仔砂蟲の饗宴
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/08 21:53



■オープニング本文

 アル=カマルの魔の森だった土地の上空で、飛び交う龍の背から身を乗り出した者達が、歓声をあげた。

「よっしゃー、思ったよりうまくいったぜ」
「これだけ木が倒れれば、あとの始末も楽になるわぁ」

 彼らの眼下では、奇怪な色の植物に埋め尽くされていた土地が、深く掘り返された姿があった。
 その中央で倒れているのは、巨大な芋虫サンドワームだ。
 外殻は黒。通常は縄張りに踏み込まなければ脅威ではない種の中で、ひたすらに移動して獲物を求める厄介な強敵である。
 あまりに脅威なので、現われた地域では部族間闘争が起きていても休戦し、協力して退治を試みる相手でもある。

 この黒いサンドワームが発見されたのは、魔の森から龍でも一日飛ばねばならないような場所だった。
 幸いにして、周辺に人里はない。たまたま王都から魔の森近くのオアシスに物資を輸送していた飛空船が、その姿を見付けだしている。
 上空からでなければ、その輸送隊が犠牲になっていただろう。もちろんかなり離れた地域まで、輸送隊はその脅威を知らせて回る。合わせて、どこに向かうかの見張りを始めた。

 そうしているうちに、魔の森焼却作業を行っている王宮軍と独立派遊牧民達の両方から、同じ案が出てきた。
 いわく、
『そのサンドワームを魔の森に突っ込ませて、未だ残って作業の停滞を招く植物型アヤカシにぶつけよう』
 どちらも退治せねばならないものなら、両者をぶつけ合わせた後に、残った方を退治しようとそういう考えだ。
 魔の森からははるか昔の遺跡が発見されたりもするが、それを惜しんで焼却作業を停滞させる考えは、実際の活動者達にはない。一日でも一時間でも早く、この土地から瘴気を拭い去りたいのだ。

 三日ほど掛けて、サンドワームを魔の森に誘い込み、瘴気にやられて仆れるまで引きずり回すことに成功した一同は、この時は後のことなどたいして心配していなかった。せいぜい、死体が大きいから火を掛けた時にひどい臭いがするだろうとか、その程度。
 よって、火の勢いを調整する人手をいつもより増やすため、開拓者達を呼んだ。


 問題が判明したのは、彼らの到着した日のこと。

「幼虫? まさかアヤカシの?」
「違う、ブラックサンドワームの」
「じゃあ、倒したのは雌だったんだ。でも幼虫なら、大した大きさじゃ」
「一匹が三メートルくらい、もちろん黒」
「‥‥聞きたくないけど、何匹?」
「十匹は数えたそうだ。でも死んだ奴の腹の中にまだいると思う」
「えーと、まだ生まれてるってことだよね、それ」
「は? 腹の中で孵化した奴らが、親を食って出てきたに決まってるだろ」

 細かいところで不明な点もあるが、散々サンドワームが掘り返し、暴れ回って地表が荒らされた魔の森の中で、ブラックサンドワームの幼虫が大量発生。遠からず親の死体と言う食料を食い尽くして、餌を求めて移動し始める。
 そうならないうちに退治しつくすことが、急きょ依頼に加えられた。





■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
露草(ia1350
17歳・女・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

 確か、魔の森に入る前に天河 ふしぎ(ia1037)が言っていた。
 生まれたばかりで可哀想な気がする、と。
 多分地上移動の一団より先に、上空からこの光景を見ただろう彼は、考え直しているだろう。
 正確なところを言うなら、炎龍赤紅の上で腹を抱えて笑う器用な真似をしている笹倉 靖(ib6125)が、天河を仏頂面にさせていた。
「可哀想くない、これ全然違うって」
「そんな繰り返さなくても、分かってるよ!」
 大砂蟲相手に大きな音は禁物だが、どちらも十分に上昇しているのでつい怒鳴り合っていた。怒鳴るのは、単純にそうしないと声が届かないからだ。
「どうにも‥‥見目が悪いのう。予想以上じゃ」
 その二人に声は届かないが、空龍天禄に乗る椿鬼 蜜鈴(ib6311)も渋い表情をしている。
 それも当然。
 三人の眼下では、黒々とした巨体を荒れ果てた異形の森に横たえた黒大砂蟲が横たわり、挙句にそのあちらこちらから小型の仔砂蟲が外殻の薄いところを食い破って姿を見せているのだから。
 挙句に、一旦頭を外殻の外に出しても、また体内に戻っていく。その理由に思い至れば、生まれてすぐの生き物は大抵可愛いと思う感性は、まず働かない。人側の勝手な理屈ではあるが、ここで見逃すことなどありえなかった。
「気が進まぬが、いつもの調子では駄目そうじゃな」
 先に依頼人達から再三注意を促されていても、ここに至るまで煙管を唇から離さなかった蜜鈴だが、仔砂蟲の数を見て渋々小風呂敷に煙管を包んで懐にしまい込んだ。散々笑い転げていた笹倉も、懐紙か何かに煙管を包んでいるようだ。
 天河もしっかりとゴーグルを掛け直し、首と顔の下半分をマフラー状の布で覆って、臨戦態勢を整えていた。アヤカシではない生き物に対する感覚として、生まれたばかりの存在の死が望まれるのは楽しいものではないが‥‥
「こんなの、森の外に出したら駄目だもんな」
 共存共栄できる相手ならば良かったが、そうではないなら自分達が生き延びるために全力を。
「あの親の死骸が邪魔になるかもしれんが‥‥まあ、二人掛かりなら何とかなろうて」
 事細かに合図があったわけでもないが、天河の改式弐になる滑空艇・星海竜騎兵がすうっと下がっていくのに合わせ、蜜鈴は愛用の扇を腰回りを留める帯にしっかりと挟み込んだ。遊牧民達が口やかましく、使わないなら大事なものは置いていけと繰り返していたが、これと煙管は手元にないと落ち着かない。
「確かに、あれだけの数を潰したら、こちらも壮絶なことになりそうだが‥‥天禄、上手く飛んでおくれよ?」
 背に乗る相棒の言葉をどこまで理解したか、天禄が低いうなり声をあげたのと下方で声のないざわめきが起きたのとはほぼ同時。
 こちらは術具としても大事な扇をぱちんと閉じた笹倉が、神楽舞「護」を天河と蜜鈴に掛けたのも、その時だ。


 大砂蟲なら、以前に一本釣りしたことはある。しかし幼虫狩りは今回が初めて。滅多に体験できるものではないし、一匹残らず潰して回るぞ。
 そんな元気と景気の良い目的の元、目的地が見えるところまで辿り着いたリィムナ・ピサレット(ib5201)は声を出さずに依頼人達を罵倒しようとして、思わず手足を振り回していた。ここまで霊騎アラベスクに相乗りさせてくれたアルバルク(ib6635)が襟を掴まなかったら、うっかり落馬していたかもしれない。
「こんなことになっているとは‥‥」
「た〜しかに。これは気合い入れないと駄目だね」
 対照的に、露草(ia1350)は蒼い顔で走龍ルドラの背に前のめりに倒れ込んでいきそうだ。こちらも相乗りさせてくれたケイウス=アルカーム(ib7387)が心配してくれている。
 彼らの前方では、上空移動組が目撃したのと同じ光景が、角度を変えて展開している。大砂蟲の腹部がこちらに向いているせいで、仔砂蟲が肉片を咥えて飛び出してくるのも見えてしまい、目撃者達がそれぞれに反応しているところだった。
 戦闘には経験が足りずに適さないが、移動の補助は出来るという霊騎に乗せてもらっていた宮坂 玄人(ib9942)は、ここまで送ってくれた者に短く礼を述べて帰すと、冷静にその光景を観察していた。
「腹の中と、地面の下。どっちも姐ちゃんと嬢ちゃんの攻撃だけじゃ、抉り切れねえかもな」
「‥‥そうだな」
『そこまで強い相手だろうか?』
 羽妖精の十束が、玄人の肩に掴まっていた姿勢から飛び離れつつ、アルバルクと玄人の会話に入ってきた。
 彼らの作戦では、天河が縄で括った丸太を上空から落として引きずり仔砂蟲を引き寄せ、そこに露草と蜜鈴がそれぞれ範囲攻撃の術を仕掛けるのが、まず最初。そこからは、取りこぼしを皆で一匹ずつ潰していく予定だ。
「大きくても虫ですから、氷龍はよく効くと思いますけど」
「あたしも、あんな蟲、軽ぅく潰してあげるよ」
 出来るだけ近付かずに、一度に大量に退治したい気分を全身から放出する露草と、こんなの予想していなかったの苛立ちをぶつける気満々のリィムナとが、アルバルクの『嬢ちゃん』の一言に反応している。露草の相棒人妖の衣通姫は、睨む目付きだ。
 いずれも『そんな弱くない』と言いたいのだが、アルバルクとて彼女達の力量を疑うのではない。
「あの蟲の外殻は固いので有名だし、地中に潜ってるのがいたら、それだけで砦の中に入ってるようなものだろ?」
 ケイウスが補足して、相棒も含めて皆納得したが、わざわざ説明が必要だった原因は目の前に光景にあるだろう。ただのアヤカシ相手なら、状況を読み取るのはいずれもお手の物に違いない。
 虫には存在する生態ながら、親の死体を貪り食う仔の姿は、人の目には気持ち良いものには映らないし、そもそもの姿にも可愛らしさはない。目も鼻も退化していて、牙だらけの口だけぱかぱかしているのは、やはりどう見ても気色悪かった。
 挙句にそれが、あちこちで共食いまで展開中。一応『餌』があるので、ぶつかるなどして互いの存在を間近に認知した場合だけ、共食いが発生しているようだが‥‥
「蚯蚓は半分になっても動くが、大砂蟲はどうだ?」
「頭のある方は動くって話は、何度か聞いたなぁ。とにかくしぶとい生き物だから」
「んじゃ、頭を確実に潰せって、上にも連絡してやれ。口がなきゃ、襲ってもこないだろ」
 内心はどうだかわからないが、基本的に表情が動かない玄人が共食いで胴体半ばで食い千切られた仔砂蟲が激しく動くのを指して、ケイウスに尋ねる。視線をやって、こちらは流石に苦い顔付きになったケイウスが答えたのを聞いて、アルバルクが上空移動組の三人を示した。
 吟遊詩人のケイウスがその技能で、上空を移動した三人に事の次第を伝えると、蜜鈴が『耳が汚れる』とか言い返してきたらしい。確かに大抵の者が同感だが、脇で聞いていたリィムナの反応も変わっている。
「あいつら不味いんだってね。美味しい調理法ってないのかな?」
「こんなところで獲れただけで、そもそも食用は無理ですっ」
 露草が冗談ではないと身を震わせて、でも声は最低限に落とした器用な叫び声をあげている。リィムナもやっぱりそうかとしばし項垂れた後、迅鷹のサジタリオに『突いても飲み込んだら駄目』と言い聞かせていた。
『おしごとはー?』
「ええ。周りは安心そうですし、そろそろ参りましょうか」
 衣通姫が何をお喋りしているのかと唇を尖らせて訴えるのに、露草がにこりと微笑んで頷いた。ここまで同行した移動補助のジン達が距離を取るまで、また地上は玄人、上空なら天河の心眼が周辺の反応を探るまで、時間を取っていたとは衣通姫には今一つ理解が及ばないようだ。
「あちらの木がアヤカシだな。射線に入るか?」
 玄人が指した木は二本、言われて皆が見やれば風もないのに枝を不自然に揺らしている。露草が問題なしと身振りで示して、それを確かめたケイウスがまた上空を振り仰いだ。小さな声だが、それに合わせて上の三人が相談通りの行動を始める。
 滑空艇から勢いよく、荒々しく掘り返された土の上に落ちた丸太の重い音につられたように、巨体の中から仔砂蟲達が続々と頭をのぞかせた。
「あれは‥‥うん、食べられなくていいや」
 リィムナの囁き声に被さって、自然界ではありえない音が響いた。


 天河が丸太を引きずるために低空飛行に入る直前、笹倉が神楽舞「護」を付与していた。仔砂蟲程度に後れを取るとは思われないが、囮役の安全を祈念するのも巫女の役割だ。
 まさかそれを心底やってよかったと感じるとは、最初は予想もしなかった。
「無事か〜い? 首とか腰とか、やってないだろうね」
「そんな素人じゃないよ!」
 仔砂蟲が死骸や地中に潜っていても、これだけ派手な音がしたら寄ってくるのは確実と、その場に集った開拓者含むジンが信じた派手な音を立てて、天河が丸太を引きずり出して一分足らず。
 予想していてもぎょっとする数が姿を見せて、丸太に噛みついたり、またその上に絡まったり。あっという間に特大蛇団子のような塊が出来た。
 目的を果たして、天河が丸太を結ぶ縄を切ろうとしたその時、下から数匹の仔砂蟲が滑空艇目掛けて口を開いたのだ。
「爆砂砲かも!」
 様子を見守っていたリィムナが思わず叫び、ケイウスがそれを知らせることが出来て、急上昇と急降下を瞬時に繰り返した天河は砲を浴びる難を逃れたが‥‥笹倉が心配したように、少し関節の緊張が抜けきらないようだ。だが傷めたわけではなさそうだと、笹倉も重ねての確認はしない。
 この間に、地上では大層な爆音と風切音とが響き渡り、僅かながら足元が揺れた。
「はよう一服したい」
 親の死骸と仔砂蟲とが一緒に飛び散るのは、自分の技とはいえ蜜鈴の審美眼には叶わない出来事だったのだろう。その直後、露草の氷龍で白く凍てついた光景を見下ろしつつ、早くも煙管を取り出したくてたまらない様子だ。うっかり汚物が跳ねたら嫌だから、なんとか堪えている。
『うわ、気持ち悪〜いっ』
 もう一人、周辺を凍らせしめた露草は、もう一言もない。衣通姫が繰り返し『やだやだ』と口にしているが、珍しく返事もしない。
 そして、凍った死骸の外殻の中から、またぽろぽろと数体の仔砂蟲が出てきた途端にまた氷龍を撃ち放っていた。
「おいおい、途中で練力切れだけは止めてくれよ」
「あ、それは平気。ここってば、瘴気回復がもう効果的で」
 景気よく凍らせまくっている背中に、まだ出番は先とゆったりした態度でいるアルバルクが、苦笑気味に声を掛ける。すると声はリィムナから帰ってきたが、戦力減の心配がないのならアルバルクに文句はなかった。
 ついでに、リィムナと蜜鈴が相談でもしたかのように、凍り付いた死骸の外殻をそれぞれの術をぶつけて壊してくれれば、後は自分達が主戦力と心得ている。
「隊長、まだ中に大分いるようだから」
 関係でいうなら元同じ傭兵団所属というだけ、今は隊長などと呼ばれる筋はないはずのケイウスがアルバルクと玄人、露草に変わって術攻撃を始めたリィムナに『泥だらけの聖人達』を投げかける。その背後では、ルドラががっちりと睨みを利かせていた。
 アルバルクはアラベスクを駆り、一散にまだ仔砂蟲が内部で蠢いているだろう、凍り付いた外殻の近くに向かった。と、真上に落ちる影がある。
「おっかない姐さんだ」
 天禄で仔砂蟲が飛びつけそうな低空飛行を実行し、まだ残っていた外殻を雷で叩き割った蜜鈴が、また上空に戻るのにアルバルクが漏らした呟きは、同様に霊騎を駆る遊牧民達の短い同意を得た。固い外殻をどうこうしなくていいのは楽だが、中からどっさり仔砂蟲が出て来るのを気にしない肝っ玉は凄い。
 予想されていることで彼らも驚きはせず、機動力を活かして足は留めずに刃や銃弾が届く相手を丹念に潰していく。足を留めれば向かってくるが、複数の音が四方から届くと狙いを迷う一瞬の勝負だ。
 周辺で氷に囚われている仔砂蟲は、玄人と十束の主従が射撃で一体ずつ地道に潰している。完全に凍って息絶えているように見えるのにも攻撃が行われるのは、心眼の反応からの判断だろう。ただ凍ったくらいでは、簡単に死なないところが蟲らしい。
 それでも、凍った体が時に一度で砕けていくのを目撃すると気分が高揚する。十束の鬨の声が上がったから、彼の一撃だったのだろうか。
「よ〜し、釣りあげたらお任せだよーっ!」
 普段はなかなか使えない術も、今日なら使いたい放題と楽しげな歓声付きで、リィムナが宙に飛びあがった。サジタリオとの同化で得た翼で、仔砂蟲が届かない高さを保っている。最初は音を立てないように用心していたのが、仔砂蟲達が音源の多さに戸惑っていると察するや、明らかに届かない位置からさらに混乱させようと考えている節も見られる。
 そして当人の言葉通り、普段は回数を数えながら使用するだろう首輪の付いた強力な式を、仔砂蟲に次々と繰り出していった。合間の瘴気回収で、現在は無尽蔵の術数を得ているとしか思えない。
「俺の出番、なさそう?」
 この調子なら万が一のために控えていた方が良さそうだと、独り言ちたのは笹倉だった。もともと支援中心を計画していた彼は、現在足元から襲われないように、かつ味方全体との距離を取りやすくと、凍らずに残っている大砂蟲の頭の上に乗っていた。本当は木の上が良かったが、周辺の木々は地面が掘り返された影響で力を加えると倒れそうなのが多い。
 もう中身はなくなっているらしい外殻だが、彼一人くらいなら何とか乗っていられた。ともかくも崩れはしないので、細かいことは気にしない。遠目にも、露草や玄人が妙なものを見た視線を寄越してくれるが、他人の手を煩わせないための方策なのだ。
「お前、なにしてんのっ」
 ケイウスがわざわざ術を使って話し掛けて来たのには、後で何か返してやろうと考えたが。
 そんなことを思える程度に、この頃には仔砂蟲の気配は減っていたのだ。後は遠くまで逃れたモノがいないか、地中に潜んでいないかと、地道に探索していくことになろう。
「十匹なんて‥‥誰ですか、数えた人」
『わたし、一人でそのくらい攻撃したよ、ぎゃーって』
『俺も同じくらいは始末したか。玄人殿は‥‥どうした? 虫が嫌いになったか?』
 一区切りついたと理解して、露草がこれまでありえない仏頂面をしばし見せ、一緒に衣通姫も文句しきり。最終的には大小の差はあれ、仔砂蟲が百近くいたようだから、この反応も致し方あるまい。
 反対にどこか楽しそうな十束が、こちらは無表情こそ変わらないが、仔砂蟲の体液が降りかかったのをごしごし拭いている玄人に尋ねて、彼女が口の中で何かしら言ったような気がしたが‥‥腹に響く銃声が轟いたのに紛れて、誰の耳にも聞こえなかった。
 また、アヤカシ出現の声に問い質している暇もない。
「西の方角は一通り見てきたけど、歩く植物アヤカシがここでは珍しくないのかな?」
 流石にすたすた歩くようなのは珍しいと教えてもらったのは、天河が仔砂蟲を探している間に見付けたアヤカシを退治して、更に一時間は後のこと。
「地中も、もう変な音はしてないかな」
 地面に耳を付ける姿勢で集中していたケイウスも、
「南の方角は問題ない」
 端的に心眼の結果だけ報告してくれた玄人も、依頼人側で捜索した他の方角も、ほぼ異常はなかった。厳密には数匹が包囲を逃れてはいたのだが、それらはすぐに切り刻まれるか、消し飛ばされるかしている。
「んじゃ、先に行って迎えを寄越してくれるように連絡してくれよ」
 帰りも相乗りでは、流石に乗騎も疲れるだろうとアルバルクが相棒達に気を使い、というかそういう態度の相棒を鑑みて、笹倉や蜜鈴の了解を取り付けた。こちらの二人は、そろそろ煙管での一服が恋しいのかもしれない。
 中には、別のものが恋しい者もいる。
「お風呂入りたいね。なんか‥‥ついた」
「そうですね。この借りた上着も汚れたので、お洗濯したいですし」
 魔の森の植物の樹液だといいが、本当はよくないが仔砂蟲の体液よりましだ。とにかく何か付いたと手をごしごししているリィムナは早く顔を洗いたいと珍しく溜息を。こういう事態になるからと一枚上着を貸してもらっているが、露草が言うようにそのまま返すのは申し訳ないような汚れ振りだ。
 それだけ働いたのだから気にしないと言われても、彼女達は気になる。
 けれど。
「無理だろ?」
「隊長、声が大きい」
「船と一緒で、水が限られるもんな。天儀みたいには使えないか」
 アルバルクとケイウス、まだ様子確認に居残っていた天河が、お風呂は難しそうだねと話し込んでいる。
 それを横で聞いていた玄人は、自分の手を眺めやって‥‥
『行水なら出来るんじゃ?』
 大声で余計なことをのたまった十束の頭を、拳でごつんとやった。
 実際にどうなるのかは、まず無事に森の外に出てからのことだ。