【炎華】援ずる春疾風
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/30 17:30



■オープニング本文

●理穴
 天儀歴1009年秋。
 かつて理穴の静謐は、人ならざる者の暴虐に犯される。
 灼熱と剛力を操る大アヤカシ『炎羅』率いる大群は、圧倒的な物量をもって理穴の国土の約半分をアヤカシ達の住まう聖域『魔の森』へと変えた。

 しかし、理穴の民、そして天儀の全ての国は、この暴挙を許しはしなかった。

 緑茂の里へと一大侵攻作戦を決行する炎羅率いるアヤカシ軍に対し、天儀連合は反撃の狼煙を上げた。
 儀弐王重音を中心とした王国連合に加え、対アヤカシの専門家『開拓者』までが戦線に加わる。

 圧倒的な力を振るうアヤカシ軍に対し、人類連合軍は和の力を持って対抗する。
 日夜問わず繰り広げられる激戦において、両軍は己が存続を賭け、総力を挙げて相対した。

 そして、ついに戦の幕が下りる。

 開拓者達が、首魁『炎羅』の首を取ったのである。
 大アヤカシの討伐という前代未聞の出来事により、アヤカシ達の統制は一気に瓦解した。


 そして、時は流れ――天儀歴1012年春。



 桜が満開となり、はらはらと少しずつ散り始める花が出てきている。
 理穴城の一室では羽柴杉明が自身の執務室にて決済し終えた書類を束ねていた。
 杉明の部屋は桜が見える場所であり、晴れた昼前は日差しが温かく、隙を見せると昼寝をしたくなりそうな部屋だった。
 ついこの間まで私生活であまり思い出したくない出来事があり、少し疲れたかと心中で溜息をつく。
 ひゅっと、強い風が杉明の頬を掠め、反射的に目を瞑る時に見えたのは風が桜の花弁と共に纏めていた書類を巻き上げては散らかしていた。
「なんというやんちゃな‥‥」
 苦笑しながら杉明が風が残した桜の花弁の舞が終わるのを眺めていた。
 若かりし頃から杉明が執務室で書類を書いていると、稽古に付き合えと今のような風が現われた事を思い出す。
 それは今でも変わらず肩を並べ、鮮やかな一陣の花嵐のような人物。
 ふと、杉明は思い出したように引き出しに入れていた書き留めた紙を引っ張ってくる。
「‥‥おかしい‥‥」
 紙には走り書きの書付が連ねられていた。
 日にちが空きすぎている‥‥


 杉明は伝令役等に聞きまわっていたが、確かに来ていない。
 部下達が杉明の様子に気付き、声をかけてくる。
「あやつの定期報告は来ておらんのだな」
「はい。遅れているのかと思ったのですが‥‥」
 部下の一人が杉明の質問に困惑顔で答える。目を閉じ、思案していた杉明はすっと、緑の瞳を開く。
「沙穂」
 低い杉明の声にどこからともなく一人の女が杉明の前に片膝を付いた。
「はっ」
「魔の森を見に行ってくれ」
 簡潔な命令に沙穂は返事をするよりも速く城を飛び出していった。
「羽柴様‥‥」
 部下達が不安げな表情で杉明を見やるが、杉明はその表情を見ずに沙穂が向かった方向を見つめた。
「とりあえず報告を待とう。儀弐王様には私から報告する。それまではわかってるな」
 口を開くと、部下達の方を向き指示を与える。真摯かつ、強い意志の瞳に部下達は頷き、準備が出来るように動き始めた。
 杞憂である事を祈って。


 理穴監察方四組組員である上原沙穂は早駆を使って魔の森へと向かった。
 二年半前に開拓者達の手によって滅ぼされた大アヤカシが暴れていた森だ。
 現在、魔の森を焼き払いに出ている役人がいる。
 己が兵と開拓者を率いて。
 よく見れば、森の奥の方で火の粉が上がっているではないか!
 下から発射されている火の流星は森を派手に焼き払っている。春風が更に火の勢いをあげて森を焼き、たなびくその炎は舞姫の羽衣のよう。
「‥‥!!」
 はっと、息を飲み込んだ沙穂が木の上で見たのは再生しようと少しずつ動いている魔の森だ。
 あの奥にきっといる。
 森が悶えるように動いている気がする。
 きっと、あの中にいる。
 定期連絡が途切れて長い。きっと、食料だって危うい。
 兵糧をなくした瞬間、人とは心が折れていく‥‥それは志体持ちとて同じだ。
 森は木々が再生するのではない。再生する森に見え隠れするのはおぞましきアヤカシの群れの影。
 その中に沙穂は垣間見た。
 炎の紅い身体の肌は岩のような質感。
 纏う瘴気は只のアヤカシとはケタが違う‥‥!
「‥‥炎羅‥‥!?」
 意識下よりも先に声に出した名前に確認に似たものがあったが沙穂は首を振る。
 炎羅は開拓者達の手に討たれたのだ!
 見たのは確かなのだが、報告書で見た炎羅よりは随分細い姿。
 手に持つ鞭状の炎を振り上げると黒い陰が‥‥アヤカシ達が進撃を始めた!
 その方向とは友禅軍の方だろう。

「急がなくっちゃ」
 沙穂は帰りも早駆を使い、杉明の下へと向かった。。


 杉明の執務室には杉明の部下達の他に理穴監察方四組組員、羽柴麻貴の姿もあった。
「沙穂!」
 麻貴の呼びかけに沙穂は頷き、杉明に向かって現状を伝えた。
 魔の森は少しずつ、再生していっている事。
 奥で激しい戦いが見えたという事。
「激しく戦っているだろう事が見えるならばまだ大丈夫だろう、だが‥‥心配だ」
 杉明が呟くと、部下の一人が「やはり、御心配なのですね」と口にした。
「ああ、部下と開拓者達がな」
 真顔で言う杉明に全員が心の中で「ですよねー」と呟く。
「あれは大丈夫だろうが、下手に大アヤカシとでも遭ったら他の者達が心配だ」
「自ら特攻隊長しちゃいますもんね。止めるの大変そうだ」
 麻貴の脳裏には「まだ小娘には負けんぞ!」と高笑いをしつつ、薙刀をぶん回して稽古というか、しごきというかをつけてくれた御人の思い出が甦る。

 沙穂の報告を儀弐王にも伝えた杉明は自身も兵と開拓者を率いて援軍に行きたい旨を儀弐王に進言した。
「分かりました」
 静かに儀弐王が言えば、杉明は一礼をしてその場を辞した。
 謁見を終えると、杉明は部下達に準備と依頼を出すように命じた。

 老中、袖端友禅が率いる兵達の援軍として保護と魔の森の焼き払いとアヤカシの討伐。
 尚、最優先されるのは友禅とその兵達と開拓者の保護。


■参加者一覧
音有・兵真(ia0221
21歳・男・泰
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
セフィール・アズブラウ(ib6196
16歳・女・砲


■リプレイ本文

 森に着くと、沙穂より聞いていた話より炎が強く感じた。
 攻め続けているのかと、杉明は瞳を鋭く細めて奥にいる戦友を想う。
「娘さんを借ります」
 音有兵真(ia0221)が麻貴を連れて行くと、麻貴も叢雲怜(ib5488)に声をかけて兵真について行く。
「珠々、紫雲殿。頼むぞ」
 黎乃壬弥(ia3249)が言えば二人のシノビは頷いて森の中へと駆けていった。

 魔の森とは人間の五感‥‥否、本能が拒否する死地。
 志体無き人間は瞬く間に正体を失うとも言われている。
「紫雲さん、お願いします」
 小声で珠々(ia5322)が言えば、紫雲雅人(ia5150)は頷いて扇子を開いて術を発動させる。
 写焔を特定する為の瘴索結界だ。
 淡い光がともりかけた瞬間、雅人は目眩に襲われた。
「大丈夫ですか」
 珠々が雅人を支えても彼の目眩は止まっているようには思えない。
「魔の森って、障気の固まりのような場所である事を失念してました‥‥」
「あ」
 自分達に残されたのは‥‥
「耳で何とかするしかありませんか」
「そうですね‥‥」
 とりあえず動く事を決めた雅人は珠々と足並みを揃えて兎の行方を追いはじめた。
 二人は早駆を使って写焔を探す。沙穂の話によると、写焔の近くに火兎がいるという。
 すぐに見えなくなってしまったが、辺りを気にしているようだと言っていた。
 友禅軍の動きを封じたのは火兎の働きによるものの可能性が高い。

 傍らの火兎がぴくりと動く。
 耳をその方向に向けて集中しているようでもあった。


 珠々と雅人はアヤカシの目から逃れつつ、隠れながら様子を窺がう。
 奥に入るにつれてアヤカシの密度が濃くなっている。
 
 友禅軍が近いという事なのだろうか。
 珠々が振り向くと、鬱蒼とした森が広がるばかりではあるが、上の方で鳥のアヤカシが騒いでいるような気がした。
 耳打つ珠々の言葉に雅人が顔を顰める。
 兎も角、奴等の耳を潰さねばならない。隠れる彼等の視界が捕らえるのは狒狒アヤカシの壁。かなりの数がどこか秩序を持って騒いでいる。あの中に奴はいる。
「いましたよ」
 雅人が珠々に耳打つと、珠々も兎を確認する。
 狒狒アヤカシの壁にいとも隠れる火兎の姿‥‥
 しきりに兎は音を確認している。
 確認しつつ耳を動かす兎を見た珠々はどくりと、心臓が一つ大きく高鳴った!

 気付いてる。

「早くし止めましょう」
 珠々が簡潔に言えば、駆け出し、奔刃術を発動させた!
 写焔を護り囲み、友禅軍を煽り立て甲高く騒ぐ狒狒アヤカシ達の背を蹴り、前の狒狒の肩を蹴り、頭を踏みつけ軽々と飛び上がった珠々が狙うは火兎の耳!
 
 ぴくりと確実に火兎が珠々を捉えた。
 珠々はそのまま力の限り苦無を投げた!
 苦無は火兎の耳に突き刺さり、そのまま苦無の勢いによろめいた火兎は耳を苦無と共に地に刺される。
 火兎に気付いた写焔は更に狒狒を踏み台にして森の木々の向こうへ逃げ去る珠々の姿を視界に捉えた。

 にんげん  まだ  い‥‥

 写焔に伝えきったかどうかの所で火兎の喉を八枚の刃が並ぶ手裏剣が切り裂いた。


 雅人の手裏剣が火兎の喉を切り裂いた所を確認した珠々は呼子笛を吹く。

 甲高い笛の音は麻貴達の耳にも届いた。
「その弓、戦いで使いにくいなら矢文の後に俺に返してくれてもいい」
 そう助言してくれたのは兵真だ。麻貴は頷き、借り物の雷上動に矢を番えた。
 矢の先には手紙が結わえられている。
 放たれた矢は一条の光となり、友禅軍の方へ向かった。


 小賢しい。
 人間は所詮我らの糧。
 武器を持ち、刃向かうなど愚かだ。


「兎をやったか」
 笛を聴いた壬弥が声を上げる。
「それじゃぁ、行きましょう!」
 フィン・ファルスト(ib0979)の明るい声に、ゼタル・マグスレード(ia9253)が頷く。遠くの様子はセフィール・アズブラウ(ib6196)に任せる様子だった。
「お任せください」
 静かにセフィールが送り出すと、三人は森の中へと入って行った。
 友禅軍も救い出すにはこちらも迅速に写焔を倒さねばならない。
「え‥‥」
 きょとんとしたのはフィンだ。
「アヤカシがここまで?」
 不思議に思うゼタルが見たのは鹿アヤカシが森の入り口近くまで現れていた。
「こーりゃ、兎が死ぬ前に気づかれたくせぇな」
 壬弥が舌打ち一つして刀を抜き、一歩後ろにいるゼタルが陰陽刀を抜いた。練力は対写焔と傷ついた者に使うと決めている。
「ある程度は壁になれますよ!」
 フィンが剣と盾を構えた。
「気遣い、助かる」
 ゼタルの礼と共にアヤカシ達が三人に気づき、突撃した。
 まずは一刀流でアヤカシ達の相手をしたのは壬弥だ。先の大アヤカシの討伐に参加した剛剣の使い手。
 難なく突進する鹿アヤカシの首を一振りで落とし、続けざまに足も叩き斬る。
 首と足が欠けたアヤカシは地に崩れ落ちた。
「負けないよ!」
 威勢良く剣を振り回すのはフィン。鹿アヤカシがフィンの頭めがけて前足を出して飛び上がる。
「わ!」
 反射的にフィンが盾で庇うと、前足と盾がぶつかった。その瞬間を縫って鹿アヤカシの足を斬り倒したのはゼタルだ。
「よい、っしょ!」
 フィンが盾を押すと、後ろ足をなくしたアヤカシはあっさりと後ろに倒されてフィンにとどめを刺される。
「‥‥全然、違う」
 呆然と呟くのは過去に戦った動物系アヤカシの差の事だろう。
「ここは魔の森。アヤカシ達を生み出した障気そのものだ。普段相手にしているアヤカシとは力が違う」
 専門であるゼタルが言えば、フィンは納得した。
「先に進むぞ」
 壬弥が言えば、三人は奥へ進む。


 あっと、羽柴軍が気付いた。
 森の中から立ち上がっていく紫の狼煙。
 その意味を知る羽柴軍は安堵と同時に一気に志気を上げた。
 だが、のんびり構えるわけにはいかない。勇猛果敢の友禅軍とはいえ、今までの状況は一切の予断を許されない。ここは魔の森!

 杉明に報告すると言い、珠々は戻った。
 奥の方から鹿や狼のアヤカシが四方に駆けだしている。
 動向を見る雅人も壬弥同様に他にも人間がいる事を写焔が気づいていると確信した。
 アヤカシ達の向こうから怜達の姿を確認した。麻貴が雅人に気づき、二人は目で写焔を確認し合い、頷く。
「状況は?」
 壬弥が雅人に尋ねると、足の速い狼アヤカシや鹿アヤカシが四方に走り、狒狒アヤカシが写焔の周囲を徹底して囲み始めたことを伝えた。
「随分警戒してるな」
 問題が狒狒アヤカシの牙城をどうやって突き崩すかにかかっている。
 向こうの方で何やら相談しあっているような気がする。
「出るようですよ」
 戻った珠々が言えば、前に出たのは兵真。
 一歩前に出た兵真はそのまま精神を統一し、練力を高めている。不吉の名を冠するが、兵真の仲間にとってそれは何よりもの吉兆。
 何をもって狒狒アヤカシの牙城を突き破るのか‥‥!


 珠々の報告を聞いた杉明はセフィールに声をかける。
「セフィール殿、狼煙を頼む」
「はい」
 杉明が指示を与えると、事情を知る兵士達は少しの苦笑いを含ませ、準備を始めているセフィールの手伝いをする。
 羽柴軍から立ち上がったのは緑の狼煙。

『助けてやる。向う百年感謝し続けろ』

「私等が来る間でもなく森を焼き尽くし、高笑いしていればいい」
 同じ人の上に立つ者を理解している杉明だからこそ言える激励。

 対の双眸が狙うは一番写焔に近い壁。
 傍らも矢を二本番えた。
 互いの呼吸を見計らい、二人は反撃の合図を同時に放った!
 鋭い風切りは気づく暇も与えずに二匹の狒狒アヤカシが吹き飛び、写焔の身体に当たる。
 写焔が手にしていた鞭を振り回そうとした瞬間、兵真が飛び出した!
 怜と麻貴が開けた穴のすぐ近くへ。
「露払いさせてもらう。崩震脚」
 静かな宣告と素早い型を取ると、一歩踏み出した。
 地が揺らいだとアヤカシ達は錯覚しただろう。崩震脚が生み出した衝撃波はアヤカシ達を飲み込み、そのままダメージを与える。
 何匹か倒れたりはしたが、やはり魔の森の中のアヤカシは通常よりも強化されている。
 写焔が鞭を振るうと、ゼタルが狼煙銃を、麻貴が矢文を構えた!
 迷う事無く写焔を威嚇するように放たれる矢と狼煙はしっかりと味方に届いた。
 ゼタルと麻貴の射撃は写焔の動きを一瞬でも止めるに十分な時間稼ぎだ。兵真は傍らに倒れている狒狒アヤカシの腕を掴み、自身に襲い掛かる鞭を狒狒にぶつけ、自身は後ろに飛び退ろうとした瞬間に悟った。鞭を纏う炎が伸びて兵真を襲った!
 咄嗟に腕で上半身を庇ったが、時間差で二撃目が兵真を襲う!
「ぐっ!」
 呻く声をあげて、兵真が木に背をぶつけた。
「音有さん!」
 雅人が早駆で兵真を回収し、ゼタルの方へ後退する。
「このままじゃ木が邪魔だ」
 沙穂の話以上に鞭の長さがあり、しかもいくつも鞭が波打つのでどこから攻撃が来るか分からず、軌道を読むのも一苦労。そして、炎が面倒くさい。攻撃範囲もずるいくらいだ。
 壬弥が舌打ちすると、まだ残っている狒狒を剣でなぎ倒しているフィンの援護の為、弓を自身のに持ち替えて通常射撃で援護している麻貴。
 麻貴が狙うのは不規則な鞭の波打ちの軌跡。奴は自身を護る森を払っている。
「壬弥さん」
 珠々が自分も行くと声をかけると、壬弥が前に出るぞとだけ言う。
 ゼタルが兵真の方へと駆け出す。雅人は治癒符を持つゼタルに頼んだ。魔の森がアヤカシだけの有利ではない!

 まず邪魔なのはこの森。壬弥がアヤカシに隠れるように鞭を回避していく。
 壬弥の動きの規則に気付いた珠々もそれに倣う。
「フィンちゃん、右に避けろ!」
 麻貴が声をかけると、フィンは右手に見えた木の後ろに隠れる。
 鞭が自身の源である汚染された木を焼き倒す。気付いたフィンは要領よく時に盾で炎を防ぎつつ、壬弥の指示通りに動く。
 珠々に加えて、早駆を使う雅人も手裏剣を投げつつ、写焔を挑発する。身軽なシノビ二人は慎重に鞭を回避している。
 怜も麻貴に倣って鞭の軌道を逸らしている。
 ゼタルの治癒符である程度回復した兵真も再び参加する。
「退っけ退け! 木っ端共ぉお!」
 可愛い外見とは正反対にフィンがパワフルにアヤカシを薙ぎ倒していく。
 もう一丁とフィンが駆けつけた鹿アヤカシを跳ね除けた瞬間、鞭の動きが更に変則化した!
 声を上げる間もなく、前に出ていた五人が鞭を喰らう。
 休む間もなく二陣が来る!
「固まれ!」
 ゼタルの声に全員が真中にいたフィンの方に走った!
 五人の前に出てきたのは高さ一畳半に幅七尺の黒い壁。
 即座に雅人が扇子を開き、閃癒で皆の傷を癒す。
 白壁よりは防御力はあるが、一陣の攻撃で壁が瘴気へと還ってしまう。壁が跳ねた鞭の行き先は森やアヤカシ達への散弾と化した!

 物陰から銃を構えてじっと好機を狙っているのは怜だ。
 仲間達が写焔を上手く利用して邪魔な物をある程度排除してくれた。
「これ以上時間を引き延ばすわけにはいかないのだぜ」
 渦巻くような瘴気は怜の感覚も襲う。
 眩暈が襲いかかろうとした瞬間、写焔がどこかに気を向けるように隙が出来た!
 今の機会を逃さず引き金を引いた。
 弾道を塞ぐように木がある。弾丸は木をすり抜けて急に曲がった。
 写焔の右手に衝撃が走る。
 衝撃の正体は写焔の右手が黒く焦げてぼろぼろとなっていた。もう鞭は持てまい。
 顔を歪める写焔は友禅軍方へ向けた配下のアヤカシ達を呼び寄せようとした瞬間、異変に気づいた。
 友禅軍がいるだろう場所より大きな火炎球が魔の森を払っている!
 捕らえたと思っていたのにと写焔が呆然と見上げた。
「捕らえた女神は一筋縄では行かなかったというわけだ。覚悟しろ」
 昼行灯とは平和の太陽の下だから役に立たないもの。危機という暗闇の中ならば、壬弥は何よりも頼れる。
 早駆で駆けだしたのは珠々だ。更に本針術で速度を上げ、影を発動させて刀で写焔を斬りつけた。
 写焔は珠々を払おうと腕を振るったが、紫雲の苦無と珠々の刀から散った自信の血によって遮られた。
 オウガバトルで気合いを入れたフィンも駆ける。
「燃えろ、あたしの魂‥‥奴よりも熱く強く!」
 フィンの剣は写焔の右腕を斬り落とした。落ちゆく腕は塩と化して行った。
「まだだ」
 壬弥がフィンの横から写焔に攻撃を加わり、兵真も極神点穴で直接攻撃をするが熱さに顔を顰める。極神点穴は拳で叩き込まないと意味がない。今は熱さにかまっていられない!
 写焔はフィンの頭を潰そうと手を伸ばすと、兵真がもう一度叩き込むと、写焔の手は兵真の肩を掴み、一度殴ってフィンに向けて吹き飛ばした!
 鞭を拾おうとした写焔を邪魔したのは対極の白銀の狐。鋭い爪が写焔の動きを止める。
 式神の元は障気、魔の森ならば更に動きがよくなる。
 白狐と写焔の力は拮抗して動かない。
「今だ!」
 ゼタルの声に呼応するように怜がもう一度ターゲットスコープと参式強弾撃・又鬼を使って写焔の左目に撃ち込んだ!
 頭部が欠けたのにも関わらず、まだ奴は動いている。
「終わりだ」
 壬弥が鬼神丸を水平に倒して構え、秋水を発動させる。
 白狐の間を巧く使い、壬弥は平突で写焔の首に刀を突き刺した!
 壬弥が刀を振り払うと白狐は自身の仕事を終えて消えた。
「やった‥‥」
 フィンが呟くと、麻貴は懐から笛を取り出し、三回鳴らす。
「首魁討伐」の意味だ。


 三つの笛の音が聞こえた。
 友禅軍の動きが活発になった事は明白。メテオストライクの炎と共に鬼気迫る咆哮が響き渡る。
 向こうの開拓者も手練の者達のようで杉明は安堵する。
 杉明はセフィールに魔槍砲の準備を頼むと、漆黒の十字架を持つ貞淑なる武装メイドは兵達の視線を背で受ける。
「撃ちます。射線上から離れてください」
 兵達の前に立つセフィールがそう忠告する。
 セフィールは呼吸法で息を整えて死十字から魔砲「スパークボム」を発射した。
 細い光が疾走り、着弾した途端に閃光が見えたと同時に爆発が閃光を追う!
 轟音と土煙を含んだ衝撃が森とアヤカシを呑み込んでいく。土煙が晴れると、その爆発地点には森が大きく口を開けた。
 そこは友禅軍を救出する為の入口。
「皆の者、進軍せよ!」
 セフィールの力強さに兵達の志気は更に上がり、杉明の号令と共に走り出した!
 大将をなくしたアヤカシ達だが、魔の森がまだある限り力は強い。
 兵達は追い詰められた振りをしてアヤカシ達をある程度固まらせ、逃げ出す。再びセフィールがスパークボムを発射すると、アヤカシ達は吹き飛んでいった。
「通常射撃に切り替えます」
 セフィールが銃に持ち替えると、兵達は首を傾げたが、杉明は前を向けと兵達に告げた。
 自分達が見える森が炎に飲み込まれて道が出来た。
 そこに見えるは友禅軍!
 横の魔の森から写焔を討伐した開拓者達も傷を負いながらも生還した。
 重症を負った兵真は雅人の肩を借りて歩いていた。

 疲労でふらふらの友禅がサシでの理穴頂上決戦を杉明に挑んだかはまた別の話。