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■オープニング本文 ◆「空が高いなぁ」 秋晴れの空をカゲユはのんびりと仰ぎ見た。 ぽてぽてと野原の中の道を歩み続ける相棒の背中は純白の毛に覆われ日をめいいっぱい浴びていつにもまして心地よい。 先を急ぐでもなしまぁなんとか夜までに宿でも探せればいい。 神楽の都に向う旅である。 先日までここ五行の国の都、結陣に住んでいたのだが、カゲユのあまりの破天荒ぶりに両親が恐れをなし、ほとぼりを冷ますためにとりあえずは都を出ろというわけでこうしている。 一応所属していた陰陽寮から放り出される前に自発的に飛び出してきたので両親的にはなんとか経歴に傷をつけずに済んだと胸を撫で下ろしているらしいのだが当人は気にしてもいない。 もともと規律に縛られるのは御免のおおざっぱな性格なのである。むしろ清々していた。 まぁ血筋やら能力やらを誇り娘にも同じ期待をかけていた両親には気の毒なことをしたが。 『もふっ』 のんびりながらも進んでいたカゲユのもふらさまが泣き声を発した。 それが『注意!』らしき意味であることはなんとなくわかっている。 「どうしたのもふもふ? あ、あら」 目の前にカゲユにもかかえられるほどの大きさのもふらさまが『もふぅ〜』とカゲユのもふらさま(ややこしいので以後はもふもふと呼ぼう)に鼻をすり寄せているではないか。 「うわ、かっわいい‥‥でも、どうしたのこんな野原に一人きりで」 もふもふは純白だがこの小さなもふらさまは薄茶のブチ模様が入っている。 「やわらかぁ〜い」 ブチもふらさまに頬をすりすりし、さんざんその感触を堪能してからカゲユはブチもふらさまを自分の顔の前に掲げ目を合わせた。 「さて、どうしたものか」 このまま連れて行ってもいいが、これから開拓者としての生活に身を投じてみようかという自分である。 それにもし誰かのものであったならきっとその人は困っているに違いない。 「ちょっと寄り道になっちゃうけど、このあたりに人家とか牧場が無いか探してみようか」 『もふっ』 ◆――同じ頃。 「ああ、勘解由様はいったいどこにいかれたのだ!」 主人の娘を見失って蒼くなっている男がいた。 名を颯(はやて)という。 娘を心配した両親の言いつけで隠れてこっそり神楽の都まで送り届けるはずが、用を足している間にその姿が見えなくなってしまったのだ。 よく言えば型にはまらない、悪く言えばまったく破天荒なお嬢様が道なりに進むはずも無く、これまでも寄り道の多さに辟易していただけに颯もあちこち探し回ったのだが‥‥。 しかたないと昨夜泊った宿まで戻り荷馬車用の馬を借り受けて神楽の都に向った。 道々お嬢様の姿はないか目を皿のようにしていたのだが秋の野の枯れ草は丈高く、声を限りに呼んでも返事はなかった。 もふらさま(お嬢様は『もふもふ』などとふざけた名前をつけていたが)に乗っているのだからいれば姿は草の上に出ているはずで遠くからでも見えるはずなのだが。 神楽の都が近いとは言え、アヤカシだって出てくるかも知れず、気が気ではない。 しかもあの性格で見た目だけは愛らしいとくれば余計始末におえない。 不届き者に襲われでもしたらどうするんだ。 お嬢様の身も心配だが、あの破天荒ぶりが発揮されることがもっと心配だ。 こうしている間も夜は刻々と近づいてくる。 あのお嬢様に人家の戸を叩いて宿を取るという常識があるかどうか‥‥。 「ああ、もう!!」 颯は助け手を求めて開拓者ギルドに飛び込んだ。 |
■参加者一覧
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
月城 紗夜(ia0740)
18歳・女・陰
喜屋武(ia2651)
21歳・男・サ
蒼零(ia3027)
18歳・男・志
幻斗(ia3320)
16歳・男・志
風雷(ia5339)
18歳・男・シ
神楽坂 紫翠(ia5370)
25歳・男・弓
がんまぐ(ia5672)
13歳・男・泰 |
■リプレイ本文 「カゲユさまの特徴?」 颯は困った顔をした。頼りない感じが漂うのは否めない。 「とにかく見た目は楚々とした美人ではあります。黒い髪は長くてさらさらですし、眼は大きくて切れ長で、こう守ってあげたくなるような‥‥? でも見た目に騙されちゃあいけません! そりゃあ手に負えない方でして‥‥」 長々と続く颯の話はやがて愚痴に変わっていった。 探しているときは必死で大きな声でお嬢様を呼ばわっても見たが冷静になって考えれば後をつけてきたなんて知られたらとても素直に言うことを聞く人ではない、等等。 こんな男を護衛役にするなんてカゲユの両親は何考えてんだ、と疑いたくなる。 陰陽師の名門の家に仕えるのだから多少は出来るのかと思いきやまったくの戦力外のようだ。 ともあれ、事情を再度確認しカゲユともふもふの特徴を聞き出した開拓者たちは颯にギルドで待つよう言い残し件の野原に向った。 「迷子、か。都から近いとは言え、何が出るかわからない。早急に捜索、保護し、都まで誘導、だな‥‥」 「兄さんとの初めての共同依頼‥‥頑張ります!!」 蒼零(ia3027)は義弟である幻斗(ia3320)と顔を見合わせた。 「年頃の娘さんか、一番苦手な相手ですね。さてどうしたもんでしょうか」 という喜屋武(ia2651)や風雷(ia5339)、 「食べ物で釣ってみたらいいんじゃね?」 と主張するがんまぐ(ia5672)など多彩な面々を生かしての人探しだ。 話し合った結果三班に分かれることにした。 もちろんどの班がカゲユを見つけても対処できるよう打ち合わせ、呼子笛で合図しあうように取り決めてある。笛を持たない者はギルドに申請して借り受けてきた。 神楽の都から少し離れたその原は秋の風が吹き夜はすでに野宿には適さない。 「さてさて手を焼かせるお転婆さんはどこだろな?」 樹邑 鴻(ia0483)は人が通った跡はないかと草原を探した。 彼と同道しているのは蒼零と神楽坂 紫翠(ia5370)だ。 「‥‥迷子? ‥‥簡単に‥‥見つかるかな?」 と神楽坂が呟くのも道理でこの辺りにはカゲユらしい人影はまったくない。 野原の中の細道、むしろ旅人を狙う不届き者と遭遇する可能性のほうが高いかもしれない。 案の定、丈高い枯れ草の中から何やら金属音がかすかにする。 間に合わせのちぐはぐな鎧も垣間見えて明らかに仲間の開拓者でもカゲユでもない。 開拓者たちは顔を見合わせ無言で肯きあう。 鴻の空気撃が叢を掠めた。 赤い蝶が野原を飛んでいく。 陰陽師、月城 紗夜(ia0740)の眼だ。 「このあたりにいるのでしょうか」 「直感、自信、ある、蝶の、舞う、まま、占の、出る、まま」 幻斗にそう応えて紗夜は辺りに隈なく目を配った。 「‥‥いた、わ、こっち、もふらさま、二体と、一緒」 「二体? 颯殿から聞いた話では騎乗用のもふらさまだけでしたが」 「ぶちの、小さい、もふらさま、よ」 「迷子でも拾いましたか‥‥」 迷子が迷子を拾うとは‥‥幻斗は複雑なものを感じたがとにかく見つかったのだ。 「では拙者たちはそのぶちもふらさまを探す依頼を受けた開拓者という設定でカゲユ殿に近づくのはいかがでしょう」 紗夜が同意したので二人は蝶の待つ場所に急いだ。 「はれ? 赤い蝶」 この秋も深まろうかと言う頃に飛び交う季節はずれのしかも珍しい赤い蝶はカゲユを惹きつけた。 誰かの式だろうか。 「でも綺麗」 ひらひらと頭上を飛び交う赤い蝶を見上げる。 「ご主人はどこにいるの?」 温かいもふもふの上にいてこれまた温かいぶちもふらさまを抱いているとは言え、秋も夕暮れが迫ってくると寂しさが募る。 もふらさまの持ち主にもあえないし、人家は見当たらないし。 少々自分の無計画さに嫌気もさしてきた。 「でも、いっか。まだ凍え死ぬほどの寒さじゃないし。ちょっと火でも燃やせば‥‥」 颯がいれば大火事になると蒼くなって止めるだろうが、とカゲユは清々していた。 そう、五行の都結陣から見え隠れしながら颯が付いてきたことに気付いていたのだ。 だから撒いてやった。神楽の都の近くでというのがカゲユのせめてもの良心である。 新しい地で思う存分好きなことをやろうと思っているのに颯がいては色々面倒くさい。 赤い蝶を見つめる女性に紗夜と幻斗はゆっくり近づいた。 「これ、貴女の蝶?」 そう尋ねたカゲユに紗夜は肯いた。 「もふらさま、探しに、来た、開拓者、よ。私は、陰陽師、月城家門の、月城、紗夜」 「拙者は幻斗と申します。お見知りおきを」 「カゲユです。もしかして探しているもふらさまってこの子かしら」 「そうかもしれません。ぶち柄のまだ生まれて間もないもふらさまということでしたから」 「間違い、なさそう、ね」 「そっかぁ」 カゲユはぶちもふらさまを撫でた。 「よかったね」 ぶちもふらさまに頬擦りすると気が済んだのか、はい、と言って幻斗に渡す。 「見つかってよかったです」 と幻斗は微笑んで見せたが問題はこれからだ。カゲユをうまく都に連れて行かねばならない。 「仲間、に、知らせ、ないと」 紗夜が呼子笛を取り出した。 「いい匂いがする‥‥食べ物だ」 紗夜が笛を吹いている最中カゲユは鼻をくんくんさせていた。 「こっちからだわ」 「ちょ、待ってくださいカゲユ殿」 そのまま幻斗と紗夜を置き去りにしそうなカゲユの勢いに慌てて追った。 「こんなで本当に引っかかるのかねー」 鍋を前に風雷が呆れたように言った。が、たいそう美味そうではある。 ぐるぐる鍋をかき混ぜるがんまぐは得意顔だ。 「待ってる間に腹ごなしもできるいい作戦だろ」 「呼子笛が聴こえました。ここからそう遠くない」 二人を残し見回りに出ていた武が帰って来た。 「おう、じゃあ、まぁ、せいぜいしっかり盗賊やって怖がらせてやろうかね!」 「‥‥」 少々不安な武である。 芝居はあまり得意じゃないのだ。 若い女性と関わるのはもっと不得手なためこの役回りを選んだのだった。 だがその演技を披露する機会がとうとうやってきてしまった。 がんまぐの作戦にカゲユが釣られてきたのだ。 白いもふらさまに乗っているし、後ろに紗夜と幻斗が付いている。カゲユに違いないだろう。 (「本当にお嬢様かよ」) と各自心の内で疑問を抱えながらも彼らは目一杯盗賊らしく振舞った。 「そこのオネェチャン可愛いね〜、俺たちと遊ばな〜い?」 武はかなり馬鹿っぽく頑張った。 「ウケケケケケッ!! 残虐非道冷酷無比お情け無用な大盗賊ガンマーグー様とその他ご一行たァ、オレたちのことだー!!」 がんまぐの名乗りに風雷は心の中で突っ込んだ。 十三歳のがんまぐが大盗賊サマの首領で俺たちはそのご一行かい。 しかも当の本人はカゲユの顔や胸のあたりに目をやってニヤけている始末なのである。 が、今更訂正しても嘘っぽい。ここは押し通すより他ないと腹を括った。 「ウケケケケッ いやいや身ぐるみは‥‥いーや ウケケケ!!」 とカゲユに近づくがんまぐの後に続き風雷は怖がらせてやろうと目一杯怖い顔を作って見せた。 「って危ないじゃねぇか!」 カゲユの手元から風が起こったかと思うとがんまぐ目指して飛んできたのだ。 それをなんとか避けることができたのは幸いである。 「あれ? 外しちゃった? なんか調子悪いのかな〜」 とカゲユが手元の札を見つめる。 「カゲユ殿、ここは拙者たちにお任せを」 幻斗が刀を構えカゲユの前に立った。 打ち合わせ通り、カゲユに悟られぬよううまく立ち回らなければならない。 「男か。こっちもそのほうが思いっきりやれる。来いよ」 巨体といってもいい武である。凄むと迫力だ。 普段礼儀正しい彼とは思えない目一杯の演技であった。 「俺のことを忘れんなよー!」 たぁっと幻斗に飛び掛ろうとしたがんまぐの足が地面に縫い付けられたようになった。 「しばらく、じっと、してる、のね」 紗夜の呪縛だ。 「まだまだぁ!」 と風雷が怒鳴ったときその足元に矢が突き刺さった。 「矢?」 カゲユが振り向くとそこには白銀の髪をした射手が離れたところに立ち、もう次の矢を番えていた。神楽坂たちの班が駆けつけたのだ。 「次は‥‥外しません」 「仲間、よ」 紗夜がカゲユに応えると同時に幻斗とにらみ合う武の体を鴻の気功波が掠めた。 「もう一発お見舞いしてもいいけど」 「これで五対三、数の上ではそっちが不利だ」 蒼零が刀を構え盗賊班に撤退を勧めた。 「兄さん! 鴻さんも!」 と言う幻斗に蒼零が肯き、鴻が説明した。 「旅人を狙う不届き者とかち合っちまったんでな」 相手を倒すのは造作も無かったのだが気絶させて縛っていたので少々時間を食ったと本人達は言っているが呼子笛の音が聴こえたのでこうして駆けつけることが出来た。 「さて‥‥どうするんです? ‥‥こういうときは‥‥逃げるのも‥‥ありですよ?」 神楽坂が弓を構えたまま盗賊班の面々を見据えた。 盗賊班の三人は互いに顔を見合わせ 「つ、強すぎる、お助けぇ〜」 「スイマセンデシター!!」 と打ち合わせ通り一目散に逃げ出した。 逃げ出した盗賊達を見送ってカゲユは五名の開拓者たちに向き直った。 「助けていただいてありがとう」 あのまま盗賊たちに混ざるのもそれはそれで面白そうだとは思ったが。 無鉄砲にもほどがあるお嬢様である。 「カゲユ殿、よろしかったら拙者たちと一緒に神楽の都まで行きませんか」 蒼零も義弟に口添えする。 「こんな所に一人では、危険、だ。一緒に都まで来て欲しい‥‥」 「そうねぇ」 カゲユは考えてから尋ねた。 「ブチちゃんはどうなるのかしら」 「ギルドに預けて依頼主に返すことになるな。だからそれまでは一緒にいられるぜ」 迷子のもふらさまはギルド預けにしておけばいずれ行き先も決まるだろう。それをおくびにも出さず鴻はカゲユに同行を勧める。 「じゃあ、お言葉に甘えてご一緒しようかな」 カゲユの言葉に彼らが内心ほっとしたのは言うまでもない。がそれはまだ早かった。 「あ、ねぇその前にあの美味しそうな鍋、頂いていかない?」 「俺の鍋〜〜!」 騒ぐがんまぐを宥めながら武は大きなため息をついた。 (「確かに可愛いからわがままに振り回されるのもアリかもしれんが‥‥禿げそうだな‥‥」) 彼女がこれから開拓者として活躍するかどうか、はどこかの神様に‥‥聞いてもわからないかもしれない。 |