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■オープニング本文 瓦版を売る店は数多くある。 勿論、神楽の都にも。 その中の一つに看板子がいる。 娘でもなく息子でもないのだ。実際の性別は男であるが、ある種名物なのだ。 その青年は年齢は十六歳であるが、成長期にも関わらずに小柄で細身。天儀の一般女性より少しだけ高い程度。 顔もまた、小顔ですっきりとした一重の切れ長の瞳に細く筋の通った鼻、薄い唇。涼しげな美人といった容貌。 髪も黒く美しい艶があり、長く伸ばしている。 声も変声期を終えたにしては高めで大きな声が良く伸びる。 何が名物なのかといえば、その青年は自分の容姿を活かして女の格好をしているのだ。 別段、嫌々でもなく、この姿をすると、皆寄ってくるのだ。 にこにこしていればなおの事、瓦版が売れる。 父親が客商売が苦手な刷り一筋の刷り師。あまり記者もいないからという事で、息子が一念発起。 化粧についてはあまり抵抗がなかったし、歌舞伎も好きなので、役者気分で楽しんで化粧をしている。 一時の恥より飯の種だ。 女装を始めたからといって、嗜好がなんら変わるわけではなく、至って健全な男子だ。 より完璧を目指したいと言って、女の子とお近づきになれるのは嬉しい事である。 だがしかし、ここで一つ問題点が起きた。 最近、売りに出すとある一人から熱烈な視線を受ける。 紺の作務衣に外套を羽織っている男。 職人っぽく、髪もあまり手入れしてない感じのぼさぼさ髪。 背も高く、天儀の一般男性より高い。 一度、笑顔で呼び込んだら、何も言わずに代金を払って買ってくれた。 それだけの関係だ。 必ず瓦版は買ってくれるからありがたいが、それ以上の関係は勘弁してほしい。 「うーん、そういうのちょっと困るわよね」 「まぁな。ちょっと助けてくれよ」 ちょっと困ったように首を傾げる真魚に瓦版屋の息子は真魚にお菓子を勧めつつおねだりする。 「わかったわ」 お菓子の誘惑か、イケメンのおねだりか真魚は紙に筆を滑らせた。 瓦版屋の息子が帰った後、一人の男が入ってきた。職人っぽく、髪もあまり手入れしてない感じのぼさぼさ髪。 外套を着ており、その下は紺の作務衣。 「あれ?」 もしかしたら? と思いつつ、真魚はその職人に話しかける。 「依頼ですか?」 首を傾げつつ、真魚が声をかけると、その男は驚きながら頷いた。 「依頼ですか?」 真魚が言えば、男は頷く。 「どのような?」 その言葉に男は言いよどんでしまう。 かなりの沈黙の後、男は重々しく口を開いた。 「私を女らしくしてください」 次は真魚が沈黙してしまう。 「ダメですか、そういうの‥‥」 肩を丸めて男‥‥いや、女性は気を落とした。 「そ、そんな事ありません! 綺麗になるという事は素晴らしい事です! 開拓者の皆さんもきっと手伝ってくれます!」 勢い込む真魚に女性は驚いたが、そっと笑う。 (「あ、このひと、きれい」) あまり笑い慣れてないのか、とてもぎこちなかった。 よく見れば、とても綺麗な顔立ちをしている。 「何か、心境の変化でもあったのですか?」 真魚が尋ねると、彼女は困った顔をして俯く。 「き、気になる人がいるんです‥‥でも、その人私なんかより小柄で、とても素敵な笑顔の人で‥‥つり合いたいとかじゃないけど‥‥その、少しでもお洒落をしたらあの人の前に堂々と出来るかなって‥‥」 ぽつりぽつりと呟く彼女の言葉に真魚が誰かと聞けば、瓦版屋の息子の事だった。 売り子よ。安心するがいい。困った相手は女だ。 そう真魚は心中で囁いた。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
神凪 蒼司(ia0122)
19歳・男・志
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
セフィール・アズブラウ(ib6196)
16歳・女・砲
アルウィグィ(ib6646)
21歳・男・ジ
華角 牡丹(ib8144)
19歳・女・ジ |
■リプレイ本文 自分の為に姿を現してくれた開拓者達を見て、初雪は呆然としていた。 見目麗しい美男、美女、そして美少女。 背の高さも自分と似た目線だ。アルウィグィ(ib6646)も女性と思われていたようだが、訂正はしなかった。 神凪蒼司(ia0122)の背はかなり高く、初雪は新鮮そうに見上げていた。 「ふふ、恋する女子は、かいらしいものでありんすなぁ‥‥」 袖口を口元に当てて微笑むのは華角牡丹(ib8144)だ。 「本当よね。俄然応援したくなっちゃうわ!」 牡丹の言葉に応じたのは緋神那蝣竪(ib0462)だ。 「わ、私、お、お洒落とかあまりわからなくて‥‥その、お願いします」 カチンコチンになって初雪が頭を下げる。 「背を伸ばして下さい。姿勢は全てですから」 アルウィグィに言われて、初雪は慌てて背を伸ばす。普段の姿勢が良くなく、無理な体勢に気付いたセフィール・アズブラウ(ib6196)が姿勢を正す。 「大丈夫、私たちに任せておけば泥舟だって沈みませんよ!」 片目を瞑って元気よく言うのは万木朱璃(ia0029)だ。 やっぱり今回も泥舟ですか。 「まずは磨くぞ。話はそれからだ」 オドゥノール(ib0479)が言うと、女性陣が頷いた。 ● 女性陣が風呂に入っている間、男性二人は湯屋の個室を借りてお留守番。 アルウィグィ的には一緒に入りたいのは山々だが、そうは行かないのも理解している。 「女の支度は時間がかかるものだが、随分と持ってきたものだな」 女性陣が持ち寄った荷物を預かって整理していた蒼司が内心驚く。 「沢山選択肢がある事は良い事ですよ」 アルウィグィもまた、一緒に服を整理する。 風呂場に初雪を投げ込んだ女性陣は磨きを開始する。 早々にダウンしかけたのは朱璃とオドゥノール。 ぼさぼさの髪に埋もれていた顔はとても綺麗かつ、顔の下‥‥胸はかなりあった。 「普段はさらしで巻いていますので‥‥」 控えめに言う初雪だが、その衝撃はかなりのものだった。 「これだけの素材が埋もれていんしたとは、この世は不思議なものでありんすなぁ」 ふふっと、微笑む牡丹に初雪は恥ずかしがって俯いてしまう。 「普段はお仕事で忙しかったんでしょ?」 「はい、勉強する点は沢山あるので、お洒落どころではなく‥‥」 首を傾げる那蝣竪に初雪が頷く。 「確かに、職人ともなれば、勉強することで手一杯だろうな。家が店であれば、師弟関係と親子関係が関わるからややこしいだろうし」 少し回復したオドゥノールが話しに加わる。 「女らしく仕立てるにしろ、着飾るにしろ、基礎が吊りあっていなければ着せられた人形にしかなりません」 「その通りだな」 言い切ったのはセフィールで、オドゥノールが応える。 「垢の一粒すら残しません」 キラリと開拓者の目が光ったような気がしたと、その後、初雪は語った。 セフィールの手で米ぬかを身体に塗られ、きちんと身体を磨かれると肌はつるつるそしてしっとり。 「天儀の謎、米ぬかパックにございます。秋口ならばヘチマ水も良かったのですが」 「米ぬかって凄いですよね。どんな汚れも取れちゃいますし」 朱璃がうんうんと頷く向こうで初雪がぐったり肩を落としていたようだ。 風呂を上がってから部屋に戻ると、アルウィグィと蒼司の手で綺麗に並べられた衣裳部屋が完成していた。 「髪、切って平気?」 「首が寒くならなかったら大丈夫です」 控えめに那蝣竪が尋ねると、初雪は一つだけ条件をつけた。 「そんなに切らないから大丈夫よ」 クスクス笑いつつ、那蝣竪が短刀で毛先をこそげ落とす。 「先程見た時よりよくなってないか?」 髪を見た蒼司の感想に那蝣竪が微笑む。 「お風呂に入る前に椿油を髪に馴染ませて、蒸しタオルをして髪を柔らかくしてたの」 にっこり微笑んで那蝣竪が頷く。 「髪を梳かせば更に良くなりそうだな」 二人の会話の横ではセフィールが椿油と柘植の櫛を用意していた。 「ただ、髪を揃えただけなのに随分と綺麗になりましたね」 ほうと、アルウィグィが言葉を漏らすと、初雪は恥ずかしそうに俯く。 「女は度胸でありんすよ」 俯いた初雪に牡丹が声をかける。 「顔を上げておくんなまし」 微笑む牡丹に初雪が顔を上げると、彼女に鏡を見せた。 「黒い髪には艶が戻り、肌は綺麗でとても血色がありんす。これから化粧を施し、更に女の艶を出していきますえ」 一つずつ誉めて、自信をつけさせる。 「はいっ」 緊張した初雪が頷くと、牡丹はくすくすと笑う。 「緊張よりも肩の力を少し抜いておくんなまし」 困ってしまう初雪にセフィールが差し出したのはお香だ。 「梅花香です。これから着てもらう服にも焚き染めます」 「いい匂いですね」 梅花香の香りに微笑んだ初雪を見て牡丹が微笑んで化粧をするともう一度声をかける。 化粧とはいえ、やるのは薄化粧。あくまで初雪の素を引き立たせるように行う。 眉も整えて、 白粉を使うのも初めてだろうから、粉が飛ばないように気を使いながら粉を叩いてから初雪にも粉を叩かせる。 頬紅でそっと頬を染めるように色をつけ、最後は紅で仕上げる。 「さぁ、どうぞ」 牡丹が鏡を差し出すと、初雪は即座に感想を述べた。 「誰ですか?」 貴女です。 一番のお楽しみ。 そう、服選びだ。 「すっごーいわね」 何度見てもよく分かるのは朱璃の気合の入れよう。 異国情緒溢れるドレス。天儀の女性らしく着物や単、巫女装束、ちょっとまにあっくなメイド服だって揃っている。 セフィールやオドゥノール、那蝣竪も持ってきていたが、殆ど被ってないのが神楽の都の品揃えの凄さだと思われる。 「‥‥ど、どれがどれなのかさっぱり‥‥」 煌びやかな衣装達に初雪の目が滑っているようだった。 「可愛くありたいか、綺麗でありたいか、どちらがいいですか?」 選択肢を出してきたのはアルウィグィ。 初雪はその選択肢に考えさせられたが、即座に顔を上げて意を決する。 「み、見た目の可愛いは無理かもしれませんが、き、綺麗なら何とかなっていると思います!」 「大丈夫ですよ、もう綺麗です」 微笑むアルウィグィに初雪は照れて俯いてしまう。 「中身は可愛いのよね」 くすっと、那蝣竪が微笑んだ。 「メイド服も中々良いのです‥‥こほん。綺麗形を目指したいのならば、その手に合う服を残し、後は片付けましょう」 朱璃の言葉で皆で服の選定に入る。 「これは?」 「異国のスーツでありんすね。残しておくんなまし」 「オータムドレスはある種鉄板よね」 「旗袍「白鳳」は鮮やかだな」 「一番はこれですよねぇ」 「白無垢は早すぎかと」 「‥‥女三人で姦しいとは聞くが、倍に増えると姦しいという言葉じゃ足りなくなるな」 冷静に眺めている蒼司の言葉に初雪はこくこくと頷くだけだった。 現時点の場合で、アルウィグィは女性のカテゴリに入ってしまっていた。 粗方片付け終わると、数着しか残らなかった。 「じゃー、一着ずつ試着してみましょー!」 那蝣竪が言えば、とりあえず男性は一旦外に出る。 最初に初雪が着たのは白雪の単衣。 積もった雪のようにぼかされた白藍色の単衣だ。 「なるほど、兎の帯飾りで雪原を遊ぶ兎か、面白いな」 ほうと、オドゥノールが頷くと、那蝣竪が仕上げに髪を結い上げて早春の梅の簪で留める。 「白だけじゃつまらないから差し色に。羽織は淡い梅色の羽織よ」 姿見の鏡の前に初雪を立たせて確認する。 次はドレス「シャイニング」。 錦糸を用いて織り上げた、軽やかなジルベリア風のドレス。 このドレスの特徴は風を孕んで美しいドレープを揺らすだけではなく、光に応じてキラキラと七色に輝くのだ。 「このドレスだと、結い上げるより、横の髪を後ろに纏めて、後ろ髪は下ろしたほうがいいですね」 朱璃が初雪の横髪を掬い上げて 水姫の髪飾りで留める。 「ああ、綺麗ですね。颯爽と歩くと更に素敵ですね」 アルウィグィが言えば、初雪は踵を返すように軽くターンしてみると、ふわりと、スカートが揺れて、光がたなびく様に変化していく。 「凄い‥‥」 ぼんやりと初雪が変化する光を眺めていた。 黄梅の振袖は黄緑色の明るい雰囲気の振袖。鮮やかに咲き誇る黄梅が描かれたものであり、背の高い初雪には良く似合う。 「ぱっと、明るくなりますね。とてもお似合いでありんすよ」 髪を纏めつつ、牡丹が誉める。 「‥‥ありがとうございます‥‥」 恥ずかしくなって俯いてしまう初雪にセフィールが背を伸ばすように声をかける。 「簪はあまり装飾が少ない方が宜しいかと」 今はここに来れない真魚が用意してくれた簪をから可愛らしいトンボ玉の簪をセフィールが牡丹に手渡した。 次の服に戸惑ったのは初雪だ。 どこから見ても男性物のスーツ「雅」。 「ジルベリアの人たちは女性も着るのですか?」 「いえ、着ません。似合うと思いまして」 初雪の質問にきっぱり答えたのは持ち主のセフィール。 「例え、男性物でも女らしさが消えなければ問題は無いと思います」 「彼女の言う通りだ。どのように美しい衣服に身を包んでも女らしさを持ち合わせてなければ意味は持たない」 蒼司の言葉に初雪が困惑する。 「女らしさって、よく分からないのですが‥‥可愛い女の子は仕草も可愛いとは思いますが‥‥」 「それは後で伝える。まずは服を選ぶという事から楽しむ事だ」 「はいっ!」 頷く初雪はいそいそと着替えだしたので、男性陣は慌てて廊下に出た。 最後はオータムドレス。 「ちょっと、首というか、胸元が涼しいですね」 確かに肩が大きく露出しているドレスであるが為に、胸元は少々涼しいだろう。 「今は冬だからな。これを巻けば温かいし、アクセントにもなるだろう」 オドゥノールが初雪の首に巻いたのはマフラー「オーロラウェーブ」。 「ふかふかで温かいです」 「もふらの毛を染めて作られたものだからな。温かいだろう。もふもふは正義だ」 真顔で言うオドゥノールに初雪は覚えたようだ。 「さて、今すぐ服を選べと言っても悩むだろう」 「はい‥‥」 お着替えタイムを終えて、情報量を捌ききれてなく、ぼうっと、している初雪に蒼司が話しかける。 「先程言っていた女らしさの答えだが」 「はいっ」 はっと、思い出して、初雪が背筋を伸ばす。 「女らしさとは、仕草だ」 「はぁ‥‥」 「先程から所作を見ていたのだが、職人らしく、無駄がない」 蒼司の指摘に初雪はイマイチ、ピンと来てないが、セフィールが頷く。 「粗野よりは洗練されてて良いと思いますが、いつも通りより、より女らしくした方がより魅力的です」 「百聞は一見にしかず。気になった点を直せばいいだろう」 「はいっ」 更に女らしくなれると思い、初雪が意気込む。 「それに、慣れない事をして疲れているだろう。少しは気休めになれればと思う」 初雪を労わりつつ、蒼司が女舞を舞う。 音もなく野暮だとは思ったが、それを補ってくれたのは芸事に長けている那蝣竪の長唄と牡丹の扇を手に打って拍子をとってくれていた。 「見ておくといいですよ。手首の返し方や首の傾げ方。それを取得するときっと、可愛らしくなりますよ」 アルウィグィの言葉に初雪はこっくりと頷き、蒼司の舞を見つめる。 所作も学び、初雪が服をどれにするか決める。 どれも良い物ばかりで本当に悩んでしまう。 服も簪も小物も開拓者の皆が選んでくれた物は初雪に良く似合っていた。 ふぅと、初雪が肩を落とすと、那蝣竪が傍らでオータムドレスの時につけたマフラーを指差す。 「これ、凄くキラキラしてて綺麗だったわね」 那蝣竪の言葉に初雪が頷く。 「黄梅の振袖はまるで春の訪れのようだった」 オドゥノールも話に加わる。 「やっぱり、メイド服が‥‥」 「まだ引っ張りますか」 悩む朱璃にアルウィグィがツッコミを入れると、皆が笑う。 「そろそろ決めたか?」 蒼司が声をかけると、初雪は少し悩んだようだったが、首を縦に振った。 「今日、瓦版が売り出されるようですよ」 真魚が入ってきて皆がそれぞれ動き出した。 今日も瓦版屋の売り子は往来で可愛らしく装い、笑顔を振りまいて瓦版を売りさばいている。 寒い中の笑顔は人を癒すのをよく理解している。 少し離れた所で初雪が開拓者と共にそれを見つめている。 だが、初雪の心は晴れない。 「私、やっぱりおかしいでしょうか」 「え?」 初雪の弱音に朱璃が首を傾げる。 「だって、皆私の事を遠巻きに見ていて‥‥こんな大女が綺麗な物を着てもだめなんでしょうか‥‥」 あっと、全員が気付いた。 外に出てから、初雪に注がれる視線に気付いてはいたが、それが好意のものであった事を初雪には理解できていなかった。 「違うのよ、初雪ちゃんっ」 はっと気付いた那蝣竪が言えば、オドゥノールが初雪の前に出る。 「いいか、まずは自信を持て!」 鋭い声が初雪の顔を上げさせる。 「今日の周りを見てみろ、だいたいおなじくらいの背丈だ、私などこの言葉遣い‥‥それでも、「女の子」だ」 静かなオドゥノールの言葉に初雪は息を呑む。 「せっかく女に生まれついて、「女の子」なのだから、楽しまないと損だぞ」 「楽しむ‥‥」 初雪は意外な言葉を思わず呟く。 「恋しい人をしっかり想いなんし、そこからが始まりでありんすよ」 牡丹が更に声を押して初雪を支える。 「俺達は少し離れているが、きちんと見守っている」 「最初から目を見て話す事はないわ。相手の鼻辺りを見て話すといいわよ」 厳しいが優しさの篭る言葉で蒼司が言うと、片目を瞑って那蝣竪が助言する。 「これをどうぞ」 微笑む朱璃が手渡したのはお守りだ。 「自分から踏み出して気持ちを伝えなきゃ始まりません」 初雪はおそるおそるだがしっかり頷いた。 開拓者達から離れ、初雪はゆっくりと長春の方へと歩く。 人だかりが初雪に気付き、その姿に目を奪われる。 瓦版を買う常連は誰もが知っているはずなのだ。 彼女がいつも少し離れた所に立って長春を見ているのを。 だが、誰も気付かない。 艶のある黒い髪は綺麗に結われて、栗梅色の枝と紅白の梅花をあしらった簪で留められている。雪原のような白藍色の色模様の単衣が清楚で帯飾りの兎が遊び心がある。羽織られている薄紅色の羽織とよく合っている。 その姿は美人そのもの。 長春もまた、美人のお客に即座に気付く。 「お姉さんも一枚どお! 今日も開拓者が大活躍だよ!」 「は、はい」 元気のいい長春の目を見ないで鼻の辺りを顔を赤らめつつ初雪が頷く。 その俯き加減に長春のきおくに引っかかっているようだが、特に気にしなかった。 「あの! 終わったら、お茶でもいかがですか」 恐る恐る声をかける初雪に長春が笑顔で頷く。 「いいよ! もうちょっと待ってて! 美人のお誘いならいくらでも!」 会心の笑顔で了解する長春の様子に少し離れた所で見ていた開拓者達がわっと喜ぶ。 この後、初雪と長春はお茶を楽しみ、開拓者達は別の甘味屋で盛大に打ち上げを行った。 |