【誘架】燻りの慄火
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/19 22:36



■オープニング本文

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 大事なものは最期まで離してはいけないよ。

 身分違いの恋いに疲れ、それでも尚恋しいと泣いていた私に諭してくれた声は三十年経った今でも忘れることなど出来ない。
 自分より年下の元服になったばかりの子供に諭された。
 開拓者をやっていたのもあるのか、随分と聡明な子供だと思ったのは彼の家系にも関係することだろう。
 勝手に用意される見合い相手から一人を選ばないとならないと聞いている。
 その子にはどうやら心に決めている人物がいるのだとか。
 相手は同じ開拓者で同じような境遇の子らしい。
 まだ成就はされていないようであるが、必ず射止めると断言していた。
 強い心に私の気持ちも引っ張られるように立ち上がれた気がする。
 とにかくこの恋がどうなろうが私はあの方を守る事を決めたのだ。
 そして、あのアヤカシの襲撃‥‥
 親友の美冬と共にあの方と共に逃げ出した。
 いつか、再興すると三人で誓ったのにあの方はアヤカシに殺された。
 アヤカシに鏡ごと真っ二つにされた。
 あの方が私の想いに気づいてはいなかっただろうけど‥‥
 美冬と離れて苦界にいた時も片時もあの方を忘れなかった。
 有明に身請けされて火宵を授かり、私の望みを火宵に託した。
 あの子ならば‥‥類希なる戦闘能力、統率能力できっと‥‥
 そう思っていたら、美冬によく似た男が火宵の側にいた。まるで私と美冬のようでとても懐かしかった。
 火宵に調べてもらって美冬の子と分かった時は泣いて喜んだ。火宵は殺そうとしていたけど‥‥私が止めた。
 本当はあの子と火宵が並んで立って戦ってほしかったけど、彼は監察方の為に育てられた者。倫理の知に長けているが倫理に縛られ、盾とする事で愛する者を守ろうとしている。
 火宵はその逆。倫理を理解し、倫理をものとせず、願いのためならば非人道的な事も出来る。
 それが許されることではないのはわかっているけど、私の願いを成就するにはそれが必要なのだ。
 ひどい親だと分かっている。
 自分に出来る事は火宵の動きを妨げる者の気を引く事。
 そう、今、目の前で私に拷問をかけている者の気を引くこと‥‥
 目の前の者は親ほど離れた火宵をどういう想いをしているのか知っている。
 あの子がいない今、火宵にとって何より優先するのが私とキズナ。
 美しい顔を歪ませて、小鳥のサエズリの如くの声に似つかわしくない言葉を言わせて‥‥
 私の弱点だと思われる足は血だらけ傷だらけ‥‥
 痛みより気持ちの悪い感覚だけが神経を揺さぶる。
 くらりと目眩がうが、表情を崩すほどでもない。

 愚かね‥‥

 感情を持たない目で見やれば、殴られた。
 死んだっていいのだ。
 私の願いが成就されるのであれば‥‥
 正直、殺されるなら、美冬の手で死にたかった。



「里が焼き討ちだと」
 感情を押し殺した火宵が振り向いた。
「焼かれたのは私がサイドに着く数日前、屋敷には旭様、キズナらしい姿はありませんでした」
 報告したシノビに火宵はそうかとだけ言った。
「火宵様‥‥もしや‥‥」
 曙が言うと火宵は舌打ちをした。
「そのもしやだな」
「火宵様、行ってください。まだ時間はあります」
 未明が更に言うと、火宵は瞳を閉じてすぐに紫の瞳を開く。
 その目は怒りに燃えている。
「暫し頼むぞ」
 未明、曙の頷きは理解している火宵は早駆を使って走り出した。
 

 開拓者達が戻ってきて、仕事を持ってきたと二人は言った。
 旭を殺す仕事と、旭を痛めつけるが救出してほしいという仕事。
「どうする?」
 麻貴の反応を確かめるように首を傾げる開拓者に麻貴はゆっくりと息を吐いた。
「私ならば反撃の機会と思う。敵の懐に飛び込み、旭さんを奪取する‥‥が、これについては皆に任せる」
 きっぱり言う麻貴に一人の開拓者がため息をつく。
「あのねぇ、あんたが大将なんだよ」
「分かってるさ。だからこそ、皆の動きやすいようにしてほしい。私もキズナも合わせるから」
 咎める声に麻貴が微笑んで返した。
「しかし、旭様は今、いずこに‥‥」
 旭の安否を心配している開拓者に麻貴はため息をつく。
 未滝家も鶏鳴家にも旭はいなかった。ただ、鶏鳴家の地下牢には誰かがいた形跡があった。
 焼き討ちにあった偲登で麻貴が聞いた少女はその二家が確認されていた。
 だが、他にも有明の部下が参戦していたのだろうか‥‥
「旭さんを殺そうとする者はどこから旭さんを連れてくるかは言ってなかったんだっけ」
「ええ、知る必要はないと。そちらは」
「こっちもだよ。紹介してくれた女性は知らなかったようでね」
 肩を竦める開拓者に麻貴はため息をついた。
「多分、旭さんと一緒に屋敷に火を放つんだろうな‥‥何度か監察方が入って情報を探したがあまり芳しくなくてな」
「二家を押さえれば何か出てくといいのですが‥‥」
 思案する開拓者に麻貴はゆっくり頷いた。
「第一に優先することは旭さんの保護だ。よろしく頼む」
 しっかりとした声で麻貴が言うと、開拓者達は頷いた。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
御簾丸 鎬葵(ib9142
18歳・女・志


■リプレイ本文

 開拓者達は再び足を踏み入れた。
 今度こそ旭を助ける想いを持って。

 キズナを心配していた白野威雪(ia0736)は意外と落ち着いていたのでほっとしていた。
 応援はと聞いたら、沙穂が来てくれていた。
 雪は麻貴を見て不安に駆られる。
 無茶はしないでほしいと願わずにいられない。

 滋藤御門(ia0167)は再び鶏鳴家へと向かっていた。
 はやり、奇妙な視線を感じる。
 また仕事をして更なる信頼を得て情報を掴む事。
 ふと、御門が視線を向けた瞬間、歩いてきた少女に気付く。
 前に下働きに来ていた時、家族を亡くし、旭を案じていた少女だ。なんとかシノビの耳を潜り抜けて聞き出したのだ。
 微笑む少女の瞳はまだ暗い。
「お話をしてもいいですか」
 御門が尋ねると、少女は辺りを確認し、頷いた。
「僕は縁あって旭様を助け出そうとしています。もし、旭様を助け出そうとしているのな‥‥」
 御門の言葉は少女の手によって遮られる。
「‥‥反逆を企てないように今、シノビが目を光らせているの。企てようとした仲間がこの間殺されたの」
 少女の言葉に御門は言葉を詰まらせた。
「でも、信じるわ。貴方、本当だと思うから」
 笑顔の少女からころりと涙が零れた。そしてか細く訴えた。
 旭様を助けてと。


 御樹青嵐(ia1669)が御簾丸鎬葵(ib9142)を連れて行った先は自分を雇った男の所。
「腕利きを探しているなら彼女も使えますよ」
「ほう」
 鎬葵は前に未滝家で働いていた事もあり、気付かれないようにシノビ達より変装をかけられていた。
 未滝家で見かけた者がちらほらをいたが、中々に上手い事化けていたようで気付かれなかった事に鎬葵は心の中でほっとしていた。
 男は未滝家との繋ぎ役の鶏鳴家側の人間のようだった。
 鎬葵の拵えや背筋姿勢を確認すると軽く頷いた。
「よろしい。お願いしましょう」
 男が頷くと、うらぶれた身形をした溟霆(ib0504)が入ってきた。
「彼はウチの酌女が見立てた男でね」
「そうですか」
 三人は特に挨拶もせず、関心も持たなかった。
 余計な詮索はされないのが一番だから。
「そういえば、目的の人物はどこでやるのですか?」
 ちらりと青嵐が言えば、男があっさりと教えてくれた。
「この先にある屋敷の庭ですよ。何が来るか分からないので、周囲にも監視の目をつけます。早く終わればいいのですがね」
「人一人くらいなら簡単ですよ」
 腕を疑われているのか、少しむっとしたように青嵐が言えば、男は手を振る。
「飽きた所で貴方に殺して貰うんです。飽きられなければそのまま死ねばいいのですから」
 にこりと男が言えば、溟霆がなるほどねと頷く。
「では、明後日、朝にここに来てもらいましょう」
 男はそう言って三人を帰した。


 その頃、輝血(ia5431)、珠々(ia5322)、紫雲雅人(ia5150)は有明の屋敷に潜り込んでいた。
 何人か武器を携帯した用心棒らしき男達が中にいたが、ひっそりとして静かだ。
 柊真が示唆した用心棒の詰所には特に人は居らず、三人は更に奥へと入る。殿は輝血だ。
 先を進むのは雅人。奥へと足を進め、珠々がぴくりと反応する。雅人に手振りで伝えると、彼は頷いて更に奥へと急いだ。
 暗く光も射さない場所であったが目を凝らすとなんとか人影が見えた。
 浅いが呼吸が聞こえたからだ。
 旭がいる場所は更に三人入っても余裕があった。一見、四方土壁であったが、シノビ達はどこに戸があるかわかっていた。
 旭を確認した輝血はその場を離れた。輝血は建物内から外へと繋がる経路を探していた。
 確実にこちらと同じくらいの数で戦える者達がここに来るだろう。
 勝てるとは思うが、いかに効率よく怪我をしている旭を連れ出せるか‥‥
 逃がす算段をつけた輝血は先に屋敷の外にでて残りの二人を待つ。

 疲弊していた旭はひどく辛そうにこちらを見た。
 座れないように壁から繋がれている鎖にそれぞれ両手を繋がれ、手首を固定する錠に触れているところが擦り傷となって出血していた。
 全身に傷があり、主に足が酷く、見るに耐えない。
「あなた達は?」
「俺達はあなたを救い出す為にきました」
 旭はすっと目を細める。
「貴方達、開拓者ね‥‥」
 一目で見抜いた旭に二人の瞳が見開かれる。
「火宵が言ってた開拓者に‥‥黒猫と書生のような男‥‥巫女の技を使っていたからシノビとは、意外だったわ」
「‥‥シノビから逃げてた時もありました」
 すっと、雅人が目をそらすと、旭はくすりと微笑む。珠々は「また‥‥」と言って元来た道を戻る。
「さて、今回、春日と日依が貴女を殺害せんと腕に覚えのある者達を雇っているそうです。俺達の仲間が潜入してます。貴女が殺される日、俺達が貴女を救い、逃げますのでどうか抵抗せぬように」
 最後が怖いのだ。瀕死でも相手は火宵の母親なのだから。 
「私に生きる価値なんてもうないわ」
「貴女になくても俺達にはあります。貴女が生きている事を泣いて喜んだ人だっているのですから」
 雅人がそれだけ言うと、彼も元来た道を戻った。


 戻って来たシノビ達は情報を伝えた。
 まずは旭が生きている事。
 逃走経路をいくつか押さえている事。
 中に志体持ちはいれども、心眼使いの志士はいなかった模様だが、何人か寝ていた事を珠々は確認していた。
 仕事組も予定の場所や更に周辺の警備のことについても口にした。
 火宵を意識しての事は明白だ。
 予定はそのままで行く事になった。



 当日、仕事組が先に入り、後は突撃班‥‥
 梅雨も明けそうなこの時期の晴れた日は酷く暑い。
 監視役を言い渡された男は面倒くさそうにあくびをした。
 ふわりと、微かな風を感じた男が上を向くと、黒い影を見、首に回される細い腕に軽々と締められてしまった。
 暑さと首の締めで意識が遠くなり、男はそのまま倒れてしまった。
「首尾は?」
 柊真の声が聞こえると輝血は男をそっと離して両手を縛る。
「粗方。後は珠々達が仕留めたみたい」
「いくぞ」
 納得した柊真が言えば、輝血も頷いて従う。

 中では旭が木に括りつけられて殴られていた。
 それを眺める女は中年であれど、艶やかな美しい女だ。だがその顔は旭を睨みつけ、弱っていく所を見て口元を笑みに歪めている。
 ほぼ瀕死にも近い旭を見た鎬葵は今すぐ駆けつけたい気持ちを抑えるのに精一杯だ。何とか思い留まらせていたのは旭の目が死んでいなかったからだ。
 シノビとしての覚悟があったとしてもあんな据わり方はない。何が旭を駆り立てるのか鎬葵には分からないが、彼女を救う為の演技をしようと心に誓う。
 更に弱らせるのは溟霆ともう一人の男の役目だ。
 溟霆はある程度の痛みを与えつつ、大きめの音が立つ所を選んで木刀で殴る。作戦を理解しているのか、旭は痛みを堪えるように顔を顰めている。
 横目で日依を確認すれば、「いい気味」と言わんばかりの満足そうな表情を浮かべている。
(「色に狂う女だねぇ‥‥火宵も御愁傷様」)
 心の中でくつりと溟霆が笑う。
「日依‥‥」
 血を吐きながら旭が日依を見据える。
「アンタ‥‥本当に馬鹿な、女ね‥‥」
 口元は吐血に濡れ、奇妙に艶めいている。
「私や、キズナを殺しても‥‥またあの子の大事なものを奪って、嫌われるだけよ‥‥あの時点で二度と火宵はアンタに振り向かない‥‥」
 知っているのよ。と笑う旭は一時は有明に寵愛され、我が子火宵に慕われて育ったのだ。日依が望んでも手に入らないそれを旭は手にしていた。
「うるさい‥‥うるさいわ‥‥お前が悪いのよ。お前さえ‥‥もういい、殺しておしまい!」
 旭の言葉を聞いた日依は顔を怒りに歪め、声を上げた。
 前に出たのは鎬葵と青嵐だ。
 青嵐は符を持っている。こっそり符をとばして青嵐が狙ったのは足だ。
 時折心眼を発動していた鎬葵が気にしていたのは屋敷側にいる気配。屋敷を焼くと言うのに気配がある。
 鎬葵が視線だけその方向を見ると、隠れていた輝血がそれに気づいた。
 溟霆もまた、旭の方へと足を向ける。
「おっと、お前は近寄っちゃなんねぇよ」
 旭を痛めつけていた男が溟霆を止める。
「何故だ」
 聞き返すと、男は刀を溟霆に向けた。
「お前は偲登出身の酌女に頼まれたんだろう」
「偲登出身者の女が手引きした男を信用できますか」
 春日がため息混じりに笑う。
「それでも、身も心も美しい女性の期待を裏切るわけにはいかないんでね!」
 青嵐がその言葉が終わるや斬撃符を男に投げつけて刀を持っている腕に傷を付けると、溟霆が自分の刀を振るいあげて男の刀をはじき飛ばした。
 誰もが太陽の光を弾く刀に眼を奪われた。
 気づいた者がいる。
 鎬葵が心眼を使って気づいた気配は屋敷の屋根裏部屋で隠れており、弓を構えていた。
 その矢の先は‥‥
 同時に走り出したのは輝血と柊真だ。早駆を使って矢の動きを注意深く見る。
 先に夜を発動したのは柊真だ。

 予想以上に矢は早かった。
 相手は弓術士かもしれない。
 だが、矢を旭から守れればそれでいい。

 再び時が動く時、矢は旭の眉間ではなく、柊真の肩に当たるだろう。

「させないよ」
 麻貴を泣かすのはあたしの特権。

 時が動き出す瞬間、再び誰かの手によって時が止められる。
 柊真を突き飛ばし、旭の結び目を取ろうとしたら斬られていた。きっと鎬葵だと思った。
 旭を抱え、矢が動き出した瞬間‥‥
「案内を」
 溟霆が丁度よく飛び込み、旭を抱えた。瞬間周囲が煌き、旭の傷が少しだけ治った気がした。
「逃がすな!」
 春日が叫ぶと、付いていた用心棒達が走り出す。追われまいと溟霆は煙遁を使って走り出す。
「追うぞ!」
 煙幕の向こうにいるだろう三人を追うが、煙の向こうから氷柱が飛んできて先頭を走ろうとした男の肩に命中した。
「こ、氷!」
 夏に差し掛かるこの時期に氷が飛んでくる事が不自然だ。次の動きを待たずに煙を切り裂いて現われたのは珠々だ。
 男の懐に入り、小手を返して忍刀で膝を斬り付ける。男が痛みに耐えると、珠々は男の胸を押せば、簡単に地面に落ちた。珠々はそのまま次の標的へと走る。
 何が真実で何を討つのか今の時点ではっきり判断を下す事が出来ない。
 今は旭を救う事。
 信念を持たねば刃が曇る。
 それだけは避けねばならない。

 更に追おうとする男達の足元に手裏剣が降って来た。
 屋根の上で投げていた雅人と沙穂の手裏剣だ。
「紫雲さん、お願いね」
 沙穂の言葉に雅人が頷いて更に昇っていく。目指すは旭を狙った弓だ。
 死人に口なし。
 合理的な事であるが、雅人は嫌いだ。
 命とは真実と思う雅人にとって今、やるべき事は旭を守る事。
 心配な麻貴を支える筆であり言葉でありたい為に‥‥
 苦無を投げて弓を持つ手を狙う。間合いに飛び込み、雅人は力任せに弓矢を持っている人間ごと屋根の上に引きずり出した。
 そのまま男を気絶させ、雅人は戻る。

 更に追いすがろうとする用心棒達の前に立ちはだかったのは鎬葵だ。
「お、お前!」
「此の度の非道の数々、決して許される事ではない」
 静かに凛として断言した鎬葵は刀を用心棒達否‥‥春日と日依に向けた。
「旭様にはもう髪の一筋すら触れさせません」
 二刀小太刀を構える御門が言うが、見た目細い二人に負けるはずはないと思ったのか、男達はさっさと片付けようと二人を狙う。
 錆壊符を使い、刀を錆び付かせ、刀を弾き飛ばす。
 更に前に出るのは鎬葵だ。刀に炎を纏わせ、振り下ろされる刀を受け流し、素早く腕を切りつける。
「二人とも無理するなよ」
 更に二人の横を守るように刀を抜いた麻貴と柊真が現われ、向こうで青嵐が一人奮闘している姿を見つけた麻貴が駆け出す。
「雪さん、離れないで下さいね」
「はいっ」
 御門が雪に言えば、こっくりと彼女は頷いた。

 旭を抱えた溟霆と輝血は逃げる事に成功していた。
「本当に来るのね‥‥」
 苦笑する旭に輝血は旭を見据えた。
「あんたには絶対に生きてもらうよ。それはあたし達の意思だ」
 必ず生かせる。そんな意思を持った輝血を見て驚いたのは溟霆だ。
 彼女もまた、一歩進んでいる。
 彼女の成長を願う者ならばきっと喜ぶだろう。
 まずは逃げ切るのだ。
 輝血は一度振り向いてどこかあどけない表情で有明の屋敷の方を見たがまた進みだした。

「遅くなった」
「その通りですね」
 麻貴に気付いた青嵐が言えば斬撃符を相手に投げる。負けじと麻貴も斬り結び、相手を斬っている。
 青嵐が斬撃符を投げているその背後から青嵐を狙う影に気付いた麻貴は青嵐を蹴飛ばした。間合いを計り、麻貴が相手を斬りつけた瞬間‥‥
 麻貴と青嵐の視界に入ったのは麻貴の横から更に狙う刃。
 自分が避ければ青嵐が傷つく。
 ならば‥‥

「麻貴!!」

 誰の声か分からない。
 味方全員の声かもしれない。
 おねがい。
 沙桐を助けて。繚咲を助けて。
 柊真、火宵、皆、私の代わりにおねが‥‥


 斬られた麻貴目がけて全員が走り出すが、相手は志体持ちばかりで予想よりも人数が多い。
 麻貴を斬った男は駆けつけた雅人の手によって腕を斬られた。
「どけ!」
 柊真が数人を蹴散らして雪を引っ張って走り出す。
 即座に青嵐が治療符を当てるが効果がない。まるで式が血に溶けていく。
 予想以上に傷が深い。
「麻貴様!」
 まだ間に合う。
 雪が全練力を行使せんと麻貴の命を繋ぎ止める。
「白野威殿、我々が盾と矛となります。お願い申します!」
 鎬葵が相手を斬りつけ、雪に叫ぶ。雪は声ではなく、練力で応えた。鎬葵の言葉に従うように御門も同じく雪の盾と矛となる為に小太刀を振るう。
 青嵐も治癒符を使い続けていくが間に合わない。雪の練力が尽きぬ前に‥‥
「ぜったい、ゆるしません‥‥!」
 麻貴の血を見て神経を尖らされた珠々が目指すは春日と日依。
 ゆるさない、麻貴と同じ目に‥‥
 珠々に当てるように男が飛んできた。
 本能的に避けて、その先を見れば‥‥
「火宵‥‥」
 呆然と珠々が呟いた。
 火宵は悠然と立っているが、殺気立っており、切れ過ぎる刃のような威圧感。その方向は春日と日依に向けられている。
「切れ過ぎる刃になるな」
 火宵に頭を撫でられ珠々ははっと我に返る。
 鎬葵は彼が自分達を守るように立っているのに気付き、目を瞬かせた。
「馬鹿騒ぎは終わりだ。切り刻んでも飽きはしねぇが、お前達と同じ土俵に立つ気はねぇ」
 火宵が視線を向けた先には理穴の役人達の姿があった。柊真がこの後、鶏鳴家と未滝家の捕縛を行う為に向かわせていたのだ。
 術を行使する雪を抱きしめ、大丈夫と呟いたのは葉桜だ。麻貴も抱き、彼女が祈ると、血が止まった。
「精霊も光も見えてないのに‥‥」
 御門が呟けば、雅人は首を振る。
「彼女にしか見えないんです‥‥」

 この日、火付けを画策、実行した者達を役人達は捕らえた。

 後日、溟霆は依頼してきた女に全てを伝えた。
「お金は要らない。でも酒を一杯貰うよ。極上の笑顔で注いでほしいな」
 涙を零した女は笑顔で頷いた。