を眺め、今は居ない人物に思いを馳せた。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰


■リプレイ本文

「で、麻貴の嬢ちゃんとは上手くいっているのか?」
 麻貴今関係ない! と理穴監察方の四組大部屋でその場にいた多数が異口同音で黎乃壬弥(ia3249)にツッコミを入れた。
「火宵の件が一段落したら、杉明様に正式に申し入れる。祝言を挙げてもあいつの事だ。仕事を続けるだろうよ」
 全員のツッコミに気にしなく、柊真があっけらかんと答えた。
「早く貰ってもいいんじゃない? 麻貴の事だし、絶対無茶するよ」
 輝血(ia5431)があっさりと言えば、柊真は「火宵の所に潜入する前に麻貴とそう約束をしている」と答えている。
「え、麻貴とそーゆー仲なのか?」
 緋那岐(ib5664)が言えば、数人が頷く。
「ところで、火宵ってどんな奴だ? 背格好は、何か特徴とかはないのか?」
 急いて聞いて来たのは劉天藍(ia0293)だ。
「ああ、どうしたんだ?」
 柊真が尋ねると、天藍は口を濁す。何かを察した柊真は火宵の特徴を口に出す。
「薄茶の髪で後ろの一部分が背まで長く、後ろで束ねている。目は鮮やかな紫の目だ。後、特徴としてはこめかみに傷がある。性格はとにかく人を食ったような性格でな。地元の方に戻ったら、子供の面倒も見たりするし、稽古もつけたりしていたな。里で揉め事があったら、真っ先に首を突っ込んでは双方を宥めたりしてた。飄々としているが、まぁ、約束だけは守る奴だよ」
 一通りの特徴に天藍は硬直してしまう。
 今思い出せば、あの男が名を名乗らなかったのは夜が明けた頃に聞いたからだ。だから、自分が名乗る時間が過ぎたと言ったのだ。
「キズナは元気そうだったぞ。顔色もよく、筋肉もそれなりにあったし、笑顔を浮かべて、箸の使い方も上手かったな。美味そうにそばを食ってたよ」
 淡々と柊真が教えると、天藍はどう反応していいのか分からなくなり、沈黙を貫く。
 自分の中で、かちりかちりと欠片がうまく嵌っていくのがわかる。
 キズナを託したのが誰なのか明確になった。
 天藍の様子に御樹青嵐(ia1669)が天藍の肩を掴むと、少し青ざめた様子で天藍は首を振る。
「でも、火宵は何だか、不思議な人ですね」
 ぽつりと呟いたのは滋藤御門(ia0167)だった。
 味方に優しく、弱き者を守り、敵には厳しい。
 今まで冷徹な敵という印象しかなかっただけに、柊真の証言に意外としか言いようがない。
 以前、繋ぎ役として花街の遊女としていた未明を迎えに行ったのは火宵自身だったのだ。それを思い出せば、なんとなく分かる気がしないでもない。
 もしかしたら、立場が違えば‥‥と御門が心に思いを秘めた。
「見方を変えれば印象も変わる。敵として相対する上で知らなくてもいい事だろうと思う者もいるだろう。だが、俺のいる監察方は調査が仕事だ。全てを知った上で戦う事があれば戦う。己の道を信じてな」
 厳しい口調で言う柊真に誰もが口を噤む。
「この間も言ったろ。複数の道を決断する豊かな人間になれと」
 ふと、珠々を見下ろし微笑む柊真に珠々(ia5322)は驚いたようにくりくりな猫目を更に見開いた。あの満ちた月の下で自分に向けられたあの微笑を思い出す。
「にてます‥‥」
 きょとんとなる柊真に珠々ははっとなるようになんでもないと首を振る。
「人参を食べられるようになるとより早くいいシノビになるぞ」
「にゃーー!!」
 珠々の後ろを通る檜崎が言うと、珠々は悲鳴を上げる。
「檜崎さん、大人なんですから、そういう事言うのやめてください」
 まだ育毛油の件を根に持っているのかと言わんばかりに紫雲雅人(ia5150)が溜息をつく。


「野菜、如何ですか」
 野菜売りに変装した天藍が両替屋で野菜売りの行商をしている。
「んーそぉねぇ」
 美形の野菜売りに女中が目の保養とばかりに迷っている。その隙に青嵐が実にもっふりな鼠を店の中に忍び込ませる。
 折角もっふりな毛並みの鼠も地を走っている内に毛並みに埃や砂が紛れてしまう。
 青嵐が見張っているのは引き込みと同時期に入った二人。
 引き込みと断定された者ともう一人は随分手際がよい。残りの一人も手際が悪いわけではないが、二人と比べるとどうしても劣ったように見える。
 一度、休憩を挟もうとし、意識を戻したとき、気配に気付く。
「様子はどうだ」
「緋那岐さん」
 溜息をついた青嵐に緋那岐は差し入れの握り飯を渡す。
「よく働いてましたよ。引き込みと思われる人物ともう片方は随分とソツが無い感じですね。残りは愛嬌がありますが頑張ってます」
「ソツなぁ‥‥」
「基本的に、引き込み店に心を許されるようになるのが仕事です。心を許されれば、それほど店にとって重要な人間になれますし、少し疑われたくらいだと店に守られるくらいに」
「時が満ちれば、仲間の賊を引き込み、盗みを働かせるようにするって事か」
 緋那岐が青嵐の方を向くと、彼は静かに頷く。
「白夜って来るのかな‥‥」
「繋がりが見えない状況、来るのは五分以下でしょう。あくまで賊は白夜を知ってるか否かの確認の為との事。白夜達の事なら紫雲さんが調べに行ってますから何か分かればいいのですが」
「上手く行くといいよな」
 ぽつりと緋那岐が呟くと、「そうですね」と青嵐が食べかけの握り飯を見つめた。

 情報収集に出ていた雅人は困り果てていた。
 目の前に居るのは麻貴の義父である杉明と義姉の葉桜。
 確か自分は情報収集に出ていたのだ。
 賊達が詰めていた空き家の情報ならいくらでも転がってきた。
 最近他所から入り込んできた事、女子供に何かをするわけではないが、人の出入りが多いとか。
 人の出入りが多くなるという事は時期が近い事が伺えられる。
 だが、白夜達の事は何も分からない。何をどうするかとはしっかり考えていなかったのが甘かったと自分の中で反省していた。
 そんな事を考えていたら、杉明と葉桜に捕まり、あれよあれよと料亭で昼御飯をご馳走になっていた。
 いくら知っている人とはいえ、監察方の人間ではない者に内容を口にするのは雅人も困惑してしまう。
「以前、私を襲撃しようとしていた者は私と志を共にする友人が政敵に脅されてやらせていたそうだ」
「ええ‥‥」
 いきなり話し出す杉明に雅人はとりあえず話だけは聞く姿勢でいる。
「脅していた者は別件で失脚となったのだが、その上に当たるのが芦屋安之という男だ。中心的人物でもある。随分と神経質な男で、色々とキナ臭い噂もあるが確証がない。ここ数年、よく地方の商人と会っているという話もあるな」
 最後の言葉に雅人がピクリと、反応する。
「その商人とは‥‥」
「そこまでは分からぬ。とりあえず、食べようではないか」
 さっと、杉明が切り上げ、三人は食事となった。

 壬弥は監察方達が掴んだ情報を元に、とある酒場にいた。
「兄さん、もうよしなよ」
 飲んだくれ親父宜しく酒を飲み続ける壬弥に店の親父が声をかける。
「うるせぇよ」
 巻き舌で剣呑とした目で親父を睨みつける壬弥に親父が顔を顰めている。
「それにあんた、金持ってるのかい? そんなに飲み続けて‥‥」
「うるせぇ言ってるんだろうが!」
 親父の胸倉を掴み、壬弥が叫ぶ。壬弥の腕一本の力では小柄な親父は軽がると宙に浮く。
「お前さん、よしなよ」
 ぱんと、壬弥の腕を取ったのは初老の男。
「‥‥」
 志体持ちの壬弥の腕を止めさせるのは通常の人間ではありえない。開拓者には決して見えないその眼光に壬弥は親父を降ろす。
「親父、こいつの代金はこれでいいか」
「へい」
 初老の男が金を渡すと、壬弥の肩を叩いて店を出るように促した。
「ったく、開拓者崩れか? 力の使いどころを間違うな」
 じろりと、男は思いっきり溜息をついて一言説教をした。男に金も住む所もないと言えば、また溜息をつかれ、来いとだけ言った。
 連れて行かれた場所は両替屋の近くの家だった。近くには片翼の小鳥が止まっていたのを壬弥は見た。
 珠々は盗賊達の塒に侵入していた。屋根裏部屋に潜み、様子を窺がっている。
「頭、そいつは?」
「新入りだ。全く持ってどうしようもねぇから連れてきた。今回は留守番をさせる」
 その新入りは壬弥の声だ。無事に潜入する事ができたようだ。
「仕事は明日だ。身体を休ませておけ」
 どうやら、壬弥を連れてきたのは頭らしかった。だが、盗賊の頭自身がそうそうに外を出るのだろうかと珠々が思案する。火宵の例があるから無いとは言えないが。
 御門は式神を使って、空き家の周囲から中を窺がっていた。
 出来るだけ会話を拾おうとしていたが、ふと、人魂を通して何かに気付く。
「え‥‥」
 感覚を戻した御門が見たのは空き家と両替屋の近くにある橋。
 誰かが空き家を見ていたような気がしたのだ。視界の端だったから、気のせいかもしれないが、今までの経験を考えれば、考慮してもいいかもしれないと御門は中の様子を珠々に託し、走り出した。
「多分‥‥ここ‥‥」
 きょろきょろと周囲を見回すが、空き家を見ている人間はいなかった。
 柊真に報告するべきか悩むが、まずは裏づけを出来るものからにしようと御門はその場を去った。

「で、壬弥が潜り込んでいるのね」
 監察方の大部屋で柊真と雑談していた輝血と緋那岐が戻ってきた面子に話を聞いている。
「お留守番のようでした」
「最初からつとめに入らせるとヘマするからな」
 珠々が言うと、緋那岐が頷く。
「あの頭は人情に厚い人だからな。どうしようもない奴の性根を叩きなおしたくなるんだよ。そういう所が火宵が気に入っていた」
 柊真が言うと、御門が大部屋に戻ってきた。
「両替屋にいる引き込み役は僕達が追っていた賊とは別にもう一人いるようです」
 少し眠そうに御門が言えば、それぞれが苦い顔をする。
「裏づけは取れているのか」
「芦屋と言う家からの推薦だそうです」
 柊真の言葉に御門が言えば、雅人がはっとなる。
「羽柴家の政敵になる家ですか」
 その言葉に青嵐が目を細め、そっと目を閉じる。
「‥‥今は目の前の敵に集中しましょう」
 そう方針を決めたのだから。


 少人数にして、監察方として名乗れないという事は盗賊捕縛は奇襲の形をとる。
 両替屋に押し入らせる前に捕まえる。
 下手に店に知らせては捕縛の機会を失わせかねない。
「生かして捕まえる事。捕縛はあくまで手段だ。目的は情報を貰う事だ」
 柊真が言えば、全員が頷き、配置に走った。
 陰陽師達が店の中と周囲に人魂を飛ばす。
 一方、空き家の方では壬弥が留守番を言われたが、そのままいるわけにも行かず、立ち上がる。
 捕り逃しは後が面倒。一気に捕らえられる時に捕らえるべきだと壬弥は懐に隠していた半面と鉢金を手に取ると、足音が聞こえた。
 勢いよく引き戸を開けたのは可愛らしい顔立ちに気の強そうな目をした女だった。
「あんた、繰隈の一味だね」
「あ、ああ‥‥」
 壬弥が勢いに押されて頷くと、女は思いっきり壬弥の胸倉を掴み、自分の方に寄せる。六尺以上ある壬弥と五尺より高い女とは背が違いすぎ、壬弥はそのまま中腰となってしまう。
「白夜はどこにいるのよ」
 ぽっと出てきた名前に壬弥は目を見開いてしまう。
「どこにいるって聞いているのよ」
 女の片手には短刀が握られており、刃先は壬弥の首につけられている。
「嬢ちゃん、何者だ」
 壬弥が女を捕らえようと手を伸ばした瞬間、自分の腕が捻られる感覚に襲われた。
「う‥‥ぐっ!」
 女は慌てて壬弥を離し、空き家を出た。

 夜も更けた頃、やつらは動き出す。
 小船を使い、小さな川を渡る。
 シノビの志体を持っているだろう者が先導となり、仲間を引き上げる作業を行う。
 次々と仲間が上がってきて、シノビの志体持ちは店の勝手口の方へ走る。
「そこまでだ」
 輝血がシノビの志体持ちの背を捕り、そのまま首を絞めようとするが、相手はするりと抜けて輝血を背負い投げようとするが、猫のしなやかさで輝血は着地する。
「逃げられませんよ」
 挟み込むように青嵐が刀を構える。
 天藍、緋那岐が手下達に呪縛符を走らせて捕らえた。
「何者だ」
「今言う必要はありません」
 初老の男‥‥賊の頭と対峙しているのは珠々だ。
「役人の手先か、それとも有明の者か。こんなちっこい娘っこまで出させるとは。火宵に実権を掌握されそうになってやっこさん、随分躍起になっているそうじゃねぇか」
 はっとなる珠々に初老の男はにやりと笑う。
「聞きたい事があります。同行願いましょうか」
 雅人が言えば、頭の男は構えをやめ、力を抜いて立つ。
「一人、塒に新入りがいるんだ。まだ悪事を働いちゃいねぇ。どうか、そいつだけは見逃してやってくんねぇかな」
 頭が言っている事は壬弥の事だろう。元々は同じ依頼の下で集った開拓者だ。
「分かりました」
「お前ら。引き際だ」
 頭が手下達に言うと、陰陽師組と格闘していた手下達は動きを止めた。
「お縄頂戴しましょうか。理穴監察方」
 頭が言えば、雅人は持参していた縄を思い出したが、雅人は頭の右肩を掴み左手で「こちらへ」と促した。
「紫雲さん?」
 天藍が驚くと、雅人は苦く笑う。
「無粋と怒られるような気がしましてね」
 ただの悪人ならば悩む事無く縄をかけただろう。きっと、今は理穴にいないあの役人も同じ事をするだろうと、雅人は思った。
「とりあえず、連れて行くよ」
 緋那岐が手下達を連れて行くと、輝血、天藍、青嵐、珠々は少し離れて奇襲警戒を行っている。
「あれ、どうしたんだ」
 遅れて壬弥が橋を渡ってきたのを天藍が見つけた。
「ちょっとじゃじゃ馬にやられてな」
 まだ腕に違和感を覚えるのか、苦痛そうに壬弥が呟くと、妙な沈黙に覆われる。
「‥‥タマの話だと、女はいなかったようだけど」
 ジトッと、大人三人の白い目に壬弥は慌てる。
「待て待て! いきなり来たんだよ! 白夜はどこだって!! 捕まえようとしたらいきなり術で腕を捻られて」
「志体持ちが白夜を探しているんですか?」
 珠々が言えば、壬弥がそうとしか言いようがないとだけ言う。
「‥‥更に面倒になった気がする」
 溜息混じりに輝血が呟き、見上げると雲が月を隠していた。

 一方、監察方まで送り届けた緋那岐、御門、雅人は柊真の取調べに参加していた。
「‥‥意外とフツーに会話してるんだな」
「彼は以前、カタナシの名で火宵の下に潜入してましたし、頭とも顔なじみのようですからね。あの御仁相手に尋問拷問は必要ないと思いますよ」
 穏やかに雅人が言うと、緋那岐はそっかと頷いた。
「有明は行動を共にしていた役人の資金を乗っ取ろうと行動を活発化させている‥‥そして、杉明様からの芦屋家と繋がりのある商人‥‥」
「キナ臭いとは思いますが、裏づけは必須でしょうね。頭は結局、白夜の居場所を知らなかった」
 雅人が部屋を出ると、窓の向こうに三日月が流れている薄雲を被って、嗤っているようにも見えた。