【AP】きらめきの水
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/18 20:44



■オープニング本文

※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


 見上げれば雲が速く流れている。
 この世界は常時風が吹いているのだ。
 空は見事な晴天。

 ゴーグルをつけた細身の女は纏めた髪を風の思うまま遊ばせて空を見上げる。
『麻貴、見つけたか』
 ヘッドホンから聞こえる声は通信機より流れる沙桐の音。
『いいや』
 そう答えると、視界の端にハンググライダーの翼が見えた。
 強い風に揺れる事もなく見事に乗りこなしており、着地も滑らかに降りた。
『ったく、柊真の奴もよくもまぁ』
 舌打ちをするのは麻貴と呼ばれた女とよく似た男だ。
 風の音が強すぎて外では通信機越しもしくは拡声器でしかまともに話せない。
『文句言うなよ沙桐。あの子の笑顔を取り戻すためだ』
 くすくす笑いながら麻貴が沙桐を宥める。
『俺だって心配だから応じたんだ、あの子に関しては文句は言わない』
 つんっと、そっぽ向く沙桐に麻貴は更に笑う。
『それよりも、アレは多分、ここにはないよ。あるとすれば‥‥』
 沙桐が話を変えて向いた先は深い深い森だ。麻貴も同じ方向を向いて頷く。
『あの林の向こうなんだろうな』


 この世界には伝説の水が存在すると実しやかに言われている。
 話しかけるだけで水が輝き、願った者の願いをちょっとだけ叶える水。
 その名は「トゥインクル・ウォーター」

 かなりアバウトな話ではあるが、この伝承にはいくつもの話が存在する。

 ある者は美しさを手に入れ、ある者は健康を手に入れ、ある者は財産を手に入れる。

 金持ちは人を使って探し出させ、腕に自信があるものは自ら向かう。

 一度発見され、採取された水は二度とそこには湧かなく、また、科学的な解明も出来てない。
 故に捜索が年中行われている。
 

 実は表に出されてないが、逆の伝承も存在する。
 そう、醜い言葉を使った場合だ。
 水は即座に濁り、所有者に不幸を与え、姿を消すのだ。
 実際にそれで身を破滅に追い込んだ者もいるといわれている。


 麻貴と沙桐は風乗りと呼ばれるハンググライダーを使って広域に渡る調査を行う役人。
 今回は仕事とは少し違う話で動いていた。
 二人は双子であり、祖母である折梅が持ってきた仕事。
 仕事とは笑顔をなくした少女をその水でもって笑顔を叶える事。
 双子の既知の少女である為、即座に了解をした。
 その少女の名とは緒水という。
 先日、意にそぐわない結婚を迫られたのが原因で笑顔が消えたそうだ。
 心配した折梅が仕事を双子の上司である柊真に持ってきたのだ。

『そいえば、水を手に入れて話しかけるけど、ただ水を飲ませればいいのか?』
 森へ向かっている最中麻貴が声をかける。
『そうじゃないの?』
 きょとんと、沙桐が言えば、麻貴はなんだか納得してない模様。
『折角だから、なんかシャーベットとか美味しいものでやったらいい気がするんだけどなぁ』
『ぜーたくな事を‥‥』
 呆れる沙桐だが、通信機に内蔵されている警報機がヘッドフォン越しに鳴り響く。麻貴の方にも警報は入っており、二人は速度を落とし、物陰に隠れる。
『‥‥あれ、森の主かな』
『‥‥多分な‥‥』
 二人の視線の先にいたのは猫だ。
 人と変わらない背丈の美しい灰銀色の毛並みの長毛種の猫。
 二足歩行を可能としており、服も来ているしかも剣まで腰に帯刀している。
 彼を追って二匹の猫が現われ、何かを伝えている。
 主を思える猫は颯爽とその方向へと向かっていった。
 双子もその方向へとこっそり向かえば、猫と対峙している人間達がいた。
 ゴーグルをしているからよく分からないが、どうにも人のよさそうな人物ではなさそうだ。
 アーミーナイフを取り出した人間達は猫達と戦い始めた。腕に覚えがあるようだが、猫達の戦闘力は更に高かった。
 何人かが倒され、人間達のリーダー格が捨て台詞を吐いて去って行った。
 猫は特に追いかけることもなく、その後姿を見送っていた。
 双子は一度森を脱出した。

『どうやら、連中も水を狙ってるようだね』
『ああ、特徴もはっきりしてるようだし、情報屋の火宵にでも聞いてみるか』
 風を切って、二人は街へと戻った。


 情報屋火宵の話を聞けば、どうやら黒蜻蛉団とかいう窃盗団らしい。
 色んな貴重な物を奪っては闇オークションに売りさばいているとの事。
「そりゃ捕まえないとならないな」
 溜息をつく沙桐に麻貴も頷く。
「猫の主の了解も貰わないとならないな」
「じゃぁ、手を借りようか」
 沙桐が通信機を操作すると、八人に通信を流した。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
セフィール・アズブラウ(ib6196
16歳・女・砲


■リプレイ本文

 今日も晴天だが風が荒れ狂っている。
 防音に優れた研究室に籠もって書物を読みふけるのは最高の贅沢と御樹青嵐(ia1669)は思う。
 傍らの通信機が震えるなり、光を帯びテレーザーが走った。虚空に虹色の文字が描かれれると同時に通信の送り主の声が響く。
『今、俺と麻貴はトゥインクルウォーターを追っている。依頼人は折梅ばぁさま。緒水ちゃんが先日の見合いの件で参って笑わなくなって久しい。
 こっちで調べた所、どうにも森の中にあるようだ。
 森には主がいる。彼の了解を得ない限り、森の中を闊歩するわけには行かない。
 それに、森には俺達と同じくトゥインクルウォーターを狙う黒蜻蛉団がいる。手を貸してくれ』
 よろしく頼む。沙桐が最後に締めくくって通信を終えた。
 青嵐は風が吹く窓の外を見つめる。間を置かずに窓の外に一基のグライダーが風に乗って現われた。
「来ましたか」
 呟きに答えるようにドアノブの捻る音が聞こえると青嵐は肩越しに振り向いた。
「通信がきたようですね」
 ドアを開けた人物はこくりと頷いた。
「猫ならば、行かねばなりません」
 やる気に燃えるのは珠々(ia5322)。彼女は青嵐とコンビを組み、習得した技術の実験や色々な研究と技術に精を出し、時に実践するトレジャーハンター。
「トゥインクルウォーターはいい研究材料ですが‥‥緒水さんの一件は聞いてます。行きましょう」
 青嵐が言えば、珠々は頷いた。


 ここは都市部の中でも一際高いタワービルの最上階。
 部屋の主は上品な仕立ての淡いスモークピンクのスーツを着ており、机より立ち上がって窓の傍でそのはるか向こうの森を見つめていた。
「折梅様」
 静かな呼び声に折梅と呼ばれた老婆はゆっくり振り向いた。
 離れて佇んでいたのは、セフィール(ib6196)だ。プラチナの髪に透き通るブルースカイの瞳は人工宝石の輝きである事を誰が気付くか。喋っていなければ。
「セフィール、如何しました」
 人に造られたセフィールは自分から思考するプログラムを組み込まれている。
 ただ、口調だけは旧型ロボットそのものだった。
「麻貴様と沙桐様のお手伝いに参りますロボ」
 急なセフィールの進言に折梅は目を見張ると、すぐに事情を理解して優しく微笑む。
「ありがとう、セフィール」
 ふわりと笑う折梅を見たセフィールは廃棄処分されそうになった自分を引き取る際に手を差し出した幼い折梅の笑顔を思い出す。
 大きくなって顔の皺は出来たが、その無邪気な笑顔はずっと変わらなかった。
 己が護る主人の笑顔の為、セフィールはメイド服のスカートの裾を摘んで一礼した。


 都市部外れにある治療院に心の病を持つ患者がいた。
 その少女は自身の親の名誉を汚され、結婚を強要されたと聞いた。
 とある筋のトレジャーハンター達の手によって名誉を取り戻し、少女も結婚を免れたが、少女の負った心の傷は深かった。
 副院長が少女を入院させるよう手続きをしてくれた人が仲良くて担当している。
「柚乃ちゃん」
 黒い髪を夜会巻きにし、手術着に白衣姿の副院長が柚乃(ia0638)を呼ぶ。
「あ、葛先生‥‥」
 柚乃が困惑した顔で葛の顔を見ると、葛は苦笑する。
「根気よく待ちましょう!」
 葛が柚乃を励ますように元気よく笑いかける。自分達、医療関係者がそんな調子では患者とて不安になる。
 頷こうとした瞬間、柚乃の通信機が震え、沙桐の通信が聞こえた。
 通信を聞き終えると、柚乃はトゥインクルウォーターについて葛に尋ねた。葛の答えを聞くなり、柚乃は目をキラキラ輝かせた。
「でも、緒水さんの笑顔も取り戻します!」
 ぐっと決意を握った拳に込めて柚乃が駆け出した。



 麻貴と沙桐の呼びかけに来てくれたのは四人。
『あの、森の主ってどんな方なんですか』
 柚乃が尋ねると、麻貴は外見の特徴と情報で得た性格を伝える。
『中々、礼節の厳しい猫と聞いてます』
 猫に何かシンパシーでも感じているのか、珠々がやたらやる気だ。
『ともあれ、奴等がいつ来るか』
 ジープのエンジンをかける青嵐が言えば、柚乃とセフィールが乗り込む。風とホバーエンジンの力でジープが浮いた。珠々、麻貴、沙桐はそれぞれのグライダーで移動を始める。
 森が見えてくると、六人に緊張が走る。
『あ、黒蜻蛉団です』
 珠々が通信機越しに皆に伝える。
 青嵐がジープに備え付けてあるスコープを見れば、黒蜻蛉団が大きな重火器を持っていた。
『森を焼き払うつもりですか』
 秀麗な顔を顰めて青嵐が言えば、後部座席に座っていたセフィールが立ち上がる。
『セフィールさん!』
『セフィール、行きますロボ』
 驚く柚乃の静止とも取れる呼びかけに応じず、セフィールが青嵐のジープから飛び降りた。
 柚乃が悲鳴を手で押さえると、セフィールより白いジェットの煙が噴出した!
 荒れ狂う強風よりも早くセフィールのブーツのヒールより噴出されるのは加速ブースト。ジープ、グライダーを追い抜かし、目指すのは黒蜻蛉団!
 気流の安定を判断したセフィールは手にしていた長銃を構えた。
 スコープ越しに見えるは今にも重火器で森を燃やしそうだ。まだ、射程距離ではない。
 彼女に焦るという感情プログラムは備えてはいなかった。だが、旧型ロボット故の冷静さでジャストの時間を待っていた。
 セフィールの中でカウントダウンが始まる‥‥

       3
    2
 1

 ぐっと、セフィールが引き金を引くと、一発の銃弾が気流をすり抜け、そのまま大型重火器を操ろうとしていた男の肩に当たる。
『ぐわあああああ!』
 肩を抑えて男はひっくり返りだすと、他の奴等がどこから狙撃されたのか確認する。
『あ、あれだ!!』
『ロボットか! くそ! 政府か!』
 黒蜻蛉団の頭が舌打ちすると、重火器の方向を変えてセフィールに向けた。
 即座に別の子分がトリガーを引けば、銃口から青白い炎がセフィールに襲い掛かる!
 セフィールは難なく回避した。
『撃てぇええええ!!』
 気流の流れを上手く利用し、セフィールが銃弾を避ける。
『どこを見てますか』
 可愛らしい鈴の声がすると、男の一人が叫び声を上げる。肩が切り裂かれ、血が流れていた。
『どうし‥‥ぶっ!』
 近くにいた男が声をかけようとしたが、途中で誰かに顔を足で踏まれた。
 次の瞬間には別の男の腕を撃ち抜かれた。
 すとんと、地面に着地したその姿に男たちが驚いた。
 子供に愕然とする黒蜻蛉団だったが、珠々が持っている人参銃に気付いた。
『こいつ、トレジャーハンターのガットネロだ!』
『こんな子供だったのか!』
 口々に黒蜻蛉団が呟いても珠々は鼻にかける事もせず、珠々は次倒す者をなぎ倒して行く。
 ガットネロの二つ名に相応しい如くにしなやかな動きで敵を翻弄し、刀で相手の動きを抑制し、人参銃で急所にならない所を撃ち込む。
 例え、武技に優れている珠々とはいえ、大人が大勢で捕まえればどうにでもなる!
 男達が一斉に珠々に取り囲むと、男達は一斉に動けなくなってしまった。
『学問の力です』
 そう言ったのは青嵐だ。
 彼は元を言えば学者だった。理論魔術というこの世界では最も古い魔術の一つだが、科学の発達に伴い、最終的には廃れてしまった。
 青嵐がもう一度実用が可能となる事を学会に発表した途端、彼は学会から追い出されてしまったのだ。
 今、彼に残されるのは理論魔術の実用をもって学会に復讐をする事だった。
『はいはい、そこまでだよー』
 何人か倒した沙桐が相手の通信機の周波数をジャックして静止する。
『お前達を条約違反の為、逮捕する』
 麻貴が言えば、頭が剣を抜き、麻貴に斬りかかろうとした!
 だが、その剣は麻貴に届く事はなく、太股をセフィールに打ち込まれ、麻貴を狙う刀を沙桐の刀で抑え、動けなくなったその隙に珠々が思いっきり顔面を蹴り飛ばす。
 だらしなく伸びた黒蜻蛉団の頭を見て、子分達は闘争意識を手放した。
『何事だ』
 朗々とした声が全員の頭に響く。
 全員がもりの方向を見れば、そこにいたのは森の主とそのお付の猫達‥‥



 交渉は他の人にお任せしますと言って、セフィールは黒蜻蛉団を引き取りに来る役人を待つ。
 他の者達は猫の屋敷に向かった。
 猫の屋敷は人間も入れるサイズ。シンプルでありながら確りとした造りは主の中身を窺い知れるようなものだ。
 柚乃はお茶会をしたい旨を伝えると、召使の猫達と一緒に台所へと案内された。
 残りは主と共に応接間に通された。
 青嵐が交渉役となり、事情を伝えると、主は深く溜息をつく。
『貴殿等もトゥインクルウォーターを‥‥』
「はい、どうしても必要なんです」
『しかし、貴殿等が真実を言ってるとは限らん』
 人間を中々信じてはくれないのか、警戒を含めた視線を人間達に向けた。
「しかし、この森は重要な植物が多すぎます。独占ではないので‥‥ゴフ」
「主さん、見てください!」
 青嵐の不利になりかねない台詞を強制終了させた珠々が取り出したのは数々の羽根。
 珠々は主に貴重な鳥の羽根を探し集めるハンター。
 ちろりと、主が珠々の方に視線を向けると、その一つに目を見開いた。
『それは絶滅種の瑠璃鴉の羽根ではないか!』
 驚いた主の声に珠々はぱちくりと目を瞬かせるが、こくんっと、頷く。
「ここから北の林にいました。抜けるのを根気よく待ちました!」
 瑠璃鴉の羽根は抜けにくく、無理に引き抜こうとしたら、その衝撃で死んでしまうし、羽根の艶が一気に消えてしまう希少な鳥だ。
 羽根を見れば一目瞭然。抜けてから随分経っているだろうが、艶は損なわれていない。
『なんと‥‥』
 呆然と美しい羽根を主が見つめていると、ノックが響いた。
「お待たせしました」
 柚乃が声をかけると、お茶とお茶菓子を載せたカートを押したセフィールと共に部屋に入ってきた。
 引継ぎが終わったのだろうセフィールは皆の分のお茶をサーブする。
『お主、人ではないな』
 主がセフィールに言えば、彼女は頷いた。
『お主のような存在は人に迫害されかねないのに』
 きっぱり言い放つ主にセフィールの動きは止まらない。
「それでも私を信じてくださる人がおりますロボ。私だけ老いをせずにいてもあの方は笑顔で私を大事に、必要としていますロボ」
 サーブを終えたセフィールは主に向き直る。
「あの方が大事な御友人の為にトゥインクルウォーターを必要としておりますロボ。あの方にここまで来る事は出来ませんので、私が来ましたロボ」
 セフィールが言い切ると、何も話さなくなった。彼女の身の上と自身の体験がよく似ていて青嵐はそっと瞳を伏せる。
「お茶が冷めます。どうぞ」
 柚乃が勧めると、主は一口お茶を口に含んだ。
 ふくよかな茶葉の香りに優しい苦味。とても素直な美味しい紅茶だ。
『貴殿らの心根、信用する。この茶会が終われば、案内しよう』
 朗々と宣言する主に全員が喜んだ。


 森の主に案内された場所は森の更に奥。
 最初、森に入った時も圧巻されたが、深くになるに連れて、学者の青嵐も主に薬草だが、植物を学ぶ柚乃も知らない物も出てきた。
 都市部に自然の緑はない。それ故に入った人間は先人達の功とその罪深さを思い知る。
 深い緑の向こうから水の匂いが感じられる。
「この向こうだ」
 主が言えば、人間達は息をのむ。
 光もまばらな森を抜けると、太陽の光が人間達の瞳を眩ませる。
「わぁ‥‥」
 柚乃が目を輝かせて感嘆の声を上げたのは小さな湧き水だ。
 太陽の光を受けた水の飛沫がキラキラと虹色に輝いている。
『これがトゥインクル・ウォーターだ』
 主が言えば、青嵐が麻貴と沙桐の背を押す。
「私達の仕事第一段階終了です」
 穏やかに言えば、双子はこっくり頷いた。
 願いは唯一つ。

「大切な友達の緒水ちゃんに笑顔を取り戻す手伝いをしてくれ」

 双子の言葉に呼応するように水が揺らめき、ぱしゃんぱしゃんと、飛沫が立つ。
 パチパチ光るトゥインクル・ウォーターの飛沫のプリズムは眩い明るい緑色の煌きを放っている。
『誰かの為という願い事は緑色に煌くと言われている。さぁ、持って行ってくれたまえ!』
「はい、緒水さんの笑顔が戻りましたら、会ってください。とても優しい方と聞いておりますので」
 主の声に柚乃が頷いて声をかける。
『了解した。貴殿らの言葉、信じよう』
 頷く主に柚乃はポットを持って湧き水の方へと小走りで向かった。



 主達に見送られて皆は緒水が入院している治療院へと向かった。
『一人より皆で頂いた方がより美味しいのです♪』
 そう提案したのは柚乃だ。
『その通りです! あ、最近は柑橘類も出てきました。つぶつぶ果汁入りのクラッシュゼリーを作って、炭酸に入れてもいいと思います』
 更に珠々が頷けば、青嵐が炭酸水を作ると言い出した。
『シャーベット付きで他にもスイーツ作ってみようかしら。薔薇の蜂蜜があるし』
 更に思案する柚乃に珠々も麻貴も嬉しそうだ。
 皆でどんなスイーツを作るか通信機越しでわいわい決めながら治療院へと目指した。


 治療院へ戻り、皆でスイーツ作り。
 翌日、緒水がティーパーティーに現われた。
 やはり、笑顔は戻っていない。
「どうぞ、飲んでみてください」
 柚乃が差し出したのはシャンパングラスに注がれた色味の濃さと大きさの違うオレンジゼリーが入った炭酸ジュース。
 こくんと、一口飲めば、角切りのつぶつぶオレンジゼリーの甘酸っぱさと炭酸の爽やかで抑え目な辛味が口に広がる。
 刺激的な甘味に緒水は目を見張った。
「美味しいでしょう」
 柚乃の言葉に緒水は驚いたまま頷いた。
「こちらもどうぞ」
 青嵐が差し出したのはレモンシフォンケーキ。添えられてあるのはホイップクリームの上にたっぷりと蜂蜜がかけられてある。
 ふんわりと柔らかいシフォンケーキにホイップクリームと蜂蜜をつけて食べると、ふわりと口の中で広がるのは薔薇の香り。森の主が緒水の笑顔が戻りますようにと土産にくれた伝説の薔薇の蜂蜜。
「‥‥ばら‥‥」
「はい! 緒水さんに食べてほしいと言ってました」
 珠々が答えると、セフィールがそっと出したのはアイスティー。誘われるままに緒水が飲むと苦味が少なく、すっきりした後味‥‥ディンブラのアイスティー。
「‥‥みんな、おいしい」
 ほっとするような声音で泣き笑う。
「え、緒水さん、悲しいのですか!」
 びっくりした珠々に緒水が涙を指先で拭いながら首を振った。
「凄く、嬉しいの‥‥心配かけてごめんなさい」
 緒水から涙は止まらないが、ようやっと戻った緒水の笑顔に皆が喜び、笑顔となった。
 笑顔とは伝染するもの。


 ティーパーティーを終え、戻ったセフィールはお土産を主に渡す。
「ベネディツィオーネ・ディオの蜂蜜‥‥私も頂いていいの?」
 報告を終えたセフィールは緒水の伝言を伝えると、折梅は嬉しく微笑む。
「ありがとう、セフィール」
 主の心からの礼に表情を崩さないセフィールの表情が和やかになったような気がした。