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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 思い出すのは自分が監禁されていたときの事。 監禁という言葉は間違っている。 帰っていいと言われたのだ。 帰らなくていいの? とまで心配された。 でもいたのは‥‥ あいつが言ったあの台詞。 「夕陽が自分で死を選んだのは、あいつが白夜への想いに悩んでいた時に俺が言ったんだ。一生好きになる奴なら絶対離すなって。本当は受け売りだったんだ。母親からの。よーく話を聞いたら、それも受け売りだったんだってよ」 「それを言った人はな‥‥」 耳を塞ぎたかった。 後ろめたかった。 どれだけ自分が愛されているかを知っているから。 その愛に応えられる自信がないのだ。 応えるとすれば、己が身体を‥‥命を張るしかわからない。 私が羽柴家の血の流れを‥‥羽柴家直系である杉明様の姪に当たるという事実を知るものは羽柴家でも数人しかいない。 後は杉明様が懇意にしている人達。 誰もが杉明様がどこからか拾ってきた卑しき身分のものと思われている。 高貴なる羽柴に屑など要らぬ。卑しき屑は塵へと何度命を狙われたか。 絶縁した妹の娘である私を引き取る為にたったお一人で供をつけずに馬を駆けて理穴から武天に来てくれたのだ。 それからどれだけの愛情を頂いてきたか‥‥ 「麻貴さん?」 「ん? 如何した」 キズナが麻貴を気遣うように話しかけてきて麻貴は理解した。 今、自分がどんな顔をしているのか。 「すまない。小さい頃を思い出していた。さ、先を急ごう」 「はい」 麻貴はキズナを思い、少しずつ話をするように足を進めた。 「ぼく、火宵様達が帰ってくるまでおうちを護れるように強くなるために沢山修行します。料理もするようにして、あ、ぼくの名前をつけてくれたひとが教えてくれた鍋、火宵様や旭様達に好評だったんです」 「ほう」 「味噌の鍋なんですけど、また作ってって、未明に言われたんです」 誉められた事を思い出しているのか、キズナは嬉しそうに笑う。 「他にも料理覚えて未明に楽させてあげたいな。開拓者の皆にも食べてほしい」 「私も食べたいな」 「じゃぁ、戻ったら作ります。ぼくの大好きな殿様お握りも握ります」 和やかに二人が話して行くと、キズナがぴたりと止まる。 「キズナ君?」 麻貴が見たキズナは表情が凍り付いている。 「みんな‥‥旭様!!!」 走り出したキズナは早駆を使っている。 麻貴も走り出したが、シノビの早駆にはついていけない。なんとか山を抜けて出たのは炎の匂いを辿ったからだ。 顔を顰めるほどの異臭‥‥ 麻貴が見たのは里が燃やされていた。 「キズナ君! どこだ!」 麻貴が叫んでキズナを呼ぶ。 周囲を見れば交戦の後だ。 多分、襲撃されたのだろう。 ちりっと、不安を掻き立てられる。 「旭さん‥‥」 火宵が大事にしている血縁。 この里の中心人物‥‥ この里で嫌いなんて人は誰もいないと未明に言わしめた。 大きな屋敷を見つけた麻貴はその方向へと走る。 キズナが旭が無事である事を願って。 見たのはキズナが燃えあがる火の海の中に入ろうとしている所。 「キズナ君、だめだ!」 「離して、旭様は足が悪いんだ!」 麻貴がキズナを羽交い絞めにして止める。 「ダメだ、君にまで危険があれば火宵は悲しむ! 未明も曙もだ!」 叫ぶ麻貴にキズナは嫌だと暴れる。 「嫌だ、嫌だ! 旭様を助けるんだ!」 キズナが叫ぶと、燃え盛る火がキズナの眼前まで延びてきて麻貴がキズナを庇い、外套を犠牲にしてキズナを護る。 「一度出るぞ!」 キズナは同年代の子供より背も身体も小さく、軽い。麻貴に軽々と抱えられてしまう。 キズナの心の真から激情があふれる。 誰かを思う気持ちが心を突き動かした。 幼少の頃、親族にどれほど疎まれ、暴力を振るわれても一度も起きなかった事があった。 初めて心を感情を魂を突き動かす衝動。 「旭様ぁあーーーーーーー!」 それは己の無力を嘆き涙を零すという事―― 火は暫く燃え続けた。 それから二人は旭や生存者の捜索を始めた。 屋敷に旭らしい遺体はなかった。 何人かの人だっただろう塊があったが、成人男性のものに近い。 足が悪くても倒したという事だろうか。 いないという事は連れ去られている可能性がある。 「生きている‥‥のかな‥‥」 「探さねばならない。疲れているだろう。待っててくれ、手がかりがないか探してくる」 泣き疲れたキズナは動きたくなかったようだ。 里は普通の里というか、田んぼや畑らしい農村の姿が見られた。 気になる瓦礫を足でどかしつつ、生存者がいないか確認する。 微かな声が聞こえた。麻貴が掘り起こすと、少女が横たわっていた。瓦礫が上手い事彼女を守っていたが、体中火傷を負っていて最早助かる事はない事を知らされる。 「‥‥ ま ‥‥ だき さま と けい めいさまの‥‥兵が‥‥」 「それ以上喋るな」 麻貴の言葉は少女に届いていない。 更に言葉を続けている。表情が空ろなのはもう痛覚が感じられないのだろう。 「あ さひさ ‥‥ま つれて かれた‥‥きずな、だいじょうぶ‥‥かな‥‥」 「無事だ。喋るな」 少女は悲しそうに嬉しそうに表情を歪めてそのまま動かなくなった。 麻貴に静かな怒りが灯る。 もう少ししたらきっと、麻貴が信頼する開拓者達が異変に気付いて来るだろう。 必ず旭は取り戻す。 監察方として‥‥否、羽柴麻貴個人として必ずや―― |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
紫雲雅人(ia5150)
32歳・男・シ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
御簾丸 鎬葵(ib9142)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 誰もが言葉を失った。 焼け野原しかない。 時折視界を霞む黒い影は少し前までは自分達と同じ存在だったはず。 珠々(ia5322)は周囲を見回す。 嗅覚を突き刺すのはきつい油の滓。 相当の油が使用されたのだろう。 御簾丸鎬葵(ib9142)が心眼で麻貴達の居所を捜し当てると、そこは随分と大きな家の前だった。 麻貴は地べたに座り、キズナを抱いていた。 「キズナ君は‥‥」 「泣きつかれて寝てる」 滋藤御門(ia0167)が心配そうにキズナをのぞき込むと眉間にしわを寄せて寝ており、瞼は真っ赤になって腫れていた。 「‥‥拠点を決めませんか」 御樹青嵐(ia1669)の言葉に周囲を見回していた溟霆(ib0504)が振り向く。 「結構大きな町なんでしょ、宿にいるといいよ」 輝血(ia5431)が提案すると、誰もが頷いた。 連絡役はシノビ達となる。 「麻貴さん、あまり熱くなりすぎないように」 「その通りだよ。麻貴、あんたはあたし達の依頼人にして中心。とりあえずは我慢して」 紫雲雅人(ia5150)と輝血の忠告に麻貴は静かに頷いた。 その麻貴の仕草があまりにも似すぎている事に気付いた白野威雪(ia0736)が麻貴の手を自分の手で包む。 「どうか‥‥どうか、無理などはせずに‥‥」 遼咲を思い、心を追いつめていた愛しい男の姿と似ているのだ。 先に行ってくれと言ったのは雅人だった。 彼が祈り、舞ったのは閃癒。 それでなにが起こるわけでもない。 巫女ではなくシノビへと戻った自分にできる精一杯の手向け‥‥ 「‥‥自己満足だな‥‥」 悲しそうに吐き捨てた雅人が空を見上げる。 地上のこの惨状を素知らぬ振りをしているような初夏の晴れ空。 太陽の眩しさに目を細め、雅人は街へと足を進めた。 未滝家、鶏鳴家それぞれの店に潜入したのは御門とだ。 未滝家に潜り込んだのは鎬葵だ。 路銀がなくなったという事で下働きを希望したのだ。 どうにも店は只今とても忙しいらしく、製油が出来る者は全員そちらに回ってしまっているほどらしい。 油が足りてないということだ。 「力仕事なら自信あります」 鎬葵は見事な働きぶりを披露した。 真面目な性格と、時折見せる他者への気遣いが店の者達に好感を与えた。 「油とは珍重されるもの、手が足りないとなれば、ここの油はよい油なのですね」 シノギの言葉に男達は嬉しそうに笑う。 「この間も大口の注文があってな。どこかはしらねぇが、随分な儲けだったぜ」 「俺達にも特別に酒を振る舞ってくれたんだ」 「かかあやチビ達にもと、饅頭を持たせてくれたよな」 相当な儲けがあったようだ。 「信頼のあるお店なのですね」 シノギの言葉に男達は嬉しそうに笑う。 その様子を静かに珠々が天井裏から見つめていた。 シノギが引き出した情報で特におかしい様子を見せた者はいなかった。 あそこにいる者達は焼き討ちの事など知らないのだろう。ただ、油が沢山売れて喜んでいる。その油が何に使っているのか彼らが知る必要性はない。 楽しそうに土産の饅頭を持って行ったら家族がとても喜んだと嬉しそうに喋る男を珠々はぼうっと見つめて、はっと思い出して一度屋根裏部屋から出た。 麻貴に中間報告をして珠々はキズナの方を向く。 「キズナにとって旭さんっておかあさんなんですか」 珠々の言葉にキズナは首を横に振る。 「やっぱり旭様は火宵様のお母さんだと思う。ぼくには旭様も火宵様も未明も曙だっている。家族じゃないけど家族だよ」 懐かしそうに呟くキズナに珠々は俯く。 「珠々は監察方の皆では嫌か?」 「‥‥また行ってきます」 珠々は答えずに出て行ってしまった。 一方、紙問屋へ入った御門はその容姿からして随分と気に入られていた。 少しでも間取りを確認しようと御門が店の外を歩いていると、啜り泣く声が聞こえた。 声を必死に押し殺して泣く声‥‥ 失敗でもして泣いているのだろうか。よく見れば、自分と変わらない年齢の少女だった。 随分泣いていたのか、手は涙の滴で濡れ、鼻も赤い。 「如何されましたか?」 心配そうに御門が尋ねると、少女は「ごめんなさい」と涙を拭く。 「ちょっと、寂しくなって‥‥恥ずかしいよね。こんな年で」 「いえ‥‥僕でよければお話に付き合いますよ」 御門が言えば、少女はどこかを一瞬見て首を振った。 「もう大丈夫、気遣いありがとう。行きましょ。お仕事しなきゃ」 にこっと笑う少女は作りものの顔だ。 まるでシノビのような‥‥ さっさと仕事に戻る少女の背を見て、御門が何かを呟こうとしたがやめた。 もう、何度も体感している。 きっと、この店に監視しているシノビがいる。御門が信じているシノビではないシノビが‥‥ きっと、どこかで自分が信じているシノビがきっときづいてくれている‥‥そう信じるしか御門にはできなかった。 珠々と同じように御門の後を付けつつ、鶏鳴家に潜り込んでいた輝血だが、シノビの気配に気づき、屋敷の外から様子を見ていた。 奇妙に屋敷内に張り巡らされたシノビ達。その目は確実に屋敷内にあった。 鶏鳴家はこの周辺の土地を統括する小領主の親族にあたるとの事だ。 この情報は監察方‥‥柊真から与えられたものだが‥‥ふと視線を向ければ、雅人が鶏鳴家の近くを歩いていた。雅人もまた、輝血に気づいた。 少し時間を巻き戻し、雅人は聞き込みを行っていた。 地に足を着けた聞き込みでは未滝家に油の大口受注の話はあったようだが、それがどこに流れたかは分からないとの事。 その中で一つだけ引っかかったことがあった。 鶏鳴家現当主、春日と有明の奥方‥‥日依の話。 二人は親戚にあたり、年も近いことから交友もあったそうだ。 二人ともなかなかの美形であり、一緒に並ぶと雛人形のようだと年輩の者達が言っていた。 ある噂だが、春日は昔から日依に懸想をしていたのではというのがまことしやかに流れたらしい。 日依の祝言が決まると春日も親の勧めで祝言を挙げたようだった。 雅人が声をかけたのは雪だ。彼女もまた、周辺で聞き込みを行っていたのだ。 「何か掴みましたか?」 雅人が言えば、雪も似たような話を聞いており、今でも春日の方から縁を繋げているようだったらしい。 下世話な話、有明と日依の間に子供がいないのは二人の夫婦関係が冷めているからなどという話もあった。 「そういえば、御簾丸様が襲撃者の指揮を執るものが誰なのか気にされてましたね」 「ええ、それは俺も気になりますが、油の行方です‥‥が、上に行きませんか?」 雅人が指を差したのは麻貴達がいる場所。 部屋に入ってきた二人に麻貴はお茶を淹れた。 雅人と雪の話を聞き、麻貴は珠々の情報も教えた。 「十中八九、未滝家の油は鶏鳴家に流れていると思うのですが‥‥イマイチ旭さんと火宵を恨むのにピンとこないような‥‥」 多分、中に入らないと帳簿は見つからないと誰もが踏んでいた。 「そういえば、この町に偲登の出身者っていないのかな」 「え‥‥」 ぽつりと呟く麻貴に雅人と雪がきょとんとなる。 「いますよ。志体を持たない人もいますからそういう人達は有明様の縁のお店で働いてます」 里の者全員が志体持ちという確率は殆どないのだ。 雅人の脳裏に走るのは死闘で命を落としていき、追いかけるように自ら命を落とした者達‥‥ 「鶏鳴家の方も行って来ます」 立ち上がった雅人は足早に行ってしまった。 雅人が鶏鳴家に行くと、輝血が近くに忍んでいた。 「どうかしたんですか?」 「監視者がいるようだよ」 輝血が言えば雅人も警戒する。 「丁度よかった。地下牢とか確認したかったんだ、手を貸して」 「わかりました」 二人が言葉を交し合うと、即座に行動に移した。 青嵐と溟霆はそれぞれ飲み屋で賭博の紹介を受けていた。 情報通り、大きな賭場であり、身分も色々とあったようだった。 身分に合わせて遊ぶ広間も区切られているようだ。 時間をずらし、二人が入ると、溟霆は酌女の一人に声をかける。婀娜っぽい落ち着いた女で客のあしらいもよくわかっているような感じも受ける。 「兄さん、中々強いねぇ」 くすくす笑う女の声は着物の袖越しに聞こえる声。上声が掠れている。 「そうかい」 見目いい女を片手に抱き、女はどこかだるそうだった。 「どうかした?」 「何でもないわ」 そっと目を伏せる女の様子を見て溟霆は違和感に気付いた。 化粧が濃い。目の周りの化粧が。 「ここは苦界のようなところかい?」 「‥‥大切な家族を守れないこの場じゃ苦界も同然ね」 微かに嘲笑する女に溟霆は女に口付けるほどに唇を寄せて呟く。 「偲登出身?」 女の目は大きく見開き、ぎこちなく溟霆を見て、暫くすると溟霆の手を引き、奥へと歩き出した。 突き進んだ奥の更に隠し部屋の奥に連れて行かれた。 「アンタ、志体持ち? お願い、あたしの手を貸して。助けてほしい人がいるの、お金なら私のお金全部あげるわ」 小声で急いて話す女に溟霆は頷く。 「誰をだい?」 「今、鶏鳴家からとある人を嬲り殺す為の人員を何人か見繕っているの。殺される人の名前は旭」 そっと溟霆の口元が笑みへとなる。 「いいよ、どうしたらいい?」 女は手順を口にした。 青嵐もまた順調に賭けに勝っていた。 「兄ちゃん、もうやめたらどうだい。勝ちすぎて綺麗な顔に傷でもつかされたくねぇだろ」 にやりと男の一人が卑下た嘲笑を浮かべるが青嵐は動じない。周囲の男達も馬鹿にしたように声を殺して笑っている。 「女だったら俺がヒィヒ‥‥」 男が言い終わる前に男の頬に赤い髭が走った。 「何かいいましたか?」 冷水の如くの青嵐の声に更に男はかっとなり、青嵐に掴みかかろうとするが、一般人と志体持ちでは素早さが違う。 あっという間に呪縛符で男は動けなくなった。 「死ななかっただけマシだと思いなさい」 青嵐の声に全員が固まった。 「おやおや兄さん強いですね」 おっとり声の中年の男が青嵐に声をかける。 「こんな賭場よりもっと金になるいい仕事があります。やってみませんか?」 青嵐はこくりと頷いた。 男について行ったのは奥の貴賓室のようなもの。 そこにいたのは中年の男だった。随分顔が整っている。 「旦那様、こちらの志体持ちの方中々お強いですよ」 「そうか。仕事があるが受ける気はないか」 「どんな仕事ですか」 男が淡々と言うと、青嵐は同じように返す。 「人を殺す仕事だ。何、暗殺でもない。その場にいる人間を殺すだけだ。弱っているだろうからすぐに殺せるだろう」 「一気に息の根を止める役目ですか」 「そうだ、どうしても苦しませて殺す事になってな。飽きたらさっさと殺してもらいたい」 男の調子は変わらない。 「男ですか、女ですか」 「女だ。私とそう変わらんが、志体持ちでな。中々弱りにくくて困っている。元がシノビだからな」 志体持ちの頑丈さを理解しているのか、男はふうと、溜息をついた。 青嵐は引き受ける旨の言葉を口にした。 未滝家に潜り込んだ珠々は主の不在を確認し、中に入った。 未滝家、鶏鳴家の主達が会うという事はなかった。もしかしたら、焼き討ちの後だから会うのを控えている可能性がある。 用心棒代わりの志体持ちは数名いたが、シノビや志士はいなかった。 主の部屋はもう確認済みだ。 何か帳簿がないか確認する為だ。 その前に鎬葵の方に行くと、鎬葵は住み込みの娘たちと一緒に寝ていた。珠々は鎬葵の枕から少しはみ出ている紙に気付き、さっと回収した。 屋根裏部屋に走り、中を確認すると、鎬葵の得た情報があった。 大口の注文があったが、油の運び出しはその客が人を使って持って行き、その方向はバラバラであった事、鶏鳴家と未滝家の関係はそこそこ良好。有明に関してはあまりなく、火宵の件だが、鶏鳴家当主が有明の奥方に懸想しているという事で、随分と火宵に対して反発していたとの事。 有明の奥方が火宵に懸想をしていたという噂まであったとの事。 (「そういえば、キズナが有明の奥方はあまり笑わないのに火宵には笑顔を見せてたんでしたっけ」) まだ色事には知識が乏しい珠々は手紙を読みつつ首を傾げるだけで、記者をしている雅人や溟霆ならきっと、いっぱい知ってるだろうから教えてくれると思い、手紙を懐に忍ばせ、軽々と帳簿を持っていった。 無表情であるが瞳だけは「教えて、教えて」とおねだりする純真無垢な珠々に溟霆は「紫雲君よろしく」と投げられ、真面目な雅人は頭を抱えたのはまた別の話。 多分、後一刻ほど後の出来事を予感してか、雅人はぞくりと背筋に悪寒が走り、肩を竦めた。 二人は身振り手振りで手分けして様子を探る。 輝血が向かったのは地下牢だ。 旭が監禁されている可能性を考慮しているのだ。 自分達の初動では旭がどこにいるかの見当はつかなかった。輝血がやるなと思わせるほど徹底的に焼いてあり、手がかりも殆どなかった。 地下牢に着いた輝血は染み付いた異臭に気付く。 その中に新しい異臭に気付いた。石壁には手錠があり、金口には血がついていた。多分、未だ新しいがそこに誰もいなかった。 多分、拷問が行われていたのだろう。血が染み付いていた。床に近いところに血の跡があり、輝血は多分、足を重点的に狙われたと推測する。 キズナが言っていた旭の特徴に足が弱くなっているというのを思い出した。 逃げ出せないようにやられたのだろう。 ここの糸が途切れた。 輝血はとりあえず引き返し、雅人と合流した。 彼は御門の手紙を預かっていた。 御門の手紙には鶏鳴家には偲登の出身者が何人かおり、焼き討ちの事は実しやかに流れていたらしいとの事。決起を起こさないようにシノビ達が見張っているという話だ。 御門が見た少女は偲登出身で家族を殺され、旭を連れ去られた事を嘆いたようだった。 雪は麻貴やキズナが心配だったが、一切の襲撃はなかった。 今までキズナを執拗に追ってきたのに。 「対象が変わったかもしれんな」 「え‥‥」 きょとんとする雪に麻貴は困ったように笑う。 「多分、相手にとって火宵に見せ付けるという事を目的にしてるんだと思う‥‥自分はこれくらいできるんだぞって、それよりも雪ちゃん、変わったね」 「え」 急に話が変わり、雪は驚く。 「凄く頼もしくなった」 緊急事態なのに麻貴の笑みはとても柔らかだ。 「‥‥沙桐様が私の事を思ってくださっている事を知り、私も覚悟を決めました。皆さんに甘えてばかりじゃいられません」 「私の義理の妹か‥‥自慢したいな」 寂しそうに言う麻貴の意図に気付いた雪は微笑む。 「きっと出来ます。どうか、皆さんを、沙桐様を信じてください」 「ありがとう、雪ちゃん」 雪はそっと麻貴の手を握った。沙桐とは本当に双子だと思う。こんな所まで似ているのだから。 それぞれの情報を抱え、開拓者達が麻貴達の下へと戻るまであと少し‥‥ |