悪しきものからの逃れ
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/25 20:42



■オープニング本文

 武天が里の一つ、繚咲に戻った沙桐はまず、天蓋の領主に会った。

 繚咲とは高砂、深見、貌佳、天蓋の小領地で構成される大きな土地。
 それらを纏めるのが武天でも有力志族である鷹来家だ。
 
 その一つの天蓋は繚咲を護る諜報部隊と自警部隊に仕事を担う者達が住まう領地。
 平素は農民としてあるいは薬師、医師として天蓋以外の地域に住んでいるが、その素顔は鷹来家に他の領主が反乱を起こさないかの監視。
 外敵が来た場合は即座に駆けつけ、対応するのも仕事だ。
 天蓋の領主は諜報部隊と自警部隊を纏める者となっている。


「俺の見合い相手の件で探してほしい人がいる」
 沙桐の言葉に天蓋領主は珍しく目を見張った。
「どうしたの、じいやの驚いた顔見るの初めてなんだけど」
 かえって沙桐が驚くと、天蓋領主は柔和に微笑む。
「沙桐様には心に決めた方ができたとこの爺の遠くなった耳にも届いておりますが」
 沙桐は顔を赤くしてあたふたとなったが、沙桐は一華についての情報を天蓋領主に伝えた。

 それから沙桐は天蓋領主の庵の中にて過ごしていた。
 鷹来の本家にはまだ帰っていない。
 本家に帰れば、沙桐は自由に動くことを許されない。
 天蓋領主の庵にいればまず、三領主も本家も沙桐に手出しできない。
 当主と管財人に害をなす者はいかなる人物であろうと必ず闇に消される。


 庭で素振りをしている沙桐に話しかけるのは架蓮。
 折梅は遼咲近辺で発生している失踪事件について新年よりずっと遼咲に留まっている。
 沙桐の命によって折梅の警護についている。
 沙桐は素振りをやめて汗も拭かずに折梅の手紙を広げた。
 書いてあったのは一華の後見人について。
 荒木家についてと家族構成、資産額の暫定、人格などを記してあった。
「子を為すことができず、一華さんを引き取りたいと言ってきたそうです」
「報告はそれだけじゃないんだろ」
「はい、一華さんは遼咲近くの小さな町の旅籠で目撃がありました」
 話によれば、旅籠では丁重に扱われていたらしい。
 共の者は三人で全員男。
「‥‥女がいないって事はシノビの可能性があるね」
 架蓮に差し出された手ぬぐいを受け取った沙桐が汗を拭う。



 ここはどこだろう
 気がついたら暗い部屋の中。
 頭の芯がぼうっとする。
 部屋のどこからか絶え間なく香りがする。
 混濁した意識下でどれほどの時間をかけてかわからないが、部屋は狭いもので、茶室だとわかった。
 気がついたら食事が用意されていて、それをずっと食べていた。
 排泄は戸を隔てた隣にある厠でしていた。
 香りのせいか、不潔な臭いを感じなかった。
 唯一の外界を繋ぐ戸には外から鍵がかけられていた。
 閉じこめられているのかもしれない。

 お兄様は何をしているのだろう‥‥
 はやくあいたい‥‥


 数日後、荒木家に鷹来家の使いが来る事になり、家中大わらわ。
 お供は強面の天蓋の警備隊長。
 駕籠に乗ってその使いの者が現れるとの事。
 荒木揚山が見た使いの者は背が高く、美しい女性だった。
 華やかな振袖に長い髪を纏め、簪で止めている。
 もし、これが鷹来家の見合い相手の一人だったらだめかもしれないとまで思ったようだ。
 揚山が案内すると、使いの者は警備隊長をつれて中へ入っていった。
 お茶がでてくるまで揚山は注意深く使いの者を見ていた。
 廊下より何やら騒ぐ声がする。
「‥‥っ、奥様!」
 女中の悲鳴が聞こえると同時に揚山と同じくらいの女性が現れた。
「鷹来家使いの御前だぞ!」
 叫ぶ揚山に奥方はなりふり構わず使いの女に駆け寄る。
「お願いします、秋明さんと一華さんを探してください!」
 悲鳴のような声に使いは目を見張る。
「私たちには子がおりません、鷹来家の見合い相手という名目で養子になってくださる家を探しておりました‥‥ですが、今、二人は行方をくらましていると聞いております‥‥!」
 使いの者は静かに奥方の話を聞いている。
「私、鷹来家の花嫁は興味ありません、秋明さんはとてもよい方で、一華さんをそれは大事にしておりました。私にとって、もはや二人は子供同然、どうかお願い申しあげます‥‥」
 伏して泣く奥方に嘘はない、力なくうなだれ、俯く揚山の様子に本当に心配していると使いの女は判断した。
「顔を上げてください。あなた達が本当に心配しているのは理解しました。俺も秋明さんと一華さんを助けたいと思ってます」
 女だった使いの者から男の声がでてきた。
 ちらっと、使いの者が後ろに控える警備隊長に視線をよこすと、警備隊長は長刀を使いの者に渡すと、半分ほど鞘から刀身を抜いた。
 彫ってあったのは鷹来家家紋。
「ま、まさか‥‥」
「鷹来沙桐と申します」
 身分を偽った非礼を詫びると、二人は呆然としていた。
「正直、俺はもう心に決めた人がいます。見合い相手ではありません。荒木家の関与している事業には俺からも微力ではありますが、手伝わせてほしく思います」
「正直、あの子を見合い競争に出すのは心苦しく思います‥‥」
 揚山が見合いの件より手を引く事を告げたため、沙桐は引き続き、秋明と一華の探索を心に決めたが‥‥
 その夜、庵に手紙が届いており、それは麻貴からだった。
 中身は、かねてより杉明が命を狙われており、その黒幕が秋明だったという事。
 彼もまた、別の存在に一華の身柄を脅されて行ったという事が判明した事。
 シノビの人相書きが添えられていた。

 だが、天蓋関係者にはそのような顔のシノビはいなかった‥‥


 もう、どれくらいたったのか‥‥

 気がついた時に戸を開ける習慣が付いた。


   カタ
      カチャ
    カタカタ

      カタ カチャ

 鍵の締めが甘かったらしく、戸があいた。
 暗いからきっと夜だ。
 はいずって転がるように戸から身を乗り出した。
 真っ暗な夜。
 細い細い三日月が笑ってる。

 は   は  はは

 三日月の笑い声が聞こえそうで私も笑う。

 はやく、お家にかえりたい


 山の近くの猟師は夜深くに異変がないか監視を行っている。
 異変に気付いた猟師は周囲を見ていた。
 深いところまでは行けないが、ある程度は猟犬が気づいてくれる。
「いけ!」
 猟師が叫ぶと、猟犬は駆けていった!

 猟犬が戻ってくると、紐のようなものを咥えていた。その紐を見れば、美しい蜻蛉玉の帯止め。
 泥だらけにはなっていたが、上質な物である事はすぐに窺い知れた。
 ふと思い出した猟師は数日前に聞いた話を思い出す。

 ここから離れた繚咲という土地で娘さん探しをしているという話だ。
 それくらいしか思い出せないが、この辺でこんな装飾品があるとは思えない。
 なぜなら、この山に人が住めるような場所はないはず!
 それにこの近辺ではまだ目撃情報はないが、アヤカシがいつ出てもおかしくない状況。

「戻るぞ!」
 猟師は即座に鷹来家に繋ぎを求めた。

 それからまもなく、神楽の都の開拓者ギルドに鷹来沙桐より依頼が出された。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
輝血(ia5431
18歳・女・シ
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志


■リプレイ本文

 花が一輪零れた。

 ただそれだけの話。

 三日月が嘲笑う。



「来てくれてありがとう」
 安堵するように沙桐が開拓者に言った。
「一華さんの目撃情報があってよかった‥‥」
 心配そうな憂い顔なのは真亡雫(ia0432)だ。
「君達の情報のおかげだ、彼女を助けよう」
 沙桐が雫に言えば、意志の強さが瞳に戻り、雫は確りと頷く。
 他の開拓者を見やれば、沙桐は随分久々に会う開拓者と目が合う。
「秋明さんと約束しました。一華さんを助けると」
 沙桐にきっぱりと言い切ったのは滋藤御門(ia0167)だ。
 たおやかな少年といった印象を持たれていた御門だが、意志の強さがはっきり現れていた。
 面白いと目を細めるのは溟霆(ib0504)。強く成長する者ほど面白い。
「可愛いお嬢さんを山の中に放っとかせる訳にはいかないね。美しい珠に傷かつくのをみすみす逃すのは僕の美徳に反するからね」
 彼の言葉に全員がうなづいた。


 輝血(ia5431)は以前関わっていた依頼を思い出していた。
 そういえば依頼人は折梅だった気がする。視線を向けると、その血を流れ持つ孫は雫と話していた。
「沙桐さん、御門さんと僕と一緒に探しませんか」
「うん、ありがとう」
 雫の誘いに沙桐が頷いて一緒に歩こうとしていた。
「僕は人魂で探そうと思います。真亡さんは水が流れているような所を探すと仰っているので、僕はその遠景を人魂で探そうと思います」
「わかった。宜しくね」
 三人で話をしている横では弖志峰直羽(ia1884)とオドゥノール(ib0479)が一緒に行動する為、早々に山の中へ入って行った。
「直羽、荷物を持とう」
 手を差し出したのはオドゥノールだ。小柄なオドゥノールであるが、その力は一般人の成人男性よりもしっかり力も持久力がある。
 彼女の申し出に直羽は首を振った。
「男子たるもの、女性に荷を負わせるなんてとんでもない」
 凛として言い切ったのは直羽だ。オドゥノールも直羽の決意に頷き、歩き出した。
「山を甘く見ちゃダメだと思うんだけどなぁ」
 二人のやり取りを見ていたのは溟霆だ。
「いかがされましたか」
 首を傾げる杉野九寿重(ib3226)は面白そうにオドゥノール達を見つめる溟霆の横顔を見ていた。
「いや、大丈夫かなって」
「志体はあるとはいえ、同感です」
 あっさり九寿重が言ってしまうと、溟霆は賭けにもならないねとくすくす笑う。
「超越聴覚お願いしますね」
「わかってるよ。そっちも心眼頼むね」
 二人も山へと向かっていった。
「輝血さん?」
 御樹青嵐(ia1669)が振り向くと、輝血は「今行く」と足を歩み始めた。
 自らの足で立ち上がり、進んでもらう為に‥‥


 半歩後ろを歩いていた直羽の足音が聞こえない。
「直羽‥‥っ!」
 急いで後ろを向いたオドゥノールが見たのは‥‥
 肩で息をし、膝を突いている直羽。
「だから言っただろう! 少しは仲間を頼れっ!」
 怒鳴る事など殆どないオドゥノールが直羽から荷物を剥ぎ取る。
「あ〜れ〜」
 志体があるのだから、直羽にも一般よりも力も持久力もあるが、前衛職には敵わない。
「瘴索結界頼むぞ」
「わかったよ」
 ゆっくり深呼吸をしてから直羽は瘴索結界「念」を発動させた。

「いそう?」
 溟霆が尋ねると心眼を使用していた九寿重は浮かない表情。
「射程範囲ギリギリのところでアヤカシの存在が感じられます。一華さんらしき反応はまだ‥‥」
 ふと、溟霆が上空を見上げると、両翼の小鳥があったが、黒羽に緑の瞳の鳥は御門の人魂のはず。
「九寿重君の心眼の射程ギリギリ範囲内でアヤカシの存在だけが引っかかった! もう少し奥へと入るよ!」
 溟霆が叫ぶと、小鳥はくるくると返事をするように旋回した。

 溟霆の声を超越聴覚で受け取った輝血は右斜め向こうを指差した。
「青嵐、ちょっとあの方角へ人魂飛ばして」
 輝血の言葉に青嵐は即座に人魂を発動し、輝血の指先の前に黒羽に紫の瞳の小鳥が形成され、彼女の指す方向へと飛んでいった。
 木々を抜け、向かった先にあったのはただの岩。
 湿った場所であったため、苔がびっしり生えていた。だが青嵐は見逃さなかった。
 よく見なければ分からないような下の方に手の平の跡があった事を。
 青嵐が輝血に伝えるなり輝血は駆け出し、その岩へと向かった。
 一華の姿はなかったが、手の跡はまだ残っているという所から奥へと入っている。
 残念ながら、足跡は分からない。
「あっちだ」
 手の跡から輝血が方向を選別し、更に奥へ。

「沙桐様、真亡さん、溟霆さん達は奥へと向かうようです」
 溟霆の声を人魂越しに聞いた御門が言えば、沙桐は頷く。
「雫君、アヤカシ近くなった?」
 沙桐の問いかけに雫ははっと沙桐の方を向く。
「アヤカシが一点へ走ってます。もしかしたら‥‥」
 少し青ざめた雫が言えば、沙桐と御門が頷き、三人は少しぬかるんだ地面を蹴って走り出した。

 瘴索結界を使っていた直羽もまた、オドゥノールに伝えて駆け出した。
 雫が心眼で確認したように直羽も複数のアヤカシが動いているのを確認した。
「溟霆!」
 右から溟霆、九寿重組の姿が見えた。
「気付きましたか」
 九寿重が声をかけると、直羽が指で方向を示す。
「あっち! 複数のアヤカシが一点に向かってる!」
「今、輝血君が早駆を使って先に行っているようだ」
 超越聴覚で溟霆が音を聞き、三人に伝える。
「溟霆、急いでくれ」
 ノールの言葉に溟霆は「お先に」とだけ言って速度を上げて走って行った。


 知らない足跡に気付いた
 人だ 

 本能でわかるのは人を食う存在だから

 美味く喰いたい
 早く喰いたい

 奴等も喰うのに餓えている


 どこまで歩いたのだろう

 ああ、もう寒い     うごきたくない


 走り出した輝血はアヤカシ達の後ろについた。
 右側後方より走る音がするが。足音が少ない。人間だ。
 あの足音は溟霆だろう。
 確信した輝血は更に速度を変えてアヤカシ達に気付かれないように横の木々に紛れて突き進む。
 アヤカシを追い抜いた先で暗がりの木々の中に輝血は何かに気付く。
 人だ。
 形状からして女。
 朽ちた遺体ではないのは明白。

 いた!!

「溟霆ここ」
 ぽつりと輝血が呟いた。
 一華の傍に行けばまだ生きていた。
 やつれたという感じは見受けられなかったが、疲れているというのはわかる。
「一華だね」
 輝血が言えば、彼女は微かに頷いた。
「本物の鷹来家の使いだよ」
 言葉を続けると、一華は不安そうな表情となった。
「わた‥‥」

 わたし しゅうげん あげたくない

 その言葉は輝血に確り届いた。
「一華君?」
 溟霆が到着すると、輝血が頷いて答えた。
「アイツには好きなのがいるから大丈夫」
 輝血の答えに戸惑いの表情を見せる一華に輝血は口を開いた。
「あたし達を信じるかどうかは君次第」
 そう言ったのは輝血だ。
(「今回は驚かされる事ばかりだ」)
 溟霆は輝血の後ろでそっと心の中で呟いた。
 人とは動き出すもの。
 その動き出す瞬間に立ち会えるのは何より面白い。
「輝血君」
 溟霆の呼びかけに輝血が頷く。
「溟霆は一華をお願い。皆が来るまで引き付ける」
「分かった」
 溟霆が一華を背負い、来た道を戻る。狼アヤカシはもうすぐそこだ。
 何匹かが溟霆の背を追うのを確認した輝血が走って持っていた刀で狼アヤカシの首を突く。体重をアヤカシにかけてもう一匹に両足で蹴りつけ軌道を反らせると、そのままアヤカシは吹っ飛ばされた。
 狼アヤカシ五匹。
 やれない数ではない。
 とりあえず撒くのが先決。
 輝血に三匹が飛び掛る!
 彼女の左右と上にいくつもの攻撃が飛んできた。

 長い数珠刃
 炎を纏う夜桜
 無骨な刀
 貫く黄金
 閃く白光
 アヤカシを食い破る白狐
 輝血を護る疾風刃
 
 輝血の横を掠める黄金の風に振り向けばオドゥノールが魔槍「ゲイ・ボー」を受け止めていた。
「間に合って何よりです」
「今の内に退却を」
 黒い刀を構える九寿重と大太刀を構える雫が素早く言えば輝血は頷く。
「行こう」
 沙桐が言えば全員が退却した。
 

 救出された一華は近隣の家に運び込まれた。
 まずは体が冷えているのでお湯で絞った手拭いで身体を拭く。
 これには男性陣は参加できないので叩き出される。
 輝血が確認していくと、外傷はあったがそれは山道を歩いた際に出来たものとすぐに断定出来た。
「本当に大事に扱われていたのだな」
 ぽつりとオドゥノールが呟いた。
「お怪我は弖志峰様達の治癒で何とかなりますね」
 ほっとしたように九寿重が手拭いを絞る。
 清潔な寝間着に着替えた一華は毛布や布団を被って眠ってしまった。
「でも、香の匂いはまだ取れてないね」
 輝血が静かに眠る一華の顔を見て呟いた。


 輝血と溟霆が見た一華の居場所と、青嵐が見た手の跡、帯止めが落ちていた場所を点にして線にしたのは青嵐だ
「猟師の話に寄れば、人間が踏み込むのは三合目まで、それ以上は踏み込んだ人間は現時点ではいないそうだ」
 更に直羽が情報を付け加えると見えてくるのはある一点。
「かなり険しい道ですね」
「だが、どこかに必ず形跡は残っている」
「一華さんが回復するまで土地勘を得ましょう」
 地図と照らし合わせつつ、九寿重が唸るとオドゥノールが言い切る。提案を出したのは雫だ。
 一華の眠る様子を少しだけ見せて貰って安心したのか、いつもの前を向くしっかり者の様子を取り戻している。
「それじゃ、とりあえずは決まりだね」
 直羽が言えば、何人かは頷いた。


 多少迷ったが、探索組はアヤカシを倒しつつ、目的の場所を見つけた。
 帰りの分の練力も残さねばならないが‥‥
「朽ちているな」
「猟師の話だと山の奥に住んでいたなんて記録は殆どないそうだよ」
 柱なんかを軽く叩きつつ、オドゥノールが呟くと、直羽が付け加える。
「ですが、ここを知るという事は随分古くからこの山を知っているという事」
 青嵐が周囲を眺めつつ、呟いた。
 雫が心眼を発動していたが、遠くにアヤカシだろう気配を感じただけでこの近くに気配はなかった。
「もぬけの殻って事か‥‥」
 唸る直羽だったが、更に手分けして捜索する事を提案した。
 中に入ると、やはり朽ちており、随分と人が入ってなかった形跡が見て取れる。
 だが、一華はここのどこかにいた事がわかるのは染み付いた香の匂い。
 歩いていけば、香が強くなっている方向が断定できてきた。
 こじんまりとした屋敷であるものの、間取りは中々に豪華だった。
「別荘かな‥‥」
 首を傾げる直羽だが、青嵐は更に思案を巡らせる。
「輝血さんや溟霆さんといったシノビの方の意見もほしい所ですね。隠れた所にありますし、アヤカシがいる場所にある時点でどういう意味で建てられたかも違ってきますし」
 遠くの方からオドゥノールの声がした。
 オドゥノールがいたのは茶室に繋がる場所。
「ここの入口が随分と香の匂いが強い」
 彼女の言葉通り、締められた戸の中で一華が纏っていたのと同じ香が匂う。
「香炉を探して沙桐さんに鑑定をお願いしましょうか」
 雫の言葉に三人が茶室の中に入った。
 とりあえず、畳の下に香炉があったのでそれを回収した。
「もう、日が傾いてますね。行きましょうか」
 雫が言えば、全員が山を降りた。


 輝血、御門、溟霆、九寿重は残る様子で、探索組を見送った。
「沙桐様、お話よろしいですか」
 御門が言えば、沙桐はにこりと了承する。
 御門と沙桐は家の外で話をする事にした。溟霆も輝血もいるので外敵には気付けるだろうという沙桐の判断だ。
「一華さんを見張っていた男達は繚咲の者と思ってます」
「今、天蓋の調査部隊に頼んでいる。天蓋関係者でなくても外部に雇った可能性があるからね」
 続いて御門が遼咲の三小領主の事を訪ねた。
「まず、俺と麻貴が大嫌いでばあ様が邪魔だって思ってる」
 ひらたく分かりやすく沙桐が答える。
「それと、多分一番君達が気をつけた方がいいのは高砂の領主だ」
 じっと、沙桐が御門を見つめる。
「葛先生は高砂の領主の娘って聞いたよ」
 輝血が話に入ると沙桐は目を見張る。
「聞いていた人がいたからね」
 ふいっと、輝血が顔を背ける。
「高砂領主の家は葛先生が産まれるまで三代くらい女の子に恵まれなかったらしい」
「鷹来家の嫁入りには参加できなかったのですね」
 御門が言えば、沙桐が頷く。
「優秀な人物が多くでていたし、今の領主は葛先生の兄にあたる人で彼も優秀だが、葛先生に関すると随分酷くなる」
「血の繋がった兄妹なんですよね」
 確認する御門に沙桐は穏やかに諭す。
「高砂の家は三代も鷹来家の婚姻に関われなかったんだ」
「それは、葛先生が可愛いだろうね」
 溟霆も話に参加すると、御門が察した。
「‥‥葛先生が憎くて仕方ないようだ。葛先生が父さんやばあ様の手引きで逃げた頃、執拗に葛先生を狙って殺そうとまでした」
「それでも葛先生は今のご主人と幸せなんですよね」
 確かめるように御門が言えば、沙桐は頷く。
「沙桐様も幸せになってください。家に負けないで‥‥僕はそのお手伝いに参りました」
 沙桐の幸せが誰を示しているのか三人には伝わった。
「本当に御門君は頼もしくなったね」
 微笑む沙桐に御門は麻貴に誉められているような感覚にもなり、照れくさそうに微笑んだ。


 一華のを看ていた九寿重は外から聞こえる話を聞きつつ、時折怪しいものがいないか心眼で確認を取っていた。
 あまり関わっていないが、わかるのは、一華が関わった先は随分暗い闇があるという事。
 アヤカシがいる事を考えれば、一寸先は闇‥‥死があったのではないだろうか。
 今思案するのは一華が無事であったという事への安心。
 一瞬、一華の睫毛が震えた気がした。
 ゆっくり開かれるのは薄茶の瞳。
「一華さん‥‥」
 九寿重が言えば、掠れた声でここは‥‥と呟く。
「繚咲近くの山の麓です」
 小さな声で九寿重が教えると、輝血達が部屋に入る。
「そろそろ、あたし達の仲間が戻ってくる。青嵐のお粥でも食べるといい、おいしいから」
 輝血が言えば、一華はそっと瞳を細めて返事とした。

 間もなく青嵐達が戻ると、途中で架蓮も合流した。
 一華の様子はどうしてこんなに人が自分を心配しているのか理解できてない模様。
 掠れた声であまり喋りたくないのか、筆談をしつつゆっくり話をしていた。
 オドゥノールは士道を使わなくてほっとしていたようでもあった。
 誰もが理解しているのは『一華は自分が拉致された事に気づいていない』という事。
 その事実は決して口には出せなかった。
 今はまだ必要ではない。

 架蓮が来たのは折梅から預かった文。
 理穴の杉明よりもう少ししたら、秋明を天蓋領主の管轄内で一華と共に保護をする判断を下したとの事。
 秋明の余情も考慮し、繚咲の件が全て収束するまで、事件に全面的に協力する事を条件付けて。

 そんな事も知らず、一華は青嵐が作るお粥は美味しかったのか、少しだけ笑った。