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■オープニング本文 「よお八っちゃん」 「なんだいクマやん」 「温かくなってきたね」 「そうだねえ」 「となると、出るわけよ」 「どじょっこやらふなっこやら?」 「そうそう夜が明けたってね……って違うよ、アヤカシだよ!」 クマと呼ばれた派手な着物の少女がおおげさに手を振る。年のころは十かそこら、墨を含んだ筆のような髪から察するに鶴の獣人らしい。 「そんな話なら昨日たっぷりしてやっただろ?」 八こと銭亀八重子は肩をすくめる。こちらも年は十の前後か。地味な着物のごく普通の町の子だ。 「それともなんだい、アタイがイチ抜けして開拓者さんにアヤカシ話を聞きに行ったのが悔しくって、ご隠居さんとこでネタを仕入れて来たのかい?」 「うぐ」 八重子はこれみよがしに胸元から手帳の切れ端を引っぱり出した。ひらがなで書きつけられているのは先日開拓者から直接聞き取った武勇伝の数々、彼女らにとっては宝の山だ。クマこと鶴瓶クマユリは心底うらやましげにその紙切れを見つめる。 「これを越えるってんなら話してごらんよ」 「いいともさ。恐れ入っても知らねえよ。ご隠居さんの言うことにゃ、そいつは夜の夜中、物音ひとつたたなくなった頃、眠っちまった奴のとこに出て来るんだとよ」 「どこからさ」 「天井から、にょろっとさ」 「なんでさ」 「お天道様の目が怖いんじゃないかね。そしてそいつは下で寝てる奴のおさしみを食べちまうんだよ」 「カツオならまだ先だよ」 「持ってるだろ、八っちゃんも」 「どこに」 「顔に」 八重子はいやそうに眉をひそめ、口元をぬぐった。 「へへん、おいらの勝ちだね」 「ええ悔しい、クマやんだって洗いも知らねえくせに」 「おあとがよろしいようで」 一方その頃、開拓者ギルド。 「これで二回目? 何故もっと早くに連絡を……いえ、申し訳ありません。長屋の住人が寝ている間に頭部を食いちぎられてしまうのですね。はい、もちろんです、この連絡を持ってアヤカシ討伐を受け付けます」 さらに詳細を聞き取り、職員は依頼書を作成する。横から同僚がのぞきこんだ。 「長屋の、右端と左端の部屋のご家族が犠牲になった、と」 「治安の悪いところだから一度目は押し込みを疑っていたらしいわ。首から上だけ持っていく強盗なんていないでしょうよ」 「ごもっとも。これは見取り図? おやおや、六畳間が五つ、本当に狭い長屋ですね。サイコロが並んでいるようだ。井戸を挟んだ向かいの空き地は広々としてるというのに。屋根裏なんかどうなってるんでしょう」 「ガラクタがたんまりですってよ。開拓者たちが現地に付く頃には避難するように指導しておいたけど、あてがないからなるべく早く帰りたいんですって。気張ってもらわなきゃね」 かくしてギルド掲示板に一枚の依頼書が張り出された。 |
■参加者一覧
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
辻竜 逆滝(ib7388)
18歳・男・志
雪邑 レイ(ib9856)
18歳・男・陰
闇夜 紅魔(ib9879)
17歳・男・泰
シオン・ライボルト(ib9885)
17歳・男・砂
春日 三月(ib9936)
18歳・女・陰
アリア・ジャンヌ(ic0740)
18歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●戦地にて ごみごみした街を抜け、指定の場所へ。 なまぬるい風がシオン・ライボルト(ib9885)のサーコートを揺らす。 「お、今回は顔見知りが多いな。背後は安心だ」 集まった開拓者の顔ぶれを見て、彼はうれしげに口角を上げた。 春日 三月(ib9936)がにっこり笑う。 「こんばんはシオン君、いい夜だね。いかにも出そうで」 また風が吹き、三月の髪を揺らす。彼女はその白く華奢な肩をすくめた。 「それにしても、にょろにょろって、まるで蛇じゃない……。白蛇なら幸運の兆しだけど、アヤカシなんてぞっとしないなあ」 三月の言葉に雪邑 レイ(ib9856)も顎に手をあてた。 「敵の情報があまりに少なすぎる……ここは協力しないとな……」 そして彼は問題の長屋に目を向けた。サイコロが五つ並んでいるような小さく狭い建物だ。共用らしき井戸が有り、それを挟んだ手前が開拓者たちの立っている広場だった。井戸はふたもされておらず、長屋の壁には木の板やしんばり棒が立てかけられたまま。破れた障子には張り紙がしてある。 住人は直前までここに居たらしい。 (「行くあてがないというのは本当のようだ……」) 思い出したくもない過去が記憶の井戸からあふれそうになる。苦い思いを断ち切り、レイは右端の部屋の障子戸に手をかけた。壁一面、雑にふき取られた血のしみが彼を出迎える。 「俺はこの部屋でアヤカシ出現まで待機する……。おまえたち、後の部屋を頼む……」 戸を閉め、人魂を呼び出す。白い狐の姿をとったそれはレイの指示どおり部屋の中央でごろんと横になった。自分は障子戸のとなりに身を寄せ息をひそめる。 「じゃあ俺は……ふあ、レイの横の、2番目の部屋……行っとくぜ」 闇夜 紅魔(ib9879)があくびをかみ殺した。シオンが心配そうに肩を叩く。 「おいおい、大丈夫なのか?」 「へへ、まかせろ。この依頼のために……寝不足で来たんだ」 「よけい不安だよ! きみ、かみ殺されるって!」 「その時はぶん殴ってくれ……。遠慮はいらねーぜ」 「もう、紅魔君たら。こうしましょ?」 三月が間に割って入り手を鳴らす。ぽよんとふくふくのまっしろウサギが現れた。 「この子があなたの護衛だよ。寝ちゃったら蹴飛ばしてくれるから」 「わりぃ、ありがとなー」 「ほんとに大丈夫かしら」 ウサギを抱えた紅魔を見送り、三月は腕を組んだ。 「俺も心配だから、真ん中の3番目の部屋に行くよ」 ブレードの柄を握ったままシオンも障子戸の向こうへ消えた。 「ではわたくしは左端の、5番目の部屋に参ります」 油断なく辺りを見回し広場を検分していたアリア・ジャンヌ(ic0740)が歩き出した。しかし辻竜 逆滝(ib7388)が厳しい顔をする。 「待て。おまえもしかして、まだ技がこなれてないんじゃないのか?」 言い当てられたアリアは思わずうつむいた。 「修練はしているので大丈夫だと思っているのですが……」 「体に馴染みきっていなけりゃ、とっさの時に技は出せないな」 不安げに剣の鞘に手を添えるアリア。その背を逆滝が押し、さっさと歩き出す。 「何をぼうっとしている、一緒に5番の部屋に行くぞ」 「えっ」 「俺には心眼がある。上は見張っておいてやるさ。おまえはおまえにしかできないことを精一杯やればいい」 「……はい。がんばります」 アリアは逆滝の後を小走りでついていく。 広場には三月だけが残された。 (「あれ、アヤカシが出てきたら、どこで戦うんだっけ?」) そういえばちゃんと決めてないかも。三月は長屋の前でわたわたするが、すぐに衣装を整えた。 「ま、なんとかなるよね?」 裾の下に夜光虫をしのばせ、三月は仲間を頼りに待つことにした。 ●剣戟開始 中央の部屋でシオンは天井を睨んでいた。 「これ、ある意味集中しすぎて寝れないよなー」 深夜も近いのだけれど、眠気はちっともやってこない。戦闘に備え気分が高揚しているのか。いつでも一撃が放てるよう準備をしたまま狸寝入りをしようとするが、まぶたは頑としてひっついてくれない。 「仲間に期待しよっかな。特に右隣のやつにね」 シオンは諦めてあぐらをかく。で、右隣君は。 「ウサギ、やばい、これ、ふくふく……ねむくな、る……ぐう……」 人魂ウサギを抱っこして気持ちよく眠りはじめた。 「こら紅魔君、紅魔君!?」 主の三月はなんとかウサギを操ろうとする、しかし泰拳士の抱き枕と化したふくふくでは勤めは果たせない。 一方、右端の部屋では寝息を立てる狐を眺めつつ、レイが静かに符を繰っている。 (「部屋中血まみれだ……ひどい有様だな。ここには家族が居たそうだが、一人も残らなかったか……」) 凄惨な室内にレイは顔をしかめ、ふと目を見開く。 (「いくら寝ていたといえ家族が全滅、それも二回も……ということは、一匹ではない……?」) 左端の部屋ではアリアが障子戸を半開きにし、抜かりなく広場と部屋の両方をうかがっている。逆滝も神経を張りつめ、武器に手をかけたまま微動だにしない。 逆滝の背筋を悪寒が走った。不可視の位置に異物を感じ取る。 「ジャンヌ! 2番目、闇夜の部屋だ!」 「了解!」 二人が駆け出す。気配を察しレイとシオンも部屋を飛び出す。ウサギとつながっている三月が夜光虫を振りまき、声を張りあげる。 「アヤカシ、三匹だよ。気をつけて!」 「無論だ」 逆滝が戸を開け放つ。今まさに天井から垂れ下がったアヤカシどもが、紅魔の首を狙わんとしていた。 「起きろ闇夜!」 部屋に走りこんだ逆滝が、巻き打ちついでに紅魔を蹴り飛ばす。奥の壁まで転がった紅魔は跳ね起きるとすぐに状況を察した。 「どいてろ逆滝、ぶつかっても知らねえぞ!」 アヤカシ目がけ空気撃を放つ。吹き飛ばされたそれは大きくバウンドしながら広場へ転がり出た。紅魔は続けて逆滝が最初の一撃で落としたのを外へ蹴り出す。表へ出た彼は井戸にちらりと目をやった。 「こいつで最後だね」 紅魔と逆滝に代わって入室したシオン。すれ違いざまに剣を閃かせ、天井から落としたアヤカシを広場に。 「うわ、蛇ですらないじゃない!」 三月の夜光虫の光に照らし出されたアヤカシは、赤ん坊の頭部を縫いつけた芋虫に似ていた。気を取り直して呪縛符を放つ。 「いでよ! 管狐!!」 ひゅるりと風を切り、白い管狐が走る。長い尻尾がアヤカシの体にまとわりつき動きを鈍くさせる。続いてレイが式を呼ぶ。 「頭ごと食らうのであれば、こっちは眼球をいただこうか」 しわがれた声をあげ眼突鴉が飛び、斬撃符が追いかける。鳴き声と泣き声が交差する。敵の一匹が三月めがけて飛びかかる。だがアリアが鎧を頼みに割りこんだ。 「盾になるがわたくしのお役目!」 どうにかやりすごしたが白い腕に一筋、赤がつたい落ちる。更に跳びかかる二匹が、逆滝と紅魔の腕に歯形を残す。 「芋虫のくせに硬い奴だな」 噛みつきを退けた逆滝の刀が弧を描き、アヤカシの体表を切り裂く。 「続けて行くぞ!」 シオンが吼え、砂狼の陣から曲刀を打ち下ろす。アヤカシの輪郭が崩れ、瘴気に還る。残ったアヤカシがぐりと首をめぐらした。耳鳴りが脳髄をうがち、強烈な眠気がシオンを襲う。 (「まずい……!」) 体捌きに特化した陣形が逆に彼の足を引っ張る。 「すまな、い……頼む……」 地に崩れ落ちるシオン。残った片割れがよだれを垂らし彼の首を狙って飛びついた。鉄と歯がきしむ音が響く。アヤカシの突撃から、アリアが身を張ってシオンをかばっていた。 「わ、わたくしが前に出た以上は、槍も矢も当てさせません!」 ロングコートがみるみるうちに赤く染まる。彼女はかじりついたアヤカシの歯列に剣を差し込み、てこの要領で弾いた。のけぞったそれを目がけ、レイが符を放ち印を結ぶ。 「奴の目玉を食い尽くせ、眼突鴉召喚!」 再び召喚された鴉が深く眼窩をえぐり、肉を掻きだす。そこへ追撃が撃ちこまれる。アヤカシは激しく身を震わせ姿を無くしていく。残った一匹がよたよたと方向を変え、井戸へ逃げこもうとする。 「いけない」 意図を察した三月が追いかけようとする。それより先に紅魔が退路に立ちはだかった。 「見張っててよかったぜ。逃げられたら依頼がパァだからな!」 腰を落とし、彼は鋭く息を吸いこむ。 「こいつでも食らいやがれ! 牙狼拳っ」 顎を刈り取るような拳、そして踏み込みからのストレートがアヤカシの頭蓋を砕く。肉片が千切れ飛び、一瞬後、霧と化し爆ぜた。 ●余韻の空 「よく眠っていらっしゃいます、起こすのは気が引けますね」 くうくうと寝息を立てるシオンをアリアはやわらかい眼差しで見つめる。戦いの気配が過ぎ去ったことに気づいているのか、彼の寝顔はおだやかだった。しゃがんでシオンを覗きこんでいた紅魔がまばたきをする。 「俺も眠くなってきた」 「またウサギ出してあげよっか?」 「頼んだ」 「冗談よ!」 腰に手を当てた三月の頭の上では、夜光虫の残りが光っている。つられて視線を上にやった逆滝が嘆息した。 「街中にしては上出来な星空だな」 レイも見上げる。確かに、灯りにけぶる夜空の奥で星々が健気に瞬いていた。この星たちのように、いじましくもひたむきに日々を生きる長屋の住人達。夜が明ければ彼らが安心して暮らせる日々が戻ってくるだろう。 「……どうした俺、柄にもない」 頭をかしかし掻くとレイは戦場を振り返る。長屋のほうも今は、静かに住人の帰りを待っているようだった。 |