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■オープニング本文 ●街道沿いの漁師● 五行の首都・結陣より南。神楽の都と結陣とを結ぶ海沿いの街道。それに沿うように、小さいながらも漁業で栄える町があった。 この付近の町や村では、主に漁業と農業で生計と立てている。 街道を通じて神楽の都と結陣が繋がっていることで、獲った魚は両方の都へとほぼ出荷されていた。気温の高低で持ちが変わる生ものなので、塩漬けや干物、稀に酢漬け等を出荷している。 町や村の働き手はほとんどが漁師だ。漁師仲間で組合を作り、海の情報や産物の情報を伝達していた。この組合は自警団も兼ねており、つまり町や村の働き手のほとんどが組合員ということになるだろう。 活気と熱気、男衆の船歌が響く港は、いつも人々で賑わっていた。 ●道端の猫● この日の天気は晴天であったという。 早朝より木製の船を出し、沖へと漁に出掛けていく夫を岸壁で見送った妻達は、それぞれ家事をしに帰路に着いていた。 その中に、昨年結婚したばかりの新妻がいた。年増の妻達から沢山の事を教わり、目下「漁師の妻とは」を勉強中である。 新妻の名は春香(はるか)。今年19歳になったばかりの、歳若い女房である。 生まれ育った実家を離れるのは寂しかったが、漁師の夫と共に暮らしていく事に不満はなく、それなりに幸せだった。 夫の定輝は、4代続く漁師一家の長男である。幼くして母親を亡くした彼ら兄弟は、父の手で小さいときから漁師になるべく鍛えられた。 今年25歳になる定輝は、面倒見の良い4兄弟の長男として、村の中でも可愛がられていた。2人の結婚は、村中が祝福した。 「あら‥‥なにかしら」 少し先の角を曲がれば、もう家に着くという所で、春香は道の上にちょこんと座るものに気付いた。 距離にして50M程。丁度、それが座っている場所は道の曲がり角。そこを通過しないと家に帰れない。 「なんだ、にゃんこちゃんね」 春香はその正体に、満面の笑みを浮かべた。 道の上に座っているのは、確かに猫だった。じぃっとこちらを見つめ、ただ座っている。 生来の動物好きの春香。実家にも、仲良しだった年老いた猫や犬がいる。 猫の毛はやや長めの長毛で、毛色は全身黒色。足先だけが白い。 目の色は赤いらしい。少し珍しい種類かもしれない。 (「定さんにお願いして、飼っちゃおうかしら‥‥子供もいないし、寂しいもの」) そんな風に思いながら、嬉々として春香は歩を進めた。 徐々に猫との距離は縮まる。そこで、ふと‥‥春香は違和感を持った。 30M程近づいた所だろうか。もっと離れていた時と、なんとなく猫の大きさが変わっていないような気がした。 (「まさかね」) 単なる目の錯覚だろうと、春香は思い直して進む。 しかし―― (「‥‥やっぱり‥‥大きいわ」) さすがに10Mも近づけば、判る。 その猫は、体長が80cmはあろうかという、猫にしてはかなりの大きさだったのだ。 (「実家の犬より‥‥大きいわね‥‥」) ようやくその猫が特異なものだと気付いても、春香はやはりそれを「珍しい種類」程度にしか感じていなかった。 体高50cm程、体長が80cm程。猫の珍しい種としても、あまり存在しない種類だろう。 なにせ、身体の大きさだけ見れば、小型の豹に近い大きさだったのだ。 春香は、静かに座り続ける猫を見つめる。猫も、春香を見続けていた。 (「うーん‥‥やっぱり、この子大きいわよね」) 首を傾げた、その時だった。 「あらー、春ちゃんじゃないの! そんなところでどうしたのさ」 道沿いに住んでいる仲の良い妻仲間が家の引き戸を開けて景気のいい声を掛けてきた。 その方を振り向き、春香は丁度良かった、と返事を返す。 「ねえ、ちょっとこの子見て頂戴な。なんだか大きい――」 そこで、春香の言葉は途切れた。 ●新妻の悲運と幸運● 昼過ぎ、漁に出ていた男衆が船で港に戻ってきた。 先輩漁師達は先に港に上がっている。一足遅れで、定輝は港に着いた。 「今日は、えれぇ港が賑やかだな」 手ぬぐいで汗を拭っていた定輝の元に、先輩漁師達がほうほうの態で駆けて来た。 「どうしたんだい、兄貴達」 先輩漁師を兄貴と呼ぶのが仲間内の慣わし。定輝はいつものように、にかっと笑顔で漁師達を見た。 「お前ぇ! そんな呑気な事言ってる場合じゃねぇぞ! お前ぇの女房の春ちゃんが――」 定輝は、手ぬぐいを取り落とした。 慌てて家に帰ると、近所の住人が定輝の家を取り囲んでいた。町の世話役や、町長の姿まである。 それらを掻き分け、家の扉を開けると―― 「は‥‥春‥‥」 襖の陰に、布団の足元が見えていた。 一瞬、目の前が真っ暗になった。ぐらりと世界が霞む。 「しっかりおし! 春ちゃんはまだ生きてんだから!」 隣に住む、一番仲の良い兄貴分の女房が勢い良く背中を叩いた。 「い、生きてんのか!? 本当か!?」 膝がガクガクと沈む。港では春香はアヤカシにやられたと聞いたが、幸いにも生きているらしい。 「辛うじてね、町外れの医者が呼べたんで、助かったよ。運も良かった」 女は、春香の身に何が起きたのかを話し始めた。 その時、春香は少し身を左に傾けて振り向いたのだそうだ。重心が左へ傾いていたおかげで、初撃は喉笛を逸れた。 つまり、春香が相対していたあの猫の姿をしたものが、アヤカシだったのだ。 素早い初撃をかわされたアヤカシ猫は、爪で春香の右肩を抉り、頬を蹴りつけ、春香の背後へと飛び越えた。 しばらく距離を取り、座り込んだ春香をいつ仕留めようか機会を伺っていた。 気丈にも、春香はアヤカシ猫から目を逸らさず、むしろ睨みつけた。声も立てず、静かに。 気が立った動物と対した時、目を逸らしたら攻撃してくるという動物の習性を知っていたからだ。 しかし痛みと出血のショックで、春香はその場で失神してしまう。 それを機会とアヤカシ猫が二撃目を加えようとした時、またしても偶然が彼女を救った。移動の途中で偶然村で一泊していた開拓者の陰陽師が、騒ぎを聞きつけて道へ飛び出してきたのだ。 神楽へと向かっていた駆け出しの陰陽師は、式を放ち一旦そのアヤカシ猫を撃退した。 猫並みの知能はあるらしいそのアヤカシは、機を逃したと悟り、町のどこかへと姿をくらませた。 「その開拓者さんが、医者を呼ぶよう指示してくれてさ。ただ、自分は任務があるから発たなきゃならないんで、近い結陣のギルドに開拓者を寄越すように依頼しろって」 「そうかい‥‥偶然でも、春の命が助かって良かった」 ホッと安堵に胸を撫で下ろしながら、定輝は腰を上げた。 「ちょっくら、組合の兄貴らに呼びかけて‥‥結陣のギルドに依頼を出してくる。逃げたアヤカシが、戻ってくるかもしれねぇ」 そして町を襲うに違いない。 そんなことはさせないと、定輝は家を飛び出して行くのだった。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
月夜魅(ia0030)
20歳・女・陰
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
貉(ia0585)
15歳・男・陰
翔 優輝(ia0611)
13歳・女・陰
竜泉 充流(ia0782)
20歳・男・巫
諸葛・紅(ia0824)
15歳・女・陰
水月(ia2566)
10歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●漁港の男衆、気張る● 五行の首都・結陣より南。神楽の都と結陣とを結ぶ海沿いの街道。それに沿うように、小さいながらも漁業で栄える町。 梅雨の合間の久々の晴れ間の中、一行は現地に到着した。 趣味及び特技は料理・家事全般という巫女の万木・朱璃(ia0029)は、晴れ渡る空と潮風、活気ある港町を前に大きくため息を吐いた。 「アヤカシも可愛い猫に化けたり厄介ですねぇ。猫は好きなんですが‥‥まぁしょうがありませんね」 なんとも残念そうな表情で、朱璃は金色の髪を潮風にそよがせていた。 「本来はとても可愛い猫が、怖い生き物だって恐れられるのはイヤですね」 のんびりとした口調で朱璃の隣に立つのは、透き通るような銀色の髪の陰陽師、月夜魅(ia0030)だった。照りつける日差しを遮る様に、市女笠の先を少し目深に下げる。 「これ、お役に立てるでしょうか」 月夜魅は掌をそっと広げて朱璃に差し出す。それを「なになに?」と覗き込んだ朱璃は、月夜魅の掌から紐を摘み上げた。 「あ、笛ですね」 「はい」 にっこりと月夜魅は笑う。出発前に、ギルドで申請し借り受けてきた笛だった。 「アヤカシ猫の捜索で使えればと思って‥‥」 「いいですね、発見した際の合図に使えると思います」 紐の先にぶら下がった笛を見つめ、朱璃は満面の笑みを浮かべていた。 「猫なぁ‥‥。そういや人間、猫型か犬型かに分かれるらしい。‥‥って、駄弁ってないで仕事仕事」 豊満な肉体を揺らし歩いていた北條 黯羽(ia0072)の独り言に、同業の陰陽師・貉(ia0585)はククっと笑った。 「俺は狸型ってところかね」 飄々とした口調で笑う貉の顔を振り返り、黯羽はひょいと首を竦めた。 「そりゃ、貉は狸だけどさ。仮面がな」 「まあな」 貉は常に狸の仮面をつけている。仮面を取ることが滅多にない為、彼の素顔を見るものはほとんどいない。 「さて」と貉は笠の先を持ち上げる。 「しかし手負いとは好都合だな、ま、チャッチャと終わらせるかね」 「放っておくわけいかへんもんなぁ」 後ろを歩いていた 陰陽師の諸葛・紅(ia0824)の声に、2人は振り返る。 「ほな、化け猫退治といこか」 紅はそう言って、黯羽と貉と共に漁港へ向かうのだった。 翔 優輝(ia0611)は、化け猫を誘き出すのに使用する餌を町で購入し、やはり漁港に向かっていた。 共に行動していた竜泉 充流(ia0782)と水月(ia2566)も一緒だ。 「ボクは生の鶏肉でも用意しておいたよ、魚は‥‥どうしよう、いるかな?」 化け猫退治と聞き、町の肉屋が譲ってくれた鶏肉をぶら下げ、優輝は賑やかな通りを歩く。 しかし、どことなく肩を落とした水月はそっとため息をついてぼやいた。 「アヤカシの猫さんを退治する依頼ですね‥‥」 猫が好きな水月は、討伐対象が猫型ということで少し気落ちしている様子だった。 「私も猫は好きなので心苦しいですが、アヤカシはアヤカシ。これ以上の犠牲は食い止めねばなりません、頑張りましょう」 充流の穏やかな微笑みに、水月は「こくこく」と大きく頷いた。 (「わたしだって幼くても開拓者の端くれ‥‥いつまでも落ち込んでいないで、気持ちを切り替えて頑張りませんと!」) 「うんうん」と頷きながら歩く水月の隣で、優輝は声を上げた。 「港が見えてきた! 魚を用意しようか‥‥費用は漁師の御兄ちゃん達が出してくれるかな?」 漁港の男達は、一行が化け猫を誘き出す餌として魚を求めていることを聞きつけ、それならと数匹差し出した。 「もってきな! 町の為に来てくれた御方らに、少しでも役に立たつなら安いもんだ!」 大きな笹の葉に小魚と青魚を包むと、男達は日に焼けた小麦色の顔でニカっと笑った。 「俺らに出来ることなら、なんでも言ってくれ! 男手はあるからよ!」 どんと胸を叩く男の後ろには、漁港の組合の男達が揃っていた。皆、屈強な男達である。 一行は「じゃあ」と彼らに作戦の概要を話した。ギルドを出発して町へ向かう途中で、話し合った作戦である。 「なるほどな! お宅さんらが化け猫を森から誘き出して来て、叩くっちゅうこったな!」 「そこでなんだが、誘き出して来て叩く位置としちゃあ、どの辺がいいんだ?」 民家や商店などがあまり密集していない場所で、かつ戦闘に適したある程度の広さがあり、待ち伏せにも向いている所となると、なかなか簡単にはいかない。 しかし、貉の質問に漁師の男はあっさりと答えた。 「ここだな!」 「ここ‥‥ですか? 化け猫をおびき寄せるのに適した場所となると、条件的に大丈夫ですか?」 辺りを見渡し、充流は不安げに言う。だが漁師は自信を持って頷いた。 この町は、五行の国の南の海沿いにある。町自体が街道に沿っているので、東西に長い形状の町だ。もちろん、町の南側は海である。 街道の南には商店が軒を連ね、その南に路地があり民家が並ぶ。更に南に漁港があるのだが、この漁港は少し変わった建ち方をしている。 漁港は、各方面へ魚を出荷する都合で、馬車や手押し車の往来が多い。その為、漁港に真っ直ぐ向かう大きな道が街道から伸びている。その道は戸板の壁で道の両側を仕切られており、民家や商店へ向かうには漁港の中の別の道を通らねばならない構造になっている。 つまり、街道から漁港へと繋がるこの通りに誘い込みさえすれば、他の区域へ被害を広げる可能性は低いのである。 「街道の封鎖は、お宅らが捜索を開始したら俺達組合の男衆でなんとかする。その間に、化け猫は頼んだぜ」 豪快に二の腕の力瘤を作ると、後ろの男達も「おぅ!」と威勢のいい声を上げた。 「ご協力感謝っと。町人への声かけなんかもやってくれると助かるぜ」 貉の言葉に、再び威勢のいい声が上がった。 ●アヤカシ猫、暴走● 捜索班の朱璃・黯羽・貉・優輝・紅の5人は、ひとまず化け猫が森へ逃げ込んだルートを確認すべく街道に沿って歩いていた。 北側の森に注意しつつ痕跡を探す。漁師に貰った魚をぶら下げ、これみよがしに掲げながら進んでいた。 木々の枝を払いながら黯羽は先頭を行く。陰陽師としては珍しく、アヤカシの使役よりも自らを武器として使い前衛として戦う事を好む黯羽としては、こういった先頭を行く役割は打ってつけだった。 「あんま時間はかけたくねーな、傷が治られると厄介だし‥‥2手に分かれるか」 夜に持ち越すのは避けたいところ、時間をかけず化け猫の傷が癒えぬうちに叩いてしまいたい彼らは、捜索範囲を拡大する為更に2手に分かれることにした。 貉と朱璃、黯羽・優輝・紅の2手に分かれたところで、笛を持ちそれぞれは更に茂みの奥へと進んでいった。 一方その頃、待ち伏せ班の月夜魅・充流・水月は、漁港前の通りを挟んで両側の建物の陰に身を潜めていた。 「無事に誘き出せるといいのですが‥‥」 心配そうに陰から見守る月夜魅の言葉に、水月も緊張した面持ちで頷いた。 罠というほどの大掛かりな物は仕掛けることは出来ないが、漁師に貰った魚は通りの真ん中に沿って置いている。 時折、月夜魅は通りへ出ては建物の上や木の上に潜んでいないかを確認しながら、捜索班の笛の音を待った。 ――ピー! ――ピー! 「「「!?」」」 待ち伏せ班の各自は、その笛の音に緊張を増した。 「笛の音‥‥来ます!」 水月の声に、月夜魅と充流は大きく頷き、武器を構えた。 グルルルルル‥‥ 「出やがったな!」 それを発見したのは、捜索班が2手に分かれて間もない頃だった。 黯羽・優輝・紅は、3人が進んでいた茂みの奥で、爪痕の新しい木を見つけた。 見上げるまでもなく獰猛な気配を感じ、最後尾にいた紅がまず笛を吹いた。 まだ近くにいた貉と朱璃は慌てて引き返し、間もなくの後に3人を発見するが、傷を負った化け猫が地へ飛び降りるまさにその時だった。 思った以上の俊敏な動きと跳躍力に、間合いを取り損なった先頭の黯羽は化け猫の前足をかわし切る事が出来なかった。 「ぐっ‥‥!」 身を反転させ深い傷は避けた黯羽の元へ、貉と朱璃が合流する。 「大丈夫ですか? 今回復します!」 駆けつけた朱璃が、素早く神風恩寵で黯羽の傷を癒すと、優輝は符を構え式を打った。 「ちょっと下がっといてねっ!」 式は真っ直ぐに化け猫へと放たれ、化け猫の前足に斬撃符が直撃する。致命打ではなかったが、化け猫への牽制としては有効だった。 間合いを詰めずに様子を伺う化け猫に「それっ」と朱璃が魚を放り投げる‥‥が、化け猫はちらりと視線を投げただけで反応はしない。 「猫って言ってもアヤカシだよね。魚とかじゃなくって血とか肉の匂いに寄って来るんじゃない??」 優輝の呟きに、貉は仕込み杖を構えながら言った。 「とにかく誘導地点までいかにゃあ‥‥」 「血の匂いを追うなら、俺が先頭で走る! 援護頼むぜ!」 黯羽の肩は、爪で傷つけられた際の血が残っている。傷跡は癒えたものの、噴出した出血の跡は消えない。 「ひとまずたいさーん! 走るぜ!」 「黯羽さん、行ってや! 化け猫がルート外れたら、後ろから弓矢で追うたるさかい!」 紅は弓に矢を番えつつ、化け猫に矢先を向けた。 「行くぜ!」 その声を合図に、黯羽は全速力で木々の間を縫うように駆け出した。 笛の合図から数分。 今か今かと身構える3人の待ち伏せ班の前に、再度笛の音が聞こえてきた。その音は段々と近づいてくる。 通りの奥の漁港への角で待っていた3人の視線の先に、ついに黯羽の姿が現れた。 「来た‥‥!」 月夜魅、水月は通りへ飛び出す。挟み込むように充流は通りの向こう側に陣取った。 どうやら、化け猫は黯羽を追っているようだ。その後ろには、他4人の姿が見える。 すでに攻撃は仕掛けられたようで、化け猫は前足にも負傷の跡が伺えた。 「‥‥止めます!」 月夜魅はそう叫ぶと、化け猫に向かって式を放った。 前方の待ち伏せ班の仕掛ける様子を確認した黯羽は、可能な限り足に力を込めて真横へと飛ぶ。背後の紅はそれに化け猫が寄らぬよう矢を射ったところで、月夜魅の呪縛符が化け猫を捕らえた。 グルルルルル‥‥ 化け猫は、月夜魅の式に絡みつかれ動きを止める。忌々しげな唸りを上げながら、もがいてそれを振り払おうとしていた。 「これで取り逃がしちゃあ、お話にもならんわな、いくぜ‥‥」 貉は距離を取って斬撃符を打ち込む。狸の尻尾がついた刀身に目のついている小刀という形状の式が、化け猫の背を強かに斬り裂いた。 射程のぎりぎりに位置取る紅と水月は、それぞれ弓を構えて化け猫に矢を放っていた。 充流は比較的前に出ている優輝と黯羽の後ろから、力の歪みを使用して化け猫の身を捩り攻撃を与える。 「前衛職がいないから速攻あるのみ! ‥‥これでもくらえっ!!」 矢の流れに気をつけながら、優輝は斬撃符を放つ。 「使役よりも性に合ってる‥‥燃えるぜ!」 仲間達の攻撃の合間を縫って、黯羽は化け猫の懐近くへと駆ける。長脇差をすらりと抜き身で構えると、もがく足を狙って斬りつける。 グアアアアアアウ! 「普通の猫やったらえかったのになぁ‥‥普通の猫なら‥‥」 紅の口から、そんな言葉が呟かれると同時に、化け猫を取り囲んだ一行は一斉に化け猫にとどめの攻撃を放った。 化け猫の最後の咆哮が轟く中、瘴気が空気に溶けるように霧散し、化け猫は消滅した。 ●それでも猫が好き● 無事化け猫の討伐を終えた一行は、漁師達にそれを伝え、街道の封鎖を解いてもらった。 一行は報告の為、民家の連なる路地を進む。最初に犠牲になって負傷した、新妻の春香の容態を見舞いに行く為にだった。 「あ‥‥」 途中、水月は何かに気付き、一行を待たせて路地の奥へと入っていく。 戻ってきた水月の様子と、彼女の提案に仲間たちは、賛否両論ながらもひとまず春香の家へと向かった。 引き戸を開けた亭主の定輝は、一行の訪問をとても喜んだ。討伐完了の知らせと言う事で、意識を取り戻した春香の枕元へと案内する。 「大丈夫ですか? お怪我の具合は如何ですか?」 女性の寝間に‥‥ということで男性は辞そうとしたのだが、あまりそういう事に頓着しない春香は是非にと彼らを呼んだ。 充流のかけた言葉に、春香は笑顔で頷き、ひとりひとりの顔を見ながら「ありがとう開拓者様」と言った。 「あ、あの‥‥」 土間との境目でおずおずと声を上げた水月は、隣にいた紅や月夜魅と共に春香の横たわる床の足元に座った。 「まあ‥‥猫が好きと言いましても、あんなことがあった後ですし、もうお嫌ですか?」 月夜魅は後ろ手のままの水月を気にしながら、春香に問いかけた。 「嫌いに? そんなことありませんよぉ!」 春香は満面の笑みで答えた。生涯、トラウマになってもおかしくないような事態を経験しても、春香の動物好きは変わらないらしい。 それを聞いて紅は、苦笑しながらぽりぽりと頬を掻く。 「幾ら猫好きでもあの大きさや、ちぃと無理があるからなぁ‥‥嫌いになってへんのやったら、これくらいでどないやろ?」 そう言ってポンと水月の肩を叩くと、水月はそっと後ろに隠していた腕を前に出した。 その腕には、キジトラ色の猫がちょんと抱かれていた。 ここへ向かう途中、路地でみつけた野良の猫。春香さんの所にも猫さん連れてお見舞いしたい、という水月の提案で、こっそりと連れて来たのだった。 「かわいいっ!」 負傷して起き上がれない春香だったが、じたばたと動こうとするので、仕方なく水月が春香の腕に抱かせてやった。 大きな丸い瞳を細め、キジトラ猫は春香の腕でゴロゴロと喉を鳴らす。 「定さん、この子‥‥」 飼ってもいいか、と言われるだろうと予測していた定輝。仕方ないなぁと苦笑して、頷いた。 「‥‥ま、危ねぇ目にあった分幸せにな」 家の外まで見送りに出た定輝は、黯羽の言葉に深く頭を下げた。 一行は、その後漁師達に別れを告げると、神楽の都へ帰還するべく出発した。 「やれやれ、終わった終わった‥‥仕事の後は一杯‥‥と、今禁酒中だった。我慢我慢」 帰り道で呟いた貉は、狸の仮面の中でため息を吐いた。 それを見て吹き出す朱璃。 「皆さんお疲れ様でした。都に帰ったら、何か作りますか」 「おっ、ええなぁ。ギルドに報告行く前に、打ち上げとかどないでっしゃろ!?」 ひと時の談笑を楽しみながら、一行は神楽の都へと向かうのだった。 |