青年、走る
マスター名:tama
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/31 15:42



■オープニング本文

●大きな親切‥‥‥
 今日も賑々しい武天、その開拓者ギルドに、足をもつれさせながら男が駆け込んできた。久方ぶりにからりと晴れた今日の天気に不似合いな、泣きそうな情けない顔で鼻をすすり、受付に身を乗り出す。
「あ、あのすいません! 護衛の方を何人かお願いしたいんですが‥‥‥!」
 焦っているのか舌を何度も噛みながら話す事情をわかりやすいように整理すると、どうやら幼馴染の南伊織という少女が珍しい病気に罹ったという。その特効薬を作るためには理穴の北東部、今やかの冥越国と変わらぬと言われるほど魔の森に侵食された地域に生息するという特殊な薬草が必要というのだ。取りに行くとなればその危険性は押してはかるべしだ。
 そんな危険に対しても恐怖より使命感が勝る彼、刃風錬太郎はしかし、ケモノにだって立ち向かう力はない。万が一アヤカシに遭遇などした場合、命がないことは明白だった。溢れ出る勇気と、それに比例しない自身の力。錬太郎は悩んだが、決心はすぐできた。なけなしの貯金をはたいて、護衛を雇うことにしたのである。
「情けない話ですし、用意できたお金もそう多くはありませんが‥‥‥どうか、俺に力を貸してください!」
 彼の目はまっすぐに、拳はいっぱいに握られていた。それは固い意志であり、深い想いであった。
 が、物語はここから始まるのではなく。

●行き違い
 錬太郎と護衛が急ぎ旅立った翌日、錬太郎の知り合いだという人間が開拓者ギルドを訪れた。頭の回転の悪そうな男は鎌尾と名乗り、やっぱりのろのろと事情を説明した。
「んと、伊織の病気は、治るもんなんだ。薬、頑張って取りに行ったら、そら治りは早くなるけど」
 そう言って文を差し出す。受付の人間が見てみれば、そこには「鎌尾の話がわかりづらい場合は、ご覧ください」と書いてあった。助かったとばかりに手紙を開くと、なるほどわかりやすい。差出人は南伊織、つまり錬太郎が助けようと息巻いていた当人からであった。
 “この度はご迷惑をおかけします”そう枕詞をおいて、本文は始まっていた。
「病の床から筆を執るので、簡潔に説明させていただきます。つまり、今回依頼としてお願いしたいのは、刃風錬太郎をどうにか無事に連れて帰ってきていただきたいということです。無理に薬草など取りに行かずとも治る病に、危険を冒す必要はないと、そうお伝えくだされば聞き分けてくれると思います。
 まったくはた迷惑な話ですが、彼の行くつもりの場所を考えれば、常人だけで行くのも難しくまた危険です。どうか、ギルドの皆様のご協力をお願いしたいと存じます」
 鎌尾は相変わらずとぼけた様子だが、このままでは確かに、治る病気も心労で悪化しそうな調子だ。一文一分の悲愴な筆遣いがそれを表している。
 彼女を想った行動がこうなるとは。一人感傷に浸りながら、受付員は受理の判を押した。


■参加者一覧
薙塚 冬馬(ia0398
17歳・男・志
那木 照日(ia0623
16歳・男・サ
氷(ia1083
29歳・男・陰
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
衛島 雫(ia1241
23歳・女・サ
深凪 悠里(ia5376
19歳・男・シ
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
柊 かなた(ia7338
22歳・男・弓


■リプレイ本文

●森を前に
 馬を急ぎ走らせ辿り着いた目的の森を前にして、衛島 雫(ia1241)は作戦を再確認した。翡翠の瞳に使命感が光る。
「声の届く範囲で散開し、薬草のありそうな辺りで刃風一行の痕跡を見つける。敵が出たら即時殲滅、できなければ撤退だ。援護の判断は近い者が随時行ってくれ」
 まるで訓練されていたかのような迅速さで再確認を終えると、自らに最適とそれぞれ思える配置につき、半円隊形をなして森に踏み込んでいった。
 ここらの森はまだ魔の森の侵食がそれほど進んでいないのか、木漏れ日が気持ちいいと感じられるほど穏やかな情景を見せていた。陽を透かした緑が目にも美しい。とはいえ、それに見とれている訳には勿論いかない。なにせ彼らが注意深く視線を這わせているのは、木の根が入り組み獣道も見当たらない地面だからだ。錬太郎ら四人が通った痕跡を見つけるつもりなのだ。
 薙塚 冬馬(ia0398)はその心眼をもって周囲を見回していたが、小動物の気配のあることに意外性をすら感じた。ケモノやアヤカシの出現が予想される侵食が進んだ森の中で、害意のない小動物の気配があることというのも珍しい。
 そう思っていた彼の眼に、早速呼んでもいない瘴気の塊が映った。幸いにまだこちらには気づいていないようだ。このまま通り過ぎられればいいが‥‥‥。アヤカシはふらふらと気配を漂わせて、やがて反対の方向へ移動していった。
「危なかったの。仲間を呼ばれてはたまらんし、捜索にも影響がでるところじゃ」
 冬馬が安堵の息をついた時、輝夜(ia1150)が笑みとともに肩を休めた。同じく敵の気配に気づいていたようだ。
「まったく、無茶は若者の特権と聞いたことがあるが‥‥‥」
 思わず一人ごちる冬馬が、再び進路上からこちらに接近してくるに気配を感じた。響かない潜めた声でそれを隣に伝えれば、速やかに伝播していく。
「さて出た目は、錬太郎さんか敵さんか? 出目に恵まれています様にってな」
 果たして、それはアヤカシの一行であった。この程度なら殲滅できると考えたメンバーが、各々の獲物を構え、音もなく突進していく。
 設楽 万理(ia5443)は眼に力を込め、鷲の目の力を垣間見せる。鋭い眼光が未だこちらの接近に気づかない怪狼どもの頭目を捉える。慣れた手つきで弓を番え、狙いを定める。前衛組の到着とタイミングを合わせて、彼らの到着の一瞬前、撃ちだされたた矢が狙い過たずその脳天を貫いた。
 緊張したような格好で倒れ伏す頭を見て動揺する間もなく、切り込んできた那木 照日(ia0623)が瞬間の交錯で一匹を仕留める。返す刀でもう一匹を仕留め、周囲を警戒する。狼の目にはきらめきとしか捉えられることのなかった弐連撃。鮮やかな手並みである。
 同時に出てきた深凪 悠里(ia5376)も敵の混乱に乗じて一匹を討った、その時。
「薙塚、後ろだ!」
 冬馬がハッと振り返れば、今しも飛び掛らんとする狼の姿が。
「チィッ」
 舌打ち一つ、それでも流石の反応で鎧に精霊力をまとわせつつ、絶妙の踏み込みから一刀を振るう。狼の牙は鎧から逸れ、しかし彼の巻き打ちはその首を刈った。
 柊 かなた(ia7338)が射た矢が最後の一匹を無に帰したところで、殲滅を完了した。大した数でもなく、また大した敵ではなかった。一行は更に周辺警戒を強めながら、急ぎその場を後にした。

●そのころ
「だめだ、これでもない」
 刃風錬太郎は眉根のしわを緩めることなく、一心不乱に薬草を探していた。幼馴染の危機に矢も盾も堪らなくなった彼だが、もう随分な間森の中をさ迷い歩き、途方にくれる気持ちですらあった。自身の無力と焦燥感が、段々と心をささくれ立たせるのが自覚できた。
 護衛の開拓者が戻ってきた。彼らは物音や気配に敏感に反応し、一所にとどまらないように錬太郎を移動させている。ついさっき、あたりで物音がしたというので見回りに行ったのであった。
「何かの戦闘音がした。それに血の臭いもある。人ならばいいが、アヤカシが獣を襲ったということも考えられる。また少し移動しよう」
「またですか? ここらはまだ探し方が悪かった。もっと細かく探せばあるかもしれない」
「とはいえ、君の護衛が我々に課せられた任務だ。それも、君の依頼でね。安全を第一に取らせてもらうよ」
 至極もっともな開拓者の言い分だが、焦る錬太郎にはその理路整然とした様子がどうしようもなく腹立たしかった。腹の内から溢れる逸る気持ちが苛立ちをそのまま口に運ばせた。
「だめです。依頼主は俺だ、こちらの指定する地域での護衛を頼んだはずです。さっきから逃げてばかりじゃないですか」
「この森では複数のアヤカシの出現が予想されると説明したはずだ。戦闘を一箇所で行うなどどれくらい敵を集めるかもわからない」
「それが依頼です」
 もはや埒もなし、と開拓者たちが腹を決めた直後、前方少々の茂みが揺れた。三人は獲物を抜き払い気を張り詰める。即座に切りかかれるように構えると錬太郎を囲むように隊形を取った。
 すわ敵との遭遇か、という場面。茂みの向こうからいくつか気配の集まる様子と、なにやらざわめくのがわかった。これはマズイ、と判断しかけた護衛だが、時既に遅し、茂みが二つに分けられ、諸手を挙げた人間が数人歩み出てきた。装備や表情を見る限りは人間だが、人型のアヤカシもいる。強い力を持っていることは一目でわかるので、緊張は取れない。
 が、そこで後ろから意外な声が上がる。
「あれ? 深凪さん!?」
「錬太郎。覚えていてくれて助かった」
 と、その割れた茂みから、幾人かの顔が覗く。その中から輝夜が勇み出て言う。
「そう警戒せずとも良い。我らは頼まれて練太郎を連れ戻しに来たギルド所属の開拓者じゃ。そう焦らずとも事情はこれから説明する」
「わ、私達は…伊織さんの依頼で、錬太郎さんを探しにきました」
 同じ開拓者だと告げられ、ようやく護衛組は刀を下ろした。
「ああ、君が慎太郎君? 志織ちゃんから依頼されてね‥‥‥あれ? 違ったっけ」
 氷(ia1083)がひょいと顔を出して言う。あれ、貫太郎だっけなどとのたまうが、輝夜が「ややこしくなるから黙っておれ」と言ったのに飄々とした態度で頷く。
「でも深凪さんてたしか、女性だったような‥‥‥」
「忘れろ」
 顔見知り通しの会話が始まりそうだったが雫が前に出てきて、悠里に話を促すように言い、手紙を渡した。時間はないのだ。
「錬太郎、これを見てくれ。俺たちの今回の依頼はお前を連れ戻すことだ。伊織が心配してる、帰ろう」
「で、でも薬草を手に入れないと伊織は‥‥‥!」
「あなたにもしもの事があれば、伊織さんはどうすれば良いのですか? 今こうしている間も、伊織さんは心労で症状が悪化しているかもしれないんです。早く戻って無事な姿を見せてあげてください」
 かなたはしかし、心中で自嘲した。人のことを考えている余裕などあるのか、と。しかし、彼は弟のことを思えば逆に、錬太郎と伊織のことが放ってはおけないのであった。
 その思いを知ってか知らずか、照日がかなたの背中に、掌を這わせる。温もりが心地よい。彼なりの励ましなのであろう。
「彼女の病気を早く治したいと思って薬草を見つけたいのは分かるが、彼女の傍で心の支えになってやれるのはあんただけだ。今はまず彼女に無事な姿を見せてやってくれ」
「そうそう。今の伊織さんには貴方の無事が一番のお薬ですわよ。薬草は私達が探しますのでお先に引き返してください」
 冬馬と万理の説得を受けて、錬太郎は伊織の手紙から顔を上げた。厳しい顔で、無力と至らなさを悔いるように、口を開く。
「では、今夜の精霊門の開く時間まで。それまでお手伝いさせてください。それまでに見つからなければ、すぐに伊織の元へ帰ります」
 開拓者たちは頷き、時間内の捜索を行うことを決めた。錬太郎に、もう焦燥の影はなかった。ただ祈りと、感謝のみが思いの内にあった。

●薬草「ムラサキを探せ」
 照日は先の錬太郎一行との遭遇を思い返して、未だに荒ぶり静まらない胸をそっと押さえた。最近軽くなったとはいえ、強い人見知りの自分があそこまで前に出られたことは、とても自信をつけさせてくれるがまた同時に、ひどい緊張を起こさせたのである。一時はかなたの気持ちに感じ入るところがあって忘れていたが、不意に思い出してからはもういつ口から心臓が飛び出してもおかしくはないくらいだ。
「あなたも可愛いらしいですね。彼と同じで純情そう」
 だのに、万理が突然後ろから声を掛けてきたものだから、涙ぐんでしまったのはまあ、事故というべきだ。
 万理はしかし悪びれた風もなく薬草探しを再開する。
「太陽に背を向ける‥‥‥ヒマワリの反対ねぇ」
 地中に伸びていってたり夜だけにしか見つからないんじゃあ、お手上げよねなどと一人ごちる万理に、照日はいまだに涙を目尻に光らせておどおどと見つかるでしょうか? と問いかけてみる。彼としても、先走ったとはいえ頑張った彼のことを憎めはしない。何とか花を持たせてやりたいというのは開拓者たちの意見の一致するところでもあった。
「そうですねぇ‥‥‥まあ皆さん頑張っていますし、日が落ちるまではまだ少々時間があります。諦めるにも不安になるにもまだ早いと思いますよ」
 かなたは、薬草のことを事前に調べられなかったことを悔いていた。何より一刻も早く、という依頼であったために調べ物の時間は取れなかった。
 それでも、なにか初仕事がこんな内容だということには、奇妙な思いを抱かずにはおれない。かなたは弟と伊織を、錬太郎と自分をどこかで重ねてしまう。甘いなと思いながらも、その額に浮かぶ汗は彼の願いにも似た必死さを表していた。
「護衛は私が引き受ける」
 そう言った雫は錬太郎の護衛三人組も薬草探しの人員として働かせ、言葉通り単身錬太郎の護衛を引き受けていた。
 錬太郎は、このサムライの言葉を反芻する。
「依頼人の気持ちを考えたらどうだ。刃風が依頼人を失うのを恐れたように、依頼人も刃風を失うのをどれほど恐れたか」
 真っ直ぐすぎる、とそう言った彼女の平生とは異なる笑顔を、錬太郎は改めて自らの思慮の足りなさに対する反省とともに記憶に刻んだ。
 氷はその錬太郎の様子を人魂越しに見ながら、輝夜にツッコまれた頭をぽりぽりと掻いた。
 いやなにも、本気で言っていたわけではない。森に着いた入り口で、「俺は馬と一緒に待ってるから‥‥‥あ、やっぱりダメ?」とか、いざ薬草探しという段になって堂々と幹に寄りかかり居眠りなど、本気でするわけがないではないか。
「ふわ〜‥‥‥」
 大欠伸である。こういう男である。
 とはいうものの、その目がさ迷うのは何も最適な居眠り場所を見つけるためではない。『太陽を背に』という伝承を元にした推論から見てありそうな場所を探しているのだ。
 仔虎の姿をした人魂が森林を駆けていく。視界を共有できる能力で、かつ視点が低いため有効な手段と思えたのだが、一匹目が消えてすかさずの能力使用により眠気を増進された。また二匹目ももう僅かで消える。中々に力の要る能力だけに、彼のものぐさな性根が首をもたげてくる。
 そうして二匹目が消えた途端、彼の体がぐらりと傾く。
 何とか前に踏み出した一歩が体を支えるが、今度は後ろに倒れこむ。すぐに林立する大きな木の幹に当たり、ずるずると腰を落としていく。
「もー限界‥‥‥‥‥」
 本格的な居眠りタイムのようだ。しかもまたツッコまれないように適度に他との距離を置いているあたりが憎い。体中の力を細長い息とともに抜いて、まぶたを閉じかけた‥‥‥その時。
「‥‥‥あれ?」
 右の手元に無造作に生える紫がかった、天辺が膨らんだ全草があった。天辺の膨らみの重みからか頭を垂れるようにくたりとしている。そろそろ空が紅に染まろうというこの時間には顕著に、北西に倒れこんでいるその様は、まさに。
「これじゃん。ムラサキ」

●その帰路
 精霊門を出て、もう何度目になるかというありがとうございますと錬太郎の涙顔をぐっと寄せられて、開拓者たちは呆れるような、満足したような気持ちに包まれる。
 氷により余分に採ってこられた薬草があれば、治療代も依頼料もそう心配にはならない。感謝してもし足りないといった心境だが、ぼそりと。
「これだけ心配かけてるんだから平手くらいは覚悟した方がよいかもね、フフフ」
「そうじゃな、もっときついかもしれんが」
「設楽、輝夜、そう脅すな。照日にまで波及している」
 なぜだ、と呆れ気味な雫を後ろに、時ならぬ女性たちの独り言は錬太郎の不安を増大させた。
「おっ俺」
「いけ錬太郎! 伊織が待ってる!」
 悠里の一言に決心がついたか、駆け出していく若者を見ながら、開拓者たちはそれぞれの想いを秘めた溜息をつく。それを風はさらい、遠くへ運んでいく。
 開拓者たちは、今日はぐっすり眠ろうなどと考えながら、家路に着くのであった。