【誘架】燻りの昇火
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/31 19:59



■オープニング本文

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 火付けを画策実行した鶏鳴家と未滝家の関係者は捕縛された。
 一応は解決へとなったが、問題がまだあった。

「手間かけて悪かったな」
 殺気がまだ解けていない火宵が開拓者達に礼を言う。
「‥‥別に、貴方の為にしたわけじゃありません」
 開拓者の一人が自分を庇った麻貴を見やる。
「旭様とキズナ君を美冬様に預けてはいかがですか」
 そう、監察方ではなく、美冬に。
 火宵にそう持ちかけたのは天女のような美しさを持った開拓者だ。
 彼と火宵の付き合いは意外と長くなりつつある。最初はひ弱な子兎という風情の少年がいつの間にか逞しくなっている。
「私達は火宵殿の意向に沿いましょう」
 女剣士の開拓者が言えば、火宵は一度だけ目を瞬いた。記憶が引っかかったように。
「麻貴様も沙桐様も、皆様も大切と思うことの為に戦うのにどうして‥‥もどかしい‥‥」
 練力を使い、疲れて座り込んだ開拓者の悲しそうな呟きに火宵が気付くと、彼は彼女の前に片膝を突く。
「そう思うのであれば、シノビを道具から人へと認めさせた彼の女傑のように立ち回る覚悟を持つ事だ。志体がない分、麻貴よりも強欲と聞く。それになる覚悟があれば鷹来沙桐の隣に立つといい。まぁ、俺が見たいんだがな隣に立つお前さんを」
 彼女が火宵の紫の目を見ると、火宵は話を切り上げて立ち上がる。
「カタナシ、お前の家に預けていいのか」
 火宵が言いたい事を察した柊真は目を逸らす。
「預けるのは構わないが、親爺がな‥‥」
「お袋美人だからな。美冬さんに頼むわ」
 そう言う二人の言葉に横で沙穂が溜息をつく。
「火宵、ありがとう。道案内をしてくれて」
 葉桜が言えば、気にするなと火宵が応える。
「間に合ってよかったな」
「本当、馬鹿な子。貴女が誰を父と思っていようとも私達は家族と思っているのに。気を使わなくていいのに」
 葉桜の言葉に火宵はそっと笑う。
「武天で何をしようとするのですか」
 開拓者が行こうとする火宵に声をかけた。
 火宵が指を差したのは傾こうとしている太陽。
「例えるならアレを掴みにいく‥‥だな」
 それだけ言って火宵は行ってしまった。


 さて、麻貴の方は怪我は酷く、葉桜の術でも血を止め、ある程度の傷を塞ぐのが精一杯。
 更に開拓者や、役人の中で回復の術を持つ者達が麻貴に施して何とか塞がった次第。
 一時は昏睡状態であったが、手厚い看護で一応は起きれるようになった。
 旭の方も足の傷は回復したが、一度に長距離の移動は無理な模様。
 キズナは火宵に会いたがっていたが、火宵が無意識で出しているかもしれない殺気でキズナを怯えさせるのは不本意と言って会わずに武天へ行ったようだ。
 旭と麻貴は一時療養と言い渡された。
 ある程度、二人の体力が回復したら奏生へと行くようだが‥‥
 旭とキズナを引き取る事と麻貴が大怪我した事を知った美冬は我慢できないようで、自分が迎えに行くと言い出した。
「兄さん、どうするの」
 飛脚から受け取った文面を見た沙穂が言えば、柊真は頭を抱える。
「‥‥完徹させないように開拓者達に護衛させるか」
「分かったわ。そういえば、よく、殿方は母親の面影を持つ女性に惹かれるって言うわよね」
「うるさい」
 沙穂の茶化しに柊真は頭ごなしに言った。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
御簾丸 鎬葵(ib9142
18歳・女・志


■リプレイ本文

「皆様、この度は旭と麻貴を助けていただいてありがとうございます」
 穏やかに微笑むのは美冬。
 美冬とは今回初見の御簾丸鎬葵(ib9142)は柊真に彼女の面影がある事を気付いた。思い出せば、火宵と旭も面影があった。
 空気が重い。
 死人が出たわけじゃないのに‥‥と心の中で思うのは輝血だ。
 それだけで割り切れるものではない事を理解はしているので、『仕方ない』の言葉で留める事にした。
 道中は何故かカリカリしているのは珠々。
 今回の件は彼女にとってどうしていいのか分からないもので、心の高ぶりは続いているようだ。
 左手に優しい温もりに気付き、上を見上げれば、美冬が珠々の手を握っていた。
「一緒に行きましょう」
 微笑む美冬に珠々はこくりと頷いた。
「まるで親子のようですね」
 白野威雪(ia0736)の言葉に珠々(ia5322)が挙動不審になる。
「もう孫でもいいくらいですけどね」
「麻貴と柊真の養子でいいんじゃない?」
 あっさり言うのは輝血(ia5431)だ。前にもあったやり取りに珠々が更に慌ててしまう。
「そうね、麻貴ももうそんな歳なのよね。ついこの間まで柊真と梢一君の後ろについて回っていたのに」
 感慨深く呟く美冬に滋藤御門(ia0167)が首を傾げる。
「お小さい頃の麻貴様をご存知で?」
「ええ、羽柴家は私が上原家に嫁ぐ時からよくして頂いて、柊真と梢一君も麻貴の面倒を見ておりましたのよ」
 頷く美冬に輝血が食いつく。
「麻貴の小さい頃とか知ってるの?」
「ええ、一人で歩けるようになった頃によく縁側の床で滑って落ちてたりしてましたし」
「その頃からもうお転婆だったんだね」
 くすくす笑う溟霆(ib0504)に紫雲雅人(ia5150)は「昔からですか」とふーっと溜息をつく。
 近くにいる人という事で美冬は麻貴をよく知っていた。
 道中は麻貴の幼少期の話で持ちきりだった。


 特に何もなく診療所に入った開拓者達は診療所の手伝いもしていたキズナと会った。
「皆さん、いらっしゃい」
 笑顔のキズナを見て、少しだけほっとする。
「美冬様、旭様に会ってください」
 キズナが奥へと案内すると、美冬は途端に固い表情になった。
 もう、随分と時間が経っている。
 別れた時から自分達は随分立場が変わっている。
「旭様、美冬様が来てますよ」
 キズナの言葉に旭も表情を固くした。
 自分がしている事が如何いう事なのか葛藤しなかった事などなかったからだ。
 いち早く決意し、部屋に入ったのは美冬だ。
 部屋の中にはキズナと床についている旭がいた。
 確かに歳はとった。けれどすぐに分かる。
 彼女だと。
 美冬が旭の傍に膝を突くと、二人は涙を流した。

 居辛さを感じたキズナはそっと席を立ち、廊下で待つ開拓者達の方に向かう。
「よかったですね」
 涙を流し喜ぶ二人に雪が涙ぐむ。
「ええ‥‥」
 ずっと会わせたかった御門もほっと息をつく。それは他の皆も同じ考えだ。
「麻貴さんはどちらに‥‥」
 御樹青嵐(ia1669)が尋ねると、キズナはこちらですと向かいの部屋の前に立つ。
 本を読んでいた麻貴が顔を上げる。
「やぁ、皆か」
 大量の血が出た後なので、顔色はよくない。声音だけはいつも通りだった。
「麻貴さん、すみませんでした」
 謝るのは青嵐だった。護衛中も殆ど話さなかった。
「気にしないでくれ、私がしかたっかただけだ」
 穏やかに笑う麻貴だが青嵐の方を見て、ふむと考える。
「本当に気にしなくていいんだがな。君を失うのが私にとって怖いのかもしれない」
 最後の言葉時、麻貴の視線の先は輝血にあったのを青嵐は気付かなかった。
「それでも、無茶をしたものですよ」
 雅人の言葉は冷静さはあれど、隠しきれない怒気を孕んでいた。
「その通りだよ。あんたのおかげで皆どんよりしてるんだから、さっさとよくなれ」
 更に輝血が言うが、その表情は少し疲れているようで空気が半端なく重かったようだ。
「貴女は理穴の行政の一部を任されていますし、大事な家族も居る。貴女一人の身体では無い事を、もっと自覚して欲しいものです」
「麻貴様の代わりはいません。柊真様がどれほど取り乱したか‥‥」
 御門の言葉に麻貴は思い当たる事があったようだった。後ろの方にいた珠々が麻貴の傍に移動する。
「‥‥そうだな‥‥皆、心配、迷惑をかけてすまない」
 擦り寄る珠々の頭を撫でて麻貴が呟いた。



 キズナが宴の準備をするから麻貴の看病を珠々に、旭の看病を美冬に託した。
「キズナ君のお鍋是非、頂きたいです」
 雪が言えば、キズナは笑顔で頷く。
「買出しに行こうか」
 溟霆が言えば、キズナが頷く。
「私も」
 鎬葵も言えば、三人で買出しへ行った。
 別行動で輝血が青嵐を誘って街に出る。
 いつもの青嵐なら浮かれてしまうほど嬉しいが、今はそれどころではない。
 とにかく今は何かをしていたかった。
 何を作るか青嵐が提案しつつ、店に寄り買う。
 鰻の捌きは店に任せ、待ち時間に他の店に寄る。
 この時期は色々な夏野菜が出てきているので天ぷらにしようかと青嵐が野菜を選ぶ。
 オクラ、茄子、南瓜、大葉‥‥
 愛する人と好きな事に時間を当てられているのに心が上向きにならない。
「青嵐、落ち込むな。あれは麻貴が自分の意思でしたから、別にあんたの責任じゃない」
 輝血が青嵐に切り込むように口を開いた。
 青嵐は答えられなかった。
「仮にあたしがあの時の青嵐と同じだったとして、その時青嵐ならどうする?」
 更に紡がれる言葉に青嵐は言葉を発しようとしたが、やめてしまった。
「‥‥どうしようもないですね」
「あまり落ち込むと沙桐に怒られるんじゃない?」
 麻貴のあの状態ならきっと問題は沙桐にあると輝血は言い直した。
「‥‥雪さんに宥めてほしいものです」
「美味しい甘い物でも作って丸め込めば?」
 げんなりする青嵐に輝血が助言をする。
 輝血の助言を聞きつつ、青嵐は彼女に勝てないと認識したが、彼女の中にある小さな変化にはまだ気付かないのは青嵐だからかもしれない。


 留守番組である御門は頃合を見て旭の部屋へ向かった。
 旭も美冬も涙で目が赤くなり、少し腫れていた。気を回した御門が雪に声をかけて氷を作ってもらい、桶の中に氷水を作る。
「あの‥‥お節介をしてすみません‥‥」
 恐る恐る言う御門に二人はくすりと笑う。
「気にしないで、ちょっとだけ生きてみようかと思ったのよ」
 からりと笑う旭に御門はほっとする。
「先に紫雲さんより諭されたけど、私を連れて行った輝血ちゃんが言ってたのよ私が生かす事は『あたし達の意思だ』と」
 あの時旭を連れ出したのは輝血と溟霆。御門が目を瞬いていると、旭は微笑む。
 御門は美冬と旭が並ぶのを見て、柊真と火宵が志を共に並ぶという所が見たいと心の中で御門は思う。

 向かいの部屋では雪が舞を奉じるのは少彦名命。
 精霊力で作られたその水は麻貴を包み込む。
「傷はもういいんだけど‥‥」
「お嫁入り前の身体ですもの。傷は少しでも綺麗に消さなくては」
 麻貴が控えめに言うが、雪はやる気満々。
「雪ちゃんは知らないんだっけ」
 麻貴の言葉に雪は首を傾げる。
「沙桐が初めて人を殺した時、大怪我した事」
 沙桐が人を殺した事があるのは知っていたが、怪我の事は知らなかったようだ。
「私を庇って斬られて、気力を絞って相手を殺したんだ」
 麻貴の言わんとする事は雪には理解できた。
「白野威さん、構わず消して下さい」
「はいっ」
 後ろにいた雅人がきっぱり言い切り、雪も即答する。
「そんなお揃い沙桐さんが喜ぶわけないでしょう。あなたとそっくりに女装されるのなら黙ってされますが」
 ばっさり斬る雅人の言葉はこの前斬られたよりも麻貴にはダメージがある。そんな様子を見て雅人と共に事件を纏めていた柊真が笑う。
「確かにそうですね。沙桐様は麻貴様とそっくりと言われると機嫌が直りますから」
 麻貴は観念したように座椅子の背もたれに背中を預けた。傍らには元気のない珠々がいた。
「珠々、まだ反省中か?」
 珠々の中では色々と思考が駆け巡り、答えが出ない。
 一番響いているのは火宵の言葉なのかもしれない。
 切れ過ぎる刃になるな。
 殺し合いをする程の敵であったはずなのに、何で彼に宥められてしまったのか。
 その敵である火宵の母親を、養い子を助け、守っている。
 そう、誰も死ななかったのに釈然としない。
 敵と思える者は捕らえたのに。
「まだ、どこかにいるのかもしれない」
 雅人もまた、同じく考えていた。
 火宵は敵であったはずなのにその立場からずれている。否、自分達の視野が広まってきた。
 火宵の視点に更に近づく事ができれば自分達の敵に‥‥真実に近づけるだろう。
 今はまだ、太陽や月に手を伸ばす事にしか過ぎない。
 火宵もまた同じく太陽を掴もうとし、もはや、視界に捕らえているのではないか。
「繚咲に‥‥折梅様のお心を傷つけなければよいのですが‥‥」
 雪の心配は暫く会えない折梅にあった。繚咲をそこを護る者達を愛しているからこその折梅の改革。
 火宵の言葉は何度も雪の記憶を刺激する。
 彼の望み関係なく、沙桐の隣に立ちたいと思う。支えてくれる人がいると知ったから雪は前に出れると信じられる。

 買い物から先に戻って来たキズナ達は診療所の調理場を借りていた。
 材料を前にし、何か決意を固めているのは鎬葵だ。
 実を言えば、鎬葵は料理はした事がない。良家の娘であり、料理をする必要などないからだ。神楽の都に出てからも安くて美味い店は多いし、依頼に出れば殆ど食事を賄って貰える。
 見様見真似で記憶を手繰りだして茄子と揚げ豆腐の肉味噌炒めを試みる。
 手際はとてもよく、切り口も綺麗で揃っている。
「味噌炒めだから味噌は必要と‥‥」
 鍋の下の方が焦げているがとりあえずは炒められただろう。ぼとっと、味噌を落とすが、綺麗に混ざらない。首を傾げつつ、唐辛子を入れる。
「いざ、味見!」
 勢いで食べた瞬間、味覚を支配するのは塩辛さ。
 このままでは嫁に行くのもままならないと肩を落とした時、青嵐が横に立つ。
「味噌を落とす前に酒と醤油、砂糖で混ぜ合わせ味噌を伸ばします」
 唐辛子を鍋から取り出し、他の調味料で味を伸ばす。
「最後は水で溶いた片栗粉を入れると片栗粉の甘味がありますので何とか食べられます」
「ありがとうございます」
 奇跡的に食べられるようになった料理を味見し、鎬葵は礼を述べる。
「どういたしまして」
 それだけ言って青嵐は自分の料理の下拵えに向かった。
「鎬葵君、手が空いたならこっちも手伝ってくれないか?」
 溟霆の声に鎬葵が向かえば、キズナが下拵えをしていた。
「鍋ですか」
「はい。鍋は夏に食べるのもいいと言ってました」
「夏はつい、冷たい物を摂り過ぎますから、汗をかき食べるのもよいかもしれませぬ」
「今日は一杯いるから手伝ってください」
 キズナの言葉に鎬葵が絆されるように口元を綻ばせる。


 宴には麻貴も旭も同席していた。
 足の怪我だけの旭は投獄時にろくに食事も取れなかっただけで、今は胃腸も回復し、皆が作ってくれた料理に舌鼓を打っていた。
 麻貴も笑顔で料理を食べており、青嵐が安堵の笑顔を見せていた。
 余興では雪が精霊の唄で月のフルートを奏でる。少しでも二人の痛みが和らぐ事を祈る音色はとても優しい。

 流石に麻貴は早く寝かせる事にし、柊真に抱きかかえられて麻貴は部屋に戻された。
 柊真はすぐに戻り、しょんぼりしている珠々を膝に抱えると、美冬に珠々を取られ、珠々は美冬の膝の上に。
「珠々ちゃんはまだ答えが出ないようね」
 美冬の言葉に珠々は黙ったまま。
「確かに広く考えれば纏まらないわね」
 旭も苦笑している。
「割きりがまだ出来てないんだよ」
 ふーっと、溜息をつくのは輝血だ。
「出来てないのはイイコトじゃない? 開拓者なんだし、もっと悩むべきよ」
 沙穂が輝血の杯に酒を注ぐと輝血も「それはそうだけどね」と呟いて酒を煽る。
 珠々を取られた柊真は溟霆の杯に酒を注ぐ。
「疲れたろ。お疲れさん」
「僕としては綺麗な女性のお酌がいいなぁ」
「依頼人の酌女にいい酒飲ませて貰ったんだろ」
 溟霆の軽口に柊真が笑う。御門も来て、三人で酒を飲む。
「旭殿はいい笑顔だね。キズナ君の料理も美味しいし、この分だと全快も近そうだね」
 投獄時の様子からは想像できない旭の笑顔を溟霆が見つめる。少し視線をずらせば、青嵐がキズナに料理の話をしているようだった。
「そろそろ麻貴様と沙桐様の誕生日ですよね。今回も宴はあるのでしょうか?」
 御門の言葉に柊真は困った表情を見せた。
「実はとりやめとなったんだ」
 未だ繚咲の行方不明事件に折梅が気にしてる為、繚咲にいて、沙桐も一華の件で天蓋にいる。火宵の件もあるので、取り止めとなった。
「え、そうなのですか‥‥麻貴様に会わせたい子がいたのですが‥‥」
 しゅんとなる御門に柊真と溟霆がくすくす笑う。
「成程な、それが原因か」
「みたいだね。よかったんじゃないの減って」
 笑い合う二人に御門は首を傾げる。


 部屋に戻った麻貴は雅人と話していた。
「滋藤さんにも怒られたと」
「自重しろと言われた」
「まぁ、当たり前ですね」
 逞しくなった御門は誰の目にも明白。麻貴にしっかり叱るという事もやってのけている。
「昼間は色々理屈を捏ねましたが貴女が傷つく姿は見たくないんですよ」
 自分の『おまじない』もいつでも出来るわけではないのだから。
 麻貴の頭を撫でる雅人に麻貴はこくりと頷いた。
 くすくす笑い合う声を一枚襖を隔てた向こうで聞いているのは鎬葵。からりと、襖が開けられると、麻貴がいた。
「入ってもいいんだよ」
 優しく言う麻貴に鎬葵は少しだけ目を彷徨わせ、麻貴の緑の瞳を見る。
「私は、少し怒っております‥‥危機に身を挺する事は、あの場の誰かがしていたであろう事は確かなのです」
「ああ、そうだな」
「貴方様が自身をどう評価しようと、貴方様を喪えば悲しむ人が多くおります。貴方様もまた、多くの人の支えであり、なくてはならぬ御方なのですよ」
 短い期間であるが、麻貴が皆にとってどんな存在なのか鎬葵なりに感じているのだ。
「どうか周りを想うのと同じくらいに、御身も大事にされて下さいませ‥‥私でご助力できる事なら、如何様にも‥‥」
 悲しくなってきたのだ。自身を卑下し、駒のように身体を差し出す麻貴が。
 鎬葵の悲しみを気付いたのか、麻貴は彼女の頭を撫でる。
「似てる」
「え」
「一度だけ会った事があるが、弟の沙桐が時折くれる手紙の中にいる開拓者に」
 見上げる鎬葵に麻貴は言葉を続ける。
「とても楽しい人でな。医師を目指しているらしい。私達の誕生の祝いに氷の彫刻を贈ってくれたんだ。明るさの中でとても思慮深く強い心を持つ人だ」
「‥‥その方もきっと、私と同じ事を思いましょう‥‥」
 瞳を伏せる鎬葵に麻貴はそうだねと微笑む。
 そっと、雅人が窓の外を見上げれば、月が満ちそうだった。