【震嵐】わかってるよ〜蓮
マスター名:鳥間あかよし
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2014/03/21 21:00



■オープニング本文

●表の話 依頼書

危険任務

泰国軍補給部隊捜索兼任務代行依頼
場所 東房南部

某月某日、補給部隊12名の乗る中型貨物船が東房の前線へ向けて出発。
到着時刻を大幅に遅延するも船影なし。
状況よりアヤカシ襲撃事件発生と見なし全権を開拓者ギルドへ委任する。
全物資回収には小型飛空船2隻が必要となる模様。
当方、快速小型飛空船所持。
任務遂行へ助力願いたし。

依頼人 呂戚史

●裏の話 昨日のこと

「おじさん!」
「おう、チーシー。燕結夢の修理が終わったらしいな。おめでとう」

 昼下がり。
 人でごったがえす天儀の小さな泰料理屋へ、血相を変え飛び込んできたのは地味な風采の小柄な女だ。
長い髪を無造作にくくり、モノクルをつけている。
 それどころではないと息を荒げたまま、料理屋の主らしい壮年の男へ詰め寄った。彼女の姓は呂、名は戚史(リウ・チーシー)。泰儀天帝、春華王お抱え密偵の一人で、地虫を自称する一派の出になる。

「おじさん、あのね。さっき玲さんから聞いたのだけど、梨ちゃんの乗った飛空船が目的地についてないって、本当?」

「それな」
 男が女給に目配せを送った。男の姓は張、名は唯心(チャン・ウェイシン)。女給は張の代わりにカウンターへ入り客をあしらい出した。奥の部屋に呂をあがらせ、張は引き戸を閉める。
 彼は呂の前に、武僧の国、東房の地図を広げた。

「俺の所にも、今しがた情報が来た。東房で泰国軍の補給部隊が行方不明だとな」

「追跡調査に行っていい?」
「願ったり叶ったりだ。よその派閥が危険任務に尻ごみして、うちにお鉢が回ってきたところよ。張り切って行って来い」
 紐輪をした手で胸を押さえ、真剣な表情で呂は地図を見つめた。
「この地図のどこかに梨ちゃんが……」
「可能性があるとすれば、ここだ」
 張が地図の一角を指差す。

「現地の情報によると、湖の周りは霧が立ち込めているそうだ。アヤカシの襲撃から逃れるうちに、濃霧に飲まれて不時着した可能性が高い。至急、救援物資を回収し届けてくれ」

「梨ちゃん、当番で軍の護衛に行ったんだよね。安全な航路じゃなかったの?」
「安全だ、普段はな。現地でもよく使われるルートだ。巣をつつかれた大アヤカシが反撃にまわったんだろうさ」
「到着予定時刻から、どのくらい経ってる?」
 張が口をつぐんだ。呂は拳を握り、駄々をこねるように首を振った。
「……梨ちゃんは生きてるもん」
「戚史、艱難辛苦は春のお庭への道だ」
「わかってるよ」
 拳で目元をぬぐい呂は立ち上がった。女給に挨拶して店を出ると、ギルドまで歩いていく。

●どこかの話 東房南部
 頬をつつかれる感触がする。
 急速に意識が浮上した。泥水の冷たさが身にしみる。
「おい起きろよ。起きろ」
「づあっ!」
 額を弾かれ、猫族の女は七転八倒した。短く切った髪はサビ猫風。姓は参、名は梨那(サン・リーネイ)。
 ズキズキする額を押さえ、デコピンした相手を見上げる。猿のように背を丸めた小男だ。左腕だけが巨漢のように太い。
「アナタこんな所でくたばるタマじゃないでしょうに。袖振りあうも他生の縁、アタシが助けてやりましょう」
「はあ? 何言ってんにょアンタ。てか誰?」
 小男は答えず、視界を横切った。つられて目をやった参の背筋が凍る。墜落した中型飛空船と、仲間の死体が転がっていたので。
 外傷は無い。貨物室の物資へ蟻のように群がり、事切れていた。糧食の包みにかぶりついたまま絶命している者もいる。男は邪魔な死体を足でどけ、制服の腕章やマストの国旗をながめた。
「泰国かあ。過ごしやすい国のようですね」
 だしぬけに振り返る。
「そこのセンセー、どこ出身です?」
「や、巌坂(ヤンバン)ですけど?」
 気圧され、参は答えた。小男とは距離がある。参の手には銃がある。にもかかわらず、首筋に刃物をあてがわれた気がした。
 満足げにうなずくと、小男は上着を放り上げた。はばたきが空気を打ち、上着は髪を振り乱した人面鳥(ハーピー)に変わる。飛びあがってその足をつかみ、小男は霧の向こうへ去っていった。
「何あれ……」
 呆然と見送った参だったが、立ち上がり身なりを整えた。辺りは濃霧に閉ざされている。飛空船へ近づいた。操縦桿を握ったまま物言わぬ身となった同胞らに恐怖と哀悼を覚え、参は手袋をはめた手を伸ばし、まぶたを閉じさせる。墜落の衝撃で浮遊宝珠は両翼とも割れていた。後部ハッチの脱出用グライダーも全滅している。
 墜落の瞬間を参は思い出せなかった。上空で大口(ジャイアントマウス)の群れにたかられ、応戦している内に、突然強い飢餓に襲われたところまでは覚えている。
「ここ、どこなにょ?」
 背後に重たい足音を聞き、参は尻尾を逆立てた。霧の奥から複数の人影が近づいてくる。岩を楔で繋いだような黒人形(ブラックゴーレム)の巨体が動いていた。
(「やばいやばいやばい死にゅ死にゅ死にゅ」)
 飛空船の一室で縮こまり、息をひそめる。足音が近づき、地響きまで伝わってきた。飛空船の周りをしばらくうろうろしていた黒人形どもだったが、死者しかいないと気づき思い思いに散らばっていく。
(「助かったにょ……。でもどうしよう。これじゃ狼煙もたけないし」)
 参は崩れた荷物をながめた。飢え死にはしないだろうが。


■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
中書令(ib9408
20歳・男・吟
呂 倭文(ic0228
20歳・男・泰


■リプレイ本文


 無言だった。
 三隻の小型飛空船が東房の空を走る。足並みは順調、だが乗組員は一様に眉をしかめている。
「おなかがすきましたの……」
 燕結夢甲板で薔薇の彫刻をあしらった杖を掲げ、ケロリーナ(ib2037)はむくれていた。
「きっとヒダラシのこの飢餓で飛空船の乗組員さんが意識を失い、やられたのですの。当時の天候はくもりで、風の流れは西から東と現地で聞きましたの。航路をはずれた先は、おそら、く……」
 稜泉(ic1145)の差し出すリンゴのタルトを口惜しげに睨む。
「けろりーなは今ふたつめを食べたばかりですの、おなかぽんぽんですの! おいしそうですの!」
 腹具合と関係なく襲い来る空腹と誘惑。操舵をしていた相棒からくりのコレットが飛び出し、杖を振り回しかけた主人を抑えた。すぐに席へ戻る。
 空夫役の六条 雪巳(ia0179)が新しく節分豆の袋を開けた。
「これを空にしたらケロリーナさんと交代で瘴索結界を……。どうしましょう、もうおなかはいっぱいなのに、やめられない止まらない……」
 食べっぷりとは裏腹に目が死んでいる。長年可愛がっている駿龍の香露が、主の異常に気づき背へ頭をすりつけた。
 観測員を兼ねた菊池 志郎(ia5584)が自分のみたらし団子を串から外し、闘鬼犬の初霜へ与えた。主従そろって口に入れた端から飲み込む。
「懐中時計に瘴気反応はなし。だのにこの倦怠感、厄介なアヤカシですね……救援が間に合うよう力を尽くします。無事帰れたら茶屋にいきましょう。お抹茶と季節の天儀菓子を皆さんでゆっくり頂きましょうね」
 理不尽な空腹への怒りを募らせる。
 左舷を行く飛空船では、相棒からくりの月詠が出力ピンをいじりながら神座早紀(ib6735)に顔を向けた。船長を受け持つ彼女の主人は、目的地を向いて恵方巻きをまるかぶりしていた。
「人間は大変だな」
「真面目にやりなさい」
 操舵を請け負った兄弟からくり雪那に一睨みされ、肩をすくめる。雪那も自分の主の様子を見た。航海士代わりの神座亜紀(ib6736)は、チョコレートをかじっては包み、かじっては包みしている。
「戦闘は極力避けて。大口の群れが相手の時は、ボクの居る船の側に後の二隻も寄ってもらって。……それにしてもヒダラシは、どういう原理で飢餓感を与えているのかな。これ、何かに応用できないかな」
 考え事で気を紛らわすが、口寂しさが消えない。方位磁石の針の向きと地図を照らし合わせ手帳に書きこむ。
 右舷の飛空船では、船長へ任じられた相棒の雪蓮が、稜泉のからくりの機関制御を手伝っていた。気合で飢えをねじ伏せた主人の白 倭文(ic0228)は、船の速度が安定したのを見計らうと、望遠鏡を顔にあてがった。東の地平線は霧でけぶり、地上は定かではない。
「貨物船襲撃時に乗組員が冷静だったなら、目的地寄り、湖方面へ逸れていっただろうナ」
 急に体が軽くなった。異様な空腹も消える。皆へ食事を配る手を止め、中書令(ib9408)は口元へ手を添え、呂へ声を飛ばす。
「ヒダラシの支配下を抜けましたね」
 驚いて硬直した呂は無視し、中書令は桜の花湯を飲みくだすと、首筋へはりついた髪と共に気だるさを振り払った。機関に専念する鼎をいたわる。
 進むに連れて霧が深まってきた。狭い望遠鏡の視界を、何かがよぎった気がした。倭文は望遠鏡をおろし肉眼で確認しなおしてみたが、影は霧の合間に隠れてしまった。
 燕結夢を振り返り、身振りで兆候を伝える。動ける者は皆そろって武器を持ち、八方で待機する。ケロリーナが杖をおろし、代わりに雪巳が扇を広げた。一回り広い結界が異形の存在を捉える。雪巳は中書令へ向けて、赤いスカーフを右まわしで振った。
 右舷の甲板で中書令が琵琶で音色を整え、口を開く。とたんに、音が消える。横合いからの風、宝珠の駆動音、皆の声や、風になびく衣装の衣擦れ。謡っているのだろうか。口元は動くが調べは無い。奏でる琵琶も、あたりの音も。不自然に静まりかえった甲板で、中書令は真空を奏で続ける。
 色を失った雪巳の視界では、自分の龍ほどもある影が流れ、消えていく。歪な気配が完全に結界から抜けたのを確信すると、雪巳は微笑んでスカーフを左まわりに振った。
 音が戻る。その頃には濃霧があたりに立ち込めていた。


 濃霧をかきわけ、飛空船団は湖へ着水した。じっと聞き耳を立てていた志郎が集中を解いてうなずき、上陸を促す。
 ぬかるんだ水際へ、最初に香露が前足を踏み出した。地に体を伏せ、桟橋代わりに尻尾と首を伸ばす。主人の雪巳が霧の岸辺へ降り立った。かろうじて5歩先が見える。
「兎にも角にも、船を見つけなければ始まりませんね。霧で視界が利かないのが厄介ですが……この霧に乗じて、と行けると良いのですけれど」
 より遠くを見通す巫女の目を開き結界を張ると、振り向いて仲間を手招きする。
「二次遭難を防ぐ為に一団で行動しましょう。特に戚史さん、はぐれないでくださいね? 聞いてます?」
「は、はい」
 降りてきた戚史の頬を扇でつつきながら念を押す。
 稜泉が左右の飛空船を見渡した。
「持ち場は離れません。安心して行ってください」
 相棒からくり鼎が、鋼の爪を装着した。中書令がドレスの衿を整えてやる。
「あなたも船の番をお願いします。必要があれば松明も使いなさい」
 相棒からくり達は船の上からめいめいの主へお辞儀をした。コレットだけは香露の背を渡り下りてくる。
「お嬢様は私が守るのだ」
 ケロリーナは自分の騎士へ、お礼代わりにおしゃまな挨拶をすると、呂の横顔を伺った。
(「呂おねえさまが無茶しないように制止するのと、万一した時に人形祓でカバーしてもらうですの」)
 中書令は仲間に断ると自分も松明へ火をつけた。少しだけ見通しが良くなる。さらに瘴気計測時計を志郎と突きあわせ、値を比べた。
「閾値には遠いですね。しかし用心に越したことはないでしょう。私も時計を見ながら行きます」
 岸辺へ降りた亜紀が、金の錫杖で地を突く。船から離れた位置で陣が吹き上がる。濁った霧へ純白のきらめきが吸い込まれた。
「早紀ちゃん、雪那、月詠。お留守番よろしくね。ムスタシュイルをかけておいたから、緊急時はこの中に踏み入って連絡してよ。すぐに戻ってくるから」
 一行と相棒、ひとりひとりへあまさず加護の結界を施していた早紀が振り向いた。眉を釣り上げている。
「呂さんがまたやらかさないか心配です!」
 姉の剣幕に冷や汗をかいた亜紀は、呂へ耳打ちした。
「早紀ちゃんは怒らせないようにした方がいいよ。必殺身代わりはさ、マジで次やったら早紀ちゃんマジギレしそうだし」
「何故でしょうね」
 ふしぎそうに首をひねる呂に、亜紀は気持ちを新たにした。
(「……敵の攻撃を受けないようにしよう。先手必勝。うん」)
 続けて岸を踏んだ倭文が呂に向きなおった。
「アンタの役目は知ってるが、我は頭数に数えなくてイイ」
「そう言われても……」
「引き受けるって言ったロ、ひっくるめてダ。我の分も誰かを心配しててくレ」
「でも」
「我がお大事な一なら、アンタも大事な一だ。でもも何もなく対等だ、だから守る」
「倭文さんてば、俺この戦争が終わったら結婚するんだーみたいな、あはは」
「茶化すな」
 倭文が呂の肩をつかんだ。真剣な眼差しが射抜く。
「梨那殿を一緒に捜しに行くぞ。戚史殿……明殿」
「戚史です」
 へらりと笑って戚史は続けた。
「わかりました。亜紀さんと倭文さん、早紀さんにもそうします」
 倭文は長く息を吐くと、船に残る雪蓮に手を振った。
「緊急時は亜紀殿の言うとおりにして、船宝珠機関を守ってくレ」
 白樺の弓を握り、雪蓮は舳先でかしこまった。
 霧の向こうを見つめていた志郎が、呂から上着を受け取った。
「これが参さんの持ち物ですね。絶対大丈夫なんて軽々しいことは言えないけれど、それでも……初霜を信じてください」
 すっかり闘鬼犬として風格の出てきた相棒に参の匂いを嗅がせる。
「わんわん! おぼえました!」
「しっ、初霜。捜索はできるだけ音を出さないように」
「すみません、つい吠えてしまいました」
 初霜の喉をなで、志郎は問いかけた。
「何か匂いますか」
 上を向いた初霜が鼻を鳴らす。
「火薬と、鉄と油の匂いがします」
「案内を」
 志郎は足音を立てないようそろりと進みはじめた。雪巳がケロリーナを香露の鞍に招待する。
「大人しくしていてくださいね、香露。では参りましょう」
 龍の背で揺られながら、二人はかわるがわる精霊へ祈りを捧げ結界を維持する。中書令がその脇を松明を持って進んだ。雪巳とケロリーナを中心に中書令の灯りの範囲に固まり、気を張りつめて行軍を続ける。
 やがて霧の奥に、黒々と山のような影が浮かび上がった。ケロリーナが杖を揺らす。
「手前に人型の塊が見えますの」
「いくつ?」
「あう、抜けられましたの」
 亜紀の問いにケロリーナはすまなさそうに頭を下げた。代わりに雪巳が念を入れて結界を施し霧に目をこらす。
「大きさからして合戦の報告書に出ていた黒人形のようですね。気ままに動いているのが見えます。右に四、中央に二、左側は一体だけです」
「値も低いままですか。ひとまず他には居ないようですから、左を抜けましょう。私が音を消しますので」
 時計をふところに収め、中書令がばちを取り出す。亜紀も錫杖をかまえた。
「ギリギリまで近づいて、速攻だね」
 松明を呂へ渡すと、中書令が口を開き無音を謡い出した。雪巳の扇が指し示す先へ、先ほどまでの慎重さから一転、亜紀を先頭に走り出す。耳が痛いほどの静寂の中で、自分の鼓動だけが聞こえた。亜紀は胸の中で精霊へ呼びかけ続ける。
 霧の中からぬっと無骨な黒い人影が顔を出した。
(「弾道トレス完了、アークブラスト発動!」)
 視界に捉えた瞬間、亜紀は得物を突きつけ精霊へ宣言した。月桂樹を模した杖先へ雷が生じ、目もくらむ閃光が黒人形へ直撃する。脇を走りぬけた初霜が炎をまとう。すぐ後ろから志郎が放った番天印と共に跳ぶ。初霜が腕を付け根から砕き、番天印が頭をこなみじんに吹き飛ばした。
 突然の奇襲に巨体を傾かせた黒人形の懐へ、倭文が入りこむ。下からの突きでさらに体勢を崩した人形の外皮がひび割れ、核がむき出しになる。体をひねり、やたらに暴れる下半身の蹴りを避けると、足の付け根へ一撃入れ動きを封じる。コレットの剣が閃いた。銀線、あやまたず核を狙う。続けてケロリーナが杖を振り、フルスイングで薔薇の飾りを核へ叩きこむ。真言に彩られた彫刻がインパクトの瞬間淡く光った。
 黒人形が崩れ落ち瘴気と化しても、中書令は油断なくあたりを見回した。
(「敵の増援は……ないようですね」)
 十分に距離を取ると仲間に合図をし、謡をやめる。亜紀がほっと息を吐いた。
「声がなくても精霊が来てくれて良かったよ」
「私も真言が通じるかひやひやでしたの〜」
 そう言うケロリーナは上機嫌のままコレットの腕に抱かれている。中書令は微笑ましげに二人をながめた。
「精霊もきっとお二方が大好きですとも」
 笑みを消し、貨物船を見上げる。折れたマストが霧に飲まれぼやけていた。
「ここからが本番ですね……。船に入ったら外のアヤカシ避けに音を消します。生存者の捜索に気を配っていただけますか」
「それは俺がやりましょう」
 志郎が眉間をかるく押さえた。
「気配を探る訓練をして来ました。さすがに壁を挟むとはっきりわからないので、船室を見てまわらなくてはなりませんが、見当はつきます」
 言いながら呂へ目をやり、暗に勇み足を諌める。扇を広げたまま雪巳は駿龍の鞍から降りた。
「香露に荷を積んでください。力仕事は龍へお任せを。私は結界で哨戒に励みます」
 目元に物憂げな影がさす。それを振り払い、雪巳は戚史を見つめた。
「戚史さん……梨那さんたちを信じましょう。皆さま、ご無事でいらっしゃいますように」
「呂おねえさまのお友だちも行方不明ですものね。けろりーなもがんばってさがしますですの〜。コレットちゃんもお手伝いしてくださいですの」
「もちろんです、お嬢様」
 亜紀が呂の手を取った。
「呂さんも心配だよね。でもボク達が力を合わせればきっと見つけ出せるよ。だから、頑張ろうね!」
「……そうですね。そうだと、いいです」
 呂はへらへら笑っている。
「アンタもやることやってくれヨ、戚史。投擲と援軍の警戒。シノビの術は心得てるんだロ? それから我の後ろを離れるなヨ」
 すなおに返事をする戚史の声を背に聞き、倭文は砕けた浮遊宝珠をにらみつけた。
「不時着時点で生きてりゃ下手に死ぬ奴じゃねェ。奢り分は生きてろヨ。……んな艱難辛苦、そうそう安請け合いさせるかヨ」


 一行はひとまず船の外周を回った。
 後部甲板からずり落ちたと思しき、泥まみれの亡骸を四体発見する。貨物室への扉が開いていたが荷が詰まって降りられそうになかった。そっと手を合わせた志郎が、毛布で遺体を巻くと抱きかかえる。
(「まず生存者、次に物資、それからご遺体ダ」)
(「わかっています」)
 倭文の視線にうなずき、仲間の手を借り志郎はひとまず甲板へ寝かせた。寒くないようにと唐草外套も敷く。
 操船室の遺体は、衿の記章を確認すると船長だとわかった。操縦桿を硬く握りしめた手を、ケロリーナはコレットと共にはずしてやった。
(「きっと操舵士が飢餓にとりつかれて持ち場を離れたですのね。最後まで勤めを果たそうとしたですの」)
 ケロリーナが長いまつげを伏せる。他は特に収穫はなく、一行は別の昇降口を見つけ船の中へ降りた。中は暗い。中書令が松明を掲げる。貨物室は奥のようだ。
 志郎が立ち止まっては気配を読んだ。不時着の衝撃か、それとも船員がそうしたのか。ほとんどの扉があけっぱなしだった。灯りに照らし出された船室は、どこもひどく荒れている。まるで獣が無我夢中で引っ掻き回したようだった。亜紀が胸元をつかむ。
(「誰か生きてるよね。生きていてよ、お願いだよ」)
 廊下を進むうちに、前方で斑な影が像を結ぶ。亜紀の口から短い叫びがもれたが、静寂に阻まれ誰の耳にも届かなかった。なだれ落ちた荷の山へ、船員が蟻のように群がっていた。うつろな目は彼らが死者であると告げていた。
 雪巳が大きく首を振り、中書令は目元を覆う。一瞬の恐慌を奥歯を噛みしめてやり過ごした倭文は、遺体の数を数えた。
(「……五、六。上のを入れて十一。あと一人、残ってるはずダ」)
 突然、初霜が尻尾をびっと立てた。
(「わんわん、こっちです!」)
 災害救助犬よろしくしきりに吠えたてる。大手柄に興奮を抑えきれず、志郎の服のすそを噛み、貨物室の中へ引きずっていく。志郎は心の眼へ意識を集中し見開いた。
(「居る!」)
 気配を感じる。荷物に紛れ奥へ移動している。仲間に身振りで伝え、後を追いかけた。貨物室を抜ける。気配は、やにわに速度を増し、さらに後方へ。角を曲がった瞬間、志郎の肩に衝撃が走った。ややあって激痛が広がる。亜紀のわき腹がえぐれ、鮮血が散る。ケロリーナが鋭く杖を振るった。真言が順に二人の体へ浮かび上がり、傷を塞ぐ。
 廊下の突き当たりで銃をかまえていたのは、サビ猫風の猫族だった。あっけにとられて口をパクパクさせている。中書令が事情に勘付き、謡を止めた。
「お、お、おまえらっ! 味方なら味方って言えにょ!」
「船がアヤカシに包囲されておりまして。驚かせたのは申し訳ないが、確認せず発砲もいかがなものかと」
「こっちだっていきなり音がしなくなってすげーびびったにょ!」
「ともかく元気そうで何よりだよ」
 亜紀は胸をなでおろし、まだすこし違和感の残るわき腹をさすった。遅れてきた呂が角を曲がり、参へ抱きついた。
「梨ちゃん! ……ほんとに生きてるよね?」
「わあ明ちゃん! 来てくれたにょ? 私は見てのとおりだにょ」
「呂さん、失礼。参さんの健康状態を確認させてください」
 志郎が参の脈を取り、外傷の有無を探るために服の上から体の輪郭を撫でた。
「スケベ」
「純然たる医療行為です。はい、おしまい。口も減らないようですし問題ありません……良かった」
「うん」
 亜紀は目元をこすった。すこし涙ぐんでいる。
「呂さん、よかったね」
 戚史の手を握り、微笑んだ。戚史もへらりと笑い返した。参と握手を交わした雪巳が扇を持ちあげた。
「ご遺体を甲板へ運び、荷物を分担して積み替えいたしましょう。私も片手分位は運べます」
 答えて中書令が音の狭間を作り出す。松明の灯りで荷を照らし、倭文が目処をつける。
(「龍の力を借りれば、五往復もすれば十分だナ」)
 貨物のほとんどは弾薬だった。糧食と医療品も含まれている。協力しながら甲板へ上げ、表で待っていた香露の背に積むと、うろうろする黒人形の隙間を見定め、突っ切る。
 群れを抜けると中書令は謡を一旦中止し、湖へ向けまっすぐに声を放った。
「今から帰還します。積み荷受け入れの用意を」
 たどりつくとからくり達が歓声をあげた。早紀と稜泉も喜んで荷運びを手伝う。香露が往復するたびに三隻の飛空船は重くなっていった。じっくりと機会をうかがった為危うい場面もなく、最後の遺体を運び入れる。
 稜泉の申し出で、簡素な葬儀が行われた。亡くなられた人の数だけ蝋燭を灯し、ひとまず巫女の雪巳とケロリーナが、彼らのおおまかな住所と名前を葬送の言と共に記し、冥福を祈りながら毛布へ挟みこんだ。厳粛なひと時を終え、飛空船が空を向く。雪巳が頭上を指差し、船はまっすぐに空へ昇り、霧を抜けた。


「ミッションコンプリートかな」
 隣に燕結夢を見ながら、亜紀は雪那に話しかけた。からくりは穏やかにうなずき、操舵を続ける。ありったけの閃癒を施し、おつかれ気味の早紀がうとうとしている。右舷の甲板では疲れきった中書令が、ぼんやりまなこを袖でぬぐっていた。
「あと少しで警戒空域を抜けますか。……がんばります」
 鼎が心配そうに見ていた。我が身と精霊の酷使で頭痛がひどい。軽く吐き気もする。それでもばちを落とさずにいる。
 雪蓮が忙しく立ち働く横で、倭文は船のふちから望遠鏡をのぞいた。
「敵影ナシ。このまま無事終わってくれヨ。空の上じゃ戚史を背負っても逃げられネェからナ」
 ぼやいているようで、まんざらでもない様子だった。けれど急に頬をふくらませる。
「帝は天にいましってカ? ケッ、ほんとにそうなら事件は起きてねェヨ」
 燕結夢では、志郎が初霜の頭を一心にモフりながら物思いにふけっていた。
(「左腕だけ太い猿のような……参さんの出会った人、一体何者なのでしょう。変に目をつけられていないといいのですが……」)
「やべぇ、気が抜けたら眠くなってきたにょ」
 参がつぶやき、壁に背を預けた。
「参おねえさまは、ねむねむさんですの?」
「そーにぇ、緊張でまともに寝てなかったしにぇ」
「目的地までもうすぐですの」
 そんな会話を小耳に挟みながら、雪巳は結界を張り続けた。四方へ目をやり監視を続けていると、さすがに疲れを感じる。節分豆は食べ尽くしてしまった。ため息混じりにヒダラシが出ない事を祈る。交代の頃合と気づき、振り返る。背筋が凍った。
 ケロリーナのすぐ近くに、墨で染めたような真っ黒な塊がいた。
「梨ちゃん、横になるなら船室に行きなよ」
 皮一枚はがれたように、影は参へ変わった。大あくびをすると船室へ消える。ケロリーナと目が合う。彼女の手には杖が握られ、その先端は淡く輝きだしていた。我が目で見た物を信じられず、雪巳は視線だけで問うた。
 見ました? と。ケロリーナもひっそりうなずく。
「……見ちゃいましたの」
 深淵をのぞいた気がした。荒い風の吹き抜ける甲板で、二人の長い髪が気流に乱された。