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■オープニング本文 ●浮上する世界―天儀―● 壁に囲まれた浮遊島、天儀。 空に浮かんでいる天儀本島やその他諸国の島(儀)は、飛行手段を持ってしか行き来は出来ない。 島が浮いていながら引力を有する天儀。その力の源は精霊力とも、古代文明の遺した力とも諸説定かでない。 大きく区分すること、6国1王朝。それが天儀の中で最も巨大な儀に存在する国々である。 その他、泰国、ジルベリア帝国という、独自の文化を持つ国がそれぞれ存在する2つの儀があり、儀や島ごとに独自の文化を築いていた。 それら全てが共通する事は、アヤカシによる被害。 これは、生存をかけた戦いとも言える事であり、長い歴史の中においても我々の最重要事項とも言えた。 脅威、宿敵、恐怖、瘴気、生まれ変わり、危機、天敵、威圧、悪夢、使い魔‥‥などといったさまざまな単語で表現されている、アヤカシ。 我々を「食料」として捉えており、捕食することを前提で我々と同じ大地を有している。 アヤカシは『魔の森』と称される毒された地帯から頻繁かつ唐突に、瘴気が固まることで発生し、人々に害をなす。 彼らアヤカシとしては、我々は食料以外の何者でもなかった。共存する意思は、ない。 我々に残された手段は、アヤカシに対抗しうる力を有すること。そしてそれを継いでいくこと。 その為に、天儀王朝は特殊な力を有する者を束ねる機関をつくり天儀各地へ派遣することによって統制した。 それが『開拓者ギルド』であり、それに属する者を『開拓者』と呼んだ。 現在では、『開拓者』とはそれのみで『アヤカシに対抗する者』として理解されている。 ●王国・五行―陰陽師の都―● 天儀に存在する王国の6国1王朝のひとつ、五行。 五行は世界で稀な『アヤカシによってアヤカシを滅す』という考えを持つ『陰陽師』の国である。 国内においてもアヤカシの被害は既に無視できない状況となっており、陰陽師たちもギルドに籍を置き、前線でアヤカシ討伐を行っている。 川沿いの町であり、港町との交易の要衝として栄えている五行の首都『結陣(ケツジン)』。 この都には国王である架茂(カモ)王も居を構えており、国王自らも陰陽師である。 国内には陰陽師達の鍛錬や教育に力を入れた国営施設もあり、陰陽師の都として賑わいを見せている。 しかし、アヤカシによる被害は少ないものの氏族間の統率はとれておらず、国家としての体裁を保つまでにはなかなか到っていないという。 街並みは川沿いと言う事もあり、拠点となる要所は川沿いにある。 四辻を多く抱えた碁盤の目状の整った通りもあれば、まだ未整備の場所もあった。 拓けているのは国内全てというわけではなく、首都以外の土地もまだ未開拓の場所も多かった。 陰陽師の国であるだけに、知識欲旺盛な研究者が多く、アヤカシ研究に関しては他国よりも秀でているという自負が強いのが、この国の特徴かもしれない。 なんにせよ、陰陽師は今となっては対アヤカシにおける貴重な戦力でもあり、またその知識と数々の功績、そして式としてアヤカシを使役する力は、天儀においてなくてはならないものだった。 ●夜更けの文● 夜も更けた刻限。屋敷の門戸を叩く音が耳に入り、彼は読んでいた書簡を木机に置いた。 その日、陰陽師である平良坂幽賢(ヒラサカ ユウケン)は朝からなんとも言えぬ奇妙な胸騒ぎを覚えていた。 陰陽師としても開拓者としてもやっと一人前の彼は、まだ開拓者ギルドに所属して日が浅い。 同輩にはすでに前線で活躍する者も多く、1歩出遅れた感はあるものの、それは彼にとっての悩みの種とはなり得ない。 幽賢は元々、前線に赴きアヤカシ討伐をするのは好きではないからだ。 どちらかと言うと、国営の機関でアヤカシ研究をする方が性にあっている。アヤカシとはいえ、殺生をするのは好きではなかった。 とはいえ、人々がアヤカシに無残に殺され食われるのは見過ごせない。 研究を重ね、アヤカシを理解することで、食うか食われるか以外の解決策は生まれないものだろうか、と幽賢は考えている。 最も、同僚曰くそれは「腰抜けの言い訳」であるらしいが。 光の加減で青みがかった輝きを放つ、長い黒髪を揺らしながら、廊下をすり歩いた。 近視を補うために鼻にかけられた硝子製の眼鏡が、月明かりを反射して煌く。 屋敷の門戸には、文の運び屋が立っていた。 「夜更けにすみませぬ、文が届いておりまする」 「これは御苦労様で御座いました」 幽賢は深く頭を垂れた。今朝からの奇妙な胸騒ぎの元はこれか、と内心思う。 知人友人の少ない幽賢に、わざわざ文を寄越してまで何かを伝えたがるのは、大概が師か親であった。 そしてそのどちらも、現状の幽賢を憂いての内容がほとんどである。 文を届けた者を見送り門戸を閉じると、すとんと肩を落として幽賢は自室に戻った。 裏書きを見ると、父の名が書いてあった。 それでなんとなく、今回は逃げられないな、と幽賢は悟った。 『幽賢、息災でやっておるか? 風の噂で、まだお前が研究にばかり没頭してろくにギルドの依頼を受けぬと聞く。失せ物探しや人探しばかりでなく、お前も開拓者となった身。陰陽師の端くれとして恥じぬ働きをせぬか』 そこまで読んで、幽賢は文を折り畳んだ。 「‥‥はぁ」 軽く眼鏡を押し上げ、行灯の揺らめく明かりを眺める。 あまり進んで前線に出ようという気はないので、極力避けて通っていた。そのツケが周っている。 体裁を取り繕う程度に依頼を受け、またしばらくは研究の日々。 父はそれを見越して、わざわざ文を寄越してきたのだろう。 そして父には逆らえない。 「のらりくらりも此処までですかね‥‥」 そう呟いて、幽賢は文箱にそれを仕舞いこんだ。 翌朝。 神楽の都の一画にある、馴染みの団子茶屋の軒先に幽賢は座っていた。 開拓者にも様々な人間がいて、嬉々として前線に出る者、宝珠の産出を目的とする者、己の力を試す為にアヤカシに挑む者、アヤカシを憎むが故に戦う者、アヤカシの存在に魅了されて対峙する者など、まさしく十人十色である。 その中にあって幽賢は、アヤカシという存在をどこか非現実的な気持ちで見ていた節があった。 文献や書籍など、陰陽師の先達が遺した物の中で語られるアヤカシ。幽賢の中ではアヤカシは挿絵であって実体ではない。 もちろん、現実問題として受け止めてはいる。 しかし、これまでケモノ退治や失せ物探し、要人護衛などの経験はあっても―― 「‥‥実体にまみえるのは始めてなんですよねぇ‥‥」 手の中の湯飲みから立ち上る湯気で、眼鏡が曇る。 どこか現実感の無い幽賢は、大きなため息を吐くと‥‥湯飲みと代金を置いて店を出た。 その足は、ようやく開拓者ギルドへと向くのであった。 |
■参加者一覧
緋桜 咲希(ia0147)
17歳・女・陰
椿 奏司(ia0330)
20歳・女・志
翔 優輝(ia0611)
13歳・女・陰
立風 双樹(ia0891)
18歳・男・志
アルカ・セイル(ia0903)
18歳・女・サ
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
華美羅(ia1119)
18歳・女・巫
青 燐子(ia1133)
25歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●初陣へ臨む者達● 「なるほど‥‥では、アヤカシの程度としてはそれ程強くはない、という事ですね」 緋桜咲希(ia0147)は軽く頷きながら答えた。さらりと絹糸のような黒髪が肩を流れる。 咲希の服装はジルベリアと天儀様式が混ざった完全な和洋折衷のようである。透き通った青い瞳が印象的な少女だ。 「如何にも。然しながら、下級ゆえに数が多い場合も御座いまする。その点が厄介かもしれませぬが」 平良坂幽賢は軽装の装束の懐から薄い布を取り出し、眼鏡を拭いた。 ここは前線へと赴く開拓者が集う、開拓者ギルドである。 ギルドの職員曰く、平時でも「魔の森」への警戒を行っているギルドでは、定期的に所属の開拓者を送っているという。入り口付近や中を調査したり、下級アヤカシの沸き具合で大アヤカシの動向を探る事もあるようだ。 今回の依頼もその定期的な警戒ということであるようだ。 ギルド内部には待ち合わせや事前打ち合わせの為に、自由に使える部屋や席が開放されている。この日も、内部は賑やかで様々な武具防具を身につけた開拓者達が集っていた。 「こちらでよろしかったか?」 整った美しい顔立ちに、朱色の束ねた長いを揺らし声をかける者があった。 「椿奏司だ。宜しく頼む」 男装束に身を包んだ椿奏司(ia0330)は、そっと手を差し出した。 「緋桜咲希と申します、宜しくお願いしますね」 「平良坂で御座います」 ふわりと笑みを浮かべて奏司の手を取った咲希の向かいで、幽賢は折り目正しく一礼した。 その後、小柄で明るく元気、新緑の若草のような髪色の翔優輝(ia0611)、細身で微笑みの柔らかな志士の立風双樹(ia0891)、男勝りな性格であり仲間想いの泰拳士アルカ・セイル(ia0903)が合流した。 咲希は事前に幽賢と共有した討伐予定のアヤカシについて、集まった皆に簡単に説明をはじめた。 と、そこへ。 「こちらで間違っていないようですよ」 「それは良かった、コレを買っていたので遅れてしまったかと」 豊満な肉体を露出の高い巫女服に包んだ艶やかな女性、華美羅(ia1119)に、これまた魅惑的な肉体で美しい青い髪の青燐子(ia1133)が酒瓶をぶら下げて現れた。 2人の女性は各々、皆に名乗り挨拶を済ませたのだが、そこで幽賢がふと 「それで、後ろの御仁は?」 と、華美羅と燐子の背後へと視線を向けた。 皆の視線が自然とそちらへ向く。 そこには、筋肉質な両腕を組み、腰元に帯刀した男が立っていた。 「うむ。それがし、志士の相馬玄蕃助の申す! 此度の依頼の仲間にごさる」 相馬 玄蕃助(ia0925)は、華美羅と燐子の背後にぴったりと張り付いたまま名乗りを上げた。 「あまりの絶景ゆえ、ついそのまま着いて参ったが‥‥」 「あら、ずっと後ろを着いてくる殿方の気配は相馬殿でしたのね」 華美羅は清楚な雰囲気を残したまま、振り返って玄蕃助に「ふふふ」と意味深な笑みを向けた。 「ふがっ!」 「あらあら‥‥」 ささっと酒瓶を避けつつ身を翻す燐子の前で、玄蕃助は盛大に鼻血を吹いた。 「ま、まあこれで皆さん揃いましたし‥‥そろそろ刻限となります。早速参りましょうか」 双樹は苦笑気味に声を上げる。 精霊門は毎夜24時に開門される。顔合わせも一通り終わり、いよいよ一行は出立するのであった。 ●叶わぬ願い● 世界各国に沸き広がる「魔の森」は、各地に点在する形で複数存在している。放っておけばアヤカシが吸収したエネルギーを受けて広がり続け、そこからまた新たなアヤカシが発生する。 今回の依頼は五行の首都より北東に広がる「魔の森」の調査である。ギルドより認可を受け、一行は精霊門を通過し五行へ至った。 現地ギルドより乗り合い馬車を使用し、一行は対象の「魔の森」へと進む。 「それがしも新米にござる」 馬車の中で幽賢と隣になった玄蕃助は、どことなく親近感を持ったのか彼と取り留めのない会話をして時を過ごしていた。 「御家の言葉には逆らえませなんだ。いやはや全く、ままならぬ物にござるな。帝都で絶景鑑賞の日々を過ごしていられると思うたが、ははは」 豪快に笑う玄蕃助に、幽賢は「ふむ」と頷いて尋ねる。 「絶景、で御座いますか」 「それがしの絶景は、肉付きの豊かな女子の後姿ということでござるが、はははは!」 「そ、そうで御座いますか」 幽賢はギルドでの一幕を思い出し、苦笑した。 「平良坂は‥‥既に開拓者として活動されていると聞くが、アヤカシ討伐の経験はあるのだろうか」 奏司は玄蕃助と幽賢の会話に耳を傾け、少し笑みを浮かべながら前に座っていた幽賢に尋ねた。 その言葉に、苦い笑いで幽賢は頬を掻く。 「‥‥わたくしはこれが初めての討伐に御座います。研究に現を抜かし過ぎておりまして」 「左様であったか。いやなに、私も今回が開拓者としての初陣なのだ。色々と至らぬ点も多いと思うが、皆、宜しく頼む」 改めて、という風に奏司は一礼した。 「ボクも初陣だよ。平良坂さんはボクと同じ陰陽の人だけど‥‥学者肌って感じだね」 「翔殿も、陰陽師で御座いましたな」 「うん。平良坂さんがどんな研究をしてるんだろうって思ってね」 研究と言っても大したものではないですが‥‥と断り、優輝の興味を引いたアヤカシ研究について幽賢は語った。 ひとしきり話すと、ふいに幽賢は自嘲気味に呟いた。 「アヤカシは我らを喰らう。何故喰らうか、それは本能によるもの。我らにもある生存本能で御座いますな。食うか食われるか以外の解決策‥‥無駄と判っていても、世の人々の命が脅かされぬ日がいつか来ると信じたいので御座います」 ゆえに腰抜けと言われるので御座います、と幽賢は寂しげに笑った。その横顔に、奏司は言う。 「私とて殺生は気持ちの良いものではないが――そうも言ってはおられぬのが現状だ。だから今は躊躇わず太刀を揮う。平良坂の研究が実を結び、殺生以外の道が見つかる事を祈っている」 世界を同じくしても、干渉し合わぬ存在。それを望まずにはいられない。 馬車の外を眺める幽賢の姿を、玄蕃助は思うところがあるのかじっと見つめていた。 ●沸き出でる瘴気● 「陣繰りを行う以上先ず地の利は抑えるべきですね」 双樹の提案により、一行は瘴気渦巻く「魔の森」を見通せる地点へと移動した。 どんよりと重苦しい空気が濃くなる中、林の中に境界を見つけてそこを陣取る事にする。 「待つに良し、観るに良し、守るに良し。つまる所地の利とはこの3点なのですが‥‥」 後方で待機していた幽賢に、双樹は兵法について話して聞かせる。 「流石にそんな絶好地はなかなか有りませんね」 オチを付ける様に困った様な笑いを見せた双樹に、幽賢は笑みを見せた。 「心眼を用いて索敵、でよかろう」 玄蕃助は奏司の言葉に頷く。 「それがし、椿殿、と順繰りに使用しておくのが得策」 「ならば、僕も入れて3人で交代に使用するというのは如何でしょうか」 「立風殿にもお願いできれば、一人頭の負担も軽くなり申すな!」 頷き合い、3人は段取りを決めた。 「さて、陣形はどうする? おじさんはもちろん前に出るけどね」 アルカはトントンと爪先をつき、草履の具合を確かめつつ言った。 「丁度、前衛後衛で数は半々。巫女の華美羅殿を中央に脇を陰陽師の4人で固めるのがよかろう。それがしは前方で盾になり申す」 「依存はない」 槍を構えた玄蕃助に続き、奏司も刀を抜いた。 「それがしが盾になり申す。なに、適材適所よ。『腰抜けの言い訳』等と、道理の分からぬ輩の言いがかりじゃて」 そう言って、玄蕃助は幽賢の肩をひとつ、励ますように叩いたのだった。 しばらくの後、急にどすん、と周囲の空気が重くなった。 武器を構えて辺りを警戒していた一行は、その重さに気付き各々身構える。 「‥‥どこでも迷惑もんはいるんだなぁ」 どこか嫌そうに呟いたアルカの隣で、 「アヤカシ‥‥来ましたか」 と双樹は眉を顰めた。相当にアヤカシに恨みがあるのだろう、その声音は凍りつくような冷たさを滲ませている。 一行の前方には、浮遊する瘴気の渦がぽつりぽつりと沸き出でていた。それは徐々に形を成し始め、炎の塊となってゆらゆらと移動する「鬼火」と、「怨霊」と呼ばれる強い恨みだけを掻き集めた瘴気の塊に成った。 「南無八幡!!」 ぎらりと目を見開き、玄蕃助は心眼を発動した。 「相馬! 数は!」 「3、4‥‥5体でござる!」 アルカの問いに、玄蕃助は声を上げた。 「前衛の方、頼みます」 華美羅は言うなり細い指先をすうっと掲げ、露出の多い巫女服を翻し舞始めた。 「神楽舞・攻‥‥! お行き下さい」 舞始めた華美羅の両脇を、優輝と咲希がすかさず固める。 「巫女さんは体術はボク達より苦手だよね? 横の守りは任せてね!」 「‥‥ありがとうございます」 屈託のない笑みで隣に立つ優輝の言葉に、華美羅は微笑み頷き返した。 「えっと、鬼火は確か‥‥接触すると同時に激しく燃え盛る特性があります、気をつけてくださいね」 咲希は前方で身構える4人に言った。 それぞれから「承知!」「了解!」などと返事が返る。 アァアアァア‥‥―― 禍々しい瘴気を撒き散らし、怨霊は声を上げている。 アルカは大きく地を蹴って、近くに沸いた怨霊の脇へ周る。大きく振りかぶり、両手に握っていた刀で斬りつけた。 「せいっ!」 その横を浮遊していた鬼火に、玄蕃助は槍を振るう。 俊敏な動きで間合いを詰めた奏司は、玄蕃助が槍を振るった鬼火に舞を踊るように太刀を振るう。 「――覚悟っ」 ザッと足を踏み込んだ奏司の刀の切っ先で、鬼火は呆気なく霧散した。 「うむ! こやつ、大した強さではござらんな!」 槍を引き寄せ、玄蕃助は沸き出でたアヤカシを見据えた。 後方で構えていた燐子は、玄蕃助の背後に近づく鬼火に気付き式神人形を掲げた。 「――行きなさい!」 燐子が打ち出した式はカマイタチのような形となり、手裏剣のように飛び、鬼火を切り裂く。 咲希も同様に、符で鳥の形をした式を打ち出し、斬撃符を放った。 一方、アルカの一太刀を浴びた怨霊と間合いを詰めた双樹は、抜いた刀を一閃する。 「絶えろ化生共!これ以上‥‥一人たりとも貴様らにくれてやるものか!」 渾身の力を込めた一撃は、怨霊の中程を捉え薙ぎ払った。 双樹の眼前に手を伸ばした怨霊は、その形のまま瘴気が破裂するように霧散した。 「わたくしも、微力ながらお役に立たねば‥‥」 幽賢は燐子の隣に進み出で、斬撃符を放った。 しかし決定打にはならない。 その様子に、優輝が式を打つ。 「これで堕ちてくれれば良いんだけどさ!‥‥行け!」 放たれた斬撃符はまっすぐに向かい、その一撃で2体目の鬼火は掻き消えるように霧散した。 「よし! もういっちょ!」 身を翻し、優輝は再度斬撃符を打った。その矛先は別の怨霊である。 くるりと反転し、前衛が戦う背後へ駆け寄った華美羅は、神楽舞・攻を続けた。 その動きに気付いた怨霊は、ずるりと瘴気を引きずりながら腕を伸ばす。 が―― その行く手を阻むようにアルカと玄蕃助が立ちはだかった。 指で誘うように挑発して余裕を見せるアルカは、 「おじさんを忘れちゃ困るぜ?」 と、ニヤリと笑った。 ダンっと地を蹴り飛び上がると、半身を翻らせて刀を振るう。 「これにて!」 「沈め!」 ほぼ同時に、アルカが怨霊の頭上から、玄蕃助はその胴を攻撃した。 怨霊は苦しみもがく様で声を上げ、瘴気共々霧散していった。 「‥‥落ち着いたか」 最後に残っていた鬼火をその刀で仕留めた奏司は、顔を上げて辺りを見渡した。 「察知できた数は、掃討したはずですね」 隣に歩み寄ってきた双樹は、額に浮いた僅かな汗を軽く拭う。 「お怪我はありませんか? 大丈夫‥‥ですか?」 「今なら‥‥お手当てできます」 心配気な咲希と華美羅は、前衛の4人に駆け寄る。 4人共、かすり傷程度のものだったので、心配は要らないと言う。良かった、と安堵して、咲希と華美羅は微笑み合った。 その時だった。 「!?」 皆は一斉に動いた。 「まだ‥‥いるのか」 異様な気配に奏司は身構える。 「僕が探りましょう!」 そう言って双樹は心眼で辺りを探った。 「いかがでござるか?」 双樹の隣を固めるように、玄蕃助は立ちはだかる。 「1体‥‥後ろ!」 前衛の4人が同時に振り返った。 振り返った先には、先ほどの怨霊よりやや大きいものが1体沸き出でていた。 「困りましたね‥‥! 致し方ない」 「‥‥危ない危ない。体術は苦手なんだから勘弁して欲しいんだけどっ」 最後尾にいた燐子と優輝は、ほぼ同時に振り返り式を放った。それと同時に、大きく地を蹴って2人共後ろへ下がる。 赤褐色の腕を舞い振るいながら、華美羅は言った。 「皆様! ‥‥存分に!」 「合い判った!」 「了解っ!」 後退する燐子と優輝の姿を視界に捉えつつ、アルカと玄蕃助は駆け出した。 「ブチ撒けられてぇかぁ!」 怨霊の脇腹に骨法起承拳を叩き込んだアルカは、飛び上がってその横っ面を蹴り宙へと舞い上がる。 「ぬぅおおおっ!」 大きな槍を叩きつけるように振るう玄蕃助は、怨霊の攻撃を槍で受け止めそのまま受け流した。 体勢を崩す怨霊の隙を見逃さず、奏司と双樹はその間合いに入る。 「罪を焼く煉獄の炎‥‥貴様らには過ぎた手向けだ!」 炎魂縛武を発動した双樹の刀が、紅い炎に包まれ燃え上がる。 両側からの奏司と双樹の斬り込みに、怨霊はおぞましい叫びを上げる。 崩れかけるその姿に、幽賢はハッと気付き声を張り上げた。 「早くとどめを! 怨霊は霧散しかけると道連れを求めて自爆を致す!」 その声に、奏司と双樹は頷き合って地を蹴り、両側から同時に刀を振りかぶった。 「道連れなんて‥‥させませんっ!」 「‥‥厄介な事」 「往生際、悪いよ!」 咲希、燐子、優輝は符を構え、式を打つ。 アアアアア‥‥!―― 3人の斬撃符と、奏司と双樹の刀が振るわれた刹那。怨霊は瘴気の煙のように形を崩し、そして大気に溶けるように霧散して消えていった。 ●帰還の路● 一行はその後、アヤカシの索敵を行うなどして充分に警戒した後、沸き出でるものがないことを確認し、見切りをつけた。報告の為神楽の都へと帰還の路につく。 戻りの馬車の中で一行は、初陣を無事成し安堵する者、やはりアヤカシを野放しには出来ぬと決意を新たにする者、心中は様々であった。 ひとつ、皆の気持ちの中で同じだったのは、そう「仲間との信頼」の大切さだったのではないだろうか。 彼らは、無事帰還を果たす。 それは、彼らの「開拓者」としての歴史に残る堂々たる一歩となったのであった。 |