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■オープニング本文 ●素直姫の話 綾姫はうかれていた。見てわかるほどに。 サムライの国、武天の主、巨勢王(こせおう)が、目に入れても痛くないほどかわいがる一粒種。 姫の名は、綾。 まだ十なれど、しゃなりと歩けば亡き母の生き写し、中身は父そっくり。 利発な面差しは育てばふるいたつような美人になりそうだが、つややかな髪を後ろでざっくりまとめ、袴は動きやすさ重視。胸に差した扇子ではイチゴの根付が揺れている。 なかなかのおてんばらしい。 見る者が見れば、彼女の顔立ちがどことなく理穴の女王に似ていると気づいただろう。 綾姫の亡き母、紅楓は理穴の姫であり、女王とは親戚になる。 武天国巨勢王の名代を務める才女とはいえ、綾姫はまだがんぜない子ども。 母の面影を儀弐王に求めてしまうのは詮無いことだった。 その儀弐王が、神楽の都に来ている。 普段は理由をつけねば会いに行けないあこがれのお姉さんが、すぐそばに。 なのに会議だ儀式だ会談だで、結局挨拶しかしていない。 しょんぼりしていたところへ、儀弐王から内々の招待状が届いた。 王が宿にしている屋敷で茶会を催すらしい。出席者は姫一人、つまり自分だけ招待してくれたのだ。 そりゃあもうテンションだだ上がりである。 親戚とはいっても相手は一国の王。 礼儀を欠かさぬよう挨拶の口上を乳母といっしょに考え何度も練習し、王の喜びそうな手土産を頭をひねって用意し、遠足の前の日のようにドキドキしながら布団の中で寝返りを打ち続け、あけて翌日。 姫は神楽の都の道端で、半べそになっていた。 胸を探り、腰を探り、背中、はては頭の上まで探って、何度目かも忘れた身体検査を終えると姫は涙声でつぶやいた。 「土産を、落とした」 桐の箱に入れた手土産は不埒者がネコババしてしまったらしい。 探しまわるうちにお供ともはぐれ、地図を忘れてしまったせいで、ここがどこかもわからない。 約束の刻限はとうに過ぎている。 (「重音様はお怒りであろう。せめて土産を用意せねば格好がつかぬ。それに『今日中』でないと、もう日程が。ああもう、わらわのバカバカバカっ!」) 自分の頭をぽかぽか叩き、姫は決心して歩み出す。 開拓者と思しき人へ声をかけた。 「そこなお方。口の固いとお見立てしてお頼みもうす。わらわを助けてたもれ」 姫はあなたに、土産を用意し、儀弐王へ拝謁せねばならないこと、たぶん、小言を言われちゃうだろうことを伝えた。ハの字になった眉に苦笑を漏らし、あなたは姫の頼みを聞くことにした。姫はすまなさそうに続けた。 「それで、土産なのじゃが。消え物ではなく思い出に残るような物を贈りたいのじゃ。……難しいようなら聞き流してたもれ。わらわは我慢するゆえ」 目指すは瓦に金の鳥舞う高級旅館。町の中心に行けばどこかにあるはず。 ●口下手王の話 儀弐王だって、たまにはうかれるのだ。表にこそ出さないが。 弓術士の国、理穴の主、儀弐王。 本名、儀弐 重音(ぎじ・しげね)。28才(外見年齢)。 時に冷徹とすら称される女王は、徹底して、無表情。 別に好きでこうなったわけではない。 東部を魔の森に侵食された理穴で生まれ育った王は、しぜんと熟考する癖がついた。 無表情なのは、感情を表に出さないよう努めているからだ。軽挙妄動が生み出す波乱を、賢王は深く心得ていた。だからこそ、些細な心の乱れも表に出すことはない。 その結果どうなるかというと。 あさ。 役人から報告書を受け取る。 よくできてるなあと思っている。 ここちょっとなおしたほうがいいかなと思っている。 あ、対案もついてた、なるほどなるほど、と思っている。 「あの、不備がございましたでしょうか」 「いいえ」 ひる。 兵の練習を視察。 みんながんばっててえらいなあと思っている。 せなかはあんしんだなと思っている。 げんきでるし、もうちょっと見ていようとか思っている。 「訓練の足りない者がおりましたでしょうか! すぐに指導いたします!」 「いいえ」 よる。 侍女に囲まれてばんめしなう。 粗食ゆえ、じっくり味わう。 あかなすのさとうにおいしいと思っている。 雪絵にもたべさせてあげたいなあと思っている。 こんど招待しようかな、でもスケジュールが、うーん、と思っている。 「……お気に召しませんでしたか?」 「いいえ」 あちらを立てればこちらが立たぬ。人の世の無情を噛みしめる儀弐王である。 畏れられるのは、侮られるよりは万倍良い。今後も自分の姿勢を変えるつもりはなかった。変えたら変えたで家臣が大混乱するのが目に見えている。 そんな彼女がこの世でただ二人、笑顔を見せる相手がいた。 ひとりは幼馴染の波路雪絵。 もうひとりは。 「武天の、綾姫がいらっしゃる」 招待状の返事を受け取った王の声は、わずかにぬくもりを帯びていた。 親戚にあたる才女を、王は妹のようにかわいがっていた。 だが神楽の都まで来たものの、責務に忙殺され、綾姫とは挨拶しか交わしていない。 普段は何かと理由をつけねば動けぬ身。 せめてこの機会に茶の一つでもたてて共に楽しみたい。 そう思い、招待状を送ったのだった。 王は書状を読み返し、茶釜に目をやった。 「『明日』ならば都合がよいのですね。こちらのお誘いとは食い違いますが、姫の願いとあらば融通しましょう。茶席の用意は、明日に延ばします」 姫かわいさのせいか、それともにぎやかな神楽の空気のせいか、王は気づかなかった。 綾姫が緊張のあまり、日付を間違えて返事を出してしまったと。 護衛の開拓者を連れ、瓦に金の鳥舞う高級旅館から、番傘を手に王は神楽の都へ出た。 町の中心だけあって活気にあふれている。 王はあなた達にたずねた。 「観光ついでに姫へもたせる土産を探しに参りましょう。菓子だけというのもさみしいものです。できれば思い出に残るような。……年頃の子が喜ぶものとは、どのようなものでしょうか」 留袖のまま王はからころと下駄を鳴らし赤い傘をさして道を歩いていく。途中、お菓子の食べ比べをしながら。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
多由羅(ic0271)
20歳・女・サ
ハティーア(ic0590)
14歳・男・ジ
セリ(ic0844)
21歳・女・ジ
小苺(ic1287)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●素直姫 「元気が無い時にはこれー♪」 しょんぼり顔のお姫さまにセリ(ic0844)がキャンディボックスを出した。セリもひとつ取ってぱくり。多由羅(ic0271)と菊池 志郎(ia5584)、小苺(ic1287)も飴を口に入れる。 「んぅぅ美味しい♪ 安いし甘いし直ぐ幸せになれるなんてさいこー。さ、行きましょ!」 道の真ん中で両手を広げ、上機嫌でくるりと回る。多由羅はわずかに顔を曇らせた。 「まず元のお土産が何かお聞きしなくては。そして、既に待ち合わせに遅れているのであれば、誰かが儀弐王様にお伝えに伺った方が宜しいでしょう」 「そっか、そうだね」 しゅんとするセリ。小苺が綾姫の手を取る。 「頼み事を叶えてあげようじゃないかにゃ♪ それにはまずお宿を探さねばならぬ……にんにん」 伸びをすると高級旅館が見えた。 「伝令だと言ったらおもてなしがあるかも。シャオが旅館まで行くにゃ!」 小苺が走り出し、振り返る。 「お人形探してほしいにゃー! 手のひらサイズのやつ、ふたつ!」 気配り上手な多由羅がよく通る声を出した。 「わかりました。代わりに王へは、これからお会いできるかをきちんと伺ってくださいね。予定の目度が立てば茶屋で『偶然』お会いするのはいかがでしょうかと提案もしてください。もし非礼でしたら必ずお詫びを……」 既に小苺の姿はなかった。 「この辺りだと、小物や服飾店のある地域が近いですね」 姫から土産物を聞いた志郎が歩きだした。多由羅が後を追い、セリがその腕に抱きつく。 「セリ様はいつも笑顔ですけれど、今日はとみにご機嫌ですね」 「えへへ〜、だって友達とお出掛けなんて初めて♪」 「ともだち……」 頬を染めた多由羅の瞳にセリの満開笑顔が映る。 「多由羅は私の大切な友達だよ。一緒に出かけるのは初めてだね、たくさん楽しもう!」 「……セリ様は素直でいらっしゃる」 サムライ娘は照れくさそうに微笑んだ。 姫と手をつなぎ志郎は水を向けた。 「儀弐王様は、俺も少しだけご縁がありますが、威厳のある物静かな方ですね」 「のじゃ。けれどもそれ以上に優しいお方なのじゃ」 「王も親しい方には、もっと多くの表情を見せられるのですね」 ●口下手王 十野間 月与(ib0343)は懐のナイフと苦無を確かめた。身形は上品な桃の小袖。儀弐王に先んじて店に入り安全を調べる。 「お嬢さま、土産でしたらこちらのお店はいかがでしょう。かわいらしい器もそろっております」 のれんをくぐり王が品々を見渡す。 「目映りいたします」 呟きを本心と感じ、六条 雪巳(ia0179)が助け舟を出す。 「お茶を立てておもてなしをする御予定なのでしたら、茶菓子を載せるお皿などいかがでしょう?」 「そうだね、綾姫は苺を育ててるってお姉ちゃんに聞いた事あるから、苺関連とかもいいかも」 遅れて入ってきた神座亜紀(ib6736)も店内を見回す。 「そういえば、以前読んだ初の女性官吏を主人公にした物語本で、お化粧は女の戦装束だって言ってたよ」 興味を引かれた風の王へ亜紀が顔をあげた。 「どんな薄いお化粧でも泣くとぐちゃぐちゃになっちゃうから、お化粧したら絶対に泣けない。一歩も退けない時に纏う女の鎧なんだって。綾姫様にお化粧道具はどうかな? ボクの周りの女の子は結構皆憧れてるよ」 「その方に倣うならお酒も強くなくては」 (「おや珍しい、重音さまが冗談を」) 雪巳が口の端をあげた。 「私は残念ながら、まだ拝謁賜った事がないのですが……、重音さまから見た綾姫さまは、どんな方でしょう?」 「元気な子です」 簡潔な表現には裏がなく、王の人柄を感じ雪巳はまなじりをやわらげた。 「色々並んでおりますが、贈り物というのは心が一番大切ですから。重音さまが『これを贈りたい』と思うものが、最適なのだと思いますよ」 出入り口を警戒する振りをしていたハティーア(ic0590)が、耳にした会話を反芻しながら台の上をながめる。 (「平和ボケした都だな。盗ってくれと言わんばかりじゃないか」) 手鏡を持ち上げる。銀盤の上に紅小鉢をながめる王の姿。 善意などという不確かなものを根拠に、損得勘定抜きで贈り物を考えるその背は、彼には滑稽以外の何者でもなかったけれど。鏡に向かってにっこり。人のよさげな笑顔で善人の演技。 (「これも仕事。貴人の趣味はよくわからないから……こっちの舞台に乗せちゃえ」) 手鏡を台に戻し、ハティーアは王を振り返った。 「明日、宿で茶席を開くって話だけど、少し堅苦しくないかな?」 外の賑わいを示し笑顔のまま続ける。 「せっかくの神楽の都だし、名物のお店とか、珍品とか、近習の目を気にしないで、膝を崩して、はしゃげるような庶民的なお店。今のうちに下見しておいて、明日、綾姫を連れ出してみたらどうかな?」 「よい案ですね」 「それでしたら近くに評判の茶屋があるそうですから、一休みして行きましょう。お座敷席もあるそうですから、ゆっくり出来ると思いますよ」 雪巳にもうなずきを返し、外へ出た王は番傘を開いた。 ●巡会 小苺と綾姫達がその店へ入れたのは昼を過ぎた頃だった。王はいつ帰ってくるかわからないらしい。混雑した店内には、とろけるような香りが広がっていた。セリの腹がぐぅと鳴る。 「にぎわっていますね。姫様は何を頼みますか。時間限定のお茶とお菓子のセットが美味しいそうですよ?」 志郎が品書きを広げる。旬の苺づくしに皆目を輝かせた。 「白い苺じゃと!? 産地はどこじゃ、ぜひ食べねば」 「苺と練乳のティラミスに初恋ストロベリータルト……。だめだめ! 今は持ち合わせがないし!」 「生きるべきか死ぬべきか。春風の苺むふすにすべきか、たわわ野苺けへきにすべきか」 「苺と言ったらパフェに決まってるにゃ、パフェ」 品定めに夢中の四人と世間話をしつつ、志郎はのんびり過ごす。姫が顔をあげ懐から包みを取り出した。 「気持ちじゃ。受け取ってたもれ」 多由羅が驚き、謹んで受け取る。 「お気遣いありがとうございます」 「大事にするね」 セリはさっそく包みを開いた。柘植の櫛だ。ありふれた品だが、柄には不恰好な苺柄の筋彫りがある。 「これって」 「志郎殿の鑽針釘を借りてわらわが彫ったのじゃ。筆と勝手が違うゆえ上手くはいかなんだが」 「うれしいよ。ありがとう!」 「儀弐王と無事会えるようがんばるにゃ」 人形の寸法を測りながら小苺も気合十分。志郎も礼を言って櫛を受け取った。その時、聞き覚えのある声が耳朶を打った。新たに店へ入ってきた一行の中で、その人の周りだけ冬の朝のように空気が澄んでいた。志郎は思わず立ち上がり手を振った。 ●願い 「かわいい! この雪兎の苺大福は持ち帰れますか、相棒に食べさせてあげたいのですが」 「誰が払うの。依頼人? なら、いちばん高いのを頼むよ、お茶もね」 女子に混じって何の違和感もなくはしゃぐ雪巳と、上座近くを占領するハティーア。 「幻の白苺……小料理屋若女将の名に賭けて食してみせる」 「月与殿、わらわは泰国産を頼むからジルベリア産を頼んでくれぬか」 「だけど、それじゃアル=カマル産が食べられない」 断腸の思いでハンカチを噛みしめる月与と姫の隣では、マイペースに品書きをめくり続ける亜紀。座敷に席を変えた大所帯、注文待ちの女給の笑みがひび割れていく。 「品書きのお品を、ふたつずつください」 王の一言で決着がついた。かくして大量の皿が運ばれ、その半分は王の前に集まるのだった。 「甘い物は別腹、って言葉はこの人に限っては本当だなぁ。この間のお汁粉大食い大会でも沢山食べてたもん」 呟く亜紀に王が皿を示す。 「毒見をどうぞ」 「あ、もちろんボクも一緒に食べるよ。甘い物大好き♪」 名目を手に入れお菓子の海へ飛び込む亜紀。王が全ての皿から一口取り分け、これを姫へとハティーアへ視線を送った。障子を閉め月与は王へ体を向ける。 「無事お会いできましたし、重音様の土産を披露なさいますか」 そして机の影で便箋とペンを勧めながら囁く。 「綾姫様も数少ない機会を大切にしておられるようです。想いを認めて一言添えられてはいかがでしょう」 「そういたします。考えますので、代わりに品を渡してください」 雪巳が包みを取りだし、苺ショートを頬張っていた姫へうやうやしく捧げる。 「重音さまから綾姫さまへ贈り物でございます」 「はぷっ!?」 ケーキを詰まらせた姫の背を、志郎と小苺が二人がかりでさする。姫が座布団をおり、座礼をしたまま王へ挨拶の口上を述べだした。かみかみの口上が終わった後、王の顔色をうかがう。 「……あけてもよろしいか、重音様」 「どうぞ」 包みを開けると、陶器の皿と匙がのぞいた。ぽってり盛った釉薬には苺の実と花が描かれている。月与が言い添えた。 「色違いの楓を重音様もお求めになられました」 目を見張った姫が雪巳に問いかけた。 「ひょっとして、おそろいか?」 「おそろいです」 「おそろいなのかや?」 「おそろいですとも」 姫の顔がぱっと輝いた。立ち上がろうとするのをハティーアが制する。 「まだ終わりじゃないよ」 彼が捧げたのは玉簪と手鏡だった。 「姫に似合いの物をと王が御自ら選んだんだ。大人になっても使えるよう、簪はべっこうに珊瑚の玉だよ」 一言断りハティーアが姫の髪を結わえなおし簪で留めた。 「それからね、これ」 亜紀が紅小鉢をさしだした。器には筆でさらりと王手描きの楓がある。同じものが亜紀達の懐にもあった。 「儀弐王様、姫に紅をさしてあげて。手ずからしてあげれば、きっといい思い出になると思うんだけどな」 亜紀の提案に王は首肯し物影にペンと便箋を置いた。文面を見た月与は一瞬だけ固まり、そっと折りたたみ封をした。 王は指に残った紅で亜紀の唇も撫でた。手鏡の中でちょっと大人びた少女達が視線を交わす。 (「お姉ちゃんが綾姫様めっちゃ可愛いって言ってたけど、本当に可愛いね♪」) なんだか妙にこそばゆい。 「んふふふふ」 「にひひひひ」 お互いをつつきながら亜紀と姫は笑いころげた。多由羅もセリに耳打ちする。 「高貴な生まれの方と肝に銘じております……けれど……失礼ながら、微笑ましいですよね」 「うん。なんていうか、平和だよね」 ころころしていた姫がいきなり姿勢を正した。 「わらわからも重音様へお贈りしたい物があるのじゃ。まずはえーと、えーと」 多由羅を振り向く。 「わらわの代わりに口上をたもれ」 「よろしいのですか。綾姫様が御自身でなさったほうが」 「たもれ?」 「かしこまりました」 僭越ながらと咳払いし、多由羅は土産を袱紗に載せた。 「お箸でございます。儀弐の家紋にもある楓葉が入っております。聞けば……」 各国の甘味がぎっしり並んだ机の上を多由羅の視線が滑った。 「……割りとお召し上がりになるご様子で。日々お傍にあれかしとの綾姫様の願い、お納めくださいませ」 続けてセリが印籠を取り出し、軽くつきつけた。 「じゃーん! この紋所が目に入らぬかーって、印の代わりに蒔絵だけど。どうかな、清流に楓。風情たっぷりだと思わない? 綾姫はもちろん多由羅にも志郎にも見てもらったんだ♪」 わずかに真面目な瞳でセリは王を見つめた。 「儀弐王は兵だけに戦わせるのではなく前線に自ら出向かれると聞いたことがあるの。無事でいてねって姫のお願いと、一緒に受け取って」 志郎も茜の薄紙で包んだ筋彫り入りの櫛を王へ捧げる。 「姫の手彫りです」 「確かに受け取りました」 王が両手を伸べ、順に受け取る。櫛を手にしたその指先は、楓の筋彫りをくりかえしなぞっていた。 ●直後 「待ってー!」 半泣きの小苺が叫んだ。 「あとちょっと! もうちょっとなのにゃ、志郎ちゃん押して押して!」 「押せと言われても」 「由来とか理由とかもっとがんばってー!」 座敷の隅で刺繍糸やハギレと大乱闘しながら人形を魔改造。苦笑し、志郎は考えを口にした。 「えー、では……髪は毎日梳くもの。相手のことを思う瞬間が日ごとに積み重なっていって、やがてはその日々を含めて一つの優しい思い出になるといいな、と」 小苺がまた叫んだ。 「セリフ取らないでー!」 「どうしろと」 布の着せ替え人形を高く掲げた小苺。王と姫にそっくりだ。紐がついていて、手提げの飾りにも使えそうだった。 「お裁縫上手なんだ。隠れた才能ね」 「セリっちは後でギルド裏くるにゃ。おしりペンペンにゃっ! シャオの提案はこの日の思い出の品にゃ! どうかにゃ、いつもの衣装にお振りに小袖、作り帯三種。後ろでボタンで留めるから長時間持ち歩いても着崩れしにくいにゃ、ドヤァ」 「それは普通に小苺さんの貢物では」 「ふしゃー! ゆきみだいふくも後でギルド裏くるにゃ、これからが仕上げにゃ! あやや、手を貸すにゃ」 目が入り人形はできあがった。王も姫人形へ針を刺す。 「皆で楽しく時を過ごす中で贈り物をしたこと、忘れないでほしいにゃ」 綾姫がうるんだ瞳を拳でぬぐい、笑みを浮かべた。 「皆の者、大儀であった。袖振りあうも他生の縁と言うが誠であるな。したたる清水が大河へ続くように、縁が今日をよき日に変えてくれた。心より礼を言う」 儀弐王も会釈をした。 「おつかれさまでした」 ●祈り 姫への手土産袋に封筒を滑りこませ、月与は目を伏せた。前を行く綾姫の足取りを注視する。 (「綾姫様は志体をお持ちではないのね」) 垣間見た祈りが胸を刺した。便箋には一言だけ、『長生きしてください』。月与は決意を秘めたまなざしを姫へ投げかけた。 「何かあればあたいも駆けつけます。重音様のためにも」 「うむ。頼りにしておるぞ」 きょとんとした姫が笑う。のれんをくぐり志郎が姫に話しかけた。 「お土産選びをご一緒できて、楽しかったです。俺も大切な人に贈り物をしたくなりました」 「贈るとよいのじゃ。きっと喜ぶのじゃ」 「そうにゃ。共有できる時間はとても大切なのにゃ。生きていればいつどこで何があるかわからない。それが人生」 小苺の妙に悟った口ぶりに雪巳が吹きだした。 「帰りはどうする?」 ハティーアの問いに王が姫の手を取った。 「宿までお送りします」 「護衛は?」 「私がおります」 雪巳が扇を広げる。 「重音さまと綾姫さまと、お二人だけでお話できる時間を作りたいですね。重音さまが、普段より饒舌ですもの。とても楽しみにしていらしたのでしょう?」 「いっておいでよ。私のダイスもそう言ってるわ」 投げ上げた水晶を受け止め、セリはそれをかざした。出目は2。 「邪魔者は去りますか。ああ、セリ様、私達もなにか土産物でも買っていきましょうか? この依頼だけでも土産話には充分ですが」 亜紀も両手を頭の後ろで組む。 「ボクも退散。綾姫様と儀弐王様が嬉しそうならボクも嬉しくなっちゃうからね」 ざわめきが風に乗って流れてくる。縁日の提灯が灯りだした。 「では」 雪巳は微笑んで一礼した。 「ごゆるりどうぞ」 |