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■オープニング本文 いつもの事だった。 とある村の猟師はいつも通りに漁に出かけていた。 今日は上手い事丸々と太ったウサギが三匹罠にかかっていた。 いい日だと男は浮かれて歩いていた。 「うわ!」 緩やかな傾斜を歩いていた際にずるっと、男は足を滑らせて尻餅をついてしまった。 夕べは雨で、地面が少しぬかるんでいた。 いい気分が台無しだとばかりに男は汚れた手を洗いに沼の方へと向かう。 水辺で手を洗っていると、視線の先に水の中で影が揺れる。 沼に住む魚だろうと男は気にしなかった。 ぱしゃん 水面から出てきたのは鰻の姿。 「ああ、棲み付いたのか」 一匹捕って捌いてもらおうかと男が小物入れの竹かごに視線を向けた瞬間、男の首に水の冷たさとぬめりが走った。 「う‥‥うううっ!」 苦しむ男を他所に鰻は男の首を絞めていく。 男の視界はかすんでいき、意識もぼんやりしていく。 助けを求め、手を伸ばそうとしても誰もいない。 いつの間にか、何匹も同じような奴が男の身体を締め付けていっているのを男は気付いていないだろう。 苦しさと戦っていたが、どうしようもない。 男は目を閉じて、そのまま意識を手放した。 沼に上体を倒した男はそのまま鰻達に水の中へと引きずられていった‥‥ 猟師仲間が帰ってきてない事を知ったのはその日夕方ごろ。 慌てて猟師達が森の中へと探していくが、全く見付からなかったが、沼の近くで足跡と転んだような跡を見つけ、その足跡をつけていくと、沼の水辺に探していた猟師仲間の愛用している竹かごが浮かんでいた。 そして、水面がほんのり赤かった‥‥ 「ま、まさか‥‥」 猟師の一人が心の中で推測した言葉を言おうとした瞬間、水面下よりぱしゃぱしゃと動いた。 それも何箇所からも。 まるで、早く来いと誘うかのように‥‥ 猟師の男達は悲鳴を上げて水の中の狂気に怯えた。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●仇討ち 目的の村に着いた開拓者達は重い空気の中、来てくれた開拓者達に労る村人達に寂しそうに目を細めた。 「お気の毒でした‥‥」 ぽつりと、お悔やみの言葉を告げたのは柊沢霞澄(ia0067)。 「どうか、アヤカシを倒してください」 目が赤くやつれた顔をした女が涙ながらに懇願した。きっと、被害者の家族なのだろう。 「仇は撃つわ」 「これ以上の犠牲は出させません」 楊夏蝶(ia5341)と滋藤御門(ia0167)がしっかりと頷き、言葉を返すと、女は更に涙を流して「お願いします」と声を震わせていた。 「元々、鰻とは悪食と聞いております」 沼に行く時に解説をしだしたのは御樹青嵐(ia1669)だった。 「アヤカシが似た形状を取れば、悪食の極みとなるわけか」 ふぅと、溜息をついたのは琥龍蒼羅(ib0214)。 「コレで済めばいいんだけどね」 溟霆(ib0504)が視線を向けた先は村で借りた使い古しの案山子。アヤカシ退治に使うという事で、村人たちは訳が分からないまま快く貸してくれた。 「この時期の水は冷たいし、体が冷えるとどうしても動きが鈍ります」 今回の討伐アヤカシの形状に一抹の不安を抱えている珠々(ia5322)が注意を促す。 「近接でやる奴はあらかじめ温かくした方がいいも。さっさと片付けるのが一番。あんなのに身体這われたら最悪だし」 厭そうに言う輝血(ia5431)の言葉に夏蝶と珠々が嫌々と首を振る。 一方、青嵐が一番だんまりとなり、自己嫌悪宜しく口元に手をあて、そっぽ向いた。何となく察した溟霆がそっと微笑み、仕方ないと肩を叩く。 そんな二人の様子に夏蝶がどうしたのかしら?と可愛らしく首を傾げた。 一度止まり、瘴索結界を発動展開していた霞澄がアヤカシの動向を探る。 確かに、アヤカシの動きを感じる。 特に動いてなく、落ち着いているようでもあった。 「‥‥確かにアヤカシはいます。特に動いてないようですね」 そっと、瞳を開いた霞澄が伝えた。 「もうすぐ着きますね」 水の匂いに気付いた珠々が告げると、一同はアヤカシへの警戒を強めた。 ●水も滴る‥‥ まずは案山子を囮に使って、案山子自体を沼に投げ込む。案山子には縄を括りつけて、こちらが引き上げられるようにしておいている。 青嵐が腕の部分が動くように改造を加えているようで、両腕部分に括られた縄を器用に動かしている。 案山子の動きに勘付いているのか、水面下で何かがゆらゆら動いているようだが、様子見をしているといった感じだ。 「人間と案山子の判別は出来るのか」 これ以上水の中に入れていても仕方ないので、蒼羅が引き上げる。 「知能が低いと思ったけど、食べられないから興味示さないのかも」 アヤカシの本能とは人間を食べる事。本能で嗅ぎ分けている可能性があるやもしれないと夏蝶は分析する。 「溟霆さん、お願いね」 夏蝶が振り向くと、溟霆は心得たと上着を脱いで水辺の付近に立っている。 「もう一度かけなおします‥‥」 念の為と、霞澄が先程かけていた加護結界を溟霆に付与する。 「ありがとう、行って来るよ」 霞澄に礼を言った溟霆は水蜘蛛を発動させて水の上に立つ。 まだアヤカシが水の中で蠢いているだけならば動くのに支障はない。 水面上をパシャパシャ音を立てつつ移動する溟霆の姿は水面下のアヤカシ達が反応している。だが、まだ人間であるか判断しているようでもあった。 「うーん、泳げないわけではないんだけど‥‥」 「鰻という形状は‥‥」 溟霆一人に囮を任せた事が少々申し訳なく思ってしまう夏蝶と珠々ではあるが、アヤカシの形状と行動を考えると気が引けてしまう。何かを気遣う夏蝶の心遣いはきっと届くだろう。 「夏蝶も出てるところは出てるからね。見ごたえはありそうだけど、あたしだって嫌だ」 ダイレクトな輝血のコメントに答えられる猛者は居なかったが、珠々は心の中で「ペタン枠‥‥」と呟いていた。 「随分と慎重だな」 一度動きを止めた溟霆は水面に手を潜らせ、掬った水を放り投げた。 「あ!」 夏蝶が叫ぶと、水飛沫の中からアヤカシが一匹飛び出してきた! 溟霆ならば払う事は可能だが、彼はそのままアヤカシの締め付けを甘んじる行動をとったが、その苦しみは霞澄が付与した加護結界の効力が発揮され、アヤカシはそのまま弾かれて水の中へ入ってくる。 ざぶんと、アヤカシが戻ると、一瞬の静寂の後、三匹のアヤカシが飛び出してきた! 加護結界の効力が終わってしまった溟霆の首、右腕、胴に巻きつき、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。 「く‥‥っ」 水の冷たさそのままと鰻と同じ形状だけじゃなく、滑りも同じなので、更に気持ち悪さが増してくるが、仲間の応援まで踏ん張らねばならないと溟霆は気をしっかり持たせている。 だが、アヤカシは溟霆を水の中に引っ張り込もうとしている。 「行きます!」 御門が叫んで即座に召喚したのは結界呪符「白」。転倒したわけではないので、溟霆の水蜘蛛はまだ効力が残っている。 溟霆は何とか、壁に凭れて更にアヤカシが上がってくるのを待っている。足元で水面が動いた事に勘付いた溟霆がはっとなった時、更にアヤカシが溟霆の足に巻きついていた。 気付いた時には溟霆の体勢は崩れ始めていた。 「好きにさせるか」 「させませんよ」 蛇よりも冷徹な声と可愛らしい鈴の音が「夜」の静間に響いた。 水面を蹴るように跳び 溟霆の足と首に絡むアヤカシを断ち切る。 とんと、御門の壁の横端に手をかけた輝血と珠々を溟霆は視界の端で見た。 一瞬前には二人は沼の向こうにいたはずなのに。 「ゴホッ」 流石に首をきめられていたのはきつく、溟霆が気道を確保するようにむせる。 水面下のアヤカシの方も何が起きたのか分からず、残りの四匹が輝血、珠々、溟霆めがけて飛び出してきた! 「ごめん!」 一言詫びて夏蝶が風神を繰り出して溟霆達に飛び出してきたアヤカシを跳ね飛ばす。 跳ね飛ばされたアヤカシは風神の方向より他に人間がいる事を気付き、水面下を泳いで向かう。 水面ギリギリを通常の鰻ではありえないスピードで向かっている事からアヤカシである事が理解できる。 飛び出してきて、前にいた蒼羅は刀を鞘に入れて構えていた。アヤカシには蒼羅が動いていないという事が何よりも好機に思えたのか、首に巻きつこうとした瞬間、蒼羅が柄に手をかけ、六尺近くはあろう刃を一気に抜いた! 深々と降る雪を斬るが如く、研ぎ澄まされた刃はアヤカシをしっかり捕らえ、そのまま分断して斬り捨てた。 何一つ無駄のない動きで刀を鞘に納めた蒼羅がそっと息を吐くと、更に時間をずらして一匹が飛び出してきた。蒼羅の動作が終わる瞬間を狙ったかのように。 蒼羅が咄嗟で構えようとした瞬間、青嵐が暗影符を発動させて、アヤカシの視覚を奪った! 動きを止め、地に落ちる瞬間、夏蝶が蒼羅とアヤカシの間に立ち、アヤカシに鋭く青白い刃が突き刺さる! 間髪入れずに夏蝶が刀を抜いて振りほどくと、アヤカシは血と瘴気を噴出しながら汚く土の上で身悶えている。 「助かる」 「いいえ♪」 蒼羅が簡潔に例を述べると、夏蝶は明るく答え、更に来る二匹のアヤカシを見据える。 螺旋を発動させ、精神を掌に集中させた夏蝶は自身に向かってくるアヤカシをしっかり捕らえ、手にしていた手裏剣「鶴」を投げた! 風を切るその音は鶴の鳴き声のようであるが、螺旋を発動させたこの時の音は何よりも鋭く、手裏剣がアヤカシに衝突し、アヤカシは螺旋の衝撃に耐え切れず、そのまま破裂してしまった。 蒼羅の方へ向かったアヤカシは口を大きく開け、鋭い牙を蒼羅に見せていた。ギリギリまで間合いを詰めていた蒼羅は素早く刀を抜き、アヤカシを叩き斬った。 溟霆の右手を締めていたアヤカシは輝血が切り離し、両手が自由になった溟霆は自分の胴を巻いているアヤカシを暗を使って切り裂いた。 手裏剣を投げて支援射撃をしている霞澄は珠々が倒しやすいところまでアヤカシを誘導している。 霞澄の本職はシノビではないが、水蜘蛛を使用していない珠々にとっては十分な支援だ。 「珠々ちゃん!」 御門がもう一枚壁を用意すると、珠々は足場をもう一つ見つけた事に感謝した。 「ありがとうございます」 壁を飛び移り、足場と間合いを慎重に確保する。 アヤカシが珠々の接近に気付き、飛び出そうとした瞬間、珠々が手にしていた忍刀でそのまま斬り捨てた。 「っと」 足場といったが、実際は垂直に立っている壁なので、壁の端に捕まっていないと落ちてしまうので、珠々は水に入らないように急いで壁の端に手をかける。 更に珠々に襲うアヤカシに気付いた御門が呼び出したのは輝く銀糸の毛並みが美しい白狐だ。 素早く駆けぬけ、珠々を襲うアヤカシを一気に噛み付き、牙から送られる過剰な瘴気にアヤカシは堪えきる事は出来ず、そのまま破裂し、白狐が血と瘴気にまみれた。 「大丈夫!?」 岸に戻ってきた溟霆を気遣うのは夏蝶だ。 「大丈夫だよ。可愛い娘さんに心配されるのは嬉しいね」 微笑む溟霆に夏蝶は照れたように可愛らしく口を尖らせる。 「手当てを‥‥」 「お願いするよ」 霞澄が言えば、溟霆が頷く。 大丈夫なのだが、夏蝶が念の為だと言って、輝血と珠々も閃癒の恩恵にあずかる。 更に溟霆には青嵐の治癒符も受けている。 二人の手厚い治癒に溟霆はすっかり傷は完治したが、疲れだけは少し残っているようだった。 開拓者達は村人に報告しに沼を離れる前にとりあえず手を合わせ、犠牲者となった猟師が安らかね眠るよう、祈った。 ●温かい鍋は距離を縮ませる? 「結局はずぶ濡れになったなぁ‥‥」 水棲アヤカシに巻き付けられたり水しぶきがかぶってしまった溟霆は意外と濡れていた。 上着が濡れていない事が幸いとしたが、水で濡れた前髪や横髪が溟霆の額や頬に張り付き、不快感は否めないし、かなり身体が冷えている。 億劫そうに溟霆が前髪をあげていると、珠々が溟霆を見上げる。いつもの表情ではあるが、その瞳は心配の翳りが見えている。 「水も滴るなんとやらにはなれたかな?」 くすりと、いつもの調子を忘れずに女性を気遣って戯言を口にする溟霆はかなりの粋人だ。 「そんな戯言を口に出来るなら余裕はあるようだな」 「ですが、早く戻りましょう。美味しい鶏鍋が待ってますし、私もお気に入りのお酒を持ってきましたよ」 蒼羅が呆れつつ言えば、青嵐が楽しみを一つ提案する。 「それはいいね。楽しみだよ」 笑う溟霆の肌はもう白いを通り越して青かった。 開拓者の帰りを村人達がやきもきして待っていたが、無事そうな姿を見て大層喜んでくれた。 それぞれの村人の家で男性陣、女性陣にと風呂を沸かしてくれていたようだった。 服が濡れてしまった溟霆には着替えも用意してくれていた。 「さぁ、召し上がれ」 蓋を開けると、一層に温かくふくよかな味噌の香りが広がる。 帰り際、夏蝶が茸や木の実を取ってきたようで、更に増量されていたので、夏蝶が村の皆と一緒に食べたいと提案した。 「はふっ、おいしーっ」 風呂で身体を温めたが、身体の中から温めてくれる鍋料理はやはり格別に温かい。 「美味しいですね」 ホクホクの芋も入っており、御門は息を吹きかけて少し冷ましてから食べている。 「とても美味しいです‥‥」 内気な性格であまり自己主張をしない霞澄も温かく美味しい料理に嬉しそうに食べている。 「温かいのはいいのです」 やっぱり人参と戦っていた珠々は村人が椀に盛ってあげるよと言ってくれたが、丁重に断った。 「タマ、人参食べたくないからでしょ」 じとりと、先輩シノビに言われると、珠々は驚いた猫のように目を丸くする。 あれっと、首を傾げたのは夏蝶だ。いつもなら当たり前のように青嵐にお酌させている輝血が隣に青嵐がいなかった。 輝血としては何故か居づらく感じている。理由は分かっているが「何で隣に居づらい」のかが何か納得がいってないようでもあった。 視線の先の青嵐は村のお母さんと思わしき人物と鶏味噌鍋の味付けの事で話しているようでもあった。 どうやら、この村では美味しい味噌を作る人物がいるらしい。 「青嵐、飲んでる?」 ひとしきり話を終えた青嵐に輝血から話しかける。 「ええ、ここの味噌を分けていただける事になりまして」 平素澄ましている青嵐だが、料理の事になると楽しそうにしているのが本当に分かる。 「へぇ、そんなに美味しかったんだ。まぁ、飲みなよ」 輝血が銚子を差し出すと、青嵐は驚いたように目を見開いたが、微笑んでその酒を貰う。 「頂きます」 くいっと、一息で酒を飲み込んだ酒は青嵐にとってここ一番の美酒だ。 その様子を見ていた夏蝶がぱちぱちと目を瞬く。 「一歩、進んだかもしれないね」 隣の蒼羅に酒を注いでいた溟霆がそっと夏蝶に耳打ちした。 「え、どういう事?」 「人とは進むものだ。退化しているように見えるのはただ、止まるだけ。戻る事などない」 食いつく夏蝶に蒼羅が答える。 「でも、僕もああいう関係がいつ出来るかなぁ」 はてさてと言葉を濁す溟霆に夏蝶は聞き逃さない。 「いるの、いるの?」 目をキラキラさせて話を聞こうとする夏蝶に溟霆は微笑む。 「さぁてね。秘密は秘密であるからこそ魅力があるんだよ」 「ちょっとだけいいじゃない」 賑やかな三人を見て、霞澄が楽しそうで何よりと微笑む。 その横で、赤味噌の色味でうっかり食べてしまった珠々が気絶していて、慌てた御門が介抱していた。 これから寒い時期が来るが、この時だけは心を暖かくしてほしいと霞澄は願った。 |