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■オープニング本文 理穴の豪商である有明が捕縛された件は有明の家にも伝わっていた。 有明には正妻がおり、正妻は実家の方から勝手に離縁状をだしてしまっていた。 火宵は表向き、息子ということではない。表舞台にも出てこなく、裏で有明の事業を支えていた。 有明が捕縛される前に火宵はそのまま裏で提携している問屋や小売店に迷惑がかからないように手を回していた。 避けなければならないのは流通が滞り、一般市民の生活に支障が出ることだ。 戸籍上認められてないが、火宵は有明の息子であるのは間違いない。 誰もが有明がいなくなれば火宵が表舞台に出ると思っていたが、彼は正妻の離縁を確認した途端、有明の店を火宵は有明達の部下に渡した。 「俺には必要ない」 だが、火宵は以前武器職人や娘を浚って武器を作らせていたのは間違いなく、その武器全て火宵の手の元にある。 今でもそれらがどこにあるのかは火宵とその腹心達しか知らない事。 もし、その武器が向けるのが自分達であれば‥‥火宵の有する武力は有明側にはかなう事はない。 有明側の部下達に疑心暗鬼が広がってくる。 桜が咲き始めた頃、火宵は自分の里におり、自室前の縁側に座り、面倒くさそうな顔をしていた。 「火宵様、どうしたんですか?」 未明の言いつけで火宵にお茶と蓬餅を持ってきたキズナが声をかける。 「さっきな、有明の正妻に会うようにと言われたんだ」 火宵の言葉にキズナは一度しか見たことがない正妻の顔を思い出す。 綺麗な人であるが、怒ったように人に当たり散らしているように思える。 親戚の家にいた頃はあんな風に当たり散らされた事をキズナは思い出す。 「キズナ?」 覗きこまれるのは火宵の紫の瞳。日の光で青みがかった紫の目をしている。暗いキズナの水色の瞳とぶつかると、キズナははっとして目を見張る。 「お、思い出しただけです」 「そうか」 火宵が微笑むと、蓬餅を半分に割ってキズナに片方を渡す。 「食えよ」 「ありがとうございます」 縁側で二人が仲良く蓬餅を食べていると、くすくすと笑う声が。 「お袋」 そう火宵が言ったのは年の頃はもう四十半ば、火宵と同じ薄茶の髪に紫の瞳の女。細面で面影が火宵と似た美しい女だ。 「まぁまぁ、仲のいいこと。未明が予想していた通りね」 さあ、お食べなさいと、皿に盛られた蓬餅を差し出した。 「旭様、ありがとう」 ぱっと、キズナが笑顔になる。 「今、未明がお茶を持ってきますからね」 火宵やここの皆の優しさはキズナに笑顔を与えた。 正妻に会いに行った日、火宵は不機嫌そうだったが、キズナの顔を見た途端、笑顔となった。 火宵が正妻に会いに行った数日後、火宵は里の主力を連れて旅立った。 暫く帰らないということだった。 長くて、秋。 今年の春に火宵が主力を連れて何かをするということは里のみんなが知っていた。 ただ、何をするかは主力の者達しか知らない。 少しずつ、期間をずらして少人数ずつ移動することになっていた。 本当はキズナも行きたかったが、まだ力がない自分は足手まといになるだけだと悟り、ここで待つ事を決めた。 「お袋を頼むぞ、キズナ」 「はいっ」 頷くキズナに火宵は満足そうに頷いた。 それから暫くしてキズナは火宵の部屋に入ろうとしていた。 あまり入ってはいけないと言われている火宵の部屋。ちょっとくらい掃除しても‥‥と心の中で思いたち、中に入った。 何度か入った事があるが、色々な医学書や兵法書、果ては植物に関する書物などが沢山ある部屋。あと、様々な武器がある。 いつ見ても火宵という人物が分からないとキズナは思う。 文机を見れば、そこにあったのは「上原柊真様」と書かれた手紙‥‥ 火宵は日常に関する事になると抜けていて、曙や未明の手を焼く。この間も山で稽古をつけてもらうのに未明の弁当を忘れたりする。でも、仕事に関すると人が違うと誰もが言っていた。 上原柊真の名はキズナも知ってる。理穴のお武家様だ。 火宵とどことなく似た人で母親は旭の幼馴染にして親友と聞いた。 前に会った時、美冬も旭も相手を思い合って泣いて喜んでいた。 最近の事を聞かせてあげたい。 旭様が作ったお料理や火宵様と稽古をつけてもらった話‥‥ また、喜んでほしい。 行こう、奏生へ! 今なら野宿だって暖かい時期。 キズナは旭に置手紙を置いて旅支度をして飛び出した。 順調に進んで行き、一日で奏生というところで、キズナは違和感を感じた。 振り向くとそこにいたのは数人の男達。 帯刀している。 自分に対する殺気に気づき、キズナは身構える。実戦は‥‥初めてだ。 「死ね」 静かな男の一言が開始の合図となり、男達は刀を抜いた。 キズナは応じる気はなく、即座に逃げ去った。 「追え!」 男達が走り出すと、キズナの横を掠めてカマイタチのような風が奔り、男の一人を切り裂いた。 「子供一人に何人もか。ここをどこだと思っている、雪原一家が縄張りの三茶だ!」 飛び出してきた男がキズナを庇う。 男達はすぐに踵を返して行ってしまった。 「やれやれ、あの感じだとまた来るな。ボウズ、心当たりは?」 男がキズナに言うと、首を振る。本当に心当たりがない。 「これからどこに行くんだ。送るぞ」 「上原柊真さんにお手紙をお届けに奏生へ行きます」 男は固まると、思案してからキズナを自分の家に誘った。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
紫雲雅人(ia5150)
32歳・男・シ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
華角 牡丹(ib8144)
19歳・女・ジ |
■リプレイ本文 開拓者を迎え入れた雪原一家の者達は小動物が一気に増えたような感覚に陥らされた。 赤茶の豆柴、薄茶の猫と黒猫。 年長の黒猫‥‥珠々(ia5322)が青嵐の背中に隠れて薄茶の猫‥‥キズナを伺っている。 雪原一家で何かとキズナの面倒を見てたのは赤茶の豆柴‥‥赤垂だ。珠々の様子がまるで縄張り意識している野良猫のようでどうしてくれようかと思案している。 「何だか、可愛らしいですね」 くすくす笑っているのは白野威雪(ia0736)だ。思い出した紫雲雅人(ia5150)がキズナの前に出て声をかける。 「きちんと自己紹介してませんでしたね。記者の紫雲雅人です。宜しくお願い致します」 「よろしくお願いします」 にこっと笑うキズナに滋藤御門(ia0167)が声をかける。 「キズナ君、一人で来たのですか?」 「はい、火宵様がお手紙を出し忘れたので‥‥美冬様と会った事を旭様にお話したら嬉しいんじゃないかなって‥‥」 どうやら、勝手に出て行った事に後ろめたいのか、キズナの声がどんどん小さくなっていく。 「キズナさんは旭さんの事が大好きなのですね」 雪の言葉にキズナははっと顔を上げて「はい」と笑った。 少し離れた所にいた御樹青嵐(ia1669)はその様子を静かに見ていた。 「キズナさんの行動も計算の内ならば決して許せませんが」 「それもいずれ分かる事だよ。でも、あの火宵が子育て、か‥‥」 くつりと笑う溟霆(ib0504)の脳裏に映るのは生死の境をゆらゆら渡るあの激闘の中で苛烈な攻撃を繰り出していた男の姿‥‥それの庇護下にいる子供が今目の前にいて、自分達が護るのだ。 「とりあえずは行こうか」 輝血(ia5431)が立ち上がると、全員が頷いた。 ● 雪原一家を出る際にキズナは赤垂より何かを渡されていた。 「麻貴様はいかがしますか?」 御門の言葉に麻貴は影ながら護衛すると言い、先に裏口から出た。 正門から出るのは雅人、青嵐、溟霆、キズナ。残りは裏口からもしくはどこからか抜け出した。 「さ、行こうか」 一家の者のような着流し姿となった溟霆が言うと、四人は正門から出た。 「よりたい所があるから寄っていいですか?」 キズナの言葉に三人は頷いた。 「どちらへ向かわれるのですか?」 「赤垂から美味しいおこしを売ってるお店を教えて貰ったんです。人様の家に急に行く時はお土産を持っていくんだって、未明が言ってました」 青嵐の問いかけにキズナがはきはきと答え、「美冬様、喜んでくれるかな」と独り言を言う。 そんなキズナの姿に三人は火宵達がキズナにどう接していたのか容易に想像したが、ふと、雅人が声をかける。 「お金は持っているのですか?」 「はい、薪をたくさん割ったり、洗濯を手伝うと旭様がお小遣いをくれるんです。火宵様、たまに薪割りを忘れてたりして未明や曙に呆れられたりするんですよ」 「火宵は何をしてるんだい?」 思い出し笑いしているキズナに溟霆が首を傾げる。 「家にいる時は本ばっかり読んでます。兵法の本とかが多いです。朝は早くてお庭のお花や薬草の世話をしてます。後、寝てる所はあまり見た事がないです」 「剣の稽古とかはしてるの?」 「里の子達と一緒に僕も稽古をつけて貰ってます。凄いんですよ、十人がかりでも一撃も入れられないんです」 キラキラめを輝かせているキズナに三人は心の中でちょっとだけ前の戦闘を思い出し。あまり思い出したくないと目線をそらした。 少し離れた所で護衛をする予定の御門と雪であるが、キズナ達が街中の方へと入っていったのを確認した。 「三人の護衛がついている状態で街中で暴れる事はないでしょう。打ち合わせどおりの道なりに茶店があります。そちらで待っていましょう」 御門が雪に声をかけ、二人は四人を通り越して茶店で待つが、先に御門は人魂でキズナ達の周囲の確認をする。 どうにもキズナを見ている連中がいるようだった。だが、人数が足りないのは挟み撃ちにでもする気なのだろうか。その辺は先を行く珠々の報告待ちかもしれないと御門は見切りをつけた。 人魂で見た事を雪に言えば、彼女は神妙に頷いた。 「この間、沙桐様にお会いしましたよ」 茶店の娘よりお茶を受け取った御門が雪に言うと、彼女は少し頬を染めてしまう。 「あ、あ、あの、今はキズナさんの身の安全をですね‥‥」 慌ててしまう雪であるが、それでも御門に言いたい事があるのだ。 「気にかけてくださり、ありがとうございます‥‥中々言える機会がなくて‥‥」 真面目な雪の様子に御門は優しく微笑むがすぐさま真摯な表情となる。 「沙桐様を取り巻く闇は深く、彼の思う所ではない所で蠢きすら感じます」 繚咲の権力者の娘であった葛。 見合い相手とされた一華。 沙桐を護る折梅。 そして、沢山の武器を有し、武天と理穴で暗躍する火宵‥‥ 御門が見た沙桐は決して揺るがなかった。 「御一緒になる事を沙桐様は強く思ってます。僕は応援したくて‥‥力になりたいと思ってます。どうか、お心を強く持ってください」 穏やかな口調だが、その声音と赤い瞳は真摯であり、何者にも揺るがされる事のない想いである。 雪が最後に見た沙桐は繚咲へと戻ろうとする時に自分の頬を触れた指先の感覚、意志の強い瞳‥‥ どこかへ行ってしまうのではないかと不安に駆られかった事はない。 込上げる感情を雪はぐっと堪える。視界の端にキズナ達が歩いてくるのを捉えたのだから‥‥ キズナの近くを隠れて護衛していた輝血は御門の人魂を確認した。 輝血が見た怪しい人影は三人。キズナが言っていた刺客は六人。 どこかにいるという事を確信した輝血だが、他にもシノビの伏兵を考えて輝血は周囲を飛び回る。 ふと見えた麻貴の姿に輝血は背後から近づく。 輝血の気配に振り向いた麻貴は「輝血か」と息をつく。 怪訝そうな顔をした輝血に麻貴はなんでもないと苦笑する。 「しっかし、キズナを狙う理由ってなんだろうね」 周囲の警戒を怠らず、輝血が周囲を見る。 「そうだな、輝血ならキズナを狙うとすればどうする?」 「殺さずに人質にするか‥‥火宵の懐に入れるようだし、言いくるめて毒を仕込ませて殺すとかかな」 「使い道は結構ありそうだな。それなのにキズナを殺そうとした」 輝血が麻貴の方を向くと彼女は道の方を向いた。 「誰かの命令だとしたら馬鹿なんじゃないの」 即答する輝血に麻貴は笑うのを堪える。 「まぁ、蓋をあけるまで分からないか」 「蓋を開ける為に捕まえるんでしょ」 キズナ達の様子を見て輝血が出ようとした瞬間、ふと、足を止めて振り向く。 「殺すという選択肢をとるなら見せしめっていう意味があるよね。でも、それは殺す相手が邪魔に思えるというのが条件の一つに入ると思うけど」 「女が使う手だな。義姉上が柊真に好意を持たれていた女に狙われた事がある」 「物騒だね。梢一が守ったの?」 眉を潜める輝血に麻貴は首を振る。 「義姉上が返り討ちにしてやったさ」 「意外とやるね」 軽口を叩きつつ、二人はキズナ達を追う為に外に出た。 珠々は旅姿となり、キズナ達の前を歩いていた。 超越聴覚を使い、様子を聞いて周囲に気を配っていた。街道のある通りに行こうとした時、一人の男が珠々に声をかけた。 「お嬢様〜。ようやっと見つかった」 知らない男はお嬢様を探していたようで、はぁはぁと息を切らす。だが、珠々にはそれが演技だとわかった。 シノビだ。 後ろにいる仲間に伝えては自分達が不利になり、キズナを狙う連中に隙を与えるだろう。 「お一人で旅だなんていけません、旦那様に叱られちまう」 屈んだ男は微かな声量で言葉を紡ぐ。 「子供の一人の旅は志体持ちと分かる可能性がある。気を付けな。奴ら、お前さんに警戒している。未明に刺された傷は大丈夫か」 珠々がはっと目を見開くが、殺気を感じない。 「怒らないのですか」 「お嬢様に怒ったら旦那様に叱られます。さぁ、お供します」 偽装をしてくれるという事だろうか。珠々の中で一瞬の葛藤が走る。 「わかりました」 二人が並んで歩いていくと、珠々は怪訝そうな目を男に向ける。 「キズナは俺の事を知らない」 「火宵お気に入りの暗殺部隊だからですか」 珠々が呟くと男は頷く。 「気づくらしい。火宵様が何をしていたか、意識下では気づいていると思う」 「火宵が大好きなんですね」 珠々が言うと、男はくすりと笑った。 「そういえば、火宵が以前浚った娘さん達の家の前にお金があったようです」 「喜ぶものではないというのはわかっていらっしゃるさ。あれを見ろ」 道の向こうに刀を携えている男達が街道の方でたむろしていた。 「で、何でキズナは一人でいるんだ」 「柊真さんにお手紙を渡すためだそうですよ」 珠々の言葉に男は心底あきれた顔をした。 「またやったか」 どうやら常習らしい。 ● 三茶から奏生へと繋がる街道は中々大きく、人通りも多い。 そこで如何に捕らえるかが問題だ。 「ああ、キズナさん、ちょっと待ってください」 雅人がさっとキズナに祈りを捧げる。キズナは雅人が何をしているのか分からなく、首を傾げている。 「おまじないです。結構効きますよ」 茶目っ気をこめて雅人が片目を瞑ると、青嵐と溟霆がくすりと笑う。 無邪気に無茶をする人にはうってつけのおまじないだ。青嵐や溟霆にも同じおまじないを施す。 「ちょっとは時間稼ぎになるしね」 ちらっと、溟霆が掠めるように視界の端に入るのは自分達を狙い、追って来た男達。 それから歩いて行くと、後ろの方から御門と雪が見えた。 珠々の方を見れば、いつの間にかにいなくなっていた。 雅人が珠々の姿がない事に気付くと、前からも刀を携えた男達が来た。 挟み撃ちを狙っての事だろう。 「その子供を引き渡してもらおうか」 男の一人が刀を抜いた。 まだ人通りはある。その上の強行だ。通りすがりの旅人が「ひっ!」と短い悲鳴を上げる。 「そうは行かないよ」 雅人と青嵐がキズナを護るように立ち、敵と対峙するのは溟霆だ。 「ならば致し方ない」 その言葉が開始の合図となった。 先制して飛び出してきたのは珠々だ。奔刃術と早駆の併用で素早く出てきた。 小袖姿であるが、その機動力は誰にも負けてない。隠していた苦無で男の膝に刃を突き立てる。苦悶の表情を浮かべ、刀を振り下ろして珠々に一太刀浴びせようとするが、素早く回避され、男は膝を突いた。 更に男達が一気に走り出すと、一人の動きが鈍くなり、もう一人は金縛りにあったかのように動かなくなった。 雪の神楽舞「縛」と青嵐の呪縛符だ。 仲間の動きが止まっても男達は構わない。先にキズナを殺すのが優先される事だからだろう。 雅人がキズナを狙う男の前に出て、交戦を始める。その横からキズナを狙い、男が突きをくりだすなり溟霆が前に入り込み、彼の肩に刃が当たるが、加護結界が一度発動するも男はすぐさま二撃目をくりだす! 「無双か!」 溟霆の秀麗な顔が少し歪む。その向こうにいるのはキズナ! キズナの加護結界も発動されるが、無双はそれだけでは終わらない! 一撃目の返す刃がキズナを襲う。 即座に御門が男の刃に錆を走らせるが、この至近距離ではキズナの細首ひとつ折るのはたやすい。 深遠の瞬きが訪れた 獲物を捕らえる蛇が如く走る影。 キズナを抱き走れるだけ走る。 その距離は稼げないが、キズナの命を守るのには十分だ。 「ぐお!」 男は珠々に腹を掠められた。そして、男の手首から先がなくなり、刀が地に刺さる。 その先‥‥右手が柄をしっかり握っていた。 刃の血を振りさばき、麻貴が仲間全員の無事を確かめる。 「‥‥終わったら上原邸へ急ごうか」 男達の拘束をしつつ、溟霆が促した。 ● 上原邸に到着し、美冬はキズナの訪問をとても喜んでいた。 「さて、キズナ。君が狙われている理由を知りたい。有明派とは交流はなかったんだよね」 輝血が確認すると、キズナは頷く。派閥があったのは知っているようだ。 「最近、火宵の様子がおかしいというのはありませんでしたか?」 次は青嵐の言葉にキズナはうーんと、首を傾げる。 「火宵様、旅にでてるんです」 「旅?」 眉をひそめるのは珠々だ。 「未明達と旅に出てるんです。どこかは分かりません。長くても秋まで帰らないと言ってたので」 いる可能性があるとすれば武天だろうが、余計な情報を与えてはキズナが追いかけるかもと御門が思案しつつ、キズナに笑いかける。 「とりあえずは美冬様に会えてよかったですね」 キズナの隣に座る美冬もキズナにも会え、旭の話が再び聞けたのでとても嬉しそうな表情を見せていた。 「そういえば、旅に出る前に火宵様は有明様の奥様にお会いしてました」 あっと、思い出したキズナが言えば、溟霆がおやっと、小首を傾げる。 「会ったところを見たのかい?」 「いえ、火宵様が曙に言ってたのを聞いたのです。会いに行ったのが夜で帰ってきたのは夜半くらいです。僕、その頃はいつも寝てるんですが、目が覚めて起きたら火宵様は怒った顔をして帰って来たんです」 「火宵が?」 人を喰ったような火宵があからさまに怒るのを見たのは一度くらいだろう。 「仲悪いのですか?」 雪が直接言うとキズナはうーんと首を傾げる。 「僕は遠巻きに一度だけしか見てないのですが、奥様は火宵様に笑顔でした。他の人には笑顔で話したりしてません」 キズナは有明の事業について何も知らないようで首を横に振るばかりだった。 キズナを美冬に預け、開拓者達は上原邸で一泊することになった。 「珠々」 呼び止められた珠々が振り向くと、キズナが手を出してと言う。言われるまま警戒しながら手を出すと、色とりどりの砂糖細工を乗せられた。 「赤垂が珠々と分けてねって」 「‥‥ありがとうございます」 ぽつりと黒猫が呟いた。 開拓者達は監察方の役所に行って、柊真に報告した。 「キズナさんに会えて、美冬様、喜んでいました」 雪の言葉に柊真はよかったと笑う。 珠々が火宵の手下に会った話をする。 「となると、娘達の金は給金ってことか」 ふむと、柊真がキズナから直接受け取った手紙を手にして思案する。 「間違いないと思います」 「給金を出すなら攫う必要はないと思いますが」 青嵐が言えば、溟霆が「それはどうかなと」呟く。 「普通じゃない事をさせてるんだ。恐怖でもって従わせた方が手っ取り早いんだ。既製品を買うより安く済むからね」 ふいっと、輝血が顔を背け、雅人も目を閉じて彼女の言葉を肯定した。 「本当に火宵は戦を仕掛けるのでしょうか‥‥」 心配そうに御門が言葉を紡ぐ。 「もし、そうだとしたら全力で潰します」 真摯に珠々が言えば、麻貴はそっと俯き、誰にも気づかれずにその場を離れた。 |