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■オープニング本文 理穴の女王、儀弐王こと儀弐重音(ぎじしげね)の食事は簡素である。 菜っ葉の浮いた汁物に、つけものを二切れかそこら。雑穀交じりの飯を、出がらしのような薄い茶で飲みこむ。朝は卵、晩には焼いた魚か肉が付くがそれだけだ。粗食と言ってよい。 ひとつは、森を駆け国を興した先祖の志を受け継ぐため。 ふたつには、戦場に身を置く立場であることを忘れずにいるため。 その胸中には先の合戦で焼け野原となった里があるのかもしれない。あの時の決断はまちがいではなかったと言いきれる。開拓者たちは大アヤカシ炎羅を討伐し、魔の森に敗北しつづけた天儀の歴史を、見事塗り替えてみせた。 しかしその影で領民たちのふるさとが灰と化したのはまぎれもない事実。自分が立てた作戦だ。非難は甘んじて受け入れよう。この胸の痛みは、為政者たる自分が失ってはならないものだ。 今日も儀弐王は冷たい相貌の下に民を思う心を隠している。 一方、厨房をまかなう者からはそんな儀弐王を心配する声が上がっていた。 「今日もこれだけしかお召しにならないとは。王にはいざと言うときに備えてもっと色々なものを召し上がっていただきたいというのに……」 そんなぼやきを出入りの商人が聞いたもんだからさあ大変。 あっという間に国中に広がった。 「王さまはろくなメシをお食べになっておらんらしいぞ」 「お体は持つのかねえ」 「うちの畑でとれた野菜を召し上がっていただきてえ」 「んだ、豊作だったしな」 ただの領民にできることは少ない。せいぜいが税を納め、年貢を納め、自分の職分を全うすること。さりとて老いた親、小さな子ども、生まれてくる赤子とその将来を、アヤカシ風情にくれてやるのはまっぴらごめんだ。刀ではなくクワを握り化物でなく大地と組み合う領民達は、自分たちの代わりにアヤカシと渡りあう王を強く頼みにしている。 つまり、みんな儀弐王が心配なのだった。 やがて理穴の各地から、立て続けに首都の儀弐王へ食材が献上された。 頭を抱えたのは城の者だ。 「こんなに集まるとは」 山と積まれた旬の食材の数々。 料理人たちは喜びのあまり踊っているが、とても彼らだけで捌けそうにない。調理はもちろん、加工して糧食にするだけで一手間だ。経緯が経緯だから断るわけにもいかない。このままでは、せっかくの食材が傷んでしまう。 「ええい、依頼を出せ。開拓者を呼べ。中庭をひとつ借りてこい」 「と、申されますと?」 「食事会を開くぞ。この食材で儀弐王に料理を召し上がっていただくのだ。 うちの料理人は下ごしらえで手一杯であろうから、料理は開拓者の手腕に期待しよう」 「警備はいかがいたしましょう」 「それも募集しろ、毒見もだ。とにかく量が多い。それがしは猫の手も借りたいぞ」 「食材の持ち込みはどうされますか?」 「許可する。この首都、奏生は貿易都市でもある。新鮮な海産物もあるし、旅泰たちが初夏の食材まで献上してくれているから不自由はあるまい。とにかく民の好意を無にするのだけは許さんぞ」 あまりの剣幕に若いの二人が部屋を飛び出す。そのまま開拓者ギルドまで駆け足。 道中、走りながらくすりと笑った。 「よい機会だ。常々、儀弐王さまには精をつけていただきたいと考えていた」 「うむ。王は、その、少しばかり細すぎる。それがし、おなごはムッチリしているほうが……」 でっかいお世話である。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
イグニート(ic0539)
20歳・男・サ |
■リプレイ本文 「王様のために料理を作るでござる」 「せっかく作るんやし、今日位はたっぷり食べてもらわんとね」 霧雁(ib6739)は懐から希儀料理指南書を取り出し、神座真紀(ib6579)は玉葱を籠に山盛り。城の庭には早くから開拓者が集まり食材を品定めしていた。 「氷が必要なら声をかけてね」 巫女のフェンリエッタ(ib0018)が笑顔で言う。 「儀弐様に手料理を食べていただけるなんて、理穴のモノノフにこれ以上の誉はないわ」 実家から送られていた激励の手紙を胸に、設楽 万理(ia5443)は頬を染めながら餃子の用意をする。 「すまない、用事で遅れてしまった」 息を弾ませ場に入ってきたのは羅喉丸(ia0347)だ。手帳を持ったまま庭を見回し、儀弐王の姿がないことに安堵を浮かべる。 「きみのように義理堅い人が、遅刻だなんて珍しい〜♪」 「つい熱が入ってしまってな」 門・銀姫(ib0465)の言葉に羅喉丸は頭をかき、てきぱき食材を集め出した。彼の後ろをエルレーン(ib7455)がついていく。 「にがいのにがてなの。ぬいてくれるとうれしいのー」 「はは、好き嫌いをしていると大きくなれないぞ」 エルレーンは黙りこくり己の平坦な胸に手をあてた。違う意味で受け取ったらしい。 「ぐふふ、上玉がそろっているな。そのうえギジシゲネとか言う奴もいい女らしいじゃないか」 イグニート(ic0539)も品定めに余念がない、といっても食べ物じゃなくて娘さんだが。いや彼にとっては食べ物か。 霧雁は賽の目切りのトマトをいれた小鍋を火にかけた。玉葱を水にさらす彼にエルレーンが声をかける。 「トマトのスープなの? どくみしてもいい?」 「まだ準備中でござるし汁物ではないでござる」 「なになに?」 「先日うっかり煮詰めすぎたトマトに各種調味料を加えたらば、どろっとしたそぉーすの如きものが出来上がったのでござる。食してみたらば大変美味であったのでござる、期待なされよ」 「うんっ!」 隣では真紀が集めた材料を切り分けていく。三姉妹の長女としての包丁捌きは堂に入ったものだ。けれどまな板を叩く音が、ふと途切れた。くしゅんと鼻を鳴らし、目元をぬぐう。 「玉葱のみじん切りだけは何度やっても慣れへんわあ」 「新鮮ならば致し方なし〜♪ 民が王を慕う心はサムライも泣かすね〜♪」 銀姫は楽を続ける。小鳥の囀りにも似た心地よく爽やかな旋律が場を和やかにし、心なしか本物の鳥も集まってきたような。 「頑張って元気づけるね〜♪ こういうのはボクら吟遊詩人の役目〜♪ なにせ王様に召し上がっていただくのだし、大事なのは間違いないからね〜♪」 そう歌う彼女は従者の外套をまとい、節度を持った身なりをしている。羅喉丸が手を動かしだした。泰風野菜炒め、単純ゆえにごまかしがきかず、同時に食材のうまみがぎゅっと出る品だ。 「武術も料理も同じだな。基礎を疎かにし、手抜きなどすれば上手くいくわけがない。特に今回は儀弐王のための依頼だからな」 神経を研ぎ澄ませ、やわらかな葉とシャキシャキした茎のバランスを考えながら包丁を入れていく。杏仁豆腐に添える果物選びにも余念がない。そして彼は持ちこんだ手帳を取り出し、作り方を確認すると三品目に取りかかった。 イグニートは隅のほうで鍋をのぞいている。 「肉っけが足りんな。魚を入れてもいいが、うーむ」 端材集めと称して女性陣の周りをうろちょろしていた彼だったが、ちゃちゃっと作ったはずのポトフのほうが気になってきたようだ。 フェンリエッタはシチューの味見をし、パン生地の具合を見る。 「うん、これなら王の御前でも恥ずかしくないわ」 デザートの入った鍋を氷霊結で作り上げた氷で包み、揚げ油を温めはじめる。 鈴の音が響いた。 「儀弐王様のおなーりー」 一同は手を止め、イグニート以外は背筋を伸ばす。長い廊下から理穴の女王が姿を現した。お辞儀をしようとした者を手で制す。 「あなた方は招かれた身。無礼講でかまいません」 「なかなか話のわかる奴だな儀弐王とやら! 噂どおりのいい女、もっと細いかと思っていたが胸当てさえ外せば揉みごたえのありそ」 「「「天誅!」」」 「めぎょっぱ!」 護衛三連撃に気を失うイグニート。 「申し訳ありません儀弐様!」 「悪い人いないと思ってたのにい……」 土下座せんばかりの万理、今にも泣き出しそうなエルレーン、まだ肩を怒らせ琵琶で素振りをしている銀姫に王は相貌を向ける。 「美事でした。それは放っておきなさい」 顔色一つ変えず席に着く。 「では気を取り直して〜♪」 「どくみやくをうけたまわりますなのっ」 ゆったり歌いながら銀姫は皿を並べ、エルレーンが取り分ける。まずは前菜と、女王は霧雁のサラダに箸をつけた。 「これは、コクのある和え物ですね」 「希儀産オリーブオイルに香草や調味料を加えた野菜さらだでござる」 「慣れ親しんだ味もあるような」 「ご慧眼にござる。少しだけ麺つゆを加えた霧雁流でござるよ」 「油脂は活力の源。疲労回復にもよさそうです」 女王は更にオムライスを口にする。 「赤茄子の酸味と玉葱の甘味が良い塩梅です。筍などの歯ごたえも乙ですね」 「期待どおりおいしいの!」 毒見役のエルレーンが何故かおかわりしていた。 「よく作るの?」 「拙者、料理の研究をしているのでござるよ。大事な者に食べさせるために」 「日々の研鑽の賜物なのですね」 「恐縮でござる」 会釈をした霧雁の後ろでもぞもぞとイグニートが動きだした。万理の顔が強張る。彼の奥で、不自然に梢が揺れていたのだ。反射的に弓を取り出す。何かあってからでは遅い、すぐさま矢を放った。周囲にも緊張が走る。 「あら」 音を立てて落ちてきたのは、ただの鳥だった。万理は耳どころか弓を持った手まで朱に染まる。あわてて鳥に駆けよるが、急所を打ち抜かれ既に事切れていた。 「とんだご無礼を。儀弐様の庭先を血で穢すなど……」 「かまいません、よいものを見せてもらいました」 「わ、私ごときの弓をそんな」 「事実です。過度な謙遜は美徳ではありません」 「ですが私は過去、王への義理を欠いた身」 「万理よ、あなたの尽力と端然たる心根はしかと届いています」 「……ありがとうございます」 鳥を城の者に渡すと万理は手を清め、調理場に戻った。がらにもなくしゅんとしていると思ったら、猛然と餃子を仕上げる。具の種類も量も増やし次々包んで。水餃子、焼き餃子、辛いもの、甘いもの。昔のこと、今のこと、修行の日々とか、忘れていた故郷への思い。餃子の皮はすべてを包んでくれる。 その裏で城の者が撃たれた鳥を運び出そうとしていた。イグニートに肩を叩かれる。 「まさか捨てるんじゃないだろうな」 「そのとおりですが何か?」 「なんだとーぅ!? ここが戦場ならおまえは飢え死にしてるぞ!」 鳥を奪いあげ、彼は羽をむしり本格的に捌きだした。言うだけあって手馴れたものだ。下茹でして臭みを取り、鍋に放りこんで具にする。 「ふふん、森まで調達にいく必要もなかったな。イグニート流ポトフ完成だ!」 (「ええー……」) 横文字だと聞こえはいいが、つまりごった煮だ。みんなの心がマイナス方向にひとつになった。 「貴重な糧食を余さず使う〜♪ 戦場ならば心強いね〜♪」 機転を利かせた銀姫が調べに乗せ、偶像めいて美点を語る。 「確かに。立派な姿勢です」 王はポトフを一口。 「単純ですが悪くない味です。野戦に慣れているとみました」 「ガハハ! 国を率いるだけあってそこらのザコとは舌が違うな。どうだ、俺様の女に」 「「「「「「「天誅!」」」」」」」 「ぐべぼっふげはぎゃー!」 会心の七連撃。 「……天晴れです」 「ほんまもんの英雄でも今のはあかんて」 「久寿籠はどちらでござるか、拙者がしまってくるでござるよ」 イグニートを引きずり霧雁は庭を出て行く。 「それじゃ量も多いことだし、皆で食べよう〜♪」 「どくみやくもたくさん居たほうがいいの!」 調理も終わり、すべての皿が並ぶと皆席に着いた。互いに料理を食べ比べ始める。 「あらおいし。これはうちでも作らせてもらお」 真紀が舌鼓を打てば、フェンリエッタもにっこり笑う。彼女は手帳に料理や儀弐王の食事風景をスケッチしていた。 「美味しそうに食べてくれて、それだけで幸せだわ。この絵姿を民の皆さんにお届けできるといいのだけれど」 羅喉丸の野菜炒めを味わっていた儀弐王がフェンリエッタのピロシキを手にした。端を小さくちぎり、白い断面を不思議そうに眺める。フェンリエッタはスケッチの手を止めた。 「王様、それはこう、がぶっと」 「がぶっと」 「はい、いっちゃってください。こちらのシチューと併せて」 大口を開けるのは気恥ずかしいのか、女王は視線をそらしてピロシキをかじりシチューをすする。 「塩気のきいた揚げ饅頭のような食感です。腹に溜まりそうですね」 「王様、真紀さんのおりょうりもどうぞなの」 エルレーンが毒見を済ませた料理を皿に取る。野菜だけで作り上げられたハンバーグもどき、スープたっぷりのロールキャベツ。 「どないです?お口に合えばええんやけどね」 玉葱に漬け込んだステーキを食した王が真紀を向く。 「肉とは思えない柔らかさですね。これなら歯痛に悩まされる者でもおいしく頂けるでしょう」 「おおきに。甘いもんも用意してるからぜひ食べてや」 「期待しましょう」 微笑んだ真紀が姉の顔になる。 「なあ、王さん。質素なんは悪い事やないけど、周りに心配させるのはどうかと思いますよ。組織ってのは上に立つ人の空気に左右されるもんやし、王さんがよくても下の者は息も抜けんでしょ……て、すんまへんあたしなんかが偉そうに言うて」 「耳の痛いことです」 わずかに視線を伏せた儀弐王の隣で、エルレーンが目を白黒させる。彼女の前には万理の餃子があった。 「お、王様。こ、これ」 「どうしました」 「ピーマン入ってるの!」 「おやおや、どうやら私があなたの毒見をしなくてはならないようです」 くだけた様子で王は多種多様の風味の餃子を味わう。 「作り手の思いが込められた丁寧な味ですね」 「恐れ入ります」 万理が頭を下げる。 最後の料理、鍋のふたを羅喉丸があける。あたりに独特の香ばしさが立ちこめた。 「これは……」 「理穴の民の伝統料理です。海の幸山の幸を彼達がよく使う魚醤で煮込みました」 王は感慨深げに鍋を見つめる。 「ここに来る前、俺は理穴の料理屋を回りました。魔の森の脅威はまだまだ残っていますが、日々の暮らしに精を出せるのは儀弐王のおかげだと誰もが言っていました。この料理を食べていた人は、本当に嬉しそうでしたよ」 「いただきましょう」 ほろ苦い山菜、豆腐、新鮮な白身に、薫り高く濃厚な旨味。儀弐王はまぶたを閉じ、しみじみと味わっている。 「羅喉丸よ。あなたの誠意、確かに受け取りました」 「いいえ、俺ではなく民の思いです」 儀弐王はうなずき、椀の汁も飲み干した。 「それじゃデザートタイムなの!」 甘いの大好きエルレーンが、ほくほくしながら取り分けていく。戻ってきた霧雁も自分の分を受け取る。場には心躍る香りが満ちた。儀弐王が若干前のめりになる。 羅喉丸の杏仁豆腐のつるりとした食感を楽しみ、ついで真紀の和風ケーキをエルレーンから受け取る。 「美々しく飾られていますね。匙を入れるのがもったいない」 「おおきに」 「この風味は里芋ですか」 「せや、ふかして裏ごしたのを使ったんよ。おもしろい口当たりですやろ」 おしまいに女王はフェンリエッタのデザートを受け取った。トマトだ。湯剥きされているが見た目は甘味というより野菜の煮物。それを舌にのせた王が口元に手を添える。 「驚きました。まさか赤茄子がこんな甘味に変わるとは」 「はい、特産の砂糖で煮込み、酒とレモン汁で風味付けしました」 「このような調理法もあるのですね」 味見を終えた儀弐王は匙を置き、姿勢を正した。 「此度の食事会、誠に有意義でした。我が国の特産物が持つ無限の可能性に触れた思いです。理穴を統べる者として礼を申し述べます」 安堵した一同の中から、女王はフェンリエッタの手帳に目をつける。 「フェンリエッタよ、先ほどの甘味には感心しました。私にも食べさせたい者が居るので作り方を提出願います」 「はい!」 顔を輝かせる彼女。 「まだまだ残ってるから、たいらげてしまお」 「そうだな。俺はこいつをもらおう」 「今日の料理は我ながらうまくできたでござる」 「儀弐様、こちらの品もいかがですか」 「ピーマンはやめてほしいの……」 和気藹々と食事が進む中、上機嫌で銀姫が琵琶を弾く。紡がれるのは泰風の調べだ。やがて澄んだ歌声が響き始める。 「駿才集いて志交わし 奮迅し炎羅を討つ 旬菜民の手に満ち 賢君の治世湖底にも到る 春眠暁を覚えずと言うが なんで寝過ごそうか、この春の国で」 即興の歌に揺られ花びらが踊る。儀弐王の口元が、かすかにほころんだ。 |