【陰刃】狂いの幕宴
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/03 20:08



■オープニング本文

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 繁華街の賑やかさは理穴首都は奏生でも変わらない。
 その中の一室で羽柴麻貴が馴染みの芸妓と差し向かいで酒を飲んでいた。

「全く、柊真の奴、人を捕縛のダシに使って」
 怒っているのは芸妓の芙蓉だ。
「そこは柊真も謝っていたよ」
 笑顔を浮かべ、宥めているのは麻貴。
「でも、あの置屋の正体がアレとはねぇ」
 芙蓉が口にした置屋とは、芸妓仲間でも不思議と思われている置屋の芸妓達。
 置屋を隠れ蓑にした忍軍の拠点の一つであり、全員シノビだったのだ。
「とにかく、内緒にしてくれよ。貴女だから関わらせたんだから」
「良いように使っちゃってくれてまぁ」
 溜息混じりに芙蓉が言う。困り顔の麻貴を見て、芙蓉が楽しそうに微笑む。
「まぁ、何にせよ、商人親子も無事に里に帰ったんでしょ。めでたいわね。でも、私には旨みがないわー」
 わざとらしく言う芙蓉に麻貴はぱったり顔を突っ伏す。
「芙蓉さん、ちゃんと上増しでお花代渡したでしょうが」
「お金よりも心よ」
 にっこり笑顔の芙蓉に麻貴は柳眉を寄せている。
「どーしろと?」
「開拓者も呼んで、労いの宴とかだっていいじゃなーい♪ あの置屋の姐さん達に声をかけとくから」
 んふ♪と至極楽しそうに芙蓉が極上の笑みを浮かべる。
 それに関する諸々の資金は上原柊真個人で持つ事と条件を出した。


 話を聞いた柊真はここ数年の借りを思い出しては自身に怒りを覚えつつ、身銭を切る事になった。
 昔馴染みの悪戯に苛立ちを隠せなかった柊真は副主席の真神梢一より芦屋の件の話を聞いた。
「芦屋は殆ど、有明に踊らされたようなものだな。羽柴様の立場を妬んでの行動であり、資金を不正に作り出していたようだ。有明はそれに寄生しただけの話だ」
「本来は有明を捕まえるのが目的だったんだがな‥‥」
 ふーっと、息を吐く柊真に梢一が茶を渡す。
「芦屋はとりあえず、報告し、沙汰あるまで監察方の監視下に置く許しを頂いた。あれでも、上に当たる方だからな」
「彼の御方に報告したのか」
「せざるを得ない状況だ。相応の罪を償わねばならん、とりあえずは表舞台から降りてもらい、少しずつ後任者を決めていく方向になるだろう」
「あの工房は?」
「それも含めてしかるべき経営者をつけるとの事だ。街の半分以上の人間が働いてるんだ。潰すわけにはいかない。しかし、折角の収穫祭なのに無粋な報告をしてしまったと自分でも思う」
 梢一が呟くと、柊真が「お疲れ」と労わる。
「まぁ、とにかく賑やかな宴になるんだろ。俺も葉桜連れて行くかな」
 にやりと笑う梢一に柊真が眉を吊り上げる。
「半分出せよ!」
「お前のツケを俺に渡すな!」
 ぎゃいぎゃいと良い大人のいい争いが副主席の部屋から聞こえ、もう一人の副主席に怒られるまで続いた。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰


■リプレイ本文

「違う」
 滋藤御門(ia0167)が美冬と会った事を話し、御門が麻貴への謝罪と柊真に思う不安を吐露した時、麻貴は否定した。
「違うんだ御門君‥‥」
 どう言っていいのか分からない麻貴に柊真は頭を冷やせと主幹室から麻貴を出し、手持ち無沙汰の珠々(ia5322)に麻貴を連れて外に出るように言った。
 麻貴の退場でどう進めていいのか、天藍が考えあぐねる。
「いいのか?」
 劉天藍(ia0293)の言葉に柊真が苦笑すると、二人に有明を会わせる為、主幹室を出た。
 地下に降りた三人が相見えた有明はやつれたようにも見えた。
「旭さんの事について聞きたい事があります。彼女とはどこで会われましたか。素性を知っていますか」
 話を聞く素振りがなかった有明だが、御門の言葉にちらりと視線を向けた。
「‥‥奴とは武天に近い街で商談に来た時に会った遊女だ。行き倒れた所を人攫いに担がれて売られたそうだ。大怪我を負っていたから行く所もなかったそうだ」
 このご時勢、見目美しい女が攫われる事はよくある。
「そのまま身請けしたと。元は何処に居たか言ってましたか」
「武天の生まれと聞いた」
「この鏡に見覚えは」
 柊真が出した鏡の片割れに有明は不思議そうに顔を顰めた。
「同じものだ。後生大事に持っていたはずだが‥‥」
「俺の母も同じ故郷の出である可能性がある」
 静かに言った柊真に天藍が次の質問を出した。
「夕陽と白夜達の故郷を知っているか」
「知ってるも何も、俺の傭兵部隊の子達だ。夕陽はウチのかかりつけ医者の娘だ」
 ぎょっとする御門と天藍。
 彼らの故郷は火宵と有明の本拠地となる。
 その中で静かに諍いが出てくるのかと天藍は心の中でぞっとする。

 外に出る天藍を見送りつつ、御門がどこか気にしているのは麻貴の事。
「気にするなと言っても他人に気遣うのがお前の長所であり短所だな」
 笑う柊真に御門が溜息をつく。
「柊真様、秘密を暴く事を躊躇っていたのはそれが理由なのですか?」
 単刀直入に言う御門に柊真は頷いた。
「母は旭さんだろうと思われる人物と交わした故郷の再興という願いを捨てた。母が傷つかないか心配してただけさ」
「旭さんは何か、仰っていたのですか?」
 首を傾げる御門に柊真は首を振った。
「だが、母は一度だけ俺に言ったんだ。その人だけには殺されてもいいと」
 少しの沈黙の後、御門が口を開く。
「‥‥火宵の件が終わったら、麻貴様と祝言を挙げると言ってましたよね」
「羽柴様に正式に申し入れる所から始めないと」
「どこへも行かないで下さい、貴方の代わりは誰一人いません」
 切なそうな表情をしている御門は麻貴がどれだけ柊真を想っているのかを痛感しているからだ。
 柊真が御門に微笑みかける。少し困った感情を含めて。
「さっき、麻貴が言っただろ「違う」って」
「え」
 きょとんと、御門は目を見開いて柊真を見た。


 珠々と一緒に歩いている麻貴はちょっと元気がないように思える。
「珠々ちゃんから見て、沙桐って、どう思う?」
 急に振られて珠々は記憶を辿る。
「とりあえず、麻貴さんが大好きだと思います。折梅さんも大事にしてますし、甘味が好きです」
「うん」
 寂しく頷く麻貴に珠々は不安に駆られた瞬間、珠々が麻貴に抱きかかえられる。
「もし、珠々から見て、沙桐がそう見えなくなったら沙桐を助けてくれないか?」
 珠々が首を傾げると、麻貴はぎゅっと、珠々を抱きしめた。
「これからの事を口にしてもどうしようもないからな」
 麻貴が微笑むと、三京屋が出てきた。
「そういや珠々ちゃん。この間、天南に剣術少女の着飾りを頼んだ際に、自分が三京屋でお手伝いさせてくれと言ってたようだな」
 おろおろしだす珠々であるがもう遅い。敵の手中の中にいる。
「まぁまぁまぁ、羽柴のお嬢様! 本店の天南さんよりお話は聞いてます! さぁさどうぞ!」
 ずらっと、三京屋の半被を着た女将さんや見目麗しい店員達が店の前に並ぶ。
「にゃーーーーーー!」
 三京屋のお姉さん達に拉致られた珠々の悲鳴だけが残った。


 大部屋に戻ってきた柊真と御門は今までの資料を広げて話している紫雲雅人(ia5150)と黎乃壬弥(ia3249)。
 御門が問うと、二人は今までの事をおさらいしていたようだ。
 まずわかったのは、武天や理穴で人身売買を含めた盗品の売買や賭場で金を集めた事。
 武天と理穴の国境をまたぐ山奥にて武器職人を集め、片や娘を攫って焙烙玉を作らせたりしていた事。
 そして、武天への遠出。
「奴は何がしたいんだ」
「俺は火宵が謀反を考えているのではないかと思ったが、どうにもそういった気配がなかった」
 壬弥の唸りに柊真が答える。
「謀反‥‥でも、戦いには間違いないと思いますが、どこで誰に対してが分かりません」
「戦か、面倒な事をやるんだね」
 輝血(ia5431)が溜息をつく。
「引っかかるのが鷹来家の近くっていうのがなぁ‥‥」
「あれ、鷹来家って、沙桐の?」
 ぼやく壬弥の言葉にきょとんとする緋那岐(ib5664)に御樹青嵐(ia1669)が頷く。
「沙桐さんは鷹来家の当主と聞いています」
「領地には沙桐の叔父が代行として治めている。資産とかの管財人は折梅様がやっているそうだ」
 更に柊真が付け足すと、緋那岐はじっと、地図を眺める。
「実際に火宵に会ったとしても素直に教えてくれるようには思えんが‥‥戦の危険性は免れないというわけか。冬に入るから、当面はデカい動きはなさそうだが‥‥」
 溜息をつきつつ、壬弥が葉も入っていない煙管を口に銜える。
「沙桐も今はその辺の調査をしている。武天でも何があるか分からんからな」
 柊真が言えば、青嵐がそっと柳眉を顰めた。

 大部屋から出た柊真を追いかけてきた青嵐は周囲の人気を少し気にしてから口を開いた。
「柊真さん、言えないような事情があるならそれはそれで構わないません。腹に一物な態度はどうにかしてください」
 単刀直入に言ったのは青嵐だ。
「手伝ってくれ、その一言だけで私は駆けつけますから」
 きっぱりした青嵐の言葉に柊真はそっと目を伏せる。
「俺の態度で不安に思ったのならば申し訳ない。確かに、手伝って貰うのにあのような態度は士気に関わるな。今後、改めよう」
 詫びる柊真に青嵐はほっとしたようにそっと息をついた。


 上原家に現れた天藍は美冬に会う事が出来、美冬は旭と事故で別れた場所も教えてくれた。
「旭さんの事故を調べてもいいのですね」
「構いません、分かった事があれば、教えて下さい。何があろうとも受け止めます」
 優しくも芯がある言葉に天藍は頷いた。


 雅人が纏めたメモを見つつ、輝血が溜息をつく。
「全く‥‥どいつもこいつも背負い込みすぎ」
 呆れたような苛ついたような声音でいう輝血に御門は表情を暗くする。
「僕は、麻貴様のお役に立ててるか不安に思います」
「何故ですか?」
 話に加わってきたのは四組年少組の椎那だ。
「麻貴お兄様、皆様の事をとても信じていらっしゃいます。お兄様は主幹が居なかった頃はとても張り詰めた空気でいました。でも、皆様と会う機会が増えるとお仕事中でも笑顔を見られるようになりました」
 可愛らしく欅が言うと、御門は驚いたように目を見張る。
「あのさ、功を急くのって当たり前の事だけど、麻貴が信じているんなら、信じ返せばいいんじゃないのか?」
 更に緋那岐が言えば、御門は思案する。
「居ると居ないじゃ違うからな。お前さんは麻貴の嬢ちゃんを確かに支えている。それだけは胸を張っとけ」
 壬弥が言えば、御門は寂しそうに微笑む。


 宴の夜となり、賑やかに準備が進められていく。
「劉先輩の差し入れですか」
「ええ、自分は出れないかもしれないからと」
 茶巾を作ろうと台所に入った御門が仕込んでいただろう料理を見つける。
 部屋には金子家のシノビ芸者や芙蓉が入ってきた。
「どうしたの?」
 不振そうに金子家の女の子が珠々に言えば、珠々はだんまり。その姿は見事に秋のお嬢様の振袖姿。
「この想いを青嵐さんにぶつけます」
 ぐっと、三京屋から借りた着物を手に珠々が心に決める。
「あのお兄さん、本当に化粧栄えが良かったのよね」
「御門さんだっけ、あの子も羨ましい限り」
 お姐さん達は以前、置屋調査の件でやった事があったようだ。
 蔓の金の髪を珠々がみやると、ピンと思いつく。
「みちづれ‥‥」
「どうしたの、珠々‥‥え、ちょ!」
 珠々が飛びつき、蔓が奥の間に引っ張られていった。
 半刻もしないうちに着飾られた蔓と満足そうな珠々が現れた。
 そうこうしている内に宴の準備は進んでいった。

 料理が並び、宴が始まる。
 美味い料理に酒が並び、人が集まると食事は進む。
 今回は料亭の方に料理を任せ、青嵐と御門は軽くつまめる肴や甘味を用意した。
 鮭の西京焼き、里芋の炊き物や蕪の葉の甘味噌炒め、水菜と揚げの和え物等が姿を揃えている。
「この肴は青嵐か」
「ええ、秋刀魚の刺身はこの時期ならではですからね。漬物と鶏肉の塩漬けは天藍さんのものです」
「この時期、蕪は旬だからうめぇな」
 壬弥が言うと、青嵐が解説を入れる。天藍の鶏肉の塩漬けも皆喜んで食べている。
「やつがはいっている‥‥」
 ぽつりと呟く珠々は慎重に橙を避けている。
「まだダメなの?」
 その隣で蔓が人参を食べている。
「全く、今年もダメか」
 青嵐にお酌をさせつつ、輝血が呟く。
 食事が済んだ緋那岐が芙蓉に一緒に踊らないか声をかける。
 他のお姐さん達や御門が楽器を用意する。
 明るい曲調でキレのある軽快な踊り。秋の紅葉を意匠とした寂を感じつつも明るい長唄。
 はらりと舞い落ちる紅葉を赤い扇で表現し、小春日和を思わせる明るさ。
 緋那岐もまた、それに負けないように楽しげに踊っている。
 二人の踊りをリードするのは御門の笛であり、明るい調子を保っている。
 舞を見つつ、雅人はふと、自分の過去を顧みる。
 閉鎖的な氏族の中で生きていた雅人は他の氏族とは狭い見識の中で育ってきたのだと、抜け出してから思い知らされた。
 多種多様な様々な事があり、目まぐるしさも感じた。
「いいですね。ああいう風に芸があるのは」
 舞を楽しんでいる雅人に麻貴は頷く。
「そうだな」
「俺にはああいう一芸はないので、少々羨ましく思います」
「人それぞれ良さはある。私は君のよさを知っている」
 麻貴が空になった雅人の杯に酒を注ぐ。
 開拓者となり、知識をそれなりにつけた時に麻貴‥‥監察方と出会い、更に複雑すぎる事件に身を投じた。
 懐刀ならぬ懐筆と麻貴との絆を深めた時に氏族に見つかり、清算ができたのは開拓者に戻りたい一心かもしれない。
 清算した事により、更に視野が広まったような気がする。
 ふと、雅人が微笑むと、麻貴が首を傾げた。
「いえ‥‥麻貴さんによさを知って貰えているならば、良い記事を書かねばならないと思っただけです」
 それは雅人が心から思う本心だ。

「いいかいいか、男と女すったもんだあるんだ。だがな、最終的にやるこたぁ一つ!」
 酒が進んだ壬弥が大人しかったのにいつの間にかにテンションが上がって、青嵐に説教をしている。
「ばーんといけ、ばーんと!」
 一緒に居たお姐さん達も青嵐を煽るように応援し、青嵐は意を決した。
 舞を終えた緋那岐は芙蓉にお酌をしていた。
「舞、お上手なのね」
「巫女じゃないけど、一応は神楽舞とかやってたんですよ」
 芙蓉がお銚子を手に取ると、緋那岐は慌てて断る。
「後、七日くらいたったら解禁だけど」
 緋那岐が言えば、芙蓉が祝いの言葉を上げる。壬弥が何事か聞けば、緋那岐の誕生日が近い事を知る。
「めでてぇな、大人の仲間入りが近いのか! 祝えー!」
「ああ、もう、酔っ払いがーー!」
 緋那岐の肩をがっしり組んで壬弥が叫ぶと緋那岐が抗議の叫び声をあげる。

 緋那岐の舞の伴奏を終えた御門が麻貴と雅人の所に戻る。
「御門君、茶巾美味しいよ」
「お口に合って何よりです。あの、麻貴様、先程はすみませんでした‥‥」
 御門は先程の事を麻貴に謝る。
「謝る事はない。柊真を心配してくれて嬉しいよ」
「麻貴様達が心配していたのは沙桐様の事だったのですね」
 御門が言えば、麻貴は頷く。
「鷹来家に近い所だと、下手すれば火の粉がかかるやもしれないからな。ドサクサに紛れて馬鹿共が動きかねない。沙桐に何かあれば架蓮が依頼を頼むだろう。頼む‥‥」
 悔しそうに口を噛む麻貴がどれだけ沙桐を想っているのか二人は痛感せざるを得なかった。

 青嵐が思いの丈を伝えると輝血はその場で硬直した。
 輝血の中で色々な言葉が、様々な記憶が呼び覚ます。
 何とか動ける事を理解した輝血は何も言えずその場を去った。
 隠れるように庭に出た輝血は夜空を見つめる。
「輝血」
 麻貴が縁側から声をかけると、その手には銚子と杯二個が乗った盆があった。
「寒いぞ飲め」
 輝血はどこか気が乗らないようであったが、酒の誘いには乗る。
 勘のいい麻貴だ。青嵐の様子を見て飛んできたのだろう。
 麻貴は何も言わず、輝血と一緒に酒を飲んでいる。
「むかつく」
 輝血が毒づくと、麻貴は笑う。
「君が笑顔にならないと葛先生が心配する」
 ずるい事を言われ、輝血はさくらんぼのように口を尖らせた。


 武天に入り、天藍は美冬と旭が別れた場所を確認していた。
 三十年前の話もあり、土砂はもう、そのまま崖となり、痕跡はもう消えている。
 下の川へ降り、天藍は流れる川を覗いた。
 綺麗な渓流であり、魚も泳いでいた。
「もう少し頑張るか‥‥」
 そう言って、天藍はキズナの故郷と思われる森へと向かった。
 向かっている間、天藍は柊真から事前に聞いていた現在の状況を思い出す。
 人と人の諍いで森が半分は壊されているとの事だ。
 森は壊すのは一瞬に出来るが、復旧には何十年とかかる。
 キズナの故郷は旭の事故現場とは随分離れていた。
 その森の姿は痛々しいものに見える。
 村は全壊。周囲には誰か住んでいるようには見えない。
 復興もされていないが、ちらほら人の墓のようなものも見える。
「何者か」
 男の声に天藍は振り向いた。
 年の頃は二十台後半、角ばった輪郭に鋭い目が印象的な剣士風で一見、筋者のようにも見えるが、着ている物はよい物のようだ。
「旅の者だ。近くを通りかかっただけだ」
「左様か。ここは人の諍いで滅んだ村。この向こうに街がある故、そこならば宿もあるだろう」
 男の声は朗々としており、聞きやすい。
「すまないが、ここに茶の髪に紫の瞳にこめかみに傷がある男が通りかかった事はないか」
 天藍が尋ねると、男は通りかかった浮浪者が見た事を教えた。
「いつの事だ」
「半年前だ。知りあいか」
 どこか、男の目が鋭くなった気がするが、天藍は知り合いの子が関わっている旨を口にした。
「よくここには来るのか?」
 去り際に天藍が尋ねると男は稀にとだけ言った。
 男が乗っていた馬で見送った天藍は空を見上げる。
 どうか、キズナが不幸な目に遭わないように‥‥