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■オープニング本文 敦祁が仕官をしてから数ヶ月。 それから会った事がない。 御幸は開いていた書物の半分も目を通していない。 そっと目を閉じるのは敦祁の姿。 会えない時も今までもあったが、今はそれよりもずっとずっと胸が苦しい。 寂しいというのはわかっている。 今は仕事に慣れる大事な時期。 これからどんな仕事になるかまだわからない模様。 改方にはいるかもしれないし、護衛方にはいるかもしれない。会計役かもしれない。 敦祁は強いから、体を使う武闘派な部署に入らされるかもしれない。 「いいな‥‥」 しょんぼりと御幸は薄く開けられた障子から見えるだろう月を見上げたが、今日は闇夜だ。 「会いたいな」 意地悪だが、真面目な敦祁の事だから、会っても迷惑がられるかもしれない。 それでも、一目だけでも‥‥ 御幸の想いは深まるばかり。 それから数日後、御幸は道場の師範に言われてお使いをしていた。 師範の友人にお手紙を渡しに行く事。 自分より下の子がいるのにと思ったが、気晴らしになると思って、御幸はお使いを遂行している。 実は、元気のない御幸への師範からの心遣いであったりするのだが。 お使いを終えて、角を曲がった所の先の道で御幸が見たのは敦祁の姿。 「あ‥‥敦祁‥‥」 御幸が声をかけようとした瞬間、御幸は固まってしまった。 敦祁が知らない女の人と歩いていた。 女の人が楽しそうに笑って、敦祁は穏やかに微笑んでいる。敦祁は自分に気づきもせずにそのまま歩いてしまった。 「誰なんだろう‥‥」 素朴な疑問を口にするなり、御幸の瞳から大きな涙が零れてきた。 どんどん胸が苦しくなり、御幸はその場で蹲ってしまった。 だれなの はじめてあんなかおみた 私の知ってる敦祁じゃない‥‥ 声を殺し、泣いている御幸の肩を誰かが掴んだ。 「御幸」 顔を上げた御幸が見たのは沙桐だった。 「にいさま‥‥沙桐兄様‥‥っ!」 安心できる姿を見て、御幸はようやっと、声を上げて泣き出した。 泣き出した御幸を担いだ沙桐が飛び込んだのは三京屋。 「御幸! ああもう、かわいい顔が台無し!」 藍染に黒の襟に「三京屋」と白抜きで刺繍された半纏を着た三京屋店主、天南が冷やした手拭で御幸の目じりを冷やす。 「ごめんなさい‥‥」 「謝る事なんかないのよ! ったく、敦祁め、御幸がいながら、なんて奴!」 しゅんとなる御幸に天南の怒りは敦祁に向ける。 「しかし、ほいほいと女変えるような奴には思えないんだけどな」 沙桐が腕を組むと、天南が冷めた目で沙桐を見る。 「まぁ、先輩達に拉致られて花街通いとかしてたらどうなるかはわからないけどね」 「俺は好きで行ってたわけじゃない、俺の顔で遊女の姐さん達の機嫌がよくなるから担がれていたんだよ!」 「うん、御神輿みたいで面白かった」 弁明する沙桐に天南が頷く。 「でも、気になるなぁ‥‥」 「そうねぇ、そんならさ、開拓者達に手伝ってもらわない?」 天南が言えば、沙桐が頷く。 「男として、弁明の余地くらいはあげてやりたいが‥‥」 無理だろうなと、沙桐は一人ため息をついた。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●教えてあげないよ 「教えてもらえそうもないから調査します! 三角形の秘密を!」 ぐっと拳を握り締めるのはレティシア(ib4475)だ。 「三人で踊りたくなるお菓子のようね」 くすくす笑うのは緋神那蝣竪(ib0462)だ。その言葉を引き継ぐように微笑むのは白野威雪(ia0736)。 「お菓子は皆さんで頂くと更に美味しさが増しますわね」 「恋とお菓子は似たようなものだね。御節のように重箱に敷き詰めた色とりどりのお菓子のように」 微笑むのは冥霆(ib0504)だ。 「浮気をしたら、こきゃっと、やりますが、まずは調査ですよね」 気を落としている御幸の傍にいる珠々(ia5322)が言い切った。殺ると聞こえたのかの確認はとりあえず置いといて。 「あの堅物がねぇ‥‥とは思うけど」 輝血(ia5431)が敦祁の様子を思い出して考える。 「沙桐君は仕事なのか」 冥霆の言葉に鷹来家専属のシノビである架蓮が申し訳なさそうにしている。 「申し訳ありません、店の手配は架蓮にお任せください」 「気にする事はないよ。誰だって忙しい時はあるさ」 「架蓮様。折梅様に一言助言を頂きたいと思います。折梅様の好きなお酒をお教え願えませんか?」 雪が言えば、滋藤御門(ia0167)も頷く。 「ぜひ、折梅様に助言を頂きたいです」 「そういえば、知りませんね」 「私も知りたいわ♪」 確かに、聞いた事がなかったと思案する御樹青嵐(ia1669)と明るく乗る那蝣竪に架蓮が微笑む。 「折梅様の取って一番お好きな名酒は唯一つ、仲のよい皆様と一緒に飲む酒にございます。一人で飲むよりも、誰かと飲む事がどんな素晴らしい銘酒よりも美味と折梅様は申しておりました」 「まるで頓智のようですのね」 くすくす笑うレティシアに珠々は微妙な様子で話を聞いていた。 「では、季春屋さんに行ってみてはいかがでしょうか。秋の酒が出ていると聞いております」 屋号を聞いた者の中には、知っている屋号でもあり、皆は鍋の具材の調達やらで三京屋を出て行った。 こういう時はシノビでよかったなと、輝血は思う。 あっという間に女の素性にたどり着いた。 どうやら、此隅で小さな小間物屋を営む店の娘らしい。 「清楚系ね。年齢は十八くらい?」 しっかり女の素行調査をしている。 娘は店先で品物を揃えている。仕事も丁寧だし、何よりスレてない。 ついでに店の評判を聞けば、上々だそうだ。 店は小さいながらも、いい物を揃えており、他の店より安いらしい。原価ギリギリで出している良心的な店だ。 敦祁に見つかると何かと厄介だ。 輝血は街娘の格好で店の前に立つ。 「いらっしゃい」 簪を見に来たという設定で、娘と話していたら、娘にはどう見ても敦祁とは思えない相手がいるようだ。橋渡しをしたのはまだ仕官したての見回り役人だとか。 やれやれと一息ついた輝血が、戻ろうとすると、裏路地にて沙桐を見つけた。 季春屋という酒屋の若旦那は苦界に堕とされ、遊女となった幼馴染を見事落籍せて、夫婦となった人だ。 若夫婦は気が利いて優しく、見目もいいという事で、評判の夫婦。 開拓者達の姿に店員達がわっと喜ぶ。ぱたぱたと出てきた若女将に若旦那が大慌てで止める。 「馬鹿野郎! 走るんじゃない!」 怒る若旦那に若女将は明るく笑う。 「もしかして?」 首を傾げる冥霆に二人は微笑む。 「先日、医者からいると聞かされました」 若女将が優しく腹を撫でると、開拓者達が「おめでとうございます」と祝いの言葉を口にする。 「何がめでたいのですか?」 まだ分かってない珠々に青嵐が意地悪く「人参です」と言う。 「にゃーー!?」 慌てて、雪が赤ちゃんだと言えば、珠々が若女将の腹を凝視する。 「いのちがはいっているんですか?」 「ええ、これから大きくなるのよ」 微笑む若女将に珠々はただ、それを見ていた。 仕入れの最中、レティシアは今までの情報を収集する為に、甘味屋で御幸から今までの敦祁の話を聞いていた。 「最初は意地悪さんだったんですね」 「そうなの、いっつも弱いって言われてたの」 驚くレティシアに御幸が頷く。 「でもね、道場の師範代が悪い事をしてて、その事で道場の評判が落ちて、私達も気落ちした時に励ましてくれたの」 意外な敦祁の優しさなんかも聞き、更にレティシアの興味をそそる。 「それでも、やっぱり、からかわれたんだけど、ある日もう堪忍袋の緒が切れちゃったから、決闘を申し込んだの。でも、どうやったら強くなるのか分からなくて、沙桐兄様に頼っちゃったの。そしたら、開拓者に会える事になったのよ」 「それが縁だったのですね」 ぱんと、両手を合わせるレティシアに御幸が頷く。 「そろそろ一年以上になるのよね」 「色々とありましたのね」 感慨深げに言う御幸はどこか大人びた表情を持っていた。 「行きましょう」 ひょっこりと、珠々が現れて、二人は席を立った。 珠々が強張った顔で鷹来家の前に立っていた。 「珠々様、行きましょう」 雪が言えば、御幸は心配そうに珠々を見る。 依頼人に心配されるのはいけないと、珠々は決意を込めて中に入る。 「あら、いらっしゃいませ」 折梅は優しい表情で出迎えてくれた。レティシアは美しい老婦人にそっとスカートの裾を抓み、軽く膝を折った。 「折り入って、ご相談したい事が‥‥」 雪が説明をすると、折梅は穏やかに頷く。 「疑問や不満を心に仕舞う事は意外と簡単な事で癖になります。ですが、仕舞い続けると、いつかは溢れてしまいますよ。ですから、御幸さんは悲しい思いをしていらっしゃるのでしょう?」 折梅の言葉に御幸は頷く。 「元々は言い合える好敵手的関係であったと聞いております。仲が良くなればなるほど聞きにくい事も多々あります。先を進むのは良い事ですが、一度戻ってみればそこから更に進む事もあります」 「そうですよ。決め付けとかそういうのを取っ払って、きちんと言葉で伝えるべきです」 レティシアが御幸に言うと、少し迷った御幸だが、こっくりと頷いた。弱弱しいものではなく、生来の勝気さを備えた瞳で。 「そ、それでですね、折梅さんにも敦祁君の宴に出てほしいのです!」 「わたくしも宜しいのですか?」 「勿論ですわ」 珠々の言葉に折梅が微笑み、雪が頷く。 「寄り箸とか迷い箸とかしませんし!」 ぐっと、拳を握る珠々に折梅は何かを思い出し、微笑む。 「作法に気をつけてらっしゃってたのですね」 「はい」 こっくり頷く珠々の脳裏に目から光線を出しかねない折梅の姿だ。 「作法を学ぶ姿勢にこの折梅は嬉しく思います。きっと、今後の珠々さんの為に役に立ちます」 微笑む折梅に珠々は心がほわっとするものを感じた。 ●芳しさを越えた肉の匂い 那蝣竪と御門は敦祁の仕事ぶりを見る事にした。 役所に近くに行って見ると、丁度よく敦祁の姿を見た。 先輩だろう役人と一緒に泣いている小さな子供を宥めていた。話に寄れば、敦祁は見回り方の役人で、日中はよく外を見回っているらしい。 どうやら、子供は迷子のようで、困り果てた先輩に敦祁が声をかけ、子供を抱き上げ、肩車をし、そのまま歩いていった。 現在は武天の収穫祭‥‥野趣祭が行われており、人の賑わいも多く、肉の匂いが暴力的に漂っている。 その後、子供は無事に母親と再会し、母親は何度も敦祁に頭を下げていた。 子供は子供で、母親と会えて安心感を得たのか、にこにこ笑顔に戻っている。そんな子供に敦祁は苦笑しながら軽く会釈をして帰って行った。 詰所に現れた華達に役人達はどよめいていた。 「すみません、敦祁君はいますか?」 御門が言えば、役人達はパタパタと敦祁を呼びに行ってくれた。 その間も、艶華な那蝣竪と清華な御門を一目見ようとこそこそと野次馬が遠目に眺めていた。 気難しい顔をした敦祁が現れて、二人を見るなり、納得したような顔をした。 「ご無沙汰してます」 礼儀正しく頭を下げる敦祁はもう、大人の顔だ。 「久しぶりね、士官おめでとう」 「ありがとうございます」 那蝣竪の笑顔の祝辞もしっかり受け止める。 「僕達から、祝いの席を一席設けようと思っているんです。来てはいただけませんか?」 御門の申し出に敦祁がぎょっとする。 「そんな、俺‥‥いや、私の為にわざわざ宴会なんか‥‥」 どうやら、わざと自分の呼び方を変えているらしく、言葉遣いがしどろもどろになってしまう。 「僕達が祝いたいんです」 「ですが‥‥」 困る敦祁に後ろから二人の助け舟が出た。 「謙虚も悪くはない、だが、人の好意はきちんと受け取る事だ。仕事が詰まっているわけではないのだろう」 「永和さん」 あらっと、那蝣竪が知り合いの姿に笑いかけると、永和も二人に頭を下げ、那蝣竪に自身の周囲の近況を伝えた。 輝血に連れて行かれた沙桐は架蓮が予約した店に到着した。 「お疲れ様」 冥霆が声をかけると、沙桐は久々に見る姿にぱっと笑みを浮かべる。 「冥霆君、久しぶりー! って、怪我?」 「うん、鬼退治にね」 「もー、無茶するなー」 「麻貴君ほどじゃないよ」 早速沙桐が冥霆と一緒に宴の席の準備をしていると、御幸と話していたレティシアと目が合う。 「麻貴さん?」 首を傾げるレティシアに沙桐は優しく目を細める。 「麻貴に会ったんだね」 「はい」 沙桐の本当に嬉しそうな笑顔にレティシアはジルベリアの家族を思い出す。 台所に向かった輝血は青嵐より料理の手ほどきを受けている雪に声をかける。 「とりあえず、顔を出してきな」 「はい!」 割烹着を脱いだ雪がぱたぱたと小走りで宴会会場へと向かう。その雪の背中を輝血が厳しい顔で見つめていた。 「いかがしました?」 きょとんとなる青嵐に輝血は溜息をつく。 「沙桐、麻貴や柊真より手強いかもね」 「そうですか?」 首を傾げる青嵐に輝血は「ま、どうでもいい事だけどね」と肩を竦めた。 ●男を見せるか、女を魅せるか 御門と那蝣竪に連れられた敦祁は他の開拓者からも祝いの言葉を貰った。 沙桐や折梅の姿を見つけて、敦祁は他の姿を探す。 「誰を探しているんですか?」 首を傾げる珠々に敦祁は何でもないと首を振る。 珠々は可愛らしい山茶花が咲く振袖を着させられている。その花が自分が御幸にあげた簪を似ていて、敦祁は少しだけ寂しそうな表情を見せた。 「さて、乾杯といきましょうか」 青嵐が音頭をとり、宴が始まった。 本日のお品書きは旬のキノコ鍋や鴨鍋に秋刀魚の塩焼き、里芋の煮っ転がしに季節の野菜にあわせた天ぷらと栗御飯。 「凄く美味しいです!」 レティシアが幸せそうに食べている。 「青嵐のご飯だからね」 当たり前と無意識で自分の事のように胸を張る輝血に那蝣竪がくすっと、笑う。 「鴨美味い、里芋美味い」 「口に合って何よりだよ」 鶏肉好きな沙桐にとって、鴨も嬉しい一品のようで、冥霆が杯を傾けながら微笑む。 「お怪我されているのに大丈夫ですか?」 折梅が声をかけると冥霆は平気と微笑む。 「里芋美味い。俺、ちょっと粉吹いたのに醤油が染みてるのが好きなんだー」 「おや、白野威さん、絶賛されてますよ」 からかうように青嵐がくすっと、微笑むと、雪が顔を真っ赤になってしまう。作った相手が分かった沙桐も顔を赤らめてしまう。 「敦祁君、飲める?」 那蝣竪がお銚子を持って誘うと、敦祁は「少しだけ」と言って、杯を受ける。 「酒はまだ勉強の身です」 「お酒の失敗は重ねると、他の方の介抱に役立ちますよ」 にっこり微笑む折梅に全員がこの人の失敗ってどんなのだったんだろうと折梅を凝視した。 もきゅもくと御飯を噛み締めながら天ぷらを狙うのは珠々だ。 何故か、衣が厚い天ぷらばかり。 きっと、きっと、あの橙が‥‥だが、折梅と約束したのだ。礼儀作法を納めると。 「これです!」 がっと掴んだ天ぷらに塩をつけ、珠々がかぶりついた! 「当たりでしたね」 青嵐が言えば、珠々は折梅の膝の上に頭をおいてぐったりしている。 敦祁は那蝣竪に最近の近況を話している。 基本的には見回り方で最近は野趣祭の関係で更に忙しいらしい。 「確かに、お祭りはお酒が入る事もあるから、何かと大変よね」 うんうんと、那蝣竪が聞き役をしている。 「おかげで御幸に会えないし‥‥」 ぽつりと呟いたあとで敦祁は自分の失言に気付き、口を押さえる。 「仕事で手助けをした娘に御幸の恋しさを愚痴るくらいにね」 輝血が言えば、敦祁が口を鯉のようにぱくぱく動かしている。 「お祭りの関係ですと、何かと人の縁が増えますからね。ですが、娘さんと親しくして不安にさせるのは如何なものかと思いますよ」 おっとりとした口調にぴしゃりと言い切る御門に敦祁は肩を竦める。 「その通りだよ。大きい怪我をした時は好きな女性に介抱されたいものだろう」 更に冥霆が言えば、ぱらりと足袋を脱げば、敦祁ははっとなる。 「後は、しっかり御幸ちゃんを捕まえてくださいねー」 レティシアがサッと、襖を開けると、そこには美しく着飾った振袖姿の御幸の姿があった。 淡い橙地に可愛らしい石蕗が咲いていて、肌の血色を良くしている。綺麗に髪は結われており、髪には敦祁が贈った簪を付けていた。 「ほらほら、言う事があるだろう」 冥霆が言えば、敦祁は驚きと見惚れで茫然自失を体現していた。 「ささ、御幸ちゃん、敦祁君の傍へ」 雪が御幸に手を差し伸べ、敦祁の方へと導く。 後はしどろもどろに敦祁が御幸に弁明をし始めた。 人の熱気と酒に当てられた沙桐はここ最近の労務の疲労を隠せなかった。 「沙桐様‥‥」 雪が後ろから声をかけると、沙桐は振り向いた。 「どうしたの」 「刀の事ですが‥‥刀は傷つけるものと仰いましたが、私はその上で誰かを護るものと思います。私を守って下さったのですから」 三日月の光量では互いの顔はあまり見えない。だが、互いの手からは温もりを感じられる。 沙桐は雪の手を少しだけ強く握り締めた。 離さないように。 「ちょっとは手助けしてやろうと思ったけど、何か敦祁が面白そうだから見てよっと」 くすっと、悪戯っぽく輝血が笑う。 「真直ぐに一途に思い合う者同士ですから、きっと大丈夫ですよ」 お酌をする青嵐が一層優しく微笑む。 そんな二人を見るレティシアが敦祁と御幸を一度見る。 「何だか、やっぱり恋って人のでもドキドキしますね」 「そうですね、ドキドキと他の人にも移るものですよね。折梅様」 レティシアが頬を染めると、御門が折梅に声をかけると、彼女はゆっくりと頷く。 那蝣竪もまた、初々しい雛鳥達が寄り添う如くの敦祁と御幸の睦まじさに目を細める。 「とても眩しいですね‥‥♪」 「いずれも貴女もそう眩しくなる事となります」 折梅が言えば、那蝣竪はそっと目を伏せる。 「まぁ、那蝣竪さんを悲しませたら、この折梅がただじゃおかせませんが」 くすりと悪戯っぽく微笑む折梅に那蝣竪は驚き、くすくすと笑う。 また月は満月へと戻る。 人の気持ちを満たすように。 |