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■オープニング本文 武天のとある街に家族で診療所を営む倉橋一家は街の人気者。 貧乏人に優しく知恵を与え、金持ちにはちょっとお金に厳しいけど、診断が的確であるのがとても有名だ。 その中でも一番の人気は奥さんの葛先生。気っ風がよくて、笑顔が一番の薬という患者もいるくらいだ。 けれど、この葛先生、人より少しだけ秘密が多い。 きびきびした無駄のない動きは修行中に培われたものであるのはわかるが、端々に見える所作は優雅なものだ。 当人曰く、家を出るまでろくに字も書けなかったとだけ言っていた。 実家の話をした時の葛の表情はいつもの太陽のような笑顔は消え、ひどく寂しそうだったと誰もが言っていた。 きっと、ひどい家にいたのだろうと誰もが葛の気持ちを察し、街の人々は二度と葛の過去を聞かないことにした。 葛はそんな優しい人達に囲まれている。 春が近づいたある日、葛の旦那さんが薬がない事に気づく。 「しまったな」 「どうかした〜?」 葛が旦那さんが立っている薬棚の所へ足を向ける。 「ヨモギとシャクがないんだ。米屋のばあさんはヨモギが必要でな」 「あら、そろそろ補充しないとだめね。でも、今あの子達がいないのよね」 あの子達というのは、葛達の息子と、医学勉強のため預かっている知人の息子。現在は二日ほど離れた街に往診に行っている。 いつもその二人に山まで取りに行ってもらっているのだ。 「仕方ないわねー。私が行きますか」 ふーっと、ため息をつく葛に旦那さんが提案しだした。 「開拓者を雇ったらどうだ。志体がある彼らなら山登りは一般人よりも苦ではないだろう。それに、あの山の更に奥にはしだれ梅があるだろう。そろそろ見頃だから梅見でもしてくればいい」 「そうね。でも、あなたはいいの?」 「いいさ、お前だって疲れているだろうし、ゆっくり羽を伸ばせ」 首を傾げる葛に旦那さんは朗らかに笑う。 「まぁ、失礼ね。この乙女を捕まえて疲れてるだなんて」 夫の台詞がお気に召さなかったのか、葛は夫の耳を軽く抓る。 「二十五歳の息子がいるやつのどこが乙女だ。それに乙女なら面倒がってその辺にある箸で髪を纏めたりはせん」 じとりと、旦那さんが妻を咎めれば、葛は「間違えたのよ」と慌てているが、二十年以上連れ添っている夫にはごまかしは効かない。 「とりあえず、依頼出してくるわね!」 そそくさと家を出る妻にしょうがないなと旦那さんは困った笑みを浮かべて見送った。 |
■参加者一覧
櫻庭 貴臣(ia0077)
18歳・男・巫
神凪 蒼司(ia0122)
19歳・男・志
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
汐見橋千里(ia9650)
26歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 葛は満開の花のような笑顔で開拓者達を向かい入れてくれた。 「皆さん、いらっしゃい!」 いつも通りの元気のいい葛の声に輝血(ia5431)は心のどこかで気持ちを落ち着かせる。 「ご無沙汰してます。葛先生」 劉天藍(ia0293)が声をかけると、葛は穏やかに微笑む。 「おせわになります!」 想像以上にやる気満々なのは文目。ここに来る前に「しっかり働くんだよ、頑張るように」と主人の輝血に言われたらしい。 文目の隣には緋嵐が立っている。二人を見て、葛は輝血と御樹青嵐(ia1669)を見やる。 「いつの間に?」 「ないない」 輝血が「麻貴に続いて先生までもか」と心の中で呆れつつ神速で答えると、青嵐は肩を落とした。 違うと分かるなり、はっと気付く。 「まーー! これが噂の人妖ね!」 顔を輝かす葛に汐見橋千里(ia9650)が和登の背を推し、和登は葛の前に立つ。 「はじめましてなの」 「はじめまして、倉橋葛よ」 にこっと笑う和登に表情をほころばして葛が返す。 「ぼくはラズって呼んで。よろしくー」 「まぁまぁまぁ! 幸福の羽妖精ね!」 ラズの挨拶にキラキラ目を輝かせる葛を見たフェンリエッタ(ib0018)が微笑ましそうに見守る。 人妖達に視線を合わせる為にしゃがんでいる葛のひざにちょこんと、前足を乗せるのは風巻。「こんにちわ」といいたいのだろう。 「いいな、僕のさなちゃんじゃちょっと大きいからねぇ」 のんびりと言うのは櫻庭貴臣(ia0077)だった。 「龍ならば仕方ないだろう」 霊騎の溜息混じりに慰める神凪蒼司(ia0122)に葛がひょこっと話に加わる。 「頂上付近でお弁当予定なんだけど、君の子だけなら大丈夫よ。ただし、じっとしてもらわないとならないんだけどね」 それでもいいならだけどと、葛が付け加えると、貴臣は砂名に頂上付近の広い所にいるようにと声をかける。 ばさっと、駿龍の砂名の翼が羽ばたくのを見送って珠々(ia5322)が声をかける。 「薬草採りに行きましょう!」 元気な珠々の言葉に一行は出発した。 ありがたい事に全員が薬草採取に名乗り出てくれて葛からすればありがたい申し出だった。 「ヨモギはそちらの診療所ではどうやって使うんだね?」 「んーっと、お灸用と煎じ茶、余ったら草餅にもしておすそ分けするわ」 千里が声をかけると、葛が答える。 「お餅ですか」 ラズ、和登と一緒に図鑑を見つつ、きょとんとするのはフェンリエッタ。 「そうよ。ジルベリアではハーブというんだっけ。天儀の薬草はかなり青臭いから苦手な人はいるだろうけど」 草餅の存在は知ってはいるが、葉の香りに控えめな甘さの餡がよく合っているのは記憶している。 和登がフェンリエッタより離れてそっと摘んできた野草を千里に見せる。千里は一瞥して口を開く。 「よく似ているがそれはヤブニンジンだよ。茎に毛がない方がシャクだ」 淡々と説明し、正しい姿を和登に説明すると、和登はぷくーっと、頬を膨らませていく。 「もーいい! 和登うまく出来ないものっ」 可愛らしく口を尖らせる和登はぱっと、ヤブニンジンを落として綺麗な花が咲く方へと向かう。様子に気付いたフェンリエッタとラズワルドが目配せし、ラズワルドが羽ばたかせると、葛が彼の名を呼んだ。 千里の声が聞こえたのか、珠々の耳がぴくりと動いた。 「ヤブ‥‥ニンジ‥‥」 最後まで単語を発するのは身体が拒否しているのか、珠々が呆然としている。 「あれ、知らなかったのか」 何を今更というようにきょとんとしているのは天藍だ。彼が採っているのは薬草と籠を分けて蕗の薹の芽だ。彼の知識は実践から学んだものであり、葛も説明不要と信用している。 シノビの珠々の事だから知識としては入っているものだと思うだろうが、珠々の事情を思い出し、天藍は納得する。 「シャクは人参の葉とよく似た形状をしている為、地域ではヤマニンジンとも言う」 天藍が説明をすると、珠々が驚愕した瞳の表情を見せる。そんな恐ろしいものが存在するのかと。 恐れ怯える珠々に葉っぱ位は‥‥と心の中で溜息をつきつつ、哭月の姿を探す。少し離れた所で哭月がいたが、そのすぐ傍らには土筆の山。 どうやら、哭月の戦果のようだ。くすっと、天藍が微笑んでお礼の声をかける。 「大漁だな。ありがとうな」 御馳走を期待した哭月が一声啼いた。 とてとてと和登が花の方へと向かうのを横目に見た蒼司が首を傾げる。 葛が二人の方へ来た時に貴臣が葛にちゃんと取れてるか確認してもらう。 「うん、きちんと出来てるわ。ありがとう」 笑顔の葛に貴臣も蒼司もほっとする。 「薬草って薬や毒に使えるのは勿論だけど‥‥お菓子とか食べ物にも使えるんですよね?」 貴臣が言えば、葛が頷く。 「草餅の草って蓬だっけ。蒼ちゃんのお菓子美味しいよね」 「あら、そうなの。一度御相伴に預かりたいものだわ」 貴臣の言葉に、葛の興味は蒼司のお菓子に向く。 「持ってきている。良ければ食べてみてくれ」 控えめに蒼司が誘うと、葛は食べる気満々のようだ。 「蒼月‥‥だっけ? 佇んでいると一枚の絵の様ね」 ほうと、溜息をついた葛の視線には霊騎の蒼月が礼儀正しく待っている。さらさらとした鬣に神秘的な美しさを兼備えた蒼月は美しかった。 「その言葉を伝えると喜ぶだろう」 相棒を誉められ、蒼司はそっと表情を和ませた。 文目は輝血に叩き込まれるまま、薬草を取っている。 きびきび的確にとっていく様は主人の輝血同様無駄がない。 その隣で緋嵐がのんびりと薬草をより分けている。 そんな可愛らしい二人の人妖の姿を見ながら、青嵐は葛の先程の間違いを思い出した。 もし、輝血と心を通い合わせ、子を成すことが出来たのなら‥‥と、現状は踏み込む事も輝血を笑顔にする事もできない自分にもどかしさを感じざるを得ない。 「青嵐?」 「いえ、何も」 にこりと微笑んで作業に戻る青嵐に輝血は自分が青嵐に何をしてきているのか思い出し、瞳を暗くする。 「輝血様ー! こんなにとれましたよー!」 (「今、考えるのはやめよう」) 思考を切り替え、話しかけてきた文目の言葉の大半に気付かず適当に「はいはい」と返した。 返事をしてくれた事が嬉しいのか、文目がその嬉しさを緋嵐に伝えているが、輝血には届いていない。 「むー。内に篭ってガツガツするのって身体によくないのよね」 輝血と青嵐の方を見て難しい顔をしているのは葛だ。 「どうかしたのですか?」 首を傾げる珠々に葛は恋路って難しいわと苦く笑うだけ。 「薬草一杯取れました」 籠を見せる珠々に葛は笑顔で喜び、珠々の頭を撫でる。 「一杯取ってくれてありがとう」 無邪気な葛の笑顔に珠々は「任せてください!」と自分の胸を叩いた。 前まではこういう事があってもおろおろするだけの珠々であったが、誰かを笑顔にさせるという事がいい事と理解し、頼もしく成長している。 お花と戯れてサボっている和登を見つけたラズワルドが声をかける。 やはり、和登のご機嫌は林檎が転がるように斜めだ。 「疲れたよね。それじゃ、もうちょっと頑張れるおまじないをしてあげる」 自身の唇の前に人差し指を立てて当て、内緒だよとラズワルドが片目を瞑る。 和登に手の平を出して貰って軽い音を立ててタッチし、素早く和登のおでこにキス。日光に煌く羽が輝きを増し、それは和登に与えられた優しい幸運の光粉。 「葛先生がね、和登がとって来た薬草のありかを教えてくれてありがとうって」 「でも、シャクじゃなかったよ?」 首を傾げる和登にラズワルドがくすっと笑う。 「ヤブニンジンには根っこに薬効があるんだ。秋になったら採って薬にするって」 「そっか。次はちゃんと見つけるね」 やる気をまた出した和登にぴょんと、風巻が抱きつく。「がんばれ」と励ますように。 「ほら、風巻も頑張れって」 「うん、頑張る」 頷いた和登はまた千里の方へと戻る。 想像以上にこの時期に咲く薬草を手に入れ、葛は大喜び。 「子供だなぁ」 呟く輝血ではあるが、葛の笑顔にむずがゆい気持ちを覚える。 梅の近くには砂名が待ち構えていた。龍の大きな身体はいい目印だった。 「さなちゃん、お留守番とお出迎えありがとう」 貴臣が言えば、砂名は嬉しそうに目を細める。 砂名と共に開拓者達を迎え入れたのは枝垂れ梅だ。 満開になっており、花一つ一つが咲き開き、重厚な威厳が見える中、可愛らしさが隠れている。 「見事だねぇ」 「ああ」 まだ寒さは残れどもその美しさには一瞬でも寒いという感覚を奪われる。 「こんな所にひっそりと咲いているのか‥‥」 天藍が呟きにはフェンリエッタも同意だ。山にはあまり踏み入れた形跡がなかった。この時期はまだ冬眠時期なのか動物も心眼では感じられなかった。 「さて、梅見といきましょうか」 青嵐が声をかけると、梅のそばで花見が始まった。 それぞれがお弁当を持ってきており、殆どが皆へのおすそ分け付だった。 ついでに酒もあるが‥‥ 「とにかく貴臣からは酒を放してくれ」 きっぱり言ったのは蒼司だ。 「お酒飲まないのね」 了解した葛が頷けば、貴臣が苦笑する。 「うん、蒼ちゃんだけじゃなく、皆さんにも迷惑かけちゃうし」 前科があるようで、そっと、酒が該当者だけの前に置かれた。 春の料理が見える中、葛の興味はフェンリエッタのお弁当だった。 「ジルベリアの料理?」 「はい、お一つどうぞ」 差し出されるグラタン風ロールキャベツを葛が一つ頂く。 とろりと甘いキャベツの中にぴりっと胡椒が効いた肉団子とホワイトソースは冷めても美味しい。 「甘いけど、お肉に入ってる香辛料が合ってるのね。美味しい!」 「良かった」 気に入ってくれた葛にフェンリエッタがほっとする。 一方、珠々はお握りと山葵の葉と茎を醤油だしで漬けた物を持ってきた。 山葵の葉と茎は春だけのもの。季節その時その時を大事にするというのが粋という事を学んだ珠々がチョイスした一品。 ワクワクドキドキしつつ、ぱくりと食べてみると‥‥ 「大人は‥‥なぜ、これがいいんれひょうか‥‥」 どんどん呂律が回らなくなってきているは辛味と突き抜ける香りにやられている為。 自分には無理だと判断した珠々は青嵐の方に向かう。 青嵐は山菜を混ぜ込んだ御飯を稲荷寿司にしていたものと副菜に蕗の薹の天ぷらや菜の花のお浸しを用意していた。 「青嵐さん、お酒のおつまみにいかがですか?」 「おや珠々さん、粋なものを。御自分で?」 珠々の山葵の醤油漬けに青嵐は興味を引かれる。一口頂くと、出汁の配分が良かった。 「青嵐さん、交換しましょう」 珠々の呼びかけに青嵐は蕗の薹の天ぷらをあげた。 次に向かったのは天藍だ。彼もまた、拠点の中では青嵐同等に料理上手だ。珠々の様子に気付き、ぴーんときたようで、少し頂くと、菜の花の辛し和えほんの少しとぶりの照り焼きを分けた。 「こっちの大人の味も楽しんでみたらどうだ」 勧められるままに珠々が菜の花の辛し和えを食べると‥‥ 「‥‥大人はこれがいいんでしょうか‥‥」 天藍は黙ってもう一つ珠々が食べられるおかずを渡した。 そんなやり取りをちろりと見て哭月は天藍特製哭月用お弁当に視線を向ける。とても嬉しそうに尻尾を揺らしつつ。 仲良し従兄弟の蒼司と貴臣はのんびりと話をしながらお弁当を食べている。 機会がないと料理をしない貴臣がお弁当を作ってきた。 お握りはゆかりを混ぜたものと炊き込みご飯の二種、卵焼きに野菜の肉巻き。春野菜の浅漬け。 定番の物でも、美味しく食べてほしい手作りの気持ちはきちんと詰まっている。 「中々美味いぞ」 料理上手の従兄弟に誉められて、貴臣は嬉しそうだ。 「甘味持ってきてくれたんだよね」 ワクワクしつつ、貴臣が言えば、蒼司は後で出すと言って、お茶を啜る。 「そう言えば、母様が蒼ちゃんの事を梅のようだって言ってたよ」 垂れ梅に視線を送りつつ、貴臣が言えば、蒼司は「またか」と息をつく。 「僕も同意だね。厳しい美しさって所が」 「伯母上は本当に本当に人を花に例えるのが好きだな。貴臣の事はジルベリアのカミツレに似ていると言仰っていらしたし」 ちょっと視線をずらして蒼司も呟く。 「それがまた、的確なのが面白いのだが」 ふと、表情を和らいだ蒼司ではあるが、即座にいつもの表情に戻る。 「美しいとは思っていないが、厳しいって何だ」 詰め寄る蒼司に貴臣は微笑んで「心当たりない?」とおどけていた。 千里は稲荷寿司を持ってきていた。 醤油で炊かれた揚げに白ごまをふった寿司飯を入れたシンプルなものであるが、味付けは冷めても美味しいようにしっかりしている。 ふと、千里が視線を向けると、和登がラズワルドに話しかけていた。 「ラズ、このおにぎり、和登が握ったの」 和登がラズに差し出したのは高菜が入ったというか。飛び出しているいびつな形のおにぎりだ。 先ほどのおまじないのお礼。本当に嬉しかったからその気持ちをお握りに託す。 「ありがとう、いただくね」 にこっと笑ってラズワルドが一口頬張るととても美味しかった。 素直な感想に和登が本当に嬉しそうに微笑む。 「僕も作ったんだよ」 羽妖精のラズワルドだって料理を手伝う。 豚挽き肉の腸詰を燻して茹でた物を半分に切って両脇に切れ目を入れたカニ風飾り切りと腸詰の下半分に切れ目を入れるタコ風飾り切り。 焼くのはフェンリエッタの役目だけど。 「カニさん可愛いね。今度教えてほしいの。とても美味しい」 「うん、一緒に作ろう」 微笑ましい二人に主である千里とフェンリエッタも微笑む。 輝血は葛の隣に座り、里芋の煮っ転がしを葛に食べて貰っていた。 「うん、美味しいわよ」 嬉しそうに笑う葛に輝血は「良かった」と呟く。 普段、必要な事しか話さない輝血であったが、葛と酌をしあいつつ、最近の事をとりとめなく話していた。 いつもは話に順序だて、きちんと話を相手に伝える話し方をする輝血ではあれど、とにかく話したい事を話していた。 一番言いたかったのは青嵐に告白された事。 どう答えていいか分からないから、葛の言葉を待つ。 意外と厳しい葛だから、はぐらかされると思いながら。 「輝血ちゃんは青嵐君と一緒にいるのは嫌?」 「嫌じゃないよ」 それは確かだ。 「嫌じゃないって事を伝える事が大事よ。後は一緒に居て楽しいって思える事も伝える事もね」 「楽しいって、よくわかんない」 杯の中の酒に視線を落として輝血が素直に言うよ、葛が思案して、言葉を変える。 「緒水ちゃんって子と仲いいのよね」 「うん」 「彼女は?」 「‥‥放っとけないっていうか、一緒にいて飽きないなって」 言葉を慎重に選ぶ輝血の視線は蒼司にお菓子を分けてもらい、緋嵐と一緒にお礼を言っている文目の姿。 それを輝血と緒水を投影してるようだと葛が微笑む。 「それが一緒に居て楽しいって事。輝血ちゃんにとって、緒水ちゃんは大事な子なんでしょ」 葛の確認に輝血は頷く。 友達だという言葉を使わなかったのは輝血にしっかり自覚してほしい葛の思い。 「青嵐君にもいつか、そう思うようになれればいいなと思うけどね」 「そっか」 ちょっと納得した輝血が次に出したのは‥‥ 「麻貴がね、もしかしたら、自分の母親が葛先生かもって言ってた」 「それと、繚咲について窺がいたい」 天藍が葛の前に座り、態度を改めた。 その様子に葛は一度目を閉じ、そして微笑みを浮かべる。 「羽柴杉明様よりお手紙を頂いております。内容は三十年前に滅ぼされた土地と繚咲にて殺された当時、鷹来家次期当主の見合い相手の事ですね」 「あなたも繚咲の犠牲者と聞きました。あなたは‥‥」 蒼司のお菓子を満喫した貴臣が一緒に舞おうよと、目を輝かせておねだり。 「まぁ、貴臣の笛があるのであれば、余興に‥‥」 断る理由もないしと、蒼司が言えば、文目と緋嵐は興味津々に目を光らせる。 「おどるのですか」 「おどるのですね」 「和登も見たい」 「ほらほら、女の子達のお願いだよ〜♪」 人妖三人娘の押しもあり、二人の余興が始まる。 重厚な迫力を持つ梅の木の下で佇むのは蒼司。導くように笛を奏でるのは貴臣。幽玄な調べに乗せられていくのは可憐な舞。 「私は、繚咲が小領地、高砂の領主の娘だったの」 「じゃぁ、葛先生は見合い相手の‥‥」 天藍の確認に葛は頷く。 「では、毒殺された娘については」 「私が知る限り、繚咲の有力者の娘と聞いているわ」 「何故、毒殺されたかは」 「折梅様の時代、丁度いいその年頃の娘がいなかったようなの。でも、その次の代には何人も候補者がいてね、水面下で熾烈な応酬があったそうよ。過熱して行く応酬の中で毒殺されたの」 可憐な舞は人妖たちに可愛いと好評だった。珠々も「為になります」と勉強モード。でも、耳はしっかりと葛の話を聞いている。 「可愛い舞だったわ、次は私達がジルベリアの音を」 にこっと微笑むフェンリエッタにラズワルドがくるんと、宙返りをしてフェンリエッタの傍に。 フェンリエッタが木の幹に背を預ける様に立つ。梅に挨拶をするように上を向くのはラズワルド。 「待ちに待った春だね」 「うん」 ラズワルドの声にフェンリエッタも顔を上げる。 「君が雪と一緒に消えちゃわなくて良かったって、思ってる」 見上げたまま呟くラズワルドにフェンリエッタは目を合わせる事無く、唇を笛に当てた。 「暴走は鷹来家でも止められなかったのか‥‥」 天藍の呟きに気付いたかのように哭月が天藍の傍らに座り込む。 「‥‥どうにしろ、彼には想う人がいたしね」 それが麻貴と沙桐の母親である事は明白だ。青嵐も席に入った。 「繚咲の呪花冠とは」 「沙桐と麻貴が再会した折に付けられたって聞いたわ。沙桐に対して毒となる存在と」 葛の視線は名残雪のような舞を披露しているラズワルドの姿をとらえていた。 ラズワルドの舞が終わると、和登は軽やかに宙をすべり、舞うラズワルドを凄いと誉め、綺麗な羽を少しだけ羨む。 「いいな‥‥和登、飛べないしな」 空を飛べたらもっと、千里の役に立てるのに。 「和登、あの鳥を見立てて人魂となってごらん」 「和登、疲れているのに」 むすっと笑顔を忘れる和登は先程のおまじないを思い出す。 微かな瘴気が和登の身体を纏う。次第に少女の姿は幻のように薄れてゆき、千里の髪と似た羽根を持つ愛らしい小鳥の姿となった。 「上の方へ飛んでごらん」 千里の声の通りに上がっていくと、その景色は人妖の姿の視界とはまるで違う。 より近い空は少しだけ夕暮れを帯びて、梅と山の景色に日の暮れを伝えようとしている。 一日の終焉の近さはほんのり橙を帯びてきている様でもある。 戻ってきた和登は笑顔で綺麗だった事を伝えた。 「自分ができる事を頑張ればいい」 人妖の姿に戻った和登に千里が頭を撫でる。 誰よりも和登を理解しているのは千里なのだから。 「夕暮れだな、降りようか」 蒼司が言えば、宴は名残惜しくも終幕。 みんなが片付けて山を降りる。 「今日一晩、ウチに泊まりなさいよ。朝から草餅作るから、食べてって。相棒の皆もね」 葛が笑顔で言えば、皆が喜んだ。 「‥‥葛先生は何故、理由を聞かなかったんですか」 天藍が言えば、葛は微笑む。 「羽柴様も言ってたけど、君は心配なくらい優しいから聞けなかった。一つだけ忠告よ。繚咲の闇はまるで泥水よ。くじけた人だっている。誰かは約束だから言えないけど。進むのも引き返すのも自由よ」 葛はそれだけ言うと、心配そうに葛を見る輝血に声をかける。 「天藍‥‥」 心配そうな青嵐の呼びかけに天藍は「ああ」とだけ返事をした。 貴臣が顔を上げると。いつもこの時間なら月がいるはずなのにいなかった。 「新月だね」 「今は暗くても光は必ず差す」 先を歩く蒼司はちらりと、天藍達の方を肩越しに見た。 今宵は闇夜の中。 だが、いずれは誰の下にも光は差す。 |