【妖精】虹の温泉
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/15 00:03



■オープニング本文

「綸さん、妖精を探しに参りましょう!」
「え?」
 緒水の言葉にきょとんとしているのは綸だ。
「私、ちょっと面白いお話を聞きましたの」
 此隅開拓者ギルドの馴染みの受付嬢より聞いたのは妖精のお話。
「まぁ、そんな存在がいるのですね」
「なんだかとても面白そうなんです。妖精は見た事がないのでわかりませんが、なんとなく美しい姿をしているような気もします」
 わくわくを隠し切れない緒水に綸は少し困り顔。
「どうかされましたか?」
「いえ、今、師走でしょう? お師匠様のお許しが出るかなと」
 あっと、緒水も思い出す。
 今は寺のお坊さんですら走り回る師走に入りかける頃。
 華道家の師匠の家に住み込みで助手をしている綸も忙しくなるのだ。
「ああ‥‥そうでしたね‥‥」
 しゅんとなる緒水に綸は掛け合ってみるとだけ言ってくれた。
 だが、お師匠は綸の日ごろよりがむしゃらに働いてくれる事に感謝し、少しは休むように言われた。
 その際に言われた面白い場所がある。
 此隅より少し離れた所にある温泉郷があるらしく、そこには源泉がかけ流しとなっており、小さな丘になっているところから滝のように落ちてくるらしい。
 日がよければ虹が見えるらしいとの事。
 田舎ではあるが、もしかしたら人のいないところならいるかもしれないということらしい。
「まぁ! それは素敵なのです!」
 はしゃぐ緒水に綸も嬉しそうに笑う。
「蜜莉ちゃんもお誘いできればいいのですが‥‥」
 緒水が言えば、綸が緒水の手を握る。
「橘様にお願いするだけお願いしましょう」
「そうですね!」
 明るく言う綸に緒水も笑顔になる。


 橘家も頑張るお嫁様に束の間の休日をという事で、小旅行に出る事になった三人。
 治安のいい大きな街道沿いにある場所なので、女性だけでいけるらしい。
「あのお茶屋さんでお茶でもしていきません?」
「いいですわね」
 綸の提案に蜜莉が頷く。
「あら、あの殿方は‥‥」
 緒水が気づくいたのは茶屋でお茶を飲んでいる剣士だ。
「まぁ、鷹来様ですわ」
 綸が気づき、声を上げる。
 お茶屋でのんびりしていた青年剣士が三つの可愛い声に振り向いた。
「えー、緒水ちゃん、蜜莉ちゃん、綸ちゃんじゃないか。どうしたんだい?」
 剣士様こと、鷹来沙桐が驚く。
 三人が妖精と温泉の事を話すと、沙桐は驚いたように目を見開く。
「俺もこれからそこに行くんだ」
「奇遇ですわね」
「お仕事ですか?」
 蜜莉の問いに沙桐は困ったように首を振る。
「俺はばーさまの名代」
「あら、折梅様はお忙しいのですか?」
 沙桐の答えに綸が寂しそうに言えば、沙桐は困ったように笑う。
「まぁ、師走に入るとばーさまは先に鷹来家に戻るんだよ。そこの宿の女将さんが元鷹来家に勤めていてね。たまに手紙をよこすんだ。で、ばーさまが顔出しに行けって言われたわけ」
「そうなのですね。永和様より、鷹来様は多忙との事を聞いております。きっと、折梅様がお疲れを取れるよう手配されたと思います」
 微笑む蜜莉に沙桐がそうだねと笑う。


 宿に着くと、女将が沙桐に申し訳ないと頭を下げる。
「いま、かしきりでして‥‥」
 顔面蒼白の女将が申し訳なく言った。
 沙桐が顔を奥へと向けると、女将が何か言いたそうな顔をして慌てて顔を背ける。
「そうかい、じゃぁ、また来るよ。とびきりのをつれて。すぐに」
 沙桐が極上な笑顔で言うと、女将はこくこくと頷いた。

 一度、宿を出ると、緒水が怪訝そうな顔で沙桐に尋ねる。
「どうかなさいましたか?」
「中にあんまりよろしくないのがいるみたいだ」
「え」
 きょとんとする綸に沙桐は「とりあえずギルドだよ」と微笑んだ。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
九条・亮(ib3142
16歳・女・泰
熾弦(ib7860
17歳・女・巫


■リプレイ本文

「なんたること‥‥! 山賊の分際で何たる重罪!」
 怒りを顕にしているのは珠々(ia5322)だ。
「まぁ、とりあえず、緒水は無事でよかった」
 温泉に山賊がいるという事で機嫌が傾いているのは輝血(ia5431)も一緒。心配された緒水は可愛らしく微笑む。
「折角の楽しい温泉旅行を台無しにとかさせないわよ」
 久々に会った綸がとても元気そうで、緋神那蝣竪(ib0462)は心の中が温かくなる。
「そのような輩には早く退場願いましょうか」
 御樹青嵐(ia1669)が言えば全員が頷いた。



 作戦は仲間がお酌をしている隙にシノビ達が先に隠れ、他の者達を先導し、強襲すると言う流れだ。
 その際にはお酌役には綺麗な格好をせねばならない。
「え、雪ちゃん、お酌役‥‥」
「はいっ、那蝣竪様と頑張ります!」
 白野威雪(ia0736)は至ってやる気満々だ。
「もっちろん、沙桐君だって、青嵐君だって綺麗にするわよ!」
 色々と燃えているのか萌えているのか分からない那蝣竪が熱弁を奮う。
 過去にも女装の経験のある沙桐が背中にだらだらと冷や汗を流す。
「溟霆君だって♪」
「僕は遠慮しておくよ。シノビだし、それに青嵐君と沙桐君とじゃ明暗分かれるしね」
 やんわりと溟霆(ib0504)が断ると、那蝣竪が可愛らしく残念がっている。
「色々と勉強しましたから絶世のびじょにさせます!」
 珠々も化粧する気満々。
 沙桐が九条亮(ib3142)や熾弦(ib7860)にも声をかけるが‥‥
「ボクは暴れる方が得意だから」
「修羅の私が堂々と酌をするのは怪しまれるでしょう」
 あっさりと断られる。
「め、めい‥‥」
 溟霆君もと言おうとした沙桐が振り向いて巻き込ませようとする。
「後で愛しの人にお酌をして貰えればいいじゃないか。それに、近くにいた方が安心するだろ」
 ぽそりと、溟霆が沙桐に返す。相手が一枚も二枚も上手だ。
「‥‥煮るなり焼くなりどうぞ」
 がっくり項垂れた沙桐に青嵐は同情して肩を叩く。
「沙桐様の女装、頑張ってください!」
「まっかせて♪」
 雪は無邪気に那蝣竪と珠々に女装を任せている。

 さっさと女装を終わらせた珠々はこっそり宿に忍び込んで、女将さんより話を聞く。
「沙桐さんに雇われた開拓者です。賊はどこですか」
 急に女の子が現われて、女将さんは驚いたが、珠々が只者ではない事を察知し、中にいる事を伝える。
 通した部屋には高価な調度品はなく、一番広い宴会場の為、調度品というものはないらしい。
「わかりました」
 珠々が頷くと、また姿を消した。
「開拓者です。賊を捕らえに来ました」
 別所から入ってきた熾弦が言うと、従業員の男ははっとなる。
「どうか、内密に。隠れさせてください」
 熾弦の静かな言葉に従業員はそっと案内させる。
 お酌組が用意が整うと、雪は青嵐と沙桐の出来栄えに感動。
「沙桐様、お洒落をした麻貴様そっくりです!」
「ホント?」
 最初は拗ねていた沙桐だが、麻貴の名前を出され、一気に笑顔になる。
「本当に麻貴ちゃんの事が好きなのね」
 くすっと、那蝣竪が微笑むと、姉離れはいつになる事でしょうと青嵐が肩を竦めた。
 宴会場につくと、那蝣竪が笑顔で賊に挨拶。
 今までの女中達がおっかなびっくりな態度だったので、笑顔の応対、しかも美人に喜んでいた。
「あらあら、お酒がなくなっておりますね」
 雪も進んでお酌をするので、賊達の気分もいい。
 部屋に入った時点で酔いどれてはいるのだが。
 女装組も静かに酒を賊達に勧めている。
 無口ではあるが、そっと微笑むその様子が可憐かつ、どこか色っぽいので賊も目尻が下がってしまう。
「姉ちゃんも一緒に飲もうやぁ」
 那蝣竪の肩に賊の手が伸びるが、那蝣竪はするっと、立ち上がり、向こう側にある銚子を手に取る。
「まぁまぁ。もう一杯」
 お触り厳禁ですとばかりに那蝣竪がまた酌を始める。
 ちらりと那蝣竪が雪の方に視線を向けると、絡まれていた‥‥
「姉ちゃん、固くなるな〜」
「ま、まだ新人でして‥‥」
 何とか誤魔化している雪に那蝣竪がいけないと思っていたが、沙桐が雪に絡んでいる賊の傍らに座り、酒を勧める。
「旦那、私の酒もどうぞ」
「おう、別嬪さんだなぁ〜」
 沙桐が雪を逃がすと、雪はそそくさと席を立ち、別の賊に酒を勧めている。
 そんな姿を見た那蝣竪が心の中で「咆哮使用とは沙桐君、グッジョブよ!」と親指を立てる。
「何か踊ってくれ」
 賊の一人が言えば、雪がにこやかに立ち上がり、舞を踊る。
 重厚感がある神々しい舞の真意を知らぬ賊達は綺麗な女が舞う姿に喜んでいる。
 那蝣竪が相手をしている賊の動きが止まっていき、酒の酔いもあったのか、そのまま潰れてしまった。
 青嵐は頭だろう男の傍にて酌をしており、頭はデレデレと流れるように艶やかな青嵐の項を眺めている。
 うなじに釣れていると隠れていた珠々がこっそり拳を握る。
 一人が厠へとふらふら出た時、そろそろと亮が後を付いて行き、用が終わっった隙を狙って賊の口を塞ぐ。
「む、む!」
 何が起きたのか分からない賊はそのまま亮の拳を身体で受ける。
 痛みを堪えきれず、男はそのまま昏倒した。
「よろしくね」
 亮が近くを通った従業員に声をかけて持ち場に戻る。

 そろそろ潰れそうな者達も出てきているが、夢のままお縄について貰ってはいけない。
 反省をさせなければ。
「お客様、もう、お出しするお料理とお酒がありませんの‥‥」
 那蝣竪が申し訳なさそうに三つ指をつく。
「もう、飲めねぇから‥‥」
 賊の一人が那蝣竪に手を伸ばそうとした瞬間‥‥

「お掃除に参りました。ええ。ほかのお客様のご迷惑になる方々の」

 珠々が襖を開けると、そこには開拓者の姿が。
「な、なんだと‥‥!」
 賊の一人がうろたえると、顔を上げた那蝣竪が艶やかに笑う。
「たっぷりお縄をくれて差し上げるわ☆」
「うぉ!」
 雪の肩に手を回していた男がくるっと、ひっくり返る。
「熾弦様、ありがとうございます」
 勝手にひっくり返った男の原因に即座に気付いた雪が立ち上がり、熾弦に礼を言うと、にこりと熾弦が手を差し伸べる。
「待て‥‥」
 賊二人が間合いを取る為に雪を捕まえようとした瞬間。
 一人は女中の一人に組み伏され、もう一人はいきなり動けなくなり、その場に倒れこんだ。
「好き勝手しやがって‥‥」
 ふーっと、溜息をつきつつ、剣呑とした表情で沙桐が立ち上がる。
「沙桐、最後までやり遂げな!」
 厳しい輝血の激が飛ぶ。
「う、うわ!」
 一人が逃げ出そうと、背を向けて走り出したが、脱出は敵わなかった。溟霆が自身の影を伸ばし、賊の逃走を防ぐ。
「もう少し骨があると思ったんだけどなぁ」
 くつりと、笑う溟霆に隠れている性質がそっと垣間見える。
「よかったね? 温泉がなかったら未来永劫の果てまで八つ裂きにしてるところだよ」
 優しい笑みを浮かべているはずの輝血であるが、その目は一切笑ってない。
 あっさりと賊達は捕まってしまった。
 役人に引き渡す時に珠々が「温泉出禁の刑ってないんですか」と真面目に聞いて来て、役人達の目が丸くなっていたりした。


 女将をはじめとする従業員達に厚くお礼を言われた開拓者はとりあえず、冷えた身体を温めようと温泉へと向かう。
 それぞれで酒を持ち込んでいる。
「‥‥疲れた」
 ぐったりしているのは沙桐だ。
「まぁまぁ、白野威君が楽しんでもらえて何よりだったんじゃないのかい?」
 のほほんと言うのは溟霆だ。
「意中の人の笑顔はご褒美ですからねぇ」
 納得のいかない顔をしている沙桐に青嵐がお酌をしている。
「青嵐さんは順調なの?」
 ちらっと、沙桐が青嵐を見やると、青嵐はにこやかに笑う。
「ええ、とても」
 勿論、意地を張っている。
「変化があるのはいい事だよ」
 くすりと、溟霆が杯の中の酒を飲み干した。
 溟霆の言葉に青嵐が「いや、その‥‥」と呟いている。
「え、輝血ちゃんと何かあったの!」
「ええ、ありましたとも! 沙桐さんには言えませんが」
 確かに変わった事があったのだから嘘はついていない。

 その隣の女湯では賑やかな男湯の声が何となく聞こえる。
「何やってるんだか」
 くすくす笑うのは那蝣竪だ。
「殿方達の方では楽しそうですね」
 つられて笑うのは緒水だ。
「あら、虹ができてるのね」
 熾弦が言えば、全員がその方向を向く。
 少し小高くなっている源泉が小さな滝のように流れ落ちていて、その飛沫と日の光に反射して虹ができている。
「わ、きれーだね!」
 亮が喜んで虹を眺めている。
「虹を見ながらの温泉もオツなのです」
 冬の寒さを温泉の温かさで癒すべきと思っている珠々が頷く。
「そういや皆、相手って出来たの? 雪と蜜莉はおいといて」
 思った事を口にした輝血に雪と蜜莉が恥ずかしそうに顔を赤くする。
「私はいませんね」
「私も。緒水ちゃんは輝血様に認められるような方がいいと仰ってましたよね」
 綸が言えば、緒水がえへへと照れたように輝血にお酌をする。
「緒水に近づく虫はあたしが潰すけどね」
「輝血ちゃん、本気すぎるわ」
 声は冷静だが、本気すぎる輝血の口調に那蝣竪が苦笑する。
 楽しそうなお姉さん達のお話にはまだイマイチ分からない珠々が首を傾げていると、ちらちらと雪が降り出して来た。
「雪見風呂ですね」
 手を差し出した熾弦の手の平に雪が一片舞い落ちた。


 湯上りの散歩宜しく何人かは妖精探しに出かける。
「ちゃんと暖かくするんだよ」
 珠々のお供をかってでた溟霆が珠々に羽織を渡す。
「輝血さん、一緒に如何ですか?」
「うん、いいよ」
 青嵐が声をかけると、輝血は頷いた。緒水は綸、蜜莉、那蝣竪と行く予定らしい。
「綺麗な所ってあるかな」
 亮が宿の従業員に尋ねると、少し歩いた先にある山道がとても綺麗との事。
 それを目指して亮が歩き出した。
「あら、お客様はいいのですか?」
 縁側からも美しい山の景色は見える。それを肴に熾弦は酒を飲んでいた。
「私はこちらでゆっくりさせてもらいますよ。皆の土産話も楽しそうですから」
 微笑む熾弦に女将はつまみを用意しますと厨房へと向かった。

「結構寒いね」
 沙桐が持参していた襟巻きを雪に巻く。
「沙桐様は大丈夫ですか?」
「俺は平気。さ、探しにいこう」
 沙桐が差し出す手に雪はそっと握り返した。
「‥‥妖精さんを見つけられなくても十分な気がします」
 ぽつりと雪が言えば、沙桐が振り返る。
「いえ、沙桐様と会えて嬉しいです」
 赤い顔を隠すように俯いて雪が言えば、沙桐も頬を染める。
「俺も嬉しいよ」
 手を繋いだまま、二人は恥ずかしそうに俯いてしまう。

 女四人で歩きつつ、お散歩。
「温石借りれてよかったわね」
 懐の温かさに那蝣竪がほっとしている。
「芯が冷えたら風邪をひきますからね」
「冷えた後の温かいものは本当にほっとしますね」
 綸と蜜莉が言えば、その通りだと那蝣竪が微笑む。
「那蝣竪様は妖精に会えたらどんな出会いを望みますか?」
 緒水に言われて那蝣竪はちょっと考える。
「何万何億の人が生きる世界、出会えた事が奇跡だもの。皆と会えた事も素晴らしい出会いの一つよ」
 優しく微笑む那蝣竪に緒水達にも笑みが零れる。
「後はいい人が見つかれば言う事なしね」
 最後は悪戯っぽく那蝣竪が言えば、四人が弾けるように笑い合う。

 妖精探しに輝血を誘ったのはただの口実。
 少しでも二人でいて、会話をしたいからだ。
「しっかし、妖精ってどんなんだろ‥‥」
 ぼそりと輝血が呟く。
「美しい姿をしているのではという予測が飛び交っているようですが」
「美しい姿ねぇ‥‥ウチの人妖のようだったらウザいな」
 青嵐の答えに応じつつ、輝血が自分の人妖の姿を思い浮かべると、少し煩わしそうに顔を顰めた。
「幸せって、あたしにも分かることなのかな」
「それは会ってみないとわかりませんね」
 妖精と出会う事による『幸せ』に興味を持つ輝血に青嵐はなんだか可愛いと思ってしまう。
 青嵐はどこか無邪気な輝血を見て心の中のどこかが温かくなる。
 会わなくても幸せかもしれません。
 ぽつりと、輝血に聞こえないように心の中で青嵐は呟いた。

「妖精さんがいません」
 むーっと、珠々があたりをきょろきょろする。
「あ、妖精見つかったー?」
 珠々と溟霆を見つけたのは亮だ。
「まだ見つかってないよ。そっちは?」
「全然〜」
 溟霆が尋ねると、亮は首を振る。
「妖精もいいけどさ、ここの景色、綺麗なんだよ」
 亮が指差すと、珠々は自分が結構歩いてきた事に気付いた。
「ああ、本当だね。いい景色だ」
 振り向いた溟霆が景色に目を細める。
 珠々にはその景色とは山の中にあり、濃い赤から鮮やかな黄色、これから色に染まる緑の木々。
「これから冬へと季節は移る、木々は冬に変わる瞬間に色鮮やかな葉を人々に魅せて、暖かな春まで眠るんだよ」
 溟霆が言えば、珠々はじっと、その景色を見つめる。
 ふっと、珠々が振り向くと、そこには何もなかった。
「どうかしたのか?」
 首を傾げる亮に珠々は「なにもいませんでした」とだけ答えた。
「そういえば、珠々君はどんな出会いを望むんだい?」
「私は他の人の前に出てほしいと思います」
 溟霆の質問に珠々はそう答える。
「幸せはいらないの?」
 首を傾げる亮に珠々は首を振る。
「そういうものは少しでも一人でも多くいた方がいいと思います。楽しい事は一人より皆での方がもっと楽しいですから」
 大人びた所が多々ある珠々ではあるが、その感情はまだまだ可愛らしい少女そのもの。
 木々に隠れて、『誰か』が口元を綻ばせた。


 宿ではのんびりと熾弦が女将お勧めの肴を頂きつつ、酒を飲んでいた。
「お客様、他の皆様が戻られたようですよ」
「ほう、どんな土産話があるか楽しみですね」
 くすっと、楽しそうに熾弦が立ち上がる。
 寒さで頬を赤くして戻るだろう。
「熱燗もしくはお茶をお願いします」
 熾弦が女将に言うと、承知しましたといって、奥へと向かう。
 玄関の方へと向かうと、那蝣竪達が一番先に戻ってきた。
「お帰りなさい、妖精探索はどうでした?」
 熾弦が声をかけると、次は輝血達が戻ってきた。
 それから亮達、雪達が戻ってきた。

 妖精の姿は見えなかったが、色とりどりの話が宴の中で飛び交った。
 珠々には橙で残念な出会いがあった事だけは記しておこう。