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■オープニング本文 ●神楽の都で 『流星祭』の時期、街はいつもと違った喧騒に包まれる。 祭は西の空が薄紫に染まる頃に始まる。次々と灯が灯る祭提燈風に乗り聞こえてくる祭囃子。祭会場となっている広場は大層な賑わいで、ずらりと並んだ屋台からは威勢のいい呼び込みの声が響き、浴衣姿の男女が楽しげに店をひやかす。 時折空を見上げては流れる星を探す人、星に何を願おうかなんて語り合う子供達、様々なざわめきが溢れていた。 ●それはさておき 「よお八っちゃん」 「なんだいクマやん」 「もうすぐ流星祭だね!」 八と呼ばれたのは地味な着物の女の子。呼んだのは派手な着物の少女。どちらも年は十の頃合。少女のほうは、墨を含んだ筆のような髪から察するに鶴の獣人らしい。女の子は幼馴染にのんびりと返事をした。 「今年は大きなお祭があちこちであるんだねェ。神楽の都じゃァ、花火と流星群がいちどきに楽しめるなんて」 「オトクだよね! 八っちゃん、浴衣は何にする?」 「浴衣なんてそんな、一昨年オカアが古着屋で買ったのがあるっきりだよ」 「あんなの肩上げしてもまだ余ってるじゃないか。うちのお店のを見繕ってあげるよ」 「鶴瓶の呉服屋のをかい、売り物だろう?」 「いいってことよ。嘉永屋さんに倣って、うちもお品を出すことにしたのさ。 ちょっとくらい汚れたってかまやしねえよ。ねえ八っちゃん、新しい浴衣着てお祭に行こうよ」 「ヤダよ恥ずかしい。アンタの選ぶのはいつもド派手なんだもの」 「そういわないでおくれよ。新作浴衣を着て看板代わりに町に出てくれる人を探してるんだ」 「そんじゃァ開拓者さんに頼むといいんじゃないかい? アタイが着てもしょうがない。依頼に行くんならついてくよ」 女の子と少女は手をつないで歩いていく。 開拓者に会えると胸をわくわくさせる女の子の横で、少女は唇を尖らせた。 (「八っちゃんはオシャレしたらすっごくかわいいんだい。 何が似合うだろ。そうだ、開拓者さんに決めてもらおうっと」) ギルドで二人を出迎えたのは叫び声だった。 「屋台の売り子さんが足りないんですー!」 窓口で訴える、流れらしい旅泰(泰国の商人)。 地味な風采の小柄な女性で、長い髪を無造作にくくっている。姓は呂、名は戚史(リウ・チーシー)。 「それでうちを利用するんですか?」 ギルド職員は怪訝な顔をする。 「私、一身上の都合でさる筋から補助金をいただいておりまして、開拓者の方を雇ったほうが安上がりなんですー」 「へぇ〜」 「なんですか、今の?」 「いえ、たぶんそれを聴いたその人はそんな反応をするんじゃないかなって」 ギルド職員は持っていた扇子で自分をあおぐ。夏だなあ。 八とクマが長椅子に座って順番を待っている間にも話は進んでいく。 「屋台なんですけど、何をやるかまだ決まってないんですよね」 「ダメじゃないですか」 「まかせてください。そこは腐っても旅泰、当日までには屋台も機材も材料もぜーんぶそろえてみせます!」 「もしかして出店許可もまだだったりします?」 「いえいえ場所ぐらいは押さえてますよ。会場の北にある盆踊り広場の櫓近くです。まあ、ちょっと、人の流れから外れてるんですけど」 「赤字が目に見えるようですね。だから開拓者さんの知恵を借りたいと」 「せっかくだから泰国名物の『朽葉蟹』や『朱春甘栗』を扱ってくれるとうれしーなーなんて。交易で私達の取り分も増えるしー」 「そんなの売れるんですかねえ……」 「ちょっといいかい?」 小さく叫んで椅子からずり落ちそうになる旅泰。 声をかけたのは派手な着物の少女だ。 「今の話、一口かませておくれよ。おいら、呉服屋の娘で、新作浴衣を着てくれる人を探してるんだ。粋な浴衣姿のお兄さんお姉さんが売り子をするなら、お客さんも増えると思うんだよ。どうだい?」 「願ったり叶ったりです」 さらさらと書類に筆を入れる職員。 「開拓者の方に泰国名物を使った屋台の運営を指図いただいて、当日は浴衣を着て売り子や呼び込みをしていただくと。これでよろしいですね」 「おいらと八っちゃんも売り子をするよ」 「え、勝手に決めないどくれよ」 「嫌なのかい? 開拓者さんが一緒だよ?」 「……嫌じゃない」 かくしてギルド掲示板に一枚の依頼書が張り出された。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
春吹 桜花(ib5775)
17歳・女・志
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
セリ(ic0844)
21歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●よろしくされる 開拓者達と顔を合わせたとたん、依頼人の呂が悲鳴をあげた。 「仲間に挨拶回りしないと! これ、お願いします」 小料理屋主人だけあって落ち着いて見える、十野間 月与(ib0343)に財布を押し付けた。 「あたいかい?」 面食らった彼女はそのまま受け取ってしまう。からくりの睡蓮もとまどい、主人と呂を見比べる。 「それじゃ、あとお願いしまーす」 丸投げである。 宝狐禅の伊邪那をだっこしたまま柚乃(ia0638)がつぶやく。 「屋台運営……今まで経験あったでしょうか」 礼野 真夢紀(ia1144)も傍らのからくり、しらさぎに目をやった。 「まゆたち開拓者を、ここまであてにするなんて思わなかったね」 人ごみに消えて行く呂を見送りつつ、だからきみは騙されたりするんだと、口にしなかったのはからす(ia6525)の優しさだった。猫又の沙門もあきれた声だ。 「無用心なお人やな」 気を取り直した六条 雪巳(ia0179)は、相棒の人妖、火ノ佳の隣で所在なさげに立っていた子ども二人に声をかけた。 「八重子さん、クマユリさん。私達がついていますから大丈夫ですよ」 星屑のヘアピンを二人に差し出す。クマユリが口笛を吹いた。 「いいのかいお兄さん、こんな珍しいものを」 雪巳は微笑み、少女の手に握らせてやった。 「今日は流星のお祭りですから、記念に受け取ってくださいな」 「ありがとう。ほら八っちゃんも恥ずかしがってないで手を出しな」 クマユリの後ろに隠れていた八重子はぼそぼそと何か言って受け取る。すごくうれしいとか大事にするとか、そんな感じだった。さっそく髪に挿している。 春吹 桜花(ib5775)はそんな八重子の頭を豪快に撫でてやった。 「こりゃかわいらしいお嬢ちゃんたちでやんす。お金が底をついたあっしと一緒に、期間限定売り子さんになって働くでやんす!」 相棒の駿龍、ほったんも、のしのし歩いて二人に首を伸べた。 同じく駿龍のフクロウを相棒に持つ、セリ(ic0844)は目を輝かせて水晶の賽子を取り出す。 「景気づけ行くよ。初仕事、上手くいきますように!」 まぶたを閉じて器の中に投げ入れる。涼やかな音の後に皆が覗きこむと、日の丸ひとつ。 思わず黙りこんでしまった輪の中で、神座亜紀(ib6736)が、すかさず指を鳴らす。 「一番になれるってことだね」 からくりの雪那もしきりにうなずいた。 月与は財布をしまうと、雑然と積まれた機材の上に、自分の手回式かき氷削り器をでんと置いた。 「まずは頼んだ物があるか確認よ。そしたらまゆちゃん達はあたいと仕入れに行きましょ。雪巳は唯一の男手なんだし、残った人と設営をお願いできるかしら」 「かまいませんよ」 クマユリがそう答えた雪巳を見上げる。 「お兄さん、浴衣が汚れちまうよ。月下美人のがもったいないよ」 雪巳はいたずらっぽく笑った。 「では新しいのを用意してもらえますか、呉服屋のお嬢さん。もし人妖サイズの浴衣があれば、火ノ佳の分もお借り出来ると嬉しいのですけれど」 「あるともさ。小さい子用の肩上げ済ませたやつが」 金の瞳の人妖が、両手を上にあげ精いっぱい背伸びする。 「誰が小さい子じゃ! わらわを子ども扱いするでない!」 柚乃はまばたきすると、クマユリに一歩近づいた。 「クマユリちゃんの家は呉服屋さんなのですね。柚乃も普段から呉服屋にお世話になっているのです」 「へえ、どおりで。お姉さんの浴衣にある朝顔の見事なことといったら。あれ、猫耳は飾りなのかい?」 「えへへ、そうなの。泰といえば……猫族に扮してみようかなって」 照れくさそうに笑った柚乃を、腕の中の伊邪那が見上げる。 「泰国もそろそろ祭りの季節よね」 桜花が腰をかがめ、クマユリに視線を合わせた。 「あっしはいつも同じ服装でやんすから、浴衣を借りるでやんす。見た目を看板役のほったんとお揃いにしてえんですが」 「そんなら後でみんなしてうちに来るといいよ。そんで好きなのを選んどくれ」 「ピッタシのが見つかるといいでやんすな、ほったん」 額に星のある駿龍が小さく鳴いた。 亜紀は手をあげる。八重子に向かって。 「やあ」 八重子も手を上げ返す。それがあんまりぎこちないものだから、亜紀はつい笑ってしまった。元々朱に染まっていた八重子の顔が、ゆでたみたいに真っ赤になる。 「そんなに緊張しないでよ。今日は一緒に頑張ろうね。この撒菱を屋台に飾り付けるから手伝ってよ。それから、お友達のクマユリちゃんちで、ボクの雪那の浴衣を選んでくれない?」 「……うん、わかった」 そう言って両手を胸にあてた八重子の帯からは、アヤカシ話の紙切れがのぞいていた。 駿龍のフクロウの首を叩き、問屋街でセリは胸を張る。 「荷物持ちはこの子に任せればいいよ。どんどん買っちゃって!」 フクロウが低くうなりセリの頭に顎を乗せる。若干、不満そうに。 鷹揚にうなずくからすとは反対に、猫又の沙門は値段比べに忙しい。相場は頭に叩き込んである。あとはどれだけ安いのを見つけてのけるかが勝負。 真夢紀はからくりのしらさぎと一緒に駆け回っている。すれちがった月与が声をかけた。 「まゆちゃん、西瓜見つかったわよ。こっちで押さえとくからね」 「ありがとうございます。みつまめありました?」 「つぶ餡ならそこで量り売りしてたわ。近くにあると思う」 「わかりました!」 手分けして探しまわっているのは、かき氷にトッピングするものだ。このために真夢紀はジャムや甘酒まで持参してきた。 「お客様の笑顔のためにがんばるのです」 「ガンバルのです」 なんとなく復唱したしらさぎが足を止めた。 「マユキ、ミツマメあった」 「しらさぎ、えらい!」 誉められたからくりは、しかしその隣を指差した。 「トウミツ、クロミツ、どっち?」 「えっ」 糖蜜、黒蜜、どちらにすべきか。論争は諸説入り乱れ雪月花、未だ決着のつく様子がない。真夢紀は二つの瓶を両手でつかんだ。 「種類が豊富な方がお客様は寄ってきます!」 「よってきます」 月与は睡蓮と共に青果市場をうろうろ。からすとセリも相棒を連れてついていく。フクロウの背には砂糖と白玉粉の袋、月与の用意した保冷庫に詰めた西瓜に海産物。それから、上に陣取った沙門。 やがて月与が立ち止まったのは、泰国産のめろぉん売り場だった。 「意外とお高いのね」 ぼやきを聞きつけた旅泰が月与に貼りつき、ここが商機とばかりに売り込み攻勢をかける。月与はあわてて白い手を振った。 「探してるのは絞ってかき氷にするような二級品よ。果汁前提なら形の良し悪しは関係ない分、仕入は抑えられない?」 嫌みったらしくそろばんを見せる旅泰と月与の間に、沙門がしゃしゃり出る。 「やあやあかっこええ兄ちゃん、儲かってまっか?」 景気のいい笑顔で、沙門は旅泰の機嫌を取り始めた。 「ええ品を扱ってまんなあ。さすが旅泰さんや、嵐の壁を股にかけるだけある。兄ちゃんとこの宣伝もしたるさかい、ちーとまけてくれっかい?」 言うなり体を開き、斜め後ろを指差した。その先でセリのフクロウに体を預けていたからすが、小首をかしげる。 「こんなぷりちーな猫と子供の頼みやでまけて〜な」 店先に飾っておきたくなるような沙門の笑顔。しかし旅泰は眉を寄せたままそろばんを弾く。向こうも必死だ。上げて、下げて、また上げて。 沙門はケチもつけずケンカも売らず、根気強く説得を続ける。 「ウチらは目当ての品を買える、それを見て聞いて食べたお客さんが喜ぶ、そんで兄ちゃんとこに来る。ええことばっかりやで。ウチは信用を買ってるんや。信用されとる相手はりすぺくとせにゃと思ってる」 旅泰はしばらく頭をひねっていたが、やがてそろばんをはらうと一から計算し始めた。その手元をのぞきこんだからすは笑みを浮かべる。 「ありがとう。約束は守るよ」 ●らっしゃーせー 八重子は飾りつけられた屋台を見上げていた。 「……お星さまきれいだなァ」 亜紀と二人で吊るした撒菱が、ムザィヤフの魔法でちかちか瞬いている。流星祭にふさわしい星明りに、女性や子どもが立ち止まり、ついでに品をのぞいて行く。 着替えも設営も完了。 伊邪那は柚乃の腕からするりと抜け出し、いくつもある尻尾を振った。 「さぁやるわよー☆」 柚乃は自前の浴衣を着込み、猫耳カチューシャにあわせて髪を結い上げてある。豪華な朝顔の咲いたノリの効いた浴衣に緑の兵児帯で涼しげに。手元のカードをのぞくたびに、髪に飾った紅い宝珠と鈴蘭を模った鈴が澄んだ音を響かせる。 柚乃は手を打ち、耳目を集める。ヴィヌ・イシュタルの加護を得て、鈴が淡く輝いた。 「右行くおにいさま、左のおねえさま、どうぞお越しください。めろぉんかき氷から本格点心まで、おいしい泰風料理のお店です。今ならもれなく柚乃があなたの未来を占います。お代はいらないですよ。いかがです?」 さっそく若い娘達が集まって来た。クマユリはそれをうれしそうに見ている。柚乃は精霊占術で客の相手をしながら、クマユリをちらりと見た。 (「クマユリちゃんのお店、あまり繁盛してないようでしたけど……ううん、深く考えないようにしましょう」) 桜花も威勢よく声を張り上げる。 「へい、らっしゃい! そこの姉さんや嬢ちゃん、あんちゃんも泰国名物、朽葉蟹や朱春甘栗をお食べなさいやし! めろぉんは旅泰のお墨付き! どれも味は保障するでやんす、今買わないと、売り切れるかもしれないでやんすよー?」 青を基調に星がちりばめられた浴衣には、月光に染まった夜桜が舞う。どこから調達したのか、帯に桜を一枝挿した格好で、首から看板をぶらさげた相棒を叩く。 「招福龍もおりやす! 額の星をなでるといいことあるでやんすよー。流星祭の縁起かつぎに、いかがでやんすか!」 からすは裾をまくりあげ、たすきをかけた。白い二の腕があらわになる。浴衣は渋い桑染め。戯画化された猫や狐が踊っている。 チマキや蟹包子を蒸し器にかけようとしたからすに後ろから声がかかる。 「火ィ、使うでやんすな?」 からすは手を止め振り向く。桜花だった。 「料理には付き物だからね。特に泰のは火力が命だし」 「あっし、一身上の都合で火が苦手でやんして」 不思議そうに首をかしげるからす。 「自炊できないじゃないか。普段の食事はどうしてるんだい?」 「仕出しとか店屋物とか、土地の名物は必ず食べるでやすよ。風来坊でやんすから」 「そうか。ツテがあるなら大丈夫だね」 からすはふと気になったことを口にする。 「ということは、熱いものは食べ慣れていないのかな」 「言われてみれば、出来立てのあっちぃのはそんなに食べねえでやんすな」 桜花も頬に手をあて記憶を探っている。 「祭りは誘惑が多いんだ。舌を火傷しないよう注意するといい」 からすの言葉に桜花はまじりっけのない笑顔を返した。 「ご忠告ありがとでやんす。それじゃ売り歩いてくるでやすよ。からやんの料理もバッチシ宣伝してきやすとも」 「旅泰のめろぉんのことも頼むよ」 「まかせるでやんす! ほったん、お店の看板よろしゅう」 駿龍が首を縦に振り、額の星が灯りを受けて照り輝いた。 盆踊り会場で人待ち顔をしているのは、雪巳と火ノ佳だ。 「ほほほ、皆わらわの美しさに見とれておるではないか」 さんざんごねたくせに、火ノ佳は実物を見ると方針を変え、子供浴衣に袖を通した。主人とおそろいの白地に鮮やかな手毬模様、紅い兵児帯が金魚のようだ。雪巳も扇を手にのんびりと答える。 「お祭り、良いですねぇ。心が浮き立つ気がいたします」 新しい浴衣は新雪のような白さ。胸元と裾に藍染の流水紋が艶を添え、縁起のよい蜻蛉も配されている。鬢の毛一本乱さず、すっきりと結い上げた銀の髪には、真珠の簪が慎ましく光っていた。 向かいからきた少女が、雪巳に手を振る。 「おにいちゃん見っけ! ねぇねぇ、すごく美味しい泰料理の屋台があったよ!」 亜紀だ。くったりした肌触りのよさそうな浴衣には赤に青といくつもの朝顔が咲いている。長い黒髪はルーズにまとめ、朝顔を散らした幅広リボンを編みこんでいる。 彼女の手にはかき氷。雪巳は目を細めた。 (「打ち合わせどおりですね。よろしくお願いします亜紀さん」) 二人はまるで本当の兄妹のように仲睦まじく話しはじめる。 「このかき氷、めろぉんの果汁を凍らせてるんだよ。珍しいよね。口に入れるとじゅわーって味が広がるんだ」 亜紀は匙ですくうと、雪巳に差し出した。 「はい、おにいちゃん。あーん」 雪巳は苦笑をにじませて腰をかがめた。二人の間にすばやく火ノ佳が割り込む。一瞬で空になった匙に、亜紀は悲鳴を上げた。 「おにいちゃんにあげようと思ってたのに!」 「主人の毒見をして何が悪いのじゃ?」 二人の声に人の流れが止まる。すぐにまた歩きだすが、立ち止まったままの者も居る。亜紀のからくり、雪那もだ。 派手なのをよろしくと亜紀から言われた八重子は、彼女なりに悩んだ結果あさっての方向に行ったらしく、黒地に豹柄、龍虎が戦う金の刺繍入りを雪那に持ってきた。帯にも金糸で飾り模様がぎっしり。怜悧な美貌を持つ彼でなければ着こなせなかっただろう。 (「妹でも喜ばないかもしれません」) 野生的な衣装の雪那はしかし、主人が心配でならない。たかってくる奔放な娘さん達に甘栗の袋を売りつけながら亜紀の様子をうかがっている。 その亜紀を前に勝ち誇る火ノ佳は、おもむろに咳払いをした。 「思ったより乙な味じゃ。わらわに献上してもよいぞ」 雪巳は亜紀の手から匙を受け取り一口味わった。冷えた甘露が喉を下る。舌の上に残ったかち割り氷の破片が食感を引き立てている。 「美味しいですね」 「でしょ? 他にも色々売ってるんだ。ねぇおにいちゃん、朽葉蟹の担々麺買ってよ」 「はいはい」 視界の隅に桜花の姿を見かけた雪巳は、そっと扇を振った。精霊の加護を受けて元気よく走り去る後姿を眺め、屋台に向けて歩き始める。何人かついて来たようだった。 真夢紀はずらりと並べたかき氷の材料を前に、割烹着を身につける。 「しらさぎ、まゆの背中にちゃんと龍が見えてる?」 「うん、みょーって伸びてる」 (「食べ物扱うから割烹着、着るんです。背中に特徴があるか透けて見えるはっきりしたものが良いかと」) 呉服屋でそう伝えた真夢紀が選んだのは豪快な昇り龍が染め抜かれた男物。豊かな黒髪は後ろでサムライポニテにし、手ぬぐいをハチマキ代わりにきりりと締める。 隣のしらさぎの浴衣は白地に紅と紫の朝顔が咲き誇る。帯を高めにとったせいでさらにほっそりして見える体を、ふわふわのマシュマロブロンドが縁取って深窓の令嬢のようだ。その見た目で黙々と焼き栗を剥いているわけだが。 まだ湯気の立つそれを平気で手に取れるのはからくりならではの芸当だ。宇治金時を作っていた真夢紀がしらさぎを振り返る。 「袋に詰めたら月与さんの保冷庫で冷やしておいてね」 「うん、わかった」 忙しく立ち働き始めた一同の中で、セリの眉がだんだんハの字になる。隠しようもなく腹の虫が鳴いた。 「おいしそうな匂い……こっち出てきてあれこれしてたらすっからかんで、もう何日もまともなご飯食べてないのに……うぅ、がまん我慢!」 頬を叩いた彼女に、月与が吹きだした。睡蓮が近寄り、報告する。巫女装束の上から泰風模様の蓮が入ったショールをまとっている。 「女将、設備の点検が終わりました。委細そろっております」 機材は月与の注文どおりだった。水がめにかまど、保冷庫、広い調理場。 月与の割烹着の下からは、緑に夏菊と白百合の染めが入った浴衣がのぞいており、星空を意識したヘアピンや耳飾り、ペンダントが見栄えよく光る。紋入胴乱を腰にまいて釣銭準備。売上を記す手帳。準備、宣伝、会計、調理、四方万全の備えだ。 「売り子が腹ペコじゃ困るでしょう。まゆちゃん、海鮮担々麺作ってあげて」 「はーい」 真夢紀はさっそく月与の用意した麺の上に仕入れた魚介を盛り付けていく。香りのよい肉味噌の上にアジやイカなど味も良く値も低い旬の具を並べる。最後はほぐした朽葉蟹をどん、カニミソもどん。セリは思わず真夢紀を拝んだ。 「うわあー! 食べていいの? いただきますっ!」 月与は煽り文句と一緒に店の場所を手ずから記した幟をセリに渡す。 「代わりにこの旗を背負ってね」 セリは丼片手に店横に伏していたフクロウの背に登った。 豪奢な銀髪に踊り子らしいメリハリのあるボディ、柚乃に着付けてもらった白から翡翠に変わっていく浴衣には、薄桃色のダリアの模様。桜花の結んだ、桜色の帯の上に緑の飾り帯、小さなエメラルドの帯留めが光る。 そんな彼女が幟を背に、満面の笑顔で山盛り担々麺を頬張る。鼻の下を伸ばした男達が集まり、同じものを注文し始めた。フクロウの背からセリは彼らに声をかける。 「お兄さんたち、朱春甘栗もいかが? すっごく美味しいのよっ」 丼を手にした男達は悩んだ様子だ。 「そっかぁ……冷めちゃう前に食べてほしかったけど仕方ないか……」 なんて言いながらセリはしらさぎの手から試食用の皿を受け取り、男達の前に差し出した。ぱらぱらと手が伸びる。 セリは一計を案じ、水晶の賽子を取り出した。 「これを振って六が出た人には、甘栗おまけしちゃおっかなー」 後ろで月与も悪くないとうなずいている。 ゲンを担ぎたがるお祭り野郎どもが次々と甘栗を買いこみ、賽子を振った。誰かが挑戦するたびに歓声やら悲嘆やら大きな声が上がり、周りから人が寄ってくる。 セリは賽子片手に幸運を運び、いつしか屋台には行列ができていた。 ●星は傍に 「あ、桜花さん。つまみ食いしてらぁ」 フクロウと遊んでいたクマユリが、ほったんの陰にしゃがんでいた桜花を見つけた。見つかってしまった桜花は、カニの殻を手にしたまま、ばつが悪そうに頭をかいた。 「旨そうなのが目の前にごろごろあるでやんすからなあ。ここは星に願い事をしたってことで、ひとつ」 人差し指を口に当てる桜花。しかしその姿をばっちり見られた、セリに。 「ずるい! 私だって食べたいのに、抜け駆けずるい!」 月与は手帳の売上を眺める。皮製の小袋はもうぱんぱんだ。睡蓮は釣銭の勘定に余念がない。 「そうねえ、もうこれだけ稼いだんですもの。黒字は間違いなしよ。少しくらいはお目こぼしいただいていいんじゃないかしら」 人波が去り、店番していた雪巳も襟を整えた。 「私も蟹の蒸したのをいただいてよろしいですか」 からすが出した冷えたお茶で一息つく。 「ありがとう、落ち着きます」 「どういたしまして。きみの人妖が私の猫又の尻尾をひっぱるのを止めさせてくれないかな」 呼ばれた火ノ佳はささっと物陰に隠れ、今度は沙門に追いかけられ逃げ回っている。 真夢紀もしらさぎと木箱に腰かける。山盛りデコのめろぉんかき氷と一緒に。 「やっと食べられます。いただきまーす!」 「マース」 匙に山盛りすくって頬張ったとたん、鋭い頭痛が真夢紀を襲う。 「あいたっ」 「あいた?」 向かいで朱春甘栗をかじる亜紀の胸を様々な思いがよぎる。 「戚史さん。ボク、役に立てたかな」 呟き、人ごみに目をやる。 「ってか、いつ戻ってくるんだろう」 「見当たりませんね」 雪那も先ほどから周りを見渡している。 売り子の傍ら、ちょくちょく自分をのぞいていた八重子を、柚乃は手招きする。 「八重子ちゃん。占ってあげますよ」 「……いいのかい?」 伊邪那がするりと尻尾で八重子を包み、山から一枚ひかせる。運命の加護だろうか、表へ返すと『星』が。 「星は未来への希望、夜を渡る人の道しるべ。あなたの願いは、きっと叶いますよ」 柚乃が微笑む。 八重子とクマユリ。幼いこども二人を、開拓者と相棒達、そして魔法で輝く地上の星が囲んでいた。 |