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■オープニング本文 ●失敗に次ぐ失敗 「もうっ! 錬太郎なんか知らない! どっかいっちゃえ!」 「でも、俺ここに住んでるん‥‥‥」 「やかましい! でてけ!」 投げつけられる小物の雨を掻い潜って部屋を出てきたのは、刃風錬太郎という青年だ。この青年、どうにも失敗だらけでいけない。先ほどの騒ぎの片割れ、名を伊織というのだが、お互い好きあって寄り合っているのに、いまいち上手くいかないというか、錬太郎が駄目にするというか。 伊織が病気になった時には、二人きりでいればいいところを兄弟子なども呼んで看病をしたり、伊織の手料理の出来を有体に(無神経に)言ってしまったり、甘い雰囲気になると眠たくなったり、ともかくやることなすこと関係を進展させないよう周到に準備されているのかと思うほど噛み合わないのだ。彼は。また、後悔は力いっぱいするくせに、原因を把握していないところが始末の悪いところだ。 しかし今回は酷い。逢引を忘れていたのである。何時間も待たされた挙句、怪我でもしたかと彼の家に行けば、のほほんと窯に火を入れているではないか。きょとんとした錬太郎を部屋に連行して、話をするうちに思い出し、忘れていたのを謝る錬太郎、堪忍袋の緒が切れた伊織。今回ばかりは烈火のごとく怒り、涙さえ流していた。 胸の痛みと罪悪感で溜息が重い。 「これ渡せるの、いつになるかな‥‥‥」 手に光る、彼の手製の指輪。きらりと滑らかに輝き、シンプルな意匠が実に彼らしい。伊織の誕生日に渡せず、困りに困っている。どうにか、これを手渡せる状況を作れないものか。また、これをなんと言ってあげれば、失敗しないだろう‥‥‥。 そう考えているうち、いつもドタドタと世話になっている開拓者ギルドの存在を思い出したのである。 「いやいやいや、さすがにそこまで面倒見てくれないか‥‥‥」 などと言いつつ、その足で向かうのだから、単純な男なのである。 「あのう、こ、告白とかって教えていただけないですかね‥‥‥!?」 |
■参加者一覧
沢渡さやか(ia0078)
20歳・女・巫
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
奈々月琉央(ia1012)
18歳・男・サ
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
衛島 雫(ia1241)
23歳・女・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
琴月・志乃(ia3253)
29歳・男・サ
夏葵(ia5394)
13歳・女・弓
輝血(ia5431)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●錬太郎班より 「わかった? 反省した?」 「はい、とっても」 輝血(ia5431)が錬太郎に状況整理と称して今まで考えられる行いを思い起こさせ、反省を促していた。いつの間にやら正座している彼に、男ってホント女心を‥‥‥とぶつぶつ。 まあまあ、と言って斉藤晃(ia3071)も間に入る。 「せやけど、錬太郎もわかったやろ。やられて嫌なことは人にしない、こんなのは男も女も関係ないわな」 「そんなんじゃ、相手も離れてっちまうよ」 「はっはっは。ほんまにいてるんやなこんな朴念仁」 ルオウ(ia2445)や琴月・志乃(ia3253)にもきっぱり言われて、返す言葉もないとうつむく錬太郎。 その情けない姿を見て、何やら今回の依頼が人事のような気のしないルオウは「でさ、」と続ける。 「あんたは相手の女の人の事どう思ってんの?」 「それは‥‥‥好きです。放したくないです」 そこだけは確かと言い切る錬太郎を見て、志乃は彼の心証を少々改める。ヘタレだったのではなく、単純にドジで間抜けで、それでいて鈍いというだけらしい。 輝血がならば、と立ち上がる。 「さあ特訓だよ。兎にも角にも女心を理解する努力をしなさい」 「へ? は、はい」 名づけて『女に慣れさせよう作戦』始動である。 ●伊織班より 日光も指さない自室で、暗い影を落としながら伊織ふさぎこんでいると、廊下から声がかかり、幾人かの気配がした。 「やあ、すっかり回復したようだな。と、直接会うのは初めてかな?」 薬草の件では苦労したな、と笑うのは衛島 雫(ia1241)。とそこで伊織のほうも少し前の事件とそれを解決してくれた開拓者だと気づく。 「あの時の‥‥‥。その節はご迷惑をおかけしました」 深々と礼をする伊織に、気にするなと言って、後ろの面々を紹介する。 「また依頼でね、近くに来たから仲間と一緒に寄ってみたんだ」 「どうも。ウチ、藤村ゆーねん。よろしくおねがいします」 「サムライの琉央だ。よろしくな」 藤村纏(ia0456)と琉央(ia1012)に続いて、全員が挨拶を終えたところで沢渡さやか(ia0078)が言う。 「あの、まだお加減が悪いんですか? ちょっと元気がないように見えますけど」 伊織は一瞬口ごもるが、雫がすかさず。 「また錬太郎が何かやらかしたのか? 愚痴なら聞くぞ」 「女同士ですし、気兼ねは要りませんよ」 夏葵(ia5394)がにっこりと微笑むのへ、伊織もなんとなく堰が壊れたのか、ポツリポツリと話し始めた。さやかや夏葵が相槌を打ち、雫も時々真に迫った様子で全くだ、と言ったりするものだからそれはどんどんと加速していった。 最後には拳を作り声も大に怒り心頭に発すという調子になった。 「信じられない! あいつは何考えてんのかしら! どう思う雫さん!?」 「私も身近に感じることばかりだよ。全く、男というのは困ったものだな」 いつの間にお茶や煎餅を用意してきた纏も「せやなー」と困った顔だ。ありがとうございますと興奮冷めやらぬ感じでお茶を飲み下す伊織。 「やれやれ、錬太郎も少しは成長したかと思ったんだがな‥‥‥」 雫が溜息混じりに言いながら、霧崎 灯華(ia1054)に目で合図を送る。意を汲む灯華はにやりと笑って、そういえばと話を切り出した。 「さっきからちょろちょろ話に出てくる錬太郎って男、ギルドに『自分を変えたい』とかって押しかけてきて困ってるのよね〜」 「え?」 「でも今伊織さんの言う感じだったら、やっぱりあたしの第一印象どおりのドジで間抜けでどうしようもない奴みたいね」 「い、いや、そんなことは‥‥‥」 「あんなのはどうしたって変われないんだからさっさと諦めて」 「そんなことありません! あいつだってやれば出来るんです!」 灯華の巧みな話術に舌を巻く面々だが、それはおくびにも出さずしんと静まった場を見守る。夏葵だけは、何か灯華の目がきらりと光ったのを見たような気もしたが。 「ふーん、彼の事好きなんだ?」 灯華の攻勢は続く。 ●特訓 その頃錬太郎は。 「失敗して後悔してるなんていうだけなら自己陶酔も同じや。本当に相手思ってるなら同じ失敗せんように手をうつんちゃうんか?」 「ただ口だけの反省で相手納得すると思ってるんか? 相手にただ甘えてるだけならこんなことやめてまえ!」 と盛大に叱られた経験もあれど、輝血の判ずる合格ラインのぎりぎりを獲得するまでに至っていた。 怒られたというのは、彼が恥ずかしがって特訓が遅々として進まないことが原因となるのだが、晃がその甘えた態度に大喝一声。年下のルオウにまで発破をかけられるに至って奮起。林檎のごとく顔を朱に染めながら、輝血の悪戯のような刺激的な特訓をこなし続けた。 輝血は世の中こんな男ばかりだったら楽なんだがと心中つぶやきながら、そうも言っていられないと仕事をこなす。 「だいぶ形になってきたわ。これなら後はもう実践あるのみね」 「ほなら後は作るつもりやったっちゅう指輪、作りや」 互いに一緒っちゅうんは女が好きなことやからな、と晃が対の指輪を作ることを勧める。ルオウも何か緊張してきた。今回の告白に自分を重ねていることには気づいているだろうか。 錬太郎が力強く頷く。と、志乃が錬太郎に着せる服を探しに席を立つ。 「勝負パンツは‥‥‥赤やな、定番の」 誰にも聞こえないところでボケながら。 ●姦し部屋 「喧嘩するほど仲がいい、とは言うけどね‥‥‥」 琉央はそう嘯きながら、もはや惚気大会と化しているその場を見渡していた。こうまでなっては自分の出る幕はないかな、と思いながら。 その視線の先に、顔を赤らめて恥ずかしげに微笑む纏がいた。 「‥‥‥う、ウチか? んー。そやなー。ウチはなー。夢はやっぱり、めっちゃかわええお嫁さんやろーかな。 ‥‥‥でも、貰ってくれる人は中々居らへんで? ウチ、抜けとるから心配かけてまうやろし、相手が大変やろーな。」 伊織さんはと問うと、伊織も顔を赤らめてもごもごと錬太郎がどうのと口にした。 灯華は事前の調査もあって、やはり実は手を加えなくともどうにかなりそうだなと溜息をついた。周りの親しい人間の誰もが二人を公認の連れ合いと見ているし、今回の騒動すら少々規模の大きい喧嘩としか見ていなかったのだ。それも、犬も食わないほうだ。 一通り口も好きなところも吐き出して落ち着いた様子の伊織を見ながら、さやかが言う。 「でもやっぱり、伊織さん錬太郎さんのことが好きなんですよね?」 「‥‥‥‥‥‥」 「好きだから、文句が出るんですよ。どうでもいいなら無視してしまえばいいんです。それだけ、そんなに怒るほど、気になっているんですよね?」 さやかが一つ一つ確かめるように言う言葉を、伊織は今はすっかり静まった心で受け止める。不思議なまでにすとんと心にはまる優しい調子に、溢れる感情が涙となった。 「そうだ‥‥‥。私、錬太郎のこと大好きだ‥‥‥」 噛み締める一言。 伊織はすっきりした笑顔を見せて、涙をぬぐい恥ずかしそうに全員に礼を言う。 「なんだか、愚痴聞いてもらって励ましてもらって、すいません」 「いいんですよ。こういうのは誰も人事じゃありませんから」 「うちの旦那にもよく苦労させられたが‥‥‥今ではいい思い出だよ」 夏葵が背をさする。その横で、雫の惚気に反応した灯華がにやにやと視線をやると、うつむき加減で「いや‥‥‥すまない」とぼそぼそ。」 纏がふと、思いついたように伊織の手を取る。 「纏さん?」 「伊織さん指細いなー。その、伊織さんの指輪の大きさってどれくらいなん?」 「そうかしら? 9号くらいだと思うけど‥‥‥普通でしょ?」 手も綺麗やし、と続く纏たちを尻目に、琉央が真意を察し、すばやく席を立った。 夏葵も専門的な立場から、精神的な負荷を解放したと診断をくだす。部屋に入った時の様子から比べれば相当の快復である。 と、そこで灯華が不意打ち気味に夏葵に抱きついた。 「あとはもう、尻に敷いてやるくらいの気持ちで引っ張ってやればいいのよ。いいとこは褒めて、駄目なとこは叱ってやればいいじゃない」 「え? え? 会話と行動一致してないですよ!?」 わきわきと巧みに掴んで放さない灯華の腕に捕らえられた夏葵から少々目をそらしてさやかがそうですよ、と。 「どうしても男の人がしっかり出来ないなら、そばにいる女性が変えていけばいいと思います。いい伴侶がいれば男性は絶対成長しますし、伊織さんはそれができる方だと思っています」 障子の向こうから陽光が差し込む。柔らかくぬくもりを伝える明かりに照らされて、伊織はまた照れくさそうに微笑んだ。 ●いざ、本番 「‥‥‥てことだ」 「‥‥‥わかった」 琉央とルオウがやけに難しそうな顔で向き合う。双方の複雑な胸の内を知ってか、晃が言う。 「こっちも出来上がりや。錬太郎にしては珍しく、渡す指輪の大きさは調整しなくてええみたいやしな」 「脱鈍感男っちゅうのは形から入るのがええと思うてな、服も俺が選んだったんや」 志乃が用意した服を着た錬太郎を見れば、なるほど馬子にも衣装というか、一目には抜けている様子はない。表情から気合を入れているのが伝わるので、それも雰囲気を作るのに一役買っているといえる。 鼓動が早鐘を打っているのが手に取るようにわかる輝血は、最後とばかりに助言を一つ。 「素直に謝って気持ちをしっかり伝えること。彼女だって別に君のことを嫌ってるわけじゃないんだから、後は全部君の頑張り次第だよ」 「はい!」 元気よく返事をする錬太郎。 晃が苦笑とともにあらかじめ決めた逢引の行き先を再確認すると、 「ええか、告白の台詞はええから、はっきり「好きだ」いうて伝えるんや。失敗しても最後まで諦めたらあかんで」 気持ちぶつけたれや、と剛毅に笑う。志乃もせっかくの勝負パンツ無駄にすんなやなどと茶々をいれる。 ともかくもあまり遅くなってもいけない。緊張感を切らさないうちに屋敷に向かう。 屋敷に着くと、錬太郎の部屋から複数の笑い声が聞こえる。先に琉央が部屋に入ると、全員に向かって頷く。 それに応えるかのように開拓者たちは立ち上がり、混乱する伊織を他所に部屋を後にした。 微笑だけを残していった面々に何が何かわからないまま、伊織が呆然としていると、そこに錬太郎が入ってきた。 一瞬硬い緊張が持ち上がるが、錬太郎がいつまでも立っているので、伊織も立ち上がった。 「伊織、ごめん。色々となんていうか、いままで迷惑かけた」 「え‥‥‥」 心臓が止まったかのように息が詰まる。 余所行きのようなきまった格好と、先日の自分の言葉を顧みて固まる伊織を他所に、錬太郎の言葉は詰まった。 「怒らせちゃったし、悲しませちゃったし、なんていうか本当に駄目だった。俺すごく駄目だった」 曖昧な笑みを浮かべながら訥々と語る錬太郎。息も忘れて緊張する伊織。 瞬間、何かが錬太郎を押し、伊織を押す。その足元に少々乱雑に転がったゴミに足を取られ、二人はバランスを崩し、自然、お互いに身を預けるようになる。 カツンと歯をあわせるほど勢いのある接吻を交わして、石で出来た茹蛸のごとく固まる二人。口の端から血を流しながら、錬太郎が伊織の肩を抱く。 「伊織、好きだ」 突き抜けるような衝撃とともに広がっていく熱を胸に感じながら、伊織は目を見開いた。じっと視線を離さない錬太郎。 気づくと、涙が溢れていた。今日はなんだかよく泣かされる、とどこかで思いながら、気持ちのままに笑顔を見せた。 「私も、好き」 輝かんばかりの笑顔に見惚れたか、二拍、三拍おいて、 「‥‥‥よかったぁ〜。ホントよかった」 ほっと胸をなでおろして、手に持っていた指輪をかざす。 「これ、作ってたんだ。あげる、伊織」 彼の体温で暖かくなっている指輪を呆然と受け取った伊織が、何かを言う前に錬太郎が続ける。 「伊織、結婚しよ」 満面にいつもの子供っぽい笑みを浮かべて、伊織の手をぎゅっと握る。 伊織の答えは、決まっていたといってもいいだろう。 錬太郎の胸にうずくまって、彼女ははっきりと応えた。 「うん!」 ●おまけ あの、これ少ないですが。 そう言われて驚いたのは開拓者たちだ。 「俺たち結婚することになりました。つきましてはお祝い金‥‥‥」 「感謝の気持ちと思ってください。少なくて申し訳ないんですが」 こりゃ尻に敷かれるなと、誰もが思った。 「お二人が幸せになってくれるだけで」 「いや、もらえるもんは貰っておこう」 さやかが丁寧に断ろうとしたが、強引に押し切られた形でくたくたの祝儀袋を渡された。普通こういうのはこっちが出すものなのにと思いつつ、手に取る。 帰り道その様子を思い出しながら、くすりと笑う夏葵。 晃が少しだけ貰った酒を流し込みながらこちらは大笑する。 「所詮、夫婦喧嘩は犬も喰わない。恋人同士のいざこざは開拓者も喰えないっちゅうこったな」 開拓者たちの笑い声を響かせて、また明日は誰かを照らすだろう太陽は沈んでいった。 |