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■オープニング本文 ●選択肢 >別に頼まれちゃいないが >まあ頼まれた気もする >血判状書かされた >そう かんけいないね ●甘味の国の街角で やってきました、弓術士の国、理穴は奏生。 甘味女王のお膝元は、良質の樹糖と上白糖をふんだんに使用した各国の菓子処がそろっている。 店先をのぞきつつ通りをぶらり歩きしていたら、手書きの看板を見つけた。 『150文で食べ放題、飲み放題』 ジルベリア風建築を取り入れた上品な屋敷だ。手書きの看板が妙に浮いている。 山水を模した広い庭は、橋のかかった池の向こうに理穴の象徴たる豊かな森を借景に取り入れている。 甘味処『ゆずりは』と書かれたのれんの奥から、ふんわりいい香りが漂っていた。 持ち帰りだけでなく食事処も兼ねているようで、給仕達が忙しく立ち働いている。 席はまだまだ余裕があるようだ。 ●物事には経緯というものがあってな 「……抜かりないな?」 「はっ!」 町の一角で、悪役めいた笑みを浮かべた料理長が合図する。調理師達は看板をかつぎ、通りへ立てかけた。 『150文で食べ放題、飲み放題』 品書きは、汁粉やようかん、ねりきり、団子、杏仁豆腐に月餅といった鉄板から、キャンディ、クッキー、プリンにケーキ。ベーコンプティングやキドニーパイなどの変り種、箸休めのうどん、スープ、白いご飯、味噌汁までそろっている。飲みものにいたっては抹茶、ほうじ茶、かりがね茶、紅茶にチャイに烏龍茶、きりがない。 「クックック、儀の南北を問わず、甘い物はもちろん塩っ気までそろえた我が無敵艦隊。例えどのような客が来ようとほんわかいい気分にしてくれるわ。さすれば店長も私の言い分を認めてくださるだろう……」 彼の言う店長とは、この甘味処『ゆずりは』の主人だ。 孫娘の嫁入りを機に朱藩へ移転することに決めた。だがしかし店の者、特に厨房が大反対。 儀弐王自ら弓を取り、理穴東部の大地奪還へ討って出るとおふれが出たのだ。 汁気たっぷりの新鮮な朝取れ果実、そして他国では例を見ない上質の砂糖類。東部が平定され、開墾が本格化すればさらに、さらに上が目指せるだろう。人相は悪いが仕事が趣味な朴念仁の料理長に、この環境からオサラバするなど耐えられなかった。 どうか自分を理穴に残してくれ、いやいやおまえの腕を手放すわけにはと、もめにもめた末、一日だけ店を任されることになった。この広い店を満員にしたら、言い分を認めようとの条件付で。 そんなわけで料理長はチャンスをものにするため、甘いもの食べ放題という形で勝負をかけたのだ。 彼は勢いよく使用人達を振り返った。 「給仕!」 「いつでも出れます!」 「個室!」 「室礼完了です!」 「庭!」 「万端です!」 「往くぞ諸君、お客さまを理穴の味で存分にもてなすのだ、フハハハ!」 料理長は悪役っぽく高笑いした。 |
■参加者一覧 / 六条 雪巳(ia0179) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ルオウ(ia2445) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 叢雲・なりな(ia7729) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / 无(ib1198) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ウルシュテッド(ib5445) / 叢雲 怜(ib5488) / 春吹 桜花(ib5775) / 神座真紀(ib6579) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 宮坂義乃(ib9942) / 呂 倭文(ic0228) / ジャミール・ライル(ic0451) / 三郷 幸久(ic1442) / 葛 香里(ic1461) |
■リプレイ本文 「バンザーイ! バンザーイ!」 厨房では店の者が諸手を上げて喜んでいた。彼らの夢見た店を埋めるたくさんの客。感極まった料理長が叫ぶ。 「お客さまへ感謝をこめて、一人150文から100文へ値下げだ!」 すぐに看板が書き換えられた。 ● 「……ん? 食べ放題? あぁ、さては食いしん坊のあの子ですね」 柚乃(ia0638)の机の上に、依頼書とおてまみが置いてある。ノリでくちゃくちゃの封筒を開けると、蛍光ペンで一言。 『奏生にて待つ』 「……現地集合って意味かな? なんか果たし状みたいだし」 我が目を疑い、宮坂 玄人(ib9942)は看板を二度見した。相棒の人妖輝々も眉に唾をつけている。 「150改め100文……だと?!」 「此処まで来ると価格破壊でやんすなぁ」 春吹 桜花(ib5775)が、驚きとあきれの混じった声音でつぶやく。背中の賽銭箱を揺すり、もふらのもふべえが伸びをした。もふべえのもふもふをもふりながら派手な着物の少女クマユリが、隣の地味な着物の女の子を向いた。 「開拓者さんてお金持ちなんだね」 「そりゃァ開拓者さんだもの。お金持ちだよ」 何故か自分の手柄のように女の子、八重子が胸を張った。桜花の眼差しが鋭く光る。 「汁粉を二十杯食べれば元が取れるでやんすね。この空腹の高鳴りを鎮めるには又とない機会! 甘い物は好きでやんして、無論、全種制覇で食べ残しは絶対にしないでやんすッ! 行くでやんすよ、八クマの嬢ちゃん方!」 「もふもお菓子食べたいもふ〜」 二人の手を引き、元気よく店に駆けこむ主人の後を、小さな神社がついていく。青い瞳をまばたかせ、輝々も玄人の陰から店内をのぞいた。異国の甘味に目を輝かせ、主人の服を引っ張る。 「僕、食べに行きたい」 「そうだな。正直に言って心惹かれる、が、相場通りだとしても、やはり100文は安すぎる気が……」 「玄姉ちゃん、前にもケーキ食べ放題やってなかった?」 「瘴気憑きだったけどな……。やっぱり食べ物は普通に限るな」 最後に食べたショートケーキを思い浮かべ、玄人は弾かれたように野太刀へ手をかけた。 「待て輝々。この値段設定、やはり正気とは思えん。アヤカシに乗っ取られているのかも知れんぞ!」 「お、何だ何だ?」 のれんの隙間から、ルオウ(ia2445)が顔を出した。山盛りの皿を持ったまま、器用に背負った槍を指差す。 「俺はサムライのルオウ! 組み手なら俺も混ぜてくれよ、ちょうど体動かしたい気分だしさ。よろしくなー」 言いながら饅頭をつまんだルオウの口元を玄人が注視した。 「……瘴気憑きでは無いようだな。いや、こちらの話だ」 足元から真っ白な猫又が翡翠の瞳をのぞかせた。妙な貫禄から察するに神仙にまで到達しているようだ。神仙猫はズィルバーヴィントと名乗り頭を下げた。 「もし、そこな志士様人妖様。ボンと相席してくれません? 今日は友達が急な風邪で来れなくなったものだから寂しがって」 「雪、俺は……一人だってさびしくねーもん!」 「よしよし。帰ったらお見舞いに参りましょうね」 頬をすり寄せるズィルバーヴィントに肩をすくめ、ルオウはぼそりとつけくわえた。 「相席は歓迎だけど」 のれんをくぐり店に足を踏み入れる。通路の両脇を埋めつくす東西南北のお菓子の行列に、輝々は感動で打ち震えた。 「これぜんぶ食べていいんだ。玄姉ちゃんあのね、僕これとこれがいい!」 はしゃぐ輝々のために、一番大きい皿を取る。ルオウも輝々に笑いかけた。 「俺さ、友達にお土産買って帰りたいんだ。選ぶの手伝ってくれよ。こういうのは女の子のほうがよくわかるだ、ろ……?」 目と口を大きく開け固まった輝々に、ルオウは俺なんかまずいこと言ったっけと不安に襲われた。 「玄姉ちゃーん、この人いい人だよ! 僕のこと男の子と間違えなかった!」 「何!? 良かったな輝々。ルオウ、土産探しは俺達が誠心誠意心をこめて手伝わせてもらう!」 「お、おう。頼んだぜ?」 ズィル略、雪はふと席の方を見た。もふべえと女の子たちを連れて先に入ったはずの桜花が、一人だけ隅っこに座り椀をかきこんでいる。近づいてくる気配に首を返せば、小さな神社が歩いてきた。 「ご主人様がご飯に味噌汁をかけて食べるのは知ってるもふ〜。どうして隠れて食べてるもふ?」 食べるのに夢中だった桜花がもふべえに話しかけられ、喉を詰まらせる。湯呑みを空にしてようやく落ち着いた。 「箸休めのご飯と味噌汁。この二つを見たらやらずには……八クマの嬢ちゃんたちには気づかれてないでやんすな?」 「もふと一緒にお菓子食べてるもふ。ご主人様のお皿はもう空っぽもふ」 「ああー! あっしが食べようと思った焼き菓子!」 「食べた後は眠いもふ」 また一人のれんをくぐった。地味な風采の小柄な女が続けて入ってくる。 「比女の時は世話になりましたね、呂さん。あれ……怪我、増えました?」 「私は変わってませんよ」 義眼から顔をそらした无(ib1198)は、充実した甘味群に姿勢を正した。尾無狐の宝狐禅、ナイも目を光らせる。 「物足りないなら地酒をと思っていましたが、理穴の菓子処はやり手のようですねえ」 腕まくりして取り皿三枚を片手へ乗せ手当たりしだいに盛る。席を取り、ほうじ茶で舌を整え、心行くまで味わった。 「……美味い。どれも丁寧な仕事だ」 自他と共に認めるウワバミの无だが、もはやお酒はそっちのけだ。満ち足りた気分で平穏を噛みしめていると、ナイがニンマリして膝に乗ってきた。 「おい、何考えてるン!?」 違和感が体を突き抜け、我が身を見返せば狐獣人に変化していた。空腹に似たもやもやが胸に広がった。席と取り場を往復させられ、くどい甘味が胃に直撃するも手は勝手に動く。ナイは人の舌での味わいが気になるらしい。 「うぷ、よくもやりましたね……」 散々飲み食いさせられ、動けない无からナイがするりと抜けた。うらめしげな主人は無視し満足そうに床へ伸びた。 ● 座敷の一室で、リンスガルト・ギーベリ(ib5184)はリィムナ・ピサレット(ib5201)が得意満面で取り出した衣装にワナワナ震えていた。 「はい、リンスちゃん。一日メイド猫さんになろうね? ご奉仕タイムだよー?」 「こ、この誇り高きギーベリ家の妾に……!」 「貴族に二言なしだよね?」 リィムナが卓の上の花札を指差した。結果は裏五光VSスカ。 「見るでない! 恥ずかしいのじゃ!」 着替えをじっくり鑑賞。半べそで出て行ったリンスガルドが、やがて戻ってきた。勢いよく開いたふすまの向こうに現れる、猫耳カチューシャ、ミニスカエプロンドレス、白ニーソと鈴付き首輪。 「リィムナ、お待たせしたのじゃ! ……これで満足かああっ!」 「はいダメ、ぜんぜんメイドさんらしくなーい」 リンスガルドに正解を耳打ちする。一度退場したリンスガルドは静かにふすまを開けた。 「リィムナお嬢様! お待たせしましたにゃん! 今日はお嬢様にたっぷりご奉仕しちゃう……にゃん♪」 最後のにゃんを搾り出し、ひきつった笑みを浮かべ、盆を持ってない手で猫さんポーズ。 「んー? ちょっと笑顔が固い気がするなー」 「採点厳しいのじゃ……」 「にゃんは?」 「にゃんっ♪」 どうにか及第点をもらったリンスガルドは、ケーキをせっせとリィムナの口へ運んだ。 (「ううっ、妾も食べたいのじゃ」) (「……えへへ、食べたそうにしてるしてる。リンスちゃんかわいいー」) 「あまーい、幸せ♪」 ご満悦のリィムナ。実際ケーキは甘かったけれど、心までとろけそうなのは目の前のリンスガルドのせいだ。 「じゃ、そろそろ餌の時間だね」 リィムナはケーキとミルクの皿を畳に置いた。 「はい召し上がれ、猫さんだから手を使っちゃダメだよ」 「な、なんじゃと!」 「四つん這いでね」 鋼の笑顔のまま、リィムナの手がまた花札を指差した。リンスガルドがくやしげに喉を鳴らし、言われたとおりにする。ぽろりと涙がこぼれた。 「上手にできたねリンスちゃん。……あーあ、お顔の周りが汚れちゃったね」 あごにリィムナの手がかかり、上向かされる。リンスガルドの頬をぬるつく熱い感触が這う。汚れを舐め取り、リィムナは彼女を抱きしめ、キスの雨を降らせた。 「リンスちゃん、大好きだよっ♪」 「妾も……大好きにゃん♪」 リンスガルドもリィムナにきつく抱きついた。 隣の部屋で品書きを何度も見返し、上級からくりのしらさぎは銀のまつげを伏せている。 「100文でたべほーだい?」 「利益はまずないわね。還元祭かしら」 礼野 真夢紀(ia1144)も向かいで頬杖をつく。机の下からにゃあと鳴き声が聞こえた。真夢紀は手をさしいれ、何かの頭を撫でた。 「出て来ちゃダメよー? こっそりさんだからね」 「マユキ、しらないにおい、いっぱいするー、たべたいー」 「そうね、お昼時だし。ベーコンプティングとキドニーパイは食べておきたいわね。この子用におじやは、置いてないか。さっき食べてる人見かけたし、猫まんましようかしら?」 手を鳴らして給仕を呼ぶと、しらさぎが悲しげに眉を寄せた。 「えらびたい」 真夢紀は給仕と顔を合わせ、くすりと笑った。 「すいませーん、席は取っておいてバイキングのメニュー選びに行っても宜しいでしょうか」 快諾をもらった真夢紀がしらさぎの手を取る。 「知らないのから食べましょうか」 「うん、ザイリョウあててみる」 「レシピ本欲しいわね」 仲良く手をつないで出かけていく一人と一体。はす向かいの部屋では、天妖の蓮華が羅喉丸(ia0347)の膝に座り、にやつく口元をおしぼりで隠していた。よだれを押さえているのは内緒だ。 「気にいってくれたようだな。蓮華、今日はホワイトデーだ。どんな日か知っているだろう」 「羅喉丸。お主も律儀よのう」 「『ジルベリアではチョコをつまみにワインを嗜むらしい』だったな、ジルべリアまで行ってみても悪くはないと思っていたが、理穴でも食べられるとは便利になったものだ」 咳払いすると蓮華は口元をぬぐった。 「返礼ならばお主が選ぶが良い」 羅喉丸が給仕を呼ぶ。 「この店で一番のチョコレートを使った料理と、それに合うワインを頼む。何が来るか楽しみだな……どうした蓮華」 「お主が選んだのでないと嫌じゃ。言わせるな馬鹿弟子」 師匠心は複雑怪奇なのであった。迷った羅喉丸は名前が長いほど手のかかった一品であろうとの判断のもと品書きを読みあげた。 「くわとろちょこらーたらてこんでんさえまるしゅまろうを、一つ」 そして運ばれてくる平べったい焼き立てパンのような何か。 (「ピザだったのか……」) 釈然としない羅喉丸の膝の上から蓮華が手を伸ばし、熱々のチョコレートピザを齧った。ぴんと背筋が伸び、ふーふーしながら頬張りだす。 「味は確かなようだな。せっかくだ、他にも色々と頼んでみるか」 「ワインも楽しみにしておるぞ」 「今日は付き合うから値段で決めていいか」 もちろん許されるはずもなく、品書きと再度格闘する羽目になった彼の部屋の前を、姉妹の絆を結んだ三人が通りすぎた。 長女、神座真紀(ib6579)が目を細める。 「こないだはチョコ作り手伝えんかったからな。お詫びに今日はあたしがおごるから、早紀も亜紀も沢山食べや」 「甘味食べ放題なんて夢のようだね! おごりならなおさらだよ!」 神座亜紀(ib6736)が薄い胸を張った。提灯南瓜エルがフードファーを引っ張る。たたらを踏んだ亜紀が振り返ると、偶然見覚えのある女の子達を見つけた。 「八重子ちゃんとクマユリちゃんだ! 真紀ちゃん、ボク友達のとこに行っていい?」 亜紀は姉を振りかえり、ぎょっとした。下の姉、神座早紀(ib6735)が期待ダダ漏れの瞳で見つめ返していたので。 「いってらっしゃい、姉さんのお相伴は私に任せて! ああ私ったら、何て悪いお姉さんなんでしょう♪」 亜紀、グッジョブ! と心の声が聞こえた気がした。亜紀は頬をかき、真紀に手を振って人ごみを抜けた。桜花ともふべえにも挨拶する。 「この子はエルって言うんだよ、みんなよろしくね」 八重子が帯の紙束を引き抜いたので、亜紀はペンを取り出し、代わりに平仮名で『える』と書いて絵も入れた。 「今日は食べまくろうよ。お汁粉にようかん、プリンにケーキ!」 「あーちゃん、よく入るね」 「ま、魔法を使うとカロリー消費が半端ないんだよ。ホントだよ?」 「そうだよクマやん、失礼だよゥ。開拓者さんだからきっと、うーんと、ゾウより食べるよ」 「いや、象ほどは食べないよ。八重子ちゃん、象が何かわかってる?」 「ゾウは泰国の生き物って黄表紙に書いてあったよ」 「泰国なの? パンダじゃないの?」 「泰国の山奥には何でも居るって」 「そっかー、泰国は神秘だから象くらい居るかもしれないね。八重子ちゃん今度その本読ませてね、別な意味でおもしろそうだよ」 皿に盛られた菓子が瞬く間に減っていく。腹がくちくなったらしい二人に気づき、亜紀はエルの口をおもちゃ箱のように開く。中からエクレアとシュークリームがのぞいた。目を丸くする二人に、人さし指を口にあて、亜紀は悪戯っぽく笑った。 「お店の人には内緒だよ♪」 その頃、お座敷では早紀が真紀の手を握りしめていた。 「姉さん……姉さんが私を頼ってくれるなんて」 「早紀、そんなに掴んだら痛いて。落ち着き」 我に返り、早紀が手を離す。 「それで、お婆様の引退はいつ頃でしょう」 「長くて一年以内にはあたしに当主譲るやて。ん、春音? 寝てしもたな、牛なるで」 真紀は膝の上で幸せそうに眠っている上級羽妖精の、桃色の髪を撫でた。 「当主なったら早紀も手伝うてな」 「はい、もちろんです!」 力強く宣言する妹に優しく微笑み、追加を頼もうと真紀はふすまを開ける。呂が皿を手に悩んでいた。 「あら呂さんやない、一緒にどや?」 (「えええそんな、珍しく姉さんと二人きりになれたのに!」) 内心の動揺を押し殺し、早紀は真紀の背後から仕草と口パクで呂へ語りかけた。 (「断 っ て」) 首をかしげた呂が手をたたく。 「妹さんですね。呼んできます」 (「ちっがーう!」) 「見つけた早紀! 俺を置いてくなよ!」 突然ふすまが開け放たれ、手の込んだドレス風へそ出しルックの上級からくりが姿を現した。依頼書を握っている。 「月詠、何故ここに!」 「飛空船を乗り継いだんだよ!」 「内緒にしてたのに。うう、いいです。皆で食べましょう……」 「何や早紀、涙目なっとるけど、どないしたんや? 変な子やな」 (「うう姉さん、それでも私はついていきます……」) ● うぐいすが鳴いている。まだ雪残る理穴にも春が近いと三郷 幸久(ic1442)は感じ取った。野点傘の下、膝掛けをした葛 香里(ic1461)が長椅子で待っていた。甲龍の白梅が遅いと言いたげに鳴く。白の鎧で覆われた巨体が、風除けのように陣取っていた。 威圧感に幸久は自分の相棒、暁へ視線で助けを求めた。群青の駿龍はめんどくさそうに尻尾を振る。オレンジを練りこんだカステラを受け取り、香里は辺りを見渡した。 「値下げなさるとは、宜しいのですかね。ご店主様の善意に陽報がありますように。それにこの素敵なお庭。梅も綺麗にほころんで……風の冷たさも忘れます」 (「掴みは悪くなかった。まぁ少しずつだな。前のめりと思われても仕方が無い。でも、気持ちは本気だよ」) 告白の感触を頼りに、幸久は隣へ座った。 「カステラもふわふわで真綿のよう。本当にふんわりした甘さ……卵と蜂蜜ですか? 贅沢な美味しさですね」 甘い吐息をこぼし、小鳥の餌ほどに細かくちぎったカステラを口へ運ぶ。白梅にもおすそ分け。華奢なたなごころに乗ったひとかけを、ごつい舌が静かに舐め取った。 幸久は自分の上着を脱ぎ、彼女へ渡す。 「香里さん、これを。風邪がぶり返したら大変だ」 おずおずと受け取り、香里は上着を羽織った。上目遣いの彼女と目が合い、すぐに逸らされる。幸久はさらに林檎の匂いのする自分のカステラを彼女へ差し出した。 「二人で半分ずつで食べないか? これ香里さんの分、な」 「幸久様と半分に……?」 隠しようもなく頬を染めた香里が手を打った。 「でしたら白梅と暁様の分も一緒に仲良く分けましょう」 主人の笑顔の裏で、白梅の眼光が刃物のように鋭くなる。再度暁に助けを求める。無言の懇願は、やはり無言で流された。香里の差し出す菓子を上手にくわえて飲み込み、暁は我関せずと庭をそぞろ歩く。 幸久は意を決して白梅へカステラを差し伸べる。 ばくっ。 「いだっ!」 「まあ白梅。すみません、白梅が失礼を」 腕ごと口に入れた白梅は満足そうに菓子を食んだ。香里は上着の衿をかきよせ、幸久を見上げる。 「幸久様、いつもありがとうございます。本日のお会計は私に是非」 「いや香里さん、今日は俺が持つよ」 問答の末に押しきられ、香里はうつむいた。 (「精霊と共に在る者が、人の情に心身をゆだねて良いものか……。でも」) 答えはまだでない。 ● 「あの時はお世話になりました」 庭に面した席に座り、六条 雪巳(ia0179)はジャミール・ライル(ic0451)へ頭を下げた。椅子で片膝を立てたままジャミールはまばたきした。 「依頼……助け……そんな事したっけ? 良いって良いって、気にすんな。まあタダ飯タダ甘味なら大歓迎。おにーさん奢ってくれる子大好きよー」 とびきりの笑顔でジャミールは内心の冷や汗をごまかした。 (「女の子口説く事しか考えてなかった」) 雪巳は気づかなかったようだ。隣の席の人妖、火ノ佳にエプロンを着せている。 「行先が甘味バイキングなのは私の好みですけれども、楽しんでいただければ。これ、火ノ佳」 「あの櫓みたいな饅頭はわらわのじゃ!」 準備が終わるや否や飛び出した相棒に、雪巳がため息をもらす。ジャミールはおどけた仕草で手を振った。 「人妖ちゃん甘味好きなんだー。どれが美味しかったか後で聞こうっと」 彼の相棒、かろうじて相棒関係にある、迅鷹のナジュムは、主人ほったらかしで庭で毛づくろいをしていた。 「俺らも行こうか」 「お先にどうぞ。荷物番をしております」 順番に皿を満たし、雪巳は楊枝を、ジャミールはフォークを手に取った。大皿に乗せた変り種の数々を楽しんでいたジャミールは、向かいの雪巳から視線を感じた。 「あの、ジャミールさん」 「ん、なに?」 「一口、交換しませんか」 「え、くれんの?」 雪巳の真剣な表情と、甘味が小奇麗に並んだ小さな取り皿を見比べる。 (「食が細いのか。……人が食ってるものは美味しそうに見えるなー」) 「じゃあ俺のもあげるー。その羊羹食わして」 千切ったドーナツをフォークに刺し、雪巳に差しだす。とまどった雪巳だったが、おとなしくそれを食べ、楊枝で取った抹茶羊羹をジャミールへ返した。 「……アル=カマルでは皆こうなさるのでしょうか」 「え? ああ、女の子と飯食ってるときのクセで」 「そうですか、あはは。ん?」 何か引っかかった気がして、雪巳は内心首をかしげた。ジャミールは気づかず笑顔で続けた。 「また誘ってよ、楽しみにしてっからさ。だって俺ら、もう友達じゃん? 」 「はい、ありがとうございます。よろしくお願いしますね」 はにかんだ笑顔を見せる雪巳の脇を、皿を手にした長身の男二人が歩いていく。ようやく開いた席を見つけたウルシュテッド(ib5445)が、ジルベール(ia9952)に椅子を勧めた。 「甘味巡りの約束も随分古くなったが、ようやく果たせるな」 「ほんま、何年越しや。存分に食う為に昨日から断食してきたわ」 「ははっ、腹の虫も飢えてるよ」 かけ合いを返し、親友同士は腰を落ち着けた。提灯南瓜のピィアがウルシュテッドの荷物を椅子に乗せた。庭の戦馬ヘリオスがのんびり草を食んで居るのを横目でながめ、ジルベールは甘味を口にし眉をあげる。 「このムース、うちの店でも出したいなあ」 「このマドレーヌも美味いな、一口どうだ」 「おおきに。甘いのとしょっぱいの交互に食べたら止まらんわー。わ、テッドが今食うてるそれ、どこにあった?」 「ジルのクッキー、食べるのが惜しいくらい綺麗だ」 選んだ物を食べ比べ、いつしか昔話に花を咲かせ始めた。ウルシュテッドが照れくさそうに笑った。 「あー、幸せだ。実はさ、今日の費用はお前がくれた貯金箱から出したんだ」 「……あれか」 目を丸くしたジルベールが、弟を見る兄のような穏やかな眼差しで微笑んだ。 「そぉか。その調子やテッド。林檎の君も喜ぶかもなぁ」 頬に刺した赤みを隠さず、ウルシュテッドは苦笑を深めた。ふと真面目な瞳になり、親友をじっと見つめる。 「……なあ、ジルはどんな時に奥さんとの未来を想像できたんだ?」 「初めて作って貰った弁当がな。まるでずうっと前から食べてきたような味やなて思ったんや。俺の体の事とか好きそうな味とか一杯考えて作ってくれたみたいな」 記憶を掘り起こし、ジルベールは素直に喜びを浮かべた。 「で、あの子と爺さん婆さんになるまでのイメージがばあーっと広がってな」 「……そうか。いいな、そういうの。今なら……俺にも解るよ」 羽のように柔らかな微笑を返し、ウルシュテッドはにこやかなままフォークを持ちなおした。銀の切っ先が、皿に残ったケーキを狙っている。 「ところでジル。バレンタインの返答を聞こうか」 「なんのことやら」 「贈っただろ、ハート型チョコ。『ハッピーバレンタイン。愛してるよ、ジルベール』ってな」 「俺も愛してるでテッド。でも、その最後のケーキだけは譲れんなぁ」 ジルベールはニヤリと笑い、徹底抗戦の構えをとった。 「くぅちゃんダメー!」 弾丸じみた速さでパイが飛んできた。ウルシュテッドは間一髪でそれを避け、ジルベールは落ちてきた南瓜檻から身をかわす。息を切らせて二人に頭を下げた柚乃がトネリコの杖で叩くと、檻は紙吹雪に変わり消えた。 「くぅちゃん、お茶ならお庭でも飲めるから。ね?」 「いあいあ」 提灯南瓜と思えない素早さで飛び去るクトゥルーを、柚乃は杖片手に追いかけていく。 「ね、怜? どれからいくの?」 「全種類制覇と言いたいのだけれど、先にジルベリア風のお菓子を食べてからなのだぜ」 「あたしも同じのにするよ。一緒に食べたいもん」 トングを鳴らしたなりな(ia7729)に、叢雲 怜(ib5488)も笑みを返した。恋人の分までケーキを取る。 「怜はこういうのが好きなんだねー。ちょっと待って、メモするから。ええと、四種のチーズのケーキ、だね。今度私も作ってみるよ」 「なりなはどれが欲しい?」 「あれほしいー」 指差した先にレモンタルト。怜は爪先立ちして奥のそれを取った。ついでに相棒のためにゼリービーンズを二人分。庭では空龍の流と轟龍の姫鶴が主人を待っている。なりなの皿に菓子を置き、怜はちょっと得意げに色の違う瞳をまたたかせた。 「後であーんしてあげる」 「ほんと? 今日の怜、ちょっと大胆」 「だって今日はデートなのだぜ!」 胸を張った怜になりなが抱きついた。 「うれしいっ」 (「なりなとデートできるし、お菓子は食べられるし、姫鶴にも美味しいものを食べさせてあげられるから……一石三鳥?」) 熱くなった頬を押さえたとたん、何かが飛んできた。衝撃が走り視界がふさがれる。 「!?」 「怜ちゃんっ! 誰、あたしの未来の王子様にパイを投げたのは?」 「てけりり、てけりり」 「ごめんなさい、ごめんなさいー!」 走り去る主従。なりなは布巾でクリームをぬぐうと、怜の頬を両手で挟み、顔を近づけた。 「え、あ……」 「動いちゃダメ。まだクリーム残ってる」 林檎のように染まった頬へ何度も口付け、舌でぬぐう。蚊の鳴くような声で怜がささやいた。 「さすがに恥ずかしい……です」 「んー、私はそんなに気にしないかな?」 その奥で精悍な顔立ちに興奮を露にし、ラグナ・グラウシード(ib8459)が、ピンクのうさぬいぬいに語りかけた。 「うわあ、きれいだお! 素敵だおうさみたん!」 「ほう、どれほど食べてもいいのか……壮観だな!」 羽妖精のキルアもよだれを拭く。 「うふっ、今日はいっぱいたべてもいいんだよぅ」 「グルメな我輩の舌にあうモノであればいいのだが、もふ〜」 もふらのもふもふと和気藹々とやってきた、おっとりした雰囲気のお嬢さん。癖のあるショートヘアに血色のいい唇が愛らしいのだが、何故かラグナは彼女を見かけたとたん、背を向けた。同時に、お嬢さんことエルレーン(ib7455)の猛禽の眼差しに変わる。 「馬鹿兄弟子、居たー!」 「いやあああ助けてうさみたん、官憲さんこの人ですううう!」 ラグナは逃げ出した。しかし回り込まれてしまった。エルレーンは紅焔桜から瞬風波でラグナを足止めし、隠逸華で乳首を三連打する。 「んほおおおおおお!」 のたうちまわりつつも、うさみたんは離さない。背後からホールドされ、もふもふに四の字固めまでかけられる。キルアは他人の振りを発動、アテクシ無関係です結界を構築。ラグナの財布を抜き出し、しけてるぅと呟くと、エルレーンは二人羽織でバイキングコーナーの一角に彼を誘導した。 「ほーら、あーんしてぇ……食べさせてあげるぅ」 「やめるお、プリンに醤油をかけてもめろぉんにはならないお」 「……それともぉ……私のあーん♪したげてるものが食べれないってゆうの?!」 「目は口ほどにものを言うけど咀嚼はできな、あっ、ワサビ追加らめぇ!」 「食べ物は粗末にしちゃいけないんだよぉ?」 「トんじゃう、私トんじゃ、ぶふお!?」 「にゅっ!?」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」 パイがすっとんできて、エルレーンとラグナの顔に命中した。駆け抜けようとした主従が、新手の南瓜檻に閉じ込められた。 「菓子ねだて悪戯してばかじゃあかんネ!」 蝙蝠柄の泰風帽子をかぶった提灯南瓜キャラメリゼが、クトゥルーを通せんぼしていた。 「ふんぐるい」 「菓子ねだて悪戯するのが仕事アルカ、その意気や良シ! キャラメリゼセレクションで受けて立つアル、そこのアナタもいっぱい食べるアルヨ!」 「えーんえーん、うさみたーん!」 ようやく布巾で生クリームをぬぐいとったエルレーン、その肩にからす(ia6525)が手を置いた。 「食べ物を粗末にしては、いけない」 「スタッフがおいしくいただきまうぶっ、えふっ」 泡を吹いて倒れたラグナとエルレーンを外の看板に立てかけ、からすは何事もなかったように珈琲を受け取った。キャラメリゼは新しく運ばれてきた甘味を片っ端から口に入れている。 「こっちのイチゴは新鮮だけどまだ味が若いネ。こっちはカスタードの粘りが強いアルヨ」 「店を出てから言いたまえ」 「ケチつけてるわけじゃないヨ。率直な感想ネ。ウチは未来の精霊界パティシエとして大真面目ヨ。このイチゴなら練乳が合うし、この粘りはナッツを混ぜると良いアルヨ。他人のケーキをリスペクトするのも大事アル」 講釈を聞きながらマイペースにケーキと珈琲を味わっていたからすは、ふと気になってキャラメリゼの口を開かせた。食べたケーキがそのまま詰まっている。 「リスかね、きみは」 「からすサンちょっと違うネ。これは反芻ヨ」 ● 料理長をとっつかまえ、菊池 志郎(ia5584)は念を押していた。 「本当に本当に値下げしていいんですね? 後で足りないといっても知りませんよ?」 随喜の涙にむせぶ料理長はこれでいいのだとくりかえしていた。 「志郎、いつまで待たせる気だ。見るからに美味そうではないか。まずは全種類制覇だ」 しびれを切らした宝狐禅の雪待がぐいぐい主人を押していき、自分はちゃっかり席についた。皿を満たしても置いたそばから空になる。 「ほっとけーき! 樹糖たっぷりのほっとけーきはまだか!」 「はいはい、ただ今」 「志郎、餡蜜に抹茶あいすくりんを乗せてこい!」 「少々お待ちを」 あっち行きこっち行きしているうちに、見覚えのある背中を見かけた。 「玲さん、こんにちは」 振り返った玲は志郎を見るなり、むすっと不機嫌になった。内心驚きつつも席を勧めると素直に座った。 「甘いものはお好きですか? ここは色々なお菓子がそろっていますね」 「菊池は?」 「いえ、俺は雪待を見ているだけで胸焼けが……あの、どうかしましたか」 「……別に」 「志郎、ねもねーどが空だぞ! 次は蜂蜜を多めに入れろ!」 「…………べつにぃ?」 (「何故怒っているのですか。俺は何もしていません。本当です」) 「志郎!」 「すぐ行きます」 小走りの志郎と入れ違いに、からくりの雪蓮が呂の襟首をつかんで引きずってきた。 「捕まえました。先方には断りを入れております」 白 倭文(ic0228)の隣に座らせ、ゼリーの食べ比べを始める。 「しかしアンタまで戚史殿のお仲間だったとはナ」 「我が国の人材層の薄さを舐めるにゃにょ。官僚ばっか増えて現場はろくなのがいにぇーにょ」 参はタルトをぱくついた。祖国の動乱が頭をよぎり、倭文はためいきをつく。 「悲しくなってくるからよせヨ」 「面倒事なんざ、どっかの誰かがなんとかしてくれるって。開拓者とかにぇ」 参は銀の匙を突きつけた。 「というわけでおごりにぇ」 「言われずとモ」 「アンタ明ちゃんには甘いにぇー」 「たまにはいいダロ。深い理由はねェ。ねェって言ってんダ、その悪い顔ヤメロ」 牙を見せて唸った倭文を、呂はふしぎそうに見ている。 「じゃあ私が倭文さんにおごるね」 「何故そうなル」 「だって、倭文さんは春の御方にお仕えする大事な人だもの。志体持ちは、まだまだ少ないから」 「ちょ、明ちゃん」 机を叩き、倭文が立ち上がった。参が真っ青になる。 「……庭見てくる」 角を曲がり壁に背を預け、倭文は深呼吸した。 「難儀だナ。かと言って、分からねェとこにゃ踏み込む以外に浮かびやしねェ」 |